- 1二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 22:22:00
- 2二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 22:23:26
発端は先月、トレーニング終わりに何の気なしにネットニュースを見ていた時だった。
さして興味もない見出しの群れをスクロールしていると、ある一文に目が留まった。
『アラスカで100年に一度のふたご座流星群が発生』
今まで流れ星は何度か見たことがあるけれど、大規模な流星群となると直接目の当たりにしたことはない。それも、100年に一度……ふたご座なんて。
強烈に興味を惹かれるのを感じた。"あの子"に会うためでなく、純粋に星を見に行くようになってから1年、私はすっかり星々に心を奪われていたから。
リンクをタップして本文を読んでみると、流星群は過去最大級の規模らしく、来月の中旬に観測できるのだという。
120歳まで生きていられる自信はないから、ここを逃したらこれは一生見ることができない。どうする、行ってみようか。
「……でも、ダメよね」
思わず浮かんだそんな考えを、呟きとともに振り払う。
国内や台湾ならともかく、アラスカともなればかなりの長旅になる。最低でも1週間は潰れるけれど、日々のトレーニングや勉強はどうする?
それにそもそも、私は旅に慣れていない。レースで遠征に行くことはあったけど観光なんてほとんどしなかったし、何よりいつもトレーナーさんが一緒だった。
そんな中で言葉も分からない異国の地で一人旅なんて、とても現実的ではなかった。
流星群なら日本でも見る機会はあるのだから、引退した後にでも時期を見計らって行けばいい。
そう自分に言い聞かせて、私は寮の部屋へと戻った。 - 3二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 22:24:33
「ア~ヤベさん、何見てるんですかっ♪」
消灯時刻も近くなり、布団乾燥機のタイマーが鳴るのを待つまでの暇な時間。ウマチューブで動画を見ていると、後ろから柔らかな重みが抱き着いてきた。
「離して、カレンさん。重いわ」
「わぁ~っ、キレイ!これ、もしかして流星群ってやつですか?」
私のウマホを覗き込んできたカレンさんが感嘆の声を上げた。……耳元で。
「突然どうしたの。別に大して特別なものでもないでしょう」
離れる気のなさそうな彼女を引き剥がしながら私は言った。
見ていたのは北海道で観測された流星群の動画。このくらいなら引退を待たなくてもスケジュールは調整できるかな、なんて思って。
「それがですね。実はカレン、ウマスタですごいニュースを見たんです!」
「……アラスカの流星群のこと?」
「あれ。なーんだ、知ってたんですか。やっぱりアヤベさん、興味あるんですね?」
人差し指を立てて、悪戯っぽい顔。こういうときの彼女に嘘をつくとかえってよくないから、正直に話すことにする。
「……少しはね。でもアラスカなんて行けるわけないでしょう。ツアーもやってないみたいだし」
「なーんだ、そんなこと心配してたんですか?ひとりじゃ心細いならトレーナーさんと行けばいいのに」
「トレーナーさん?」
脳裏に彼の人の好さそうな笑顔が浮かぶ。こんな非現実的な旅にトレーナーさんを連れて行けと言うんだろうか。
「カレンもお兄ちゃんと一緒に香港に行きましたけど、やっぱりふたりだと安心できますよ。いつもは頼りないお兄ちゃんが、旅先だとなんだかカッコよく見えちゃったりして……キャッ♡」
「そう……」
確かにカレンさんは、お兄ちゃんことトレーナーと香港に行った。でもそれはレースでの遠征だったはず。わざとらしくクッションに顔を埋めた彼女に返せたのはため息だけ。 - 4二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 22:25:04
しかし、トレーナーさんの存在はすっかり忘れていた。確かに彼も近頃はずいぶん星に詳しくなったし───旅慣れているかは分からないけれど、少なくとも私よりはマシなはず。でも……
(ついてきてくれるのかしら)
トレーナーというのは、学生である私よりも遥かに多忙な生活だ。
毎日、朝早くから夜遅くまでトレーニングメニューの作成や事務仕事に追われている。そんな中でたまの休みも担当ウマ娘のリフレッシュに付き合ったりと、気の休まる日があるのか心配になるくらいで。
私のトレーナーさんもそれは例外じゃない。くたびれて寝落ちするまで仕事をするのも珍しくないし、休日にもトレーナー室に入り浸っている姿をよく見る。
そんな彼に何日も休暇を取らせることができるんだろうか。トレーナーさんのことだから、少なくとも真剣に考えてはくれそうだけれど……やはり難しいと思う。
いつだったか、彼と温泉旅行に行ったことがあった。
その時は1泊2日だったからそこまでスケジュールの調整に苦労することもなかったけれど、それでもその月はいつも以上に忙しそうにしていた覚えがある。
そういえば、みなみじゅうじ座を見に行きたいと言ったのもあの日だっけ。そのときは遠い未来のことのように思っていたから「あなたはついてくる?」なんて心の中で言えたけれど、いざ目の前にそういった機会が現れると、途端に尻込みしてしまう。
(……一応、話だけでも)
ちょうど、乾燥機のタイマーが鳴った。
またいらない悩みの種を持ち込むと変に勘のいいあの人のことだ。めざとく察知して心配をかけてしまうだろうから、さっさと話してしまうことにする。
すっかりふわふわになった布団に包まれて、今日のところは早く寝ることにした。 - 5二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 22:25:58
「おはようございます」
翌朝。今日は授業が休みだから、朝からトレーニングをすることになっている。
トレーナー室に入ると、机に向かっていたトレーナーさんが手を挙げて迎えてくれた。
「おはよう、アヤベ!今日も頑張ろうか!」
もう片方の手にはコーヒーカップ。眠気を我慢するとき、彼は決まってコーヒーを飲む。
私が来るずっと前から仕事をしていたに違いない。さすがに徹夜はしていないだろうけど。
どうする、今話そうか、それともトレーニングの後にするか。
「……先にグラウンドに行ってるわね」
少し考えて、とりあえず今はやめておくことにした。
こんなに忙しそうにしているこの人に、旅行に行こうとは言えなくて。
「お疲れ様。はい、タオル」
「……どうも」
日も暮れて、トレーニングも終わりの時間。
元々このところ調子はよくなかったけれど、今日はそれにしても捗らなかった。
トレーナーさんが渡してくれたふわふわのタオルで顔を拭くと、少しは気分も落ち着く。
「……何か悩みでもあるのか?」 - 6二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 22:26:26
顔を上げると、心配そうな視線と目が合った。
やっぱり、この人は気づいたか。ある意味トレーナーさんは私自身より私のことを知っているのかもしれない。
「……どうしてそう思うの?」
「アヤベにしてはどこか集中しきれてないような気がして。もちろん気のせいだったらいいんだけど……ダメだな、もう付き合いも長いのに心配性になっちゃって」
そう言ってトレーナーさんは苦笑いするけど、残念ながらあなたの勘は当たっている。その内容はきっと、想像よりずっとしょうもないものなのだけれど。
思わず顔を顰めた私を見て、トレーナーさんは話題を変えようとしたようで。
「ああそうだ。アヤベ、あのニュース見た?」
こういうときの彼は非常に分かりやすい。何を言おうとしてるのか察しがついた私は聞き返す。
「……アラスカの流星群のこと?」
「なんだ、知ってたのか。ふたご座だし……やっぱりアヤベも興味あるのか?」
……なんだか昨晩同じようなやり取りをしたような気がする。ただ、ひとつ違う点があった。
「私"も"ってことは、まさかあなたも?」
「ああ、そうなんだ。史上最大級っていうから気になっちゃって」
照れたようにトレーナーさんが言う。やっぱり、この人も興味があるんだ。
言うなら多分、このタイミングしかない。 - 7二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 22:27:15
「実は……見に行きたい、と思うの。無理だとは思うけど」
「えっ、本当に?いいじゃないかいいじゃないか!ぜひ行きなよ、こんなチャンスもう二度とないんだから!」
ずいっと顔が近づいてきて思わず後ずさる。彼の方がなんだか掛かり気味みたい。
「でも、スケジュールのこともあるし……」
「そんなもの、こっちでいくらでも調整するさ。それに、アヤベは今まで遊びも我慢してきたんだから。少しくらい長く休んでもバチは当たらないよ」
「そういうものかしら……」
そこまで熱心に勧めてくるのなら断るわけにはいかない。
じゃあ私はいいとして、トレーナーさんは?
「あなたは行かないの?」
「え、俺?」
「あなたも興味があるんでしょう。なら、行ってもいいんじゃない」
思わず他人事みたいな聞き方になってしまったけれど、聞くことは聞けた。もしかしたら、可否はともかく───前向きな返事はもらえるかもしれない、なんて考えて。
でも、帰ってきたのはやはり、ばつが悪そうな顔だった。
「う~ん、行きたいのはやまやまだけど仕事があるしなあ。1泊2日くらいならともかく、海外となるとちょっと」
「そうよね。一人旅はしたことがないけれど……まあ、変にツアーなんかに参加するよりは気楽だし、よかったと思うわ」
そう。普通に考えれば分かることを、わざわざ聞いただけ。だから何も残念に思うことはない。 - 8二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 22:28:59
分かりきっていたからこそ、私は油断した。
いや、それ以前にこの人の前という状況が、私の気の緩みを引き起こしやすかったのかもしれない。
理由のほどは分からないけれど───とにかく、私は口を滑らせた。
「ただ……あなたに、ついてきてほしかったから」
口から出たのは自分でも驚くような子供っぽい呟き。まるで言い訳をする小学生のような。
しまった、と思った。
慌てて引っ込めようとした言葉は、既に私のもとを離れて彼に届いてしまっていて。
「アヤベ……」
「いや、違うの。これは……」
困ったような顔がみるみるうちに覚悟の色に染まっていくのが分かった。
言い訳をする前に両肩をがっしりと掴まれる。
「理事長に直談判してくる。絶対一緒に行くから」
じっとこちらを見据える真剣なまなざし。私は一度もこれに勝てたことがなかった。
スカウトのときも、菊花賞のときも。いつだって彼に絆されて。
たかが旅行のことでどうしてそこまで本気になれるのかわからないけれど───そう、いつだってこの人はわからない。
「ダメよ、そんな大事にするのは。私の個人的なわがままに……」
「そうだな。アヤベがわがままなんて言うとは思わなかった。正直驚いてるよ」
「え、ええ。そうよね……だから忘れて」
そう、ほんのわがまま。困ったやつだと軽く流してくれればいいのに。 - 9二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 22:29:50
「とんでもない、忘れられるわけがないよ。担当のわがままくらい、応えられなきゃトレーナーの名が廃る。……それじゃあ、死ぬ気で説得してくるよ」
そう言ってトレーナーさんは走り去ってしまった。私はほんの少しの間その背に見とれて、我に返ったときには既に数百メートルは離されていた。
スカウトされた日の一件といい、たまにあの人が本当に普通のヒトなのか疑わしくなる。
「ああもう……!」
兎にも角にも今のあの人をひとりで理事長室に行かせるわけにはいかない。
私は在りし日のダービーのように、本気でトレーナーさんの背を追った。
結局体力切れの彼はすぐに捕まって、私は説得と少しの説教をしたけれど───彼は頑として聞き入れなかった。
わがままはどっちかしらと毒づいても、結局のところ根負けしたのは私。
どうせ聞き入られるはずもないのだから、せいぜい恥でもかいてくればいい。そう思って理事長室を後にしようとしたけれど、私の足は動かない。
───少し。ほんの少しだけ期待しているのだ。
アラスカの夜空の下でふたり並んでコーヒーでも飲みながら、100年に一度の景色を見上げる。そんな光景を。
(もし、そうなったらどんなにいいか……)
ため息とともに天井を見上げるのと、目の前のドアが開いたのはほぼ同時だった。 - 10二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 22:40:02
トレーナーさんが理事長に土下座した日───学園の間では伝説になっているらしい───から1か月。
私たちは、飛行機の中にいた。
「まさか本当に休みが取れるなんて思わなかったわ……」
「逆にたづなさんに仕事のしすぎだって怒られたよ。もう少しアヤベのことは本人に任せた方がいいって」
「それは同感ね。あなたのは熱心というより病的な域だわ」
「手厳しいなぁ」
日本からシアトルまでおよそ9時間のフライト。身体には堪えるだろうに彼は何の用意もしていなかったみたいで、私のクッションをひとつ渡した。
背もたれとの間に敷いたそれに身体を預けながら、私たちはガイドブックを広げた。
「一応勉強してきたけど、ネイティブの人に英語通じるかなあ」
「私たちだって片言の日本語は理解できるでしょう。向こうからすれば多分、慣れたものだわ」
結局その付け焼刃の英語はまったく役に立たなくて、身振り手振りでコミュニケーションをとることになるのだけれど、それは別の話。
隣で真剣に本に目を通すトレーナーさんを横目で伺いながら、私はひとつ息をついた。
(結局、あなたはついてくるのね)
いつかの問いかけは、彼らしい形で答えが示された。
もっとうまいやり方なんていくらでもあるだろうに、どこまでも実直で不器用な方法しかとれない。
でも、そんな彼だからこそこうして周りから認められるんだろう。今までも、これからもずっと。
「当機はまもなく離陸いたします……」 - 11ワガママヤベガ22/05/02(月) 22:43:03
「あ、流れた!」
「ええ……!」
オーロラを背にして、いくつもの星が雲ひとつない闇の中を駆けてゆく。
氷点下の寒さも気にならないほどの絶景を、私はこの先一生忘れることはないんだろう。
いや、私だけじゃない。ふたり揃って夜空へ歓声を上げる。子供のようにはしゃいで、手を取り合って。
「やっぱり来てよかったよ、俺」
「ええ、私も……」
時には、わがままも言ってみるものだなと思った。 - 12二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 22:45:01
というわけでおわり。スレタイ0点の人に感銘を受けて書いた5500字のお気持ち文です。
アヤベさんみたいな人にわがまま言われたいよね…… - 13二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 22:47:29
大作乙
めっちゃ良かったよ…
アヤベさんのワガママとか絶対叶えてあげたくなる - 14二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 22:48:10
大作だな……めっちゃいい
トレアヤのアヤベさんがぎこちなく距離感測ってるの好き…… - 15二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 22:51:45
ああこれはヤバい…どんだけヤバいかって言うと…もうとんでもなく尊くてヤバい
- 16二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 22:58:03
スレ主に感謝を
- 17二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 22:58:42
感想に困る名作
- 18二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 23:03:23
トレアヤは絶対に流行らせろ
- 19二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 23:08:19
良いSSです 最高です 語彙力ないんやすまんな
- 20二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 23:09:33
- 21二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 23:11:01
- 22二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 23:11:43
素晴らしい…これはいいものだ…
帰ってきたらいつもの面々にすげーイジられるんだろうなあ - 23二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 23:23:51
トップロードさん!?
- 24二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 23:35:39
まさかいつものスレタイ詐欺の人なのか!?
- 25二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 23:36:23
- 26二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 00:23:19
ついていけ……世界の果てまで
- 27二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 00:28:24
うわーっ!尊い!!
- 28二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 07:32:00
あげ
- 29二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 12:35:19
空前のトレアヤブーム最高だな……
- 30二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 21:31:02
わがままを言うってことは自分を出してくれてるってことだからな…
- 31二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 23:02:36
良い…