【若干下ネタ注意】「……何?」

  • 1二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 13:53:07

    「交ぐわらないと出れない部屋だと?……ハァ、こんなふざけた部屋によりにもよってこんな女と一緒に閉じ込めるとは……地獄に堕ちろ、名も知らぬ悪趣味な者め。そもそも僕は童貞……おい待て、キアラ。頼むからそんな肉食獣の様な面をして近づーーー

  • 2二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 13:54:19

    オイオイオイ食われたわアイツ

  • 3二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 13:54:59

    キアラさんがアンデルセンにするか?

  • 4二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 13:55:55

    >>3

    せんなぁ寧ろ部屋の隅で赤面してるかも

  • 5二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 13:58:44

    >>4

    キアラさんはこの世で最も淫らで最も初心な女だからな

  • 6二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 13:58:49

    >>3

    (今度こそ人魚姫の続編をちゃんと執筆するように)するな

  • 7二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 14:00:29

    >>4

    ただ普段はあえて目を逸らしているのが『そうしなければ出られない』という免罪符が与えられた時に妙な化学反応を起こす可能性はある。『しょうが無いので一度だけ』といいつつ人生で初の心から望んだ性交を交わす…みたいな

  • 8二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 14:00:35

    >>6

    今度こそ納期を定めた鬼編集と化しそう

  • 9二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 14:21:21

    >>6>>8

    部屋にいる人物同士で交ぐわらなきゃいけないとは書かれてないなら、物語の中で交ぐわらせればいいのですよルートか。

  • 10二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 14:22:00

    じゃあしないと出られない部屋だけど
    人魚姫の続編を書いたら開くようになってたらどっち選択するんだろう?

  • 11二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 14:23:35

    >>10

    嫌々だが描くんだろうな、続編を

  • 12二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 14:32:44

    >>10

    どう考えてもキアラが作った部屋じゃねえか!!

    ついでにどっち選んでも少し傷付くまでお約束。

  • 13二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 17:16:49

    >>7

    うわ凄い見たい

  • 14二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 17:24:41

    >>10を見て思いついたので与太話を



    「…さて、散々調べてどうにも部屋から出る手段が無いと分かったところで…そろそろ聞かせてもらおうか、殺生院キアラ。何が目的で俺をこんな部屋に閉じ込めた?」

    「…はて、何のことやら」

    目の前の椅子で茶を嗜みながら寛ぐ女はとぼけたような口調でわざとらしく目を逸らす。それは事実上の肯定であり…同時に全てをこちらに言わせようとする意志に他ならない。

    「巫山戯るのも大概にしろ。このカルデアで『アレ』の続きを求める奴など片手で数える程しかいない。そしてこんな悪趣味な部屋を作りそうな奴らが…例えばBBやカーマ辺りが首謀者だとすれば、わざわざお前の嗜好を満たすことなど考えないだろうよ」

    簡単な推理。だがそれは相手に初めから隠す気が無いからこそだ。そこに示された感情は一つ。

    「抗議、か?」

    「まあ…清く正しい大作家先生には、私に恨まれる心当たりがあると?」

    殺生院は涼しい顔で傍らの皿の茶菓子を手に取る。よく見れば大福やおはぎなど彼女の趣味に偏っている。本当に隠すつもりが微塵も感じられない。

    「………はあ」

    ……心当たりは、ある。だがそれは自分の非でありつつ、そうではない。全てはあの厄介な夏の事件が原因だ。


    それはとある湖畔で起きた夏の異変(おやくそく)。B級ホラーと悪趣味なコメディーを撹拌してぶちまけたような特異点。その件では自分は締め切りに追われていたので同行しなかった…のだが、何の因果かそこには青年時の姿の『アンデルセン』が召喚されていた。そして興味本位で首を突っ込んだ殺生院は見事に撃退されたのだが、これまた凄まじいことに深海で色々と拾い食いをした果てに復活し何やら子供の姿であちら側の自分に同行していたらしい。

    そしてあちら側の自分は殺生院からある依頼を受けた。それはまず平時の自分なら突っぱねるような仕事…『人魚姫の続編の執筆』だった。

  • 15二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 17:38:47

    「…まあ紫式部から事の子細を聞いてそうだろうなとは思っていたが…やはり無理だった訳だ」
    「ふふふ…ガワだけ整えた本に謝罪の言葉だけ書いた栞が挟まれてました。ええ、あの瞬間だけは私も思わず我を忘れて人違いも承知でこう…」
    ぷちゅ、と滑らかな指先に摘ままれた大福が凄まじい力で潰され、飛び出した餡が掌まで跳ねた。あら嫌だ、などと呟きながら殺生院は無残な姿になった大福をはしたなく上に向けた口に落とす。まさに捕食。果たして何の姿を重ね合わせているのかは…まあ知らぬが仏だ。
    「…このように潰しに行きかねませんでした」
    これはひどい。殺生院の笑顔にも青筋が浮かんでいる辺り、その当時の怒りは今もなお鮮明に思い出せるらしい。
    「…だがそこで思い留まったということは少なくとも俺を恨むのは筋違いだと分かってるという事だろう。それが、なぜ今更になってこんなことをしでかした?事が済めばそれなりの処罰は下されるだろうに」
    「あらまあ、往生際が悪いですね。それとも私の口から言わせたいのでしょうか?全く、本当に性格の悪い男…」
    …まずい。何故か想像以上に怒っている。既に理由は分かっているが理論が分からない。とりあえず今は話を進めるのが最善だろう。
    「……マシュ・キリエライト」
    ピクッ、とキアラの動きが止まる。こちら側の言葉に耳を傾けている。
    「彼女に聞いたんだな?俺が『人魚姫Ⅱ』を書いた事を」

  • 16二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 17:46:46

    ふむ、よき

  • 17二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 21:55:26

    >>7

    絶対ないけどもしそれで妊娠したらどうするんだろう

  • 18二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 22:23:33

    なるほどヨシよきヨシ

  • 19二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 22:45:02

    …それは正に出来心だった。既に終わった…いや、完全に終わらせた物語の続編を書く。それも悲劇に救いを与えるために。それは誇張でも何でも無く作家にとっては無理難題という物だ。勿論、二次創作ならいくらやっても構わない、むしろ大歓迎と言うものだ。それはその作品を見た読者がその物語に望んだ物、夢見た光景を刻む行為であり、読後の感想の一つの到達点とも言うべき物だからだ。だが作者がそれをやるのは違う。少なくとも自分にとってはそうだと認識している。
    …物語を作るというのは正に独善そのものだ。伝えたい言葉が、見せたい情景が、語りたい物語がある。そのために我々は…度々、人を地獄に堕とす。雪降る街角でマッチの炎に幻覚を見ながら凍え死んだマッチ売りの少女、愛に身を捧げても気付かれることすら無く自ら身を引いて泡と消えた人魚姫、些細な出来心のせいで呪いをかけられて苦痛の果てに脚を切り落とす羽目になった赤い靴の少女…ささやかな救いは与えたとはいえ実に酷い有様だ。結末ありきで歪めた人生、その結末を我々が嘘にしてしまったら…彼らの苦痛にはなんの意味があったと言うのだ?
    だから続編など書かない。完成と共に弔った登場人物を墓場から引き摺り出すような愚行は侵さない。それが作家の物語に対する礼儀だと自分は思う。
    …だから、それは出来心だ。責務だけしか無いような人生を歩む少女…熱心かつ健気な愛読者に矜持を曲げてでも柄にもない読者サービスをしてみようと思ってしまった…そのぐらいの役得はあってもいいと思ったのだ。

  • 20二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 22:51:51

    >>19

    これはいいエミュ

  • 21二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 23:37:53

    「書かない、と思っていたのです」
    殺生院が静かに湯呑を置いて椅子から立ち上がり、真正面からこちらの目を見つめる。笑っている、だが笑っていない。柔らかくもどこか冷たい、拒絶を含んだ視線。それは恐らく、彼女がかつて多くの人間に向けたような眼差しなのだろう。
    「ええ、あの夏の事は今でも胃の腑が煮え滾るような思いですが…それでも私にも落ち度はあると考えていました。あの物語は既に完成した人生そのもの、それに続きをつけろなどというのは読者の身勝手…あれほど尽くしたのなら救われてもいいのではないか、作者にそう認められてもいいのではないか…そんなのも所詮は私の勝手な願望に過ぎません」
    ああ、その通りだ。中途半端な救いなど付け加えれば時に悲劇は茶番に変わる。それは物語を真に殺す行為だ。
    「だからあの真っ白な本を見たとき…散々怒鳴り散らした後で、きっと高望みしすぎたのだろうと思ったのです。ただの一行も書けないのならそれはもう、初めから得られようが無いものだったのだと。そう…あの子の話を聞くまでは」

    それはきっと心からの善意だったはずだ。殺生院があの特異点で人魚姫の続編を求め続けついぞそれは叶わなかった。風の噂でそれを知ったマシュはほんの少し悩んでから殺生院の元に向かったのだろう。もし彼女という人間を、その面倒さを知っていればもう少し慎重な判断をしたかもしれないが…如何せん殺生院はカルデアでは本性をなるべく封印して実に善良な生活を心掛けていたし、マシュにとっては数少ない同好の士となり得る相手だった。きっと警戒などもする筈もなく言ったのだろう。

    『あの!!…私が書いてもらった物で良ければ一緒に読みませんか?』

  • 22二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 23:38:11

    「ふふ…ハンス・クリスチャン・アンデルセン。私はその後どうしたと思いますか?彼女の誘いを受けたのか、それとも…」
    「断っただろうな。恐らく表情を崩さず微塵も危機感を抱かせることもなく、当たり障りのない言葉で追い返したんだろう?」
    「…『お気遣いは嬉しいですが遠慮しておきましょう。それはあなたのための物語。私が触れるのはそれこそ無粋というもの。どうかこれからも大切になさいませ』…ああ、歯の浮くような台詞…我ながら反吐が出るよう…」
    ぴしり、と空気が軋む音がした。殺生院から漏れ出す魔力はまるで巨大な軟体生物のように周囲を徐々に侵していく。その気になればこちらを一息に噛み砕きかねないほどに。
    「……書けるじゃないですか。書けるんじゃないですか。あの子には書いてあげたんじゃないんですか」
    ああ、全く。恨むぞ、もう一人の俺よ。


    「どうして…私には書いてくれなかったのですか?」

  • 23二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 02:21:45

    よくあのエミュ難易度鬼を…

  • 24二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 02:29:05

    俺は何も言わない。答えは直ぐにでも用意できるが…まだ彼女の言葉が終わっていない。そして、恐らくそれは自分が受け止めるべき批評(クレーム)だ。
    「…ええ、分かっています。あなたは偏屈な求道者気取りの怠け者、尻に火を付けられなくては仕事も出来ないろくでなしの社会不適合者。そんなあなたが仕事を終わらせない事なんて珍しい事でも無い…だけどね、つい考えてしまったの」
    かつん、かつんと無機質な足音を立てて殺生院がこちらに歩み寄ってくる。本能が危機を訴え思わず後ずさりたくなるのを必死に耐える。彼女はあえて見せつけているのだ。自分の中に秘める凶暴性を。
    「もし…あそこであなたに出会ったのが盾の少女だったら。彼女があの無垢な瞳で私と同じ物を望んだら…あなたは白紙の原稿なんて渡したのかしら?」
    かつん。すぐ目前に殺生院の顔が迫る…ん?目前?
    「ねえ…『あなた』に聞きたくてわざわざここまで手間をかけたのです。何か答えてくれなければ張り合いが無いではありませんか?」
    「おい、ちょっと待て。お前、俺の霊基に何をしでかした!?」
    「あら、今更気がつくとは意外と鈍いのですね。何をしたかと言われれば…あの時を出来る限り再現しようとしただけです。このように…」
    直後、周囲の景色が一変する。湿気った木材と紙の臭い。いつ切れてもおかしくない危うげな照明。ロクに掃除も行き届いていない無駄に中身が詰まった本棚。
    「ここは…!!まさか…いや待て、あり得ない…!!」
    間違いない、ここはあの部屋だ。あの夏の日に基本自堕落に、時に奇妙な事に巻き込まれながら過ごしたマンションの一室の書斎。
    だがあり得ない。自分がそれを判別できる筈が無いのだ。自分はその部屋を見たことすら無いのだから。

  • 25二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 03:29:37

    「っ…!!そうか夢か、殺生院キアラ!!お前の観測した俺自身を俺に重ね合わせたか!!相変わらず無駄に手の込んだ真似を…!」
    「ええ、異界化させたこの部屋は私の胎内とほぼ同じ。夢も現も溶け合い混ざる夢幻の玉手箱。開けれぬ限り夢は覚めず、逃れる事も叶わない…そしてあなたの存在には、私が見たままの『あの馬鹿(アンデルセン)』の在り方と、共に過ごした特異点の情報を詰め込みました。だから…」
    殺生院は少し見上げるようにアンデルセンの顔を見つめる。それは普段ならあり得ない視点。生前慣れ親しんで、最近まるでご無沙汰だった体の感覚。そう、今の自分はあの特異点と同じ…青年期の姿となっていたのだった。
    「ふふ…このようにあなたの姿もあの日々と同じ物となっています。気分はどうですか?あの日々を思い出して懐かしい気持ちになるのでは?」
    その言葉を呼び水にするように、脳内にいきなり見覚えのないはずの情景が溢れ出す。突然十数台のテレビの映像を記憶させられるような不快感に思わず脚がふらついた。制限がかけられていた情報のロックが解かれたのだ。
    「ぐっ…これは…ぐおっ!?」
    ドンッ、といきなり強くその肩を押されてバランスを崩していた自分はあっさり後ろに倒れ込んだ。だが硬い床に叩きつけられることを覚悟する前に、別の感触がボフッと音を立てて背中にぶち当たる。床よりマシだが柔らかくはない、妙に慣れ親しんだ感触。いつの間にか背後に出現していた粗末なベッドに自分は倒れ込んでいた。
    「覚えていますか?ここでたまにあなたは私と一緒に寝てくれました」
    右から聞こえる声に視線を動かすと、すぐ横で少女が寝転びながら笑顔でこちらを見つめていた。忘れるはずもない、当初は殺生院リリィなどと名乗っていた少女時代の姿の彼女だ。
    「普段は話しかけても面倒そうな答えしか返さずに寝てしまいましたけど、たまに気が向いたときは童話のお話を、私が眠くなるまで話してくれました……まあ、たまに変な注釈や批評がつくのは玉に瑕でしたけれど…それでもとても、とても楽しかったのです」
    そしてその表情から笑顔が消え、無感情な声で問いかけてきた。
    「だけど…あなたにとってはそうでは無かったのですか?」

  • 26二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 04:04:55

    「違う」
    強い口調で否定する…いや、したつもりだった。だが口から出てきたのは絞り出すような声だった。まさかあの夏の俺の罪悪感がそうさせているのだろうか?だとしたら爆笑ものだ。後から後悔するぐらいなら初めから真面目に締め切りを守るがいい!…そんな俺の心の内の虚しい罵倒も知らず殺生院リリィは少し悲しげな顔で言葉を続ける。
    「私だって本が欲しかったのです。あの子と同じくらい…いいえ、もっともっと、あの本が欲しかった。子供の頃からずっと願っていたのです。あの可愛そうな人魚姫が救われる物語が見てみたいって」
    ああ、そうだろうな。そして願いが叶う機会はかつてもあった筈だ。だが…きっとその時は手遅れだった。
    「…外の情報を手に入れられるようになってしばらくして、私はふと思い出しました。そういえばかつてささやかな願いがあったな、と」
    目の前の少女はいつの間にか少し成長していた。高校生ぐらいの姿だが、虚ろな笑みを浮かべるその表情には既に後の彼女の片鱗が感じられる。
    「焦がれていた物はあっさりと見つかりました。昔から人気の物語でしたからそれを題材とした物も氾濫している、至極当然ですね。勿論、人魚姫が救われるような内容の物も数多く見つける事が出来ました。だけど…」
    「何も感じなかった、だろう?」
    過酷で救いのない現実は彼女から夢を奪った。夢見た物語はとっくの昔に絵空事に成り果ててしまっていた…その時の彼女の感情はきっと自分には想像しきれないだろう。どれほど共感しようとも、痛みは当事者だけの物なのだから。

  • 27二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 04:16:15

    くだらない例の部屋ネタからお約束の人魚姫IIネタにとんだかと思いきやキアラの人生観と彼女ならではの失望を絡めた良質なアンキアSSスレになり果てて素晴らしい
    是非最後まで見届けたい

  • 28二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 04:30:22

    >>22あたりからほぼほぼI love youしか言ってないなこの女

  • 29二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 04:33:57

    「…夢は夢のままが綺麗だってそのときは知りませんでした。もしあの時、私が思い出さなければ、気紛れにそれを叶えようとしなければ夢見た記憶だけは綺麗なままだったのに。結局、私の過去は全て価値のない物に成り下がってしまいました…だけど」
    次の瞬間、自分はグリッドの地平に立っていた。それは自ら深く座の記憶に刻み込んだ月の聖杯戦争の記憶。その中の光景そのものだった。少し離れた場所で殺生院がこちらを見つめている。
    「思いもよらない場所で、偶然にも私は出会いました。かつて恋焦がれた物語の原作者…つまりあなたに」
    「…面食らっただろうな。殺し合いの舞台に童話作家が送りつけられてきたんだ、俺なら迷わず返品する」
    「ええ、全くです。むしろあの時は過去の下らない感傷が『ハズレ』を呼び寄せたのではないかと自らの過去を呪っておりました…でもまあ、結果的にはそう悪くない経験でした。あなたは私の欲しかった物を幾つもくれましたから」
    「……」
    聞いたことも無いぐらい真っ直ぐな彼女の言葉。だがそれを聞くたびに心の奥がチリチリと痛む。秘めていた物を吐き出す。それは言い換えれば引っ越し前に要らぬ荷物を片付けるような物で…自分にはそれが決別の兆しに思えて仕方がなかった。改めてあの夏の自分を呪う。お前は何て軽率だったのだと。

  • 30二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 10:20:00

    「だけど…あなたにとってはどうだったのでしょうか。ねえ、キャスター?」
    周囲の景色が徐々に光を失っていく。不自然かつ目障りな幾何学模様と光彩が消え、ただ深い闇が…いや、虚無が周りを満たしていく。これは殺生院の心象風景なのだろうか。だとすればこの虚無は。
    (溝…或いは境界、か…)
    「…カルデアの記憶と特異点の記録を併せ持つ今のあなたなら、私の知りたい答えを持っている筈です。教えてくれませんか。あなたにとって私は何なのでしょうか?」
    「それは…」
    「たまたま聖杯戦争で組んだだけの関係?目を離すと何を仕出かすか分からない小娘?やたらと絡んでくる厄介な読者?悍ましい人殺しの怪物?それとも…」
    直後、再び景色が切り替わっていた。いや、変わったのは景色だけでは無い。あらゆる物が瞬時に変わった。
    そこはベッドの上だった。だが先程の粗末な安物のベッドではなく、天蓋のついたそれなりに値の張りそうなベッドだ。そしてそのデザインには見覚えがある。かつて彼女のサーヴァントだったとき、幻の中に見た記憶の残滓。それは檻であり、かつての彼女の世界の全てだ。どこまで行っても彼女の心はこの牢獄に縛られたままだった。だからこそ拗らせ続けた果てに人類悪なんぞに成り果てたのだ。
    そして自分はというとそのベッドの上で殺生院に覆いかぶさる直前の構図だった。自分の下の女はこちらを品定めするように見上げている。息をするたびに無駄に育った胸が微かに揺れる。かつて多くの者が愚かしく命を捧げてでも求めた光景がそこにあった。
    突然の事態に動転するが、不意にこの部屋の前提条件を思い出す。まさかあの条件は。
    「ねえ、キャスター」
    ドクン、と心臓が高鳴るのをはっきりと自覚した。彼女の声を聞いただけで脳に耐え難い電流が走る。
    「ぐっ…お前、それは…」
    間違い無い。彼女の外法の業たる万色悠滞。相手の魂を剥き出しにし、魅了して喰らう彼女の『女』の極地。相互理解を捨て相手の全てを否定する『人』から踏み外した末路。なるほどそれは新たに得た夢幻の権能と相性が良かったのだろう。その気になれば、獣に戻らずともかつての領域に近い効力を発揮させられる程に。

  • 31二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 11:00:24

    続きを全裸待機

  • 32二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 11:15:03

    「ふふ…あはははは…!あなたでもそんな顔をするのね。それとも、私の買いかぶりだったということでしょうか?それとも童貞には刺激が強かった?だとすれば少し可哀想な事をしてしまいましたね…うふふっ…」
    嘲るような笑顔と共に放たれる殺生院の言葉。それだけでも精神が融かされていく感覚がある。残った理性が必死に耐えているが…これは想像以上に、キツい。思わず防衛本能で目を閉じそうになるが、不意に顔を両側から掴まれて引き寄せられる。
    「こっちを見て」
    その言葉に呆気なく自分の目は開かれる。その視線を、殺生院の眼が真っ直ぐに射抜いていた。鼓動が嵐のように絶え間なく早く打たれ、体温が上がっていく。『この躰を貪りたい』。身に覚えのない煮え滾る衝動が沸き上がっていく。
    「お前はっ…手加減という物を、知らんのか…!それで散々踏み外した人生だろうが…!」
    「ええ。そんな物、私がわざわざ気遣う必要も無いでしょう?耐えられないならそこまでだったというだけの事…ええ、安心してください。これでも禁欲中なので命まで摘み取ろうとは思っておりません。ただその傲慢な精神を叩き折ってしまおうと思っただけ。その後は五体満足で外に出して差し上げましょう」
    そして不意にこちらの耳元に口を近づけ、掠れるような声で囁く。
    「…ええ、まぐあい交わせば外に出られる…その条件は決して撤回いたしません。そして、もう一つの条件も…」
    言い終えた直後、耳にふうっと息を吹きかけられる。予期せぬ刺激で全身が跳ねそうになるがなんとか耐え、絞り出すように声を発して殺生院の言葉を問いただす。
    「もう一つ…人魚姫、かっ…!」
    「ええ…とはいえそれは所謂ところの比喩、物の例えと言う物。本当の人魚姫の続編など待っていては…待ち侘び過ぎてる間に私もあなたを融かし尽くしてしまいます。流石にそれは興醒めでしょう?」
    「だったら…!」
    「だから人魚姫で無くとも構いません。持てる言葉を尽くして、あらん限りの物語を紡いで、私を退けて見せなさい。追い詰められれば筆が進むのでしょう?最高の執筆環境ではありませんか」



    「そして、それが出来ないのなら…それが叶わないのならば、どうか」

    「どうか、私の世界から消えて下さい。もう何かを期待などさせないで下さい」

    「もう……諦めさせてくれませんか?」

  • 33二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 11:19:29

    理想がここにある

  • 34二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 11:51:47

    ……くく、くくく。喉から無意識に音が漏れる。こちらを見つめるキアラが怪訝そうに眉を顰めた。ああそうだろうさ。ここは言わばお前の未練を殺す処刑台、選択の自由などあって無いようなモノだ。快楽で蕩けた脳味噌にまともな言葉など紡げるはずもなく、そうで無くともお前を納得させる言葉など得られるはずもない。溜め込んだ物を何もかも吐き散らかして、持てる限りの力で相手を否定し尽くし、最後はその事実ごと夢幻に葬る。後には何を喪ったのかも分からない木偶の坊が残るばかり。全く殺生院キアラらしい清楚の欠片もない無作法な手段だ。
    「ククク、…ハハ…アッハハハハハハハハ!!」
    「なっ…ちょっと、何でいきなりそんな…!?」
    突然のこちらの高笑いに殺生院は目を白黒させる。ああ全く同情する。悲劇の舞台を整えた筈が突然コメディーに塗り替えられようとしているのだから。だから素人が合作など考えるものではないのだ、しっかり覚えておくがいい!!
    「全く、舐められた物だ。この俺を捕まえて筆を折らせようとは傲岸不遜にも程がある。まあお前らしいといえばその通りだ。昔からお前は詰めが甘いからな!」
    その言葉に殺生院はこちらを睨んで…その一瞬の後には不敵な、そして獰猛な笑みを浮かべた。
    「…ええ、ええ、それでこそ。あれだけで心折られては流石に呆気ないとは感じていました。それではここから本当の我慢比べ。どうか色欲一切合切、打ち克って下さいませ…!」
    そう言うが早いか、殺生院はこちらの腕を掴んで引き倒す。そして同時に自身は身を起こし、瞬く間に上下は逆転した。獲物を睨む表情でこちらを見下ろす姿は正しく快楽の獣、人類を喰らう捕食者だ。豊満な乳房が目の前で揺れる。薄い布一枚で覆われただけのそれは服の上からでもその柔らかさを主張するかのようだった。
    触りたい。抱かせろ。無駄な意地など捨ててしまえ。己の『男』が悲鳴を上げる。目の前の雌を食らわせろと理性を激しく殴打する…黙るがいい!俺は男である以上に作家だ。ここまで極上の題材を前にしてペンを捨てるなど以ての外だ!
    「あはは…やはり私はこちらのほうが性に合う。思うがままに襲い、喰らい尽くしてこその獣。蕩かし、溺れさせ、屈服させてこその魔性菩薩。さあ、存分にやってご覧なさい」

  • 35二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 12:59:53

    こちらの腕はがっちりと向こうの手で抑えられ、下半身もただ乗られているだけの筈なのに殆ど自由が効かない。つまり…殺生院のしてくる事に抵抗する術はない。
    「それでは、何時でも好きなときに初めて下さい。こちらも好きなように…やらせて、頂きますので…!」
    言いながら殺生院はこちらのシャツを掴み、強引に胸元をはだけさせた。千切れたボタンがカーテンにぶつかり落ちる。さほど鍛えてもいない薄い胸板が露わになる。
    「あらあら…まるで無垢な少年のよう。誰にも冒されなかったからこそこんなに綺麗に保たれているのでしょうか。だとすれば少し哀れにも思えますね?」
    「はっ、触らせる相手もいなかっただけだ。それよりそんな感想を浮かべていては淫乱に加えて怪しい性癖まで抱えていると主張しているような物だぞ?」
    「…健気ですね。私の視線だけでもたまらないでしょうに。それなら…こういうのはいかが?」
    殺生院はゆっくりと上体を倒す。即ち、その上半身が、豊かな躰がこちらの裸になった胸元へと迫ってくる。心の底の本能が歓喜の声を上げている。だが腹を括った今となってはそれも多少やかましいガヤのような物だ。
    やがて触れるか触れないかのところで動きが止まる。互いの呼吸に合わせてこちらと向こうの先端同士が擦れては離れ、時には押し付けられ…薄布一枚だけの距離など無いも同然、接触の度に心地よい快感が走る。
    やがてそこに揺らすような動きが加わる。敏感な部分が何度もぶつかり合い擦れ合う、その度に声が漏れそうな刺激が与えられる。その感覚が、そして微かに漏れる彼女の声が、こちらの脳を揺さぶっている…思わず浸りかけた自分に気付いて我に返り、目の前の女の顔を見据える。
    「…何か?」
    僅かに首を傾げ、微笑みかける。その顔は扇情的で、攻撃的で…だが少し前までとは違う何かがある。何もかもに嫌気が差してケリを付けようとしていたあの悲しげな表情には無かった物。それは、今から紡がれる言葉が何かを変えてくれるのではないかという期待。かつての失望を塗り替えるような物語を望む熱心な読者の瞳…再びこの瞳を裏切ることはあってはならない。
    故に語ろう。『我々』の真実を。
    「さて、こんな冴えない格好だが…今から、とある男の話をしよう」

  • 36二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 15:35:08

    「…この度の主役はとある偏屈な物書き。ちょっとした才能と多くの良き人に恵まれた幸運な男…そんな男の数奇な余生の物語。そうだな…まずはお前の興味のありそうなことから話そうか」
    断続的な快感に耐えながらもすらすらと言葉を綴る。彼女も動きは止めずとも静かに耳を傾けていた。
    「それは変わった要求だった。ある少女は作家の著書の愛読者だった。悲劇を悲しみつつ、その中で必死に生きた登場人物の生き様を美しいと感じる…まあそんな模範的な読者だ。特に気に入ってたのが『人魚姫』。作者の予想に反してなぜか幅広い層から支持されてしまった……くッ、おい、話している途中だろうが!」
    「初めからそういう趣向でしょう?それにあまり世間の評価に天の邪鬼な態度をとるのも大人気ないのでは?」
    突然こちらの体を指先でくるくるとなぞり始めたのに対して抗議するが、涼しい顔で返される。全く、これだから厄介な読者と言うやつは…!
    「…まあいい。とにかく熱心な愛読者の少女は順当に考える訳だ。『この物語にも救いがあって欲しい』と。欲深い話だ。既に苦しみの生から開放され風の精となる、というこの上ない報酬を用意していたのに、だ」
    「不満でしたか?その割には満更でも無さそうですが」
    「勿論、真っ当な批評は大歓迎だ。ラストが気に入らないと言うのも、何なら同じ題材で自分好みの甘ったるい大団円を書くのもいい。俺と作風は違うがそれを望む心は寧ろ好ましいからな。だが…少しばかり世間に疎い少女は彼にある頼み事をした。その男の手で書かれた人魚姫の続きを読んでみたい、とな」
    ぴたり、と殺生院が手を止める。
    「勿論、その男はにべもなく断った。完成された物語に手を加えることはそいつの流儀では無かったからだ」
    「…ですが現にその物語は彼女の手の中にある。ええ、本当に不思議。その作家に如何なる心変わりがあったのでしょうか?」
    「そうだな…あえて言うなら出来心、か」
    がりっ、と殺生院の爪が鎖骨の辺りに赤い線を引いた。

  • 37二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 15:50:08

    いい‥

  • 38二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 15:52:17

    デルセンって真っ正面からキアラに向かって行った数少ないキャラだよね

  • 39二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 19:03:03

    ほんとに2人のエミュが上手くてほれぼれする
    文章から田中理恵さんと子安武人さんの声が聞こえてくるようだもの……
    書き終わったらPixivあたりに投稿してもいいレベルだよ

  • 40二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 19:26:38

    エミュ上手すぎてビビるんだが

  • 41二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 20:02:37

    「…失礼、手が滑りました。では続けて下さいませ」
    事も無げに微笑む女。引っ掻かれた箇所から薄く血が滲み、そのひりつく痛みですら甘い快楽のように感じる。
    「…それは正しく出来心だ。普通はそんな我儘など通らなかったところで子供でも無ければ諦める物だし、少女にはそういった分別はあるはずだった。だけどまあ…その時に限って彼女はこの世の終わりのような表情を浮かべたのさ」
    …マシュにとってそれは想像以上のショックだったのかも知れない。本質的には被造物に近い感情を持っていた彼女は、人魚姫を始めとした物語の登場人物に常人以上に入れ込んでいた。マシュにとって彼らは只の紙の上の空想では無かったのだ。
    「生みの親に幸福を望まれない、救う力があるのに手を差し伸べられない。彼女はそんな人魚姫の不幸を悲しんだ。全く…無垢すぎるのも時に考え物だな。あしらい難くてたまらん」
    「……なるほど、彼女の願いは本質的には他者愛だったと。それは、ええ、素晴らしい徳の高さです…で、あなたもついついそれに絆されて…」
    「そんな訳があるかド阿呆」
    殺生院が不満げに捲し立てかけた言葉に待ったをかける。…やはりこいつには結論を急ぎすぎる悪癖がある。油断も隙もあったもんじゃない。
    「そんな程度で曲げる矜持なら金に困ってた時代にとうに捨てているに決まってるだろう、馬鹿め!…まあアレだ、結局その男はその時点では書く気などさらさら無かったのさ。面倒な仕事は投げるに限る。あとは日常が綺麗サッパリ押し流してくれるのを待つばかり、だ」
    「…はあ、全く。つくづく思いますがやはりあなたは社会人の風上にも置けない男ですね」
    ため息交じりの言葉。だがそこには僅かな安堵が見て取れる。まずは掴みは上々と言ったところか。

  • 42二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 21:32:33

    「…ですが、ええ。やはり…まだ足りません」
    それは突然だった。殺生院が上体を完全に倒し、その躰をこちらに押し付ける。柔らかな躰が剥き出しの胸板に押し付けられ、その瞬間、今までとは段違いの多幸感が脳内で炸裂する。油断していればそれだけで失神させられていたかも知れない。
    「ッ…!!ぐうっ…飛ばしすぎだ、馬鹿!早々に舞台をぶち壊すつもりか!」
    「心配は無用、心が折れぬ限り幾ら責めたてようとあなたが達する事はありません…予めそのように定めてあります。常に生殺与奪は私が握っているのですよ、キャスター。それとまあ…少しばかり興が乗った、とでも言いましょうか?」
    そう言いながら、ゆっくりと躰をこちらに擦り付けていく。その瞬間、爪先から脳天まで電流が走った。叫びそうになるのを歯を食いしばって堪えるが、向こうはお構いなしにその胸でこちらを執拗に愛撫する。摩擦のたびにこちらの精神まで削られるような錯覚。上下に躰がスライドする度に快楽の波が続けざまにこちらを襲う。やがて彼女はその動きを続けながらその手をこちらのシャツのまだ無事な…胸の下から腹にかけてのボタンを外しにかかる。危険を感じて自由になった左手で止めようとするが、既に力が抜けきった身では抵抗にすらならない。あっという間に体の前面が露わにされてしまった。全て脱がしてしまわないのは…こちらの『疵』を庇う、彼女なりの…まあ耳掻き一杯分程度の気遣いだろう。
    「認めましょう。ここまでの言葉は私の心をそれなりに…ええ、ほんの少しばかり満たしました。ですが睦言ばかりと言うのも味気無いもの。躰も満たされてこそ男女の正しき営み…そうは思いませんか?」
    「思わん!言の葉を交わすたびに盛り合ってては幾ら家を建てても足りないだろうが!」
    「あらまあ、つれない人。ですが、此度は私も徹底的にやると決めておりますので…」
    するり、と殺生院は頭巾を脱ぐ。収められていた豊かな黒髪が溢れ出し、彼女の『女』の顔をより一層強めた。そのままの勢いでやたら薄い法衣をずり下げ、その豊かな胸をさらけ出す。盛大に揺れながら現れたそれに思わず目を奪われていると、殺生院は悪戯っぽく微笑んだ。
    「ええ、次は…私の手番と言うことで」

  • 43二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 22:20:41

    これ何度も読み直したいし完成度高いのでpixivに投稿してほしい
    こんなに良質なSSとこんな場末の掲示板で出会えるとは思ってもいなかった

  • 44二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 02:33:35

    既にR-15にまで片足つっこんでるな
    どこまでいくのか…あにまんの規約違反になるまえにデルセンが魔性菩薩を止められるのか…!

  • 45二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 02:35:33

    ゆっくりと上体が沈められていく。狙いを定めるように、少しづつその乳房がこちらの胸に近づけられる。その間も殺生院はこちらから視線を外さない。真っ直ぐにこちらの視線を射抜きながら、上半身の動きに合わせてその顔も徐々にこちらへ近づく。それに合わせて、露わになった黒く長いその髪から、甘く扇情的な香りが漂う。触れてもいないのにその情景の全てが心地よい。今の自分にとって彼女は存在そのものが劇薬なのだ。
    「ああ、もうすぐ…んっ…んん…!」
    「ッ…!くうッ、う……!?」
    互いの胸の先端が触れる。しっとりとした、それでいて硬い物が触れ合ったとき、そこから強い快楽が走る。更にそのまま乳房が押し付けられていく。柔らかな物が彼女の重みとこちらの胸の間で押し潰され、幸福な感触を与えてきた。
    「んっ…ふう…ああ、凄い…心臓がこんなに早く打って…あなたも昂ぶっているのですね?」
    「…ああ…全く…一生の不覚だ…」
    「ふふ…初めの予定ではこのまま心が折れるまで責め続けて、筆も自尊心もへし折ってしまうつもりでした。なのに…ええ、私の影響下にあってあそこまで見事な啖呵を切られれば、こちらもその気になってしまうというもの…」
    そう言いながら彼女の手はいつの間にかこちらの腕から離れて掌に移り、指を絡めるようにして手を繋いでいた。
    「だから、丁寧に…一息に壊してしまわないように…」
    ゆっくりと、殺生院の上半身が動き始める。豊満な乳房がこちらの肌を、そして胸を擦り、得難い快感をもたらす。
    「ふふ…直接肌が触れ合うとまるで感じ方が違うでしょう?上下に動かすだけじゃなくてこうして…」
    そう言いながら円を描くようにこちらの胸に乳房を擦り付ける。その瞬間、全身が震えるような感覚を覚えた。柔らかく滑らかな肉が、硬くなった突起が、交互にこちらの胸に快感を与えていく。弱い部分を重点的に責めるような動きは余りに刺激が強かった。
    「くっ…これ、は…」
    「ふふ…大丈夫、これはあくまで私の自己満足です。ただ満たされた分だけ感じて欲しかっただけ。だから…」

  • 46二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 05:38:57

    「どうか、安心して委ねて下さいませ。勝負も何も関係ない…これは私なりの、気持ちばかりの謝礼。私が捧げられるただ唯一の物なのですから」
    言いながら殺生院がこちらの顔を見つめ、徐々にその距離を縮めていく。
    「……殺生院キアラ、お前は…」
    「実のところ…知りたいことは既に、殆ど知ることが出来たのです」
    「……そうだろうな。それは事の発端からして明らかだ」
    事の発端。それは当然、殺生院がマシュの持つ『人魚姫Ⅱ』の存在を知ったことだ。それによってかつての特異点で味わった苦い記憶がある疑惑へと変わってしまった。
    「…私にとってあなたは特別な存在。私の在り方を目を逸らさず見守ってくれた唯一の人。だけど…あなたにとってはそうでは無いのかもしれない。適当にあしらわれる程度の…本も書いて貰えないような、ぽっと出の良い子にも劣るただの読者の一人なのかもしれないと思ったのです。でも…それって惨めでしょう?」
    …こいつの性格上、誰かに相談などまず出来ない。かといって、自己解決することもできなかった。だから…間違った手段に手を出した。それが終始、精神が不安定だった理由だろう。
    「自分の精神を弄り回したな?恐らくは…蜃の力を用いて」
    ……その言葉を聞いたキアラは、観念したように力なくこちらの胸に身を預けた。
    「…現世の物であろうと夢幻と定義してしまえば、その在り方はひどく不安定な物になります。人が虚空に見る蜃気楼のように決まった形の無い、あやふやな物になる。息を吹けば掻き消えてしまうほどに…それは当然、私自身も同じ。蜃の力を用いて存在を保つことこそ可能ですが、その人格が不安定になることは避けられません。でも…だからこそ私には出来ないことが出来る、無意識で取るべきと思っている手段を選べる…そう思いました。ああ…そうだった。初めはそんな風に考えていたんだっけ?」
    一瞬、彼女の輪郭がぼやけた…そんな気がした。

  • 47二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 09:19:03

    保守させて下さい

  • 48二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 10:28:23

    なんだ野生の🍄か…

  • 49二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 18:12:40

    ほしゅなのだ

  • 50二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 22:33:59

    ほしゅ

  • 51二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 22:52:47

    保守

  • 52二次元好きの匿名さん22/05/07(土) 03:01:34

    アンデルセンとキアラのエミュまともにできる人とかおったんか……保守

  • 53二次元好きの匿名さん22/05/07(土) 04:46:38

    …その瞬間、感じたのは確かな恐怖。取り返しのつかない何かが起きかけているという予感だった。自分でも驚くほどの勢いで起き上がる…こちらに身を預けていた筈の殺生院の重さは、不自然なまでに感じなかった。
    「ッ…冗談じゃないぞ……おい!見失うな!」
    荒っぽく呼びかけながらその肩を掴む…幸いというべきか、最悪の予想に反してその手に帰ってきたのは確かな体温と柔らかい感触だった。思わず安堵の溜息が漏れる。
    「ふう…冷や冷やさせてくれる…何故こうも無事平穏に生きるという事が出来んのだ、お前と言うやつは…」
    「ふふ…そんなに慌ててどうかいたしましたか。私はここにおりますよ?」
    …微笑みを浮かべながらこちらを覗き込む顔ははっきりとした姿を保っている。どうやらすぐに消えるという事は無さそうだ…少なくとも今は。しかし、心の底からやれやれと言いたい。こんなところまで人魚姫を真似られても何一つ嬉しいわけが無いだろうが。
    「ですが…必死に繋ぎ止められるというのも気分が良いものですね。普段は突き落とすか落とされるかでしたから尚更…」
    「呑気に言っている場合か…!やれるからと言って魂の『殻』を剥ぎ取る奴があるか、ド阿呆が!」
    「…軽率であったのは、確かかもしれませんね…」
    こちらの叱咤に対し殺生院はバツが悪そうに俯く…日頃の彼女らしからぬ素直な反応。普段なら開き直るなり屁理屈を捏ねるなりして往生際悪く居直っていただろう。
    …心理学には『影』という概念がある。それは普段は目を背けている自分の心の深層、意識せねば光など当たらない文字通りの人生の影法師だ。その概念においては、時に己の負の感情はその影ありきの投影だという。蔑む物は求める物、やらない事はやりたい事、言わない事は言うべき事…その事実を拒絶するがゆえに殊更にそれらを否定し、悪感情を向け、表層意識という『殻』の奥にそれを厳重にしまい込む。言わばそれは、触れられることを恐れるほどに剥き出しの己のエゴと欲求と言うべきだろう。

  • 54二次元好きの匿名さん22/05/07(土) 05:32:24

    …そういう意味ではこの女は凄まじく大きな『影』を抱えていた事は想像に難くない。幸福を求めつつも正道に意味も価値も見いだせなくなり、求める事ではなく奪うことに答えを求め続けた。心に空いた虚ろに見当違いの物ばかり投げ入れても塞がることはなく、寧ろ無体な扱いで穴の縁が削れて広がっていくようにその虚無感は肥大化していった。それこそ世界を平らげるほど喰らわねば…或いは平らげたとしても満たされない程に。
    殺生院キアラという女が歪に大きくなるほどにその『影』も大きく肥大化していく。本来ならそれは己との対話によってのみ光が当たり、己の中に還すことが出来る。だが……根性の曲がりっぷりなら名だたる神々すら裸足で逃げ出すこの魔性菩薩は、そんなありきたりかつ懸命な手段など選ばなかったようだ。
    …切っ掛けはありきたりな物の筈だった。羨望、嫉妬、自己嫌悪。人間なら誰であれ日々衝突する障害物。だが…彼女の中のわだかまりはきっと本人も思っていた以上に大きかったのだろう。これに関してはこちらの落ち度も大きい。身勝手極まりないとはいえ珍しく彼女が素直に求めてきたというのに、それを満たすことが出来なかったのだから。
    あの夏から心の中で抱えていた不満、それが今回の件で遂に爆発した…と言いたいが、そこでお約束通りに片付かないのがこの小娘(おんな)。何せ主人公属性とは程遠い彼女が馬鹿正直に自分の本音を吐き出せるはずもない…それほど素直ならここまで拗れた生き方などしていまい。だがこれ以上このわだかまりを見て見ぬふりをするのも耐え難い。故に殺生院は頭を捻って考えたのだろう。どうすればこのモヤモヤを俺にぶつけられるか…そして彼女は思いついた。自分の意志を曲げることなく本心を叩きつける、何とも前向きで後ろ向きな方法を。

  • 55二次元好きの匿名さん22/05/07(土) 06:14:34

    参考にしたのはあの問題児達(サクラファイブ)だろう。あそこまで完全に切り離さずとも己の理性とその欲求を分割…言わばゲームのキャラクターのように別個の存在として確立させ、その行動をあくまで第三者視点で楽しむ。先程の言葉からして、恐らくはその辺りが本来の思惑だった筈だ。
    つまりは自分の中のそれを認めてしまうぐらいだったら、いっそ好きにさせてしまえばいい。自分の散々暴れてほとぼりが冷めれば大人しくなるだろうし、そうすればきっとこのわだかまりも収まる。何かろくでも無い事は起きるかも知れないがあくまで『別の私』がやったことだから私には一切関係も無いし身に覚えも無い、責任持って後始末ぐらいはするがあくまでその程度の物…そんな世間の殆どの者達にとっては何とも回りくどい上に傍迷惑な、だが彼女にとっては自分良し、気分良し、体裁良し(当人比)の三方良しの名案だった。それに何も完全に野放しにするわけでもない。所詮は仮初めの人格、主導権はこちらにあるのだからあまり変なことをするようなら手綱を引いて言うことを聞かせればいい…きっとそのような事を呑気に考えていたのだろう。
    …それは明らかな過信だった。確かに殺生院キアラは類稀なる才覚と力、そして凄まじい意志力を持つ。だが根本的にはプログラムであり完全に独立しているBBとサクラファイブの関係と違い分割したようであってもそれは自分自身、つまり基本的なスペックは同等…下手すれば、エゴの強さに至るまで互角だったのかも知れない。結果、事前準備の段階…恐らく己の存在を幻として定義して不安定な状態に置き、自分の魂を分けやすいように溶き解している辺りで裏をかかれ『混ぜ合わされた』のだ。

  • 56二次元好きの匿名さん22/05/07(土) 14:33:00

    わくわく…

  • 57二次元好きの匿名さん22/05/07(土) 19:36:43

    「…ああ、思い出した。はっきりと指摘されると霞も晴れると言う物……」
    …意識する暇もなく景色は再び切り変わっていた。そこは上も下も分からない水の中…だが息が詰まる感じも体が濡れる感触も無く、ただ奇妙な浮遊感と沈んでいく感覚だけがある。目の前の殺生院の姿もまた変わっている。白無垢と人魚の意匠をやたら淫らに解釈した淫猥な…それでいて人ならざる美しさを湛える姿はあの夏に見せた水着姿…現し世を侵す夢の化身たる姿だ。
    「また随分と手の込んだ景色だな…だが手間に対して飾り気が無さ過ぎじゃないか?」
    「私がいれば十分と言う物。さあ、手を離さないで。離れてしまっては何処に行くか分かりませんから…」
    妖艶たる人魚に優しく両手を引かれながら、この身は底すら知れない水の中をゆっくりと沈んでいく。触れた手の体温はこのような状況でも多幸感を与えてくるが、今は寧ろ環境がもたらす本能的恐怖を和らげるのに一役買っていた。
    「…あの夏に計らずも…ええ、本当に偶然に手に入れた力は、私にとっても未知たる域の御業でした。ただ惑わすに留まらず、夢と現の境界すら曖昧にするほどの幻…しかし幾ら面白そうな力とて今の私はカルデアのサーヴァント。夏の間の『試し』でコツは掴んでいたものの戦いではさほど使う機会もなく只々無意味に燻ぶらせていました。なので…ええ、私もそれはきっと出来心だったのです」
    不意に視界の端に何かが映る。それはあの夏の日に彼女が送られた、体裁だけ整えられた白紙の本。自分たちとは逆にそのページを揺らめかせながらゆっくりと上方に上っていく。
    「…物申したい気持ちはありました。あの場所にいたのは例え別個に分かたれた存在とは言えど…やはりあなただったのですから。ですがそれは紛うことなき八つ当たりという事もまた明白。私も渋々ながら大人の態度で全て飲み込んでおくことに致しておりました…あの時までは」

  • 58二次元好きの匿名さん22/05/07(土) 22:30:41

    保守

  • 59二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 00:39:49

    ほしゅしっとり

  • 60二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 02:25:27

    不意に自分と殺生院の間に浮かんできたそれが割り込んでくる。柄にもない善意を見せてマシュに対して送った、殺生院が手に入れられなかった新しい人魚姫の物語。先程と違って固く閉じられたまま、やはり上方へと消えていく。
    「……ええ、やってしまおうと思いました」
    「そうか」
    これはひどい。本当にひどい。改めて目の辺りにされてみれば、確かに余りにも惨い仕打ちだ。例え相手がこんな女だろうがこんな事を仕出かすような奴は絶対にろくな目に会わないだろう…つまり、少なくとも我が身に降りかかったこの災難は完全に自業自得という訳だ。恐らく夏の自分の混ざり物で無かったとしても同じ結論に至っただろう。
    「ですがただ暴れるというのも風情がない。何か趣向を凝らそうと考え…やがて妙案が浮かびました。丁度使い所を見出だせぬまま燻っている力があったと」
    「行きあたりばったりは相変わらずだな…当ててやろう。その後、準備やらをしている間にお前はエスカレートし始めた。何をするか、ではなくどこまで出来るかに思考が逸れていった。違うか?」
    「……………仰るとおりです……」
    こちらの言葉にたっぷりと押し黙ってから、心底バツが悪かったのか殺生院はやけに小さな声で言葉を絞り出した。
    「ええ、私だってただの出来心だったのです。色々と試行錯誤している間に蜃の最たる力…相手を夢幻に零落させる力は私自身に対しても使える事に気付きました。しかも私の場合は幻を司る能力と合わせて、その有り様を自由自在に変化させる事ができる特権があった。あたかも、夢と知りながら見る夢の中では森羅万象を思うがままに支配できるように」
    「……俺には空恐ろしくしか思えんが、お前はそこに可能性を感じたわけだ。BBの真似事が出来ると気付いたのもその辺りか?」
    「ええ。私が生来より会得している術式…かつては有象無象の魂を喰らうために使っていたそれを上手く組み合わせれば、それは十分に可能だと確信しました…無論、もし更にこの力を極めて行けばそれ以上の事も出来る…そんな下心も僅かにあったことは否定致しません」

  • 61二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 03:52:37

    「ですがムーンセルの管理者たる規格外のリソースを持つ当時の彼女と比べれば私の霊基は慎ましい物、そう易々と切り捨てられる物では無し。何より完全に切り離してあの小娘達のように歯向かわれるのも癪という物。だからまずは小手試しとして私の代わりに動く人形を作ってみることにしたのです。いらないモノを素材にして作った、私の代わりに舞台を無様に転げまわるお人形。そして私は此度はその舞台を見守る観客として…時にはこっそりその行動を操る人形師として愉しませてもらおう、そのような心算でした。私でない私がどう動くのかを見るのは余興として面白そうではあったし…何より、一連の行動の真相を『ただの能力制御における失敗』で片付けられるのも魅力的でした」
    「…はああ……あまりにも残酷かつ愚かな仕打ちだな。例え時に目を背けたくなるような物であっても、仮にもそれはお前の一部だろうに…」
    余りのその思惑の外道っぷりは流石に呆れるしかない。他人に向けた悪意でないから文句を言われる筋合いはないという理屈なのかもしれないがそういう問題ではない。…それは時に苛烈な扱いを受けている者が苦痛を押し付けるための人格を作り出すのに近い行動だ。それを徹頭徹尾、私利私欲で行えるあたりがこの女のなんとも残念かつ迂闊なところだろう。そして人形に都合の悪いものを片っ端から放り込んだ結果、それは殺生院キアラの有り様を全否定する鏡像となった。いわば自身の最大の否定者たる影に人格を与えてしまったような存在を作り上げたのだ。そして『それ』は遊びと慢心塗れの本人とは対極的に、極めて迅速かつ的確に行動した。
    「……無様、とは正にこのようなことを言うのでしょう。まだ力と完全に切り離していない僅かな隙を突かれ、見事に牙を剥かれてあれよあれよという間にこの始末。捨てるつもりがむしろ分かちがたくなるほどにかき混ぜられてしまいました。正直、最早私自身には今の私がどれだけ狂い果てているのか分かりません。何もかもあの時に、残さず混ざり合ってしまったでしょうから。やはり…あなたから見ても今の私はおかしいのでしょうか?」

  • 62二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 05:24:02

    「まあ…いつも通りとは言えないだろうな」
    取りあえず分厚いオブラートで固めたような評価をしておく……言うまでもなくおかしい。とてつもなくおかしい。そもそも普段は頑なにこちらに近づこうとすらしないのが彼女だ。それが憂さ晴らしにこんな部屋に閉じ込めてきただけでも割と異常事態だったのに、中での様々な言動の数々はそれを遥かに上回る勢いだった。そも自尊心の塊たる殺生院キアラがあそこまで己の価値を疑うような振る舞いを、それも他人の目の前で行うのがあり得ないのだ。だからこそ何か原因があると初めから思ってはいたが…まさかここまで重篤な事態になっているとは流石に想定外だった。
    「やはりそうですか。ですが知らぬが仏という言葉の通り、痴れていることに気付かぬままならこれもまた心地よい物。思ったままに、感じたままに振舞う…ふふ、こんなことを思うなんて私の生き方は考えていた以上に窮屈な物だったのでしょうか?ほら…」
    「なっ、また…うおっ…!?」
    ぐい、と体を強く引き寄せられ、勢いのままにキアラの胸元に飛び込まされる。そのまま抱きすくめられ、柔らかな双丘にこちらの顔が埋まる。万色悠滞の効力はいまだ健在であるらしく、殺生院に触れた…その存在をはっきりと感じた箇所から強い快楽を感じるが、それは先ほどまでの破滅的なまでのそれでは無かった。
    「ほら、あなたもしっかり抱きしめて…そうでないとまた形が揺らいでしまうかもしれませんから…」
    「…最悪の脅し文句だな」
    悪態をつきながらそっと、痛いほどの心臓の鼓動を自覚しつつ童貞丸出しのおっかなびっくりの手つきで、殺生院の背中に両腕を回す。強く抱きしめると、それに応えるように彼女から抱きしめられる力も増した。彼女の手足を除けば今の彼女はほぼほぼ裸同然と言っていい。だからこのように抱き合うとその肌の感触を余さず感じざるを得ない…悔しいが非常に心地よい。磨き抜かれた肢体はただ触れ合うだけでも相手を極楽に導くものなのか……いかん、また浸りかけていた。
    「うふふ…今の私ならこんなことだって出来る。普段の私がやろうともしなかったことを…ああ、最初の気分がまるで嘘のよう…初めはいっそ消えてしまいたいくらいだったのに…ねえ、何故だかわかりますか?」

  • 63二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 06:17:35

    「だって、ふふ…手放そうとした私にあんなに力強く縋ってくれたのだもの!それだけで実感できた。少なくとも、消えて欲しくないと思われる程度には私は『特別』だったんだって。本はくれずとも、想いは向けてくれるって。そうしたら胸の中がすうっと軽くなったのです。あの時、月の裏側でささやかな愛を手向けてくれた時のように」
    「…恥ずかしいことを思い出させるな。そもそもそれは…」
    「ええ、あなたで無いあなたの記憶。それが決まり文句ですものね。でもここまで記憶に残っているのにしらを切り続けるのも大人げないのでは無くて?」
    ああ、本当にぐいぐいとくる。あの手この手ではぐらかして来ていたのに今の彼女にはまるで通用しない。言ってしまえば現在の殺生院には感情のブレーキが殆ど、或いはまるで存在しないのだ。その場で感じた感情を理性のフィルターを通さずに出力し、そのむき出しの感情のままに行動する。今の彼女に比べれば日頃のほうがよほど慎み深く感じるぐらいだ。その姿はこれまでがこれまでなだけに好ましく感じてもしまうが…考えるまでもない。人間として、否、意志ある存在としてその状態は余りにも危うい。今の彼女は器が壊れて中身が駄々洩れになっているだけなのだから。
    「…いい加減に目を覚ませ。今のお前は壊れかけている。このままだと取り返しのつかないことになるぞ」
    「あら、怖い。そんなに慌てて、私は一体どうなってしまうのでしょうか?」
    「冗談で言ってる訳じゃない。混ざり合った中身を放置すれば二度と元に戻せなくなる…お前は俺達と違って本体との結びつきがより強い存在だ。最悪、未来永劫お前という存在は…」
    「良いではありませんか」
    「……何?」
    信じがたい言葉に胸から顔を上げてその表情を見る。その顔はどこか満足げであり、儚くもあった。
    「魔性菩薩は解け果て消えて、一人の女が残る。ええ、いささか壊れてはいるかもしれませんが、これまでの私などよりよほど親しみやすいのではないかと。ならばそれで良いではありませんか」
    それはかつて彼女が嘲笑ったはずの姿。たとえそれが幻だろうと満たされるのならそれで良い、そう断ずる夢幻に溺れた哀れな虜囚の姿。ならばそのような存在が現世にある価値は無く。
    …殺生院の姿が、再び揺らぎ始めた。霧の幻が風で晴らされかけるかのように。

  • 64二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 08:57:59

    「ッ!…ああもう、世話が焼ける!」
    応急措置代わりにその躰をきつく、固く抱く。必死に彼女をその場に、その器に押し留めるように。大丈夫だ、まだこの体温も感触も夢じゃない。薄皮一枚、なんとか繋がっている。
    「んっ…ああ、激しい…ですが私はともかく、他の方にこのような乱暴は…」
    「…少し静かにしてくれ」
    「………はい」
    固く抱き合ったまま沈んでいく。この光景はもしかすると、彼女が人魚姫に望む理想の終わりの再現か。少しずつ殺生院の揺らぎが収まっていく。被害者が現実を疎めば掻き消え、第三者が観測すれば留まる。きっとそれが人が蜃気楼に消える原理だ。異形の竜が吐き出した幻に人を溶かし食らっていた時から恐らくそれは変わらないのだろう。だから全身で、五感で殺生院という女を味わい続ければとりあえずその霧散を食い止めることは出来る…だがそれは根本的な解決にはならない。
    「…ならば、やはり語るべきだろうな」
    未だ彼女に捧げる物語は途中だった。まだこちらの胸の内を、真実を全て明かしてはいない。ならば余すことなく語るべきだろう。彼女が、自分を受け入れるために。自分を否定して自ら消えるなどという、最低の幕引きを迎えさせないために。

  • 65二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 08:58:46

    (かなり長くなってしまってますがもう少し付き合ってもらえれば幸いです…)

  • 66二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 13:22:52

    むしろ本当にありがとうございます

  • 67二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 14:09:13

    保守

  • 68二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 14:18:53

    いいものに出会えた

  • 69二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 21:55:17

    ほしゅもっとだもっとよこせバルバトス

  • 70二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 22:42:28

    「あら、まだ物語に続きがあったのですか?てっきり既に終わった物かと…」
    「誰のせいで中断していたと思っている!…まあ幕間としてはそう悪くは無かったが。丁度その格好だ。今度はあの夏の日々について…もう一人の俺の失敗について語るとしよう」
    そう、全ての切っ掛けはやはりあの夏。とはいえ自分は情報を叩き込まれただけでその『アンデルセン』そのものでは無く、その心情はあくまで推測となるが…まあ判断材料は十分にあるので問題は無い。
    「…そもそもの始まりはあの特異点、かつて蓬莱と名付けられた土地で起こっていた異常事態。黒幕たる徐福によって作られた村の成れの果てであるそこでは『死の蒐集』が行われていた。かつて親交を育んだ虞美人…不死たる神仙を『死なせてやる』手段を求めた彼女は、ある仮面にあらゆる死の可能性を束ねることで生の可能性を潰す最悪の呪具と為す計画を立てた…そうだったな?」
    「ええ。彼女自身はより尊き者に瞳を灼かれた矮小な法師、未練を拗らせた小娘に過ぎませんでしたが…あの仮面の力は紛れもなく本物でした。それはもう、私も一度は成すすべなく殺される程に」
    「そして、それを可能にするほど集められた死の可能性…だが事実は小説よりも奇なりという通り、人間なんて時に信じられない理由で死ぬ。それの蒐集は決して一筋縄ではいかない。事実、二千年余りかけてもその可能性には届かず、最後には全ての住人が失意のうちに村を捨てる事となった…だが驚くべきことに、彼らは執念でこの果てのない事業の終わりにあと一歩の所まで辿り着いていた……根底にあったのは敬意だったのだろう。創始者たる徐福が虞美人への敬愛故に不死殺しの研究へと傾倒していったように、きっと弟子たちも彼女のその願いを無かったことにしないため必死に走り抜いたのさ。間違っても褒められた生涯では無かっただろうが…それは尊い生き様だったのだろうと俺は思う」
    …例えその最期が報われずとも幸福を、人生の答えを求め藻掻く姿には確かな意味と価値がある。事実、かつて自分が愚か者として描いたはずの人魚姫も、読者はその生き様を美しいと感じた。きっと正しいか、懸命かどうかだけでその価値を測れるほどこの世界は単純でも退屈でも無いのだ。

  • 71二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 23:29:03

    「…相変わらず捻くれた価値観の男ですね。そんな面倒な性格だから失恋ばかりするのでは?」
    「うるさいぞ。…さて、やがて捨てられたその地に因果と言うべきか徐福本人が召喚された。彼女は弟子達が繋いだ成果と無念を引き継ぎ、呪詛完成の最後の一手として奇想天外な手段を取った。それが創作物を参考により多くの死を蒐集するという方法だった訳だ」
    …自分達は嫌というほど思い知っているが、創作者とは大抵の場合は極めて悪趣味だ。特に『ホラー』はそれが顕著に現れるジャンルの一つだろう。人の恐怖や絶望を追求する作風なのだからそれが避けられないのは至極当然だ。だからこそ、それらに予想もつかないような死の可能性を求めるのは奇天烈ながらも効率的ではあったと言える。
    「…彼女、及び弟子達はかなり理性的な輩だった。村の存在と真実を隠す意図もあっただろうが、彼らは人を無闇に殺めることを嫌った。だが、死無くして探求は進まない。そのために擬似的な人格を与えられた人形がその犠牲者となった。仮初めに与えられた命を身勝手な都合で、惨たらしく消費され続けた。それらが決して人道的などと言えない外法だったのは、あの呪詛に塗れた土地が証明しているだろう。言わばあそこは被造物の怨嗟と嘆きに満ち溢れていたのさ。そして…」
    「だからこそあなたが呼ばれた…ですか?」
    「間違っても本命では無かっただろうがな。特異点化で生じた綻びから紛れ込んだだけのハズレサーヴァント。それがあの特異点における俺だった。何せ大人の姿だぞ?全盛期ですら無いのならハズレと言わずして何と呼ぶ?」
    「まあ穀潰し、怠け者、引き籠もりといったところでしょうか…事実あの時、休暇とか宣っていましたしね」
    「…そう、事態は俺の領分を完全に越えていた。どんなに物語の終わりを望まれようがそれは俺の脚本でも、二次創作ですら無い。加えてその特異点の俺には記憶が無かったと聞いている。恐らくは徐福が打っていた対サーヴァント対策にオマケで引っかかった影響だったのだろう。それでも調査ぐらいはしようと意気込んだが…まあ、大した成果は得られなかっただろうな」
    「ええ、丁度その少し前、一度は殺された私が再び特異点に忍び込みました。そしてまずは憂さ晴らしに土地の支配権を奪った後、徐福の目から逃れる為に平時は姿を変える事にしたのです」

  • 72二次元好きの匿名さん22/05/09(月) 05:47:21

    「それがわたし、殺生院リリィ。あの夏だけのささやかな夢、泡沫の幻です」
    ふと別方向から聞こえた声に目をやると、殺生院リリィが小魚のように生き生きとこちらの頭上を泳いでいた。目の前を見ると殺生院がわざとらしく目を逸らしていた。
    「…おい、殺生院」
    「あら、心配は無用ですわ。いわゆる舞台演出のような物、幻に溺れているつもりはありませんので」
    「そうでなければ困るが…まあ多少は問題ないか…?」
    「そのとおりかとー。あまり気負わず、あの夏を思い出しながらお話していただければそれで良いのです」
    小さな人魚は無邪気に笑う。まあ物語に感情移入しやすくなるならそれも有りか。あまり目くじらを立てずに行こう。
    「…まあ、続きを話そう。結局、調査の中で死霊に袋叩きになった俺はそのまま定時退社(たいきょ)をかます直前にリリィに確保…いや、むしろ捕獲?された。思えばつくづく因果というものに事欠かない特異点だったな。とはいえお前も助けた時点ではただの人助けのつもりだった…そうだな?」
    「はい。あの時のわたしは記憶をほとんど封じていたので。少し親近感みたいなものは感じつつも、まさかそれがあのアンデルセンだなんて予想もしていませんでした。大人のわたしの面倒くささから考えれば、記憶が残ってたら逃げ出してしまっていたかも?」
    「言いますね小娘…ですがあの時はその状況を楽しんだのも事実。あまり実感こそありませんでしたが、私も微睡みの奥でその様を楽し気に眺めていたのかもしれませんね」
    懐かし気に語る声。最後こそ散々だったが、それでもあの夏の日々は彼女にとって輝かしい物だったのだろう…その機会を与えてくれたカルデアという環境には感謝しかない。わざわざ口に出す気はないが。
    「さて…こうして残業が確定した俺だったが、リリィから思いがけない注文を受けることになった。それこそ今回の件の発端である『人魚姫Ⅱ』の執筆依頼。正直、聞いた瞬間は夜逃げも選択肢に入れかけただろうな」
    「えー、『自分は物乞いじゃない、助けられた礼はする』…みたいに言ってきたのはそちらじゃないですか。大人としてその辺りをなかったことにするのはどうかとー」
    「よく覚えているな…だがまあその通り、この件に関しては俺の安請け合いが発端だ。そして調査に限界を感じていたこともあって早速執筆に取り掛かったが…まあこの時のおれは休暇気分が抜けていなかったのさ」

  • 73二次元好きの匿名さん22/05/09(月) 09:45:31

    保守

  • 74二次元好きの匿名さん22/05/09(月) 19:20:40

    あまりに素晴らしいアンキアSSスレ
    続き待機

  • 75二次元好きの匿名さん22/05/09(月) 22:40:12

    連載小説読んでる気分
    このスレが更新されているか見に来るのが日課になってしまった
    本当にありがとうございます

  • 76二次元好きの匿名さん22/05/09(月) 23:27:11

    「…こう言うと開き直っているようだが、あの時の生活はそう悪い物じゃ無かった。変化にこそ乏しかったが平和ではあった…きっとあの夏の俺はそう思っていた筈だ。だが…過ぎた平和はいつだって容易く人を堕落させる」
    「要はリラックスしすぎて制作意欲も吹き飛んでしまったと。ただのクズですね」
    「はい、社会人としてどうなんだろうと思います」
    「……こればかりは言い訳のしようもなく本当に反省している」
    恐らく、満ち足りてはいたんだろう。マンションという安全な拠点もあり、リリィも何かと世話を焼いてくれる。空き部屋をうろついたりリリィと適度に戯れていれば暇も十分に潰せる。特異点において役割が無いことも合わさり、この時の自分は完全にだらけ切っていた。
    「それでも恐らく執筆自体は続けていたが、緩んだ頭ではネタもまとまらずその速度は非常にゆっくりした物だっただろう。加えて依頼も難儀な代物だったから一層そのスピードは落ちたはずだ」
    「……あら?ですが私の押し付けられた本のページは全て白紙でした。てっきり書くことすらしていなかったのかと」
    「流石の俺もそこまではやらなかっただろう。あの時の俺にとって初対面だったとはいえ相手は熱心な読者だ。可能な限りは応えようとしていたさ。そんな俺の最後の切り札…それは『締め切り』だった」
    やや長い沈黙。返事が帰ってきたのはほぼ同時だった。
    「「…………はあ?」」

  • 77二次元好きの匿名さん22/05/09(月) 23:52:38

    このレスは削除されています

  • 78二次元好きの匿名さん22/05/10(火) 00:31:43

    「まあ聞け。人間は追い詰められてからが本番だ。これは当然推測だが、カルデアの御一行が特異点に来てから俺の執筆速度は少しずつ早くなっていたはずだ」
    「…その根拠は?」
    にっこりと殺生院が笑う。その笑顔が非常に怖い。だがこちらも弁明と釈明を続ける。
    「当然、日頃の俺自身に決まってるだろうが!奴らが事件を少しづつ解決し真相に近づいていく中で、俺は確かに焦っていただろう…このままじゃマズいと。だがその危機感が作家に最も力を与える。何せケツに火が点いてからが我らの本領。つまり俺は意図的に理想的な制作環境を…ぐおおおっっ!?」
    直後、こちらを抱いていた殺生院の腕が凄まじい力で締め上げてきた。その凄まじい膂力に背骨がミシミシと悲鳴を上げ、こちらの体がのけ反る。殺生院は満面の笑顔で、怒りに満ちた甘い声で語りかけてくる。
    「ええ、ええ。なるほど、あの自堕落な日々にはあなたなりの考えがあったと。これは私の思慮が至らなかったというもの。それはそれとして少しはその考え方を反省してくださいませ?」
    「ぐお…ギブ…ギブだ……当然、反省は、している…!!」
    「ちょっと!大人の私、そろそろストップです!この人へなちょこだからあまりやりすぎると往生してしまいますー!!」
    「……ふん」
    リリィが血相を変えてぽかぽかと殺生院を叩くと、やっと力が緩んで万力地獄から開放された。ふと顔を見ると殺生院はジトっとした目つきでこちらを睨んでいる…取り敢えず彼女に言うべきことがあるだろう。
    「…本当に、色々と済まなかった…」
    「…取り敢えず書くつもりはあった、ということは納得致しました。ならば何故、最後に出来上がった物がアレだったのでしょうか?…ああ、その前に…」
    憮然としながらも今度は優しくこちらを抱き、先程締め上げた部分を擦る。痛みがほんの少しだが和らいだ…気がする。
    「…私も力が入りすぎました…これで少しは良くなりましたか?」
    「ああ、問題ない…それじゃあ、その後の顛末を話すとしよう…」

  • 79二次元好きの匿名さん22/05/10(火) 01:01:39

    「さて、俺は土壇場で追い上げるように執筆を続けていた訳だが…ここで最大の誤算があった」
    「誤算以外無かった気もしますが…それは?」
    「言うまでもないだろう…記憶だ」
    そう。この時点であの夏のアンデルセンの記憶は戻っていなかった。或いはもっと精力的に活動していれば何らかの切っ掛けでそれを取り戻す可能性もあったのかも知れないが、全ては後の祭りだった。そして、それが意味することは極めて単純だ。
    「…俺には殺生院キアラの記憶が欠如していた。あの時点で俺にとってお前は『偶然出会ったファンの少女』でしかなく、記憶を封じたお前もその通りの存在でしか無かった。つまりだ…俺の書いた『人魚姫Ⅱ』はその時点ではお前じゃなくて夢見る少女向けに書かれた代物だったんだよ」
    「………え?」
    「あーなるほどー…それは残念無念。全てご破産になるわけですねー…」
    呆然とする殺生院とどこか達観した様子のリリィ。その様子は妙に対象的だ。
    「間抜けにもそれを思い出したのは…そう、記憶を取り戻したお前がマスター達に盛大に喧嘩を売った辺りだ」
    それはいつも通りの気まぐれで、自分の本性を見せつけるかのように彼女は愉快なカルデア御一行に喧嘩を売った…まあ初めは気まぐれのつもりだったのが虞美人やバカップルにひどい恥をかかされ本気で怒ったりと思い通りともいかなかったようだが。何はともあれその『いつも通り』の姿を見て思い出したのだろう。目の前の女と俺の腐れ縁を。

  • 80二次元好きの匿名さん22/05/10(火) 06:16:58

    「最初こそ殺生院の手に入れた力の正体を看破するなど呑気に余裕を見せていたが、進歩を聞かれた時にやっと事の重大性に気付いた。そして既に詰んでいることにも。全てを一からやり直して脱稿するには、俺は余りにも時間を無駄に使いすぎていた」
    何せその時点でマスター達は真相に近付きつつあり、特異点の解決はほぼ秒読み。かつてはあの引き籠もり姫の『締め切り間近なのにデータ飛んだーー!!何でえええーーっ!?』等という嘆きを同情しつつ内心呆れ混じりに笑っていた俺だったが、それすら下回る状況になって始めてその笑えなさを実感した。
    「作品が完成しないままこの地を去ることになる。それも自堕落と過信のせいで。こんな事を言っても何の償いにもならないが…きっと俺は激しく後悔していただろう」
    「…で、ですが、既にある程度書いた物があったのなら、それを完成させれば良かったのでは…!?」
    「お前相手に適当な作品を押し付けて、か?…まあ社会人としてはそうすべきだったのかも知れないが…恐らく俺の無駄な虚栄心がそれを邪魔した。…きっと『今の俺』が同じ状況でもそうした筈だ」
    …本当に滑稽だ。何もかも自業自得なのに、手遅れになってから無駄に作家のプライドを発揮した。彼女に半端な作品を送りたくない等と、身勝手にもそう考えていたのだ。

  • 81二次元好きの匿名さん22/05/10(火) 12:02:28

    ほしゅう~んすらすら読める

  • 82二次元好きの匿名さん22/05/10(火) 19:59:33

    さてどうなる

  • 83二次元好きの匿名さん22/05/10(火) 21:59:38

    ありがたやありがたや

  • 84二次元好きの匿名さん22/05/11(水) 00:07:47

    続きが楽しみでしかたがない

  • 85二次元好きの匿名さん22/05/11(水) 03:35:17

    「……はああ…」
    こちらの後悔を聞き終えた殺生院が呆れたような溜息をつく。
    「本当にあなたと言う人は…こだわりも結構ですが、それで白紙の本を押し付けて来るなら正しく本末転倒という物。いっそ正直に全てを白状するのが懸命だったのでは無いでしょうか?」
    「まあな…その方が遥かにお前にショックを与えずに済んだのは確かだ。だがあの夏の俺も、出来れば綺麗な思い出が欲しかったんだろうな」
    …あの夏の俺は現地のはぐれサーヴァント。その場限りの存在であり、あの特異点での軌跡が全てだ。只でさえ作品を仕上げられない後悔を抱えてた俺は恐らく、厚顔無恥にも、召喚されている間だけは彼女に幻滅されたくないと思ってしまったのだろう。
    「…出来れば最後に見るのは笑顔がいい。身勝手過ぎるにも程があるが、それが俺が全てを打ち明けなかった理由だろう。これが、あの夏の俺の物語の顛末だ」
    「温度差ですねー。確かにあの場で消える人にとってはどういう終わりを迎えるのは大切ですから」
    こちらの言葉にリリィがうんうんと頷いている。一方で殺生院は当然ながら釈然としない顔だ。
    「むう…しかし、結局は私が無体な扱いを受けたことは変わり無いでしょう?記憶の件など全てがあなたの責任では無いのも確かですが、それを言うならば私とて全てが趣味や遊びだった訳ではありません」
    それはそうだ。姿を変えたり記憶を封じたりしたのも一応は徐福から姿を隠すため。色々と要らぬこともしてはいたが、あの特異点では彼女にしては割と真面目に事態に対処していた。その報酬がアレでは確かに報われないと言う物だ。
    「…ええ、あの夏のあなたの真意はわかりました。決してあの結末は、私をただ蔑ろにした結果という訳では無いことも…ですが、それだけで流石に納得は出来ません」
    「そんなこと言って、割とその辺りはずっと気にしてたんじゃないんですか?そもそも、その辺りを疑いだしたのが発端なんですしー…あいたっ」
    「幻の癖に一言多い」
    ぷかぷかといった具合に水中を漂っていたリリィの額を殺生院が指で思い切り弾く。わー、等と言いながらリリィがくるくるとゆっくり縦回転する。大丈夫だろうか、あれは。

  • 86二次元好きの匿名さん22/05/11(水) 04:45:53

    「…それで、当然これで終わりでは無いでしょう?知るべきことは知ることが出来ましたが、満たされたと言うには程遠い」
    「当たり前だろう。これはお前に対する応急措置の一環…あとはまあ、俺の懺悔だ。望まれた仕事を投げ出した事に対する、な」
    実際、こちらの話を通してあの特異点の記憶を反芻することで、殺生院の存在は先程よりも安定していた。自分という存在を客観的に見直す事で壊れかけていた精神の殻が不完全ながらも組み立てられつつあるのだ。予断は許さない状態は続いているが、少なくとも即座に消えてしまう事は無い。ここまでくればあと一歩だ。その時、少しぐったりしたリリィが戻ってくる。
    「目が回るー…あら?夏の話はお仕舞いですか。それではわたしもそろそろお暇しますね?」
    「…お前はこの先は聞いていかないのか?」
    「ムードという物がありますからー。わたしは気遣いという物が出来るのです。なので…『わたし』の事をお願いします」
    ……そう言って彼女はぺこりと頭を下げると、続いて殺生院をじっと見つめる。
    「それじゃあ…ファイトですよ、意地っ張りな大人のわたし。心配しなくても隅っこでちゃんと見守っていますのでー」
    「え?待って、あなたは…」
    殺生院が止める間もなく、にっこりと笑ったリリィは無数の泡となって、水の中に解けていき…しばらく殺生院はそれを呆然と見ていた。暫くの沈黙の後、彼女はやっと口を開く。
    「……あれはただの幻…だったはず、ですが…」
    「まあな。だが紛れもなく、お前の中から生じた幻だ。それなら、そういう事もあるんだろうさ」
    「……そうですか」
    殺生院は押し黙る。俺もリリィの消えた空間を見つめる…それはきっと彼女がかつて捨て去ったモノ。夏の気まぐれで引っ張り出されなければ二度と光が当たらなかった存在。ある意味では彼女こそが一番最初に生み出され、後に唯一還ってくることの出来た『影』だったのかも知れない。…ああ、任されたとも。必ず殺生院キアラは救う。だから…彼女の中で一緒に見守っていてくれ。

  • 87二次元好きの匿名さん22/05/11(水) 08:28:03

    この二人に対する理解が深すぎる‥

  • 88二次元好きの匿名さん22/05/11(水) 08:50:21

    これ強く抱きしめ合いながら話してるんだよな……

  • 89二次元好きの匿名さん22/05/11(水) 15:40:41

    ほしゅBGMが三度変わったな

  • 90二次元好きの匿名さん22/05/11(水) 20:11:28

    抱かずに終わっても結局抱いても満足だわこんな良作

  • 91二次元好きの匿名さん22/05/11(水) 22:26:51

    ……気付けば、目の前には満天の星空が広がっていた。一拍遅れて、自分がいつの間にか草原に横たわっていた事に気付く。
    「…ここは……」
    体を起こすと、目の前には広大な水面。この景色に見覚えがあった。あの夏の特異点、そこに広がっていた湖だ。
    「ふふ…ここも懐かしい風景でしょう?もっとも、それは恐らく私の記憶ですが。あなたはあの時、あまり外には出てこなかったので」
    聞こえてきた声にふと横を見ると、先程とは異なる貝殻の装飾を施した白の可憐な…一般人基準では十分に過激だが、彼女にしては可憐と言える水着を纏った殺生院が静かに座っていた。派手なはずの桃色のパレオが彼女の場合は不思議と生来の淫猥さを和らげ、熱帯の花のような健全で華やかな印象を与える。
    「…綺麗でしょう?あの時はどこぞの誰かのせいで夜は危険地帯となっていたので気付く者は少なかったようですが…この湖の畔はとても星が良く見えるのです」
    「…ああ、確かに悪くない」
    丁度風が無い時間を再現しているのか…或いは彼女の演出なのかも知れないが、波のない湖の水面は星空を見事に映していた。天と地、双方に星が満ちる光景は思わず息を飲むほど美しかった。
    ……このまま眺めているのも悪くないが、まずは一つ、聞いて置かなければならないことがある。
    「……殺生院」
    「…………」
    …殺生院は何故かそっぽを向く。
    「おい」
    「……折角このような場所を用意したのに、まだそのような余所余所しい呼び方をするのですか?」
    「ぐうっ……!?」
    まさか。遂にそれをやれと言うのか。いよいよ以てそうなればシラを切り通せなくなる…だがこいつが先に折れるはずも無い。この場限り、あくまでそうする必要があるだけと、誰に向けての物か分からない弁解を心に浮かべながらその名を呼んだ。
    「……キアラ」
    あの時、月の裏側で。何とも不格好な主従関係だった時のように。その言葉を聞いて彼女は花のように笑う。
    「…ふふっ、やはり懐かしい。普段なら恥ずかしくて逃げ出したくなるような呼び方ですが…今はそれが不思議と…」
    「悪いが、浸る前に一つ聞くことがある」
    「……何でしょうか?」
    にべもないこちらの対応に対し明らかに殺生院…いや、キアラはムッとした様子を見せる。だがこちらも先に確認したい事がある。
    「まずは確認だが…お前は自分を元に戻す目処は立っているのか?」

  • 92二次元好きの匿名さん22/05/12(木) 05:18:03

    「……どうでしょうね」
    ぽつりとキアラは呟く。
    「ええ、あの時と同じ要領で自分の魂をほぐしていくことは可能でしょう。ですが今の私は何もかも均一に混ぜられた液体のような物。以前ほど簡単には切り離せないでしょうし、何より…且ての自分がどんな有り方だったのか今でも霧がかかったようにはっきりといたしません」
    「…やはりか」
    先ほども言っていたが、せ…キアラは自分の精神の変調に自覚が無かった。それが精神を強引に融合させられた影響なのか、或いは彼女と混ざり合った『人形』の意思が未だにそうさせているのかは分からないし今は重要じゃない。問題は前回ほど彼女の精神を弄るのは容易ではないこと、そして彼女が本当の意味で自分を取り戻すにはあともう一手必要だということだ。
    「…私からも」
    「あ?」
    「私からも一つだけ聞いてもよろしいでしょうか」
    言いながらキアラはこちらにそっと肩を預け、心地よい重みを感じさせる。。これまで散々世界を食らわんとしてきた魔性菩薩にして獣たる殺生院キアラだったが、近くでこうして触れるとやはり彼女も一人の人間であると実感する。
    「…本当に、あなたは私に且ての有り方を取り戻して欲しいと…そう思いますか?」
    「はあ…?」
    「一切を有象無象と捉え、己の為に食らい尽くすような欲の果て。救われてなお変わることを拒み、獣に堕ち果てた女の末路…そんなものに戻ってほしいと、あなたは本当に望んでいますか?」
    「……はあ…お前はまだそんなことを…」
    「聞かせて。あなたの言葉で」
    手を握り、強く指を絡めてくる。その力加減が、まるでこちらに縋るようにすら思えて…改めて溜息を吐く。本当に一度で満足するということを知らない女だ。
    「…はあああ……あれほど気の利いた口説き文句を贈ったのに、まだそんなつまらんことを言っているのか。読解力が俺の予想を下回っていたか?それとも、まさか胸はメロンだが頭はピーマンだったんじゃ無いだろうな?」
    「なっ…!?ピーマンっ…!?」
    「いいか。よく聞け」
    ぴしゃりとキアラの反論を封じるように言う。

  • 93二次元好きの匿名さん22/05/12(木) 06:03:57

    「お前は確かにろくでもない女だ。自制はできない辛抱もできない思慮も足りない足るを知らない、ついでに学習能力も備えて無いとないない尽くしの手のかかる女だ…だがな」
    ああ、こうなればヤケクソだ。
    「俺はあの時、お前という女を見て、ありのままを感じて、短い間とはいえ共に歩んで…そして愛した。そこに偽りも無ければ変わりも無い。俺は紛れもなくお前という女を愛しているんだ、殺生院キアラ」
    「っ…!!」
    キアラが息を呑む。日頃は見せない程にその目が見開かれ、みるみるその顔が紅潮していく。全く、こういう時の反応は変わらず初心なのは正直いじらしい…ああ、こんな女だったからこそ散々その悪行三昧に呆れつつも目が離せず、この手で幸せにしてやりたいと願ったのかもしれない。深い汚泥の中に確かに輝いていた星の光に心を奪われてしまったのだ。
    「…本当に。あなたの女の趣味を疑うわ、アンデルセン」
    顔を真っ赤にして、やっとそれだけ吐き捨てるキアラ。その手がじっとりと熱を帯びる。そしてそのまま押し黙ってしまった。こっちもあえて突かず、その体温を感じながら空と地上の星空を共に眺めていた。全く、世間にあまねく頭の茹った恋人達に共感などすまいと心に決めていた筈なのだが。こうして愛する女と共に眺める景色は、確かにそう悪い物じゃなかった。

  • 94二次元好きの匿名さん22/05/12(木) 06:05:19

    「…私は、戻れるのでしょうか」
    …長い余韻の後、キアラがか細い声で呟く。少し熱が冷めた影響で今度は不安が襲ってきたのか、握った手からは微かな不安の震えを感じる。少し強く握ってやりながら答える。
    「一人では無理だろうな」
    「……あなたも、力を貸してくれますか?」
    「まさか貸さないと思っていたのか?俺がそこまで不誠実な男だと?」
    「…白紙の本は寄こされましたけども?」
    「……本当に済まなかった」
    言いながら俺は空いてる手をかざす。強く思うと光と共に一冊の本が現れる。『貴方のための物語(メルヒェン・マイネスレーベンス)』。我が宝具、我が人生、そして我が生きざまその物たる、これから綴るべき物語。
    「それは…」
    「ご存じの通り、俺の宝具だ。そのままではクソ雑魚作家が雑魚作家に格上げされる程度の代物だが、そこに新たな物語が加われば主人公は俺からよりふさわしい者に代わり、その物語に合わせて姿を変えさせる。かつてはお前をより強化するために使ったこの宝具だが…今回はこいつを使ってお前が取り戻すべき姿を俺が示す」
    「………ええ、確かにそれは…理に適ってはいますが…その…」
    非情に何か言いづらそうにしてキアラがその視線を泳がせる。ああ、言いたいことは分かるとも。
    「…それ、まだ真っ白では?」

  • 95二次元好きの匿名さん22/05/12(木) 09:41:27

    敬語が取れて女性らしい口調になるところがたまんないっすね...

  • 96二次元好きの匿名さん22/05/12(木) 17:12:51

    保守です

  • 97二次元好きの匿名さん22/05/12(木) 22:59:53

    続きが楽しみすぎる

  • 98二次元好きの匿名さん22/05/13(金) 00:11:14

    「その通り。お前の言う通り今のこの本は白紙に戻しただけの原稿に過ぎず、このままではメモ帳代わりが精々だ。マトモに効力を発揮するには、俺がお前を題材にした物語を完成させる必要がある」
    「ええ、良く存じています。ですが…まさか今から書くと?あなたが?」
    流石に怪訝な様子を隠さない。それはそうだろう、彼女は俺の筆の遅さを熟知している。今からマトモに執筆に取りかかればここから何日かかるというのか…当然、その頃にはキアラは手遅れとなり、混ざり合った魂は二度と元の形に戻すことは叶わないだろう。かと言って適当な内容では当然ロクに効果を発揮しない。そこに相手への確かな執念とそれが込められた物語があって主人公は初めて生まれ落ちるのだ。全く、何たる作家泣かせな宝具か。だが…こと今回は幸運にも幾つかの条件が揃っている。
    「ああ、もちろん今からだ…だが安心しろ。あくまで『書く』のは今からというだけの事だ。既におおよその文は頭の中に入っている」
    「まさか…!あれだけ何度急かしてもロクに筆が進まなかったあなたが…?」
    「一から書くならそうだろうな。だが今回は偶然…それは『済ませて』ある」
    ……それは手慰みにプライベートで書いていた物語。散々にあの件で爆笑して部屋に戻ったあと…やはり少しの後ろめたさを感じてこっそり書き始めた、世に出すかも分からない知られざる物語。
    「…俺だってあの夏の顛末に思うところが無かった訳じゃ無かったんだよ。だからこっそりと書くことにしたのさ。お前に贈るための新しい物語を…もっとも、今はまだ仕上げが整ってないような不完全な状態ではあったがな」
    「…それって、つまり…その……私のために、日頃からわざわざ時間を割いて…」
    「まあ、作家もいつも締切に追われてばかりいる訳じゃ無いということだ。気晴らしに書きたい物を書いたりすることもある…それだけの事さ」
    これが一つ目の条件。書き込んだ原稿そのものは手元に無くとも、思いを込めた作品の雛形はこちらの頭の中にある。あとはそれを相応しい形に収めるだけだ。

  • 99二次元好きの匿名さん22/05/13(金) 02:06:12

    「そして執筆そのものについてだが…これも問題は無い。何せこのカルデアでは作家との交流には事欠かなくてな…何せ名だたる作家たちが集うあの魔境の中では筆が遅いだの展開が気に入らないだのは言っていられない。特に、シェイクスピアの提案でたまに開催される『即興リレー小説の会』なんてそれはもうひどい有様だぞ?結果、俺の筆の遅さもその中で多少は改善された訳だ」
    「…ちょっと待ってください。なにやら物騒ですがそういう同好会ってもっとこう、穏やかな意見交換とか作品を見せ合ったりしている物では…?」
    「馬鹿や変人が集まるとロクな事をしない。それは作家だろうと同じということだ」
    何はともあれこれで二つ目の条件…速やかに本に物語を書きこめるかという点もクリアした。そして最後の一点。これが一番の難関だ。
    「最後の問題は…ただこの宝具を使うだけでは不十分かもしれない、ということだ」
    「……それは、私が不安定だから…ですか?」
    キアラの不安げな問いに頷く。この宝具はあくまで相手を『理想の姿』へと導くだけだ。だがそれは所詮、相応しい役とそれに見合う衣装をあつらえる程度の事。道筋までは作ってやれても、心のあり様は最終的には本人に委ねるしかない。
    「俺が有るべき形を示してもお前が自分を見失ったままでは、元のカタチに戻れる確証は低い。混ざり合った意思の中から自分を見つけ出すのは…キアラ、お前にしか出来ないんだ」
    「…ええ、それは…その通りですが…先ほども言った通り、私自身にも最早それは酷く難しい。どれほどかつての自分を思い浮かべようとしても、手元に掴めるかと思えば雲散霧消してしまう。あれほど執着していた私自身が、何度掬っても手のひらから零れ落ちてしまう…」
    …きっとその恐怖は相当な物だろう。自覚すら出来ないまま自分という存在が消され、作り変えられようとしている。必死に記憶に縋っても阻まれ、何も糸口を掴めない。常人ですら耐えがたいこの状況、己に確かな自負と自尊を持っていた彼女にとっては尚更の筈だ…だが。
    「まあ安心しろ、既にアイデアは思いついている。あとは実践あるのみ、だ」
    そうして俺は一旦キアラと手を離して立ち上がる。あ、と微かな呻きを上げて、離れる直前のその手が一瞬強張った。俺は一層不安げな表情で座るキアラの横に立ち…そして宣言する。
    「ではこれより…この度において最後の物語を始めよう」

  • 100二次元好きの匿名さん22/05/13(金) 02:53:23

    ログ消える前に支部とかどっかに投稿してほしいほんとに

  • 101二次元好きの匿名さん22/05/13(金) 03:05:08

    「物語…え?始めるって…今から?」
    突然のこちらの宣言。キアラは不安も吹っ飛ぶほどに困惑し目を白黒させている。想像以上のリアクションに思わず口の端が吊り上がる。
    「ああ。結局、心に働きかけるには言葉をぶつけてやるのが原始的ながらも最良だ。何より、せっかくの作品をリソースとして消費するだけというのも味気ない。元よりお前に向けた物語だ、少しばかり聞かせてもバチは当たらないだろう?」
    「え……?…で、ですが、執筆の方はどうなるのですか?」
    「当然、同時進行だ!しっかり目に焼き付けろ、世にも珍しい『書き語り』だ。こんな作家の隠し芸紛いの荒業を見れる奴などそうそういないだろうよ!」
    既に手の中にはペンが具現化し握られている。ああ、彼女の手を握っていてやりたいのは山々だが、ここからはどうしても両手が塞がる事になる。ならば、不安など忘れるような現代の童話を語ろうじゃないか。
    「では語るとしよう。タイトルはお馴染みの『人魚姫』。だが生憎とこれは続編ではなく新解釈(リメイク)。モチーフを変更して本来の世界観を一新して綴る、その数奇にして波乱万丈な人生の物語だ」
    「…それ、もはや人魚姫とは言えないのでは?」
    やや不満そうな声でキアラの野次が入る。そこに不安は消しきれてはいないが、それでも既にこちらの話を聞こうとする姿勢に入りかけている。ああ、そういうのはいくらでも大歓迎だ。
    「リメイクとはそういう物だ。だが時にはそれが新たな感動を生むことも往々にして存在する…さあ、ここからは読み手も参加自由。野次はいくらでも飛ばして構わないが、石を投げるのは終幕までどうかご容赦を。新たに描く人魚姫の物語…どうか最後までお付き合い頂きたい」
    そうして劇作家の如く一礼してキアラの反応を見る。キアラはしばらくぽかんと呆けたように口を開いていたが、やがて何やら吹っ切れたように穏やかに笑った。
    「…ふふ…確かにこの方が、自分自身と睨めっこするより何やら面白そう…そういう趣向ならば、ええ喜んで。ですが気に入らない点があれば、全力でダメ出しさせていただきますわね?…聞かせてください、私を見つけ出すための物語を」
    「ああ、勿論だ。では始めようか、お前に捧げる物語を」

  • 102二次元好きの匿名さん22/05/13(金) 12:52:00

    一旦、保守

  • 103二次元好きの匿名さん22/05/13(金) 17:38:08

    乙女回路がぎゅんぎゅん刺激される……
    これだからこの主従は!!!

  • 104二次元好きの匿名さん22/05/13(金) 22:06:12

    早く続きが読みたいーー!

  • 105二次元好きの匿名さん22/05/14(土) 11:11:50

    待機

  • 106二次元好きの匿名さん22/05/14(土) 14:02:30

    …それはある女の物語。悪辣に、傲慢に、孤独に、そして必死に藻掻き歩んだ人生の軌跡だ。
    「昔々のお話、とある海のだれも見向きもしない海域に、地上嫌いの人魚たちが住んでいた。そこには彼ら以外の人魚はろくに住んでおらず恐ろしい外敵もいない、平和だが時代遅れの小さな王国だった。彼らの多くは地上はおろか他の海すらまともに見ようとせずに自分達の暮らす海こそが楽園だと思い込み、その外に暮らす哀れな者たちを見下していた」
    「あら、私…よく似た場所を知っているような?ふふ、懐かしい…」
    懐かし気に細めたキアラの眼が冷たい光を含んだ気がした。既に決着をつけてからそれなりの年月が経っても、やはり未だに『彼ら』には思う所があるらしい…まあ、人生の起源とはそういう物だろう。
    「…彼らには宝があった。厳格な王の娘である人魚姫。流れるような豊かな黒髪、子供ながらにして目を見張るような美貌、宝石のように輝くウロコ、虹色のビロードのようにひらめく尾びれ…そして何より、溢れんばかりの魔法の力。彼らは人魚姫が王位を継いだ暁にはこの国はさらに豊かになり、自分たちも更なる幸福に導いてくれると確信していた」
    …たまたま滅びを免れただけの王国。ただ存続しているだけの宗教コミュニティ。閉じた世界で妄言に耽る夢想家達の吹き溜まり。そんな『終わっている』場所に、あまりにも不釣り合いな資質を持って彼女は生を受けた。それは運命の悪戯なのか、はたまた仏が『彼らを救え』と無茶振りをかましたのか。常々思うがやはり人類を見守る神などがいるならば、そいつは作家(われわれ)以上に性根が歪んでいるに違いない。
    「周りの者達は常日頃から幼い子供に繰り返した。あなたはやがて我らを導く人、その為の力を持って生まれてきた救世主、だから王族に相応しい振る舞いを身に付けて立派な姫に育って欲しい…実の父親である王ですらその始末だったのだから、幼い人魚姫にはそれを疑う余地など無かった。彼らにとって彼女は『子供』では無かった。そう、言わば…」
    「…餌」
    自嘲的な呟きに目を向ける。
    「ええ、きっと彼らにとって彼女は餌に過ぎなかったのでしょう。惨めな現実に彩りを添えるだけの新鮮な生餌。さしずめそれは獣の食卓…」
    「…まあ、そうだったのかもな」
    キアラの主観をそっと物語に書き加える。その絶望はきっと、無かったことにしてはならないピースの筈だ。

  • 107二次元好きの匿名さん22/05/14(土) 16:46:46

    「…だが瞬く間に状況は変わる。人魚姫が病に倒れたのだ。そもそも、人魚の姫は生来の病魔に侵されていた。しかし無知な人魚達は姫を称えるばかりでその兆候にすら気付かなかった。そして姫自身も周囲の期待や後継者としての重圧のせいでそれを打ち明けることが出来なかった。気付いた時には既に手遅れ、彼女は泳ぐことすら難しい体となっていた」
    それは本来なら現代においては大した脅威でもない程度の病。だが処置を施されなければ風邪ですら死病となる。そして予想ではあるが…キアラは自身の苦痛を打ち明けられなかった。過剰なまでの期待を裏切ることが出来なかったのだ。
    「それは未知の病だった。彼らの知る方法では姫を直す方法は皆目見当もつかない。それは彼らにしてみれば晴天の霹靂だった…民達は誰一人として突き止められなかったが実のところ、姫の病の正体は海の淀みだった。そこはよほどの物好きでもなければ住んだりなどしないような毒の水域だったのだ。他の人魚達は昔からそこに当たり前のように住んでいたから苦にもならなかったが、不幸にも人魚姫は生まれつきその毒に耐えられる体を持っていなかった」
    …生まれた場所が悪かった、そうとしか言うことが出来ない。もしあの集団の中に生まれさえしなければ彼女は絶対に幸せになれたはずだ。無論その類稀なる資質が何らかのトラブルを招くことはあるかもしれないが、真っ当な場所ならば同じぐらい良縁にだって恵まれただろう。あの場所に生まれた時点でよほどの奇跡でも起こらなければ、殺生院キアラという女は早々に死ぬか、或いは堕ち果てるしか未来は無かったのだ。
    「彼らは嘆いた。何せ彼女はこの国の宝。それが降って湧いたような不幸によって奪われようとしている。それは神の試練というにはあまりにも過酷すぎた。彼らは憐れんだ。彼女は余りにも若いというのに、有り余る資質を持つというのにこんなにも早く人生を終えてしまうのかと運命の理不尽を呪った。彼らは悲しんだ。自分達の希望は失われてしまった、もうこれほどの逸材はそうそう生まれることは無いだろうと」
    そして。
    「散々嘆き悲しんで…なにやらそれで満足したのか彼らは早々に諦めた。後には身勝手な憐れみだけが残った」
    …まあ要するに、結局彼らにとって彼女は死力を尽くしてでも救いたいような存在では無かったのだ。

  • 108二次元好きの匿名さん22/05/14(土) 17:30:13

    待機

  • 109二次元好きの匿名さん22/05/14(土) 21:16:44

    保守

  • 110二次元好きの匿名さん22/05/15(日) 00:06:48

    「…彼らにとって悲しみとは何だったのでしょうね」
    「さあな。何もしない自分達を正当化するための自傷行為だったのか、手に入る筈だった希望が失われた事を心の底から嘆いたのか…確かなのは、それは凡そ自身に対して向けられた物だったということだろう」
    見るに堪えない自己憐憫。犠牲を見て見ぬふりをする大衆心理の流れ。都合のいいときだけ自分を持たざる者に定義する人間ならではの防衛本能。それは誰しもの心に例外なく潜む『悪』であり…俺が生涯、嫌悪し続けたモノだ。
    「…極論、この海から連れ出しさえすれば姫の容態は容易に回復した。この海でさえなければ十分に生きていけるだけの力が彼女にはあったからだ。だが誰もそれをしようともしなかった。発想すら無かったのだ。自分たちに出来ないことが外の愚か者共に出来るはずもないと嘯いてはいたが、それは所詮言い訳。その本心は、自分たちが安全なこの海から外に出るなんて考えられないし、まして大事な姫をそこに連れていくなど言語道断…事ここに至っても彼らにとっては、姫より自分達の常識の方が大事だった」
    「人魚姫も早々に察したでしょうね。彼らには彼女を救う気持ちなど微塵もないと。本当に薄っぺらい方々…その気になればその日の内にでも彼女は救えたでしょうに」
    「思考停止した奴らなんてそんな物だ……最早、人魚姫は死を待つばかりだった。宝石の様に輝いていたウロコは色褪せ、使うことも無くなった尾びれは息絶えたクラゲのように力なく漂う。或いは、いっそ耐えるのを止めてしまえば、直ぐにでもその苦痛の人生に幕を閉じることが出来たかもしれない」
    だが、彼女はその道を選ばなかった。どれほど病魔が自らの体を責め苛んでも、どれほど世界に絶望したとしても、そんな惨めな最期をこの女は良しとしなかった。自らを憐れむのではなく、世界を嘲笑って見せた。例えそれが後の過ちの根源だったとしても、その瞬間の意思を否定する権利など誰にも有りはしない。
    「だが彼女は辛く厳しい道を選んだ…『こんな所で死ぬのはいやだ』という確固たる意志。そして、どうせ死ぬのならせめてその前に一度も見られなかった、奴らが見せようともしなかった世界を見たい…そんな未知の世界への憧れ。ただそれだけを抱いて、彼女は病魔に必死に抗っていた」
    そう、きっとその瞬間はまだ…彼女は『夢見ていた』のだ。

  • 111二次元好きの匿名さん22/05/15(日) 01:23:42

    「…誰にも救われぬまま時は経ち、人魚姫が少女と呼べるほどの年齢となった頃…思わぬ機会が訪れた。度々人魚姫に言い寄っていた一人の若者が気まぐれで、本来は立ち入りを制限された秘められた書庫に姫を案内したのだ。それは、何か日々の刺激になるような物があれば苦痛を紛らわす助けにはなるだろうという思いつき、さらに言えば美しい姫に気に入られようという下心を秘めたご機嫌取りに過ぎなかった。だが、これ以上ない好機に彼女は奮起した。誰も手を差し伸べぬのならば、自らの手で己を救う方法を探すことにした。例えそこにどれ程の苦難があったとしても」
    「健気な物ですね…まあ正直、私の場合はそこまでの悲壮な決意はありませんでしたが。だって、ねえ…?」
    「…恐らく人魚姫も、大した苦労も無しに目的の情報を見つけることが出来たはずだ。そんな程度の物だったんだ、彼女を苦しめ続けていた病の正体は」
    質の悪い男が戯れに教えた霊子ダイブ。それによってキアラはこの世の真実を知った。自分の病が死病でも何でも無く、その気になれば彼女一人で治せる代物だった事。周囲が彼女を救おうともしなかったのは、くだらない教義に従った結果に過ぎないという事。そして唯一差し伸べられた手も、別に彼女を救う意図など微塵も無かったという事。それらによって、遂にキアラはこの世を見限ってしまった。
    「…手に入れた魔法の薬の知識で、人魚姫は遂に病魔を克服した。民達は奇跡が起こったと大層喜んだが、対照的に姫の心は冷え切っていた。自分を助けもしなかったのに喜びだけ共有しようとする姿は余りに浅ましく、段々と人魚姫の眼には彼らが同族などではなくもっと矮小な生き物であるかのように映り始めていた」
    人間は自分唯一人、他は全て只の獣…恐るべき魔性菩薩の雛形が完成した瞬間だった。そこには最早、怒りや憎しみなど存在しなかった。そんなものは同じ人間相手に抱く物だからだ。あったのは嫌悪と軽蔑。それは人が害虫に向けるものと同程度の感情…その観点から言えば羽虫の一匹の死に様にまで気を配っていた彼女は、ある意味では規格外の愛を持っていたとも言えるのかも知れない。
    「そして姫は遂に決意した。己を縛り付けるこの国に始末をつけるべく、計画と行動を開始したのだ」

  • 112二次元好きの匿名さん22/05/15(日) 09:53:33

    保守

  • 113二次元好きの匿名さん22/05/15(日) 15:50:29

    保守

  • 114二次元好きの匿名さん22/05/15(日) 15:55:50

    「秘密の書庫には人魚姫を救った医療書の他にも、様々な知識を記した怪しい書物や危険な魔法が封じられた魔道書が収められていた。それらは全て極めて危険な代物だったが、姫はそれらの知識と力を全て飲み干した」
    …彼女の物語には魂に焼き付く様な運命の出会いなど無かった。気を許せるような友も、人生の教えを請うべき師も、彼女を庇護すべき大人も誰一人存在しなかった。それが殺生院キアラの半生において出会った人間の価値だった。
    「危険な魔法の代償として、彼女はこれまで持っていた美しい物を失うことになった。宝石のようなウロコ、虹色の揺らめく尾びれ、そして人魚としての姿。彼女は躊躇う事なくそれらを差し出した…全てが終わった時、既に人魚姫の姿は無かった。そこにいたのは巨大な女。己以外に価値を見出さない、世にも恐ろしい魔女だった」
    だからそれは必然だった。救世主にも成れるはずだった女は歪んだ環境の中で変生し、己のみを救おうとする怪物と成り果てた。人々が『良い』とする物に見切りをつけ、奪われる者から奪う者となったのだ。
    「…やがて小さな王国は影も形も無くなった。魔女が何もかも飲み込んでしまった。魅了の魔法で骨抜きになった民は自ら望むように彼女にその身を捧げたのだ。跡には何もかも失った愚かな王だけが残された…斯くして自由となった魔女は早速、外の世界へとその身を踊らせた。だが…その胸中にはかつて抱いていたような、外の世界への憧れは無かった」
    この時点で既に、彼女は他人にも世界にも何一つ期待していなかった。そんな気持ちはとうの昔に、現実によって叩き潰されてしまった。
    「彼女は気付いていなかった。魔女と成り果てたあの時、知らずしらずの内に捧げられてしまっていた大切な物。そう…魔女はその力と引き換えに『夢』を失ってしまっていた」

  • 115二次元好きの匿名さん22/05/15(日) 19:39:26

    保守

  • 116二次元好きの匿名さん22/05/15(日) 22:04:49

    保守

  • 117二次元好きの匿名さん22/05/16(月) 05:17:31

    「…王国を滅ぼした後も魔女の凶行は止まらなかった。外の世界の人魚達は魔女に只ならぬ物を感じながらも彼女が甘い声で囁くと、その美しさもあって思わず気を緩めてしまう。そうして油断した人魚達を魔女は次々と口に放り込んでいく。魔女はその味の虜になっており、彼らが自分と一つになる瞬間に彼女は深い満足感を得ていた…しかし、どれほど食べても常に魔女は飢えていた。それが何故かはわからなかったが、さらに食えばいつかは満たされるだろうと魔女は能天気に考えていた」
    彼女はその矛盾に気付いていなかったのかもしれない。キアラはその後も悪行三昧を繰り返して数多の人間を破滅に追いやる訳だが、そこには確かに人間に対する執着があった。他人を厭い、己とは違う人間未満の獣と定義しながら、それでも無意識に何かをそこに求め続けた。
    「…やがて人魚も喰い飽き、それでもなお飢え続けた魔女は遂にある決意をする。『そうだ、いっそのこと地上の人々もどんどん食べてしまおう』と。自分が一向に満たされないのは味と量の問題だと彼女は結論付けたのだ。そして彼女は海からでも見える程に大きな城に目を付けた。その城にはとても強い…魔女よりもずっと強い力を持つ強大な王がいた。そして彼が治める国は、彼女の父親が必死に守っていたそれとは比べ物にならない大きな国だった。魔女は歓喜した。これほど大きな国を丸ごと平らげれば、今度こそ自分も満たされると」
    どれ程の快楽を得ても満たされない彼女は、それをごまかす為に更なる快楽を求めた。そうして遂に行きつく所まで行きついてしまった彼女はその集大成と言うべきか、ムーンセルを掌握することで全人類をリソースとして用いる壮絶な…本当に壮絶としか言いようがない特大の自慰行為を目論んだ。いい加減そこまでいけばアプローチが間違っていたことに気付いても良さそうなものだが、彼女のプライドがそれを阻んだ。何せこの世で彼女を救ったのは唯一彼女自身。例え世界が否定しようと彼女にとっては、自身の行動には何一つ疑問など生じる筈が無かった…そんなことが許される筈が無かったのだ。

  • 118二次元好きの匿名さん22/05/16(月) 10:30:16

    保守!最高のSSに出会えて月曜から幸せな気分だ

  • 119二次元好きの匿名さん22/05/16(月) 14:10:15

    素晴らしいものを読ませて頂いています!
    ありがとう!!

  • 120二次元好きの匿名さん22/05/16(月) 21:22:45

    保守

  • 121二次元好きの匿名さん22/05/16(月) 23:28:31

    最近の楽しみになってる

  • 122二次元好きの匿名さん22/05/17(火) 00:26:41

    「魔女は確かにその王に比べて力は劣ったが、それを補うだけの悪辣さがあった。直接やり合っても勝てないと察した魔女は、彼の娘である王女を利用することにした。彼女は争いを好まない心優しい性格だったが、その身には親譲りの強大な力が秘められていたのだ。そこで魔女は本性を隠して国に忍び込むと、王女に恐ろしい呪いをかけてその心を狂わせてしまった。魔女は狂った王女を操ってこの国を襲うと共に、最後には今まで通りその力を丸ごと飲み込んでしまうつもりだった。そうして得た力で、最後には王の力すらその手に収めようとしていたのだ」
    そして始まった謀略。キアラによる上級AIである間桐桜への干渉、さらには『あるマスター』との交流によって生じた奇跡(バグ)の果てに生み出されたBB。誕生直後に封印されていた彼女を狂わせたうえで解き放ち、月の裏側における騒動を引き起こした。全ては暴走の果てに力を増した彼女を吸収することで、ムーンセルの機能を完全に掌握するため…だが、それを黙って見過ごされる筈もなかった。
    「王女の力で王の力も封じられてしまい、全てはこのまま魔女の思惑通りに進むかと思われた。しかし、突然現れたのは名もなき勇者。颯爽と現れた勇者は、愉快な仲間たちと共に王国の危機を救わんと戦いを挑んだ。だが魔女にとって平凡な勇者など取るに足らない存在。王女の力で生み出した怪物や首輪をつけた奴隷の戦士、さらには操った王女まで勇者に対して差し向けた。だが勇者は仲間の手を借りながら恐ろしい脅威に立ち向かう。全てはこの国を…そして何より、愛する王女を救うため」
    …BBの暴走によって月の裏側に閉じ込められた勇者達は、時にこちらの予想すら上回る活躍を見せた。BBの息がかかったサーヴァント、そしてBBの切り離した自我より生み出されたアルターエゴ。『奴』は時に仲間の協力を得て、時には誇りある離別と引き換えに道を切り開き、彼らを退けるばかりかその心を通わせてすら見せた。そして遂に、月の裏側における事件の中心だったBBの、そして桜の本心…どこまでも純粋な恋心と、どれほど身を捧げてでも恋した人を救いたいという真摯な思いに辿り着き、完全な和解を果たした。それはキアラの想定通りの流れであり…同時に、俺達の敗北がほぼ確定した瞬間でもあった。

  • 123二次元好きの匿名さん22/05/17(火) 05:35:32

    「想定外の勇者の活躍によって姫の呪いも解けてしまい、魔女は遂に追い詰められる。魔女は最後のあがきで王女の力を強引に奪い、更に封印していた王の力をも手中に収めて遂に最後の決戦が始まった。王と王女の強大な力を手に入れた魔女は正に神の如き力を振るい、これまでに身に付けた危険な魔法も駆使して勇者に襲い掛かる…しかし、本来の手順を踏まずに強引に手に入れた力は不完全だった。そのせいで強大な力を制御しきれないばかりか遂にはそれによって致命的な隙が生まれ、その瞬間を狙って勇者の一撃が魔女の心臓を貫いた。遂に恐ろしい魔女は討ち果たされたのだ」
    キアラは予定通りBBと桜を吸収し、ムーンセルの機能をほぼ掌握する。さらには俺の渾身の一作によって全てを融かす愛欲の化身、全てを飲み込む魔性菩薩へと昇華された。だが、その肝心のBBと桜がこちらの急所だった。彼女達の恋心はどこまでも純粋で、強い感情だった。そしてそれを向けられているのは正にこちらが戦おうとしている目の前のマスター。そんな状況でムーンセルの権能がまともに振るわれる筈もなく、自分でも気づかぬままにキアラの力の矛先は鈍らされていた。そして最後には、負けるはずの無かった勝負でキアラは完全敗北を喫したのだった。
    「…魔女は確かに死んだ。だが完全に滅びてはいなかった。禁じられた魔法を使いすぎたせいでその魂は既に簡単には滅ぶことが出来なくなっていたのだ。そしてしばらくの休眠の後に彼女は蘇ることになる。彼女の力を利用しようとした愚かな悪魔によって」
    「っ!………待って、アンデルセン」
    その時、これまで静かにこちらの話に聞き入っていたキアラが少し慌てたような様子でこちらに問い質してくる。
    「あなたは…もしかして、その後の話を知っているのですか?」
    「…………」
    そう。この次の物語は本来は秘められた記録。最終的に『無かった事』になった筈の事象。海洋油田基地セラフィックスで引き起こされた惨劇と戦いの物語…BBの尽力のお陰で、自分を含めて殆どの関係者はあの事件についての記憶は殆ど残っていない。だがどれ程事実を隠したところで、そもそもキアラがこちらに召喚されている以上は彼女が何かをやらかしたことは自明の理である。
    「…まあ、執筆にあたって取材はしっかりしておいたからな。この物語にはどうしても、その欠けた部分が必要だった」

  • 124二次元好きの匿名さん22/05/17(火) 12:13:31

    一旦保守

  • 125二次元好きの匿名さん22/05/17(火) 19:07:23

    保守。
    最高。

  • 126二次元好きの匿名さん22/05/17(火) 21:09:24

    このSS完結したらどっかに載せるの?

  • 127二次元好きの匿名さん22/05/17(火) 23:34:50

    『ええ、あなたの推測通りです。私やサクラファイブ…そして殺生院キアラは、ある事件を切っ掛けにカルデアと縁が結ばれました。本来は決して交わらないはずの事象がどこかのお馬鹿さんのせいで交通事故を起こしてしまって…まあ何やかんやあってあのド変態の野望は食い止められましたが、その事実を以てしても『めでたしめでたし』で片付かないレベルの被害が出てしまいまして…そこで!!BBちゃんの有能極まりないアフターケアで…まあ色々と危ない橋も渡りましたが…ゴホン、とにかくサクッと全ての惨劇を諸悪の根源のセラフィックスごと無かった事にしたワケです!!はい、拍手ーー!!』
    『…わー、やる気のない拍手ありがとうございま~す。…で、勿論その作業をワンオペで片付けた私はあの事件の記憶をマルっと残しているので、あなたの求めるデータも問題なく提供できると思います。ですが……一つだけ忠告しておきます。あの事件、彼女はカルデアのみならず数多のサーヴァントを自分の目的のために利用しました。それこそSSRからコモンまで見境無しというレベルで…ですが、一人だけ例外がいました。まあ勿体ぶっても面白くもないのでネタ晴らししますが、当然あなたのことです。あの恥も外聞も性懲りもない彼女が、あなただけは頑なに事件から切り離した…味方にすら置こうとしなかった。当然、その意味は分かりますよね?』
    『ええ、あの女に向ける思いやりなんて1ドット分も持ち合わせてはいません。ですから私はあくまで忠告するだけです。乙女…乙女?が隠し通そうとした暗い秘密。あなたにだけは見られたくないと願った醜態。生半可な気持ちでパンドラの箱を暴けばあなたも彼女も大火傷することになります…秘められた真実を解き放つ。あなたには、本当にその覚悟はありますか?…………いや、そこは少しぐらい躊躇とかして下さい!思わず絶句しちゃったじゃないですか!…ま、まあそのぐらい色々と重いほうがあの女には丁度いいのかも?そういうことにしておきましょう…という訳ではい、ASAPかつZIPでデータを用意しました。閲覧する時は自室内プラス必ず一人で、解凍後24時間立つと爆発するので速やかに閲覧してさっさと削除してください。結構えげつない内容ですが、見てから心変わりとかしないでくださいね?まあ、あなたに限っては杞憂でしょうけど』

  • 128二次元好きの匿名さん22/05/17(火) 23:36:35

    >>126

    (今のところは予定無しです。何よりスケベルームの導入必要になるのがハードル高くて…)

  • 129二次元好きの匿名さん22/05/17(火) 23:37:37

    >>128

    勿体無えなおい!

  • 130二次元好きの匿名さん22/05/18(水) 01:03:49

    スケベルームの導入?必要か?
    二次イラストじゃ大体入室済みで描かれてるから無くてもいいでしょ。
    というかキャプションに”二人がスケベルームに入っちゃったSSです”とか記入しておけばノー問題ですよ。

  • 131二次元好きの匿名さん22/05/18(水) 03:18:31

    そんな理由で投稿しないのは勿体ない!!!!!「○○しないと出られない部屋」ネタはpixivに腐るほどあるので気にせず投稿してください!!!!!
    命に関わるんです、お願いします

  • 132二次元好きの匿名さん22/05/18(水) 05:33:20

    オイオイオイオイ馬鹿みてぇな部屋だなと勇んで入ったら感涙の海で溺れただろうがふざけんな!
    本当に可哀想だったあの顛末をよくぞここまで書き上げたものだ…理由も全て納得がいくし言動に共感するばかり、心象が目に浮かぶわ感情が揺さぶられるわで途中から言葉一つ一つを噛み締めて読み始めちゃったよ。最高…いや!この人魚姫Ⅱが読み終わるまでは言うまい

  • 133二次元好きの匿名さん22/05/18(水) 06:05:45

    そんな経緯でBBからあの事件のデータを手に入れた訳だが…まあ、それは本当に酷い有様だった。BBが火消しに奔走していなければ、俺もいよいよキアラの地獄巡りに付き合う覚悟を決めなければならなかったかもしれない。彼女には感謝しなければならないが当の本人は『彼女の件はあくまでオマケ!です。あとはまあ…あの時のあなたへの原稿料の未払い分とでも思ってください』と軽い調子だった。
    「…軽蔑しなかったのですか?」
    「ん?」
    「…あれだけあなたに愛されて、それでも変われなかった私を…見限ろうとは思わなかったのですか?」
    「何を今更。あれで見限るぐらいならとっくの昔に尻尾を撒いて逃げ出している。そもそもお前がとんでもない女な事なんて今に始まったことじゃないだろう?」
    …正直なところ絶句はした。それだけの悲惨な光景がそこにはあったからだ。それは例え全てが無かった事になったとしても、それだけで許されてはならない凶行だ…それでも彼女に寄り添う道を選んだのならばその罪から目を逸らすわけにはいかないだろう。まして本人が一応ツケを払っていく意思があるのならば決して見捨てはしない。最悪、地獄の底まで付き合う覚悟はこちらもとっくに出来ている。
    「…最後まで付き合うさ。むしろここまで来たら、お前が幸福な結末を迎えるまで意地でも付き合ってやる」
    …意気消沈していたキアラはこちらの言葉を聞いてやっと少しは持ち直したようだった
    「…全く、月の裏の時から変わりませんね、そういう所は」
    「それどころか生きてる頃からこんな有様だ。改めて言っておくが、俺の筋金入りの偏屈ぶりを舐めるなよ?何せ英霊の座からも『お前はガキの頃が一番マシだった』というお墨付きだからな」
    とはいえ、それで中身は大人のままなのだから仕事が適当と言うか…いや、あの夏の惨状を見る限り、本当に精神含めて少年時代が俺の全盛期なのかもしれない…いかん、少し悲しくなってきた。これ以上、俺の霊基に関して深く考えることは得策ではない。キアラも少し上機嫌な内に物語を再開しよう。
    「…さて、少し小休止も終わったことだし、次の物語を話そうか。蘇った魔女と、ある怪物の物語を」

  • 134二次元好きの匿名さん22/05/18(水) 12:21:59

    一時保守

  • 135二次元好きの匿名さん22/05/18(水) 19:32:18

    保守

  • 136二次元好きの匿名さん22/05/18(水) 23:09:28

    これ終わったら結婚しろお前ら

  • 137二次元好きの匿名さん22/05/19(木) 00:26:44

    「それは魔女が討たれて長い時が過ぎ、その悪行もおとぎ話になりかけた頃の話。ある場所に人目を避けるように作られた寺院があった。そこでは神の奇跡を一目見ることを願いながら多くの聖職者が暮らしていた」
    舞台は俺達が戦った月の裏からこの世界のある施設に移る。海洋油田基地セラフィックス。カルデア前所長マリスビリー・アニムスフィアの指示で建設された施設である。一見カルデアの重要な資金源の一つというだけに見えるが、その実体は明確な目的のもとに設計された研究施設の面が強かった。
    「…多くの一般的な聖職者は知らなかったが、その寺院では度々邪悪な儀式が行われていた。一部の高位の司祭の意向で、多くの罪無き人々が生贄として捧げられていた。全ては神の奇跡を再現するため。彼らは純粋な、そして狂った信仰心の元、密かに犠牲を積み重ねていった。そして…そんな血塗られた環境に引き寄せられたのか、一匹の悪魔がこの寺院に潜り込んだ」
    そこで行われていたのは余りにも悍ましい実験だった。霊脈を密かに探るぐらいは可愛いもので、その本懐である何らかの実験に際しては数多の人間を湯水の如くリソースとして消費して研究を進めていた…そこにどんな思惑があったのかは定かではない。まあBBがわざわざその辺りをぼかしている辺りまず尋常の物では無いのだろう。そして、その異常性に引き寄せられるように災厄がセラフィックスに現れた。魔神柱ゼパル。時間神殿の戦いにおいて完全なる消滅の前に離脱した一柱。それの出現と同時に事態は最悪の方向へと転がり始めた。
    「その悪魔は極めて邪悪で、人間を支配するために自分の力になりそうな物を探していた。その過程で禍々しい力の渦巻くこの寺院に目を付けたのだ…一方、その寺院にはある年若い修道女がいた。彼女には身寄りどころか昔の記憶も存在しておらず、力尽きたのか為す術もないまま山の中で倒れていたところを通りかかった人に救われた。その後も多くの人々の親切によって命を繋ぎ、やがて成長してからは寺院で悩みを抱えた人々を救う仕事を生業にするようになった…悪魔は一目見て気付いた。彼女には秘められた力があると」

  • 138二次元好きの匿名さん22/05/19(木) 05:46:18

    「実は彼女こそ、魔女が長い時をかけて蘇った姿だった。だが不完全な復活によってその邪悪な側面が眠りについていたのである。そして良き出会いに恵まれたおかげで、彼女はかつての魔女の様に道を踏み外すことなく育つことが出来たのだ…それは正に得難い奇跡の果ての産物と言えたが、愚かな悪魔はそれを理解しようともしなかった。そして邪悪な儀式によって彼女を生贄にし、かの邪悪な魔女を呼び出そうと画策したのだ」
    それは何という運命の悪戯か、セラフィックスには『こちら側の』殺生院キアラがいた。データを見る限りその精神性は善良であったことには間違いなく、同時に生まれついての救世主としての才覚も持ち合わせていた。皮肉にもその才能を疎まれる形で最終的にはセラフィックスに流れ着いたようだが、そこでも過酷な労働環境によって苦しむ職員達を救うことに奔走していた。だが…ゼパルに目をつけられたことでその穏やかな日々にも終止符が打たれることとなる。かの魔神はこちら側のキアラに寄生し、傷ついた己を隠す避難所にすると同時にセラフィックスを支配するための傀儡として利用し始めた。
    「悪魔は彼女に取り憑くと、少しずつその心を蝕んでいった。魔女を呼び出すための邪魔となる善き心を封印しつつ、魂の奥底に眠る魔女の記憶を引きずり出す。彼女の体を操って、心の拠り所としていた共に暮らす修道士達を彼女自らの手で狂わせる。女は必死に抗おうとするも度重なる責め苦の果てにその心は粉々にされていき、その度に塗り替えられていく自分自身に恐怖しながら悲鳴を上げた」
    …かの魔神はあの時間神殿の戦いで数多の英霊と対峙しても、あの偉大な王の最期とその真意を目の当たりにしても何一つ学ぶ物は無かったらしい。ゼパルはこちら側のキアラを徹底的に道具として使い倒した。邪魔になる善意を封印した上でセラフィックスの掌握を効率的に進めるためにその肉体を操って暗躍し、尊厳も誇りも汚し尽くした。そして極めつけに『これ』では不十分と言わんばかりに平行世界のキアラの可能性を探り、やがて最も高いスペックを持つ個体を発見するとそれを呼び寄せた。かつて月の裏で身勝手な救済を掲げて暗躍し、その悍ましい愛で世界すら飲み込もうとした度し難き魔性菩薩を。

  • 139二次元好きの匿名さん22/05/19(木) 10:56:39

    保守

  • 140二次元好きの匿名さん22/05/19(木) 17:24:24

    クオリティエグいわ保守

  • 141二次元好きの匿名さん22/05/19(木) 22:09:20

    日々の楽しみ

  • 142二次元好きの匿名さん22/05/20(金) 03:03:08

    「必死に耐えた甲斐も無く、哀れな修道女は魂を散り散りにされ、絶望の中で息絶えた。その直後に亡骸を黒い影が飲み込みながら膨らんでいき、やがてその影は巨大な女の姿を取る。ここに邪悪な魔女は完全な復活を遂げてしまったのだ。悪魔は大層喜んだが魔女はその姿を冷ややかに見ていた…悪魔は確かにとても強かった。だが、魔女の方がそれより遥かに強かった。支配関係は一瞬で逆転した」
    …結局、こちら側のキアラを救うことは叶わなかった。もしかすると今のキアラに溶け込んでいるのかも知れないが、現状では記憶にしかその残滓を読み取ることが出来ない。こうしてゼパルの目論見通り、キアラはより強い同位体に上書きされたが…かの者は理解していなかった。自分が一体、何者を呼び寄せてしまったのか。
    「魔女の手によって寺院は瞬く間に地獄と化した。これまで辛うじてまともだった者達まで瞬く間に狂わされ、殆どの聖職者は魔女の配下となった。そして悪魔も魔女にその力の殆どを奪われて彼女の召使いにされた。そこには全盛期の如く…或いはそれ以上に邪悪な魔女の姿があった。かつての敗北の記憶が彼女をより残虐に変えていたのだ」
    キアラの手によって生存者達は彼女を頂点としたカルト集団に変貌させられた。殆ど暴徒と化した者達がまだまともな類の者達を弾圧し、暴力と虐殺への恐怖が人間性を更に剥ぎ取っていく負のスパイラル。更にキアラが気まぐれにその中から生贄じみた処刑を行うことで、その流れはますます加速した。ゼパルの進めていた情報化の影響でセラフィックスにおける内部時間の異常加速と外界との隔絶は進行し、最早救助も望めない状況となった。そこは正に現実から切り離された地獄そのものだった。ついでにゼパルもこの辺りで支配下に置かれた。
    …これほどまでに彼女が悪辣に振る舞ったのは善意を封印された影響も多少はあるだろうが、恐らくはそれだけではない。何せこの状況で俺だけを締め出すような羞恥心…或いは後ろめたさは残っていたのだから。その動機は想像するしか無いが…恐らくキアラは意識的に怪物として振る舞ったのだ。『人間』だった自身を捨て去るために。

  • 143二次元好きの匿名さん22/05/20(金) 04:07:23

    …月の裏の戦いで、確かに俺達は敗北した。だがその過程で、確かに美しいものを見た。決して折れない強い意志、敵にも差し伸べられる慈愛の手、己の犠牲も厭わず道を切り開こうとする勇気、そして…恋に命を燃やし、非情な現実に挑んだ少女のどこまでも清らかな思い。かつて嘲っていたそれらは、敗北を以て彼女の脳裏に深く刻まれた。穢れた物しか見ようとしてこなかった彼女が、やっと己の価値観を変え得るモノと出会ったのだ…多少は俺の自惚れもあるかもしれないが、キアラのあの最期の瞬間は穏やかな物であっただろうと自負している。
    だが、再び彼女は目覚めてしまった。それも、別世界の『救われることが出来た』自分を生贄にするという最悪の形で。そして知ってしまった。既に彼女はビースト…人類を滅ぼす災厄として定義されていることを。そして彼女は結論付けてしまった。自分という存在に救いが訪れる事なんてあり得ないのだと。救われた世界の自分ですらこのような形で悲惨な末路を迎えたこと、そしてその原因がセラフィックスという異常な環境と愚かな魔神の蛮行であったことでその確信はより確かな物となった。だからこそ殺生院キアラは、遂に『人間』であることすら諦めた。そして世界がそう定義するように、欲望のままに人類を飲み干す『獣』に成り果ててやろうと決めたのだろう。まあ要するに……この世界の人類にとっては限りなく傍迷惑な話だが……キアラは完全に自棄(やけ)を起こしていたのである。
    「…地獄を作り出して尚、魔女は満足していなかった。そして魔女はこの寺院で行われていた儀式に目を付け、手下を使って再びそれを行った。邪悪な儀式はやはり邪悪な精神と相性が良かったのか、魔女の力は生前すら超えて増していく。そして、十分に力をつけた魔女は手駒として怪物を生み出した。亡国の王女、翼の無い鳥、破壊する者…かつての戦いで彼女が操った者達を模した怪物を」
    やがてキアラはセラフィックスの破棄されていた機構を発見、これらを利用することで夥しい数のサーヴァントを召喚し、異常加速した時間をフル活用して延々と殺し合わせることで自らの『餌』を確保した。そして十分なリソースを確保した辺りで彼女はかつて吸収したデータから因縁深い者達をサルベージした。BB、メルトリリス、パッションリップ…かつて月の裏で戦った彼女達を手駒とするべく蘇らせたのだ。

  • 144二次元好きの匿名さん22/05/20(金) 05:14:59

    …とはいえ、キアラが本気で彼女達をまともに手駒にする気があったかというとかなり怪しい。ろくに逆らえない身とはいえ行動への縛りは緩く、まして自分への敵愾心も一切手を加えずにサルベージしたせいで叛逆までされている。逆にむしろ形だけでも協力に同意したBBがイレギュラーであり、キアラは彼女達を初めから最高の罠に仕立て上げるために呼んだ可能性が高い。ゼパルから得た情報で、後ほど自分にとって唯一の脅威が訪れることは予期していたのだから。
    「…生み出された怪物達は、誰一人として魔女に心を許してなどいなかった。何せ、もともと魔女の暗躍によって彼女達は歪んだ人生を歩むことになったのだから。亡国の王女はそれでも今は打つ手が無いと魔女に従っていたが、翼の無い鳥と破壊する者はそれを拒否して魔女に戦いを挑んだ。だが生みの親に敵うはずもなく、破壊する者は意思を奪われて魔女の手下となり、翼の無い鳥は歩くことも出来ない程にずたずたにされて死を待つばかりとなった。だが、命尽きかけていた彼女に手を差し伸べる者がいた。それは助けを求める声を聞いてやってきたさすらいの魔術師だった」
    案の定、メルトリリスとパッションリップは長い潜伏期間の果てにキアラに反旗を翻すが、ハイ・サーヴァントたる彼女達ですら足元にも及ばない程の戦力差がそこにはあった。あっさりと二人は敗北し、防衛用として使い道があったパッションリップは拘束されたうえで防衛装置として利用され、メルトリリスは痛めつけられたうえにその力と記憶を取り上げられて廃棄処分となった。そのまま教会に打ち捨てられ消滅を待つばかりの彼女だったが、そこで彼女は鮮烈な運命に出会う。暗闇に突然差し伸べられた手。この地獄の中で既に失われて久しかった人間性。そして目の前の『怪物』相手にも揺らがない善意。それは生存者の一人であるトラパインが決死の覚悟で送ったSOSを受け取ってこの地獄に降り立ち、早速サーヴァントと引き離され孤立無援だった我らがカルデアのマスターだった。

  • 145二次元好きの匿名さん22/05/20(金) 08:19:01

    最高のSSを目の当たりにしている……保守

  • 146二次元好きの匿名さん22/05/20(金) 15:14:37

    期待

  • 147二次元好きの匿名さん22/05/20(金) 21:17:10

    ほしゆ

  • 148二次元好きの匿名さん22/05/21(土) 00:36:16

    保守

  • 149二次元好きの匿名さん22/05/21(土) 00:51:08

    保守

  • 150二次元好きの匿名さん22/05/21(土) 03:43:50

    「魔術師は怪物に敵意が無い事と怪我で苦しんでいる事を察すると、その異様な姿にも怯むことなく真っ先に彼女の傷を癒した。それは、これまで人々に恐れられてばかりだった翼の無い鳥にとっては初めての経験だった。魔術師は語る。旅の途中に偶然、助けを求める声が届いた。だから、ここにいる人たちを助けに来たのだと。彼女はその真っすぐな善意に、そして魔術師が助けようとしている『人』の内に当然のように自分が含まれていることに言いようのない感動を覚えた。彼女は思った。『私もこの人の力になりたい』と。それは決して恩義を返す為だけではなく、憧れた人と共に歩みたいという感情。それは怪物が初めて抱いた恋心だった」
    底抜けの善人であるマスターは傷ついたメルトリリスに対し、契約を交わすことでその命を繋いだ。自分もサーヴァントと分断され通信も途絶したほぼ詰んでいる状況だったにも関わらず、当たり前のようにその手は差し伸べられたのだ。…身内贔屓な評価かも知れないが、この『当たり前』をどのような状況でも手放さないことがマスターの最大の長所なのかもしれない。そして、その姿は一人の少女が淡い恋心を抱くには十分すぎるものだったのだろう。他ならぬ彼女の母と同じように。
    「魔術師は翅のない鳥の申し出を快く受け入れ、共に魔女と戦うことにした。かつての勇者達とはあまりにかけ離れた孤軍奮闘。もうだめかと思った瞬間も幾度もあったが、互いに力を合わせて乗り切った。そして力を失った怪物も、魔女の軍勢と戦いながらその力を奪うことで徐々に力を取り戻していく。その道程は過酷ながらも彼女に取っては輝かしい物であり、初めは仄かな物だった想いは今や確かな物となっていた。やがて遂には魔女の手下にされていた破壊する者を救出することに成功した。だが『その時』は着々と近づいていた」
    マスターとメルトリリスは即席のコンビながら、必死に地獄の中で足掻いた。この時のマスターは他の味方とも合流できず、戦力はレベル1となっていたメルトリリス一人だった。不幸中の幸いか彼女のドレイン能力は健在だったようで、必死に敵を倒し続ける中で少しずつメルトリリスは力を取り戻していった。そして最終的にはほぼ完全な力を取り戻すことに成功し、遂には操られていたパッションリップを救う事にも成功した…しかし既にセラフィックスは潜航の最終段階に入ろうとしていたのだった。

  • 151二次元好きの匿名さん22/05/21(土) 04:51:34

    「魔女は彼らが戦っている間も最後の儀式を進めていた。その儀式が終わってしまえば、最早魔女を倒せるものはいなくなる。魔術師達は遂に魔女に闘いを挑んだ…だが、全ては魔女の掌の上だった。『二人の怪物が生きている限り、魔女は不滅である』。それが翼の無い鳥と破壊する者にかけられていた最後の呪いだった。ただでさえ絶大な力を持つ魔女に呪いによって与えられた力まで加わり、彼らは為すすべなく敗れる。そして魔女は勝ち誇ると翼の無い鳥に見せつけるように、彼女の思い人である魔術師を融かして飲み込んでしまった。それは余りにも無残な恋の終わりだった」
    既に状況はキアラの『完成』まで秒読みであり、マスター達は現在の戦力でキアラに闘いを挑まざるを得なかった。だが、勝ち目など初めから無かったのだ。キアラから押し付けられた権能の一部たるKP(カルマ・ファージ)。それを与えられたセンチネルが存在する限りキアラの絶対性は崩れない。そしてメルトリリスとパッションリップも正にそのセンチネルであり、彼らが唯一の戦力である以上は勝負すら成立するはずも無かった。そして、その事実を知らないマスターが…いや、知っていたとしても、傷つき苦しむ彼女達を救わない選択肢など存在するはずが無かったのだ。そしてマスターは………最早助からないと分かっていながらもメルトリリスを必死に庇おうとしたまま、彼女の目の前でキアラに溶かされ殺された。
    …それは正に、前回の敗北から学んだ悪質な手口。かつては気付かぬまま恋心に阻まれて敗北したが故に、今度は恋心を丹念に叩き潰す計画を立てた。使い物にならない手駒のメルトリリスにすら権能を分け与えたのは、初めから自分の絶対性を保つ楔として…そして、マスターの優しさ故に決して取り除けない『敗因』になるようにデザインするため。そもそも、ただ殺すだけなら一瞬で終わっていた。瀕死の彼女を教会などに放置しなければプログラムによってマスターと出会う前に消去されていただろうし、その後マスターが万が一別の戦力と出会ったとしても彼女にとって殺すことは実に容易かった筈だ。だがキアラにとっては、それこそ人類を滅ぼす事なんかよりそれを完全に否定する事が重要だった。幼少期に見限り、過ちの果てでつかの間に夢見て、そして最後には再び見失った救いの光。それは変生を前に彼女が切り捨てなければならない物だった。

  • 152二次元好きの匿名さん22/05/21(土) 05:43:11

    「…だが、絶望の中でも彼女達の意志は折れていなかった。想い人を取り戻すために翼の無い鳥は自分の知るとっておきの魔法を使うことを決意する…それは過去へと飛ぶ翼。色を変えていく空も、沈もうとする太陽も追い越して、二度と戻れないはずの場所に戻るための力。彼女は捕らえようとする魔女の腕を潜り抜けると破壊する者のありったけの力を借りて、その身に失われていた筈の白く美しい翼を生み出した。そして穢れない白い翼を羽ばたかせると、彼女は流れ星のように一直線に空に向かって飛んでいく。速く速く、風よりも、星よりも、光よりも速く。あまりの速さに手足が傷ついても、体の奥底まで潰れてしまいそうになっても、彼女は怯まずに飛び続けた。『あの人』にもう一度出会うために…そして、今度こそ想い人を救うために」
    メルトリリスは諦めなかった。そんな容易く諦められるような恋ではなかった。そして全てを取り戻すために彼女は妹と共に凄まじい荒業を使うことを決意する。『その愛楽は流星のように(ヴァージンレイザー・パラディオン)』。パッションリップを弓として、メルトリリスという矢を打ち出す合体宝具。それを彼女達はキアラに対してではなく、空に向かって打ち出した。電脳化が進んだセラフィックスにおいては位置情報がそのまま時間情報に直結していた。その点を突き、彼女は光すら超えるほどの速さで上昇することでマスターと出会う直前…およそ二時間半前に戻って見せたのだ。…当然、こんな荒業を使って無事で済むはずもない。限界を超えた飛翔でその霊基は激しく損壊した。行きつく果ては完全なる消滅。出会って二時間そこそこの堕ちて間もない恋に人生を捧げるような、文字にしてしまえば浅はかにすら見える行為。だがそこには迷いも恐れもない。そこにいたのは紛れもなく、その命を燃やすように自分の恋心(ゆめ)のままに舞い踊る主人公(プリマドンナ)だった。
    …やがて、彼女は辿り着く。かつてマスターとだった場所に。マスターと出会う前の自分がいる教会に。『メルトリリスが二人存在する』という矛盾に気付かれないために、どちらかが消えなくてはならなかった。そして時間制限がある中では力を失った過去の自分より、戻ってきた自分の方がマスターを助けられる確率は高い。僅かな邂逅の後に過去のメルトリリスは自分が消える事を受け入れる。自分ではない自分が得た輝きに、確かな救いを覚えながら。

  • 153二次元好きの匿名さん22/05/21(土) 06:37:11

    結局は心のあり方ひとつなのだ。人か怪物か、救いがあるか無いか、希望を抱くか絶望に堕ちるか…生まれながらの怪物だったはずの少女は、夢見た果てに命を賭けるべき恋を見出した。救世主の資格を持って生まれた女は、世界への失望の果てに世界を飲み込む大魔性へと変じた。世界の捉え方ひとつでこれほどまでに結末は変わる。変えることが出来る。一作家の言葉だけでは示せなかった道を、一人の少女はその人生で雄弁に物語る。全く、事実は小説より奇なりとはよくいう物だ。俺も未だ目指すべき領域には遠いということだろう…斯くして舞台は整った。『絶望』の物語は終わり、ここからは『救済』の物語が始まる。
    「…翼の無い鳥は決死の飛翔の果てに過去に辿り着いた。そんな彼女に、以前の未来においては静観を保っていた亡国の王女が接触した。だがそれは既に魔女の作り出した怪物ではなかった。それはこの寺院に満ちる魔力の影響だったのか、強大な魔法が使われた際の揺らぎの影響か。彼女には本物の王女の魂が冥界から乗り移っていた。そして翼の無い鳥から状況を聞くと、共に魔女を倒すための計画を立て始めるのだった」
    ここに来て遂に最大のワイルドカードが開示される。実は一連の事件におけるビーストの反応、及びその原因がムーンセルに関係のある者という訳で、月の裏の元支配者たるBBが事態の解決のためにセラフィックスに既に召喚されていたのである。彼女はもともと存在していたこちら側のBBと入れ替わる形で管理者権限を引き継ぎ、ビースト攻略のための下準備を進めていた。そして、過去から飛んできたメルトリリスのこれまでの記憶を見ることで全ての必要な情報が揃い、遂にキアラ打倒のための計画が動き始めるのだった。
    「…そして翼の無い鳥は再び魔術師に出会う。以前とは助ける者と助けられる者が逆転する形で。かつて果たせなかった想いを貫くため、彼女はここに戻ってきたのだ」

  • 154二次元好きの匿名さん22/05/21(土) 11:36:56

    保守

  • 155二次元好きの匿名さん22/05/21(土) 15:18:47

    素晴らしい…
    ほしゅ

  • 156二次元好きの匿名さん22/05/21(土) 17:43:48

    ほしゅ

  • 157二次元好きの匿名さん22/05/21(土) 18:57:29

    読んだ
    夏イベまたやりたくなってきたよ
    作者殿には是非投稿をご検討していただきたい逸品にござるな

  • 158二次元好きの匿名さん22/05/21(土) 21:59:45

    保守

  • 159二次元好きの匿名さん22/05/21(土) 23:21:46

    「魔女の企みを止めんとする王女の号令によって集い始める新たな勇士達。魔女がかけた怪物達の呪いを解く聖なる祝福。呪いを解かれて味方となった、魔女の傀儡とされていた者達。そして魔女の強大な力を封じるために王女が準備し続け、遂に完成した最後の魔法。全てを懸けて流れを変えた運命は遂に魔女に勝ちうる可能性を呼び寄せた。怪物は絶望に、ぞして破滅の運命に打ち勝ったのだ」
    更に、メルトリリスの行動で生み出された『二周目』は『一週目』と様々な差異が生じた。気高きブリテンの騎士たるガウェインとトリスタン、和製アルターエゴ・タマモキャット、シャーウッドの狩人兼BBの被害者(おきにいり)ロビンフッド、気高き天魔の姫・鈴鹿御前、そして抑止力の執行者たる別側面のエミヤ。それはBBの手回しによるものか、それとも遂に勝機を得たことで抑止力が重い腰を上げたか、何はともあれカルデア陣営はかつてないほどの力を得た。そしてBBが切り札として用意したキアラ・パニッシャー及びメルトちゃんデスwhip(どちらも正式名称らしい)。快楽天たるキアラの権能を封じるための最終兵器を以て、遂に反撃の準備は整った。
    「遂に最後の戦いが始まる。王女の魔法を以てしても魔女の力はなお強大で、勇士達にも犠牲者が出た。だが戦いの果てに遂に彼らは魔女を追い詰める。たまらず魔女は奥の手の魔法で魔術師達を遠くまで吹き飛ばしてしまった。魔女は夥しい魔獣をけしかけつつそのまま手の届かない場所まで逃げようとしたが、翼の無い鳥は最後の力を振り絞って魔女に向かって飛び立つ。そして逃げる魔女に追いつくと魔女の心臓に深々と剣を突き立てた」
    万全の状態を以てしても、辿り着くまでに犠牲は出てしまった。一般職員に擬態していたキアラによってガウェインが倒され、エミヤも単独で動いていた際に襲われた果てに洗脳されマスターの前に立ちはだかった。そしてキアラとの戦いにおいても一度は蹂躙されかかるもBBのサポートによって回避。さらにキアラ・パニッシャーによって僅かな時間とはいえキアラの全能性を剥ぎ、ようやく同じ土俵に立つことに成功する。そして始まるビーストⅢと化したキアラとの決戦…永遠にも思える五分間の激闘を制したのは、カルデアの勇士達だった。

  • 160二次元好きの匿名さん22/05/22(日) 00:01:14

    遂にキアラは逃走を決意する。カルデア陣営を海上目掛けて排出した上で自らは星の核まで潜航して同化、事実上の勝利を狙う方向にシフトした。正に試合を捨てて勝負に勝つ…だが、そのような性根を『彼女達』が把握していない訳が無かった。メルトリリスはパッションリップ及びマスターの力…そして自分の全存在を全て燃やし、最後の一撃を叩き込む。かつて時を裂いた女神の槍(パラディオン)を今度は仇敵の胸元に。歪み果てた自己愛を曇りなき恋が撃ち砕く。時間稼ぎの魔神柱の増殖は鈴鹿御前とタマモキャットのサポートを得たBBによって抑え込まれ、メルトリリスを取り込もうと尚も続けた悪足掻きは死に体で再び立ち上がったエミヤとメルトリリスを救うために残留したトリスタンによって阻まれた。こうして殺生院キアラは再び完全敗北を喫したのだった。
    ……BBの記録から再現した物語はここまで。そして、ここからは俺自身が彼女に送るべき物語だ。
    「…魔女は水底の様な死の闇の中にあった。『どうせ前と同じ。今回はまたしても負けたが、何時か私は再び目を覚ます。世界を呪う魔女として』。そんなことを考えながら魔女は闇に沈んでいく。だが、頭の片隅で疑問が渦巻いていた。『どうして』と。あの怪物達は紛れもなく生まれながらの世界の敵だった。その点では自分と変わらないはず。なのにどうして彼女達だけが救われたのかと」
    それはキアラにとって受け入れがたい結末だった筈だ。前回は割り切れた。桜及びBBはAIとはいえど従来は『正常』な存在だった。そのような『恵まれた者』がより良い結末を夢見ることが出来るのは考えてみれば至極当然、初めからあれは自分には届き得ない風景だった…と自らに言い聞かせることが出来た。だがメルトリリスはその感情から生み出されたアルターエゴ。どれほど人間らしく振舞おうとその根幹はやはり人外であり、怪物性でいえばむしろキアラより筋金入りの筈だった。だが彼女は月の裏の戦いで確かに成長していた。そして自らの怪物性に溺れることなくその生きざまを貫き、やがて出会いの中で輝かしい恋に堕ち、最後は笑顔でその恋に殉じて見せた。それは見方を変えれば人魚姫のような悲恋にすら見えるだろう。だがその結末には確かに希望が満ち溢れていたのだ。

  • 161二次元好きの匿名さん22/05/22(日) 00:46:21

    「嫌だ。悪に堕ちて初めて、魔女は心から叫んだ。このまま終わりたくない。自分もあの光を掴みたい。ここまで悪行を重ねてきて今更見苦しい事は分かっていたが、それでも一心不乱に手を伸ばした。…そして一際大きく願いを叫んだ時、彼女の視界が急に開けた…やがて目の眩むような光から解放されると、女は波打ち際に横たわっていた。目の前に広がるのは一面の砂浜。ふと感じた足の感触で気付く。自分がいつのまにか随分と小さくなっていることに。彼女が魔女として得てきた力は、その殆どが体から失われてしまっていた。背後の暗い海を振り返る。そこには慣れ親しんだ闇の世界が広がっている。あの中に飛び込めばすぐにでも魔女としての力を取り戻せるだろう。だが女は再び砂浜を見つめる。その胸の中には、かつて地上に憧れた時の気持ちが…より眩い未来を願う気持ちが蘇っていた。長い道程、間違った道も散々進んだ旅路だったが、その果てで彼女は且て失った『夢』を再び取り戻すことが出来たのだ」
    それは彼女が救いを得るために…それを得るための一歩を踏み出すために必要だった最後のピース。キアラはメルトリリスが迎えることが出来た結末に恋焦がれた。そして初めて自分の有り方に疑問を抱き、その答えを追い求めた。そして…彼女は初めて、自らの『本当の願い』のために行動した。サーヴァントとして人理のために生きる道を受け入れたのだ。
    「目の前には地上が広がっている。踏み出していたようで一歩も踏み出していなかった新しい世界。そこではきっと数多くの苦難が待ち受けているだろう。自分の罪と向き合う日も来るのかもしれない。だが、それでも彼女は…人魚姫だった女は先に進もうと決意した。暗い水底ではない、新しい世界を見たいと心の底から願ったから。新しい『夢』を大事に握りしめて女は歩き出す。この先、どれほど道は続くのか、どれだけの試練が待ち受けているのかは誰にもわからない。もしかするとそれは途方もなく長い巡礼の旅になるのかも知れない。だが…」
    一旦言葉を区切り、キアラを見る。彼女もまた、じっとこちらを見つめて次の言葉を待っている。
    「……幸せを願って進み続ける者には皆、救われる資格がある。そして夢見る心を忘れなければ、そこに辿り着くための道標が見える。あとは彼女が歩み続けることを止めなければ、きっと…必ずいつかは望む未来に辿り着けるだろう」

  • 162二次元好きの匿名さん22/05/22(日) 01:29:03

    語り終えると同時にペンを置く。これで物語は終わりだ。童話の大団円とはやや遠いが、本人の道がまだまだ半ばなのだから仕方ない。書くべき彼女の物語はこの一冊に詰め込んだ…疲れた。分かってはいたが凄まじい労働だった。改めて思うが、やはり彼女の人生は波乱万丈が過ぎるのではないだろうか。
    「…本当に、彼女が救われる日は来るのでしょうか?」
    全てを聞き終えたキアラがぽつりと呟く。
    「許されるには彼女の罪は余りにも大きすぎるのではないでしょうか?納得しない方もいらっしゃるのでは?」
    「まあ、一筋縄ではいかないだろうな。だが少しずつでも積み重ねていけばいつかはたどり着ける。案外真面目にやっていれば、見かねた奴らも手伝ってくれるかもしれないしな?」
    「…本当に、彼女がそれを願う資格はあるのでしょうか?」
    「当たり前だ。昔から言うだろう?夢見るだけならタダだとな。どんな人間でもそれを妨げられる謂れなんてありはしないさ」
    そうしてキアラの頭に手を乗せ、優しく撫でる。一瞬驚いた様子で身じろぎしたが、やがて少し不慣れな様子でこちらの手に身を委ねてきた。艶やかな髪の感触がどこか心地よい。
    「…少なくとも、その幸福を心から願っている奴が一人はいる。それだけは、決して忘れないでくれ」
    「……ああ本当に…どの口で人間を愛さないなどと。あなたほど愛に溢れた人など数えるほどしか見たことがありません」
    そして不意にこちらの手を優しく握ると、愛おし気に頬を寄せた。
    「ですが、私は知っています。その物語にはあえて描かれていない登場人物がいることを。かつて人魚姫が地上に憧れた時も、魔女に堕ちて過ちを重ねているときも、きっと彼は傍にいたはずなのです。口が悪くて物ぐさで性格が曲がっていて、それでも未熟な彼女を愛してくれた優しい人が」
    「……どうだかな。きっとそいつがやったことは少しばかりの言葉を贈った程度だ。大したことはできちゃいない」
    …そう。自分は彼女に寄り添うことはできても、彼女の道を照らすような光を見せてやることはできなかった。それを見せたのはいつだって未来に夢を描く少年少女達。輝かしい希望を見せるにはくたびれた作家じゃ荷が重い…だが、キアラはこちらの言葉を聞いて少し呆れたように微笑んだ。
    「ふふ…本当に困った人。あれほど他人の輝きについては雄弁に物語るのに…自分の美しさは意地でも認めないのですから」

  • 163二次元好きの匿名さん22/05/22(日) 02:10:46

    …さて、そろそろ物語の幕を閉じるときだ。完成した本を開き宝具の発動準備に入る…と、その時。
    「…そういえば、はぐらかされている気がしますが。重要な事を一つ聞き忘れていました」
    「……ああ、分かってる。『アレ』だろう?」
    …心当たりはある。そもそもの今回の件の発端。『なぜマシュ・キリエライトに物語を贈ったのか』。それをまだ説明していなかった。とはいえとぼけていた訳ではない。それを明かすなら最後でいいと思っていただけだ。何しろ、オチに相応しいネタは最後まで取っておくものだろう。
    「ええ、そうです!!その…今更気に入らない真相だったからといってあなたの思いを疑ったりはしませんが…やはりこだわりを曲げてまで彼女だけに本を贈った理由は知っておきたいかと…」
    少し顔を赤らめて問い詰めてくる姿に微笑ましさを覚えつつ苦笑する。そして俺はキアラの隣にそっと腰を下ろした。
    「理由は大きく分けて二つある。その内の一つは、他ならぬお前だ」
    「…私?」
    「ああ。月の裏でお前と共に歩んで…どんなに罪に塗れた人生でも、その中で全力で生きたお前に救いあれと俺は願った。その時の事を思い返して、ふと考えたのさ。だったら物語の登場人物だって作者に労われる機会があってもいいんじゃないか、とな」
    「労い…ですか?」
    「物語を曲げるのではなく、険しい道程を歩き切った奴に対してペンでささやかな感謝を示す…たまには、そんな心持ちで続きを書いてみるのもそう悪い行いでは無いと思ったのだ。それに考えてみれば、働かせるだけ働かせて報酬の一つも無いんじゃあ、ブラック企業もいい所だからな!」
    「ああ、どこまでも素直じゃない…そ、それで、もう一つの理由は?」
    「何度も言っただろう?出来心だと。たとえ万年サボる言い訳を探しているような俺でもごく稀に、真面目に心を入れ替えて周囲に感謝を示そうとする事はあるのさ…具体的には、一年に一度ぐらいはな」
    その言葉にキアラは少し考え込んでいるようだった…そしてどうやら答えに辿り着いたらしく愕然とした表情を浮かべた。
    「…え…ええ!?そんな…たかだかそんな程度の話だったのですか!?」
    「そんなとはなんだ、そんなとは。日本人にとっては祭りの一つに過ぎないだろうが…俺達にとっては割と神聖な日なんだぞ?クリスマスというやつは」

  • 164二次元好きの匿名さん22/05/22(日) 03:20:30

    そう、クリスマス。かの者が生誕した聖なる記念日。一年において最も大事と言っても過言じゃない時期だ。流石の俺もこの時期ばかりは何もしないのはどうかと思い、サバフェスに向けた作業を中断して子供グループに読み聞かせる物語を執筆したり、当日に向けた物資調達を手伝うなどしていた。その時、思い出した。あの少女がかなり物好きな代物を欲しがっていたことを。
    「思えば普段、滅多にマシュ・キリエライトが何かを欲しがることもない。だったらクリスマスぐらい気の利いたプレゼントがあってもいいだろう…そんなことをふと思いついたのさ。全く、これを出来心と言わずして何という?」
    「……そんな…そんな理由の為にあれだけ私は悩んで…」
    「お前ばかりの落ち度ともいえないさ。何せ今回は俺にもだいぶ非があるからな。だが…この物語もそう悪い物じゃないだろう?」
    「むう…」
    こちらの言葉に少し釈然として無さそうな顔だったが…やがて観念したのか、ため息を付きつつ穏やかに笑った。
    「ふう…そうですね。終わってみればむしろ良い結果かと思います。それに…少しはこうして二人きりで過ごせましたから」
    そして少しの間の沈黙。その時、にわかに風が吹き、湖に波を立てた。…キアラの生み出す幻の風景は意図的に作り出していると同時に、少なからずその精神の影響を無意識に反映している。彼女の心で、何らかの動きがあったのだろう。
    「…この逢瀬も、もうすぐ終わりですね」
    「そうだな。まあ、延々と姿を眩ますのも良くないだろう。お前の幻は経過時間には変わりがないからな」
    そっとキアラがこちらの手を握る。少し悩んで握り返すと、より強く指を絡めてきた。
    「…ねえ、アンデルセン」
    「…どうした」
    「これからいつまで共に歩めるのか分からないから…もしかしたら正気に戻ったら、二度と口には出せないかもしれないから…」
    キアラの顔が、そっとこちらに近づく。吸い込まれるような瞳がこちらをずっと見つめている。
    「だから、心に刻んで。そして、例えこの旅が終わっても、何度別のあなたに生まれ変わっても、私を思い出して」
    柔らかな両手が顔を包む。既に息遣いを感じるほどに、互いの唇が触れかねない程にその距離は近い。
    「…私も、あなたを心からお慕いしています」
    そして、唇が重ねられる。それは強く、甘く、そして執拗な…まるで名残を惜しむかのような長い口付けだった。

  • 165二次元好きの匿名さん22/05/22(日) 07:58:56

    エンダァァァァァァァァ

  • 166二次元好きの匿名さん22/05/22(日) 13:36:10

    素晴らしい物を見た

  • 167二次元好きの匿名さん22/05/22(日) 20:17:50

    これも夢に消えるのか...?

  • 168二次元好きの匿名さん22/05/22(日) 21:48:17

    ……長いようで短いような濃密な時間の後、どちらからともなくゆっくりと唇が離れる。そのまま俺達は何も言わぬままに長い間お互いを見つめ合っていた。夢の終わりから目を背けるように…だが夢は溺れるのではなく、浸るぐらいが丁度いい。どちらもそれは理解していた。やがてキアラはこちらから手を話すとゆったりと立ち上がり、意を決したように口を開く。
    「……それでは、そろそろお願いできますか?」
    …こちらも立ち上がり、本を開く。さあ、ここからはキアラの踏ん張り所だ。
    「…分かっていると思うが、俺の宝具はあくまでサポートに過ぎない。自分の混ざりあった人格を掬い上げ、元の形に組み立て直すのは…キアラ、お前の仕事だ」
    「勿論。ここまで手間を取らせたのですもの。最後の仕上げぐらいは…ええ、喜んで」
    「……では、始めようか」
    言うと同時に、本が手から離れて目の前に固定される。そして独りでにページが捲れていき、その輝きを増していく。
    「…新たな物語はここに成った。憧れを取り戻した人魚姫は、その足でまだ見ぬ道を歩む。作家の仕事はひとまず終わり、新たな旅路を祝福する。…さあ、有るべき姿を思い出せ!『貴方のための物語(メルヒェン・マイネスレーベンス)』!」
    本が一際眩い光を放ち、キアラの体を包む。同時に激しい風が唸りを上げて吹き荒れ、草原や水面を荒々しく揺らす。
    「ん…ぐうっ…ああっ…!」
    光に包まれながら、キアラが耐えるような呻きを上げる。…恐らく彼女は溶けた自分をかき混ぜるような激痛の中、必死にその心の中で闘っている。自分のカタチを取り戻すために。
    「っ!……耐えろ、キアラ…!!」
    「うぐっ!…え、ええ…大丈、夫…むし…ろ…少し…気持ち、い…あああっっ!!」
    「……よし、そのまま踏ん張れ!」
    どうやらいつもの平常運転だ。少し勘が戻ってきたらしい…やがて風が更に激しくなっていき、それに伴って周囲の風景が少しずつ薄れていく。蜃気楼が突風で霧散していくように。
    「…そう、大丈夫…私、は…ここにいる…!」
    その言葉と同時に、遂に幻が崩れる。風景が砕けるように掻き消え、全てが光に還元されていく。そして同時に俺も体に違和感を覚えた。恐らく、俺にかけられた幻も解けようとしているのだ。
    「やれやれ…正に夢から覚めるようだな…」
    そうして俺は目が眩むような光の奔流に包まれながら、そっと目を閉じたのだった…。

  • 169二次元好きの匿名さん22/05/22(日) 22:58:12

    …慣れ親しんだベッドの感触を全身に感じる。目を開くと、目の前では殺生院が静かな寝息を立てながら眠っている。ゆっくりと体を起こす。いつもの少年時代の肉体だが、妙な違和感を感じる。辺りを見回してみると、そこはノウム・カルデアにおける殺生院の部屋だった。時計は午前二時過ぎを指している。状況を確認していると、やがて少しずつ意識と記憶がハッキリとしてきた。
    (そうだ…確か深夜に殺生院が押し掛けてきて…何やら神妙な様子だったからそのまま部屋まで連れられていったら眠くなって…そして…)
    「…ん……」
    その時、傍らの殺生院が呻きながら上体を起こす。そしてこちらと目が合った。
    「「……………」」
    そして、そのまま二人揃って長い間完全に固まっていた。幻の記憶が脳内で目まぐるしく繰り返し反芻される。何もかもが鮮明に思い出せた。滅多に見せることも無いような表情、交わしあった言葉、柔らかな肌の感触、共に眺めた景色の数々、そして唇の……。
    「…ーーーーーーー!!!!」
    殺生院が声にならない悲鳴を上げ、その顔が耳の先まで真っ赤に染まる。そして勢い良く毛布を被るとベッドの上で丸くなってしまった。
    「あ、あああっ……!ち、ち、違いますッ!あれは、その、一時の気の迷いで……色々あって、正気じゃ無かっただけでっ………」
    …まあ、こうなるだろうとは正直思ってはいた。普段の態度からして、正気に戻れば羞恥心でこのような有様になるのは当然と言えた。こちらも顔に確かな熱を感じながら、そっと声をかける。
    「…その、あー……キアラ?」
    「〜〜〜〜ッッッ!!い、いつもの呼び方で結構です!!」
    固く毛布を被ったまま殺生院は叫ぶ。どうやらこの状態ではこれ以上話は出来そうに無い。

  • 170二次元好きの匿名さん22/05/22(日) 22:58:37

    「…まあ、俺は一旦帰る。お前もゆっくりと休め」
    正直、こちらも今すぐ強い酒でも飲んで泥のように眠りたい。未成年飲酒など知ったことか、どうせ中身はオッサンだ。そうしてベッドから立ち、部屋を出ようとしたその時。
    「…キャスター」
    殺生院が不意に声をかけてくる。
    「その………ありがとう」
    「…お安い御用だ」
    そう言うと、今度こそ殺生院の部屋を出る。そして扉が固く閉まったのを確認し……。
    「……はああああああ………」
    勢い良くため息をついた。もう直ぐにでも顔から火が吹き出そうだった。未だに彼女の見せた様々な表情が、その感触が記憶に鮮明に焼き付いている。当分はこの狂おしい熱は冷めてくれそうには無い。そう確信しながら俺はふらふらと帰路についたのだった……。

  • 171二次元好きの匿名さん22/05/22(日) 23:39:54

    (感動でもう言葉が出ない)(拍手喝采)(五体投地)(昇天)

    …いやいや昇天する前に、先生!!振込先はどこですか!?!?(お財布パカー)
    いやもうホントここで読ませてもらって良かったんだろうか…?超大作…最高です……(語彙消失)

  • 172二次元好きの匿名さん22/05/23(月) 00:58:06

    大変良いものを見せて貰いました。また見返したい。

  • 173二次元好きの匿名さん22/05/23(月) 02:01:10

    ありがとう お疲れさまです そしてありがとう
    書ききってくれて感謝&感謝しかない
    素晴らしいものに出会えたよ……

  • 174二次元好きの匿名さん22/05/23(月) 04:48:06

    …それから二週間後。図書館での資料集めの帰り道で久々に俺は殺生院と通路でばったり再会した。向こうは何かぼんやりと考え事をしていたのかこちらに気付いていない様子だ。少し近づいてから見上げるようにして声をかける。
    「…おい、殺生院」
    「え?……あ…」
    目が合った瞬間、その顔が見る見るうちに赤くなっていく。何か言おうとしたであろう口が半開きのまま言葉を無くしている…どうやら向こうも未だにあの夜の熱は冷めきっていないらしい。
    「…久しぶりだな。もう体に不調は無いのか?」
    「!……ええ、その節はおかげさまで。それでは…」
    そのまま殺生院は目を逸らしながら、足早にその場を去ろうとする…まあ、あの日から見事に俺は避けられていた。今までも一定の距離は取られていたがそれが余計に酷くなった形だ。今日ここで再会できたのは偶然以外の何物でも無いだろう。全く、根本的な性格は直ぐには変わりようがないらしい。
    「おい」
    そのまますれ違おうとした殺生院の手を掴む。声だけでは逃げられかねないからだ。こちらから一応伝えておくべきことがある。
    「っ…何でしょうか…?私もこの後予定が…」
    「直ぐに終わる……お前、クリスマスのリクエストはあるか?」
    その言葉に、殺生院はこちらを向いて目を丸くする。予想すらしていなかった言葉だったのだろう。
    「え?…クリスマス、ですか?今から…?」
    「ああ。生憎俺は筆が遅いからな。注文があるなら早めにしておけ。別にそういうのを祝ってはならないような宗教上の拘りも無いだろう?」
    「あ…その…」
    しばらく殺生院は目が泳いでいたが、やがて観念したように俯きながら小さな声で告げる。
    「でしたら…ええ、寂しい夜に心が温かくなるような…そんな童話をお願いしてもいいでしょうか?」
    「ぼんやりした注文だな…だが問題ない。当日までには仕上げてやる。伝えておきたかったのはそれだけだ」
    そう言って手を離す。そう、このぐらいでいい。別に何もかも急いで変わる必要は無いのだから。一歩ずつ歩み寄ればいい…そう思っていた矢先、離した手を今度は向こうに握り返される。思わず今度はこちらが硬直する。必死に平静を装いながら声を出す。
    「…どうした。まだ何かあるのか?」
    「いえ、その…こちらもまだ先の話ですが…当然、もし良ければの話なのですが…」

  • 175二次元好きの匿名さん22/05/23(月) 05:45:26

    掌から熱い体温が伝わってくる。お互いの緊張と興奮が互いに筒抜けになっている感覚でなんとも落ち着かない。手を通じて互いの鼓動が同期しているような錯覚すら覚える。
    「その…当日はあなたも、できれば夜は予定を空けておいてもらえませんか?一方的に贈られるだけというのも…ええ、無作法という物でしょう…?」
    そして周囲に誰もいないことを確認すると、ゆっくりと殺生院は屈みこんでこちらと目線を合わす。その目には先ほどまでは無かった熱が籠められている。
    「本当に困った人…もう抑えきれそうにないからあえて距離を取っていたというのに…ですが、ええ、そちらがその気ならもう躊躇いはしません。そも篭絡されてばかりでは魔性菩薩の名も廃るというもの。あなたが私の心を撃ち抜いてみせたように…私も私のやり方であなたを虜にしてみせます」
    そっと甘く囁いた後に、悪戯っぽく微笑んだ。あの夜の不安げな表情など感じられないような、挑戦的かつ自信に満ちた笑み。
    「…ええ、これが私。紛れもない『わたし』…そして、あなたはこのような女でも受け入れてくれるのでしょう?」
    ……全く、とんだ藪蛇だった。羞恥心で気落ちしているのではないかというのは完全に勘違いだったらしい。どうやら直接会わないうちに判断するのは早計だったか。だが…まあそれも悪くない。
    「…ああ、勿論。どこまでも付き合おう」
    そっと握られた手を持ち上げ、彼女の手の甲に口づけする。それは従者ではなく一人の男としての言葉。何よりも重い契約だ。その言葉を聞いて殺生院は満足そうに笑って、手を離した。
    「ええ、それさえ聞ければ十分…では、その日を楽しみにさせてもらいますね?」
    言いながら殺生院は立ち上がって悠然と…よく見たらだいぶ動揺してるのか、やや危うい歩調で立ち去った。あの調子だと、この後自室でまた大騒ぎだろう。
    「……さて、書くか」
    ここまで大口叩いて約束した以上は完璧な物を届けなければならない。彼女の真っすぐな期待を裏切るのもささやかな良心が咎めるし、まして今度白紙の本など渡そうものならこの身もカルデアも人類も危機に晒されかねないだろう。

  • 176二次元好きの匿名さん22/05/23(月) 06:25:32

    随分と危機的な状況だが、それでも不安は無い。今なら何枚でも原稿を仕上げられそうな気すらしている。書き始める前は誰だってそうだろうという理性の声はこの際無視だ。最悪の場合は邪竜(ヴリトラ)に頭を下げてカンヅメ部屋でも作ってもらおうか……いや、それは本当の最終手段にしておこう。
    全く、我ながら業が深い。書くために悩み苦しむと分かっていて、それでも書かねばいられないのが作家と言う生き物だ。伝えるべき言葉が、伝えるべき思いがある限り、サボることはあっても我らがペンを折ることは無い。ならばこの魂の続く限り、この思いを綴り続けよう。そのささやかな足掻きが誰かの人生を変えて見せたのならば、それこそ本望だ。…さて、そうと決まれば早速執筆に取り掛かろう。やる気があるうちにどれだけ片付けられるかが仕事のコツだ。何せ既に仕事は山積み、気を抜いていたら締め切りが首元まで迫る羽目になる。
    「…よし!!」
    頬を叩いて己を鼓舞する。先の不安はこの際棚上げだ。こうなったらとことん書いてやろう。それを待ち望む者がいる限り作家の仕事は終わらない。この上ない高揚感と熱を胸に抱え、彼女のための物語を綴るために俺は帰路に就く。あの夢の様な夜の情景を…彼女の見せてくれた素顔を心に浮かばせながら。

  • 177二次元好きの匿名さん22/05/23(月) 06:26:53

    (以上、大変長くなりましたが終了です。長らくお付き合いいただき、本当にありがとうございました!)

  • 178二次元好きの匿名さん22/05/23(月) 07:07:58


    本当に名エミュだった

  • 179二次元好きの匿名さん22/05/23(月) 08:13:22

    完結おめおつです!万雷の拍手を!見届けられて良かった…生きてて良かった…。素晴らしい作品をありがとうございます!!

  • 180二次元好きの匿名さん22/05/23(月) 11:20:30

    投稿したら言ってくれ

  • 181二次元好きの匿名さん22/05/23(月) 12:21:07

    (心が)女の子になっちゃう!!!!!♡♡♡

  • 182二次元好きの匿名さん22/05/23(月) 13:34:03

    なんというか、もう、素晴らしかったです、はい。
    まさか、しないと出られない部屋、という無駄話用の定番ネタからこんな大作を見られるとは・・・

  • 183二次元好きの匿名さん22/05/23(月) 19:52:02

    ブラボー…おお、ブラボー……!!
    素晴らしいものをありがとう

  • 184二次元好きの匿名さん22/05/23(月) 20:47:56

    (独自考察や妄想、深夜テンションやライブ感満載の代物でしたが、楽しんで頂けたなら幸いです。しかし、当初の予定よりかなり長くなってしまった…。改めて、ここまで読んでくれて本当にありがとうございます)

  • 185二次元好きの匿名さん22/05/23(月) 21:44:13

    さっさと素直になって結婚しねえかな

  • 186二次元好きの匿名さん22/05/23(月) 22:07:12

    本当に素晴らしいものを見せていただきました!
    ありがとうございます!!
    素直じゃない二人の本音が垣間見える最高の作品です

  • 187二次元好きの匿名さん22/05/24(火) 06:37:24

    >>10がナイスすぎる

  • 188二次元好きの匿名さん22/05/24(火) 16:33:03

    >>184 こちらこそありがとうございます!

    同じような内容のレスが既に幾つかありますが、どうか、pixivでも他のところでもどこでも良いのでぜひ投稿をご検討くださいませ…!(土下座)

    ここまでの大作をこの掲示板のみに留まらせるのはあまりにも惜しく思うのです。。過去ログに行っても確かに読めるとは言え、過去ログにどの程度の期間残るのか&この掲示板がいつまで続くかも分からないですから……

  • 189二次元好きの匿名さん22/05/24(火) 21:29:20

    このスレどうする?
    投稿待ちスレにするか?

  • 190二次元好きの匿名さん22/05/24(火) 21:30:25

    完結おめでとうございます
    素晴らしいの一言に尽きる

  • 191二次元好きの匿名さん22/05/25(水) 03:41:27

    すごくよくて、一気読みしてしまった…
    ぜひ、どこかにまとめて欲しいです

  • 192二次元好きの匿名さん22/05/25(水) 04:12:11

    (せっかく評価して貰えたので時間があるときにまとめてみようとは思いますが、文章の調整含めてだいぶ時間がかかるかも…)

  • 193二次元好きの匿名さん22/05/25(水) 14:08:44

    やったぜ待ってる

  • 194二次元好きの匿名さん22/05/25(水) 19:55:37

    >>192

    は〜?素っ晴らしい、こんな名作SS書いて誇らしくないの?


    是非投稿された暁にはリンクめを私めどもにお見せいただけたなら幸いです(平身低頭)

  • 195二次元好きの匿名さん22/05/25(水) 22:14:24

    まとめありがとうございます
    いつまでもお待ちしておりますので

  • 196二次元好きの匿名さん22/05/26(木) 06:40:49

    もしこのスレが埋まったらスレ建てて投稿したことを知らせてくれると有難い

  • 197二次元好きの匿名さん22/05/26(木) 12:32:36

    めっちゃよかった!
    いいもの見れたありがとう!

  • 198二次元好きの匿名さん22/05/26(木) 21:48:10

    >>196

    (完成したときには報告させて頂きます…が、これ色々修正していくと思った以上に時間かかるんじゃ、と内心戦々恐々していたり。)

  • 199二次元好きの匿名さん22/05/26(木) 22:44:48

    ぱこぱこ

  • 200二次元好きの匿名さん22/05/26(木) 22:44:58

    💩🍛

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