「無事か、クリス!」

  • 1二次元好きの匿名さん25/12/01(月) 20:23:46

    クリスは、戦闘で破損した機体から降りた足が震えているのを感じながら、医務室へ向かった。
    医師や整備士たちが慌ただしく行き交う中、誰も彼女の顔を真正面から見ようとしない。その沈黙が、かえって胸に重くのしかかってきた。
    ドアの前で、隊長が彼女を待っていた。表情は固いまま、言葉を選ぶように口を開く。
    「クリス……落ち着いて聞いてくれ」
    ──嫌な予感が、喉の奥が締めつけられるように膨らんでいく。
    「君が戦った相手……あれは、民間人の少年だった。
     名前は、バーナード・ワイズマン」
    空気が一瞬で止まった。
    クリスの視界がゆっくりと暗転していく。呼吸ができない。心臓が痛い。何を言われているのか理解したくなかった。
    「うそ……やだ……やだ……そんなの……だって、バーニィは……!」
    彼女の肩から力が抜け、壁にもたれかかった。
    自分の撃った一撃。自分が守ろうとした街。その全部が、たったひとりの優しい青年を殺したのだとしたら──。
    「私……わたし……アルに……どう言えば……!」
    声は震え、涙が溢れた。目を閉じると、クリスマスの日に笑っていたバーニィの顔が浮かんだ。
    不器用で、でも優しくて。自分に向けてくれた、あの少し照れた笑顔。
    彼は何も知らなかったのだ。彼女が“敵”だなんて。
    「こんなの……こんなのって……!」
    膝から崩れ落ち、クリスは泣き続けた。誰も慰めようとしなかった。誰も触れなかった。
    触れてはいけない痛みだと、分かっていたから。
    彼女の涙の音だけが、静かな医務室に落ちていく。
    ──そして、クリスは気づく。
    バーニィだけじゃない。あの小さな少年・アルが、この真実を知ったらどうなるのか。
    「アル……守らなきゃ……私が……私が守らなきゃ……!」
    嗚咽まじりにそう呟くが、何を守れるのか、何を失ったのか、もう判断がつかない。
    ただ、ひとりの青年の死が、彼女の世界を崩壊させていた。

  • 2二次元好きの匿名さん25/12/01(月) 20:26:00

    雪がしんしんと降り続けていた。
    コロニーのクリスマス飾りが、白く滲む視界にぼんやり光っている。
    クリスは震える指で呼び鈴を押した。
    扉が開くと、アルが顔を出した。
    「……クリスお姉さん?」
    その顔を見た瞬間、胸が締めつけられた。
    無邪気な笑顔。罪を知らない瞳。
    そこに、バーニィの姿が重なる。
    「アル……会いに来たの」
    声が震えないよう、必死で押し殺した。
    アルは不思議そうに首をかしげた。
    「ねえ、アル……。最近、何か怖いこと、悲しいこと、なかった?」
    「え……? べつに……なんにもないよ。クリスお姉さんは?」
    その返事に、クリスは耐えきれず膝をついた。
    アルが慌てて近寄る。
    「ど、どうしたの⁉どこか痛いの?」
    「ううん……違うの。違うの……アル。あなたが無事で……本当に……よかった……!」
    アルの小さな体を抱きしめる。震えが止まらない。
    アルは何も知らない。それが何より救いで、何より残酷だった。
    胸の奥で、ひとつだけ確信する。
    ──真実だけは、言えない。アルからバーニィの“青春”を奪いたくない。
    クリスはそっと微笑み、震えをごまかした。
    「メリークリスマス、アル……。少しだけ……抱きしめさせて」
    アルは照れくさそうに笑い、軽く抱き返した。
    クリスの頬を、一筋の涙が静かに伝った。

  • 3二次元好きの匿名さん25/12/01(月) 20:27:28

    アルの家を出たあと、クリスは人気のない公園のベンチに座った。
    ツリーの明かりが、誰もいない夜道をゆらゆら照らしている。
    「バーニィ……私……あなたを殺したのね……」
    口にした瞬間、世界が崩れるように涙が溢れた。
    「どうして……どうして私なんかに優しくしてくれたの?
    どうしてあの日、あんな顔で……笑ってくれたの……?」
    あの日、クリスマスの約束をした気がした。
    アルを挟んで三人で笑っていられる未来が、少しだけ見えた気がした。
    それは願望だったのか、勘違いだったのか。
    「守りたかったのに……私、街を、アルを、誰かを守ろうとしたのに……
    どうして……どうしてあなたを奪う形になっちゃったの……?」
    両手で顔を覆う。
    雪が静かに降り積もる。
    「バーニィ……ごめんなさい……。あなたの声、まだ耳に残ってる。
    笑い方も、照れくさそうに頭をかく癖も……全部、覚えてるのに……」
    その“ぬくもり”を壊してしまったのは、自分だった。
    「ねえバーニィ……私、どうすればよかったの……?」
    答えは、雪より静かだった。

  • 4二次元好きの匿名さん25/12/01(月) 20:29:40

    その夜、帰ってきたクリスを、両親は目を見張って迎えた。
    「クリス!? どうしたの、その顔……ひどく泣いたみたいじゃない」
    母がハンカチで頬の雪を拭う。
    クリスは首を振った。
    「大丈夫……ちょっと、衝撃的なことがあって……」
    父は医務局からの報告で、娘の乗ったアレックスが“少年兵を誤って撃破した”と知っていた。
    軍には極秘扱い。娘には伝えられないよう配慮されていたはずなのに──。
    (クリス……もう知ってしまったんだな)
    娘の肩が震えているのを見て、父は胸を締めつけられる。
    「クリス。……無理に軍にいなくていいんだぞ。
     辛いなら、辞めても……」
    「違うの……辞めたいわけじゃないの……。
     でも……どうしても……許せないの……!」
    声は震え、怒りとも悲しみとも区別がつかない。
    母はそっと抱きしめるしかできなかった。
    両親は知らなかった。クリスが泣いている理由が、ただの“任務失敗の罪悪感”ではないことを。
    ひとりの青年の死が、娘の心に深い傷を刻んだことを。

  • 5二次元好きの匿名さん25/12/01(月) 20:30:56

    数日後。
    戦闘地域の残骸を回収していた作業員が、ひとつの耐火ポーチを見つけた。
    焼け焦げた布を開くと、中には──
    ・焦げ跡のついた小さなポータブル日記
    ・アルに渡すはずだったビデオテープ
    ・財布に入った家族の写真
    ・そして、クリス宛てのメモ
    《今度、コロニーが落ち着いたらさ……
     また三人で会おうぜ。アルも連れて。
     あんたのコーヒー、もう一回飲みたいんだ。
     ……たぶん、俺は落ち着かない性格だけどさ。
     あんたと話すの、なんか好きだったよ。》

    作業員は名札を確認した。
    ── Bernard Wiseman
    バーニィの遺品は軍の手に渡り、やがてクリスの手元へ静かに届くことになる。
    そのメモを読んだとき。クリスは声も出せず、ただ膝から崩れ落ちた。
    “あの日、バーニィは敵じゃなかった。”
    その残酷な優しさが、彼の最後の言葉だった。
    雪のように静かに、痛みだけが彼女の胸に積もっていった。

  • 6二次元好きの匿名さん25/12/01(月) 20:32:03

    遺品が届いたのは、静かな午後だった。
    軍人宿舎の長い廊下を、事務員が封筒を抱えて歩いてくる。
    クリスは、その封筒に貼られたシリアル番号を見た瞬間──
    心臓が止まった。
    「クリスチーナ・マッケンジー中尉ですね。先日の回収品に、あなたの名前が……」
    最後まで聞く前に、封筒をひったくっていた。
    扉を閉める。
    背中がドアにぶつかった衝撃すら、感じなかった。
    震える指で封を切る。
    耐火ポーチ。
    その中から、焼け焦げたプラスチックの匂いが立ちのぼる。
    クリスの肩が、かすかに震えた。

  • 7二次元好きの匿名さん25/12/01(月) 20:33:07

    最初に出てきたのは、煤で黒く汚れたビデオテープ。
    再生ラベルには、かすれた字でこう書かれていた。
    「アルへ」
    その瞬間、呼吸ができなくなった。
    「……アルに……遺した……もの……?」
    喉が痛いほどに詰まる。
    アルはまだ、この世の“終わり”を知らずに生きている。
    その無垢な世界へ、バーニィは最後までメッセージを残していた。
    クリスは、テープを胸に抱いたまま、崩れ落ちた。

  • 8二次元好きの匿名さん25/12/01(月) 20:34:09

    次に手に触れたのは、黒焦げの財布。
    開くと、中にあったのは──
    バーニィの家族写真。
    若い両親らしき夫婦、笑顔の姉らしき女性、そしてバーニィ。
    無邪気な笑い方が、アルとどこか似ていた。
    「……こんなの……返せない……。
     ご家族に……どうやって……説明すれば……」
    声は震え、涙で写真が滲んだ。
    自分の撃った機体の中に、この青年の“帰る場所”があった。
    彼を殺したのは、戦争じゃない。
    自分だ。
    その事実だけが、胸に刺さって抜けない。

  • 9二次元好きの匿名さん25/12/01(月) 20:36:22

    最後に、封筒の底から、小さな紙片が出てきた。焼け焦げて端が欠けている。
    見た瞬間──世界が止まる。
    《クリスへ》
    名前が書かれている。彼の、あの青年の、ぶっきらぼうな字で。
    震える手で広げた。
    《クリスへ》
    また三人でさ、会えるといいな。
    アルが好きな話、もっと聞かせてやりたい。
    あんたのコーヒーも……もう一回飲みたい。
    なんか照れるけどさ──あんたと話す時間、けっこう好きだったよ。

    読み終わった瞬間だった。クリスの身体が、崩れるように床へ倒れ込んだ。
    肩が震え、嗚咽が漏れ、息が続かない。胸が裂けるように痛い。
    自分が奪った人の“優しさ”が、いま遅れて届いた。
    「う……あぁ……あぁぁ……ッ……!」
    声にならない。ただ泣くしかなかった。
    戦士としての誇りも、軍の使命も、何もかも、意味を失った。
    「どうして……どうして……私なんかに……」
    バーニィは、彼女を“敵”だと思っていなかった。
    ただのクリスとして接してくれた。
    だが、自分は──
    彼を殺した。

  • 10二次元好きの匿名さん25/12/01(月) 20:37:40

    クリスはメモを胸に抱き、冷たい床に丸くなったまま動けなかった。
    「アル……あの子を……守らなきゃ……
     だって……バーニィと……約束……してた……」
    涙で紙が濡れる。
    破れてしまいそうで、必死に抱きしめる。
    「ごめんなさい……バーニィ……ごめんなさい……!」
    何度謝っても、誰にも届かない。相手はもう、この世にいない。
    クリスのすすり泣きだけが、静かな部屋に響いた。
    その夜、彼女は一睡もできなかった。
    泣き疲れて、朝の光の中でようやく気づく。
    ──自分は、もう戦えない。誰も、撃てない。
    もう二度と、人を守れる気がしない。
    遺品は、彼女の心を完全に壊した。

  • 11二次元好きの匿名さん25/12/01(月) 21:41:25

    翌日。
    クリスは軍服のまま、実家のドアの前に立っていた。
    体を動かすのも辛いほどの倦怠感。
    昨夜、ほとんど泣き続けていたせいだ。
    鍵を回し、そっと扉を開ける。
    「……ただいま……」
    微かな声が、静かな家に吸い込まれていく。
    両親が振り向いたが、その表情を見た瞬間──
    クリスはもう何も言えなくなった。
    母が駆け寄る。
    「クリス……? どうしたの? そんな顔して……」「……ごめん……今日は……部屋に……」
    俯いたまま階段を上がる。
    母は何かを言おうとしたが、クリスの背中を見て言葉を飲み込んだ。
    ドアが静かに閉まる。
    それは、世界との境界が閉じた音だった。

  • 12二次元好きの匿名さん25/12/01(月) 22:25:59

    再起不能になってしまったか…

  • 13二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 08:06:04

    悲しい…。

  • 14二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 08:24:29

    これで終わり…?
    悲しすぎる

  • 15匿名25/12/02(火) 08:47:51

    続きが読みたい

  • 16二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 08:51:38

    そういえば12月かぁ

  • 17二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 08:52:07
  • 18二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 13:11:19

    カーテンを閉め切り、照明もつけない。
    ベッドにうつ伏せになったまま、動けなかった。

    枕元には、あの小さな耐火ポーチ。
    中には、焼け焦げたバーニィの遺品。

    手を伸ばすことすら怖かった。

    「バーニィ……」

    ただ名前を呼んだだけで、喉が痛くなる。
    涙が溢れ、頬に落ち、シーツを濡らした。

    昨日から、泣くことしかできない。
    食べてもいない。
    寝てもいない。
    時間の感覚もない。

    ただ胸の中で──

    「殺してしまった」という声だけが、延々と繰り返されていた。

  • 19二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 13:12:20

    クリスが部屋にこもってから三日が過ぎた。
    両親はノックしても返事がない娘の部屋を見つめ、沈痛な表情を浮かべていた。

    「食事もほとんど手をつけていない……どうしたらいいのかしら」

    「軍で何が起きたのか……聞けないな」

    母は皿を持つ手を震わせながら、冷めたスープを見つめた。

    父は、軍部から“事故によるPTSDの可能性”とだけ報告を受けていたが、
    娘の様子は、そんな一言で説明できるようなものではないと思った。

    「クリス……頼む……出てきてくれ……」

    その願いは、静かな廊下に虚しく消えていった。

  • 20二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 13:13:34

    四日目の夜。
    クリスは暗い部屋の隅で、膝を抱えて座っていた。
    まるで時間が止まってしまったようだった。
    視線の先には、机の上に置いたあのメモ。
    《あんたと話す時間、けっこう好きだったよ。》
    その一行を見るたびに、心が砕ける。

    「どうして……どうして私なんかに……」

    頬を濡らす涙を拭くこともできない。
    声が震え、かすれ、途切れる。

    「バーニィ……もうやだ……私……生きてる意味……あるの……?」

    彼に返すべき言葉は、もうどこにもない。
    彼の未来も、笑顔も、自分の手で奪った。
    それを理解してしまった今──
    外の世界に、出られるわけがなかった。

  • 21二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 13:14:36

    ふと、枕元のビデオテープが目に入る。
    《アルへ》
    冷たい光を放つプラスチックケース。
    その中に、バーニィの“最期の声”が残っている。
    触れようとして──手が震えて止まる。

    「アル……きっと……泣くよ……こんなもの……見たら……」

    アルを守りたい。
    その思いが、崩れた心の中で唯一残った“灯”だった。
    だからこそ、怖かった。
    再生したら、自分はもう二度と立ち直れない気がした。

    「ごめん……バーニィ……まだ……触れない……」

    クリスはそう呟き、再び膝を抱えた。
    暗い部屋に、微かな泣き声がいつまでも続いた。

  • 22二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 13:16:52

    ──引きこもりから十日後。
    クリスは、部屋のカーテンを閉めたまま、昼夜の区別がつかなくなっていた。
    その日も、暗がりの中で膝を抱えていたとき。
    玄関のドアを叩く小さな音がした。
    「クリスお姉さーん……!」
    その声に、クリスは胸が凍る。
    アル。
    母が慌てて対応している声が廊下越しに聞こえる。
    「アル君、ごめんね……クリスは今、少し体調を崩していて……」
    「お見舞いに来たんだ! これ……渡したいだけ……!」
    少年の声がかすかに震えていた。
    その一生懸命な響きに、クリスの胸が締めつけられる。
    足が、勝手に動いていた。
    ドアを開けると──
    そこに、小さな紙袋を抱えたアルがいた。
    「クリスお姉さん……!」
    その瞳を見た瞬間、クリスの足元が揺らいだ。
    あの日と変わらない、無垢で、真っ直ぐな瞳。
    バーニィが守ろうとした少年。
    クリスは声を出そうとしたが、喉がひりついて出てこない。
    アルは心配そうに覗き込む。
    「……ずっと、こないから……心配してたんだよ」
    その言葉で、胸の奥が崩れた。
    「アル……ごめんね……ごめんね……!」
    その場で泣き崩れてしまった。
    アルは事情も知らず、ただ優しく背中をさすった。
    その無垢さが、クリスの心をさらに痛めることになる。

  • 23二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 13:18:23

    アルが帰ったあと──
    クリスは完全に壊れた。
    部屋の中で、バーニィの遺品を抱きしめたまま崩れ落ちる。

    「アル……あの子……何も知らない……!
     私が……バーニィを……!」

    言葉が続かない。涙が、呼吸が、体の震えが止まらない。
    鏡を見ると、そこには自分が知らない“別人”がいた。
    やつれた頬、腫れた目、力の抜けた姿。

    「私なんて……生きてちゃいけない……」

    その呟きが出た瞬間、クリスは胸を押さえて倒れ込んだ。
    視界が揺れ、耳鳴りがし、呼吸が浅くなる。
    心が限界に達した瞬間だった。

  • 24二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 13:19:26

    倒れた音を聞きつけ、両親が慌てて部屋へ飛び込む。

    「クリス!!」
    「いやっ……入ってこないで……! 私なんか……!」

    母は泣きながら娘を抱きしめた。

    「クリス……あなたがどれほど苦しんでいるのか、どうして気づいてあげられなかったの……!」

    父は歯を食いしばりながら、震える声で言った。

    「お前を責める者なんて……誰もいないんだ……!
     軍でも、事故だったと……それしか言わない……
     だが……お前は自分を責めすぎている……!」
    「違う……私が……私が……!」

    クリスの叫びは途中で途切れ、嗚咽に変わった。
    両親はただ、壊れそうな娘を抱きしめることしかできなかった。
    涙が三人の手の上に落ちていく。
    しばらくして、母がそっと言った。

    「クリス……あなたを苦しめているものを……話してほしいの……」

    クリスは震えながら、机の上のビデオテープに視線を向けた。

  • 25二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 13:22:07

    その夜。
    両親が眠ったあと、クリスは静かに起き上がり、机の前に座った。
    暗い部屋の中、ビデオテープだけが微かに光を反射している。
    《アルへ》
    バーニィが、最後に残した言葉。

    「……聞かなきゃ……いけない……
     バーニィの……最後を……」

    震える手で、ビデオデッキの電源を入れる。
    カチリ、と小さな音が、まるで銃声のように胸を撃つ。
    テープを差し込む。
    機械が回り始める音が、心臓よりも大きく響く。
    クリスは手を口元に当て、呼吸を整えようとした。
    画面がゆっくり明るくなる。
    そこに映ったのは──笑顔のバーニィだった。
    クリスの心臓が止まり、涙が一瞬で溢れた。

    「バーニィ……!」

    画面の向こうの彼は、明るく、穏やかで、
    まるでこれからも未来があるかのように──生きていた。
    クリスはその場に崩れ落ち、泣き叫んだ。
    再生された映像は、彼女の罪悪感を、後悔を、すべて決定的に突きつけた。
    だが同時に、バーニィが“何を守ろうとしていたのか”を、その声が伝えてくる。
    それが、この先のクリスの運命を大きく変えていく。

  • 26二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 13:29:01
  • 27二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 13:30:14

    暗い自室。カーテンは閉ざされ、数日まともに眠っていないクリスが、膝を抱えて床に座り込み、震える手でアルから預かった“バーニィの遺品”の中の小型ビデオ媒体を見つめている。

    ……見ちゃいけない。
    見たら……私、きっと戻れなくなる。
    でも……知りたい。
    あの子が……あの人が……どうして……。

    限界に追い詰められた精神が、「真実を確かめたい」という衝動に負ける。
    クリスは 先の尖った爪で、自分の掌をぎゅっと掴む。
    痛みで手が震えながらも、再生ボタンを押した。

  • 28二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 13:31:17

    画面が砂嵐に変わった瞬間――
    クリスの呼吸が止まった。
    目を大きく開き、まるで世界から色が消えたような顔をしていた。

    「あ……っ……あ……」

    声が出ない。喉が締めつけられ、体が冷えていく。
    ビデオの中のバーニィの最後の笑顔が、網膜に焼きついたまま離れない。
    彼が言った。

    “クリスさんも……戦争のせいで泣いてほしくない”

    その言葉が胸に突き刺さる。

  • 29二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 13:32:48

    「……私が……泣いてほしくない……?
     そんな……そんな……」

    自分の両手を見つめる。
    その手で――
    あの夜、自分は知らずにバーニィと戦い、
    彼の命を奪ってしまったのだ。

    「うそ……嘘よ……ッ」

    膝から力が抜け、床に崩れ落ちる。

  • 30二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 13:36:13

    クリスは両耳を塞ぎながら、叫び始める。
    「うそ……いや……いや……いや……ッ!
     なんで……私……なんで……!」
    涙が、とめどなくあふれ出す。喉は擦れて声にならず、呼吸さえ乱れ、胸が苦しくなる。
    その時――ビデオの最後の一言が脳内で反響する。
    “大人になっても、俺のこと忘れんなよ。”
    クリスは両手で顔を覆い、絶叫した。
    「忘れられるわけ……ないッ!!
     そんなこと言わないでよ……バーニィ!!」
    床に拳を叩きつける。何度も、何度も、何度も。
    外からドアが叩かれた。
    「クリス!? どうしたの!?
     開けなさい、お願いッ!」
    「クリス! 返事をしなさい!」
    だがクリスは耳を塞ぎ、部屋の隅で縮こまったまま、
    子供のように泣き叫ぶだけだった。
    「いや……! いやぁ……っ、戻して……!
     あの時に……っ、私……知らなかった……知らなかったの……!!」
    母親はドアを開け、娘の姿を見て膝から崩れた。
    父はクリスの肩を抱こうとするが、
    クリスは怖がるように後ずさり、壁に身体を押しつける。
    「触らないで……!
     私……人を殺したの……!
     アルの大事な友達を……!!」

  • 31二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 13:40:06

    母は娘を抱きしめ、泣きながら叫ぶ。

    「違うのよ……あなたは悪くないのよ……
     悪いのは戦争なの……!
     お願い……帰ってきて、クリス……!」

    父も泣いていた。
    戦場で何があったのかまるで知らなかった自分たちの無力を悔いながら、娘が壊れていく姿を見つめるしかなかった。
    クリスは母の胸に顔をうずめ、子供のように泣き続ける。

    「アルに……どう言えばいいの……
     どう謝ればいいの……っ
     私……私……あの人に……
     “泣いてほしくない”なんて……言われて……!」

    しかしもう、バーニィはいない。
    クリスの心は完全に崩れ落ちていた。

  • 32二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 13:42:19

    クリスがビデオを見て崩壊してから数日後。
    両親の必死の看病でようやく泣き止む時間ができるようになった頃――郵便受けに、一通の封筒が届いた。
    差出人欄には、
    「アルフレッド・イズルハ」
    あの少年の名前。
    母は震える手でそれを持ち、
    寝室でぼんやり天井を見つめていたクリスのそばへ歩み寄った。

    「クリス……アルくんから……お手紙よ……」

    クリスの指が、小さく震えた。
    数秒の沈黙ののち、彼女はゆっくりと身を起こし、
    封筒を胸に抱きしめた。
    まるで、それだけで息ができるようになったような表情だった。
    震える手で封を切り、中の便箋を取り出す。

  • 33二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 13:56:34

    クリスさんへ
    元気にしていますか。
    ぼくは……ええと、元気なふりをしています。
    この前、急に泣きながら走って行っちゃったから、ちゃんと話せなかったけど……やっぱりどうしても伝えたいことがあって、だから手紙を書きました。

    バーニィのこと……ぼくは、クリスさんのせいじゃないって思っています。だって、クリスさんはバーニィが誰か知らなかった。ぼくですら、最後の最後まで気づかなかったんです。

    ぼくね、あの日のことを何度も夢に見るけど、それでもクリスさんに会えてよかったって思っています。

    バーニィは、クリスさんのこと……
    戦争が終わったらもう一回会いたいって言ってました。戦争が終わったらもう一回会いたいって言ってました。

    ぼく、あのビデオ、何回も見ました。
    バーニィはクリスさんを、責めてなんかいません。
    泣かないでほしいって、言ってました。
    ぼくも……クリスさんに泣いてほしくありません。

    よかったら、また会いに来てください。
    ぼく、ちゃんと謝りたいこともあるから。

    それじゃ、また。

     アルより

  • 34二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 13:57:44

    手紙の最後には、不器用な字で、
    「クリスさんのこと、ぼくは大好きです」
    と付け足されていた。
    読み終えた瞬間――
    クリスのこわばっていた表情が、ゆっくりと溶けていく。
    涙が頬を伝い、震える声で呟いた。

    「……アル……ありがとう……
     あなたまで……失いたくなかった……」

    その日、クリスは初めて自分からカーテンを開けた。
    外の光が、弱々しい表情に落ちる。
    まるで光に触れただけで、少しだけ生きていける気がした。

  • 35二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 14:02:10

    数日後。タイフォン基地から離れ、住民が戻り始めた町へ。クリスはゆっくりと、アルの家の前に立った。
    扉の前に小さな影が見えた。アルだ。彼はクリスの姿に気づくと、驚いたように目を見開き、
    次の瞬間――走った。
    「クリスさーん!!」
    クリスは反射的に両手を広げた。
    アルがその胸に飛び込んでくる。強く、強く抱きしめる。
    「アル……ごめんね……あなたを怖がらせて……
     全部……私のせいで……」
    アルは首を振る。
    「クリスさんのせいじゃないよ!
     バーニィだって、ちゃんと分かってたよ!
     戦争のせいなんだよ!
     クリスさんは……悪くなんかない!」
    その言葉を聞いた瞬間、クリスの膝がくずれた。
    アルが慌てて支える。
    「そんなふうに……言わないで……私……ほんとうは……あなたに……合わせる顔なんて……」
    「あるよ!!」
    アルの叫びが、クリスの涙を止めた。
    「ぼく……クリスさんに会いたかった!
     あの日のこと、一緒に話したかった!
     ひとりで抱えないでほしかった!」
    小さな手が、クリスの腕をぎゅっと掴む。
    クリスはその手を包み込み、やっと笑みを浮かべた。
    「……ありがとう……
     あなたは……バーニィが惚れるわけね……」
    アルの目に涙が浮かぶ。
    2人はしばらく、言葉もなく抱きしめ合った。
    その静かな抱擁の中で、クリスの傷ついた心は、ようやく少しだけ、癒され始めた。

  • 36二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 14:03:57

    アルと抱きしめ合ったあと。
    彼は涙を拭いながら、クリスの手を引いた。

    「クリスさん……うち、来る?
     お母さんも、お父さんも……きっと喜ぶよ」

    クリスは一瞬ためらった。
    自分のような人間が、アルの家に上がっていいのか――
    そんな恐怖が胸をよぎる。
    けれど、アルの小さな手の温かさが彼女を引き戻した。

    「……行かせてもらっても、いいかしら」

    アルは力いっぱい頷いた。

    「ただいまー……」

    アルが遠慮がちに言うと、奥から母親が顔を出した。
    そして、クリスを見て目を丸くした。

    「まあ……クリスさん? 本当に……!」

    次の瞬間、彼女は両手を胸に当てて微笑んだ。

    「来てくださって、嬉しいです……。
     どうぞ、入ってください」

    母親の声には、敵意も疑念も一切なかった。
    ただ、息子を助けてくれた“大好きな近所のお姉さん”を見るような声音だった。
    その優しさに、クリスの喉が詰まった。

  • 37二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 14:05:02

    温かいお茶の湯気が、部屋に香っている。
    アルの母はクリスの前にカップを置き、まるで娘を見るような表情で言った。

    「しばらく姿が見えなかったから……心配していたのよ」

    クリスは微笑もうとしたが、うまくいかず、視線を逸らした。

    「ごめんなさい……少し、体調を崩していて……」

    父親も新聞を置き、優しい声で言った。

    「病気は、ゆっくり治せばいいんだよ。
     アルも、ずっと気にしていたんだ」

  • 38二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 14:05:47

    クリスは胸が苦しくなった。
    自分の行ったことを知らない人たち。
    なのに、自分を気遣ってくれる家族。
    その優しさが胸を締めつけていく。

    お茶を飲みながら、アルは俯いていた。
    落ち着かない様子で、クリスの袖をつまむ。
    やがて――震える声で言った。

    「クリスさん……」

    その声は、ひどく弱かった。

  • 39二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 14:06:59

    「もう……戦争はイヤだ……」

    ぽたり、と涙がテーブルに落ちる。
    アルの母が驚いて駆け寄る。

    「だって……だって……っ
     みんな知らないんだ……
     学校の友だちも、先生も……
     クラスの子なんて“爆発すげー!”って笑ってる……!」

    声が震え、涙が止まらない。

    「バーニィが死んだのに……
     クリスさん、あんなに泣いてたのに……
     誰も……知らないんだ……!
     誰も……悲しんでないんだ……!」

    アルの両親はショックで言葉を失う。
    彼らは知らなかった。
    自分の息子がどれほど深いものを抱えていたのか。
    そしてクリスは――その苦しみの半分以上が自分の責任だと痛感した。

  • 40二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 14:09:11

    クリスは静かに立ち上がり、アルのそばに膝をついた。震える両手で、彼の肩を包み込む。

    「アル……ごめんね……
     あなたにそんな思いをさせて……
     ひとりで……ずっと抱えていたんだね……」

    アルはクリスの胸に顔を押しつけ、泣きじゃくる。

    「やだ……クリスさんまでいなくなるの、イヤだよ……
     もう戦争なんて……絶対イヤだ……!」

    その叫びは、あまりにも幼く、あまりにも純粋で、
    戦争という巨大な暴力に抗う、精いっぱいの抵抗だった。

    母親は口元を押さえ、涙を流していた。
    父親は硬く拳を握り、顔をそむけた。
    息子の心が、ここまで傷ついていたのだと知って。クリスはアルの頬をそっと両手で拭った。

    「もう……ひとりにしない。
     あなたが苦しいときは、何度だって来るわ。
     だから……泣いてもいいの。
     泣きたいときくらい……泣いていいのよ」

    アルは鼻をすする音を響かせながら、ゆっくりと、クリスの腕に抱かれていった。
    温かい沈黙が、リビングを包んだ。
    そのとき、クリスは初めて――
    “自分はまだ誰かのために存在していい”と、心のどこかで思えたのだった。

  • 41二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 14:12:08

    夕暮れ。
    アルの家の玄関先で、クリスはゆっくりと深呼吸した。
    家の中からは、アルをあやす母親の優しい声が聞こえる。
    父親の低い声も、落ち着いた調子で話し続けていた。
    その音が、クリスの胸の奥を温かく締めつけた。
    ドアが静かに閉まる。外は少し肌寒い風が吹いている。
    クリスは一歩、二歩とゆっくり歩き出し――
    角を曲がったところで、足が止まった。
    そして、路肩のフェンスに手を添えたまま、そっと顔を伏せる。

    「……アル……
     あなたは……あんなに小さいのに……
     どうして、あんなに強いの……?」

    声にならない声が喉の奥で震えた。
    アルの叫び。泣きじゃくる姿。必死に自分を抱きしめる小さな腕。
    その全部が、クリスの胸に残っている。

    「ごめんね……守れなかった……
     バーニィも……あなたも……
     私……何ひとつ……」

    涙が、ぽたりと落ちる。クリスは慌てて目元を拭ったが、すぐにまた溢れた。
    それでも――今日は、ほんの少しだけ、呼吸が楽になっている。アルの声のおかげだった。
    「ありがとう……アル……
     あなたが……私を……赦してくれた気がしたの……
     そんな資格、無いと思ってたのに……」
    風に揺れる赤色の髪。クリスは胸に手を当て、しばらくその場に立ち尽くした。
    ひとりで泣いて、ひとりで涙をぬぐい、
    それでも――ほんのわずかだが、前を向けるような、そんな気がしていた。

  • 42二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 14:24:38

    玄関の扉の前。
    靴を履き終えたクリスに、アルの両親がそっと近づいた。
    母親は柔らかい笑みを浮かべて言う。
    「クリスさん……今日は来てくれて、本当にありがとう。
     あの子、ずっと胸に溜め込んでいたんです。
     あなたのおかげで……やっと泣けました」
    クリスは少し戸惑いながら、深く頭を下げた。
    「……こちらこそ。
     私のほうこそ……救われました。
     アルくんは……本当に優しい子です」
    父親もおだやかな表情で言う。
    「クリスさん。
     あなたに何があったか、私たちは全部を知ることはできません。
     でも……あなたの顔を見れば分かります。
     “無理をしてほしくない”んです」
    その言葉は、強さでも叱咤でもなく、
    ただの温かい“願い”だった。
    クリスの目が潤む。
    「……ありがとうございます……
     そんなふうに……言ってもらえるなんて……」
    アルの母がそっと続けた。
    「つらくなったら……いつでも来てください。
     アルも、私たちも……あなたが来てくれるだけで嬉しいんです」
    クリスは胸に手を当て、深く息を吸い、そしてゆっくりと微笑んだ。
    「……はい。
     本当に……ありがとうございます」
    その笑みは、涙を含んでいたけれど──
    この数週間で一番“クリスらしい”笑顔だった。

  • 43二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 14:26:21

    夕暮れの光がカーテンの隙間から差し込む。
    クリスは机の前に座り、バーニィの遺品やビデオを手元に並べた。
    ポーチに残された小さなペンダント、壊れかけの手袋、そしてあのビデオ。
    ひとつひとつに手を触れながら、思い出が蘇る。

    「……バーニィ……
     あなたは、こんなにも小さなことで笑ったり、怒ったりしていたんだ……
     私は……それに気づかないで……」

    ビデオの中で笑うバーニィの声、
    アルのために必死に守ろうとした表情が頭をよぎる。
    涙が頬を伝うが、今回は恐怖や罪悪感だけではなかった。懐かしさと温かさも混ざり、胸が締めつけられる。
    クリスはそっとペンダントを握りしめる。

    「……私、ちゃんと覚えておく。
     あなたのこと、全部……忘れない……」

    初めて、“悲しみ”と“感謝”が混ざった涙だった。
    深く息を吐き、クリスは目を閉じた。

  • 44二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 14:27:35

    翌日。
    クリスはアルと街の外れを歩いていた。

    「ここ、バーニィがよく来てた場所なんだ。
     僕もよく連れてきてもらったんだよ」

    小さな公園、古い倉庫跡、彼が訓練で使っていた広場。クリスは一歩ずつ、バーニィの足跡を辿るように歩く。

    「……ここにいたのね。
     この広場で、何を考えてたのかしら……」

    アルは少し俯く。

    「……僕もよく分からない。
     でも、ここに立つと、バーニィが笑っている気がするんだ」

    クリスは微笑みながら、静かに頷く。二人で同じ風景を見つめることで、バーニィの存在を、少しずつ心に受け止めていく。

  • 45二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 14:30:06

    夕方、クリスが家に帰ると、両親がリビングで待っていた。

    「クリス……今日も出かけてたのね」
    「無理していないか?」

    クリスは笑顔を作ろうとするが、少し照れたように答えた。

    「ええ……アルと……少し歩いてきたの。
     バーニィのこと、思い出しながら」

    両親はそれを聞き、安堵の表情を浮かべる。

    「そう……よかった。
     あなたが少しでも前を向けているなら……私たちも安心するわ」
    「焦らなくていい。
     無理しなくていいんだ。
     でも、君が歩きたいなら……どこまでも支える」

    クリスは初めて感じる“受け止められる安心”を味わう。
    悲しみはまだ消えていない。
    でも、一人ではないことを知った。
    バーニィの記憶は、もう胸に痛みだけを残すものではない。
    それは、アルや両親と分かち合うことのできる大切な時間の一部になったのだ。
    クリスは静かに頷き、胸の奥で小さく息をつく。
    両親がそっと手を握ると、暖かさが体中に染み渡った。

  • 46二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 14:31:21

    日差しが差し込む朝。
    クリスは制服に袖を通すが、胸に重くのしかかる感覚があった。
    鏡に映る自分の姿を見つめる。

    「……もう、戦場に戻れない……
     あの人を失った悲しみも、アルの胸を傷つけたことも……
     全部抱えたまま戦うなんて、私にはできない」

    ペンダントに手を触れ、深く息を吐く。
    胸の奥で、バーニィの笑顔と声がよぎる。

    「……私は、守るべきものを守るために戦ってきた。
     でももう、守るのは戦場の勝敗じゃない……
     人の心、未来……アルや両親のように、愛する人を守るために生きたい」

    その瞬間、決意が固まった。
    制服を脱ぎ、軍の辞表を手に取る。

  • 47二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 14:39:07

    基地の執務室。
    上官が書類に目を通して顔を上げる。

    「クリス……君が辞めるとは思わなかった。
     何があった?」

    クリスは静かに目を伏せ、言葉を選ぶ。

    「……もう戦えません。
     私が守りたかったものを、守れないまま、死なせてしまった……
     それでも生きるなら、戦場ではなく……大切な人たちを守りたいのです」

    上官は一瞬言葉を失ったが、やがて深く頷く。

    「……分かった。
     君の選択を尊重する。
     戦場では戦士としての君を知っているが、人としての君を守ることも大切だ」

    クリスは小さく頭を下げ、軍の辞表を提出した。

    基地を出たクリスは、アルの家に立ち寄る。
    アルはにこっと笑って駆け寄る。

    「クリスさん! 軍を辞めたんだって?!」

    クリスは微笑みながら頷く。

    「ええ……もう、戦場には戻らない。
     これからは、あなたや家族、そして大切な人を守るために生きる」
    アルは嬉しそうに飛びつき、二人は小さな笑いを交わした。

  • 48二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 14:40:49

    その夜、クリスは自室でバーニィの遺品を手に取り、静かに手を合わせる。

    「バーニィ……ありがとう。
     あなたのことは決して忘れない。
     でも……私は前に進む。
     戦争の中で生きるのではなく、愛する人たちと共に生きる」

    微かな笑みを浮かべ、ペンダントを胸に抱きしめる。

    外には柔らかい夜風が吹き、クリスの心を優しく包んだ。
    戦士としての戦いは終わったが、新しい人生の戦いが、静かに始まろうとしていた。

  • 49二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 14:42:18

    春先の柔らかい日差しの中、
    クリスはアルと共に街を歩いていた。
    制服も軍服も脱ぎ捨て、二人は学生服のような軽装で、ただ歩くだけ。

    「久しぶりに、こんなにゆっくり歩いたわね……」
    「うん……なんか、普通の毎日って感じだよね」

    道端の花を眺め、猫が道を横切る。
    二人で笑い合いながら、昔の戦争の影を少しずつ心の奥にしまい込む。

    「まだ悲しみは消えないけれど……
     それでも、日常を取り戻せるんだ」

    アルの手を握り、クリスは少し安心したように微笑む。
    二人にとって、これが新しい“普通の日常”の始まりだった。

  • 50二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 14:43:48

    二人はかつてバーニィがよく立ち寄った広場へ向かった。
    木々が風に揺れ、かすかに鳥の声が響く。
    アルはポケットから、バーニィの遺品の一部を取り出した。

    「ここ……バーニィが一番好きだった場所だよ。
     よくここで僕たちを待っていてくれた」

    クリスは深く頷き、空を見上げた。

    「バーニィ……ありがとう。
     あなたのおかげで、アルとも再会できた……」

    二人は静かに手を合わせ、祈りを捧げる。

    「バーニィ、僕たち、ちゃんと生きるよ。
     あなたの分まで、大切な人を守るからね」

    クリスも涙をこぼしながらうなずく。

  • 51二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 14:45:46

    広場の一角に、小さな石碑が置かれた。
    「Bernard Wiseman」と刻まれ、下には日付と簡単な追悼の言葉。
    クリスは手を合わせ、アルも隣で小さく頭を下げる。

    「ここで、あなたを忘れない。
     でも、私は前を向く……
     あなたのためにも、アルのためにも」

    アルはそっと手を伸ばし、クリスの手を握る。

    「クリスさん……僕たち、これからも一緒だよ」

    クリスは小さく笑み、目を閉じる。

    「ええ……一緒ね」

    二人はしばらく、静かに石碑の前に立ち続けた。
    風が吹き、草が揺れ、あの日の悲しみはまだ胸にあるけれど、確かに二人の心には新しい光が差していた。
    バーニィの墓の前で、クリスとアルは初めて完全に心を許し合った。
    悲しみは消えない。けれど、思い出を抱えつつ、前を向ける力を得た瞬間だった。
    この日から、二人は少しずつ、戦争の影を背負いながらも、普通の生活を取り戻していく。

  • 52二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 14:46:53

    宇宙輸送船の窓から、青く広がる地球を眺めるクリス。
    長い戦場生活を経て、初めて味わう――ただの平和な景色だった。

    「ここが……地球……
     戦争のない日常が、こんなにも柔らかく感じられるなんて……」

    指先で窓ガラスを軽く撫で、深く息を吸い込む。
    胸の奥にあった重さが、少しずつ溶けていく感覚だった。

  • 53二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 14:47:53

    アナハイム社のオフィス。
    制服や戦闘服とは違う、ビジネスカジュアルな服に身を包んだクリスは、初めてのデスクに座った。
    隣には、地球での業務を案内する先輩社員がいる。

    「クリスさん、最初は資料整理や開発補助からだよ。
     でも君の経験なら、すぐに戦略部門にも関わってもらえる」

    クリスは微笑みながらうなずく。

    「ええ……まずは、ここでできることを全力でやります」

    胸の奥で、バーニィやアルのことを思い浮かべる。
    戦場で学んだすべての経験を、これからは守るための仕事に生かす――そう決めていた。

  • 54二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 14:49:28

    クリスは通勤途中の街並みを歩きながら、ふと立ち止まる。
    子供たちが笑いながら走る公園。
    アルの家族が日常を楽しむ姿。
    以前の自分では見逃していた、些細だけど大切な光景。

    「戦争で失ったものは大きい……
     でも、失った分だけ、大切にできるものもある。
     今度は、日常を、未来を守るために生きる」

    アルとは、休暇の日に連絡を取り合い、静かに日常の時間を共有するようになった。

    デスクに置かれた小さなペンダント――
    バーニィの形見を胸元に、クリスは書類に目を落とす。
    窓の向こうには青い地球。
    遠くには、まだ解決されていない紛争もあるかもしれない。
    けれど、クリスはもう戦場の兵士ではなく、
    人を守るために生きる一人の大人として歩き出した。

    「バーニィ……ありがとう。
     そして、アル……一緒に、未来を歩こうね」

    窓の光が、クリスの背中を柔らかく照らしていた。

  • 55二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 14:52:19

    春の柔らかい日差しが降り注ぐ街。
    アナハイム社のオフィスを出たクリスは、久しぶりに街を歩く。
    今日は特別な用事があるわけではない。ただ、心が自然に、ある場所へ向かわせていた。
    ふと角を曲がると、そこに一人の青年が立っている。
    背筋が伸び、頼もしさの漂う青年。
    アルだ――大人になったアルだった。
    「……アル……あなた……本当に、大人になった……」
    アルもまた、目の前に立つ女性に気づき、少し驚いた表情を浮かべる。
    「クリスさん……」
    その一言だけで、二人の間に過去の記憶が静かに流れる。
    戦争の痛み、バーニィの笑顔、泣きじゃくったあの日……
    すべてが心の中で重なり合った。
    アルは微笑み、クリスの隣に歩み寄る。
    「久しぶりだね……
     あの日から、ずっと会いたかった」
    クリスも微笑み返す。
    「ええ……私も。
     あなたに会うために、ここまで来たのかもしれない」
    二人は街の並木道を、ゆっくり歩き出す。
    かつてバーニィと歩いた道を思い出しながらも、今は自分たちだけの時間だ。
    「クリスさん……仕事はどう? 地球の生活には慣れた?」
    「ええ……アナハイムでやりがいのある仕事をもらったわ。
     戦場とは違うけど、守るべきもののために生きてるという意味では同じ」
    アルは頷き、少し寂しげに笑った。
    「僕も……クリスさんに会えたから、少し安心した。バーニィのこと、ちゃんと心に置いたまま、前に進める気がする」

  • 56二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 14:53:25

    二人は自然と、かつてバーニィが好きだった広場へ足を運んだ。
    草が風に揺れ、静かな水音が聞こえる。
    そこには、小さな石碑――バーニィの墓がある。
    クリスはそっと石碑に手を添える。

    「バーニィ……ありがとう。
     あなたのことを忘れずに、私たちは前を向く」

    アルもそっとクリスの肩に手を置く。

    「これからは……僕たちの未来を守る番だね」

    二人は静かに手を握り合う。
    悲しみを抱えたままでも、希望と共に歩むことを誓い合った瞬間だった。

  • 57二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 14:54:35

    夕暮れが街を柔らかく染める。
    クリスの髪に光が差し、アルの瞳には穏やかな微笑が浮かぶ。
    二人の足取りはゆっくりだが、確かに未来へ向かっている。

    「悲しみはまだある……
     でも、愛する人と共に歩く未来が、ここにある」

    アルもまた心の中で、戦争と別れの痛みを抱きながら、今はクリスと共に歩むことを選んだ。
    二人の影が夕日に伸び、静かに、しかし確かに重なり合う――
    新しい日常と未来の始まりを告げる、穏やかで温かい光景だった。

  • 58二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 14:57:47

    春の朝、街は柔らかな日差しに包まれていた。
    クリスはアナハイム社へ出勤する前、アルと共に小さなキッチンで朝食をとる。
    トーストにジャムを塗り、コーヒーを淹れる。
    小さなテーブルの上で、二人の笑い声が響く。

    「クリスさん、昨日の映画の続き、今日も観る?」
    「ええ、でも今日は私が選ぶ番よ」

    アルはにっこり笑い、二人で笑い合う。
    以前なら戦争の影に隠れていた笑顔が、今は自然にあふれていた。
    クリスはオフィスで書類やプロジェクトに取り組む。
    戦場での経験が役に立つ場面も多く、彼女の存在はアナハイム社の中で少しずつ認められていく。
    アルもまた、地球の大学に通ったり、仕事を手伝ったりと、少しずつ社会で自分の居場所を見つけていた。
    休日になると、二人はよく歩く。
    かつてバーニィと過ごした広場、穏やかな川沿いの道、花が咲き誇る公園。
    クリスは手をアルの手に重ね、二人で静かに歩く。

    「アル……平和って、こんなに柔らかいものだったのね」
    「うん……でも、戦争があったからこそ、今のこの時間が大切だってわかる」

    二人は互いの手を握りしめ、微笑みを交わす。
    クリスの胸元には、バーニィの小さなペンダントが揺れている。
    二人は時々、形見の場所へ足を運び、静かに祈りを捧げる。

    「バーニィ……私たちは、あなたの分まで幸せになるね」
    「ええ……もう悲しみだけじゃない。
     未来を大切にしていくんだ」

    バーニィの墓の前で二人は手を取り合い、戦争の影を抱えつつも、確かな希望を胸に刻む。

  • 59二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 15:05:57

    このレスは削除されています

  • 60二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 15:10:27

    夕暮れ。街の光が窓を染める中、クリスはアルと並んでベランダに立つ。


    遠くには、穏やかな海と山々。平和な街並み。



    「悲しみは消えないけれど……


     でも、二人で歩けば、明日も、未来も、守れる」



    アルも静かに頷き、二人は肩を寄せ合う。



    「戦争も、別れも……辛かったけど、


     今はクリスさんと共に生きる。


     これが、僕の本当の幸せだ」



    二人の影が長く伸び、夕日に照らされる。


    戦争の傷跡を抱えながらも、平穏で温かい日常――


    新しい人生が、確かに始まった瞬間だった。


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  • 61二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 15:33:54

    これは真相を知ってそうな表情ですね

  • 62二次元好きの匿名さん25/12/02(火) 16:04:08

    >>60

    ビデオテープ…!

    いい…!

    最高でした!ありがとう!

スレッドは12/3 02:04頃に落ちます

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