- 1エイセツシティ25/12/03(水) 12:20:18
- 2エイセツシティ25/12/03(水) 12:23:47
一帯を、ポケモンの村という。人間どもに虐待されたポケモン達が身を寄せ合い、静かな生活を送っているというのだ。
確かに、余計な雑音もない静かな場所ではある。しかし、得るものは何もなかった。全ての力を発揮すれば人間など容易く叩き潰せるだろうに、それもできなかった負け犬の集まりだ。
皆も、我を避けている。気紛れに外を歩いてみると、冷や汗を流し、尻尾を巻いて逃げてゆくのだった。そのような視線にも、いい加減飽いている。
洞窟の中では、取りとめもないことばかり考えた。 - 3エイセツシティ25/12/03(水) 12:28:26
我はここにあり。何故なのか。何故、生み出されたのか。考えてはみたが、やはり意味などなかった。考えること自体、無意味なことだった。
自ら生み出しておいて、人間どもは我を「化け物」と呼んだ。そう、力と破壊の具現たる怪物。それが我だ。
ここを出よう、と決心した。自分にはやはり、闘争と破滅に塗れた道を歩む以外に、選択肢はないのだろう。洞窟を出て、人間どもの街に降り立ち、破壊の限りを尽くす。その果てに駆逐されるならば、それでいいと思った。
洞窟を出た。ポケモン達は遠巻きに眺めるだけだ。気に留めることもなく、感覚を確かめるようにゆっくりと飛ぶ。
「おおい、お前さん!」 - 4エイセツシティ25/12/03(水) 12:31:58
- 5エイセツシティ25/12/03(水) 12:38:24
つまらない話ばかりをする男だった。
身体は悪くないかだの、何のきのみが好きかだの、自分のジムがある街まで来ないかだの、我が無視を決め込んでいるのを分かっているだろうに、しつこく語りかけてくる。
その訪問は一定の周期で行われていた。だから我も覚えてしまっていたのだが、今日はその周期から外れている筈だった。
ウルップ「あれだよ、水臭いなぁ。おれに一声かけてくれたっていいだろ?」
この男はある程度察しているのだろう。我が洞窟を出て、どのように振る舞うのかということを。自分の街を守るための手を打っているのかもしれない。
余計なお世話だ。こいつと関わりたくはないので、その街を襲うつもりもない。無視して、飛び去ろうとする。
ウルップ「まぁまぁまぁまぁ、もう少しゆっくりしていってもいいだろ?それに、あれだ、おれのジムで歓迎してやるぞ?」
次の瞬間、贅肉に包まれた身体が地面に叩きつけられた。 - 6エイセツシティ25/12/03(水) 12:43:41
咄嗟に腰のモンスターボールに伸びようとした太い腕を、サイコパワーで捻じ上げる。そのまま肩が外れる寸前まで腕を極め、再び叩きつけた。
いい加減、フラストレーションが溜まっている。二度と関わる気が起きないよう、徹底的に痛めつけるつもりだった。
肥えた身体が、風に吹かれた木の葉のように舞う。地面に、木に叩きつけ、上下左右の激しい回転も加えてやった。
ウルップは呻きを漏らしつつも、悲鳴を上げてはいない。
それから暫くすると、徒労感を覚えて、サイコパワーを引っ込めた。並のポケモンならば、三度はひんしになっているダメージを与えた筈だ。
ウルップを冷たく見下ろし、その場を去ろうとする……
ウルップ「……は、はは」
まさか。立ち上がってきた。
ウルップ「あれだ、お前さん強いなぁ!」 - 7エイセツシティ25/12/03(水) 12:50:21
ふらつき、震え、やつれながらも、ウルップはこちらに歩み寄ってきたのだ。
流石に、驚いていた。かつて研究所で捻り潰した人間どもより、遥かに頑強なようだ。実力のあるトレーナーは、自らの心身も鍛えるものなのか。
ウルップ「お前さん、他に知らないんだろ?自分のことを、あれだ、伝える方法を」
懲りもせず話しかけてくる。聞くだけは聞いてやろう、と何故か思った。
ウルップ「村にいるポケモンにも、そういうのはいるんだ。不安で、怖くて、寂しくて……なのに、力でしか周りに訴えることができないやつが」
不安?恐怖?寂しい?遺伝子操作で生まれた、最強の存在である我とは無縁の言葉である筈だ。だが、自分はそれを既に知っていたような気もする。
ウルップ「教えてやりたいんだよ……」
ウルップ「それ以外のやり方があるってことを……!」
「まさに天佑かしら。捕獲目標がここまで出てきているだなんて」 - 8エイセツシティ25/12/03(水) 12:53:53
目を向ければ、そこには赤い服とゴーグルに身を包んだ奇妙な姿の人間が群れをなしている。それから、透明なガラスを有する大型の機械。
どことなく、我が培養された設備に似ている。
モミジ「本当にツいてるわよね!いくら人間から逃げてきたとはいえ、ポケモンの村に侵攻となれば相当手こずったもの」
バラ「ここで捕捉したからには絶対に逃さなくてよ。ミュウツー捕獲ミッション、開始」
率いているらしい二人の女が指示を下すと、背後の人間達は機械を前面に押し出してきた。どうやら、我の捕縛が目的らしい。
ウルップ「やめ……るんだよぉ……!」 - 9エイセツシティ25/12/03(水) 12:57:37
満身創痍のウルップが、我の前に立ち塞がるように出てきた。
モミジ「はあ?よく見たらあんた、エイセツシティのジムリーダーじゃない。酷くボロボロねぇ」
バラ「さては私達より先にミュウツーと一戦交えて?何故トレーナーが傷ついているかは知らないけれど」
ウルップ「こいつにも、村にも、手は出させんっ……」
ボールに手を伸ばそうとするが、痛みに支配されたウルップにその余力はない。膝をついている。
モミジ「残念ね、こっちは死に体のオジサンに構ってる暇はないの!」
ウルップはそれでも、身一つで機械に縋りつく。
ウルップ「や、めろぉ……!」
バラ「なんてみっともない姿。もう少しましな方法は思いつかなくて?」 - 10エイセツシティ25/12/03(水) 13:00:15
何故?その思いが、我の中で首をもたげてくる。
ウルップがここまで傷つき、ポケモンを戦わせることもできなくなった原因は、全て我なのだ。だというのに、その我を捕獲の魔の手から守ろうと、身を投げ出している。
何故、そこまで何かのために立ち上がれる?
何故、何かを守るためにその身を捧げられる?
そう思った時、我は人間どもの前に飛び出していた。
ウルップ「……!!」
モミジ「く、来るわよ!戦闘用意」
バラ「いえ、待ちなさい」 - 11エイセツシティ25/12/03(水) 18:30:59
サイコパワーを鎮め、戦闘態勢を解いて人間達に近づく。力の発露を完全に抑えるなど、休眠状態の時くらいだ。
バラ「このミュウツー……まるで自分から捕獲されにきているのでは?」
モミジ「はあ!?それって」
ウルップは倒れ伏して動くこともできないようだが、顔を上げてなお抗おうとしている。
モミジ「こいつを守るために!?まさかミュウツーのトレーナー?」
バラ「いいえ、おやは「なし」と出ているわ。正真正銘、野生ポケモンよ」
ウルップ「あ、あれだ……ダメだ。そんな奴らについて行ったら……」
無防備なまま近づいても、赤い連中は遠巻きに眺めてくるばかりだ。 - 12エイセツシティ25/12/03(水) 18:36:03
仕方がないので、機械の前に立って中に収めるよう促してやる。
ウルップ「やめろ……」
バラ「結構だわ。無傷で手に入れられるならこれ以上のことはないもの」
モミジ「うん……そう、ね」
青い髪の女は、野生ポケモンに過ぎない我がこのような行動に出たことに、困惑しきりのようだ。
バラ「この肥満体は始末する?」
モミジ「……やめときましょ。ロクなことにならないだろうし」
バラ「そうね。目的は達成したのだから、余計なリスクを背負うことないわ」 - 13エイセツシティ25/12/03(水) 18:44:32
機械が大口を開け、私はガラスの奥に押し込められた。狭苦しさは却って馴染み深い。
ウルップ「い……いかん。行っては、いかん……!」
バラ「じゃあね、おじさま。それでは行きましょうか」
モミジ「…………」
バラ「モミジ」
モミジ「えっ!あ、はいはい」
我を乗せた機械が動き出す。ガラスに隔てられた先には、ウルップが倒れ伏している。
意識を完全に失うまで、ずっと我のことを見続けていた。 - 14エイセツシティ25/12/03(水) 19:47:27
〜フラダリラボ〜
フラダリ「……それで、ミュウツーは沈黙したままだというのだな?」
クセロシキ「はい。脳波、脈拍、サイコパワー等が全て鎮静状態ですゾ。活性化プログラムの実行を続けておりますが……」
フラダリ「効果がないか」
クセロシキ「というより、原因不明のエラーが頻発しており」
パキラ「まさか、ミュウツーがプログラムに干渉しているだなんて言うつもりじゃないでしょうね?」
クセロシキ「可能性は否定できないゾ」
フラダリ「ふむ……」
フラダリ「逃亡しようとする兆しもないか。力を蓄えているのか、それとも」
フラダリ「何かをひたすら待っているのか?」 - 15エイセツシティ25/12/03(水) 19:55:57
パキラ「そういえば、エイセツシティのジムリーダーが倒れていたのを、放置して帰ったそうじゃない」
バラ「下手に手を出して、ミュウツーを刺激したくはなかったのよ。任務は全てに先立つもの」
モミジ「…………」
パキラ「気が利かないわね、奴を捕虜にすればミュウツーも」
フラダリ「もういい」
フラダリ「ミュウツーに眠る力……最終兵器起動の選択肢にできればと思ったが。まあ、他者に奪われないよりはマシだろう」
フラダリ「現時点をもって"プロジェクトコード:M"は凍結。モニターのみ続け、暴走の危険には備えること」
ミュウツー「…………」 - 16エイセツシティ25/12/03(水) 21:59:48
そして、五年の時が過ぎた。
モミジ『お見事!まさかミュウツーを捕まえるのに成功するだなんてね』
五年の歳月を経た、フラダリラボ。モミジはホロ越しに、決定的な瞬間を目の当たりにした。
ミアレの救世主たるキョウヤが、ミュウツーをボールに収め、そのトレーナーとなったのである。
キョウヤ「なんだか、不思議な雰囲気のポケモンです。……これからよろしくね、ミュウツー」
ボールの中のミュウツーは、精神、バイタル共に落ち着いていた。それに先立つ戦闘にしても、ミュウツーは暴れ回るというより、何かを試すような立ち回りをしていたと思えるのだ。 - 17エイセツシティ25/12/03(水) 22:11:04
モミジ『それにしても、そんな代物よく手に入ったものね』
気になっていたのは、キョウヤが二つのメガストーンを持ってフラダリラボに来たことだ。ミュウツナイトXとY。人工ポケモンであるミュウツーをメガシンカさせるストーンがあること自体、驚きに値するのではあるが。
モミジ『ミュウツーがカロスに来たのは、メガシンカにまつわる力を求めてという見解もある。それに呼び覚まされたのか……』
キョウヤ「実はこれ、クェーサー社に匿名で寄贈されたものなんです」
然るべき人間に渡し、フラダリラボに向かってほしいとの言伝も、共にあったという。
キョウヤ「しかも、次のような音声メッセージも同封されていて」
『おうい、お前さん!あれだ、ミュウツーって言ったよな』
『お前のことを分かってくれる、受け入れてくれるトレーナーは絶対いる。だからあれだよ、それを持たせて迎えに行ってもらうからな!』 - 18エイセツシティ25/12/03(水) 22:13:59
モミジ『…………!!』
キョウヤ「モミジさん?」
モミジは理解した。
ミュウツーが何を待っていたのか。何がミュウツーを呼び覚ましたのか。
あの時のフレア団には決して見つけることのできなかった何かを、あの肥えた男は己の裡に持っていたということなのか。
二つのミュウツナイトは、こおりポケモン使いが贈ったものとは思えないほど、暖かな光に包まれていた。
〜完〜 - 19二次元好きの匿名さん25/12/03(水) 22:16:07
乙!
短いけどしっかり話が詰まってて面白かったよ - 20二次元好きの匿名さん25/12/03(水) 23:32:53
面白かった
- 21二次元好きの匿名さん25/12/04(木) 00:02:02
速筆。誇るべし
この想像と出力の速さ、今後も汝の武器となるだろう - 22二次元好きの匿名さん25/12/04(木) 01:43:13
普通に名作で感動したップ
- 23二次元好きの匿名さん25/12/04(木) 02:24:20
あれだよ
面白かったんだよ
しかしミュウツーのメガストーンを持ってるウルップは何者なんだよ - 24二次元好きの匿名さん25/12/04(木) 07:36:17
乙