- 1二次元好きの匿名さん21/09/21(火) 23:00:56
「トレーナーさん!お願いします!ガッとやっちゃって下さい!ガッと!!!!」
そう言って彼女は耳をピンと立て、目をギュッと閉じた。口は真一文字に引き結ばれ、祈るように手を胸の前で組んでいる。
「...本当にいいんだな?フクキタル」
その覚悟があるかどうか、今一度確認をする。
「はいぃ!お願いします!!!」
声も体も震え、見るからに緊張しているのが分かる。一つ息を吐き、俺は手を伸ばした。
──少し前のこと。
「トレーナーさぁぁぁん!!!助けてくださいぃぃ~~!!!」
URAファイナルズを二人三脚で勝ちぬき、確かな絆を築いた担当のウマ娘、マチカネフクキタルが悲鳴を上げながらトレーナー室に飛び込んでくる。
「...今度は何があったんだ?」
またか、という思いでノートパソコンに向けていた顔を上げ、彼女を見た。これまでに彼女が助けを求めてきたのは一度や二度ではない。
ある時は開運グッズで埋もれた自分の部屋の整理を一緒にしてほしい、と頼まれたり、また或る時は今日の運勢が大凶だから、と神社やら寺やら滝やら、様々なパワースポットに連れ回されたりした。そんなことが何度もあれば、慣れてしまうのも当然だろう。
今回もどうせそういった類のものだろうとたかをくくり、緑茶を入れておいた湯呑みを掴む...む、茶柱は立っていなかったか。
「もう俺の家には開運グッズは入らないぞ。それにこの部屋だって...」
「私の...私の初めてをもらってください!」
「...は?」
ゴトン、と湯呑みが音を立てて机に倒れる。まずい。いや茶は不味くなかったが書類やノートパソコンにかかるのはまずい!
なんとかノートパソコンや書類には被害は出なかったが、自分への被害を考えていなかった。
「うあっちぃ!!!!」
「だ、大丈夫ですかトレーナーさん!?」
まだ熱い緑茶がスラックスにかかり、思わず椅子から飛び上がる。
「いやお前が...なんでもない。とりあえず拭くから手伝ってくれ」 - 2二次元好きの匿名さん21/09/21(火) 23:01:18
零した茶を拭き、火傷をしていないかの確認をしている内になんとか冷静さを取り戻せた。
「それで、だ。どういうことか説明してくれ。フクキタル」
マチカネフクキタルを椅子に座らせ、自分も向かい合って座る。
「(初めて...いやまさかな。フクキタルはそういう事を考えるタイプじゃない)」
「(いや本当にそうか?占いでそういう結果が出たら、このウマ娘ならするのではないか?)」
まずい。信頼が揺らぎ始めている...ダメだダメだ。俺は彼女と二人三脚でやってきたんだぞ。俺が彼女を信じないでどうする。
「あのぉ~、トレーナーさん?」
黙り込んだ俺に、フクキタルが怪訝そうな顔で覗き込むように見てくる。
「あぁ、すまん...それで、何の用だ?」
しかしもしそうだとしたら自分自身を安売りさせてはならない。この娘は俺の最高の福の神だ。そう考え、彼女を諭そうと口を開けた時だった。
「こちらです!思いっきりお願いします!!」
俺の目の前に、よく見る豚の貯金箱と、金槌が突きだされた。
- 3二次元好きの匿名さん21/09/21(火) 23:02:03
「それでこの貯金箱を俺に割ってほしい、と」
「はい!実はこれ、おばあちゃんから初めて貰ったものでして!小さい頃からパワースポットに行った日にだけお金を入れて、すこーしずつお金を貯めていたのです!」
「つまりこれはパワースポットの幸運を含んだお金が入った、ありがたーい貯金箱なのです!!」
自慢げな表情で胸を張るフクキタルを横目に、机に置かれた貯金箱を見る。何の変哲もない、陶器で出来た豚の貯金箱だ。しかし誰でもない彼女が言うのだ。思い出も、信仰も詰まっている。彼女にとっては本当に幸運の貯金箱なのだろう。
「俺が割っていいのか。大事な貯金箱なんだろう?フクキタルが割った方がいいんじゃないのか」
「あ、いえ!実は私も割ろうと思ったんですけど...なんだか割ってしまったら悪いことが起きるのではないかと...」
俺に悪いことが起きてもいいって思ってるのかこのウマ娘は。
「...あっ、そうではなく!運命の人で、これまで一緒に頑張ってきたトレーナーさんと居る状態で割れば悪いことなんて起きないと思うんです!」
「きっとそうです!シラオキ様もそう言ってくださるはずです!!」
俺の非難が入った目線に気付いたか、両手をぶんぶんと振って否定した後、ふふん、という表情を浮かべ、両手でサムズアップをする。まぁ、信頼関係を築いた彼女からそう言われて悪い気はしない。
「分かった。フクキタルがそこまで言うのなら」
「はいっ!お願いします!あっでも...ちょっと待ってください!心の準備をさせてください!!」
- 4二次元好きの匿名さん21/09/21(火) 23:02:43
──そして、現在に至る。
「フクキタル、割るのはやめてもいいんだぞ?」
さて割るぞと金槌を持ったはいいが、そんなにこの世の終わりのような顔をされると割ってしまった時には失神するんじゃないかと不安になる。
「だ、大丈夫です!もう思いっきりお願いします!!!思いっきり!!!」
見るからに大丈夫じゃなさそうだ。金槌を机の上に置き、彼女に諭すように話しかける。
「フクキタル、この貯金箱、別に今割らなきゃいけないって訳じゃないんだろう?」
「は、はい...ですが、トレーナーさんが私のトレーナーである内にやらなければ、と思いまして...」
「俺が?」
「その、トレーナーさんは凄い人ですし、いつか他の優秀なウマ娘の方に付いてしまったり、もしくはチームを担当なんてこともしますよね?なので...」
なんとなく合点がいった。彼女は不安なのだろう。自分のトレーナーがいつか自分の元を離れ、元のダメなウマ娘に戻ってしまうことが。貯金箱も俺との繋がりを無くさないために持ってきた。
だが、持ってきたはいいが、貯金箱を割ることと絆が断たれてしまうことを繋げて連想してしまい、割ることを怯えていた、と。
「(...URAファイナルズへの挑戦を通して、彼女も自信が持てたと思ったが、多感な時期だ。そういう時もあるんだろう)」
- 5二次元好きの匿名さん21/09/21(火) 23:03:11
ならば、トレーナーとしてかけるべき言葉があるはずだ。呼吸を一つ。よし、言うぞ。
「フクキタル。俺はどこへも行かない。君がどこにも行かない限り、俺は君のトレーナーだ」
その言葉に、フクキタルの畳まれていた耳がピンと立つ。
「ほぎゃっ!急にどうしたんですか!?え、えへへ......」
聞き慣れた奇声を上げて驚く。しかしすぐに嬉しそうな顔へと変わる。コロコロ表情が変わるのがこのウマ娘の可愛いところだ。
「いつか、本当に割りたくなった時にまた言ってくれ。その時には俺だけじゃなく、俺と君、2人で割るんだ。それにもしこの貯金箱を割ってもこの関係は壊れたりはしない」
少し、気恥ずかしいが。
「運命の人、なんだろ?」
我ながら、随分とクサイ台詞を言った気がする。少し顔を背けてしまう。
「トレーナーさん...はいっ!わかりました!ではその時まで大事にしまっておきます!」
フクキタルは元気を取り戻したようだ。彼女のトレーナーとして、彼女には笑っていてほしい。素直にそう思う。
「ああ。じゃあこれ、とりあえず持ち帰るか?」
「そうしておきます。少しお待ちください!」
「気を付けろよ。滑って転んで割ったりなんてしたらコトだぞ」
「大丈夫です!今の私はトレーナーさんの言霊によって守られているのです!運命パワーです!!」
上機嫌にフクキタルがトレーナー室のドアに向かって歩き出した瞬間だった。
「あららっ?」
先ほど零した茶の拭き残しに足を滑らせ、手に持っていた貯金箱が宙に舞う。
彼女の奇声にも似た悲鳴と、貯金箱が割れる音がトレセン学園に響いた。
- 6二次元好きの匿名さん21/09/21(火) 23:06:26
- 7二次元好きの匿名さん21/09/21(火) 23:13:07
素晴らしい!!
- 8二次元好きの匿名さん21/09/21(火) 23:15:26
フクキタルはこういうオチが似合う
- 9二次元好きの匿名さん21/09/21(火) 23:16:46
すき😇
- 10二次元好きの匿名さん21/09/21(火) 23:23:08
- 11二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 00:48:23
あー可愛いなこいつ…
FAキタル引けて良かった… - 12二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 00:56:31
可愛いよね...犬的な可愛さがあって頭をわしゃわしゃと撫でてやりたい気分になるんだ
- 13二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 01:06:42
あー可愛い
この後トレーナーがフクを慰めながら2人で新しい貯金箱買いに行きそうだわ - 14二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 01:08:23