- 1二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 06:30:09
- 2二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 06:30:55
人間は決して独りでは生きられない生き物だ。
高度に発達した社会は人付き合いの煩わしさを軽減はしてくれるものの真なる孤独など求道者のそれだ。
自分にはそんな真似などできないと分かっているから誰かに反応を求めてしまう。
すぐに餌をもらえる環境でさえずる雛鳥だと分かっていても快適なのだから仕方がない。
雛鳥と例えるなら、飛ぶのは怖い癖に意外と巣立ちのための身体はできあがってしまったようだ。
落下への恐怖と、外の世界への好奇心。
それが好奇心へと針を傾け、自堕落を自負する自分の中に燻った意外な熱を自覚したとき、SNSのアカウントを生まれて初めて作っていた。
「作ってしまったノコ〜……」
やってやったとう達成感より、やらかしてしまったという感情の方が大きい。
躁鬱のような制御できない自らのアグレッシブさに軽く頭を抱えながらも、所詮は匿名アカウントなのだからと自分に言い聞かせる。
ボタン一つでオンオフ可能な関係性、インスタントでコンビニエンスな友人関係。
無理だと思えば、嫌だと逃げたくなればアカウントを削除すればいいだけなのだ。
少なくともその時は本気でそう考えていた。 - 3二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 06:32:18
下手クソを下手ウマのラインに引き上げてくれるデジタルツール様様で、幸いにも罵詈雑言で頭部を強打し意識不明などという事故には無縁で早一月。
流石に過剰なほどの誉め殺しはないが、それでも想像の数段階上のやさしみを享受し続けていた。
文明隔離の孤島のような掲示板でしかなし得ないと思い込んでいたあの空気は、創作クラスタという大海でも優しい風を吹かせている。
基本をすっ飛ばして小手先だけの誤魔化しが上手くなってしまった日々だったが、これが意外と支持される。
サムネ映え、第一印象、評価なんて8割がコレだ。
別に絵師として金を稼ぎ一生食い繋いでやるなんて気概もないエンジョイ勢根性丸出しの自分にはそれで充分。
楽しく描いて、雑に評価を貰い、数字に現れては一喜一憂する毎日が心地よい。
モチベーションが上がらなくて数日放置気味になることはあっても、最初に抱いていた不安や恐怖は完全に消え去っていた。 - 4二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 06:33:28
そんな環境に慣れ、自己評価が低いながらわずかに天狗になりかけていたからだろうか。
「これ……ツチノコの絵だノコ〜……」
いつも絵を褒めてくれる、ファンと呼ぶには烏滸がましがそういう方から教えられたものだった。
フォロワーでもないアカウントのプロフ絵に使われていた自分の絵を見たときは正直言って動揺した。
『無断利用・無断転載禁止』の文言は自意識の高さより、むしろ自身の預かり知らぬところで拡散される恐怖からのそれだったが、それでも無遠慮に踏み躙られると堪えるものだ。
どうして自分程度の絵を、とも思うが恐らく供給不足のジャンルでなんとか正視に耐え得るイラストを探して辿り着いたのだろう。
しかも海外のアカウントらしく、翻訳サイトを使ってまで注意含めたコミュニケーションを講じる気力も湧かない。
それに、全く接点のない文化さえ違う人間に、ちょっとだけ認められたようで嬉しさがあったことも目が逸らせない事実だった。
結果として、放置することにした。
まぁ自分だって他人の二次創作物のお世話になっている手前、あまり強く当たるのも筋違いではないかとも思ってしまったのだ。
────そう、思ってしまったのだ。 - 5二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 06:35:08
「これ……ツチノコの絵の……パクリノコか……?」
またも私のファンの方(相手にも悪いと思い言葉を濁すのは辞めた)から教えられて見てみれば、確かにそうとしか思えなかった。
キャラも違う、構図も違う、だが見間違えようはずがない。
よりにもよって一番気に入らないままなあなあで仕上げてしまった手から腕にかけてがそっくりそのままそこにはあった。
何度も何度も修正し、それでも納得いかないままだった、目に焼きついたパースの狂った線画。
それをトレースしたようにしか見えなかったのだ。
さらに毎日のように絵を描くことで肥えた眼は多くの違和感をその絵から感じとる。
そして確信した、この絵は他の絵からも線画をトレースして組み合わせた、トレパク線画のコラージュであると。 - 6二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 06:36:33
朝から重い…!
- 7二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 06:36:44
無関係なことでも、悪いことが続けば無理矢理結びつけてしまうものだ。
以前の無断使用のとき、あのときなあなあで済ませてしまったせいで……という思考が止められない。
そのフラストレーションが頂点に達したとき、いつもの突飛な行動力が、普段の臆病な自分を吹き飛ばしてしまった。
「それ、私の絵のトレパクですよね?」
後から思えばやりかたは幾らでもあったのに、怒りと躁病の熱と対人経験の圧倒的薄っぺらさによって、あまりにも気軽に地雷を踏み抜いてしまった。
いままで土の下で細々と生きてきたツチノコに過ぎなかった自分が、わずかとはいえ陽の当たる世界に到達していたとは、自己評価が低すぎて気づかなかったのだ。
そしてそれは、悪意すら呼び寄せるということを。 - 8二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 06:38:26
否認、中傷のレッテル張り、私のファンの方が作った線画抽出トレパク比較図、逆ギレ、お前こそトレパクだetc....
SNS全体で言えばプチ炎上かそれ未満の小火に過ぎないそれは、ツチノコの脳内に咲き誇ったお花畑を焼き尽くすことに関してだけは十二分の火力を誇っていた。
そしてツチノコは逃げた。
ファンの方に申し訳なくてアカウントこそ消さなかったが、怖くなってSNS自体に触れられなくなった。
絵が、描けなくなった。
投稿せずとも、絵を描くだけならできるはずなのに。
日課どころか暇さえあれば絵のことを考えることばかりだったのに。
適度な軽さで扱いやすかったペンタブのペンすら重く、描画キャンパスは真っ白なまま時間だけが過ぎていく。
────時間だけが、過ぎていった。 - 9二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 06:40:22
時間が傷を癒やし、味方をしてくれた人たちへの責任感が日に日に強まり、絵も描けもしない手持ち無沙汰な時間の苦痛が極まった頃。
恐る恐る、毒虫にでも触れるかのような慎重さで、自らのアカウントを久方振りに開いた。
傷口を掘り返す言葉もあったけれど、擁護や応援の言葉もあった。
狭いコミュニティ内の小競り合いだったはずが、予想外に延焼した上にこちらの正当性が明白だったため味方が増えていたようだ。
声を大きくしても勝てないと思った相手方もこの件に関して無視を決め込むようになり自然鎮火、という経緯らしい。
とりあえず生存報告と謝罪の文面を上げる。
あんなに放置していたのに直ぐにファンの方から反応が返ってきたのは喜ぶべきことなのだろうがちょっと怖かった。
だがその程度の恐怖など比較にならない、本物の恐怖がそこにはあった。
貼られたのは動画サイトのURL。
内容はイラスト添削動画。
そっくりまるまるトレパクされた私の絵が、添削された動画だった。 - 10二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 06:43:34
しばし呆然として、そして悪意に敏感になっていた私は気づいた。
トレス絵なのはあくまで自分の絵という体裁で無断転載などの批判点を一つでも潰すためだろう。
トレースした絵を添削されたところで画力など上がるはずがない。
そして添削動画という性質上、必ず絵の悪い部分が指摘されるのだ。
つまり、これは私の絵を貶すためだけに仕組まれている────
その事実に辿り着き、胃液が喉元に迫り上がった。
それまでの画面越しのぼやけた悪意とは比較にならない、直截的で暴力的な輪郭を持った悪意。
機械を通して文字列の裏側の人間が透けて見える恐怖。
名前も知らない誰にここまで固執した怨嗟を向けられたという事実に身の毛がよだつ。
だが、せっかく戻ってきたのだ。
添削動画を教えてくれた人も、私が傷つくかもしれないと判りつつも放置しては置けないと判断したからこその行為なはずだ。
せめて確認だけはしなくては……
震える指でURLのリンクに触れる。
そして──── - 11二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 06:46:19
『まず褒めさせて下さい!』
飛び込んできたのは、予想外の言葉。
そして予想外の自分ですら知る有名プロ絵師の名前。
そうだ、悪意によって添削に出されたのだとしても
────添削動画の投稿者までグルな訳がないのだ。
ダメなところは確かにあって、それも指摘されてはいるのだ。
しかし予想した下手な絵を扱き下ろして自分の絵の技術を自慢するといった、下卑たイメージとは似ても似つかぬ真摯さがそこにはあった。
自分が絵が好きだから、絵が好きな他の誰かの力になりたい。
そんな気持ちが伝わってきた。
だって、トレースで劣化した線画から此方のイメージと意図を巧みに読み取り、それを超える見栄えへと修正していくのだ。
あまりにもその作業にのめり込み過ぎ「いや、描いた人そこまで考えてないノコ〜……」とツッコまざるを得ない場面もあるがご愛嬌。
それよりも、自分が必死に考えて、自分が必死に筆を動かして、そうして絞り出したものが確かに伝わる感動が強い。
そして自分の思い描いた限界なんて簡単に超えられるぞと、そう叱咤激励されるのだ。
糾える縄の如し毀誉褒貶は実力に裏打ちされた鋭さと人柄がもつ機智により技術指南としてもエンターテイメントとしても高い完成度を誇示する。
30分近い再生時間は、あっという間に過ぎ去ってしまった。
戦慄きが一度止まった指先は再び震えていた。
いや、打ち震えていた。
次の瞬間、あれほど重かったペンが軽やかに舞った。 - 12二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 06:46:56
楽しかった。
やっと思い出せた。
絵を描くことは楽しいのだ。
描くことに付随する不純物に振り回されて、そんなことすら忘れていた。
描いた。
描いた。
描いた──── - 13二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 06:47:32
その後、添削してくれた先生には申し訳なかったが、再発防止のために報告させていただいた。
謝罪動画まで出されてしまったのは心苦しかったが、プチ炎上が再燃する形でトレパク絵師は針の筵だ。
有名プロ絵師に迷惑をかけたことで延焼が酷くなり鎮火は難しそうだ……南無三。
私の方は添削を機に敷居の高さを感じて手を出していなかった絵のハウツー本を買いゼロから鍛え直すことにした。
プロ絵師として食っていく気など更々起きないが、もう少し本気で絵と向き合ってみようと思ったのだ。
少なくとも絵に関しては、しっかりと自信を持てるように。
そうしてツチノコは今日も、絵を描く。
〜fin〜
※このSSはフィクションであり実在する人物とは一切関係ありません
※作者はクソ雑魚ゴリラでありつよつよツチノコの苦悩とか妄想に過ぎません
※ツチノコ曇らせブームに乗ろうとしてなんやかんやで一週間ぐらい塩漬けしてたらブーム終わってた、これもfgoってやつの仕業なんだ - 14二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 06:49:30
書き込むのを焦らなくて良かった
- 15二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 06:49:53
やっぱり優しいオチがいいや
- 16二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 06:50:21
光の感情が戻ってきたところでツチノコの口調に戻るあたり、ツチノコという存在が絵師たちの良心的なものとして存在していることがよく分かる
良い文だった - 17二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 06:54:18
- 18二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 06:55:51
読んで良かった
- 19二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 06:56:05
けっきょく、自信がないから醜い感情がわくのよね
SNSに夢中になるより、真面目に絵に向き合ってる時間を増やした方がずっといい - 20二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 07:06:11
ネットとかでも悪意を急に向けられたらガチビビるし、現実で直接的に悪意向けられると驚きすぎて反応できない
マジで悪意は他人に向けちゃダメ
当たり前のことだけどね - 21二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 07:07:57
あ、これは朝から読んだら胃もたれしますね
昼読みます - 22二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 15:09:39
- 23二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 15:16:09
サンキュー添削の人
- 24二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 16:39:42
これは良SS
- 25二次元好きの匿名さん21/09/22(水) 20:53:26
前に乱立してたツチノコ曇らせと違ってちゃんとツチノコである意味があるのが偉い