ここだけダンジョンがある世界の掲示板 イベントスレ 第48層

  • 1生態観測所 職員◆OU1pKi4EIE22/05/07(土) 11:32:18

    本スレ

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    このスレは「ここだけダンジョンがある世界の掲示板」の番外編みたいなものです

    イベントとは名ばかりのSS投稿スレ

    感想・合いの手などはご自由に書き込んで下さい。


    全てが上手く行っている。

    そう思われた中で突如起きたオルトヴィング脱走事件。

    生態観測所の面々は、我が子のように可愛がってきたかの翼竜の捜索を開始するが――――

    【オルトヴィング最終章】



    関連内容

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  • 222/05/07(土) 11:32:57

    王都から少し離れた郊外に聳え立つ、尖塔の群れ。
    多くの学徒と研究者を擁する学問の都【王立総合学術院】。
    その敷地の外れに【生態観測所】はあった。

  • 322/05/07(土) 11:33:10

    日常的な雑務も一段落して空気はやや弛緩していた。
    室内に珈琲や紅茶の香り、或いは紫煙が漂う。
    そんな時。

    『――――――!』

    オルトヴィングの咆吼と何かを破砕する音。
    続いて魔法の警報音が観測所に鳴り響く。

  • 422/05/07(土) 11:33:26

    慌てて飛び出し、オルトヴィングのいる厩舎へ向かう。
    そこに彼の翼竜の姿は無く、半壊した厩舎と砕かれた魔法の首輪だけが残されていた。
    アイツは、オルトヴィングは脱走したのだ。

  • 522/05/07(土) 11:36:10

    「――この首輪が破壊される想定はしていなかった。俺のミスだ」

    主任が首輪の破片を拾い上げて言った。
    事実、今までは問題なかった。だが先日の【無害化ドラグリン】+【炎輝龍の光滴】投与によってオルトヴィングの竜種としての【炉心】が起動した。それによる魔力と身体機能の上昇が、こちらの想定を上回ったと言うことだ。

    爬虫類専門が急いたように叫ぶ。

    「そんなことより捜索に行こう! 今すぐ追わねーと!」
    「駄目だ」

    鋭い目付きで主任が返す。

    「夜の空を甘く見るな。気付かないうちに背後からモンスターに張り付かれて終わりだ。……捜索は明朝より開始する。それまで各自、準備と仮眠を取って待機しておけ」
    「……っ、了解です」

    歯痒そうに顔を顰めつつも爬虫類専門はそう言った。

    「……天馬型ゴーレムを借りてきます」
    「あ、じゃあ私も――」
    「いえ、二人も要りません。使用許可を取ってくるだけですよ」

    私は植物専門にそう断って、尖塔並び立つ学術院中枢へと向かった。
    足取りは不思議とフワフワとしていて、熱の時のように現実感が希薄だった。

    ――――

    ――――――

  • 622/05/07(土) 11:36:42

    仮眠から目覚める。
    空は微かに白みだしたばかりで陽は昇っていない。それでも一同は天馬型ゴーレムの元に集合した。無限牢獄の上層・中層支部からの応援要員もいる。

    【天馬型ゴーレム】
    王立総合学術院がギルドの冒険者“人形師/ゴーレムメイカー”に依頼して製造された、文字通り翼ある馬の形態をしたゴーレムだ。
    陸空両用の汎用性と、荒事に耐える頑丈さを併せ持った名機である。

    「――このゴーレムは二人乗りだ。操縦出来るヤツが最低一人と、捜索・索敵要員が一人。ざっと割り振るぞ」

    主任の指示で、生態観測所の職員達は10騎の天馬型ゴーレムに割り当てられた。

    【操縦者】職員(私)と 【索敵】植物専門。
    【操縦者】主任と   【索敵】哺乳類専門。
    【操縦者】爬虫類専門と【索敵】昆虫専門。

    ――――
    ――――――etc

  • 722/05/07(土) 11:36:59

    オルトヴィングが飛び去った方角は、途中までは判明している。西だ。
    捜索隊は生態観測所から西へ、扇状に広がるように捜索していく事になる。

    観測所前の広場から、同僚たちが乗った天馬型ゴーレムが次々と飛び立っていく。

    「今更だけど、アンタ天馬の操縦とか出来たのね……。いつの間に」

    私の後ろに乗っている一つ年下の植物専門が、驚き半分、呆れ半分といった様子で呟いた。
    私も同じだが、彼女は寒空を飛ぶ為きっちりと防寒着を着込んでいる。

    「知らなかったんですか? 男子はこういうのが大好物なんですよ」
    「ああそうですか」

    今度は呆れ100%の口調だった。

    「じゃあ行きますよ。しっかり掴まっているように」
    「え、もう?ちょ、ちょっと心の準備を――」

    最後まで言うのを待たず、天馬型ゴーレムを駆って地を駆ける。十分助走をつけたところで翼を広げ、ふわりと空に舞い上がった。

    「~~~~~~~っ!」

    後ろから声にならない悲鳴が聞こえた。

  • 822/05/07(土) 11:38:04

    「~~~~~~~っ。はぁ……あ、微妙に方向ズレてるわ。南に5°修正」

    怖がっていたのは最初だけで、すぐにいつもの調子を取り戻したようだ。

    「チッ……案外落ち着いていますね、いいことですよ」
    「私だってあの子の飛行訓練に付き合ったことくらいあるもの。流石にね」

    私の背中をゴスゴスと殴りながら彼女は言った。

    「落ち着いていると言えば、アンタの方こそ大丈夫なの? その……こんな事になったのに意外と平気そうに見えるわ」
    「…………。」

    オルトヴィングが自分たちの手の中から飛び出してしまったのに。心配じゃ無いのか、と言外の問い掛け。

    「…………別に、いつまでも一緒に居られるなんて、考えていませんよ」
    「え――」
    「それよりもしっかり捜索・索敵してくださいよ? 前後左右だけじゃ無く、上下も見なきゃです。些細な異変も細大漏らさず報告するように」

  • 922/05/07(土) 11:40:18

    王都を飛び立ってから30分ほど。
    現在の高度は地上から見て約1000m。
    日の出を迎えた空には、所々に雲が浮かんでいる。雲の高度は我々よりもやや高い。

    「あっ」

    周囲を見張っていた植物専門が声をあげた。

    「どうしました、オルトヴィング見つけましたか?」
    「ううん、私の見間違いかも……」
    「見間違いでも何でも構いません。報告を」
    「うん……」

    植物専門は進行方向の右手、北を指さして言った。

    「あそこに大きめの雲の塊が幾つもあるでしょ? その雲間に、小さな点が見えた……気がする」

  • 1022/05/07(土) 11:40:59

    天馬型ゴーレムの進路は維持しつつ、私も彼女が指した雲を注視する。
    これでも実は弓使いなので、視力は悪くは無い。

    「――――。」

    雲間の一つひとつを食い入るように見つめ続け、やがて――

    「――!」
    「あっ、あれよ!」

    見えた。
    小さな黒い点が、複数。
    判別が難しい距離だが、生物好き故に直感的に分かる。

    「翼竜種……!」
    「オルトヴィングかな!?」
    「駆体を安定させます、双眼鏡で確認を」
    「了解!」

    背後で、【魔法の雑嚢】から双眼鏡を取り出しているのが分かる。

  • 1122/05/07(土) 11:47:18

    「違う……! ダークティラノス・アネモス種! 三頭もいる……!」
    「こんな空域に!?」

    植物専門の報告に、思わず瞠目する。
    ダークティラノス・アネモス種は翼開長25mに達する最大級のワイバーン属だ。性格は獰猛で、群れで狩りをする事から【空の狼】と呼ばれることもある。間違いなくこの付近では空の王者だろう。
    襲われたら現状では勝ち目が無い。
    そういえばオルトヴィングが奴らの気配に反応して興奮状態になることが過去にもあったが……襲われていないことを祈るしか無い。

    『こちら■■■、――地点でアネモス種を発見。注意されたし』

    魔道具による通信で、他捜索隊に警告する。

    「……! 気付かれた! こっちに向かってくるわ」
    「……高度を下げて逃げ切ります」
    「ダメ! ……この辺りは都市に近すぎるの。私たちのせいでワイバーンを呼び込むことだけは避けないと、もし街に被害が出たら……」
    「だったら……最大戦速でこの空域から離脱するしか……。しっかり掴まっているように」

    天馬型ゴーレムが、速度を上げていく。

  • 1222/05/07(土) 11:48:10

    「どんどん近づいてくる……! 追いつかれるわよ!?」
    「分かってます! けど、逃げ込める雲まで遠い!」

    私は片手で手綱を握り前を見据えたまま、魔法の雑嚢を後ろ手に植物専門に渡した。

    「その中に『ブラッドミスト』って魔法の魔法書が入ってます。それ見て敵が近づいたら使ってください」
    「な、そんないきなり……!」
    「あなたの《黒檀の魔術杖》、誰が作った杖だと思ってるんです。薄明さんの一品物使っておいて出来ないとは言わせませんよ」

    自分でも無茶振りをしている自覚はあるが、私は魔法が使えないのでどうしようも無い。

    「……っ、やってみるけど!失敗しても怒らないでよ?」
    「大丈夫、その時は二人仲良く地獄行きですよ」
    「なんで地獄!?」
    「……素で間違えました。あの世行き、です」

  • 1322/05/07(土) 11:51:50

    植物専門が魔法に集中しているため、私が時折振り返ってダークティラノス・アネモス種を確認する。
    三頭は既に、こちらの後方200mにまで迫っていた。

    植物専門はページを押さえながら、食い入るように魔法書を読んでいる。準備はまだのようだ。
    前方1000mほどには、逃げ込めそうな大きな雲が浮かんでいる。

    追いつかれるまで、残り100m。天馬型ゴーレムが速度特化型ではない事を差し引いても、とんでもない飛行速度だ。

    残り50m。

    残り30m。

    先頭のダークティラノス・アネモス種が口を大きく開け、ブレスを吐き出そうとして――――

    「『ブラッドミスト』――!」

    《黒檀の魔術杖》が僅かに光を発した気がした。
    植物専門の魔法が発動し、大量の血の霧が噴き出す。

  • 1422/05/07(土) 11:54:14

    本来は敵に見つかっていない状態で、感知範囲を狭めるための魔法。
    しかし、今回は墨を吐いて逃げる蛸のように、煙幕として空に吐き出される。
    形成され、そして空中に置き去りにされたのは、100×100mほどの赤色の領域。

    後方にいたダークティラノス・アネモス種は、三頭とも『ブラッドミスト』に突っ込んでしまい、視界を塞がれパニックに陥る。

    「ナイス……! 一網打尽です」
    「……っ、強くし過ぎたかも。魔力半分くらい持ってかれた……って、もう来てる! ごめんあんまり効果無かった……!?」

    一瞬混乱させられたものの、それだけで凌げるほど都合良くはいかない。あの魔法の本来の用途とも違う。
    精々間合いが150mほどまで開いた程度。だが――――

    「いいえ、十分です。――間に合いましたよ。」

    二人を乗せた天馬型ゴーレムは、山のように大きな積雲にすっぽりと突入した。

  • 1522/05/07(土) 11:54:46

    白。白。白。
    前後左右上下。視界全てが雲の白で埋め尽くされる。

    「~~~~~~~っ!」

    後ろで植物専門が声にならない悲鳴を上げているが、振り向いている余裕なんて無い。

    (日和るな……! モタモタしてると平衡感覚を失う!戦闘速度のまま突っ切れ!)

    突入時の進路を維持したまま、天馬型ゴーレムで白い視界の中を突き進む。
    自分が本当に水平を保って飛んでいるのか? 下に落ちていないか? 旋回して元の位置に戻ろうとしていないか? 判断材料となる景色が一切ないという恐怖。
    10秒。20秒。30秒。

    (早く早く早く抜けろ……っ)

    まだ1分も経っていないはずなのに、数十分こうしているかのような焦燥感。
    そしてその時は唐突に――

    (早く、はやk――!)

    霧が晴れ、視界いっぱいの青色が広がった。

  • 1622/05/07(土) 11:55:38

    翼で雲の線を引きながら、私たちの乗る天馬型ゴーレムが積雲から飛び出した。

    「……はっ! あははははっ! やった……!」

    まるで自分じゃないみたいなはしゃぎ声をあげて、後ろを振り向く。
    私の背中にしがみついている植物専門が、恐る恐る顔を上げ、私に釣られて振り返った。
    背後に見えたのは、たった今突っ切ってきた山のような積雲と――

    ――――そこから勢いよく飛び出してきた、一頭の巨大なワイバーンだった。

  • 1722/05/07(土) 11:56:17

    (一頭、振り切れなかった……!)

    雲を引く、黒い翼脚。
    天馬型ゴーレムの翼開長が5mだとすれば、その5倍以上の巨躯が躍動し、追随してくるという恐怖。

    「来ないで!」

    植物専門が、小爆破魔宝石を後方にバラ撒いた。
    空中で幾つもの爆炎が花開く。しかし――

    「当たらない……!」
    「お互い三次元機動してますからね! こういうのは相手の真後ろに張り付いて撃ち出さないと滅多に当たりません!」
    「今まさに張り付かれようとしてるんですけど!?」

    彼女の言う通り、ダークティラノス・アネモス種は悠々と距離を詰め、確実に仕留めようと狙いを定めている。
    小刻みに天馬型を左右に方向転換させるが、奴はぴったりとその動きに合せてくる。
    このままでは、確実にアレを撃たれる。

    「ブレスの予備動作! 目視で判断できますか!?」
    「出来る……と思う!」

    後半は聞かなかったことにして、後輩に指示を出す。

    「私は前だけ見ていますから、ブレスの直前で警告をお願いします」
    「……どうするつもりなの?」
    「避け続けます。縄張り圏外まで逃げるか、諦めるまで逃げるか……要するに我慢比べです」

    私は死ぬ寸前まで神経を磨り減らす覚悟を決めた。

  • 1822/05/07(土) 11:59:32

    振り返らず天馬型ゴーレムの手綱を握り、ただ植物専門の合図を待つ。
    翼竜に詳しい者なら知っている。
    彼らは火炎嚢と呼ばれる器官から引火性の粘液を生成する。
    翼脚を振り上げた時に息を吸い込み、振り下ろす際にブレスを吐き出す。
    脳裏にイメージが浮かぶ。
    翼脚を振り上げ、同時に首がややもたげられる。胸郭が吸気で膨張し肋骨を浮き立たせる軋みが聞こえる。
    そして――――

    「今!」

    背後の声に、左足元――鐙(あぶみ)の奥にあるペダルを蹴り込んだ。
    瞬間、飛行中の駆体が左へと流れるようにスライドする。
    手綱による旋回ではなく、より急速なスライド。
    その判断は功を奏し、さっきまで居た場所を毒炎ブレスが通過した。
    恐怖で喉がひりつく。

    「……っ」
    「まだ来ます。次、合図準備を」
    「は、はい!」

    たった一度で諦めるはずがないのは分かっている。

  • 1922/05/07(土) 12:01:40

    「今っ!」
    「く……」

    駆体が右にスライドし、何度目かの毒炎ブレスを回避する。
    只の炎ではない。
    触れれば肉を蝕む毒炎だ。擦ることすら危ない。

    (まだ火炎嚢は空にならないのか……!?)

    私たちが取り続けているのは単純な作業の繰り返し。
    ブレスの予備動作を見て植物専門が合図。
    それを聞いた瞬間に、私が左右どちらか、その時々で最適な方の鐙のペダルを蹴り込む。
    一瞬でも遅れれば、乗員若しくは駆体が破壊される。

  • 2022/05/07(土) 12:02:26

    それは多分、十何回目かの回避の後。

    「今! ……あれっ」

    火炎ブレスが脇を通過しない。

    「嘘……全部吐き出しきったみたい!」
    「っ、よし! どうやら私たちの勝利みたいですね」

    しかしそれが間違いである事は、すぐに分かった。
    ばきり、と音を立てて天馬型ゴーレムの後ろ足先端が食い千切られたのだ。

    飛行中の駆体が大きく揺れる。

    「きゃ……っ」
    「おわっ……!」

    ダークティラノス・アネモス種は、ブレスに頼らずともこちらに追いつける。
    大きさと速度で劣るこちらを墜とすのには、あの巨体だけで十分らしい。

  • 2122/05/07(土) 12:03:08

    「……追いつかれるわ!」
    「ああもう!しっかり掴まって!」

    天馬型の首元にある魔法陣に手を翳す。

    「ᚱᛖᛚᛖᚨᛋᛖ(解放)――――!」

    途端、振り放されそうな加速が襲う。
    内蔵魔力を大量に消費して行う速度ブーストだ。一回の使用で15%以上消費するため、帰還困難になったり途中で墜落する危険が増す、まさに最終手段。

    後方を流し見れば、ダークティラノス・アネモス種の姿がぐんぐんと小さくなっていく。

    (は、初めて使った……。汎用性の駆体でこれだけの速度が出るなんて。これが天馬型ゴーレムの性能……)

    レウネシア神国のヒッポグリフ部隊とも渡り合った、【人形師/ゴーレムメイカー】の傑作品だった。

  • 2222/05/07(土) 12:07:49

    ダークティラノス・アネモス種を振り切ってから程なくして。
    気がつけば、セントラリア西端近くの山岳地帯にまで接近していた。
    相変わらずオルトヴィングの捜索は続けているが、それらしき影は見当たらない。
    少し雲が増えてきたようだ。

    「ねえ、どこ見てるの……?」
    「安全に降りられそうな場所を探してます。燃料の魔力結晶も交換したいですし、囓られた後ろ足のほかに異常がないか確認したくて」

    そうやって下ばかり見ていたのがいけなかった。
    突如、上空の雲の切れ間から巨体が飛び出してきて、私たちを掠めるようにして降下していった。

    「な……!?」

    衝撃に驚いて視線を向けると、天馬型ゴーレムの右翼が食い千切られていた。
    駆体はバランスを崩し、きりもみ回転する。
    私と植物専門は、空中に放り出された。

  • 2322/05/07(土) 12:08:42

    目を開くと、長い黒髪が見えた。
    ゆっくりと落ちる私を、植物専門が抱き留めているらしい。

    「咄嗟に……《浮遊》の魔法を使ったの。でも、ごめん……もう魔力が……」

    咄嗟に魔法を発動できたのは凄い成果だ。今までの彼女の実力から見て、奇跡的と言っていい。
    しかし彼女の魔力量は半人前。先ほどの《ブラッドミスト》と併せて、全て使い切ってしまったのだろう。

    空に咆吼が響く。
    天馬型ゴーレムを破壊した、あの翼竜――しつこく追い縋ってきた、ダークティラノス・アネモス種の勝利の雄叫びか。
    奴は大きく旋回して、こちらに向かってくる。
    私と植物専門に止めを刺したいらしい。
    結界魔宝石を足場にすることは可能だろうが、最終的にやられてしまうことに変わりはないだろう。

    「少し……しっかり抱きついていてくださいね」
    「なに、を?」

    腰につけていた魔法の雑嚢から、強化複合弓を選んで掴み取る。
    抱き締められている不安定な状態で矢を番え、引く。弦は驚くほど軽い。複合弓の利点だ。

  • 2422/05/07(土) 12:09:22

    ゆっくりと落下しながら、上空から襲い来るダークティラノス・アネモス種に狙いを定める。
    普通こんな状況で上手く中てられるとも思えないが……いま出来るのはこれくらいしかない。

    「…………」

    イメージするのは、空腹を我慢するために、無心で見上げていたスラム街の空。
    あの時見えたのは、猥雑な建物に切り取られた小さな空だったが、何の因果か今私はあの大空の中に居る。
    あの時のように空っぽの心で、襲い来る敵に狙いを定め――――引き絞っていた矢を手放した。

    刻まれた術式で加速した矢が、風を裂く音と共に放たれ――――
    寸分違わず狙い通り、右目に突き刺さった。

    耳を塞ぎたくなるような咆吼と共に、翼竜の巨体がバランスを失い墜ちていく。

  • 2522/05/07(土) 12:09:50

    ――――

    ――――――

    ――――――――

  • 2622/05/07(土) 12:10:08

    「……どう?」
    「残念ながら。見ての通り、完全に壊れてますねー」

    あの後、結界魔宝石やらでなんとか無事に下まで生きて降りた私たち。
    降り立ったのは巨岩と瓦礫だらけの山岳地帯。
    ここに墜落した天馬型ゴーレムは、当然ながら無事では済まなかった。

    ついでに言うと、生態観測所の仲間と連絡を取り合う通信装置も壊れた。もう笑いたくなるほど散々だ。

    「どうやって帰ろうか……」
    「何言ってるんですか。こんな時こそあの方々に助けを求めましょう!」
    「?」

    こうなったら恥も外聞もない。
    私は掲示板結界のスクロールを取り出して、掲示板の実力者達に救援を求めんと書き込もうとした。

  • 2722/05/07(土) 12:11:37

    「あれ?繋がりませんね……故障かな?」
    「よりによってこんな時に!?」
    「あっ、ちょっと待ってください繋がりそう」

    【あっ】
    【繋がった……のか?】

    【あれ……?】

    そこで違和感を覚える。

    「ねぇこれ……時間がおかしくない?」

    植物専門に言われ、よく見返す。
    よく見れば、私の書き込んだレスの日付が“数時間後”のものだった。
    私だけでは無く、前後の書き込みの日付も同様だった。

    【これは……】
    【……ああ、そういう事ですか】

    そう呟いてスクロールを切る。

  • 2822/05/07(土) 12:18:34

    「これってもしかして……」
    「ええ。スクロールの故障か、この周囲の時間流が衝合か何かの影響でおかしいのか、どちらかは不明ですが……今私が書き込んだ内容が皆さんに届くのは数時間後、みたいです」

    絶句して天を仰ぐ植物専門。

    「ま、まあ嘆いても仕方ありません。今はとにかく、周囲の安全の確保を――――」

    複数の咆吼が轟く。
    毒々しい色の火炎ブレスが降り注いだ。
    咄嗟に植物専門を突き飛ばし――――左腕や左頬から首筋にかけて灼熱と激痛が走る。ジワジワと肉に食い込む毒炎だ。

    「…………っ」

    呻き声を途中で切り上げて空を仰ぐと、そこに居たのはあのダークティラノス・アネモス種。その群れだった。
    二頭がすぐ近くでホバリングして地表の砂塵を巻き上げ、遥か上空には10頭近くの仲間が、猛禽の群れのように悠然と滑空している。

    「――ああ、最悪だ。忘れてた」

    思わず吐き捨てる。

    「ここ……あなた方の生息地じゃないですか」

  • 2922/05/07(土) 12:20:18

    ――――

    ――――――

    持てる限りの道具を注ぎ込んで、30分粘った。
    大小の結界魔宝石や、爆破魔宝石、氷結魔宝石、百発百中チョークまで。
    片腕を毒炎で負傷したため、強化複合弓はもう使えない。

    残弾が僅かとなった結界の中で、二人して肩を預け合うように座り込んでいる。
    周囲は、地上に降りたダークティラノス・アネモス種の群れが、5,6頭で囲んでいる始末。
    私はポツリと呟いた。

    「大歓迎……ですね……」
    「…………」

    となりの植物専門は目を閉じている。

    「諦めの境地ですか?」
    「……アンタはどうなのよ」
    「まあ、似たようなもんですね」

    溜息を吐いて天を仰ぐ。

    「……こんな事なら、もうちょっとやりたい事、思い切りチャレンジして生きてもよかったかなー、とか」
    「やりたい事、思い切り……」

    何やら私の言を反芻している植物専門。

  • 3022/05/07(土) 12:21:51

    「……ねぇ。どうせここで終わるなら言っちゃうけど、私――――」
    「しっ! 静かに! 今何か聞こえて……」

    人差し指を立てて彼女の言葉を遮った。
    彼女は何か……見たこともない微妙な表情をしていたが、今は聞き覚えのある【声】の方が重要だ。

    「この声……まさか……!」

    鋭い風切り音。
    谷底の方から、何かが猛然と飛び上がっていった。
    一瞬目を疑ったが、この私が見間違えるはずがない。

    「――――オルトヴィング!!」
    「……え!?」

    周囲を囲んでいたダークティラノス・アネモス種が、一斉にオルトヴィングを見た。

  • 3122/05/07(土) 12:24:41

    毎日見慣れているはずのオルトヴィングの姿に、微かな違和感を覚えたのは何故だろう。

    「逃げろ! オルトヴィング!」

    結界の中から叫ぶ。
    成体ではないオルトヴィングでは、強力なアネモス種をこれだけの数相手取るのは無茶だ。そもそも一体でも勝てるのだろうか。

    しかし、人の言葉が獣に通じることはない。
    オルトヴィングは上空でホバリングしながら、上昇してくる5頭を目掛けて息を吸い込んだ。

    「ブレスの予備動作……!?」

    オルトヴィングがブレスを使えるなんて知らない。そもそもプテロダクチル・オルトデウスがブレスを使ったという記録がない。
    だが、その胸郭が大量の吸気によってパキパキと膨張する。頭部の冠角が広がり、謎の魔力光を帯びる。

    『ガアアアアアアアアアアア!!!!』

    空気が軋む。
    吐き出されたのは単なる《音》だった。しかしあまりの音圧に、遠く離れたこちらの結界までがビリビリと震えた。中に居てすら耳を塞ぎたくなる。
    当然、その音圧を至近距離で受けたアネモス種は無事では済まなかった。

    口や耳から血を噴出させ、次々と落下していく。

  • 3222/05/07(土) 12:25:19

    「あ、あの子……」

    呆然と呟く植物専門だったが、そこで突然頭上に影が差した。
    巨大な翼竜が、太陽の光を遮ったのだ。

    「でかい……! 最大級のアネモス種!?」

    翼開長40mに届くのではないかという、記録的な巨体を持つ個体だった。
    ここら一帯のボス格なのだろう。縄張りを荒らされた怒りから、猛然とオルトヴィングに襲いかかる。

    「逃げろオルトヴィング! 勝てない……!」

    思わず叫ぶ。
    ボス個体はオルトヴィングの二倍近く、体重で言うなら四倍近い差があるのではないか。
    もはや空飛ぶガレオン船だ。規格外のフィジカル差は、小手先の技を跳ね返すだろう。

  • 3322/05/07(土) 12:26:40

    オルトヴィングは上空へと飛び上がった。追い縋るボス個体を引き離して、ぐんぐんと上昇していく。

    「……そうです。そのまま逃げて、遠くへ……」

    安堵を含む呟きが零れた。
    このままでは自分たちは助からないだろう。それでもアイツは命を繋いで、いつか何処かで――――

    パァン!
    と、破裂音が届いた。
    上昇するオルトヴィングが、音の壁を突破した音だと、この時の私は理解していたかどうか。

    「……は?」

    ワイバーンが、加速の難しい上昇時に音速を超える?有り得ない。
    何か異常事態が起きている。
    私は、尚も上昇を続けるオルトヴィングを必死になって目で追った。
    あいつの翼から、赤色の粒子――魔力の燐光だろうか――のような物が放出され、その軌跡に線を描いていた。

  • 3422/05/07(土) 12:27:48

    既にオルトヴィングの姿は、信じられないほど小さく見える。
    あれはどの程度の高さだろう?

    10000m? それとも15000m?
    どちらにせよ、空気を捉えて羽ばたく飛び方では到達困難な高度に思えた。

    現にボス個体は、オルトヴィングの遥か下方に留まって、「降りてこい」と苛立たしげな咆吼を轟かせている。

    「あっ……!」

    その挑発に応じるかのように、オルトヴィングの身体が天空で翻った。
    空全てが自分の物だと言うように伸び伸びと翼を広げ――――

    ――――オルトヴィングは20mの彗星となった。
    ハヤブサのように翼を窄めて眼下のボス個体へと、長い光の尾を引いて落下する。その色は臨界を越え赤から青へ。
    一瞬で音速を超えたのか、身体の後ろ半分にベイパーコーンと呼ばれる笠雲を纏い、0.5秒後にはそれすらも置き去りにした。

    推定10000m以上。高積雲や積乱雲ですら見下ろすような高度から。

    僅か十秒足らずで光が墜ちてくる。

  • 3522/05/07(土) 12:29:02

    凄まじい一撃だった。
    回避する間もなくボス個体へと着弾し、強靱な後ろ足で蹴りつけ、そのまま一塊となってこちらへと――――山肌へと衝突した。


    戦艦の砲撃着弾のような爆発が巻き起こり、衝撃波で私と植物専門を守っていた結界が砕け散る。
    彗星は、哀れな被害者を引き摺って岩だらけの山肌を削り飛ばしながら滑走し――――
    私から20mほどの距離で停止した。

    石や礫がパラパラと転がる音。
    そこに、何かを噛み砕く音が混じる。
    視界を遮っていた砂塵が晴れていく。

    「――――――――。」

    無残な挽肉の塊となったボス個体を、ブチブチと音を立てて食い千切るオルトヴィングの姿があった。
    恐怖か、それとも畏敬だろうか。その姿から目が離せない。
    取り巻きのダークティラノス・アネモスたちが、悲鳴を上げ蜘蛛の子を散らすように逃げていくのも意識に入らない。

  • 3622/05/07(土) 12:32:54

    やがてオルトヴィングは、ボス個体の心臓――――もっとも魔力が濃密な、竜種になれば炉心とも呼ばれる部分――――を探り当て、音を立てて一飲みにした。

    その姿。
    数日前とは比較にならないほどの膨大な魔力を横溢させ、音を遥かに超えた速度で飛翔し、翼からは加速のためと思われる赤色の燐光が遊離し続ける。
    私が全く知らないオルトヴィングがそこに居た。

    「嗚呼……そういう事か……」

    足の鱗の隙間に、一枚の血濡れの羽毛が挟まっている。
    あれは恐らく鳳雷鳥の物だろう。

    「お前がずっと魔力欠乏気味だったのは、炉心が形成されなかったのは……餌が貧弱すぎたからなんですね」

    自分たちなりに良い獲物を用意していたつもりだったが、それでもまるで足りていなかった。
    強大な飛龍の心臓や、鳳雷鳥の血肉。
    高空域の危険なモンスター達が、【翼竜の王】プテロダクチル・オルトデウスの本来の獲物だったのだろう。

    「はは……は」

    そりゃ物足りないわけですよね。

    ――――そうして、“食事”を終えたオルトヴィングの顔が私たちの方を向いた。

  • 3722/05/07(土) 12:33:40

    「――。」

    感情を映さない、無機質な爬虫類の瞳。
    私たちは、まるで初めてオルトヴィングを見たかのような気分に陥った。

    ふと、生きた動物に携わる際の心得を思い出す。

    【相手を人間と同じように意思疎通できる存在だと思うな】
    【どれほどこちらが慣れたと思っていても、状況次第で不意に野生が牙を剥くのだから】

    今、かつて無いほどに野生を取り戻したオルトヴィングがいて。
    その前にはかつて無いほど衰弱した只の人間が二人。

    「――――。」

    オルトヴィングが小さく喉を鳴らす音が、遠雷のように響いている。
    そうしてゆっくりとこちらに向き直り、その巨体が一歩ずつ近づいてくる。

  • 3822/05/07(土) 12:35:07

    私は植物専門を振り返り、すみません、と口を動かした。
    彼女は仕方なさそうに小さく首を傾げた。
    お互い命に未練が無いわけではない。
    それでももう、これは仕方ないと奇妙な満足感を伴った諦観があった。


    オルトヴィングの、確実に人間を丸呑みに出来るサイズの顎が開かれる。

    血のにおいのする息が頬を撫でる。

    私は静かに目を閉じた。

    そして。



    ――――

    ――――――

    ――――――――

  • 3922/05/07(土) 12:36:54

    ぐいっと力強く、外套の首根っこ辺りを引っ張られる。

    「!?」

    私はそのまま子猫のように咥え上げられ、身体が宙に浮いた。
    そうしてオルトヴィングは、首を伸ばして私を自らの背中にゆっくりと乗せると、今度はへたり込んだままの植物専門を同じように咥えて吊り上げた。

    「な……!」

    目を白黒させる私たちに構うことなく、オルトヴィングはそのまま翼を広げ羽ばたくと、勢いよく空に舞い上がった。
    植物専門が悲鳴を上げたが、多分私も上げたと思う。
    二人して必死でクレスト(背びれのような鱗)にしがみついていた。

    後になって思えばそれは、私が初めてオルトヴィングに乗って空を飛んだ瞬間だった。

  • 4022/05/07(土) 12:37:50

    飛んでいる。

    人の手の届かない、遙かな高空を。

    触れあう肌から伝わる熱と、風の音以外何も無い世界。

    さっき音の壁を超えた時のような暴力的な加速はない。
    大きな翼膜で風を捉え、陽に照らされた大地から立ち上る上昇気流を捕まえて。

    何者にも邪魔されることなく悠然と。
    多分、太古の昔から、この種族はそうやって生きてきたのだろう。

  • 4122/05/07(土) 12:38:37

    どうして私を助けたのだろう。
    どんな思いで私を背に乗せたのだろう。
    狭い箱庭に居られなくて飛び出したこの翼竜は。

    自分の親でも子でもなく、伴侶でもない人間なのに。

    「なんで……」

    涙で視界が滲んだ。
    都合の良い錯覚を抱きたくなくて、封じ込めていた感情が溢れてしまいそうになる。

  • 4222/05/07(土) 12:42:32

    知りたくて。

    お前の心を知りたくて、

    人と竜を隔てる深い断崖の淵から、一つひとつ慎重に確かめるように、対岸のお前に語りかけてきた。



    お前もまた、私には解せぬ竜の意思で、一つひとつ慎重に呼び掛けていた。

    時に食い違い、傷付け合いながらもずっと。



    そうしてずっと向け合ってきた心は、こうして思い掛けぬ時に、思い掛けぬ色を見せてくれるのだ。

  • 4322/05/07(土) 12:43:07

    ――――

    ――――――

    ――――――――

  • 4422/05/07(土) 12:43:48

    毒が回り、意識が朦朧としだした頃、王都が見えてきた。

    空軍の翼竜騎兵が十騎以上編隊を組んで、オルトヴィングを迎え入れた。

    オルトヴィングの飛行訓練に付き合ってくれた翼竜乗りさんの姿もあって、私たちはお互いに手を振り合った。

    多分、不測の事態に備えて警戒しているのだろうが、オルトヴィングは大人しく空軍の誘導に従った。

    王都の端っこの王立総合学術院の敷地と、象徴的な尖塔の群れが近づき、オルトヴィングは広い草原の真ん中に降り立った。

  • 4522/05/07(土) 12:44:44

    「よかった……ほら、さっさと医療棟に行くわよ! 解毒と治療をしなきゃ」

    生態観測所の仲間達が急いで集まってくる中、植物専門に支えられるようにしてオルトヴィングの背から降りる。
    案じるようにこちらを向いたオルトヴィングに手を伸ばすと、そっと鼻先を押し当てるように触れてきた。

    「何してるの! その子は無事に戻ってきたんだから、後で幾らでもお話すれば良いから! 早くしないと死んじゃう……!」
    「……いいえ。多分これが最後なんです」
    「なに、を」

    戸惑う植物専門。
    一際強く風が吹いたかと思うと、背後から声が聞こえた。

    「巣立ちの刻のようじゃの」

    振り向くと、そこには白髪と豊かな白髭を蓄え、ゆったりとしたローブに身を包んだ、穏やかな表情の老魔法使いが立っていた。

    《王立総合学術院学院長》グライスト・ロイエンシュタインその人であった。
    私は掠れ始めた喉で、なんとか返事をした。

    「はい……」
    「望んだ答えは見つかったかのう?」
    「……それは」

    それはいつかの夢の中、ダアトでの会話の続き。
    オルトヴィングの心を知る術を、安易に求めそして諭された私の、『今』を問い掛ける言葉。

  • 4622/05/07(土) 12:46:28

    「いいえ。今も分からないことばかりです。分かったと思い込んでしまいそうな時もあるけれど」

    老魔法使いは静かに耳を傾けてくれた。

    「でも多分、それは獣や竜だけじゃないんです。人間だって同じ事だ。テレパスやサイコメトリーで心を読めたと思い込んでいても、それは相手の心を受け手の感性で定義づけた感情です。相手が発した100%の思いは、本人にしか理解できない。だから、オルトヴィングの心が理解できないのは当たり前のことで……それでも多分私は、理解したくて問い掛け続けて……ああ上手く言葉にならない!」

    心を表現しきれないのがもどかしくて、悔しかった。
    老魔法使いは朗らかに微笑んで言った。

    「幾ら長く生きていも、それに気付かぬ者は存外に多い物じゃ。どうやら佳い友と出逢い、佳い経験を得たようじゃの」
    「――はい。」

    私たちはオルトヴィングに向き直り、学院長はオルトヴィングに手を翳した。
        ドラゴン・ロア
    より古い【竜語】の亜流だろうか? 厳かな調べが紡がれ、空気を震わせる。

    【一つ。街や村に近寄ってはならぬ】
    【二つ。人とその牧畜を襲ってはならぬ】
    【三つ。自らの命が脅かされぬ限り、人と争ってはならぬ】

    派手な現象はなく、だたその手が三度輝いた。

    「以上を遵守し、思うままに生きるがよい。翼竜の王、その末裔よ」

  • 4722/05/07(土) 12:47:15

    「な、何故ですか……?」

    植物専門が呟いた。
    いきなりここで、今生の離別となるかもしれないのだから無理も無い。

    「今までであれば、此奴は人と共に在ることが出来たじゃろう」

    学院長は穏やかな顔のまま、言葉を紡いだ。

    「じゃが、ドラゴン族の炉心機能を獲得し本来の力を取り戻した此奴は、もはや人の隣人としての許容範囲内から逸脱してしもうた。狭い学院、狭い王都を出て、広い空に生きる生き物になったのじゃ。此奴自身もそれを本能で理解したが故に、戒めを引き千切り飛び出していったのじゃろうて」
    「…………っ。」

    もどかしげな、何処か憮然とした表情を浮かべる植物専門であったが、対照的に私の心は静かだった。
    あの日卵から孵った小さな翼竜を見たときから、漠然とこの瞬間を予想していたのだ。
    やっぱり私は、薄情な人間なのかもしれない。

  • 4822/05/07(土) 12:48:31

    また、一際強く風が吹いた。

    「あっ……!」

    翼が大きく広げられ、船の帆のように風を思い切り受け止めた。
    人間のように別れの挨拶をする事も無しに、オルトヴィングは空へと舞い上がる。

    二度、三度と力強く羽ばたき、あっという間に王立総合学術院の敷地を越え、その姿が小さくなっていく。

    「…………。」

    私は何も言えず、ただ毒で霞む視界にその姿を焼き付け続けた。
    遂に体中の力が抜け、草原に倒れ込む。

    慌てて仲間が駆け寄ってきてくれるが、もはや返事もままならない。

    冷たくなっていく身体と対照的に、何故だか心は温かい。
    私の耳には遠ざかるオルトヴィングの咆吼が、いつまでも響き続けていた。

  • 4922/05/07(土) 12:48:48

    【オルトヴィング最終章】【Fin】

  • 5022/05/07(土) 12:50:04

    ――――――








    ――――――

  • 5122/05/07(土) 12:50:16

    ここまで読んでくださった方、お付き合い戴きありがとうございます
    これだけはしっかり吐き出したかった展開なので、書き切れてよかったです

    ※色々な方の設定をお借りしている部分もあります
    ※解釈違いなどあれば申し訳ありません…

  • 5222/05/07(土) 12:50:38

    それから壊れてしまった天馬型ゴーレムですが、技術流出を防ぐために即日、王立総合学術院が捜索し残骸を残らず回収しております
    もしかしたら人形師さんから後で追加購入したかも?

  • 53二次元好きの匿名さん22/05/07(土) 18:02:12

    すごくとても良かったです
    スレ初期から居た身としてはとても感慨深い終わり方というかなんというか……。

  • 5422/05/07(土) 18:23:19

    >>53

    ありがとうございます

    そう言って頂けると嬉しいです……


    当初はここまで長い付き合いになる予定は無かったオルトヴィングでしたが、いつの間にか【生態観測所 職員】というキャラにとっても大きな影響を与えたと思います

    (レウネシアイベより先にこれが来るはずでした)

  • 55竜血喰らい◆uPjPcgD1TZK322/05/07(土) 19:26:37

    乙です。良いお話です。
    きっと竜血喰らいも捜索の手伝いを何処かでしていたかもしれません。

  • 5622/05/07(土) 21:14:37

    >>55

    ありがとうございます


    別働隊として空を捜索してくれていたのか、学術院に残って現場に経験から指示出すアドバイザーとかだったのか……

    一人称視点以外の解像度が深まって楽しいです

オススメ

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