あなたのそばで咲く橘の花のように【SS】

  • 1二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 13:03:04

    史実の競走馬をモチーフにしたウマ娘が登場します。
    それでもよろしければどうぞ。

  • 2二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 13:03:18

    「おう!レース見に行こうぜカレンチャン!」
    いつもの突拍子もないゴールドシップさんの言葉に連れられて東京レース場の最前列まで来てしまった。
    今日行われるレースはNHKマイルカップ、クラシック級のマイルG1レースだ。
    「いやあ、悪いな!急に誘っちまってよ!」
    「大丈夫ですよ。カレンと同じクラブだった子も出るから元々応援に来るつもりでしたし」
    「おっ、マジで……って一番人気じゃねえか!すげえなオイ!」
    なんだか嬉しくなってしまって、つい笑みがこぼれる。

    「ゴールドシップさんだってダービーも近いのにいいんですか?」
    一見そうは見えないかもしれないが、目の前にいる長身の彼女は先月行われた皐月賞を勝っている。
    その証拠に心なしか周りの観客もざわめいている気がした。
    「おいおい、そいつは無粋ってもんだぜカレンチャンよ!アタシの大親友の晴れ舞台なんだぜ!?」
    ちょうどその大親友さんがパドックに出てきたらしく、長い葦毛をぴょんぴょんと跳ねさせながら手を振り始めた。
    きれいな流星が印象的な子で、私たちを見かけると嬉しそうに手を振り返してくれた。

  • 3二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 13:03:35

    そうこうしているうちにレースが始まった。
    逃げを打つ子がいないと予想されたレースは比較的ゆったりとしたペースで進んでいった。
    勝負は府中の長い直線に持ち越された。
    先頭を走る子、そしてその先のゴールを目指して全員が一斉にスパートをかける。
    蹄鉄が芝を踏みしめる音が。
    応援する人たちの歓声が。
    それらが重なり合った地鳴りがどんどん大きくなっていく。

    長い長い直線。
    走っている子たちからすれば永遠とも思えるような時間。
    それも残りわずかというところで。

    一人が弾き出されるように集団から飛び出した。
    しかもゴールではなく、観客席に向かって。

  • 4二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 13:03:51

    接触事故やケガといった単語が頭に浮かんだが、飛び出した子は倒れこむどころかとんでもないスピードで観客席に駆けていた。
    身を乗り出して彼女の走る先を見る。
    誰かが観客席の柵にぐったりともたれかかっている。
    私は目の前の柵を飛び越し、観客席を沿うように駆けた。
    後ろから私の名前を呼ぶゴールドシップさんの声が追いかけてくる。

    その場所に私がたどり着くころには飛び出した子がもうすでに駆け寄ってきていた。
    「トレーナーさんっ!」
    悲痛な叫びとともに彼女が手を伸ばそうとする。
    「揺らしちゃダメ!」
    ビクッと彼女は手を引っ込めて振り返った。
    私と同じ葦毛の髪がふわりと広がる。
    「ゆっくり横にさせて!絶対に頭を揺らさない様に!」
    私の指示に彼女がこくこくと頷く。

    人でひしめき合っている観客席では横たえるのは難しいと思い、二人で協力してターフ側にトレーナーを引っ張りこむ。
    口元に手を、胸に耳を当てる。
    息も脈も異常は見られない。
    ただ呼び掛けても反応はなかった。
    その間も彼女は真っ青な顔のまま自分のトレーナーを見つめていた。
    救急車を呼ぶためにスマホを取り出す。

    「アタシの背中に乗せな!そっちのが早い!」

  • 5二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 13:04:06

    私に追いついたゴールドシップさんが声をかけてきた。
    一瞬迷ったがこくりと頷く。
    ゴールドシップさんはニッと笑うと乗せろと言わんばかりに背中を親指で示した。
    私たちは慎重にトレーナーを乗せ、出走者の出入り口に飛び込んだ。
    地下通路を駆け抜ける。
    スマホで119番に連絡する。
    その間も彼女は自分のトレーナーの手を握り続けていた。

    「声かけてやりな」
    ゴールドシップさんが背負ったまま語りかける。
    「手だけじゃなくてよ、自分の声でも引っ張り上げてやるんだ」
    握っている手にさらに力が籠ったように見えた。

    「トレーナーさん、大丈夫ですよ」
    彼女がゆっくりと口を開く。

    「私がずっとそばについてますから」
    それはまるで自分にも言い聞かせているようで。

    「だから……」
    声が震えている。

    「だから行っちゃやだよお……」

    病院に着くころには彼女の目は真っ赤に泣き腫れてしまっていた。

  • 6二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 13:04:22

    幸いにも彼女のトレーナーの命に別状はなかった。
    それでもしばらく入院することになるらしい。
    翌日、果物の入った籠を抱えた彼女とばったり出会った。

    「あっ、カレンさん!」
    人懐こい笑顔で駆け寄ってくる。
    「トレーナーさんのお見舞い?」
    「はい!意識が回復したって聞いていてもたってもいられなくて」

    籠の中はオレンジなどの柑橘系のものばかりだった。
    「これから暑くなるのでさっぱりしたもののほうがいいかなあと」
    「うん、きっと喜んでくれるよ」

    柑橘の山の麓にメッセージカードが一枚添えてあった。
    書いてある内容につい目を細めてしまう。

  • 7二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 13:04:37

    また一緒に走りましょう!
    ずっとずっと、待ってますから!

    シゲルスダチ

  • 8二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 13:05:02

    2012年のNHKマイルカップ、その出走馬の一頭であったシゲルスダチをモチーフに書きました。

    上記のレースで彼は鞍上の後藤騎手とともに転倒してしまいます。
    馬というのは集団で走る生き物なので大体の場合そのままほかの馬について行ってしまいます。
    しかし、シゲルスダチはその場から動かず、うずくまった後藤騎手を案じるかのようにそばを離れませんでした。
    その姿はたくさんの人の心に残ったと思います。

    2年後の2014年の奥多摩ステークスでシゲルスダチは故障を発生し、安楽死処分がとられました。
    重い故障であったにもかかわらず、当時鞍上であった武士沢騎手を振り落とすことはなかったそうです。

    シゲルスダチは私がウマ娘、そして競馬というコンテンツに触れていなかったら知ることのなかったうちの一頭だと思います。
    少しでもたくさんの人にシゲルスダチという子がいたことを知ってもらえれば幸いです。
    そして馬と騎手双方とも怪我無く走り切ってくれるよう心から祈っています。

  • 9二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 13:10:29

    このレスは削除されています

  • 10二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 13:13:39

    すみません、特定の騎手に対する誹謗中傷なので削除させていただきました……
    色々思うところもある方もいらっしゃるかもしれませんが、ご理解ください……

  • 11二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 15:39:07

    スダチと後藤騎手のエピソード好きだったから嬉しい
    泣ける話をありがとう

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