- 1二次元好きの匿名さん22/05/09(月) 03:15:18
「ウマ娘は走る為に生まれた」とはなんともクソッタレな言葉だと思う。少なくともオレにはあてはまらない言葉なのは確かだ。
走ること自体は嫌いではない。だがそれで競い合うために日々鍛錬する、なんてことはまっぴらごめんだった。オレは独りでいい。誰かと走るなんてことはするつもりはない。
そう思っていた。
トレセン学園に半ば強制的に入学させられてから2週間ほどたった。
懐かないオレのことを疎ましく思っていただろう立場上保護者だった親戚たちにとって、寮制のあるウマ娘専用の学校は厄介払いには最適だったのだろう。所詮ただの人間とは相容れないものだ。
とはいえ、同じウマ娘とも仲良くやるというのはできなさそうだった。できるのならこんなところで仮眠をとってはいない。
今は授業真っ最中の時間なので、広大な学園内にある緑地には誰もいなかった。オレを探し回る教師の気配もない。ここがたまたま見つかっていないだけか、それとも諦めたのか。
「ねみぃ…」
くあ、とあくびをこぼす。特にやることもなく、ひたすら時間がたつのを待った。授業だけでなくこの学園にいること自体を早く終わらせたかった。
なぜなら自分は別にレースに興味はない。なんなら勝ち負けにもだ。喧嘩の勝ち負けの方がまだこだわりがあるかもしれない。興味のないものに己の時間を割くのが嫌なのだ。
かつて出会ったウマ娘に何となく相談したら、そいつは気持ちの悪いものをみるような目で見てオレを睨んで吐き捨てた。「おかしい」と。走ること、競うことはウマ娘の本能だと。
その感覚がわからない。確かに世間から見たらオレはウマ娘として異常なのかもしれない。だがわからないものはわからない。走る意味も、競う意味も、己が納得できる理由を見出せていない。
そんなこんなで、ヒトとも相容れないが同士であるはずのウマ娘との折り合いもいままでよろしくなかった。いまだにクラスメイトとも、気弱そうなルームメイトととも、最低限の会話しか交わしていない。
この学園はひどく居心地が悪い。走って競うことが当たり前であるという意識が充満する世界。親戚の家もたいがいだったが、そこに戻ること以上にこの学園にいることが我慢できない。
こうしてサボり続ければ、いくら寛大な学園サマといえど何らかの処分をせざるを得ないだろう。その日だけを期待しながら、今日も惰眠を貪っていく。 - 2二次元好きの匿名さん22/05/09(月) 03:37:06
寮に帰る直前に教師に見つかり、もう何度目になるのかわからない説教を受けた。相手もこちらが右から左に流し続けているのがわかっていたのだろう。「実家に連絡させてもらう」と吐き捨ててさっさと指導室を出ていった。
今は教師陣が対応しているが、そのうちもっと上が出しゃばってくるのだろう。そうなればいよいよ最後通牒というわけだ。退学までの確かな手ごたえを感じて、無意識に口角が上がった。
ただ、そのおかげで寮への帰宅が随分遅くなってしまった。近くに頼れる宛も金もないのだから帰る場所はここしかない。食堂の方角から食事の匂いが漂い始めている。オレにとって寮は食べて風呂入って寝るための場所だが、正直現時点では楽しみは食事くらいしかないので夕飯時には間に合うように帰宅していた。もっとも、同室のウマ娘はいくら帰りが遅くなろうが別に何も言ってはこないだろう。最初の顔合わせの時に睨んだのが効いたのか、気弱そうなそいつはそのあとは話しかけてこなくなった。
4月はまだ日が落ちるのがやや早い。空は半分赤く、もう半分は紺に染まっていた。くあ、と本日何度目かのあくびをこぼし時、種族柄聞こえの良い耳が小さな話し声を拾った。
「あぁ…?」
耳を立てて音を拾うのに集中する。音源はどうやら寮の中ではなく外のようだ。入口から見えない側面の、影になっているスペース。
足音を立てないように移動し、角からその場をのぞき込む。
ウマ娘が二人いた。一人には見覚えがないが、もう一人は比較的よく見た顔だった。
気弱で小柄なルームメイトだった。
「何それ。バカにしてんの?」
「ち、ちが…ごめんなさ…」
「模擬レースに勝ったからっていい気になんないでよ。こっちはデビューするために毎日練習して、トレーナー見つけるのに必死なんだよ」
「……」
「負けたのは百歩譲って仕方ないとしても、負かされたアンタから『別に勝つ気はなかった』なんて言われてこっちがどう思うかわかんないの!?」
「ご、ごめんなさい…別にバカにするつもりじゃ…」
「勝つ気がないなら学園にいないでよ!そんなのウマ娘としておかしいじゃん!」
ーーーーーーあんたおかしいよーーーーーー
遠い記憶の誰かの声と、目の前の光景がリンクしたように思えた。
- 3二次元好きの匿名さん22/05/09(月) 03:52:26
「そこまでにしとけよ」
だからだろうか。つい声をかけてしまったのは。
二人のウマ娘が同時にこちらを見た。小柄なルームメイトははっとした顔でこちらを凝視している。
二人のすぐそばまで大股に歩いた。ルームメイトに詰め寄っていたウマ娘は最初こそ怪訝な顔で睨んでいたが、近づくにつれてその表情が歪む。同年代のウマ娘と比べて己の体格が大きいことは自覚している。こういった場面ではそれは良い武器になるってことも。
「な、なによあんた…」
「そいつのルームメイト。部屋に鍵忘れてよ、そいつがいねえと入れねえんだわ」
「い、今は私らが話して」
「知るかボケ。いいから失せろ」
そう低くつぶやくと、相手から「ヒッ…」という声が漏れた。そのまま何も言わず、こちらをキッと睨んで速足で寮の敷地外へと去っていく。どうやら『美浦』のやつだったようだ。わざわざこちらまでご苦労なことで。
少しして隣…正確には下から、はぁ…と息が漏れるのが聴こえた。緊張の解けた音だとわかった。
顔合わせ以来、久しぶりにそいつを間近で見た気がする。黒鹿毛の髪が風に揺れる。まっすぐこちらに向けられた瞳は、弱々し気に見えてまっすぐ光っていた。
「ありがとうございます。助かりました」
「別に。早く部屋のカギを開けろ」
「は、はい」
慌てて鞄からキーケースを取り出すルームメイトの腕をつかむ。
「へ?」
「ちょっと部屋で話そうぜ」
おそらく自分の顔はなかり意地悪な表情をしているのだろう。おびえる瞳に、先ほどの輝きはなかった。
- 4二次元好きの匿名さん22/05/09(月) 04:19:55
夕飯の時間までまだ余裕があった。ちょっとした話をするくらいの時間が。
それぞれのベッドに腰かけて対面する。改めてルームメイトの姿をまじまじと見る。肩にかかるくらいの黒鹿毛と、ウマ娘にとっては不利とみられかねない小柄な身体。気弱な気性。何もかもがオレとは反対に見えた。
「さっきの話だが」
声をかけるとその肩が大げさに跳ねる。心なしか震えている。普段なら――それこそ喧嘩をしている時には――気を良くするところだが、どうにもそういう態度でいられるのが落ち着かなかった。なぜオレが気をもまなければならないのかと辟易しながら、極力声から威圧感をなくすことに努める。
「本気で言ったのか?あいつに」
「え?」
「勝つ気はなかったってよ」
「……」
あげられた頭がまた項垂れていく。
「僕は…」
「あ?」
「僕は、皆と競うってことが苦手で、自分だけが勝つ…勝ってしまうというのにもいつまでも慣れなくて…」
「……」
「そんな自分を変えたくてトレセン学園に来ました。でも、いつまでも勝負の雰囲気についていけなくて」
「でも模擬レースで勝ったんだろ」
「手を抜くこともしたくないんです。やるなら全力で走りたい。でも…」
「レースに出るってことは、一人の勝者と大勢の敗者が決まるのは当たり前だろうが」
「そう、ですよね……結局、一緒に走った子たちを怒らせるような言葉も言ってしまった」
瞳がせわしなく動いている。体格も相まってまるで迷子の子供のようだった。
誰かの姿が重なったことには気づかないふりをした。
「あの子の言う通り、僕はウマ娘としておかしいんでしょうか」
- 5二次元好きの匿名さん22/05/09(月) 04:34:01
ポツリとこぼされた言葉は、切実さに溢れている。
「ウマ娘は走る為に生まれた」。まるで本能や宿命とでも言うように、一度走れば先頭でゴールすることへの執着を捨てられない。
走りたい。勝ちたい。でも何のために?誰のために?
きっと、今トゥインクルシリーズで活躍しているやつらはその理由を見つけられたのだろう。ぶれない心を持つものは強い。でも理由がないのなら、こいつのように生来の性格と軋轢を生んで苦しいだけだ。
まるで心が二つあるかのようだった。理由もなく本能の赴くままに走るなんて、まるで知性ある動物と変わらないではないか。
なんともクソッタレな宿命だ。それに例外なく自分も蝕まれている。その事実から目を背けて今までやってきた。きっと他のウマ娘たちには理解されないだろうという諦観とともに。
だからこそ。
目の前の黒鹿毛に手を伸ばす。
手の影でそれに気づいたルームメイトが体を後ろにずらしたが、体格差の前には無意味だった。
反射的に目をつぶったそいつの頭を、わしゃわしゃと撫でる。
さらりとすべる黒い毛が妙に心地よかった。
「あの…」
「別にいいんじゃね?」
「へ?」
「勝利が目的でなくてもよ。ただ走りたいっていうだけでここにいても」
「あ…」
「無理に勝ちたいって、思う必要ねえだろ」
「…あなたも、そうなんですか」
「まあな。正直レースにも勝利にも興味はねえ。ただ」
「……?」
「お前のことは、なんか気に入ったぜ」
「ふぇ?」
間抜けな声に思わず噴き出してしまった。
ああ、久しぶりに笑った気がする。
- 6二次元好きの匿名さん22/05/09(月) 04:34:13
「強制的に入学させられて、ぶっちゃけ早くやめてえなって思ってたけど。お前がいるならもうちょっといてもいいかもな」
「え、あの、そんな理由でいいんですか?僕なんかが」
「元々特にやりたいこともなかったんだ。理由はくだらなくてもいいだろ」
「はあ……」
「同じ『何のために走るのかよくわからん』もの同士、まあ、よろしくやろうぜ」
撫でていた手を降ろし、そのまま差し出した。
ぽかんとしていたルームメイトは、少し間をおいて控えめに笑った。
恐々といった様子で、そっと手を握り返してくる。
「……で、さっそくだけどよ。もう一回お前の名前を教えてくんねえか?」
「え、忘れちゃったんですか?」
「ぶっちゃけちゃんと聞いてなかった」
「そんな…まあなんとなくそんな感じはしてましたけど」
おかしそうにそいつがまた笑った。きっと自分も同じ顔をしているのだろう。
本当に久しぶりに、愉快な気持ちになれている。それが続く限りは、この学園を楽しむのもいいだろう。
オレの走る意味が見つかるのか。そんなものはないのか。
その答えがわかるまで。
「では改めまして。僕はエリモダンディーと言います」
「オレはシルクジャスティス。よろしくなダンディー。あとタメ語でいいぜ」
さて、まずは飯でも食おうか。
- 7二次元好きの匿名さん22/05/09(月) 04:35:00
仕事再開が嫌すぎてつい勢いで書いた。
こっから先は有志に任せる。 - 8二次元好きの匿名さん22/05/09(月) 04:37:43
何ならジャスティスとダンディーについて語り合うスレにしてもらっても構わない
正直勢いで投稿したのでこっから先をまるで考えていなかった
それでは