- 1迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/16(月) 23:37:26
このスレは「ここだけダンジョンがある世界の掲示板」の番外編みたいなものです。
イベントとは名ばかりのSS投稿スレ。
感想・合いの手などはご自由に書き込んで下さい。
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？？？「ぼくらの国を完成させよう！」
あっ────ふたりとも！！
行かなくちゃ…◾︎◾︎◾︎さんと◾︎◾︎◾︎さんが行ったところに……助けるために！！
【────迷子スキルの位置情報が消えた！】
【迷子スキルの斧と掲示板スクロールが置き去りになっている…】
【接続が途切れた…】
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【概要】
本スレ96レス
で向かった長期護衛依頼の土産話。ここだけダンジョンがある世界の掲示板 第1430層｜あにまん掲示板https://bbs.animanch.com/board/576869/前スレhttps://bbs.animanch.com/board/575538/脳内設定スレhttps://bbs.ani…bbs.animanch.comまたは、本スレ https://bbs.animanch.com/board/627594/?res=175 で語られた『欲張り少年と財宝の国』という童話に出てくる、財宝の国のお話。
一万八千文字を超えたので(当然とはいえ)泣く泣くイベスレを立てました。
- 2迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/16(月) 23:40:22
■■■
────死して滅び、なおも輝く欲望郷は栄え続く。海底へと人知れず引き摺り込んだ多くの人々の絶望と生命を苗床にして。世界の底で空虚な悲劇と栄華を積み重ねる迷宮。
───けれど、欲望と妄執渦巻く支配領域《ダンジョン》にとって誤算となったのは、ついに"救済者"が踏み込んできたことであろう。
"欲"持つものの天敵たる、欲望ごと侵入者を呑み込む蟻地獄。
世界の底で浅ましく犠牲者の骸を貪る餓鬼畜生が集う黄金地獄。
我執と妄執に囚われたダンジョンマスターが座する玉座《ダンジョン》……【財貨狂王の無限墓標】とでも冠すべき血塗られた海底迷宮。
偉大な男が一代で築き上げ一夜にして滅んだ王国。民すべて死に絶えた亡国にて、融たしたダンジョンコアに生かされてひとり残った王。
衝合の悲劇に狂った王《ダンジョンマスター》から始まる連綿と続く悲劇────際限なく膨れ上がる欲望の連鎖を打ち砕くもの、ついに至れり。
世界の理から外れた異能、変異固有スキルで迷い続ける人生を定められた少年は、まるで導かれるように秘匿された亡国廃墟の深奥に辿り着く。ありとあらゆる行動を罪科として縛り付ける《支配領域》内で、”罪人”とならぬ正しき行動と誠実な選択を採り続けた。
絶望を斬り裂く"爪《きぼう》"を胸に宿し、ちいさな身体に大いなる勇気を携えた、愚直なまでに誠実なこども。
憧れを心に燃やし、眩む黄金に曇らぬ青空の瞳の少年こそが汚泥の如き黄金の支配領域《ダンジョン》を終わらせる存在。
未だ覚醒せず眠れる異能なれど、その身に宿るはすべての執着としがらみを解きほぐすもの。
刮目するがいい、死せる黄金の欲望郷に囚われしすべての存在よ。そのスキルの真名は──── - 3迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/16(月) 23:41:02
『訣別の時来たれり、其は解放者なり』！
《アンリミテッド・プリズンブレイカー》！
■■■ - 4迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/16(月) 23:43:57
ダンジョン名：財貨狂王の無限墓標
難易度：ＳＳ級（概念系ダンジョンと考えられるため）
【とあるギルド職員の備忘録】
迷子スキルとその師匠である烈斬が長期護衛任務から帰還した。
以下はその報告書と、二人に同行している謎の生物（通称：ムササビ）から提出された思念マテリアル結晶から抽出されたテキストデータの一部。
長期護衛任務依頼主の関係者とともに、秘匿されていたダンジョンに繋がる≪ゲート≫に偶然アクセスしてしまう事故に遭遇し、強制転移させられた迷宮から脱出した経緯が記されている。
仮名：【財貨狂王の無限墓標】の内部調査を行うべきである。
【報告書】
日 時：●●．△△△．◾◾◾️
依頼者：ゴールデン・ウィーン氏
概 要：セントラリアから●●地方北東に位置するウィーン私有地間往復路の護衛
受注者：上級冒険者〈烈斬〉キルガ・シザーズ
同行者：下級冒険者トテフ
成 否：成功(※ウィーン氏記名押印済みの依頼完了届添付有り)
備 考：ウィーン私有地滞在中に、ウィーン氏の実子２名と共に下級冒険者トテフが遭難する事態発生。不在期間は２時間程度だが、遭難者３名とも遭難期間は数週間に渡ったと証言。個別に聴取を実施したが証言内容に矛盾なし(※別紙「聴取録」を参照)
実子２名と下級冒険者トテフは、経路不明ながらウィーン一族が長らく封じていた迷宮ダンジョンにアクセスする「何か」と接触し、不運にも転移させられた迷宮にて遭難、最終的にダンジョンマスター及びダンジョンコアを無力化し脱出に成功したとの報告。
走り書き：下級冒険者トテフの変異固有スキル「次元遊離型位置不定」により遭難したか？
戦闘力や技能、特殊能力等、変異固有スキル以外に特筆すべき点がない一般的な少年下級冒険者であるトテフが、ダンジョンマスター及びコア無力化できたという内容は非常に信ぴょう性に欠ける。
遭難者３名を欺き、現在も活動中の可能性がある上記海底ダンジョンについて調査部隊派遣するよう申告。 - 5迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/16(月) 23:44:51
【X・ウィーンの証言】
ウィーン一族には代々伝えられている御伽噺があるの。あたしたちのご先祖さまは黄金の王国に行ったことがあるんだって。そのおかげでウィーン一族は栄えたっていうね。
黄金の国のことを誰にも言っちゃダメって言われてたらしいんだけど、ご先祖さまは約束を破っちゃった。黄金の国のことを家族に話して行き方を書き残しちゃった。そしたら、突然苦しみだしてそのまま死んだんだって。約束を破った嘘つきだから魂を持っていかれたんだってみんな言ってるよ。
誰に言われてたのって？御伽噺には書いてなかったからわかんない。でも……きっとあの王さまが言ったんじゃないかな。金色の髑髏の……。
【身震いが止まらなくなったため、精神鎮静効果のある音楽を流す】
…ふう、ごめんなさい。落ち着いたから続きを話すね。その話を聞いた一族の大人たちは、ご先祖様が死んじゃったのを見ても、約束を破らなければ大丈夫だからって、ちょっとくらい危なくたって、こんなにすごい財宝が手に入るなら……ってその黄金の王国の財宝を欲しがったの。ご先祖様ひとりが持ち帰ったほんの少しの財宝で、大商家になれたんだもの。
もっと、もっとって欲しがったってしょうがないよね。その欲しがる気持ちがあるから、人間はいろんな道具を作って、魔法を生み出して、文明だって築いたんだよ！
だけど……この御伽噺では、それが間違っていたっていうの。
求めちゃダメ、知ろうとしてもダメ、そうでないと何もかも奪われるんだって。
そんなの無茶苦茶だよね？だって、求めるのも知ろうとするのも人間の強みだよ！
それでね……大規模な調査団を派遣したんだって。でもね、ひとりしか戻ってこなかったらしいよ。そのひとりも目と耳が潰れてた。こっち側に戻るために自分でそうしたらしいよ…、そうしなかったら黄金の王国に取り込まれてただろうって……。
怖いところだから誰も入らないように、何も出てこないようにいっぱいいっぱい封印して、少しでも知っちゃうと連れていかれるから情報を消して無かったことにして……子孫のあたしたちにだけ間違えないように、ほんの少しだけ情報を御伽噺に変えて残したって、そんな言い伝え……。 - 6迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/16(月) 23:45:44
【Ａ・ウィーンの証言】
せっかく別荘に着いたのに、どこにも出かけないで大人たちずっと話し合っててヒマだったんだ。だから去年の夏にこっそり作った秘密基地で遊ぼうってＸとナイショで別荘を抜け出したんだ。去年帰る直前にたまたま見つけて秘密基地の中に隠した、ぼくらの頭くらいの大きさの黄色い石をいい感じに飾り付けたかったからね。
途中で勘づいたトテフが追いかけてきて「心配かけるから戻ろう」って言ってくるから、邪魔するな、帰れって追い返して……黄色い石を見ながら「ぼくらの国を完成させよう」ってＸと話してたところまでは覚えてる。
───気づいたら細かい意匠の金細工で出来た祭壇の前にふたりで立ってた。
羽が生えた優しい顔の巨大な女性像が無数に置かれていて。神々しいはずなのに、ギラギラした黄金で出来てたからなのかな。なんだか禍々しく感じたよ……。
それで、形はギロチンに似てるけど、ぼくたちが博物館で見たよりずっと大きくて、黒い何かで汚れた分厚い刃が頭の上にあった。
普通なら逃げなくちゃいけないって思うよね。
……その時のぼくらは、なんでか逃げようって思えなかったんだ。ぼくたちは罪人なんだから裁かれなくちゃって思ってたんだ。悪いことをしたら王様に怒られるのは当たり前だって……。
でもね、後ろから走ってきたトテフがぼくらの手を掴んで連れ出してくれたんだ。こんなおかしなところまで追いかけてくれたんだよ。
……走り出した背後で何かが落ちるすごい音がして……トテフが来てくれなかったら、きっとあの刃で……強く握られた手や、引っ張られた肩が痛かったけど、そんなことよりあの迷宮の方が怖かった。トテフの言う通りナイショで別荘を抜け出すんじゃなかったって……
【しばらく嗚咽が続く】 - 7迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/16(月) 23:46:42
…(略)…
ぼくらはどこもかしこも黄金色の迷宮の中をさまようことになった。
トテフはすごい街並みだって驚いてたような気がするけど……ぼくはそれどころじゃなかった。金色の魔物がそこら中うろついていたんだよ？ぼくもXも戦うなんてできっこなくって、トテフの後を必死になって追いかけるので精いっぱいだった……。
トテフがあそこに行こう、これはしちゃダメっていろいろ言ってくるのに必死で従って……今じゃ、もう何を言ってたかぜんぜん覚えてないけど、きっとトテフがダメって言ったことをしたら、御伽噺にあったご先祖様や調査団のように死んじゃってたってことだけは分かるんだ……。
そうやって逃げ回ってたけど結局スケルトンに捕まっちゃって、モンスターたちに囲まれる中で数週間も捕虜にされたんだ。それだけじゃなくてしょっちゅう精神をおかしくされてたけど……トテフが正気に戻してくれた。
ぼく、初めて会った時はトテフのことバカにしてた。ぼくより小さくてほそっこいじゃん。馬車移動の護衛に雇ったおっかない大男の影に隠れるように引っ付いてる小判ザメって思ったんだもの。足手まといだって思ってたんだ……、ぜんぜん違った。とても勇敢で、冷静で、泣いてるぼくらをずっと励ましてくれた……。自分だって震えてたくせに「絶対に連れて帰る、自分を信じて」って、まっすぐな目で言うんだ。あんなに小さいのに、冒険者ってすごいんだね。
頭をおかしくされた時も、トテフがぎゅって抱きしめてきたらおかしな感覚もどんどん抜けていって……
……え？どんな風におかしくされたかって？
財宝が欲しくて堪らなくなるんだよ。ぼくはそんなものより早く家に帰りたいのに、急に目の前にある黄金を奪いたくなるんだ……。王国の中にあるものは全部金ぴか。土も草も、建物も食べ物も、服だって……まるで人間みたいに暮らしてる魔物も金色なんだよ。
わかる？溺れた人が酸素がほしくて浮上しようと暴れるみたいに、強烈に目の前の魔物をどうにかして「財宝」として持ち帰りたくなるんだ。自分じゃどうしようもない衝動に突き動かされるんだ。ハハ…訳わかんないよね。 - 8迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/16(月) 23:47:26
ぼくは理解したよ。ウィーン一族に伝わる御伽噺で自分から目と耳をつぶしたって人のこと……そうしないと建物を壊したり、魔物を殺そうとして「罪人」になっちゃうんだ。
王さまは国でいちばん偉い。
罪を犯したら裁かれる。
王さまが決めたルールを破ったら、”もう王さまに逆らえない”。
王さまが「死刑」って言えば、それが絶対なんだよ。ぼくらがギロチンの下に立っていたのも、「罪人」だったからだろうね。
トテフが手をつかんだら、どうしてか「罪人じゃない」ことになったみたいだけど……。 - 9迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/16(月) 23:48:23
【下級冒険者トテフの証言】
…(略)…
はい、そうです。お二方が家を抜け出そうとしてるって、ほかの冒険者の方から教えてもらいました。ほかの護衛の方は勝手に配置から離れることはできなくて、その時自由に動けたのは自分だけだったんす。
呼び止めてお部屋に案内するか、危険がないようお二方についてるようにお願いされたっす！帰れって追い返そうとされましたので、ふたりに気付かれない距離からついていきました。
木片をロープで繋いで屋根と壁にした小屋？でしょうか。その中でふたりが何かを話していたのを見ていたのですが……突然ふたりがパッと消えてしまったのです！
「助けなくちゃ！ＡさんとＸさんのところに行かなくちゃ！」って叫びながら駆け寄ったら、自分も黄金で出来たの大きなドーム型の部屋に飛ばされていました。…なんでここにいるのか、ここはどこなのかって気にするより、とにかく早く二人のもとに行かなきゃって必死で……
……え？意識が曖昧になるような異常があったかって？うーん……特にそういうことはありませんでしたが……。
ピカピカの大通路の中をひたすら走ってたら、ＡさんとＸさんがギロチン台に登って刃を留めてる縄を外そうとしているのを見つけたんです。慌ててふたりの手を掴んで台の上から引っぱろうとしたのですが、ぴくりとも動かなくって……自分は確かに冒険者さんの中では力が弱いですが、斧を投げるくらいの腕力はあるっす！それなのにどんなに引っ張っても腕も、頭も、体も揺れなかったのは明らかにおかしいであります！
そうしている間も、ふたりともギロチンの縄を外そうとしていて……一生懸命ふたりに話しかけながら手を握って止めようとしていたのですが、唐突にカチコチだった二人がぐんにゃりとなったっす。石像みたいだったのが、人間の体に戻ったような……
その時なんて言っていたか？「二人とも緊急避難であります！」って叫んだような……？緊急事態です、はやく逃げよう、危険だって言いたくてごっちゃになったのをワーッと言ってたのは確かです！なんで力が抜けたのかはよく分からないっすけど……ギロチンの縄が外れそうだったのでそれどころじゃなくて、慌ててギロチン台から飛び降りてその部屋を後にしました。危ないところだったっす！…… - 10迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/16(月) 23:51:36
……(略)……
その大通路は天井が見えないくらい高くて、全力で走っても端から端まで１分はかかるくらい広いものでした。見たことないような華美な調度品や像、絵画が並んでいて巨大な扉が両側に鎮座していたっす。通路の先が見えないくらい長くて、扉も同じくらい無数に並んでいました。その中でいくつか少しだけ開いている扉がありましたので、まずは安全地帯を確保するために扉の中に入りました。
その中には城下町のような建築物が広がっていたっす！
セントラリアの王都くらい広くて立派だと感じました！ただ、金色の魔物がたくさん闊歩していまして……。武器を置いてきてしまって手ぶらの自分は戦えません。ＡさんもＸさんも魔物を相手にしたことはありませんし、大変青ざめていました。
もし、武器が手元にあったって、あの数の魔物さんと戦うのは自分じゃできません……、戦闘は無理だと判断して、刺激しないようにコソコソ移動していたのですが……ゾンビオークっぽい何かに叩き潰されそうに……あっ、いえいえ！鎧を着たスケルトンさんが助けてくれたので無事っすよ！
そういえば、ゾンビオークさん以外の魔物さんはこちらに気づいたら追いかけてきたり大きな声で吠えたりしましたけど、逃げたら襲ってこなかったっす。攻撃しなければ大人しい魔物さんだったのだと思います。
それどころか身振り手振りすればなんとなくコミュニケーションを取れる方も多くて……武器を持ってなくて、最初から戦おうなんて思わずにいたことが功を奏したのかもしれません。
いえ、ゾンビオークさんには殴られそうにはなりましたが、巡回していた兵士スケルトンさんが助けてくれましたし……。
そうですね…、自分の感想ですが、金色の魔物ですけど「王都の住民のように」市民として暮らしているように見えました。
落ち着いて観察すると、洗濯物を干しているワームさんや、ゴーレムさんが立つ店先で貨幣らしきもので買い物をする蜘蛛のモンスターさん、果実を抱えたコボルトさんとゴブリンさんが並んで走って行ったり……。
モンスター同士で噛み付いたり殴り合っている方もいましたが、槍を持った鎧スケルトンさんが止めに入ってどこかに連れていかれたりしていました。
見た目が金色の魔物で、こちらを見ると寄ってきたり怖い声で吠えたりしてきますけど、それ以外は普通の人みたいだと思ったっす！ - 11迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/16(月) 23:52:52
言葉が通じなかっただけで、きっと「見ない顔だけど何処から来たの？」とか「こっちにおいで！」とか、そういう親切な住民の方と同じようなことを話しかけてくれていたのかもしれません……。
自分たちの手を繋いでる兵士スケルトンさんがカタカタと顎の骨を鳴らして何か聞いてきている風でしたので、自分たちは迷子になってしまったこと、このダンジョンから出て家に帰りたいことをお伝えしました。
そうしたら宿のようなところに案内してくれて……
……(略)……
……それで、身振り手振りで黄金の国の皆さんの仕事を手伝いながら、帰る方法を聞いて回ったところグレートリッチさんが「王様にお願いしなさい」って教えてくれました。
ノイズが多くて大部分は聞き取れなかったのですが、たぶんそんな感じのことをおっしゃっていたと思います！
そこで王様に会うためにお城の門番さん、えっと、リビングアーマーさんが門番を勤めていて…リビングアーマーさんに尋ねたら「正式な手順で拝謁の申込をする必要がある」って羊皮紙を……
……(略)……
────こうしてダンジョンマスターさんにお会いできたのであります！！ - 12迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/16(月) 23:53:32
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- 13迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/16(月) 23:53:57
【思念マテリアルからの抽出データ】
【しわがれて掠れた、小さな歌声が再生された】
……金銀財宝、未知の開拓、知識に名誉に栄誉、強者との闘いを求める者よ、強欲なる者はその欲望で身を滅ぼすだろう。
此処は金貨王と呼ばれた男が人生を掛けて築き上げた王国。一代にして比類なき栄華を極め、一夜にして滅んだ海底廃墟《ダンジョン》である。
恐れよ、財を求めるもの。絶望せよ、知を求めるもの。思い知るがいい、未知の探求者───冒険者ども。
死してなお我執に囚われる暴君は、おのが国から財宝を盗み出さんとするものを許さない。たとえ木の枝一つ、砂粒一粒であろうと、国《ダンジョン》を解き明かそうとすることすら我らが陛下は御許しにならぬ。
何一つ記すな、何も求めるな、記憶すること能わず。
為せぬというならその身には財宝のひとつとなる末路だけが待ち受けている。
我らが陛下は、この欲望郷に侵入する恥知らずな盗掘者の死をお望みだ。
お前たちの首を並べ、肉体を飾り、骨を編み、魂を蒐集し、積み重ねた知識と技能と不死性すら養分に、流れる血は黄金を罪深く彩るだろう───
【再生終了…】 - 14二次元好きの匿名さん22/05/17(火) 00:00:31
◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎
- 15迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/17(火) 00:02:03
【どこか龍の気配がする思念が再生される】
金色の髑髏。豪奢な狒々金色のベルベットに金糸の刺繍、白い毛皮で作られた、王者が纏うにふさわしいマントを羽織るこの異形こそが、迷宮の主。
その頭蓋骨から伸びる捻じれた角を飾り立てるように絡みつく意匠の、煌びやかな王冠を戴くべき唯一の存在───衝合の悲劇に狂い果てた王であった。
王《ダンジョンマスター》の思考は狂っている。
彼は守るべき国民を喪い、人類に牙剥く迷宮の主となった。だというのに、未だに己は王であると誤認しているのだ。
我が国民を蘇生しなければ。我が国を妬み盗み出そうとする侵入者を排除せねば。信頼する優秀な側近たちに指示を出さねば。
あれを、これを、それを、その次の次の次には───休む時も止まる時も我が身にありはしない。とかく我が国を富ませ、防備を固め、永遠に栄えさせるのだ、と───
迷宮の主、人間の王、最早どちらでもない。狂気に侵され、正常な判断を手放し、身も心も異形と成り果てたかの王は、かつての世界で本来ならば歴史に名を轟かせただろう伝説的な魔法剣士だった。
神話に謳われるような冒険の果てに仲間たちと共に楽園を築いた冒険王であった。
罪なき者たちが笑って暮らせる黄金郷をつくるという青臭い理想を、理想のまま叶えてみせた偉大なロマンティスト────その成れの果てが【財貨狂王の無限墓標】である。
彼は成り果てた後も、豪華絢爛な玉座を通しダンジョン内に膨大な魔力を循環させ、斃れた国民たち《ダンジョンモンスター》の魂を蘇らせ続けている。一夜にして滅んだ悪夢を否定するために、幾度も、幾百も、幾千幾万幾億数えきれないくらいに、魂が擦り切れるほどに腐り果てた輪廻を繰り、散り散りに千切れた因果の糸を紡ぎ続けている。
………憐れなものだ。そして存在を許してはならぬ。これ以上無辜の人びとを犠牲にせぬよう討伐された方が世のため、そしてあやつの為となろう。 - 16迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/17(火) 00:05:08
悲劇に歪まされ、永久の妄執と我執に囚われた男。
守るべき筈だった無数なる民の魂ごと自縄自縛に苦しむ哀れな君臨者。
既に取り返しの付かない悲劇を否定するためだけに無数の悲劇を生み出し続ける邪悪なダンジョンマスター。
その生を繋ぐことに意味はなく、求める結果は既に塵屑へと還った。どうしようもなく救えず、どこまでもむなしく終わっており、ただ害をばら撒くだけの無為な存在よ。
だが────狂いに狂い果てたといえども、彼という存在の核には「罪なき者が笑って暮らせる国」を造り上げんとした偉大な冒険者が居る。
だからこそ、ダンジョンマスターは玉座へと歩み寄る小さな人影に何の手出しもしない。
脅威たる武器ひとつ持たず、欲に目が眩んで財貨を奪おうとすることなく、探索のためと嘯いて城壁や街路を破壊することなく、我が臣下や民たちに襲い掛かり損なわせることもなく、此処まで至った咎なき者にどうして罪科を科せよう。 - 17迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/17(火) 00:08:28
その玉座の間は、豪華絢爛の一言がふさわしい空間だった。天井のシャンデリアは七色に輝く宝玉と水晶で造られている。幻想的な七色の輝きが、黄金の城壁をよりまばゆく煌めかせている。壁にはいくつもの大きな旗が垂れ、中央に敷かれた狒々金色の絨毯。その最奥中央に拵えられた、天井まで続く豪奢な玉座に腰掛ける存在の威厳を増幅させていた。
左右に控えるは様々な異形の種族のたち。百の武官と百の文官、王の傍近くに侍る近衛兵からなる行列だ。悪魔、竜人、鎧騎士、マンティコア、昆虫族、ゾンビ、悪霊……目が回るような力を感じさせる禍々しい存在たちが並んでいる。
その者たちが無言で闖入者を見つめてくる。視線の圧力が物理的な重さを持って押し寄せてくるようだった。
───それでも、少年は足を止めることはなかった。
「こんにちは、ダンジョンマスターさん」
どこにでもいそうな幼い外見の少年は、異形の骸骨と化した王へ、緊張でうわずらせながらも声を掛けた。輝く青い瞳が美しいこどもである。
ただしき手順で来訪した礼儀ある者に、王への不敬を咎める謂れなし。幼き者の行儀の拙さをあげつらうなど、王に相応しい振る舞いに非ず。
狂いながらも"王“であり続ける死に損ないは、こどもの嘆願に静かに耳を傾けた。
「お願いです。自分、お家に帰りたいっす。待ってる人がいるんです」
黄金の耀きにも劣らぬ一対の青空が王の空虚な眼窩を見つめる。かつて王が救いたいと願った人々と同じ咎なき少年は、より無力なこどもを背に庇いながら大いなる勇気と智慧を振り絞って、此の場への拝謁へ至った。
国法を犯すことなく、民を脅かすことなく、国を漁り回ることなく。誰も傷付けず、何一つ損なわないただしき選択を、愚鈍にも似た純真さゆえに選び続けたという奇跡。
求め、欲し、探る冒険者という存在を必ず殺す《支配領域》の中を、致命的なまでに冒険者に向かぬ才覚と性格ゆえにスルリとすり抜けた────少年が成し遂げた偉業を正しく理解する者は此の場にはいない。
《 …… 咎 なき 者 よ 王 の 権限 にて 帰還 を 赦す 》
「………！ あ、ありがとうございます！！」
王の赦しを得た少年は喜色も顕に感謝の言葉を述べる。感情豊かにして、生命溢れる可能性に満ちた存在だった。 - 18迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/17(火) 00:10:27
黄金に彩られた空間の中で、唯一異なる色彩が───青い瞳の輝きが、既に破綻し、摩耗した王の情動を揺さぶる。
（───そうだ、王≪余≫は斯様な者たちが進む未来を造らんと国造りに励んできたのだ。栄華を誇る豊かな国はあくまでも添え物。本当は、明日が来ることを誰も不安に思わない、そんな理想郷を造りたかった。
痩せ細り、使い潰され、生まれてきてよかったことなんか一つもないと暗い顔で俯く人々。
路地裏で力無く横たわり、孤独に息絶えていく子どもたちを救いたいと涙したことがすべての始まり───）
既に無い筈の心臓を衝くような衝撃と共に、このように"人"と語らい合うはいつぶりであっただろうか、と王の思考に正気が戻る─── - 19迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/17(火) 00:12:24
【 ────少年の異能が狂った王の我執を優しく解きほぐしていく。
未覚醒にして未だ眠る変異固有スキルであれど、世の理を逸脱する特異なる能力だ。かすかに滲み出る残滓ですら、王を雁字搦めに縛る狂気《しゅうちゃく》を昇華させていく。
現実改変ではない、洗脳でも、暗示でもない。ただ、心を縛る澱みをそっと解く。
其れはそういうものだった。
攻撃ですらないのだから、王に剣向ける反逆の大罪にも成りはしない──── 】 - 20迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/17(火) 00:15:05
《還る 場所 か……
余 は 其れ を 喪って 久しい
護らん と した 此の国 は 見目ばかり 調えた 廃墟
我が民 我が臣下 は 余 の 繰り人形 でしか ない》
狂王が己の支配領域の惨状を正しく認識し、弱音にも似た言葉を口にした。その凄まじく非現実的な奇跡を少年だけが知らない。
少年は冒険者に向いていない。無防備すぎるほどに善性を信じ、相手の見目に左右されず良くも悪くも分け隔てがない。だから、こんな事を言える。
言えてしまった。
王の繰り人形に過ぎない臣下や、絶対王にかしずく国民ではけして口にすることができない言葉。理想郷たる国が滅び、ただ一人だけ生き延びてしまった罪悪感を抱えるがゆえに、王が自身にけして赦すことができない選択肢を。
「それなら…、ダンジョンマスターさんも帰りましょう！」
《……如何 に して ？
余 の 故郷は 此の通り とうに 滅び 果てた》
「分かりません…自分には分からないっすけど、他の冒険者の方に相談すればきっとどうにかなります！
だから自分と一緒にギルドに行きませんか？依頼を出せば皆さんが解決してくれるはずっす！」
それは"永久に囚われ、永遠に苦しむ王"を殺すまごころの剣。
"狂気たる領域支配者"に終焉を齎すラグナロクの息吹。
死に損なった者の元にようやく訪れた死神の大鎌。
「助けてってお願いしましょう！」
誰も知らず、王自身にすら判っていなかったけれど、本当は初めから求めていた赦しの一言。誰かに助けてほしいと望んでいた孤独な王に垂らされた蜘蛛の糸。
ひとり取り残され、幾千年を越える時を孤独に耐えて、耐え続けて、耐えられてしまった哀れな男───彼のためだけに唄われる、優しい滅びの言葉であった。
《 ────余 に 玉座を 降り 冠を 載せる 首を 垂れよと 申すか » - 21迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/17(火) 00:16:18
《 慮 外 者 め 》
- 22迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/17(火) 00:18:09
───その言葉の強さに反し、ひどく優しい声でそう告げた王は、ゆっくりと立ち上がる。慌てふためく少年を意に介した様子もなく、玉座に繋がる黄金色の階段まで歩を進めた。
王はこの迷宮の主。
玉座を通して滅んだ国を再生し続けるダンジョンマスター。王は玉座《ダンジョン》から離れることはできない。離れてしまえば、たちどころに海底廃墟は崩壊してしまうからだ。
この黄金の王国は、王ただひとりに支えられて成り立つ薄氷の国家だった。
《 だが…… 赦そ う》
《 余が 真 に求め ていた ものに 気付かせた 功 に 免じよ う 》
王は、狒々金色の絨毯を踏みしめ、玉階の頂点から階段の手前で膝をつく少年を見下ろす。黄金の指先が持ち上がり、己の頭部から王冠を持ち上げた。
王が王たる標、王権の証明そのもの。
海底ダンジョン【財狂王の無限墓標】のコアである。
終わらぬ黄金色の悪夢と、続く悲劇連鎖の象徴だ。
それを───、王は手放した。 - 23迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/17(火) 00:21:42
「うわぁっ！？」
その暴挙に反応したのは少年だけだった。
背中にしがみつくこどもたちは恐怖にうずくまって震えていたし。
左右に控える百の武官と百の文官、そして王の傍に侍る異形の近衛兵たちは、空っぽの操り人形でしかなかったからだ。
玉階の頂点から放り出された王冠をとっさに受け止めようとした少年だったが、その指先に触れそうになった瞬間に跡形もなく消え失せた。王子の愛を胸に泡となった人魚姫のように、儚く、呆気なく光の粒子となって消滅する。
驚きの表情で固まる少年を見下ろしたまま、王は語る。
長年背負い続けた苦役を下ろした者の声音に似ていた。疲れ果てた老人のような、けれどどこか清々しい響きがあった。
《 黄金の 王国 余 の 国は 正 しく滅び る
…… この 顛末 を 余人 に 伝え ると よい 》
残酷な悲劇に狂い、理想が潰えたことに耐えられず、孤独に生き延びた罪悪感に苛まれ───空虚な我執と破綻した妄執に囚われた王《ダンジョンマスター》。
少年と接触したことで、「何故だか」正気を取り戻した彼は、自ら滅ぶことを選んだ───一代にして国を築いた偉大な英雄は、そうすることを望んだのだ。
求め、探り、征服せんと欲抱く者を殺戮する王の絶対支配領域でありながら、ダンジョンコアと己を分離する。それだけで崩壊する脆弱な迷宮であった。
そもそも、数千年も研鑽を積み重ねた卓越した魔法剣士である王の技量で無理に存続させていただけで、この迷宮自体が衝合の影響で倒壊寸前だった。
だからこそ海底廃墟と名づけた────始めから滅びるべき存在だったのだ。
《 ああ……罪を 重ね すぎ た もはや 贖うこと も 叶わぬ »
《 余の 理 想は地に 堕ち 自ら 血で 穢し て しま った
愚か な 余を 愛し い民 は ……… 仲間 は 王と 戴く こと も なか ろうな »
凪いだ声音で紡がれるその懺悔を、少年はじっと聞いている。
迷宮の主がダンジョンの存続を放棄したことで、左右に控えていた武官、文官、近衛兵の行列は糸が切れたように力無く倒れこんでいた。無限と錯覚しそうなほど広大な王国が、火を灯した紙片のように急速に崩壊していく。
あるべき形に戻り、すべてが砂塵と帰すのだろう。 - 24迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/17(火) 00:25:01
王は二度目の滅びを悼むように、悔いるように静かに受け容れている。威風堂々とし、威容に満ちた立ち姿───それだのに、どこか泣いているようにも見えた。
「あの……ダンジョンマスターさん。自分、遅すぎるってことはないと思います。今からでも……諦めて足を止めちゃったら、そこで何もかもおしまいっす！自分、手伝います！力になります！だから───」
緊張に冷や汗を流していた少年の姿はどこにもない。少年は、涙する者を励まそうと───聞きようによっては諦観になど沈むなと叱咤する言葉を口にした。
崩れ、色褪せ、濁っていく黄金の光景の中で唯一、鮮烈なまでに透き通る青の瞳は何を思い返しているのか。敬愛する師匠と出会ったとき、不屈のこころでその背を追い続けたという記憶を見ているのだろうか。
退廃し、絶望と悲劇が充満する、滅びこそが正しい場所にあってなおも、ひたむきなまでに希望の輝きが宿っていた。
《 ………ふ、 »
《 そうか そうだ な…… 斯様な 考えで は 彼らに 怠慢を 謗ら れよう な ……ならば 朽ちる 身であろうと も 贖い を 為さねば …… 》
王冠を喪った黄金髑髏は、豪奢なマントを引きずりながらゆったりと階段を降りゆく。
ぽかんとした顔つきで見上げる少年と同じ高さまで降りてきたダンジョンマスターは、目線の高さを合わせるように膝をつくと、慎重すぎるほどに、世に二つとない貴重な玉宝を差し出すのような繊細さでそっと問いかけた。
《 最期 に 聞かせてくれ 咎な き 者 よ
…… この国 は どうで あったか 》
少年は青の瞳を大きく見開くと、一度閉ざし。
そして無邪気な笑みを浮かべた。
「この国のみなさんはとっても親切で、楽しそうに暮らしていました！
明日が来ることを心から信じてて、明るい顔で前を向いていて、みんなで一緒に明日を良いものにしようって笑っていました！
誰も飢えてなくて、誰も苦しんでなくて、困ったり悩んだりすることはあっても、そうやって笑い合うことができる国───
───とても素敵なところです！！」
《 そうか… » - 25迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/17(火) 00:27:09
黄金の王国に住まう者たちはすべて王の操り人形だ。民《ダンジョンモンスター》はとうの昔に擦り切れ果てて自我を喪っている。生前の振る舞いを繰り返し再現させているだけの、空しい人形遊びにすぎない。
だが、言い換えれば、滅ぶ前の王国の光景そのものではあるのだ。
《 余の 国は …… 俺たちの 国は 理想 郷で あった か 》
咎なき者、愚直なまでに誠実な者、眩いほどに疑うことを知らぬ者。
幼き者、無力な者、悪意を前に身を守るすべを持たぬ哀しい人々。
王は彼らを救いたかった。無惨な死体を抱き締めて涙したあの日から理想のために駆け抜け続けた人生だった。
狂った迷宮の主となり、己の理想を血で穢し、取り返しのつかない罪を積み上げてきた「罪人」なれども。
遥か遠き過去に、仲間たちと共に築き上げた王国が体現した理想だけは、決して嘘偽りのない真実であったのだと────
《 ありがとう …… 其の方の 往く道先に 幸いの 在らん ことを 》
砂塵となって崩れるまでのわずかな瞬間、黄金髑髏の顔に柔和な顔立ちの「かつての冒険者」の名残が蘇る。
少年の背後で少年の服を掴んで離れない子供ふたりは恐怖で目を固く閉ざしていて、折れ重なるように倒れる臣下は既に機能を停止していた。
その慈愛のほほえみを瞳に映したのは青空の瞳の少年だけだった。
「───はい、行ってきます！！」
憧れと浪漫を胸に、希望を燃やして煌めく瞳と共に力強く放たれた宣言。
それと共に黄金の王国は砂塵と帰した。 - 26二次元好きの匿名さん22/05/17(火) 00:30:44
■■■■■
- 27迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/17(火) 00:31:54
【とある高原/秘密基地】
「げほっ、げほげほ……」
「ザヴィ！トテフ！大丈夫か！？」
「うん…ここは……」
トテフと２人の子どもは、気付けば見覚えのある小屋の中に座り込んでいた。ウィーン氏の別荘がある高原、街道から外れたところにある森中に作った、子どもたちの秘密基地だ。
灰色に変色した黄色のかなめ石がまっぷたつに砕けているのを見て、豪奢にして豪華絢爛、眩い金銀財宝に満ちた美しくも恐ろしい迷宮から脱出できたのだと胸をなでおろした３人だったが───
「…ヒッ！」
「あ、あれは……岩石ハーピー…あっちには魔鋼ガーゴイルが……」
「う、動かないで！気付かれたらひとたまりもありません…」
こどもたちの上空には複数の魔物が飛空していた。運悪くモンスターが近くに寄っているときに秘密基地の中に転移してしまったらしい。
幸い、まだ気付かれていないようだったが、経験の浅い下級冒険者に素人２人である。撃退どころか、気配を殺すような器用なこともできない。
「ヒッ…ヒッ…ヒィッ……」
「だいじょうぶ、ザヴィ、ぼく、ぼくもトテフもいる、いるから…」
そして、つい先ほどまで数週間も黄金迷宮に囚われていた子どもたちの精神が限界を迎えつつあった。張りつめ続けていた緊張の糸が切れてしまったこともそうだが、安全地帯に戻ってこれたという安堵を裏切られたことで、精神負荷の限界水位を超えそうになっている───過呼吸に近い呼吸音を繰り返すザヴィに、彼女を宥めようとするアイレス、両者ともにほんの些細な刺激で精神の均衡が決壊し、パニックに陥ってしまうだろうことは誰の目にも明らかだった。
（ふたりとも限界です！どうすれば…！補助術・ぽかぽか魔法で緊張を和らげる方法は、ダンジョンマスターさんに会う前にガチガチの二人に掛けたから、魔力が足りない……それに、ガーゴイルは魔力反応に敏感な種もいるって本で読みました…！
黄金の王国で様子がおかしくなった二人にした、抱きしめて背中をたたきながら揺らす……二人同時には宥められないし時間がかかりすぎるっす！それに音を立ててしまう！
時間が足りない！早くなんとかしなくちゃ！自分は冒険者なんだから……！） - 28迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/17(火) 00:36:45
「ムサッサ……」
「……！ムササビさん…、そうだ、ムササビさんは自分を掴んで飛行できましたね。二人運ぶのは大変かもしれませんが、自分が囮になりますのでその間にムササビさんはお二方を安全なところに運んでください！」
「ムサ！？ サビサビッ！」
「シッ…！ムササビさん、お願いです。自分はなんとかしますから、二人のことを、どうか……」
【ゴトンッ】
瞬間、空気が凍った。
血の気が完全に引いたアイレスは、自分の肘に当たった灰色のかなめ石を見下ろしている。サヴィは極限まで目を見開き、飛び出しそうな悲鳴を無理矢理両手で抑え込もうと呼吸まで止まっていた。
───瞬間、トテフは秘密基地の中を飛び出した。
「こっちだ！自分を見ろ！あっちには何もないのでありまあああす！！」
わざと大声を上げて魔物の注目を引き寄せる。ムササビが安全なところまでふたりを連れて逃げてくれることを信じて、別荘とは正反対の方向目掛けて駆け出した。
これまでの依頼で積み重ねてきた経験と知識を総動員してひたすら逃げ回る。少しでも時間を稼ぐために。ふたりが別荘に戻れば二人の異常な様子を見て騒ぎが起こるだろう。そうすれば。師匠なら、絶対に駆け付けてきてくれる────それがトテフの精神を支える唯一の希望だった。
助けが望めない海底迷宮と違って、子どもの足で辿り着く距離にある高原であれば師匠なら無いも同然の距離だ。雄たけびと共に漆黒の爪で切り裂いてくれるだろう────
「待って！トテフ！！」
（───え？）
「置いてかないで！！」
思わず振り向いたトテフの視界に、恐慌状態のサヴィとアイレスが枝をかき分けて走り寄ってくる姿が見えた。同時に、ハーピーとガーゴイルが二人に凶刃を向けている様子も───
子どもの二人に咄嗟に合理的な行動を求めたのはあまりにも酷というものだった。迷う暇も説明する猶予もなかったとはいえ、数週間も魔物に囲まれるという過酷な環境に晒されたふたりを励まし、身を張って守り、支えてくれたトテフに「置いて行かれる」ことは、到底耐えがたく、この上なく恐ろしいことだったのだから。
彼らは死にたくない一心で、自分たちを恐怖から救ってくれるトテフ《安全》を求めて、縋りつくように後を追いかけてきてしまったのだ。 - 29迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/17(火) 00:38:20
「………ッ！！」
トテフは反射的に引き返すと、逡巡なく自分の体で覆い隠すようにして二人を押し倒す。
ハーピーとガーゴイルが鳴く不協和音が近づいてくるのに硬く目蓋を閉ざし、次の瞬間に来るであろう痛みと死を覚悟して歯を食いしばり。
そして─── - 30迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/17(火) 00:40:08
「──トテフ、テメエこのバカ野郎がァ！！」
──────彼の希望《烈斬》が、漆黒の”爪”で絶望《魔物》を切り裂いた。 - 31迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/17(火) 00:44:04
「少し目を離したら何だこのザマはァ！敵から目を逸らすんじゃねェ！揃いも揃って死にたがりどもが！！」
怒りで紅潮した鬼の形相の大男───トテフの師である《烈斬》は吼えながらも、目にも止まらぬ早業で寄り集まってきた魔物を片端から斬り捨てる。岩石と魔鋼という硬さを誇る魔物を、まるで木っ端を断つかのような容易さで切り刻んでいた。
群れが切り崩されている異常事態に気づき逃げ出そうとするハーピーの一部すら、意識が逃走へと向かったその一瞬の隙で”爪”の餌食になり、血しぶきをまき散らしながら細切れの肉片と化していった。
「生きてるんなら足掻け！死ぬまで抗え！くたばってもしがみつけ！！お行儀よく死ぬ方法なんざ教えたつもりはねェぞクソが！！」
筋骨隆々の凶悪な男が激しく激昂する。
鋭い鷹の眼差しは殺意に満ちて轟々と紅く燃え盛っている。大きく開かれた口腔には獣の牙のように尖った歯がずらりと並び、”爪”で切り刻んだ獲物を喰らい尽くすかのようだった。
血に酔い、闘争に狂乱し、激情に駆られるまま手当たり次第死を撒き散らす怒り狂った凶相。
何も知らぬものが見れば、鮮血色の殺戮者にすら見えるかもしれない。
けれど。
トテフにとっては。
「ししょおぉ～……！」
この世の希望の体現者、世界で一番の英雄《ヒーロー》であった。 - 32絶望職員◆8iqOl1NXqg22/05/17(火) 00:45:36
「それでこそ……それでこそ、希望というものだ……。良い、良いぞ───烈斬！」
- 33迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/17(火) 00:47:59
子ども二人を守らなくてはと迷宮の中で張り詰め続け、黄金の主に身一つで対峙する難行を果たし、不安にさせないため努めて明るく振舞い続けた───これまでの負担が一気に押し寄せてくる。
（───もう大丈夫だ）
（師匠がいる───）
へなへなと力が抜けて、座り込んだまま立ち上がれなくなった。身体の中心から気張るための芯を引っこ抜かれたように、腑抜けになってしまう。
「オイ、トテフ…テメエ、俺に断りもなくほかの連中の言うことなんざ聞きやがって……おかげでテメエを探し始めるのが遅れただろうが。二時間も不在にしやがってふざけるなよ……」
魔物を八つ当たり気味に殲滅しても、まだ気が済まないのか食いしばった歯の隙間から唸るように言い募る烈斬。しかし、座り込むトテフの顔を見ると口から流れ出る呪詛のごとき文句が止まった。
「……トテフ」
彼は、ボロボロと涙を零す弟子の顔を目を丸くして見ていた。
怒気が抜けた様子の大男はそろそろと手を伸ばして、丸い頭をぎこちなく撫でようとする。烈斬が知る弟子の泣き止ませ方はそれだけだ。人の慰め方というものを知らない男なのである。つい先刻まで易々と岩石の魔物を断ち切っていたとは思えぬ、こわごわとした手つきだった。
「しっ……ししょおおお〜！！」
とうとう堪え切れなくなった少年は顔中をぐしゃぐしゃに濡らしながら飛び付く。烈斬の威迫に気圧されていたザヴィとアイレスも、トテフに釣られるように烈斬の胸元───正確にはトテフの背中に───しがみついた。
「うォ！？ て、テメエら離れやがれ！ 鬱陶しい！」
烈斬の突き放すような言葉にザヴィとアイレスはビクッと身体を震わせたが、彼らが縋るトテフがますます烈斬の胸元に強く抱きつくのを見て、さらにギュッと身を寄せる。
その様子に悪態をつく烈斬であったが、その相貌には途方に暮れたような力無い表情が浮かんでいた。三人の子供に勢いよく飛び付かれても烈斬の体幹はびくともしない。鍛え上げられた屈強な肉体からすれば何の障害にもならない。
けれど────
「…ォア…、……テメエらいい加減に……ヴゥ……」
泣きじゃくる子供たちは、その心胆に大いなる動揺をもたらしていた。絶望にも理不尽にも怯まず、むしろ怒りを激らせて対峙する烈斬───彼は泣いてしがみついてくる子には勝てぬ人間の方に分類される男であった。 - 34迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/17(火) 00:51:28
目を白黒させしどろもどろと無意味な動きを繰り返していたが、一度息を深く吸い込み、深く吐き出すと三人ともまとめて抱き上げる。烈斬の長い腕と広い胸板は、片腕で子供たちを容易に抱き抱えることを可能としていた。もう片腕で"爪"を構え直して位置を調整すると、腕の中にチラリと視線をやる。
「……あー…、まあ……よく頑張ったな…」
烈斬は三人が海底迷宮に飛ばされていたことを知らない。魔物に襲われた護衛対象を身を擲って守ろうとした心意気を誉めた、その程度のつもりだったのだろう。
だが、長く心細い思いをしたおさな子らは、その言葉を掛けられた途端に一斉に泣きじゃくり始めた。
それも当然だろう。安心できる場所で、頼れる大人の腕の中に守られて、帰ってこれたのだと実感し───ようやく大きな声を上げて泣くことができたのだ。
至近距離で泣かれた烈斬はひっくり返った声でウワアーッ！？と叫ぶ。驚き慌てふためいて大の大人が情けなく右往左往していた。
その様子を眺めて、すべてが一件落着したと息を漏らす。
・・
吾輩が付いているゆえ、たとえ烈斬が間に合わずとも少年らは無事であったろう。岩石や魔鋼程度ならば、この脆弱な牙であってもどうにかなる。
しかし、この身はかつて始祖にして真なる龍、惑星の命を持つ神格だったもの。零落し力の大半を喪った身といえども世の理から多少外れた存在に変わりない。
人が成長し生きる道往きに多々手出しをすればどうしたって歪みは出てしまう。吾輩は己の思う通りに子を操りたいのではない。孤独の呪いに等しい変異固有スキルが発現した子が己の足でしっかと立ち、己の意思で人生を歩む様を見届けたいと望んでいるのだ。
困難は人の手で乗り越えるべきだ。それらを糧にして、子は成長するのだろうから。
だから───烈斬、あの男が間に合ったことは幸いであった。 - 35迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/17(火) 00:54:30
───とはいえ、あの海底迷宮に踏み込んだのには流石に肝が冷えた。
あの空間は王が定めし道理から外れた者は「罪人」として縛られる。吾輩もその道理からは逃れられぬ。ゆえに、ただのかよわいムササビとして力の一端すら使うことは叶わなかった。
迷宮内で魔物が群れをなして近寄り、爪を向け、牙を剥き、恐ろしげな咆哮を放ってくるという時に、剣を抜かず、魔力を練ることもなく、害意を抱かず、鎧で身を守ることない無防備な状態で親しく挨拶を返すような冒険者はいまい。
さような者がいれば、早死にを避けられぬだろうから冒険者を辞めろと善意から強く勧められるであろう。
だが、そのような理不尽を通さねば「人」として受け容れてもらえぬ。「黄金の王国」とはそういう領域であった。
求め、探り、征服し、奪う。
冒険者の本懐すべてを否定する、冒険者殺しのダンジョン。【財貨狂王の無限墓標】とでも冠すべき海底廃墟。
……子にとっては、恐ろしく相性の良いダンジョンであり、また、奇跡的なまでに運が味方し、ダンジョンマスターと上手く噛み合ったからこそ戦うことなく王自ら滅びを選ぶという結末を迎え、五体満足で脱出できた。
何かひとつでも過てばここには戻ってこれなかっただろう。
（それにしても、あの時……）
思い返すは狂気渦巻く王が正気を取り戻した瞬間のこと。
あの感覚には覚えがある。ありとあらゆる攻撃を受け付けないという無敵なる竜種。卵を奪われまいと怒り狂うワイバーンが、底が抜けたように唐突に激情が消失した時と同じだ。
少年の変異固有スキルは、愛も憎悪もひっくるめにした執着の持ち主から永遠に引き離され、次元の迷子となる”放浪者”という概念。その何歩か手前の状態にある不安定なスキルだ。
（次元を繋ぐ孔と縄を視る吾輩にすら微かにしか感じ取れぬ……だが、確かに異能の気配がした……王の狂気、執着に作用したのか───？）
しかし、執着に反応したというのならば、あの王の支配領域からは少年は脱さずにいた事実との辻褄が合わない。すべてを置き去りに、ただ流離うばかりの異能ならば在り得ないことだ。
（やはり、子の異能は変化しつつある……あるいは、本来の権能が別にあるということなのか……？） - 36迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/17(火) 00:56:17
思考を巡らせるも、情報が足りない。そもそも黄金の王国という領域がイレギュラーな空間であったのだ。絶対にして綻びる寸前という矛盾を数千年も繰り返した、完璧にして破綻しきったダンジョン。そのような中にいれば、子の未発達な異能にも何らかの影響が及んでもおかしくはない。
（考えたところで詮なきことよ───それよりも、今は）
地を軽やかに蹴って飛空し、未だなんとか泣き止ませようと悪戦苦闘する不器用な男の頭に飛び乗る。
下から轟く怒号を丸っと無視し、人の歩む未来に想いを馳せながら高らかに一鳴きした。
「ムササビィ～ッ！」 - 37迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/17(火) 00:56:34
（fin）
- 38迷子スキル◆u6S3.q9sUU22/05/17(火) 00:57:38
これで迷子スキルがダンジョンの中に迷い込んでしまい、がんばって脱出するまでの土産話SSはおしまいです！
読んでくださってありがとうございます！ - 39二次元好きの匿名さん22/05/17(火) 01:05:26
お疲れ様でした
連投規制は強敵でしたね…… - 40絶望職員◆8iqOl1NXqg22/05/17(火) 01:10:57
お疲れ様でした！
とても面白かったです！
「ク、クク……。
これこそ正に絶望に囚われぬ希望の光、そして絶望を切り裂く希望よ…。素晴らしい…なァ……。
これ程の希望を見られるのなら、職員生活も苦ではないというものだ…」 - 41妹◆oTg.M3LAFs22/05/17(火) 01:17:31
なるほど…そんなことが…
【確かに妙だね、ただ束縛から解放される能力ってだけじゃ成し得ない事だった筈… 今ですら神にも手を余す権能。予測不可能な事態…特に凶事を引き起こさなければ良いけれど…（と、思案、しかし親愛なるお兄ちゃん達と目があうとニッコリ微笑んで手を降った）】
（超大作執筆お疲れ様でした！）