(SS)青雲と桜の、名無き日の思い出

  • 1二次元好きの匿名さん21/09/25(土) 23:08:50

    (※架空設定あり、注意。)
     これは誰もかもが語ることのできない、少し昔の話​───。

     芦毛の大逃げウマ娘がトレセン学園に入学する、少し前の夏。
     義祖父の畑仕事の手伝いも終わり、一人隣町へ釣りに出かけていた。
     ド田舎に暮らすセミの声は鳴り止まらない。常に聴こえるノイズは、ウマ娘の過敏な耳にしつこく響き続けた。
     猛暑日炎天夏、36°C。北海道とは思えない暑さの中……​───陽炎か、目眩か。視界がボヤけ、意識が少しずつ遠のいていった。


    「​───あの…大丈夫、ですか…?」

     …誰かが呼んでいる。
     目を開くと、一人の幼い少女が、空を覆い隠すようにして私の顔を覗き込んでくる。
     顔はボヤけて見えないが、白いワンピースに麦わら帽子を被った姿は、お花畑のお姫様のようだった……

  • 2二次元好きの匿名さん21/09/25(土) 23:10:15

    「んん…あっ、私もしかして気絶してた…?」
    「ひゃあ!?」

     少女は私の声に驚きつつも、その場から動かなかった…と、いうよりは動けなかった。
     隣町公園の木の下にあるベンチ。気づいたら私は、見知らぬ少女の膝の上に頭を載せて寝ていたのである。
     マジか。

    「す、すみません…道端に人が倒れているからビックリしちゃって…」
    「そうだったんだー…ありがと」

     熱中症か……いずれにしても、この暑さだと釣りは中止かなぁ。っと、立ち上がって歩こうとしたが、足が、思うように進まない。

    「……っ!?」

  • 3二次元好きの匿名さん21/09/25(土) 23:10:38

    >>2

     フラついて、尻もちをついた。もう少し、休んだ方がいいか…?などと考えていると、少女がこちらに語りかけた。


    「…私の家、すぐそこなんです。少し散らかってますけど、お茶くらいなら出せますっ。体調が良くなるまで、どうぞゆっくりしていってください」


     ……知らない子の家に上がるのはどうなんだろうか。しかし、この子の言う通りだ。

     今の身体では、とてもこの暑さを一人で帰ることはできないだろう。


    「……君の家まで、どのくらいあるの?」

    「はいっ、この公園からは歩いて三分かからないんです。ここで休むよりは、そっちの方がいいと思って…」


     自力で歩けないような状態、素直に頼った方がよさそうだ。


    「じゃあ、お願いしちゃうね……肩、貸してくれる?」

    「はい!」


     小さい身体ながら私の右腕を肩にかけ、しっかりと支えてくれた。まだ幼いのに、とても健気で真面目な子だと思った​───

  • 4二次元好きの匿名さん21/09/25(土) 23:11:30

    >>3

     クーラーを付けたばかりの彼女の部屋は外より幾分も涼しく、火照った身体が落ち着いていくのを感じた。何より、意識がハッキリしている。思考がクリアだ。

     ……それにしてもすごいいい家だ。少ししか見てないが、広い庭に広い玄関、高そうな花瓶。今寝てるベッドも、さっきの幼い少女には大きすぎるほどに豪華な代物のように見える。

     『部屋が散らかっている』と言っていたが、とんでもない。見える限りでは何かが床に散らばっていたり、机の上にものが置いてある様子もない。隅々まで掃除が行き届いている。……ウチとは真逆だ。


     正直言うと、あの後ベッドに寝かせてもらうまでほとんど意識が朦朧としていた。あのまま家に帰ろうとしてたら、本当に危なかったな、うん。

     …元気になったらすぐ帰ろう。こういう、お高いお家の匂いって慣れないんだよね。

     そこへ、コン・コン・コンと優しいノックの音が聞こえた。


    「入って…大丈夫ですか?」

    「いやいや、君の部屋でしょ!?いいよ気にしなくても!」

    「お、お邪魔します…」

  • 5二次元好きの匿名さん21/09/25(土) 23:12:00

    >>4

     お盆に麦茶とタオルを載せた少女が、恐る恐る入ってきた。自分の部屋に。

     茶髪のおかっぱにちょこんと立ったウマ耳…この時点で初めて、私は彼女がウマ娘であると気づいた。

     そういや尻尾もしっかり生えてる。本当に気づかなかった。


    「君、暑さに強いんだね…北海道でこの暑さ、滅多にないよ?」

    「そうなんですか?…多分、帽子を被っていたので」

    「そっかー……」


     ベッドから起き上がり、テーブルに置かれた麦茶を飲みながら尋ねてみる。


    「ところで、君の親御さんはいいの?」

    「?」

    「いや、いきなり私を家に上げちゃって大丈夫なの?お父さんやお母さんに伝えたりしなくていいの?」

    「あ、そういうことなら大丈夫です!いつもお家には一人でいるので!お母様たちが日本に帰ってくるのは…だいたい一〜二ヶ月に、一回くらいですね」

    「はえ〜」

  • 6二次元好きの匿名さん21/09/25(土) 23:12:45

    >>5

     ……こんな綺麗な家に、一人で過ごしてるのか。てことは、家事も掃除も、庭の手入れも。全て一人で……?お手伝いさんとか、いないの…?

     考えだした途端スケールの大きさが意味わかんなくなり、脳がグワァンとなにかに押し出されたような不思議な感覚になった。わけわかんないぞ。


     ​───帰ろう。ここは涼しいが、それ以上に頭が疲れる。水分も摂ったことだし、日向を避けて走れば多分帰れる。

     何よりこの子には、これ以上迷惑をおかけするわけにはいかない気がした。


    「……うん、もう元気になったかな。……お礼も出来なくてごめんね、急いで帰るよ。」

    「元気になりましたか?えへへ、良かったです。玄関までお送りしますね」

    「ありがと」

  • 7二次元好きの匿名さん21/09/25(土) 23:13:25

    >>6

     ​───釣り具を背負い、玄関までお見送りをしてもらった。

    「帰り道、分かりますか?よかったらそこまで……」

    「いや、大丈夫大丈夫。今日はありがと」

    「はいっ。お気をつけてくださいね」

    「……うん、そっちもね」


     彼女に手を振り、ドアを閉めてすぐに駆け出す。

     ……あんな世界の子がいたのか。多分だけどあの子は、この辺でも有数のお嬢様学校に通ってる優等生さんだ。私とは違う、『なるべくして』トレセン学園に入学するような、未来に植えられた大華の種だろう。


    「……あの子の名前、聞いてなかったな」


     太陽が焦がす道路の上を、差し込んでくる光を避けるようにして、駆け抜ける。



    「あのお姉さん、キレイな走りだったなぁ……お名前、聞けばよかったな」

  • 8二次元好きの匿名さん21/09/25(土) 23:14:48

    >>7

    ​───この日の出来事を、語るウマ娘はいない。

    ​──​─一人は、弱みを隠すため。

    ───一人は、人助けという当たり前を飾らぬため。

    ​───当事者だと名乗り出る者は、存在しない。

    ───彼女らはまさしく、この学園で「はじめまして」なのだから。

  • 9二次元好きの匿名さん21/09/25(土) 23:18:16

    >>8

    終わりです

    河井晴菜さんのサンプルボイスセリフが完全にフラワーだったので、つい書き殴ってました

    牧場が北海道だったり、フラワーの親が外国産持込馬だったりと、その辺の小ネタを勝手に盛り込みました


    サンプルボイスは可愛いからみんな聴け(豹変)

    河井晴菜 | VIMS -ヴィムス-www.vims.co.jp
  • 10二次元好きの匿名さん21/09/25(土) 23:18:41

    いいじゃないですかあ……!

  • 11二次元好きの匿名さん21/09/25(土) 23:22:20

    こんな場末の掲示板に投げるだけじゃなくてpixivにあげて欲しい……

    素晴らしい作品ありがとうございます

  • 12二次元好きの匿名さん21/09/25(土) 23:24:39

    声優のサンプルボイスなんてあるんだ、知らなかった

  • 13二次元好きの匿名さん21/09/25(土) 23:52:16

    これはいいフラウンス

  • 14二次元好きの匿名さん21/09/26(日) 11:50:32

    好き!!

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