- 1二次元好きの匿名さん21/09/26(日) 00:04:20
天皇賞(秋)、彼女は周りを置いて更に加速した。ゴールではない、もっとずっと遠い場所まで──
レースを走り、ゴール盤を先頭で駆け抜ける。そこで見る景色にはいつもトレーナーがいた。彼が喜び自分もほほ笑む、その光景が好きだった。
自分の走る先に彼はもう待っていない。先日、病で早世したのだ。
彼のいない未来から目をそらし、過去の思い出ばかりを振り返るようになっていた。以前は決して後ろを向くような性格ではなかったのに、今はそうでもしていないと心が保てない。
今度の東京での大舞台、ずっと目標にしていたレース。絶対に勝ちたかったはずなのに、その孤独な勝利に価値を見出せくなっていた。
しかし、気づくと自分はその場所に立っていた。ここで走った先に彼がいるような予感がしたのだ。今までと同じ景色が見れるような気がしたのだ。
レースが始まるとその気持ちはさらに強まった。だから誰よりも前に出た。予感は確信に変わって彼女の思考を支配している。
急く足をさらに早める。
「トレーナーさん…!」
──あの人を、いつまでも待たせたくない。早く自分もそこに・・・
力強かった走りを支えていた彼女の全てだったものは、粉々に砕けていた。 - 2二次元好きの匿名さん21/09/26(日) 00:04:44
「スズカさん!!」
張り裂けるような声でスペシャルウィークが叫ぶ。左足を軸に態勢がガクンとブレた後、それまでにつけた慣性の勢いに振り回されて鈍走するサイレンススズカ。その様子は明らかに尋常ではなかった。
駆け寄る間に後悔が募る。なぜ出走を止めなかったのだ。
大事な人を失って抜け殻の様になっていたスズカが急に出走を切り出したとき、立ち直ろうとしてるのだと思った。レースを通して前を向こうとしているのだと感じていた。
それは間違っていた。ただの自暴自棄だったのだ。
倒れる彼女を受け止めて、彼女に呼びかける。
「スズカさん!大丈夫ですか…!?」
「スペちゃん…」
スズカの顔からは血の気は引いて脂汗が浮かんでいる。どう見ても大丈夫そうには見えない。
「…ッ!平気ですよ…!すぐに病院にいけば…」
「私、もう……」
その声は本当に消え入りそうで、後半は聞き取れないほど小さかったが、口の動きで何とか読み取る。
『私もう、だめ』 - 3二次元好きの匿名さん21/09/26(日) 00:05:04
「スズカさん…?」
「…」
「スズカさん!諦めちゃだめです!どんなにつらくてもきっと…」
「折れちゃったの…」
『折れた』。足のことだろうか。いや…
「スズカさん、負けちゃだめですッ!心だけは折っちゃだめです…!」
「スペちゃん、私…」
「辛いなら、私が…私が支えますから!」
スズカは暗い瞳を落としたまま動かない。
「骨折って‥!骨折って放っておいてなおらないですけどッ!治すときに添え木で支えれば…前より真っすぐで…強い骨になって…だがら、私がスズカさんの…心の…添え木に…」
必死な呼びかけも虚しく響く。自身の無力さにスペシャルウィークは半分泣きかけている。自分の言葉では彼女に届かないのか。 - 4二次元好きの匿名さん21/09/26(日) 00:05:08
またトレーナー殿が死んでおられるぞ!
- 5二次元好きの匿名さん21/09/26(日) 00:05:19
こんなとき、彼女のトレーナーなら何と言ってくれるのか。そうだ、いつの日か教えてもらったスズカの走る理由。とても平凡な理由。
「わ、私!スズカさんがまた走ってくれたら嬉しいです!
「…?」
「たくさん…たくさん、喜びます!」
「スペちゃん、なにを…」
「スズカさんの凄いところ褒めて、スズカさんと一緒に笑います!死んじゃった『トレーナーさん』の分まで…2人分…!!」
「…!」
先頭の景色。いつの間にか当たり前になっていたトレーナーの姿。失った今、戻ることのないと思っていた2人の景色。
「…待っててくれるの?スペちゃん。私の走りを、私の先で…」
「待ちます…!スズカさんが先頭で走れるまで、ずっと…!」
暗かったスズカの瞳に涙が浮かび、潤む。スペシャルウィークも同じだ。
お互いを見つめた後に2人は視線を移してレース場を見る。同じ景色を、同じ滲んだ視界で見つめる。復活の決意を共にしながら。スズカ宿るものはかつてトレーナーと共にいたころと同じように熱く滾るのだった。 - 6二次元好きの匿名さん21/09/26(日) 00:06:13
画像貼りミスってたんで立て直しました。前スレいいねくれてた人ごめんね。
- 7二次元好きの匿名さん21/09/26(日) 00:06:52
いいじゃない……
- 8二次元好きの匿名さん21/09/26(日) 00:08:03