トレーナーって毎年蛍見に来たりしてるの?

  • 1◆y6O8WzjYAE22/06/04(土) 22:31:56

    「なぁドーベル、蛍見に行かないか?」
    「蛍?」

     トレーニング前にトレーナーから藪から棒な話題を振られる。

    「ああ、帰りがけに飛んでるのを見てさ。もうそんな時期なんだなぁって」
    「ふ~ん……」

     蛍を見に行くのを誘ってきた理由は分かった。でもそれはそれとして、聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。

    「ねぇ、帰りがけって……アンタそんな時間まで仕事してるの?」
    「え!?あ、ぁあ~……あはははははは……」

     力なく誤魔化すようにトレーナーが笑う。……何かを思案するような素振りを見せた後再び口を開く。

    「いや、そんなことはどうでもいいんだよ!」
    「いや、よくないでしょ……」
    「蛍、見に行きたくないか?」

     上手い言い訳が思いつかなかったのか、ごり押しで誤魔化し始めた。まあ……アタシの為に頑張ってくれてるのは嬉しいから、それに免じて許してあげよう。別に常習的に遅くまで仕事してる、って訳でもなさそうだし。

    「まぁ、どうせなら見に行きたいけど……」
    「よし!じゃあ早速今日行くか!明日は休日だし」
    「は、はぁ!?急すぎない!?」

     まさか今日行くつもりだとは思ってなかった。いくらなんでも急すぎると思う。大体どこに見に行くのかも知らないし。

  • 2◆y6O8WzjYAE22/06/04(土) 22:32:28

    「場所は!?ちゃんと調べてるんでしょうね?」
    「……いや、その辺の川で大丈夫かな、って思ったんだけど」

     ……勢いだけで誘ってきたみたい。フットワークが軽いのはいい事だけど、こういうところはたまーに詰めが甘いと思う。
     わざわざ夜に外出して徒労で終わるのも嫌だし釘を刺しておく。

    「ち ゃ ん と 調 べ て」
    「はい……」

     結局、その日はお流れになり、翌日の土曜日の夜見に行く事になった。
     ……見に行く事自体は拒否しない辺り、アタシもかなり押しに弱いなぁ……と思う。

    ─・─・─・─

     土曜日。辺りが夜闇に染まり始めた時間帯。

    「外出届はちゃんと出した?」
    「アンタじゃないんだし、忘れる訳ないでしょ」

     美浦寮の前に止められたトレーナーの車の助手席に乗り込む。梅雨も迫り、日も長くなってきた季節柄。どうしても蛍の見頃な時間帯を狙うと門限ギリギリか、もしくは過ぎてしまう可能性があったので予め届け出は出しておいた。トレーナーが同伴するという事もあってか届け出はすんなり受け入れられた。

    「で、どこに見に行くの?」
    「ああ、調べてたら丁度近くにそこそこ有名な場所があって。そこにしようかと」

     言いながらスマホの画面で場所を見せてくる。確かにスポットとして検索結果にも出てくるくらいだし、足を運んで見に行く甲斐はありそう。
     アタシがシートベルトをしたのを確認して、トレーナーが車を発進させる。

    「じゃあ、行きますか」

  • 3◆y6O8WzjYAE22/06/04(土) 22:33:06

     トレーナーの車に乗り程なくして。
     蛍が見れるスポット近くのコンビニに駐車して、何も買わずに止めるのは悪いので飲み物を買ってから目的地に徒歩で向かう。

    「おっ、この辺りでももう見えるな」
    「ホントだ」

     コンビニから少し歩いて少し先に田んぼが見え始めたあたり。ちらほらと蛍が飛んでいるのが見え始めている。
     
    「奥の方はもっと見れるのかな?」
    「かもな」

     言葉を交わしながら道を進む。少しわかりにくい場所だったけれど、整備されてる場所だったのと飛んでる蛍の数で見つける事が出来た。

    「綺麗……」
    「結構いるなぁ」

     都心部に近い土地という事を考えると十分すぎるほどの蛍が夜闇を舞う。
     ……しばらく無言のまま蛍を見続けているとトレーナーから語り掛けてくる。

    「良かったな、見れる時間帯と被って」
    「うん。って、蛍って夜になったらいつでも見れるんじゃないの?」
    「いや?よく見れる時間帯とそうじゃない時間帯の周期があるよ?」
    「知らなかった……」

     トレーナーの意外な一面を見た気がする。正直蛍が光る時間帯があるだなんて意識したことがない。しれっと知ってるあたり見かけによらず博識なんだな、とちょっと認識を改めた。いやまあ、トレセン学園のトレーナーをやってるくらいなんだし頭はいいんだろうけど。
     でも普段のイメージから考えるとどうしてもそのイメージが湧きづらい。子供っぽいし。

  • 4◆y6O8WzjYAE22/06/04(土) 22:33:54

    「飛んでる方がオスで草とかに止まってる方がメスってのは知ってる?」
    「へ~……そうなんだ……」
    「一般的には光ってる理由は求愛とか仲間同士のコミュニケーションとか。後は天敵への警告かもしれない、とか言われてるね」

     理由は完全には分かってないらしいけどね、とトレーナーが続けるもアタシの意識は水草に止まり光る蛍のメスのほうに向いていた。

    (この子達の光は、ちゃんと相手に伝わってるのかな……)

     明滅する光を見ながらぼんやりと考える。

    (アタシも……ちゃんと伝えられているのかな……)

     恋心まで伝わって欲しいとは、今は思わないけれど。でも、感謝や尊敬、大人の人としての信頼はちゃんと伝わってるのかな、と。横目にトレーナーを見る。
     
    (きっと、大丈夫だよね。だって、アンタだもの)

     いつだって隣でアタシを見続けてくれてる人だから。
     ……蛍を見に来てどれくらい経っただろう。ふと思った疑問を口にする。

    「そういえば急に誘ってきたけどさ、トレーナーって毎年蛍見に来たりしてるの?」
    「いや?わざわざ見に行く事はあんまりないかな」
    「ふ~ん、そうなんだ」

     正直意外だった。ノリノリで誘ってきたからてっきり毎年見に来てて、どうせなら今年はアタシも誘おうかとか。そんなところだろうと思ってた。
     でもまあ……毎年見に来るような人だったら見れる場所くらいは知ってそうだし。ある意味納得かもしれない。

    「じゃあ、なんで今年は見に来ようと思ったの?」
    「なんでだろうな?蛍が飛んでるのを見て無性に見に行きたくなったのは確かなんだけど」

     トレーナーにしてははっきりしない受け答え。なんだかんだ強引に誘ってきたり、連れ回したりする時はアタシがきっかけな時が多い。なのできっかけ自体もトレーナーからな今回は意外と珍しかったりする。

  • 5◆y6O8WzjYAE22/06/04(土) 22:34:25

    「それなら別にアタシを誘う必要なかったんじゃない?」
    「いや、男一人で蛍を見に行くのも寂しいだろ」
    「まあ、そうだけどさ。でもだからってアタシじゃなくても良くない?」

     それこそたづなさんとか同僚の桐生院さんとか。トレーナーの周りに誘えそうな人はたくさんいる。……ちょっと考えてて落ち込んできた。

    「うーん、確かにな。でもなんだろうな……ドーベルと見に来たかったんだ」
    「……なに、それ……」
    「ああ、しっくり来た。ドーベルと一緒に見たかったんだ。これじゃあ理由にならないか?」
    「し、知らない!」
    「いや、聞いてきたのはドーベルでしょ……」

     なんですぐそういうことを……。ああ……今が夜で良かった。明るい時間だったら真っ赤に染まった顔がバレちゃう。
     ……正直アタシと見たかった、だけだと誘った理由としては不十分だと思う。
     どうしてアタシと?聞いてしまいたい、その先の言葉を。知りたい、その気持ちを。
     でも、きっと。その先に踏み込んでしまったら何かが決定的に変わってしまうような気がする。
     ……今ではないと思う。アタシが臆病だから、とかじゃない。秘されたものを無理やりこじ開けてしまえば今の2人ではいられなくなると、心のどこかで警鐘が鳴る。
     だから、今じゃなくていい。焦らなくても。

    「まあいいや。そろそろ戻ろうか?いくら届け出を出してる、って言ってもあんまり遅くなっちゃいけないでしょ?」
    「……え?もうそんな時間?」

     トレーナーがスマホの待ち受け画面の時計を見せてくる。確かにもう8時を回っており、帰る頃には9時近くになってしまう。
     2人で来た道を戻り、車に乗って帰路を行く。

    「来年も2人で来る?」
    「気が早いんじゃない?……まあ、覚えてたらね」

     過ぎゆく夜の街を見ながら今日見た蛍に想いを馳せる。
     いつかはこの恋の灯りも、伝わりますように。

  • 6◆y6O8WzjYAE22/06/04(土) 22:34:46

    みたいな話が読みたいので誰か書いてください

  • 7二次元好きの匿名さん22/06/04(土) 22:39:22

    ドーベル持ってないんで無理ッス
    毎度思うけどドーベル欲しくなるんだわ…

  • 8二次元好きの匿名さん22/06/04(土) 22:42:08

    やめてくれ…ドーベルが欲しくなるじゃないか、やめてくれ…

  • 9◆y6O8WzjYAE22/06/04(土) 22:54:51

    もう蛍飛んでるなぁ……と思って書き始めたんですが、当初は普通にこちらのトレベルを書こうと思っていました。
    ただ、「蛍なら絶対アルダンとの方が親和性高いよね?」という事でじゃあ両方書いちゃえと思った次第です。
    誘う側がトレーナーとウマ娘で逆だったり、関係性も深い仲な2人とそうじゃないもどかしい距離感の2人だったりで、同じシチュエーション使ったにも関わらず思ったよりも違った感じになりましたね。
    取り合えず参考にした場所が全くどんな土地か分からないのでイメージしづらくて苦労したのと。
    どれくらい飛んでるか分からなかったので取り合えず私が住んでるとこくらいを想定してます。
    というか若干疑問なんですけど蛍の知識、って田舎の者じゃないとどれくらいが一般的なんですかね?
    幼虫を見た事があるレベルの田舎に済んでるので平均が本当に分からない……。
    場合によってはドーベルがかなり無知って事になってしまうので心配ですね……。
    なので多少のガバは大目に見てやってください……。
    ここまで読んでいただきありがとうございました。

  • 10二次元好きの匿名さん22/06/04(土) 22:57:38

    両方書いちゃえが出来るのスゲーよ…
    蛍綺麗だけど幼虫はまぁキモいし成虫も昼見たらゴキと似たようなもんだしね…
    知らなくて悲鳴あげるドーベルが見たい(小声)

  • 11◆y6O8WzjYAE22/06/04(土) 23:01:16
  • 12二次元好きの匿名さん22/06/04(土) 23:01:18

    恋し恋しと鳴く蝉よりも、鳴かぬ蛍が身を焦がす

  • 13二次元好きの匿名さん22/06/04(土) 23:02:55

    田舎以外だと光る虫でその情景が美しいってぐらいなんじゃないか?
    ドーベルが昆虫図鑑とか開くかというと微妙だしな

  • 14二次元好きの匿名さん22/06/04(土) 23:03:36

    トレーナーと一緒に蛍を見に行くっていう同じモチーフでも、ここまで違うものなんだな…トレベルはドーベル視点、トレアルはトレーナー視点なのも興味深い

  • 15二次元好きの匿名さん22/06/04(土) 23:05:13

    とても素晴らしいものを読んだ……トレベル物もっとみんな書いて……


    >>9

    自分が無知なだけかもしれないけど、4割都会6割田舎な所に住んでる自分は知らなかったから大丈夫なんじゃない?

  • 16二次元好きの匿名さん22/06/04(土) 23:22:59

    アルダンの方から来たけどこっちも良い……
    ラストの独白が最高ですわ!!!!

  • 17◆y6O8WzjYAE22/06/04(土) 23:24:53
  • 18◆y6O8WzjYAE22/06/04(土) 23:29:52

    >>13

    >>15

    ああ……良かったです……ベルちゃんを無知にしちゃうのは申し訳ないので一般的な知識の範疇に収まってたみたいで



    >>16

    最後の独白から書き始めたのでそう言っていただけると何よりです……

  • 19◆y6O8WzjYAE22/06/04(土) 23:31:54

    >>14

    トレベルがドーベル視点で、トレアルがアルトレ視点なのは結構単純な理由で地の文書きやすいから、とかいう身も蓋もない理由ですね

    まあ、ドーベルで書こうと思うと言葉の裏に隠された素直になれない乙女心の部分が肝になるのでどうしてもドーベル側で書きたい、という部分が大きいのは確かではありますけど

  • 20二次元好きの匿名さん22/06/05(日) 11:11:56

    やっぱりめっちゃいいわ...

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