トレーナーさん、蛍、見に行きませんか?

  • 1◆y6O8WzjYAE22/06/04(土) 22:32:09

    「トレーナーさん、蛍、見に行きませんか?」

     休日のある日。そろそろ夕食の準備でもしようかという時。担当ウマ娘であるメジロアルダンが唐突にトレーナー宿舎を訪ねてきた。

    「蛍?」
    「ええ。なんでも既に飛び始めているそうで。よろしければ一緒に見に行ければと」

     季節は6月に差し掛かったあたり。確かに蛍が飛び始めていてもおかしくない時期だ。

    「もちろん構わないけど。場所は大丈夫?」
    「はい、そちらは調べておりますので問題ないかと」

     唐突に誘いに来ただけあってその辺りは流石に用意周到だ。……蛍が飛び始めるには早い時間帯……という事は少しばかり遠出になると見てもいいだろうか。
     だとすると帰る時間は少し遅くなる可能性がある。ウマ娘寮の門限までに帰れるかどうかは怪しいだろう。

    「届け出は……」
    「既に提出しております♪」

     そこまで疑っていた訳ではないが抜かりはないらしい。ならばこちらから断る理由は特にないだろう。

    「だと思った、車を出すよ。……ちょっと部屋で待っててくれるかな、支度をしないと」

     急なお誘いではあるものの、蛍で季節を感じるのもいいなと少々胸を躍らせながら。

    「よし、行こうかアルダン」
    「はい♪」 

     トレーナー宿舎を後にするのだった。

  • 2◆y6O8WzjYAE22/06/04(土) 22:32:42

     アルダンの道案内を受けながら目的地へと向かう。
     レースでの遠征などもある為何度か車に乗ってもらうことはあるものの、その度にどこか楽しそうにしている。
     以前理由を聞いてみたところ、なんでも屋敷にいる頃移動する時はばあやさんの車の後部座席に座る為、助手席に座るのが新鮮なんだとか。
     アルダンらしいなと思うと同時に、確かに自分も基本的に運転席と助手席には両親が座っていた事を思うと、たまに乗る助手席は少し新鮮だったかもしれない。
     1時間弱ほど車を走らせて、アルダンの案内を受け辿り着いたのは立派な庭園の中に佇むホテルだった。

    「ここであってる?」
    「はい。では、行きましょうか」

     先にホテルの中へと入っていったアルダンの後ろをついていく。
     ……この足取りだと併設されているレストランへと向かっているようだ。

    「蛍を見るには少し早い時間だな、と思ったらこういうことだったんだね」
    「ええ。どうせならご一緒に夕食も楽しめれば、と」

     レストランへと辿り着き、受付を済ませる。
     どうやら季節限定のビュッフェを予約していたらしい。もし断っていたらどうするつもりだったんだろう……と少し気になるが、こちらからアルダンの申し出を断る気はないので意味のない懸念だろう。
     ……担当の子に代金を支払わせてしまっているのは少し気掛かりだが、払おうとしてもやんわり断られるのは目に見えている。なら、ここは素直に好意に甘えるとしよう。

    「ありがとうアルダン。夕食、楽しみだよ」
    「ふふ♪そう言っていただけて何よりです♪」

     案内された席に向かいながら隣を歩くアルダンを見ていると余程楽しみにしていたのだろうか。普段よりも可愛らしい、子供のような笑顔を覗かせている。
     その後、アルダンと共にレストランでの夕食を楽しんだ。

  • 3◆y6O8WzjYAE22/06/04(土) 22:33:31

     夕食後、ホテル内の庭園へと足を運ぶ。
     今日の目的はあくまでも蛍を見る事だ。勿論、アルダンとのディナーも楽しいものだったが。
     ……紫陽花に彩られた庭園を、幾千もの蛍が舞う。
     お互い無言だが絶景という他ないこの景色を、綺麗の一言で済ませるのは無粋というものだろう。
     無言の時間がしばらく続いた後、アルダンの方から口を開く。

    「この子達は、今この瞬間を輝いているんですね……」

     長い幼虫から蛹の期間を経て、成虫となるも1~2週間程度しか生きる事の出来ない蛍に自身を重ねているのだろうか。
     ……確かに蛍はその生態から儚さや繊細さを想起される事が多い。アルダン自身も他のウマ娘と比べて身体が弱く、足は脆かった。その為何か思うところがあるのだろう。
     ……アルダンをスカウトする前の、あの時の事を思い出す。タブレットに記された、何パターンもの試行錯誤の証。脆い体を抱えてなお輝かんとする、その気高き精神にこそ自分は永遠の輝きを見出した。
     しかし本当に壊れてしまえばその輝きが失われてしまいそうで。
     そんな一度でも割れてしまえば二度と元には戻らないガラスのような……あの時の彼女に抱いていた印象は儚いものだった。だからこそ、他のトレーナーに渡してその輝きを失わせてなるものかと焦燥感に駆られた事は今でも鮮明に思い出せる。

    「出会った時の君は、蛍みたいに儚げに見えたよ」

     目の前を飛ぶ蛍を見ながら、アルダンに語り掛ける。
     チラリと横に視線を向けると、こちらを見ながらアルダンが嫋やかに微笑んでいる。

    「脆い体を抱えてもなお懸命に輝こうとする君は、壊れてしまえばその輝きすら失われてしまいそうで」

     記憶の中のアルダンを思い起こしながら、淡い光を放つ蛍の姿と重ねる。

  • 4◆y6O8WzjYAE22/06/04(土) 22:34:10

    「そんなにあの時の私は、儚げな存在に映っていましたか?」
    「ああ。誰かに渡してしまえばきっと壊れてしまうと思ってた。だから、絶対に手放したくなかった」

     我ながらあの時は必死だったと思う。少し苦笑交じりに喋っていると釣られたのかアルダンも笑みを零す。……その笑みを見てると、あの時の自分も救われる。

    「でもそのおかげで、俺は君を見つけることが出来た」

     確かにあの時の輝きはどこか儚いものだったかもしれない。けれど、あの時アルダンが輝こうとしていたからこそ、出会うことが出来た。

    「それに、君の輝きを、蛍のように一瞬の輝きで終わらせる気はないよ」
    「ええ……そうですね」

     こちらから視線を外し、庭園の夜闇を舞う蛍を見つめながらアルダンが言葉を紡ぐ。

    「確かにあの時はたった一瞬でも輝ければいいと思っておりました。けれど今は……この瞬間だけじゃない、その未来でも輝いていたいと、そう思っております」

     “今”のみを見つめていたアルダンにはどこか危うさを感じていたが、今のアルダンにそのような危うさは感じない。
     “今”だけじゃない、“未来”の事も見つめられるようになったからだと思う。

  • 5◆y6O8WzjYAE22/06/04(土) 22:34:35

    「でもトレーナーさん。この子達の輝きだって、この瞬間だけのものではありません」

     淀みなく告げられた言葉に思わずアルダンの方を向く。視線に気づいたアルダンがこちらを向き、微笑みながら続ける。

    「今日……この景色を見た私達がこの子達の輝きを忘れないでいればそれはきっと……永遠のものになるでしょう?」
    「……そうだね」

     ……そうだ。そういう子だった、メジロアルダンというウマ娘は。
     確かに、今日のこの景色は、胸の中にしっかりと刻まれている。

    「きっと……今日ここに来た事は、忘れられない思い出になるだろうね」
    「ええ、私も……一生忘れられないと思います」

     そしてまた、幾千もの光に包まれた庭園を2人で巡る。
     蛍に時折照らされるアルダンの横顔は、この庭園の景色よりも眩くて。
     ……やはり今のアルダンを蛍と形容するにはあまりにも似合わないだろう。
     蛍の輝きというにはあまりにも強くて、星の輝きすら霞む、俺にとっての永遠の輝きなのだから。

  • 6◆y6O8WzjYAE22/06/04(土) 22:39:04

    みたいな話が読みたいので誰か書いてください

  • 7二次元好きの匿名さん22/06/04(土) 22:39:21

    コイツらいつも一生忘れられない思い出作ってんな…

  • 8二次元好きの匿名さん22/06/04(土) 22:40:06

    既に素晴らしいものがお出しされてるんですけどこれ以上のものをよこせと?

  • 9二次元好きの匿名さん22/06/04(土) 22:40:18

    ドーベルとの二本立てかよォ!?
    スゲーな…メジロ家コンプして?

  • 10二次元好きの匿名さん22/06/04(土) 22:40:44

    こないだ洞窟でで妹と一緒に蛍を見て寝た俺にタイムリーなスレだな…

  • 11二次元好きの匿名さん22/06/04(土) 22:40:52

    これより素晴らしいものとか無理なんですけど!?

  • 12二次元好きの匿名さん22/06/04(土) 22:42:15

    ウソでしょ……自分で材料と調理器具用意した挙句料理まで終わらせてる……

  • 13二次元好きの匿名さん22/06/04(土) 22:46:56

    サラッとディナータイムを2人で過ごしてその後はデート
    これ結婚してないってだけだろもう

    いいものを見ました ありがとう……

  • 14二次元好きの匿名さん22/06/04(土) 22:48:35

    >>6

    お前が終わらせた物語だろ

  • 15二次元好きの匿名さん22/06/04(土) 22:51:00

    蛍の儚さとアルダンは最高のマリアージュだな…いいものを読ませてもらった

  • 16◆y6O8WzjYAE22/06/04(土) 22:55:08

    蛍をネタにトレベルで書こうと思ったらアルダンの方が親和性が高い事に気づき書いてみました。
    成虫になってから1、2週間程度しか生きられない蛍の輝きに、アルダンは自分のウマ娘としての輝きを重ねそうと思いつつ。
    ついでに最近になってウマ娘ストーリーの2~3話のアルトレから感じた焦燥感を言語化出来るようになったのでその辺の解釈も乗せてます。
    公式が最強過ぎて詩的な言い回しが全然思いつかないの本当にキツイですね……。
    どう足掻いたって公式様には勝てないんだ……。
    ドーベルが書きやすい反動でこっちはシチュエーションは思い浮かんだものの中々に苦戦しました。
    ここまで読んでいただきありがとうございました。

  • 17◆y6O8WzjYAE22/06/04(土) 22:57:24

    >>9

    天井叩かされたブライトは強敵でしたね……

  • 18二次元好きの匿名さん22/06/04(土) 22:59:08

    >>16

    「アルトレから感じた焦燥感を言語化出来るようになったのでその辺の解釈」

    個人的にここが良かった!

    ドーベルの方も今から読もう

  • 19二次元好きの匿名さん22/06/04(土) 23:00:17

    このレスは削除されています

  • 20◆y6O8WzjYAE22/06/04(土) 23:02:14
  • 21◆y6O8WzjYAE22/06/04(土) 23:23:28
  • 22二次元好きの匿名さん22/06/04(土) 23:29:51

    >>21

    過去スレ掘ってたら過去作が芋蔓式に出てくるんだけど何ですかこれ?フルコース料理……?

    ドーベル押しで解像度も高くてウレシイ……

    この素直になれなくて空回りしそうになってる所がすごい……すごいです!(NTR)

  • 23◆y6O8WzjYAE22/06/04(土) 23:38:24

    >>22

    解像度高い、と言ってもらえるのは嬉しいですね……

    ちょっと恋愛色強すぎかな……?と思いつつあざとくなり過ぎないようには気を付けてるつもりなのでその辺りを感じていただければ幸いです。

  • 24二次元好きの匿名さん22/06/05(日) 00:54:17

    >>23

    こう……1人でぐるぐる考えちゃったりする所とか(弁当の序盤)素直にお礼言えなくて落ち込んじゃったりとか(水族館の終盤)の辺りすっごいベルちゃんしてました。

    過去スレ辿ってたら既視感あるな?って思ったら前に読んでました!水族館とかURaRaのやつとか!

    神に感謝……

  • 25◆y6O8WzjYAE22/06/05(日) 02:41:15

    >>9

    今更になって気が付きましたけど勝手にしての後に存在しないるを足して脳内で補管して返信してしまっておりますね……

    普通にライアン、ブライト、パーマー、マックイーンをインストールするの難しいので無理です……

    マックイーンは試みた事がありますけどマクトレの反応が見事に姪っ子に対するそれにしかならない気がしたので断念しました……

  • 26二次元好きの匿名さん22/06/05(日) 11:16:51

    蛍のような輝きを永遠に放つ2人はいいぞ...

  • 27二次元好きの匿名さん22/06/05(日) 22:24:43

    命の輝きを放つ光景を共に刻みつけるアルダンとアルトレいいぞ…

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