【ウマ娘&タフSS】押して忍べど--指圧と武人と片想い

  • 1図書委員22/06/08(水) 23:02:33

    ムフフ…クロス・オーバーSS書いたのん。
    ヤエノムテキとキー坊の出会い…もちろんめちゃくちゃ格闘する。

  • 2二次元好きの匿名さん22/06/08(水) 23:11:18
  • 3二次元好きの匿名さん22/06/08(水) 23:12:39

    >>1

    あなたはアニサキスですか

  • 4二次元好きの匿名さん22/06/08(水) 23:13:19
  • 5二次元好きの匿名さん22/06/08(水) 23:15:06

    あ…あの自分同じタイトルのやつをウマカテで見たんすよ

  • 6図書委員22/06/08(水) 23:15:14
  • 7図書委員22/06/08(水) 23:15:47

    >>5

    あざーっす、一応タフ・カテにもリンク張ろうと思ったんスよ。

  • 8二次元好きの匿名さん22/06/08(水) 23:16:32

    あの…全然本編始まらないんスけど…いいんスかこれ

  • 9図書委員22/06/08(水) 23:16:56

    1スレ目にリンクを貼り忘れた>1に恥ずかしき現在……。

  • 10図書委員22/06/08(水) 23:18:10

    >>8

    申し訳ないが……

    >>6スレ目に張ったリンクから見て欲しいのん。段取りが悪くて済まないのん……。

  • 11二次元好きの匿名さん22/06/08(水) 23:18:20

    宣伝スレであってこっちには貼らない感じっスかね?

  • 12二次元好きの匿名さん22/06/08(水) 23:18:48

    >>4

    ふうんキー坊×黒田モノというわけか

  • 13図書委員22/06/08(水) 23:19:11

    >>11

    そのつもりなのん。

    貼った方がいいのだったらもちろんめちゃくちゃ貼る。

  • 14図書委員22/06/08(水) 23:23:55

    しょうがねえなプライベートでウマ娘カテに立ててるときに(スッ)
    段取り悪かったけどこっちにも直接貼っていくっス。

  • 15図書委員22/06/08(水) 23:24:29

     【ウマ娘&タフSS】押して忍べど――指圧と武人と片想い【ヤエノとキー坊】


     私――ヤエノムテキ――は、軋《きし》むような音を聞いた。耳障りなそれが自分の歯噛みの音だと、気づくのに時間がかかった。
     何しろ忙しかった、両の手は震えるほどに握り締めていたし、目はきつくつむっていた。頭は大きく後ろへ引いていた、振りかぶるように。
     そして。目の前の壁に叩きつけた。額を。

     けれど本当に叩きつけたかったのは。きっと頭ではなく、もっと奥の……体の芯、私自身。
     ――尽くしたはずの私の全力を、なお呑み込んでみせた葦毛の怪物。
    ――その怪物のいない舞台、二冠を獲るべく伸ばした私の手を、風に舞う花びらの如くかわした級友。
     つかむはずだった勝利はこの手になく、どころか脚さえ傷めて、こうしている。

     そう思って私はまた、壁に頭を打ちつけた。通っている病院、恨めしいほどにただ白い光が差し込む廊下で。診察後でよかった、それより先にこうしていたら、余計な処置を増やしていた。

     すがりつくように、壁に両手をついたままつぶやく。
    「私は……弱いのか」
     ――否、私は弱くなどない、誰よりも鍛えてきた、誰よりも耐えてきた。だから弱くなどない……強い、はず。しかし、ならば、なぜ――

     頭の中に渦巻く言葉を振り払おうと、再び壁に向き合って頭を振り上げたとき――
    「なんじゃコラっ、ワレどかんかいガキゃあっ!」
     ――階下から粗野極まりない罵声が響き、私の意識はそちらに向いた。

  • 16図書委員22/06/08(水) 23:24:50

     近くの廊下を下り、廊下を見渡すと。そこには、入院患者用の部屋の前に押しかけた三人の男――人相を隠そうとするかのように、揃って帽子とサングラスを身につけている――と。部屋を背にし、男たちの前に立ちはだかる青年の姿があった。

     男たちの一人が――先ほど聞こえたのと同じ――野卑な声を上げる。
    「とっととどいて宮沢のオッサン出さんかいコラぁっ」
     別の男たちも口々に言う。
    「伝説の灘神影《なだしんかげ》流……その当主が入院中やっちゅうことは調べがついとんのやっ」
    「その隙にボコったらワシらん流派の名も上がってハッピーハッピーやんケ」

     立ちはだかる青年――歳は私よりいくつか上か。よく鍛えられた筋肉が盛り上がり、身につけたTシャツを破かんばかりに内から押し上げている――は、太い眉を困惑したように寄せて頬を歪めた。
    「はあっ? どこで何を聞いてきたんやお前ら、おかしいやろそれ――」
     ドアを開けて立ち位置をずらし、部屋の中を親指で示す。おそらくはその中にいる人物を。
    「――寝たきりの入院患者ボコって何の名が上がるっちゅうねん、脳ミソ足りとんのかお前ら。分かったらほれ、とっとと去ね去ね」
     丸坊主を無造作に伸ばしたような頭をかき、もう片方の手は犬を追うように払ってみせる。

  • 17図書委員22/06/08(水) 23:25:19

     男たちは口を開けて目を見交わしたが。すぐに荒い声を上げた。
    「そやからどしたっちゅうんやコラぁっ!」
    「ワシらがボコったっちゅう事実があったらええんじゃコラぁっ」
    「むしろ抵抗されんでハッピーハッピーやんケ」

     男たちのいる反対側の廊下、ゴミ箱に半ば体を隠した位置で、私は拳を握り締めた。
     どうやら武術流派による、他流への挑戦。それ自体は良しとしても。
    決闘の手順を踏んだわけでもない、入院中の相手への殴り込みなどと――同じ武術家の端くれとして、決して看過《かんか》できるものではない。

     が。一歩踏み出し、名乗りを上げようとして。負傷した脚に痛みが走る。
     怪我自体は大したものではない、走ること自体は十分できる。格闘だって。だが、ここでもし無理をして悪化したら。
    しかし、だからといって見過ごすのか? 目の前の蛮行を――。

     そう考えたとき。胸の内から、頬へと笑みが湧き上がる。くすぶるような暗い笑みが。
     ――そうだ、逃げるわけにはいかない。叩きつけてやればいい、この拳を。鍛えれど鍛えれど至らぬ、こんな脚も。……たとえ、ここで壊れたとしても――。

     そう考えている間に、青年は声を上げた。
    「やるっちゅうんならやったらええわ。しゃあけどお前ら、ちゃんと持っとんのかい」
    「……? 何をやっ!」

     口の端を吊り上げて青年は笑う。
    「この病院の診察券。ワシにボコられた後、すぐ診てもらうためにの」

     男たちが歯を剥き、身構える。
    「なんやとコラァ!」
    「おンどれくらぁすぞコラァ!」
    「ボッコボコにしてオイドの毛ぇまでむしったろうやんケ」

  • 18図書委員22/06/08(水) 23:25:38

    「そんならまあ、さっさと――」
     青年が言う間にも。男たちのうち二人が同時に殺到し、拳を振るう。荒い口調とは裏腹に、正確なフォーム――足腰の力を十全に活かした速さ、重心の移動を使って体重の全てを乗せた重さ――の技。これだけの練度を持った拳を繰り出せる者は、祖父の道場でも一握りしかいないと言えた。それこそ、師範代クラスの者しか。

    「――ってオイ、せっかちやな――」
     しかし青年の表情は変わらない。次々に繰り出される二人分の拳を、蹴りを、腕を振るい脚を上げて防ぎ、いなし、押し返して相手の体勢を崩しさえする。内から外、外から内、上へ下へと縦横無尽に。快さすら感じさせる音を、パ、パ、パン、と高く上げて。

     その内に青年の手が、絡みつくように一人の腕を捕らえる。相手の外側へと体を移しつつ、その腕を後ろへねじり上げる。肩と肘の関節を極《き》めた、脇固めの体勢。

    「ぎいっ……!」
     悲鳴を上げる相手には構わず、しかし極め続けることにもこだわらず。青年は相手の体を突き飛ばす。横のもう一人を巻き込むように。
     そして。青年の目は床に転がった二人ではなく、突進してくるもう一人へとすでに向けられていた。

  • 19図書委員22/06/08(水) 23:25:58

    「殺《と》ったらァー!」
     叫び声と共に拳を繰り出す男の体を、青年の前蹴りが軽く押し止めた。かと思うと。
     すでに青年の体は宙にあった。

    「しゃあっ、コブラ・ソード!」
     前蹴りとは逆の脚で、横殴りに繰り出される跳び膝蹴り。それが正確に相手の頭部を捉えた。
     首をもぎ取られかねない勢いで、食らった男は地に薙ぎ倒される。

     突き倒されていた二人が身を起こす。
    「おんどれ……やってくれたなコラぁっ!」
     一人が地上すれすれに身を低めつつ、つかむように両腕を突き出して突進してくる。レスリングでいうタックル。これも打撃に劣らず滑らかな動きだった。

    「ほれっ」
     組みつかれたその瞬間、青年は相手の動きを止めることなく、その動きに逆らうことなく。立ち位置を変えながら、相手の頭を導いてやった。傍らの、廊下の壁へ。
     低い音を立てて激突した、相手は声も上げずに床へと伏す。

    「クソが……ずいぶんヤンチャしてくれたやんケ」
     残った男がポケットをまさぐり、ナイフを取り出す。
     その動きを見たとき――相手が武器を体の前に構えようとしているそのとき――には、すでに青年の動きは始まっていた。
     踏み込み、武器を持つ手をつかみ、敵の動きに逆らうことなく。その力の向きを導いた。相手自身の胸を、ちくりと刺すように。
    「はうっ……!」
    「ほお、なんや気が利くのぉ。おとんのためにリンゴでも剥いてくれるんかい」

     さらに押し込もうとする青年の片腕と、押し止めようとする相手の両手。それが震えながら押し合っているうちに。
    青年の空いた片手が、相手の顔を打ち抜いた。ボ、と、空気ごと打ち出すような音を立てて。

  • 20図書委員22/06/08(水) 23:26:19

     ナイフを取り落として倒れる相手の背に言い放つ。
    「ったく……どこで何を聞いたんか知らんけど。覚えとけ……灘神影流活殺術の当主はのぉ、十四代目のおとんやない。十五代目、この宮沢熹一《きいち》や。用があんならワシに来いや」

     震えながらもどうにか身を起こした男たちは、背を向けて廊下を駆け出す。脚をもつれさせて、何度も転びながら。
    「お……覚えとれやコラぁっ!」

    青年は片手を口に添え、離れていく男たちに声をかける。
    「気のつかんやっちゃ……人の病室に来る時はのぉ、カゴ入りのフルーツでも提げてこんかいっ」

     その光景を目にしながら、私の脚は震えていた。握っていたはずの拳は開かれ、指の先まで震えていた。
     ――何だ、あれは――。
     助けに入ろうなどとはおこがましかった、あまりに青年は強かった。私では、たとえ脚の負傷がなかったとしても――三人程度、倒すことはできるだろうが――あれほどの余裕を持った立ち回りは出来なかった。
    どころか。彼はきっと、実力の欠片ほどしか見せてはいまい、刃物を手にした者を相手にしてさえ。あれほどの実力を備えた人間など、私が直接知る限りでは。金剛八重垣流師範――私の祖父――ぐらいだろう。無論、先ほどの動きだけで全てを推し量れるわけではないが。

     そこまで考え、私は再び歯噛みした。
     彼は強い。はっきりと、この世の誰に向かってもそう言えるほどに。
     私はどうだ? 走りにしろ武術にしろ、鍛えに鍛え、耐えに耐えてきたはずのこの私は。

    「私は、強い……、はず、だ」

     つぶやいたその声があまりに小さく、嘘くさく。震えるほどに、私は拳を握り締めた。
     病室の前にいる青年に目を向ける。
     かくなる上は、かくなる上は無礼ながら彼に果し合いを申し込もう、そうしてきっと私が強いと証明して見せ――

  • 21図書委員22/06/08(水) 23:26:42

     そう考えていると。青年は身をかがめ、男らが落としていったナイフを拾い上げた。
    「ったくあいつら……ちゃんと持って帰らんかいボケが」
     そして。こちらも見ず、無造作に。
    「燃えないゴミはゴミ箱へ、っと」
     ナイフを――敵意を持って投げつけるのではなく、放り捨てるように――、投げた。私の横にある、ゴミ箱へ。

    「……っ!」
     ナイフは私に当たりはせず、正確にゴミ箱に入ったが。物が物なので、さすがに私は大きく身を引いていた。

     その足音に気づいたのか、青年はこちらを見る。
    「えっ、あれっ? まさかそこ、誰か――」
     まさにゴミ箱の横、手元が狂えば刃物が当たりかねない位置に私がいたのを見て。青年の顔がたちまち引きつる。
    「――う あ あ あ あ あ あっ! すっ、すんませんでしたあああああっ!」

     猛烈な勢いで駆け、滑り込みながら土下座してきた。私が直接見た中で、あるいは世界最強のその男は。

  • 22図書委員22/06/08(水) 23:27:00

     テーブルに山と積まれた菓子やジュースを前にして――お詫びだと言って、青年が売店に走って両手一杯に買ってきた――、私は椅子に座っていた。青年、宮沢熹一の父親がいる病室で。
     窓は大きく、レースのカーテンごしに豊かな光がベッドに注がれている。

    「いやー、なんやホンマ、スマンかったの。むさ苦しいとこで悪いけどゆっくりして、好きに食うたってくれや」

     言いながらも彼は、ベッドに横たわる大柄な男――彼の父親――の体の下に腕を滑らせ、抱えて身を起こさせる。
     父親は、どこか怪我があるというわけではなさそうだった。青年以上にたくましい腕にも脚にも、包帯の一つも巻いてはいない。病か、と言えばそれもどうだろう。血色は悪くはなく、胸板も首も手足同様分厚い筋肉を備えている。衰弱しているという印象はなかった。
     それでも。薄く開かれた目は茫洋《ぼうよう》として、その遠い視線はどこへ向けられたものか分からなかった。

     父親の体の向きを変え、うつ伏せに横たえながら青年が言う。
    「ああ、紹介してなかったの……ワシのおとんや。世界最強の、な」
     何度か瞬きした、私の視線に気づいたのか。疑問に応えるように続けた。
    「こないに入院しとんは……まあ、おとんも武術家やからの」

     その先を語りはしなかったが。おそらく、武術家としての何らかの試合。その結果としての負傷――外傷に留まらない、身体の内側への。あるいはさらに奥、精神にすら――。

     そこまで考えて、背筋が震える。彼ほどの者が世界最強と称える人物、それがこうも破壊されるのか。だとすれば、それを為したのは何者なのか。最強を越えた最強――怪物を越えた怪物、理解を越えた次元。
     想像しようとしただけで。宇宙の果てを見せつけられるような、体温を根こそぎ奪われるような寒気を覚える。

  • 23図書委員22/06/08(水) 23:27:20

     だが、彼が再び口を開いてくれたお陰で、そんな私の思考はさえぎられた。
    「ああ、ワシは宮沢熹一。呼びにくかったら、キー坊っちゅうて呼んでくれ。灘神影流……一応武術家の端っくれや」

     聞いて、私の顔がわずかにこわばる。――貴方ほどの人が端くれなら、私はいったい何だというのか――。
     それでも、どうにか表情を崩さず礼をした。
    「金剛八重垣流門下生、ヤエノムテキと申します」

    「へえ……あれやな、ウマ娘も武術やるもんなんやな。走るばっかりかと思いよったけど――」
     言いながら、うつ伏せにした父親の肩を、背を、ゆっくりとマッサージしていく。
    「――ま、走りの方も、忙しゅうてテレビ見んからよう知らんけどな。知っとるウマ娘といえば――」

     そこで私の胸が、嫌な感触に脈を打つ。今誰もが知っているウマ娘といえば、一人しかいまい。
    「――えーと何や、ミスター……ルドルフ? が、めっちゃ強かったんやっけ? ジイちゃんが前に言うとったわ」

     よく知る怪物の名が出てこなかったので、私は息をつき。すぐに唇を噛んだ――卑しい、何を安堵しているんだそんなことで――。

    そんな話をしている間にも、彼は父親の体をマッサージしていく。首を、腕を、脚を。つい今しがた、あれほどの武威を振るった男が。掌も指も、足の指さえ一本一本、ゆっくりと、丁寧に。
     それはまるで。肉食獣の母親が、我が子を舐めて慈しむような。

    「静謐《せいひつ》な、虎……」
     胸の内から溢れたように、そんな言葉が私の口からこぼれた。
    「えっ」
     目を見開き、弾かれたように青年がこちらを見る。

  • 24図書委員22/06/08(水) 23:27:38

     独り言を聞かれたことに頬が熱を帯びるのを覚えて。うつむきながら私は言った。
    「いえ、その。あれほど強くて、なのに……それほど穏やかで、優しくて、だから貴方が――」

     青年は穏やかに――しかし顔中で――笑った。
    「静かなる虎……宮沢静虎(せいこ)。ワシの、おとんの名や」

     顔を上げ、私も笑った。
    「宮沢、先輩は……大好きなのですね。お父さんのことが」

     げえっ、と喉の奥から声を上げ、先輩は顔をしかめてみせる。
    「何言うとんのや、んなワケあるかい。大体このおとんはのぉ、昔ワシの前に脇差突き出して、負けたら腹を切れっ! とかムチャクチャ言い出しよったんやぞっ! 来る日も来る日もワシを鍛えてはドツき、鍛え方が足らんっちゅうてはシバき……そんで、それ以上に厳しく己を鍛えて……スーツ着て務めに出て、家計まで一人で……家事やって……」
     先輩はまた、穏やかに笑う。
    「やから。大好きなおとんや」

     私は密かに息を呑んだ。
    正直。美しいと、そう思った。彼の鮮やかな立ち回りよりも、鍛え上げられた肉体よりも、洗練され尽くした技よりも。父のことを慈しみ、はにかむその姿が。

     そう思った後、私は大きくかぶりを振った――何が美しいだ、そんなことにうつつを抜かしている場合か、そうだそんな暇があるなら先輩のトレーニング法でも聞いたらどうだ、彼を見習って鍛え上げてみろ――。
     そのとき、脚に小さく痛みが走る――そうだ、鍛えるよりまずは、これをどうにかしなければ――。
     思うように鍛えることさえできないのか、私は。鍛えることしかしていないこの私が。
     そう思い、私は奥歯を噛んだ。

  • 25図書委員22/06/08(水) 23:28:01

     そのとき。先輩が一つ手を叩き、私は椅子の上で小さく跳びあがった。
    「っしゃあ! 景気もついたとこで一丁やるで、おとん! 灘神影流活殺術、活法の時間やっ!」

     先輩はベッドに上がると父親に向き直る。父親の広い背の上に、首のつけ根から親指で何本か分の距離を測り。両手の親指を、背の上で左右対称な二点に押し当て。
     ぐ、と押し込んだ。垂直に体重をかけて、体の芯で相手の芯を押すように。そのまま何秒か押して、離し。また何秒か、ぐ、と押し込む。
     う、あ、と、父親の口から、吐息と声の中間のような音が漏れる。

    「気持ちええか、おとん」
     言って、先輩はまた指を押し込む。
     そうしてまた、別の箇所を――骨や筋を基点に指で位置を測り、ときには傍らに開いた本と見比べながら――押す。

    「指圧、ですか」
    「ああ、ツボ押しや。殺法すなわち活法……おとんがよう言うとったわ。残念やけど、ワシは活法の方はあんまりやっとらんかった。やから、こんなもん頼みや」
     あごで示したのは傍らに開いた本、由緒あるものであろう、古びた和綴《わと》じのものと、市販のツボ事典や指圧入門。

    「やけど……いつかは、おとんを復活させたる」
     そのために神戸から越してきたんや、こっちのでかい病院にの――そうつぶやいて、先輩はまたツボを押す。突き通すように、自分の生気を父親に注ぎ込もうとするように。

  • 26図書委員22/06/08(水) 23:28:20

    「あの」
    「ああ、すまんかったの今日は。悪いけど、時間かかるんでもうこれで――」
    「あの。何か、手伝えることは」
    「え? いや、悪いわ――」
    「その代わりに、と言うのも厚かましいのですが。教えていただけませんか、活法を」

     負傷を病院で診てもらうことはあっても、そうした東洋的な施術は試したことがなかった。金剛八重垣流にもいくらか、活法に相当するものはあるらしいのだが。闘法と走法にのみ傾倒し、そちらはほとんど学んでいなかった。

     指圧を続けながら先輩は言った。
    「ええけど……ワシも専門家やない。どっか悪いとこがあんなら、ちゃんとした整骨院に行った方がええ。何ならワシにも紹介してほしいぐらいや」

     私は首を横に振った。
    「いえ。先輩から教わりたいのです。貴方のように、強くなるために」
     先輩は小さく笑う。
    「ふぅん……ヤエノちゃんって奴は結構ヨイショが上手いんやな。ええで、こっち来て見とき」
     父親への施術を例にして教えてくれるということか。そう思い、私はベッドの傍らに寄った。

  • 27図書委員22/06/08(水) 23:28:42

     先輩はベッドから降り、私の横に立つ。そこから父親の方へ手を伸ばした。
    「まず、ツボを押す前にはマッサージとかで血行を良くしとくと効果が高いんや。他には蒸しタオルで温めるとか、入浴後でもええな。まずは色んな症状に効く、基本的なツボから教えてこか」

     うつ伏せになった父親の首に手を添える。そのほぼ中央を上へ走る、二本の筋肉の筋。それが髪の生え際と重なったところで親指を止めた。ぐ、と押し込みながら言う。
    「ここが天柱《てんちゅう》。一見して首とか肩こりに効きそうやけど、それだけやない。だるさ、頭痛、目の疲れ、高血圧、低血圧、鼻血、寝違え……めちゃくちゃ色んなもんに効く。体調を整えるには持ってこいや。つまり――」

     そこまで言って父親から手を離した――次の瞬間。先輩の姿が消えた。

     気づけば。取られていた、一瞬にして私の背後を。
    「な……」
     私が身構えるより早く。先輩の手は捉えていた。私の首――の後ろを。
    「――どこかっちゅうと、ここや」
     押し込まれていた。先輩の太い指を、私の天柱に。

    「ぁ……、~~っっ!?」
     声が漏れた。その指に押し出されたみたいに、否応なく。

    「そうここ、自分でやられたら分かるやろ? ツボっちゅうのは慣れたら触って分かるんやけどな、コリコリっ、て、しこりというか凝《こ》りのある感触がするんや。ほらこれ」
     こりり、と先輩の固い指が突き立つ。私のツボへと真っ直ぐに。
    「や……ぁ……っ」

  • 28図書委員22/06/08(水) 23:29:06

     私の声にも構わず、先輩は手を離すと、片手で父親の腕を取った。
    空いた片腕は私の背中へ、がしり、と抱くように回された。たくましい手が私の腕をつかむ、父親と同じ側の腕を。それはまるで、社交ダンスでエスコートされるみたいな格好。

    「次っ、手三里《てさんり》のツボや! まず肘を曲げた内側のシワの親指側端、ここを基点として手首側に親指二本分移動。そこにあるくぼみ……ここがそうやっ」

     二人の腕をもろともに、先輩はツボを突く。
     ぐ、と親指がめり込み、私の芯を先輩が突く。
    「ぅっ……ふぅ……っ」

    「腕の痛みだけでなく胃痛・下痢など消化器系、口内炎・頭痛・目まい……これも多くの症状に効くんやっ」
     絞り出される私の声を気にした風もなく解説すると、先輩は手を離し。

    今度は二人の手首をつかんだ。
    「しゃあっ、神門《しんもん》! 手首内側の横じわ、小指側の端っこ……そこの骨と筋の間のくぼみ、ここやっ」
     まさにその隙間を、固いものが押し割って入る。
    「……ぁっ! ん……」
    「うつ症状や不安なんかのメンタルならここやな! さらには胸痛・動悸。だるさや発熱などの全身症状にも効果があるで」

     私はなんとか手を振り払おうとしたが。ひらりとその手をひるがえし、先輩は握手するように私の手を包んだ。厚く、熱い手。

  • 29図書委員22/06/08(水) 23:29:26

     その甲側から親指が、容赦なく私をさいなむ。
    「万能ツボ、合谷《ごうこく》! 親指の骨と人差指の骨、そのつけ根が交わる所。そこから人差指の骨に沿って少し指先へ戻った、わずかに骨がくぼんだ箇所。頭痛や眼精疲労など首から上のあらゆる症状……他にも下痢や便秘、疲労回復に鎮痛効果。日常的に押しておきたいツボやな」
     何度もそこを突く、先輩の熱い指が。こぼれる声と共に、講釈の内容を頭の外へ押し出していく。
    「ぃっ……ぁっ……」

    「お次は労宮《ろうきゅう》! 拳を握ったときに人差指と中指の先端が掌についた箇所、その真ん中や! ここをぐっとやると、血行促進、疲労回復。神経を整え精神を落ち着かせる効果もあるんや……ここや!」
    「ひぎ……っ!」
     みりり、と軋むような感触さえ伴って。真っ直ぐに私にめり込んでくる。先輩の、脈打つような熱い生気が。

     もうやめてもらおう、そう思っても言葉にならず。わたしはただ、火照るような熱を持った頭を何度も横に振った。

  • 30図書委員22/06/08(水) 23:29:53

     が。
     先輩の手は握りを変え、二つのツボをがっちりと押してくる。
    「しゃあっ、灘神影流、労宮・合谷固め! どやっ、こいつは! さっさとギブアップせんと、どんどん健康になってまうぞ!」
    「なっ? え、あ……う あ あ あ あ あ あ っ!?」

     さすがに耐えかねて。私は力の限り、その手を振りほどいた。肩が上下するほどに呼吸が荒くなっていた。
     まだ体に先輩の体温が、たくましい腕の感触が、熱い指の感覚が。私を抱き締めるように残っている。内から内から顔が火照る。

     先輩が頭をかき、きまり悪げな笑みを浮かべる。
    「あ……あ~、スマンかった、痛かった……わな? なんかだんだん試合中のクセで、関節技合戦みたいなノリに……。そうそう、ツボ押しは別に痛いほどやるんやなくて、痛気持ちいいぐらいがええんやけど……力入れ過ぎてしもうた、かな」

    「…………っ」
     私は身をかがめて片手を膝につき、未だ荒く息をつく。もう片方の手で額の汗と、口の端のよだれを拭った。
     それから姿勢を正し、深呼吸をし。両の手で自分の頬を叩き、もう一度叩き。それから声を張り上げた。
    「押忍っ!!」

     急な大声に、先輩は、びくり、と身を震わす。ベッドの上の父親も震える。

  • 31図書委員22/06/08(水) 23:30:10

    「押忍……その……今の……痛くて、いえ、……そう、痛かったです」
     構えを取り、無理やり言葉を続ける。
    「だから! ここから先は痛みをお返しさせて下さい……殺法の方、一手ご教示願います」

     もうムチャクチャだな、それは自分で言っていてよく分かったが。もはやこれしかなかった、いつもの自分に戻るには。いつも自分がやってきていた、闘うことと走ること。
    逃走は性に合わない、ならば。もう、闘うしかできなかった。

     先輩は目を瞬かせていたが。やがて音を立てて手を合わせ、頭を下げる。
    「スマン。けどのぉ、女の子どつくんは――」

    「怖いのですね」
     私の口はそう喋っていた。嘲《あざけ》るように。
    「ウマ娘と人の筋力はまったく違う。この差は努力や根性では埋まらない差異です。……怖いのですね」

     先輩は口を開けていたが。やがて、ふ、と鼻で息をつく。
    「そこまで言うんなら。灘神影流は逃げも隠れもせん……相手がウマでも鬼でも、龍でもの。見せたるわ、超絶の技巧を」
     そう言ってわずかに腰を落とし、手を浅く前に出す。無構えに近い構え。手加減しようというのか、それともこれが自然体に近い構えなのか。

     私は左の拳と脚を前に、右手を腰の辺りに引き絞る。そのままの構えでじりじりと、すり足でにじり寄る。
     対して先輩はその場を動かず、わずかに足をずらすのみ。

     剣術で言う一足一刀の間合い――あと一歩で互いの打撃が届く距離――、それを私がにじり越えた、瞬間。

     闘気に反応したかのように、ベッドの父親の手が震えた。

  • 32図書委員22/06/08(水) 23:30:25

    「やあああっ!」
     それが合図だったかのように、二人は同時に動いていた。
     私は前に出、刻み突き――ボクシングで言うジャブに近い――を連続で放つ。
     先輩は半歩下がって間合いを取りつつ、パ、パン、と音を立てて、腕で私の拳を弾く。

     私は踏み込み、溜めていた右の逆突き――ストレート――を放った。
     が。それは先輩の手にいなされ。逆にその腕をなぞるように、先輩の手が――私の拳をいなした手がその動きの延長として――、私に向かって駆け上る。

     身をかわす暇もなく。刃物のように鋭い貫手《ぬきて》――手刀のように指を伸ばして急所を突く技――が。ひたり、と私の首に突きつけられた。首の骨と気管の隙間、鍛えようのない急所に。指の温度すら感じる距離で寸止めされて。

    「一つ」
     先輩は低くつぶやくと身を離す。

  • 33図書委員22/06/08(水) 23:30:40

    「く……やああ!」
     私は歯を食いしばり、さらに拳を繰り出した。先輩はそれに付き合うように、足を止めて腕を繰り出し、私の拳を弾き続ける。
     が。防御に徹していたその拳が、ゆらり、と繰り出される。
     私は反射的に両の手を掲げ、防御した――はずが。
     その手の隙間をすり抜けて、先輩の拳が目の前にあった。ねじ込むようなひねりを加えた縦拳が。顔の寸前、風圧を感じる位置で止められて。
    「二つ……灘神影流、螺子拳《ねじけん》」

  • 34図書委員22/06/08(水) 23:30:57

    「く……!」
     さすがに私の顔が歪む。
     いったん跳び退き、構えを取り直す。荒い呼吸も、意識して整える。

     強い、さすがに。私より遥かに。それでも――、一矢は報いてみせる。
     ここまで追い込まれたからには、ウマ娘特有のパワーを活かした蹴りで決める。そう思うはずだ。ウマ娘なら誰でも。
     ――と、先輩はそう読んでいるはず。
     そこを拳で決める。ただ蹴りを主体にして闘っていく、それ自体を布石にするために。

    「せぇあっ!」
     踏み込み、下段を狙う蹴り。足を上げて防がれるも、続けて逆の足で前蹴り。

     ――下段中段の蹴りで押して、注意をそちらへ向けた後。上段からの、拳の奥義で仕留める。
     金剛八重垣流奥義の一つ、金剛槌《こんごうつい》。突きではなく、縦に振り下ろす動きで小指側から叩きつける拳槌《けんつい》、それを相手の首筋、頚動脈を狙って放つ。
     頚動脈は完全に絞めれば、わずか数秒で失神する箇所。それを拳槌で攻める――いわば、打撃による一瞬の絞め技。
     それが決まれば衝撃による血流の停止で、数瞬だけ相手の意識を奪う。そこへ身を寄せ、鉤《かぎ》突き――ボクシングで言うフック――か、横からの振り肘でとどめを刺す。さらには背負い投げへ移行してもいい。それで、決める――。

     下段の蹴りをさらに放ち、先輩が腕を振るって防ぐ。そこへ。
     踏み込み、金剛槌を。

     放とうとして、できなかった。
     読まれていた、振り下ろす拳槌はその根元の腕から、踏み込んだ先輩の手で押さえられていた。そして逆の手、私の下段蹴りを防いだその手は。そのまま伸ばして私の腰を、軽々と抱え上げていた、タックルの要領で。

    「三つ。……この後、本来ならぶん投げられるか、マウント取られてボコられる、っちゅうんは分かるな。――三回、勝負ついたぞ」
     先輩は優しく私の腰を床へと下ろす。

  • 35図書委員22/06/08(水) 23:31:17

    「……っ、くぅ……っ!」
     私は床に手を突いた。唇を噛み締めた、ついた両手が拳を握った。震える。
     腹いせ気味に――自分を見失ったことだけではない、怪物に級友に、走りで負けたこと、さらには脚をも傷めた不甲斐《ふがい》無さ。それを叩きつけてしまいたかった、なのに。
    それすらかなわず、こうしている。

    「ああ……あああっっ!!」
     叩きつけた、額を床に。何度も、何度も。

     先輩は止めなかった。ただ、見守っていた。

     涙と鼻水に濡れたまま、私はつぶやく。
    「私は……弱い」
     そうだ、弱い。どれほど鍛えて、耐えてきても。弱い、だからこんなに――

    「そやな、弱い」
     肯定の言葉が頭上から降った、かと思うと。
     先輩はしゃがみ込み、私の手を取った。厚く、熱い手。
    「弱いってことは。もっと強くなれるってことやん」

     私は顔を上げ、瞬きする。
     先輩は言葉を続けた。
    「強いと思ってもうたらそこで終わりや、満足してもうてその先はない。……弱いと知っとるからこそ、強くなろうとできるんや。それが弱者の特権や……ヤエノちゃんも、ワシも」

    「え……」
     先輩も。これほどの強さを持つ人が、自分を弱いと。

  • 36図書委員22/06/08(水) 23:31:33

    先輩はベッドの上の父親に目を向ける。
    「ワシはおとんに負けとうない、けど……今はまだまだや。おとんを、倒した奴にも」

     これほどの力を持つ人が。それでも、それ以上に。鍛えて、耐えようというのか。

    「ふ……」
     可笑《おか》しい。可笑しかった、その人に遥かに及ばぬだろう程度の鍛錬で、強くなっていたつもりの自分が。
     笑えた。涙はもうなかった。
    「私は、弱い」

     うなずいた先輩の顔へ。床に座り込んだまま拳を振るう。
     もちろんそれは軽々とかわされ、しかし合図にはなった。再戦の。

     二人とも立ち上がり、構える。
    「もう一手。ご教示願います」

  • 37図書委員22/06/08(水) 23:32:09

     踏み込み、拳。前蹴り。中段への回し蹴り。もちろんそれらは防がれたが。先ほどより無駄のない動き、力み過ぎず固くならず、全ての力を十全に活かした打撃。

    「ええで、良くなっ――」
     防御を続ける先輩の言葉がそこで途切れた。無言のまま、パ、パ、パン、と、拳の触れ合う音だけが響く。
     私はさらに打撃の手を速める。ただ脚は無理ができない、下段と中段のみに留める。それでも、速める。

    「……!」
     防御だけではこらえ切れなくなったか、先輩が突き飛ばすような前蹴りを放つ――
     ――それが、私には、見えていた。

     ――読みどおり、真っ直ぐの蹴り、だが今度は寸止めではない。受けられるかこれを、攻められるかこれを越えて。
     ――いや。無理だ、この脚でそれはできない、私は弱い。
     ――だから。受けるな。攻めるな。
     ――舞え。

     ふわり、と跳ねた、浮かぶように。
     繰り出される前蹴り、それを踏み台にさらに跳ねた。
     すでに先輩の背を越えた、空中に私の体はあった。

    「なにっ」
     先輩が声を漏らすと同時。私もまた声を上げていた。
    「しゃあっ!」
     それは横殴りを越えて、斜め上からこめかみへ叩きつける形。先輩の見せたコブラ・ソード、その変形。

     膝頭が真っ直ぐに、断頭台の刃のように。先輩の頭へ向かう。

  • 38図書委員22/06/08(水) 23:32:25

     ――宮沢熹一は腕を掲げた。防御のため、だが間に合わない、それは分かっていた。それでも腕を掲げた。
     けれど。いつまで経っても、膝蹴りの衝撃は彼を襲ってはこなかった。

    「……ん?」
     見れば。彼女は空中で無理に体勢を変え、制服のスカートごと自らの膝を押さえ。打撃を放たずに着地していた。

    「…………」
     そのまま、無言のまま。深く一礼だけして、彼女は走り去っていた。

    「なん、や……?」
     宮沢熹一は目を瞬かせる。
     いったい彼女が当てなかったのは、自分が寸止めしたことへの意趣返しか。あるいは、わずかに脚を傷めていた様子だった、それをかばったか。それとも、神武不殺の精神によるものか――人間を遥かに上回るウマ娘の脚力、食らっていればただでは済まなかったはず――。

     それでも、とにかく。あの一瞬、自分は彼女に負けていた。
    「……やるやん、ヤエノちゃん」
     苦く笑うと、ベッドに横たわる父に向き直る。頭を下げた。
    「すまん。わしは弱いの、おとん」

     父の、その口の端は。笑うように、わずかに吊り上がっていた。

  • 39図書委員22/06/08(水) 23:32:49

     走っていた、いや逃げていた。私はとにかく逃げ出したかった。真っ赤に火照る顔を隠して、ただひたすらに逃げていた。

     思い出したのだ、あの一瞬。膝蹴りを放つあの一瞬。今日は練習の予定のない、通院するだけの日。だから。
     履いていなかった。制服のスカートの下、練習用のスパッツを。

     それまでは上段の蹴りは出さなかった、まず心配はないだろうが。あの一撃、空中からの膝蹴りのときだけは。思い切りまくれ上がったはずだ、スカートが。

    「……っ、~~~~っっ!」
     思い出しても顔から火が出るようで。それでとにかく、あのときは必死にスカートを押さえていた。
     それでとにかく、今。その場から逃げ出している。
     日の落ちかけた廊下の、影の長く伸びる中。リノリウムの床を踏む音だけが、辺りに響いていた。

  • 40図書委員22/06/08(水) 23:33:08

     ――後日、レースの日。
     控え室へと向かう前に、私はレース場正門前にいた。試合前のルーティーンとして、正々堂々の勝負を誓い、レース場へ深く一礼。

     そのとき、聞き覚えのある声がした。
    「ヤエノちゃん!」

     頭を上げると。宮沢先輩が手を振って駆けてくるのが見えた。
     私は目をそらし、うつむいた。先日のことが思い出され、顔がひどく熱を帯びる。

    「応援に来たで! まさか会えるとは思わんかったけど……いやしかし、すごい人おるんやの」
     先輩は回りの人の出を、物珍しげに眺める。

     先輩の顔をまともに見られないまま、私は深く頭を下げた。
    「その、先輩。先日はまことにお見苦しいものを……どうか、あれは、忘れて下さい……」

    「んっ?」
     先輩は首をかしげる。
     それから何か納得したようにうなずいて、笑った。
    「忘れるわけにはいかんやろ、けど。本当にワシでええんやったら……責任は全部、取ったる」
     そして、分厚い胸板を叩いた。

  • 41図書委員22/06/08(水) 23:33:24

     息を飲んで目を見開くヤエノムテキを前に。
     宮沢熹一は考えていた。
     ――忘れるわけにはいかん、あのときは少し脚を傷めとった様子やし。あの組手でケガが悪化したんだったら、ワシのせいや。
     そのときは、責任持って治したる。ワシみたいな下手くそな活法でええんやったら、なんぼでも教えたるし――。

  • 42図書委員22/06/08(水) 23:33:53

     微笑む先輩を目の前に、私の意識はぐるぐると回る。

     ――責任を? 取る? 男が女に責任を取るそれはつまり私を嫁にもらうすなわち私と結婚すると、なんでそんな急な話にいやそうか当然かだってあの人はあんなに強引に私を抱いて(※筆者注・ツボを押すときに腕で)、初めてだったのに激しくて(※筆者注・ツボ押しが)それに、私の大切なところ(※筆者注・パンツ)を見られてしまって、ああだからそう凄く自然、責任を取って下さいもうよそにはお嫁にいけない貴方しかいないのだからどうか私をさらってしまって、そうだ結婚しよう明日、今日、いや今すぐ――

    「……っ!」
     私は無理やり、両の手で頬を叩いた。思い切り、跡が赤く残るほどに。
     それでどうにか。混乱する思考を停止できた。
    大きく空気を吸い、腹の奥から息を吐く。それを何度か繰り返して、ようやく先輩に向き直ることができた。

    「どうも、ありがとうございます。ですが。未熟の身とはいえ私も、一人の武術家であり競技者……今、その申し出に頼るわけにはゆきません」

     ――けれど競技人生をまっとうして、走り尽くして引退したなら、そのときはきっと――
     湧き出る思考を払いのけるようにかぶりを振り、私は続ける。
    「今はとにかく。目の前のレースに全てをぶつけます」

     先輩はうなずいた。また胸を叩く。
    「そうかい。けどなんかあったら、いつでも頼ってくれてええんやで。この大胸筋でなんぼでも受け止めたる……ワシ、めっちゃタフやし」

     私は微笑んで、うなずいて。つぶやくように言った。
    「はい……そのときは、きっと。ですが今は――」
     姿勢を正し、歯を噛み締め。
     胸の前で両手を交差させ、勢いよく腰へと引く。
    「押忍! ヤエノムテキ……参ります!」

     ――強くなります、もっと。貴方のように――。
     心の内で誓って、レース場へと駆けていく。


    (了)

  • 43図書委員22/06/08(水) 23:35:07

    以上です。段取りが悪くて申し訳ないんだ、反省が深まるんだ。
    多くの人に見てもらいたかったので両方のスレに貼ったんスけど……いいんスかこれ……。

  • 44二次元好きの匿名さん22/06/08(水) 23:35:24
  • 45二次元好きの匿名さん22/06/08(水) 23:36:01

    あざーっス

    >>1さんのお陰でいいタフSSに出会えたっス

  • 46二次元好きの匿名さん22/06/08(水) 23:37:17

    >>43

    タフスレ貼ってくれて知れたからマイ・ペンライ!

  • 47二次元好きの匿名さん22/06/08(水) 23:40:12

    SSとは思えぬ文章量なんだよね、凄くない?

  • 48二次元好きの匿名さん22/06/08(水) 23:40:54

    >>43

    多くの感想を欲しがるのがSS作家なんだよねわかりみが深くない?

  • 49図書委員22/06/08(水) 23:41:06

    >>3

    いいえ! 寄生虫ではありませんよ(ニコニコ)

    証明を兼ねてこの後、没・ネタを貼るんだ。ウマ・カテの本スレの方に。


    >>6

    からのリンクなんだ。

  • 50図書委員22/06/09(木) 08:42:00

    俺はキャプテン・>1だあっ

    よく考えたら原作でおとんが入院してるのって結構話数短かったんスかね? でも印象に残ってるのでそのシーンにしたのん。

  • 51二次元好きの匿名さん22/06/09(木) 10:08:21

    このレスは削除されています

  • 52二次元好きの匿名さん22/06/09(木) 10:11:24

    >>51

    あのぅ

    ウマカテからタフスレに移動されたって話でもしましょうか?

  • 53二次元好きの匿名さん22/06/09(木) 10:27:48

    このレスは削除されています

  • 54二次元好きの匿名さん22/06/09(木) 18:08:47

    しゃあっ!

  • 55二次元好きの匿名さん22/06/09(木) 23:40:41

    鉄拳伝のやんちゃキー坊・TOUGHのストイックキー坊・龍継のNEO坊といろいろあるが、ここで独自に描かれた「異性に憧れられるモテキー坊」こそが斬新だと自負している

  • 56二次元好きの匿名さん22/06/10(金) 08:33:06

    ところでウマ・娘とタフ両方のファンってどれぐらいいるんスかね?

  • 57二次元好きの匿名さん22/06/10(金) 12:03:30

    もしかしてタフ・カテとウマ娘・カテは同一存在なんじゃないスか?(暴論を越えた暴論)

  • 58二次元好きの匿名さん22/06/10(金) 21:55:23

    しゃあっ、スパッツなら・恥ずかしくない・のん!

  • 59二次元好きの匿名さん22/06/10(金) 21:58:08

    ウ、ウソやろ
    こ…こんな面白いssが読めていいのか

    1あざーす(ガシッ

  • 60図書委員22/06/11(土) 08:23:48

    >>59

    俺はキャプテン・>1だあっ

    こちらこそお読みいただいて本当にあざーっス(ガシッ)

  • 61二次元好きの匿名さん22/06/11(土) 08:46:11

    オグリタッフスキーなんすけど、現状だと彼女程キー坊へ真剣に想いを向けてるって感じるSSで感動したのん
    この二人から産まれた子供は更に最強に成りそうだしな!

  • 62二次元好きの匿名さん22/06/11(土) 19:51:37

    >>61

    オグリタッフスレもいいですよね…一族ぐるみの付き合いなのがいいんだ、絆が深まるんだ。

    トップシュンベツちゃんの可愛さも再認識できたしな(ヌッ)

  • 63二次元好きの匿名さん22/06/11(土) 20:12:00

    あ…あの……このスレをオグリタッフに輸入していいスか?
    こんな面白いスレは全てのウマネモブに読ませるべきっス

  • 64二次元好きの匿名さん22/06/11(土) 20:17:39

    なにっ タフカテ滑りされたっ

  • 65二次元好きの匿名さん22/06/11(土) 20:20:19

    ラリー・ムテキー

  • 66二次元好きの匿名さん22/06/11(土) 21:12:49

    >>64

    タフカテに立てただけだろえーっ

  • 67二次元好きの匿名さん22/06/11(土) 21:23:59

    >>66

    ウマカテに立ててたのは消されたのん?

  • 68図書委員22/06/11(土) 22:22:55

    >>63

    はい! もちろんめちゃくちゃいいですよ(語録混合)

    むしろ入れて欲しいですね…生(レア)でね


    >>67

    ウマカテと両方立ててるんだ。恥ずかしがることはないよ、色んなとこで見てもらいたがるのはSS作者の特権よ

  • 69二次元好きの匿名さん22/06/12(日) 07:20:27

    ククク…ここのキー坊は鉄拳伝の明るさ・toughの精神性・龍継の風格を兼ね備えた完全キー坊だぁ……(多分)

  • 70二次元好きの匿名さん22/06/12(日) 11:31:58

    >>68

    あざーす ガシッ(握手)

  • 71二次元好きの匿名さん22/06/12(日) 11:32:41
  • 72二次元好きの匿名さん22/06/12(日) 11:39:25

    今読み終えたのん、キー坊かっこいいやんケ

  • 73図書委員22/06/12(日) 21:02:58

    >>72

    あざーっス!

    ククク…こことオグリタッフスレのキー坊は精神性・タフさ・ルックスを兼ね備えた完全イケメンだァ……

オススメ

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