【SS】カフェとタキオンの怪奇事件より生きてる人のが怖い話【ウマ娘×ミステリ】

  • 1◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:39:27

    ※少々長いですが、よろしければお付き合いください。(約14,000文字ですので、読了目安時間は28分です。事件編の文量は全体の約2/3です)
    ※事件編/解決編に分けて時間差登投稿します。
    ※固有名詞ありのオリジナル登場人物が出てきます。ミステリなので、不要なときに代名詞で叙述トリックを疑わせたくない。というのが主な理由です。ご容赦ください。

  • 2事件編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:39:59

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     「……記録終了。カフェ、映り込んでるよ。手伝おうか?」

     タキオンがBluetooth接続のリモコンを操作して録画を停止する。
     画角の隅でソファに収まっていたカフェの眉間には深い溝が刻まれ、頭頂の両耳は彼女の手元に向けて絞られている。かれこれ30分ほど格闘戦を演じた相手であるタブレットPCはじんわりと熱を放ち、両手は汗で湿っていた。

     「理科準備室」のプレートが取り外されて何度目かの秋。今となってはここが元々何の部屋だったのか知らない者も少なくない。多くの生徒にとってそこは、取るに足らない忘れられた空き教室だ。

     青鹿毛のウマ娘、マンハッタンカフェは琥珀色の瞳を閉じると、観念したように栗毛のウマ娘、アグネスタキオンを対面のソファに招いた。制服の上に羽織った白衣がふわりと紅茶の香りを舞い上げる。

     「ふむ、ウマスタ……の登録画面か。まだ最初のステップのようだが」

     「すみません……何度やってもこの画面に戻ってきてしまって……」

     タキオンはうんうんと頷くと、指を滑らせていくつかの入力を修正し始めた。

  • 3事件編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:40:12

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     3年間のトゥインクル・シリーズを戦い終えたカフェが独り立ちを決意し、トレーナーとの専属契約を解消して半年。困ったことの一つに、こういった小さなトラブルが起きた時に助けを求められなくなった点がある。

     今だって彼ならばいつもの笑顔で助けてくれるのだろうが、それをしないのが独り立ちというものだろう。今回のところは結局、タキオンに恩を売る事になってしまったわけだが。

     「あんまり放っておくと赤い部屋にでも入り込みかねないからね」

     「赤い部屋……?」

     「おや、知らないか……言われてみれば古い話だしねえ。それに当時の空気あってこそ、といった側面もある」

     タキオンが手を止め、覗き込むように視線を合わせた。
     「少し、不思議な話だ」

  • 4事件編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:40:22

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     「赤い部屋」はインターネット利用中に出現する、消すと死んでしまうポップアップ広告に関する都市伝説だ。

     その広告は「あなたは████が好きですか?」という合成音声とともに出現し、閉じても再び開かれる。そのたびに「████」の部分が聞き取れるようになっていき、最後には「あなたは赤い部屋が好きですか?」という言葉とともに人名が羅列したページへ飛ばされる。末尾には自分の名前があり、翌日、死体で見つかるのだそうだ。

  • 5事件編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:40:40

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     「おっと、体験者が死んでいるじゃあないか。誰がこの話を残したんだい?なんて野暮なことが不思議ポイントではないよ?」

     タキオンは通信待機中になったタブレットを机に置くと、自分の研究スペースからノートPCを引っ張ってきて目の前に広げた。画面の上には先程まで映像ログの収録に使っていた外付けカメラが乗っかっている。

     「これが、そのポップアップ広告を再現したもの……を、今の環境でも動かせるよう再現したアプリケーションだ」

     それは赤地に黒で「あなたは」「好きですか?」と書かれたシンプルなもので、何度か閉じるボタンをクリックすると2つの言葉の間から徐々に文字が出現するというものだった。怪談に登場するものと違い、音声は無いようだ。

     「……それで、不思議というのは?」
     怪談なのだから、不思議や不条理は存在して当たり前だ。「赤い部屋」は確かに不条理な話ではあるが、取り立てて不思議に感じるような点は無いように思えた。

     「見てごらん」
     ノートPCをぐいと押しながらも、右手はタブレットの操作に戻っている。
     「『赤い部屋は好きですか?』こうして文字にして見ると、“赤”という色で血を連想することはあっても、それ以外に怖いところはない……そう思わないかい?」

     確かに、最初にタキオンが「赤い部屋」と口にしたときも怪談の類いだとは思わなかった。

  • 6事件編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:40:52

    5 / 35

     「部屋という部分に閉塞感がなくもないが……そこから監禁や誘拐を想像して怖がるのはだいぶ想像力豊かと言わざるを得ないだろ?この怪談がなぜ、ここまで怖がられ、語り継がれたのかが不思議でね」

     なるほど、彼女らしい考えだ。
     カフェは深く頷くと、もう一度「赤い部屋」の再現アプリを動かしてみた。徐々に現れる文字は慣れてしまえばシュールである。
     「……もとの怪談だとこれが音声を伴っている点、勝手に開き、閉じ続けると勝手に飛ばされるという点……そういった“コントロール不能な事態についての恐怖”があるのだと思います」

     「……パソコンは見えないところではプログラムが動いているものだからね」

     「ええ……ですから、このお話はそういった、漠然とした“恐怖”そのものを怖がっているお話、なんです」

     声も合成音声であり、無機物的なものに寄せられている。
     もし、「赤い部屋」の怪異が実在したら、いつものように対処したり、お友達のようにコミュニケーションを図ったりする自信が無い。そこに感じる不安を根源とした恐怖こそ、このお話を語り継いできた人々が感じているものと同種なのだろう。

  • 7事件編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:41:06

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     「ふゥン、ハリーの前でまね妖怪が吸魂鬼に変身したのを見たときの先生の評価みたいなものか」

     「……ハリー・ポッター読むんですね?」

     「スイープ君に勧められて映画だけね……しかし、そうか。これも枯尾花の類型というわけか」

     「おもしろいことだと思います」

     画面から目線を上げると、タキオンと目が合った。毛並みと同じ赤銅色の瞳で、少し微笑んでいる。
     「私からすればカフェのアプローチもおもしろいよ……ときに、どうしてウマスタの登録を?トゥインクル・シリーズ中のほうが注目度は高かっただろうに」

     「……文化祭のミスコン出場者が活用するようなので……今年はユキノビジンさんが出ますから」

     ルームメイトのユキノビジンはとても温厚で優しく、可愛らしいウマ娘だ。気づけば友人にエントリーさせられていて、どう断ればいいのかという相談を持ちかけられたカフェだったが、迷わず推すことにした。

     「なるほどねえ……さ、できたよ」

     タブレットが受け渡されるのと、旧理科準備室のドアがノックされるのが同時だった。
     「どうぞ」と応えるあいだに、タキオンはノートPCを小脇に抱え、自らのスペースに戻っていく。

     仕舞う前にちらりと確認したタブレットの画面には、無機質なデフォルト状態のウマスタのホームが映っていて、すでにタキオンのアカウントをフォローしている状態になっていた。

  • 8事件編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:41:23

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     「――それで、ここのところはタイムも伸び悩んでる感じなんです」

     この日、相談に訪れたのは、中等部のペルフェスタチューというウマ娘で、朱い鹿毛を長く垂らした線の細い印象を受ける子だった。
     相談事はこういった走りに関するものが7割。1割が心霊絡みで、残りの2割は何故か恋愛ごとである。チームメイトから走りのフォームが崩れていると指摘されるも自覚がない。という相談はごくありふれたものだ。

     「……ペルフェさんのトレーナーさんは何と?」

     「それが、見てもらって、その場では改善されたんですけど、時間が経つとまた……」

     カフェは自分の顎に指を当てた。

     きちんとした指導者がついていて解決できない問題に万全の答えを出すのは難しい。それでも、私を頼ってきてくれたのだ。できるだけのことはしてあげたい。
     「……わかりました。このあとは練習ですか?」

     「はい」

     「……タキオンさん、留守の間、私のグッズには触れないよう」

     「いや、私も行くよ。気分転換がしたい」

     「それじゃあ!」ペルフェが顔を輝かせる。

     「どこまでお力になれるかわかりませんが……実際に見て、解決方法を探してみましょう」

  • 9事件編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:41:36

    8 / 35

     練習場は学園の周辺も合わせていくつかあるが、彼女の所属するチーム、「トラペジウム」が使用していたのは、トライアルでも使用されるコースだった。

     コンクリート製の観客席が、夏の気配の残る西陽を受けて蜃気楼のように揺らいでいる。
     ターフを数組のウマ娘たちが併せで走り抜け、ダートコースでは坂の往復や基礎トレーニングが行われていた。それを横目に見ながら、隅っこの方で練習用具や白いタオルの山の入ったカゴを抱えて行き来しているのはサポート科のウマ娘たちである。

     「サポート科のコたちが居るとはいえ、この大所帯を一人で担当とは……称賛を通り越して人員不足を憂う気持ちになるねえ」

     「サポート科の現場研修の場でもありますから……研修生が多すぎると言われれば……はい」ペルフェが耳を伏せる。

     指導で一時的に改善するのなら付きっきりになってあげればいいのにとも考えていたが、その手は使えないというのが実情なのだろう。

     「とりあえずトレーナーさんに挨拶を……どちらにいらっしゃいますか?」

  • 10事件編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:41:50

    9 / 35

     チーム:トラペジウムのトレーナー、伍藤は客席の少し高い場所、西陽から距離を取るかのように東の隅の座席に座り、膝の上にノートPCを開いて隈のできた目を画面に向けていた。どこからか足元まで引っ張られた延長コードにはPCの他に扇風機が接続されていて、屋外の生暖かい空気を虚しく撹拌している。

     「あの……今日は、ペルフェスタチューさんのフォームの件で……」

     「ああ、済まない……」PCから伸びるイヤホンを外して、先端を胸ポケットのボールペンの隣に押し込む。
     「ペルフェスタチュー君のフォームの話、だね?」

     「ええ、相談がありましたので」

     「僕も見たんだけど、そうだね……マンハッタンカフェ君にアグネスタキオン君。君たちのような優秀な先輩の意見を取り入れるのもいいかもしれない。是非、見てやってくれ」

     「……ありがとうございます」

  • 11事件編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:42:11

    10 / 35

     「それでは、1周流してから2周目に全力って形で行きますね?」

     「カフェは離れて見ていておくれ」
     併走を請け負ったタキオンがアキレス腱を伸ばす。彼女のジャージ姿を見たのは随分久しぶりな気がする。

     2人が駆け出した。最初は確かめるような足取りで、少しずつ回転を上げていき、全身をほぐすように連動させ、呼吸を早く、深く。
     バックストレッチでは西陽をもろに受けたタキオンが呻きながら歩調を乱したが、それ以外は順調に加速していく。
     第4コーナーを回り込みながら、徐々に歩幅を広げ、身を沈めていく。2人のウマ娘がカフェの前を駆け抜けたときには一陣の風となっていた。息遣いだけを残して第1、第2コーナー、向正面……

  • 12事件編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:42:42

    11 / 35

     「……どうでした?」

     「良いじゃないか」

     「ええ……とても綺麗なフォームだったと思います」
     それは本心だった。地面を蹴り、つま先から胸へとめがけて推進力を伝える。強靭な脚力に負けぬよう、腕を振って腰をひねり、次の一歩を踏み出す。彼女にはそれができている。
     違和感があるとすれば、本人が気にし過ぎて時々テンポを崩しているように見えるところだけだった。

     「リズムを……呼吸を意識して合わせてみましょう……」

     「……はい」

     浮かない顔だ。自分でも自身のフォームを確認しようとして乱れる分は自覚しているのだろう。それに、これくらいの事はすでに伍藤に言われているのかもしれない。

     「あの……何かおかしな気配があったりとかは、しませんか?」

     「いえ……?」

     念の為辺りに気を配ってみるが、特別おかしなことはない。少し視線が集まっているようにも感じるが、チーム外から来たG1ウマ娘が走るのだから注目を浴びるのも特別なことではないだろう。

  • 13事件編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:42:57

    12 / 35

     「何か、気になることでも?」

     「……ただの噂ですし……今日はありがとうございました。ひとまずテンポよく、ですね。意識してやってみます!」

     「もう一度、併せてみようか」
     2人が再びターフの上を走り出す。

     「……おかしな気配に……噂、ですか」

     振り返ると、ちょうど空になった洗濯物カゴを手に通りかかったウマ娘がいたので呼び止めた。

  • 14事件編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:43:11

    13 / 35

     「くねくね……」

     「それも有名なネットロアだね。変な操作はしないようにと言ったはずだが」
     おもわずこぼれ落ちたぼやきをタキオンが拾う。

     ジャージから制服に戻った頃には辺りはすっかり暮れなずみ、湿気を帯びた風がゆるゆると2人を追い越していた。

     「……違います。出るそうなんですよ。コースの観客席に……何か知っていますか?」

     肩をすくめるタキオンは、先程までペルフェのフォームを上機嫌に褒めていた。なかなか珍しいことだ。

     「一般的なことでいいなら」

     「それでかまいません」

     「ふむ……妖怪の一種だよ。田んぼの真中、あぜ道の向こう……肉眼では焦点が定まらないような離れた場所に現れて、ゆらゆらと揺らいでいる。それは一心不乱に手足をばたばたさせる人の形をしたもののようにも見えて、さらに熟視して正体を見極めると精神に異常をきたしてしまう……一反木綿やえんらえんらの類とされることもあるね」

     名前だけは知っていたが、ディティールについては初めて聞く。
     サポート科のウマ娘が言うには、観客席のくねくねを目撃した者は、身体に不調を抱えることになり、レースで怪我をするらしい。


     話をしてくれたウマ娘はその日の夕方、離れた場所から、ペルフェがサポート科に所属している同郷で幼馴染のウマ娘と併走するのを見ていた。

     第2コーナーを回ったところで2バ身先を走っていた併走相手がふと何かに気づいて顔を上げる。ペルフェに聞こえるように何か言ったようだった。

     それからペルフェはバックストレッチの中ほどまでちらちらと観客席の西側に視線を送っていたが、そこにあったものが消えると走りに戻っていった。

  • 15事件編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:43:28

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     トレーナーの指導があったにも関わらず私の元に相談に来たことや、普通のアドバイスでは不服そうだったことにも説明がつく気がした。彼女はそれを目撃してしまったのだろう。

     「トリックかもしれないね」

     「……と、言いますと?」

     タキオンがタンブラーを取り出して蓋を開ける。紅茶の香りとともに一筋の湯気が立ち昇っていた。
     「えんらえんらは煙の妖怪。今回の件はもちろん、湯気ではないだろうけど……くねくねは白い人型だ。動きや服装……もしかしたらターフと観客席の環境差でできる蜃気楼のような光の屈折も影響したかもしれないね」

     カフェはコースを訪れた時に見た蜃気楼を思い出した。
     「つまり、ペルフェさんが見たものは……くねくねに扮した誰かだった、と……?」

     「あくまで、可能性の話だよ」

     あの場所に幽霊の気配はなかった。目撃者の気の所為で済ますよりは、何者かの仕業であると考えたほうが自然かもしれない。

     「……ありがとうございます。もう一度調べてみます」

     「それなら、彼女と併走していたというサポート科の子を当たるべきだ」

     「併走相手……ですか?」

     「考えてごらん。チームの練習中に練習場で実行するとなると、いつもくねくねを出しておくわけには行かない。コースにはチームメイトが居るし、観客席にはトレーナーだって居るからね。トリックの成立には打ち合わせと、確実にターゲットに目撃させるための視線誘導も必要だろう?」

  • 16事件編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:43:39

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     サポート科に所属しているウマ娘は、その名の通り選手のサポートを行う。
     コースの整備や洗濯のような雑務もそうだし、データの記録、収集管理なんかの事務、併走やレースでの誘導を彼女たちが務めることもある。

     URAファイナルズの後、タキオンに「私のサポートに専念していた時期、編入する考えは無かったのか」と聞いたことがある。彼女でなくても、競技の道を諦めるのなら一般的な選択肢だ。
     「なぜそうしなかったのかは、当時は単に面倒だからだと思っていた……今にしてみれば未練だったのだろう」と笑っていた。

  • 17事件編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:43:59

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     翌朝、カフェは早めに寮を出た。同じ場所で朝練が行われている。

     ペルフェと併走していたのは、サポート科のノヴァヤゼムリャという栗毛のウマ娘だった。半袖の体操服をさらにまくりあげてノースリーブのようにし、引っ張られた布が胸を強調している。

     「もしかして、おばけの調査ですか?」
     ノヴァが可愛らしく小首を傾げる。どこかで見た顔だ。

     少し悩んだ末に頷いて応えた。
     「ペルフェさんとの併走中に……目撃したんでしたね?」

     「ええ、あんまり気にしないことにしてます」

     普通ならそれは賢明なことだ。実際ペルフェは気にしすぎるきらいがある。

     「……少し、ご一緒頂いても?」

     「え、いいですケド……」

     連れ立ってターフを歩く。
     「……併走はよくされるんですか?」

     「ええ。本格化っていうのかな?そんじょそこらの選手より早いですよ、私。今度ミスコンにも出るんで、応援してくださいね」

     「私の……ルームメイトも出ますので」
     ああ、とカフェは腹落ちするものを感じた。彼女の顔はウマスタでユキノの対抗ウマ娘として見たのだった。

  • 18事件編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:44:11

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     視線を前に向けると、第2コーナーを抜けてバックストレッチへ入っていた。
     「……この辺りで気づいたんですよね」

     「ええ、コーナーを抜けると視界がパッと開けるでしょう?そうしたら目の端に……」

     「ペルフェさんは少し後方だったと聞いています」
     さらに少し進んで直線を見通す。今は朝もやがうっすらと這っていた。

     「この辺りですね」
     客席に目を向ける。つられてノヴァも同じ方を見た。

     「何か気づくことはありませんか?」

     「え?」

     「あなたが併走していたのは夕方と聞いています……昨日(タキオンさんが)体験しましたが、その時間帯は第2コーナーを抜けた直後に西陽を受けることになります……」

     そういうときは少しの間目を閉じ、まぶた越しに目を慣らす方法もあるにはある。
     しかし、


     「……開けないんです。視界」

  • 19事件編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:44:27

    18 / 35

     その状況で客席の影に気づくのは不自然だ。最初から客席を見るつもりだったか、実際には見ずとも知っていたのでなければ。

     「……目撃時の話をしてくれた子……あの子がくねくね役でしょう。サポート科でしたら、くねくねに扮するためのタオルを怪しまれず運ぶことができますし……何より、ペルフェさんが視線を送らなくなった理由を『見ていたものが消えたから』と断言してしまっていました」

     短い沈黙の中、風に乗ってホームストレッチ側からの楽しそうな声が横切った。

     「……何故、こんなことをしたのですか?あなたたちは幼馴染なんでしょう?」

     ノヴァは目を伏せて言葉を探すように口を動かす。声が出たのは彼女が三度目に口を開いたときだった。
     「……むかし、うさぎを飼っていたんです。ミルクという名前でした。ペルフェが遊びに来た時、あの子、ソファの上に居たミルクに気づかず……不注意で……」
     声を震わせ、両手で顔を覆う。
     「……友人は、このことを知っていますから、手伝ってくれました。少し脅かすだけのつもりだったんです」

     その後は言葉にならない嗚咽だけが続いた。


     掴んだ事実をどうすべきか。
     色々なウマ娘の相談に乗っていると、まれにこういう場面に遭遇する事がある。そんなときは、どうしたって寝覚めが悪いものだ。


     ため息をひとつ。
     「……彼女にはもう、くねくねが出ることはないとだけ……伝えておきます」
     これで良かったのか、まだ自信がない。

     ノヴァは肩を震わせながら静かに頭を下げていた。

  • 20事件編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:44:41

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     すっかり夏の気配も遠のき、山も色づき始めた。
     あれ以来、くねくねが出たという噂は聞いていない。ペルフェが再び旧理科準備室を訪れることはなく、ノヴァの名前がミスコン出場者一覧から消えるようなことも無かった。何気ない日々が続いていた。

     トレセン学園は秋から年末に向けたG1戦線を迎え、ピリピリした雰囲気に包まれている。


     カフェは旧理科準備室へと続く廊下で、今し方すれ違ったウマ娘たちを振り返っていた。緊張感とは違う、不安と悲しみの入り混じった暗い表情。
     その不安が伝染しようとまとわりついてくるのを振り払うように、少し早足で歩いた。

  • 21事件編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:44:56

    20 / 35

     「昨日のレース、前に相談に来ていたコが出走したそうだよ」

     珍しく大きく開かれたカーテン。逆光の中、タキオンが椅子を回転させる。逡巡の後にペルフェスタチューという素晴らしいフォームで走るウマ娘のことを思い出した。

     「そうですか……彼女の足なら、きっと良い……」

     「全治2ヶ月だそうだ」

     手持ちの学生カバンが落ちて、ドサリと音を立てた。
     「そんな……」

     「レース自体も惨敗。あれは堪えるだろうね」

     「見たんですか?」

     「ああ。カフェも見るかい?」

     「お願いします」

  • 22事件編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:45:10

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     映像はチームメイトが三脚を使い外ラチ際から撮ったものらしく、声援は遠いものの風の雑音が響いていたし、望遠もイマイチだったが、終始ペルフェの姿を捉えていた。

     映像の中の彼女は3番のゼッケンをつけて、緊張した面持ちでゲートが開くのを待っている。
     走り出す。周囲に気を配りながら3番手の好位置。


     タキオンはカフェの眉間に皺が寄るのを見た。
     無理もない。一歩一歩が力加減の異なる、酷いフォームだ。それでも前方集団につけているのは、彼女がその一歩一歩に細心の注意を払っているからだろう。

     しかし、そんな状態が長く続くはずがない。

     彼女は苦悶の表情を浮かべ、徐々に徐々に後方へと落ちて行った。集団に紛れ、隠れがちになる。最下位でゴール板を通過した後、膝に手を当てて苦しそうに肩で息をしていた。

     「本当にフォームが悪くなっちゃったね……」

     撮影者のものと思われる声の後、カメラが小さく揺れて映像は終わった。

  • 23事件編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:45:23

    22 / 35

     真っ暗になった画面に、カフェの琥珀色の瞳が反射している。痛々しい沈黙が流れた。
     窓の外では高い雲が恨めしげに見下ろしている。

     しばらくの間タキオンはカフェが口を開くのを待っているようだったが、カフェは無言のまま立ち上がった。

     「私も行くよ」
     白衣を椅子の背もたれに残して、タキオンも立ち上がる。
     「とは言ったものの、行くあてはあるのかい?」

     「……謎は解けました。が、証拠がありません。知恵を貸してください」

     タキオンはその言葉に少し目を見開いて見せたが、その表情はすぐに微笑みに変わった。

     「もちろんだとも」

  • 24事件編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:45:36

    23 / 35

     トレーナー室の扉を叩く。

     専属トレーナーとの契約を解消してからこの棟に足を運ぶことはなくなっていたので、来るのは久しぶりだ。道中、彼とすれ違うのではないかと少しそわそわした。ここに至るまでの経緯を説明したとして、彼が良い顔をしてくれるイメージがわかない。きっと、少し悲しそうな顔をして「大変だったね」と慰めてくれるのだろう。

     「どうぞ」
     扉の奥からはおなじみの声ではない。ペルフェのチームトレーナー、伍藤の声。ここは伍藤に割り当てられたトレーナー室だ。

     「失礼します」

     カフェの後に続いて入室したタキオンが扉を閉める。

     伍藤は胸元に手を当ててスーツのシワを払った。
     「マンハッタンカフェ君にアグネスタキオン君。確認したいことがあるとの連絡で、詳しくは訪問してからとのことだったね?」

     「……はい。ペルフェさんの事についてです」

  • 25事件編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:45:54

    24 / 35

     「怪我の件は私の指導不足だ」
     否定しようとして、実際彼がきちんと指導できていれば今回の件は起きなかっただろうことに思い至る。気に病んで欲しいわけではないが、軽率に世辞や慰めの言葉を述べる場面でもない気がした。

     「……ペルフェさんのフォームがおかしくなり始めたのは、いつ頃でしょうか?」

     「待っててくれ」

     モニターに顔を向け、マウスとキーボードをせわしなく動かす。
     「これだな……7月24日、ペルフェスタチューのフォームの異変についての相談……この後にも」

     「相談、ですか……」

     心臓が胸の内で冷たく跳ねた。その記述こそ、私達が探していたものに違いない。
     「あの……それ、お貸しいただいてかまいませんか?」

     「本来、持ち出す事は想定していないんだが……」

     「頼むよ、彼女のために必要なことだ」
     タキオンの瞳は、「首を縦に振るまで帰らない」と強く訴えかけていた。

  • 26◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 20:47:03

    以降、解決編になります。
    解決編は22時半ごろを目安に投稿しようと思います。

  • 27二次元好きの匿名さん22/06/24(金) 20:58:16

    考えつつ期待

  • 28二次元好きの匿名さん22/06/24(金) 21:07:43

    なんだこれ完成度高い
    全く何も思い浮かばないけど考えてみる

  • 29二次元好きの匿名さん22/06/24(金) 22:19:14

    期待あげ

  • 30二次元好きの匿名さん22/06/24(金) 22:31:35

    結局思いつかなかったので解凍待機

  • 31二次元好きの匿名さん22/06/24(金) 22:32:53

    なんとなく思いつくものはあったが……救いがないというかなんというか

  • 32◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 22:35:12

    解決編、始まります。

    栞がわりに>>1にアンカーを飛ばしておきます。

  • 33解決編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 22:35:47

    25 / 35

     『ね?簡単だったでしょう?』

     ――シュポンッ!というメッセージ受信音とともに、言葉が上へと送られる。

     『ヤバかった。これもう思うがままじゃん?』
     『マジ神!!ついていきます!』

     スタンド席の暗がりで、ノヴァがほくそ笑む。そう、思うがままだ。選手1人壊すのに、たった一言、提案するだけで良い。これ以上無い全能感。
     そのとき、スマホの画面に現れた通知バーにノヴァはいっそう笑みを大きくした。

     『Manhattan.Cさんがあなたをフォローしました』

     ひと月前に登録されたこのアカウントがマンハッタンカフェ本人のものであることは確認が取れていた。ほとんど利用されていないにもかかわらず、GIウマ娘の名声は界隈に響き渡り、一夜にして10万人のフォローを集めた注目の人だ。

     その彼女からのフォロー。数十万規模のフォロワーを持つ彼女からのフォローは優越感でいっぱいになるくらいの効果があった。

      彼女は一度、喉元まで迫っていたので、これは監視のつもりかもしれない。しかし、ボロを出す前に利用し尽くすくらいのことはできる自信があった。

  • 34解決編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 22:36:02

    26 / 35

     すぐにフォローを返すと、今度はメッセージが飛んできた。
     『お時間いただけますか』

     流石に鼻白む。
     ごまかしてしまったほうがいいかもしれない。

     『えーっと、少し忙しくて……すみません』

     実際、裏方であくせく働いている私のほうが、空き教室を占拠して相談室を開いている彼女より忙しい。そのはずだ。

     「……あまり長くはかかりませんので」

     スマホを取り落しそうになった。目の前の暗がりが揺らいだような気がして、見ればそこにカフェが立っていたのだ。

  • 35解決編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 22:36:14

    27 / 35

     カフェは手にしていた手帳を制服のポケットにしまうと右手に残ったボールペンを一瞥した。ノヴァはなんとなく既視感を覚えたような素振りをしたが、工業製品だ。見覚えがあったところで別におかしくはない。

     「えーっと……お話というのは?」

     「……ペルフェさんについてです」

     ノヴァは震える声で「彼女の怪我はショックです」と言った。
     「不調の原因は、私が脅かしたせいですもんね……責任感じちゃいます」

     それだけなら責めたりしない。ああはならない。カフェが顔を横に振ると長い髪の毛がふわりと広がった。

     「いえ……彼女の不調は指導を受ければ十分に直るものでした……」
     しかしそうはならなかった。あの日、私を頼ってきたのもそのためだ。
     「それを深刻化させたのが、あなたたちです」

     「……それは流石に責任持てませんよ?」

     「いいえ。彼女への攻撃は、くねくね騒動より以前から始まっていました」

     「そうでしたっけ?」

  • 36解決編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 22:36:26

    28 / 35

     「ですから、本来であれば、このトリックにくねくねは必要なく……私の出番も無かったのだと思います」
     こうなってしまっては関われてよかったのかもしれない。もっと早く真実にたどり着くべきだった。

     「トリックって……」鼻で笑うような声色。

     「……全容はこうです」
     カフェがボールペンをハリー・ポッターの決闘のシーンのように突きつける。


     「あなたは、たった一言、他のサポート科のコたちにこう言うよう指示したんです『フォームが何かおかしい』と」

  • 37解決編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 22:36:42

    29 / 35

     カフェはノヴァの瞳孔が揺れるのを見逃さなかった。

     「……もちろん、その時点で彼女のフォームになんら問題はありませんでした。むしろ秀でて美しいものであったと思います」

     目を閉じて思いを馳せる。あのとき、ターフの上で目にしたフォームは完璧だった。清涼の風のようだった。
     それに比べて、あのレースの映像の惨憺たる様。録画の最後に入っていた「本当にフォーム悪くなっちゃった」という言葉。入っていなかった声援。

     「……それを言うのがあなた1人だけなら、少し疑問に思う程度だったでしょう……しかし、複数のチームメイトから同じことを言われるのであれば、少しでは済みません」

     カフェの手に力がこもる。

     「本来、客観的な視点は大切な参考意見です……」
     自身もトレーナーに、タキオンに、助けてもらい、声をかけられながらURAを戦い抜いた身だ。
     「その周囲、それもサポート科の皆さんに言われ続ければ、疑うのは自身の感覚のほうだったでしょう……あなたは、トレーナーさんにも、最近ペルフェさんのフォームがおかしいと相談し、指導させましたね?」

     フォームのことを言われ続けた末にトレーナーからもフォームの指導が入れば、もはや疑う余地はない。たとえ指導内容が肯定的であっても、だ。

  • 38解決編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 22:36:54

    30 / 35

     「くねくねは、おそらくペルフェさんがあなた達に具体的な意見を求めた際、とっさに話題をそらす目的で話したのではないでしょうか……その後、実際に目撃させることで、不調の原因をどうしようもないものに押し付けようとした」

     そうして彼女は、藁にもすがる思いで旧理科準備室を訪れた。

     不甲斐なさに歯噛みする。あの時、本当のトリックに気づけていれば、ペルフェの怪我は防げていたのだ。

     「……私は、くねくねを祓ったことにしました。元々居ないものですから、それで不安の種は取り除かれたと、勘違いしてしまったんです」

     その後も指摘は続いたのだろう。修正しようのないものを修正しようとしていてはタイムも伸びるはずがない。ノヴァたちの言葉は少しずつ、少しずつ彼女を壊していった。

  • 39解決編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 22:37:09

    31 / 35

     「……これが、この事件の真相です」

     「……復讐だったんです」ノヴァがその場にくずおれる。
     「前に、話しましたよね?ペットを殺されて……ですからみんなには……」

     「ご両親に確認したところ、ミルクちゃんはうさぎではなく大型犬だそうですね……元気だそうですよ。電話口に息遣いも聞こえていました」

     嘘泣きが止まる。

     これも後悔した点の一つだった。早々に裏取りをしておけば気付けるヒントだった。
     誰もカフェの顔を見ていなかったが、このとき瞳に涙を溜めていたのはノヴァではなくカフェのほうだった。

     「信じがたい……本当に信じがたいですが、あなたの本当の目的は復讐ではなく文化祭で行われるミスコンでの勝利ですね?」

     返事はない。

     「サポート科のコミュニティの中で、あなたは力を誇示することで、競技科を見返すことで、尊敬を……あるいは畏怖を集めようとした。そうしてミスコンに勝利すれば、さらに一目置かれる存在となれたでしょう」

     サポート科の誰しもが自身がレースを走れないことに劣等感を覚えているわけではないが、少なくとも彼女自身は「そんじょそこらの選手には負けない」自負を持っていた。
     もしかしたら、事前に完全犯罪を行うと予告していたのかもしれない。

     「今回のトリック、成立させるには多くの協力者が必要です。全員の口に戸を建てるのは……不可能です。あなたが話さなくとも、いずれ白日の下に晒されるでしょう」特に成功に浮かれている今は。

  • 40解決編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 22:37:27

    32 / 35

     「……証拠は?」

     空気が変わった。

     「ありませんよね?全部憶測とこじつけじゃない!?ミスコンの話なんて、この時期誰でもしてる。ちょっとくらい会話ログが出てきたって、妄想で悪人ごっこしてただけよ!」

     「いえ、もっと確かな記録があります」

     それは、仕掛けた本人によって巧妙に隠されていた。過去に、記録を取っていると畏まってしまって上手く悩みを打ち明けられない選手が居たそうだ。
     スマートフォンを開いて、タキオンに送信してもらっていたファイルを再生する。

     「――それで、ノヴァヤゼムリャ君、相談というのは?」

     音声ファイルだ。その声は彼女にとっては聴き慣れたものだろう。

     「それが、ペルフェちゃんのフォーム、少し違和感があるっていうか……」

  • 41解決編◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 22:37:38

    33 / 35

     「これは、あなたがペルフェさんの不調を訴えた際の録音です……伍藤トレーナーが保管していました……そして、これ以前に同様の指摘や相談はありませんでした」

     「そ、そんなの……そう!誰も信じないわよ!実際、彼女の怪我は彼女がフォームを崩したせいじゃない!あなたの言っていることは情報の組み換えに過ぎないわ!」

     確かに、その因果関係を逆転するには少し足りない。
     「ですので……すみません。この録音、どうやって録ったものか……ご存知ですか?」

     カフェの指が突き出していたボールペンを立てる。
     「これ……お借りしてきました。見覚えありませんか?」

     ノヴァがハッと息を飲む。

     「伍藤トレーナーがいつも胸元に指していたボールペン……これがレコーダーなんです。最近はパワハラ対策なんかでこういった製品も市販されているそうですよ」

     ここまでの会話が録音されている。そのために来たのだ。証拠がどうしても足りていなかったから。

  • 42エピローグ◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 22:38:04

    34 / 35

     「……彼女、自主退学したそうです」

     「そうか」

     秋旻がどこか他人事のように高く遠く広がっている。
     その下で、旧理科準備室は取るに足らない、平凡な放課後の中にあった。

     「録音データももう削除してしまおうか。いやあ、ウマスタで大々的に配信する、なんて展開にならなくてよかったよ」

     それは、証拠を突きつけても観念しなかった場合の最終手段だった。炎上させれば目論見を破綻させることができる。あのときはそのくらいの報いを受けてもいい手合いだと思っていたが、元々ユキノビジンのミスコンを応援しようと作ったアカウントだ。汚れ仕事は申し訳が立たない。

     レコーダーに気づいたのはタキオンだった。最初に伍藤トレーナーと会ったとき、イヤホンを胸に仕舞いながら操作するのが見えたらしい。二度目にはシワを払うフリをして胸元に手を運んでいた。

     「相当録音開始の所作に慣れてるようだったから、そういうガジェットがあると知っていないと見ただけでは気づかないさ」

     「……確信に変わったのは、彼の言動ですよね」

     「誰が、何の要件で来たのか、きっちり復唱してから本題に移っていたからね。私もボイスメモを取っているからわかるよ。冒頭に用件を入れておくと後で確認するとき楽なんだ」

  • 43エピローグ◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 22:38:16

    35 / 35

     タキオンはティーカップを傾けると、独り言のように「その時に全容に気がついていればなあ」と付け加えた。
     軽薄で薄情そうなタキオンでも、心を痛めることはあるのだ。

     ペルフェの怪我は選手生命を絶たれるほどのものではなかったが、それでもあの美しいフォームを取り戻し、さらに速く走れるようになるためには長い長い時間を要することだろう。

     コーヒーが妙に苦い気がして、カフェは顔をしかめた。

     秋の澄んだ空気に、マグから立ち上る湯気が一筋、ゆらゆら、ゆらゆらと揺れながら立ち昇っていた。


    ――Part.9「ゆらぐもの」おわり

  • 44二次元好きの匿名さん22/06/24(金) 22:39:14


    予想は外れた……
    が面白かった

  • 45◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 22:39:50

    難産だったうえ、作中で秋だ秋だと言い過ぎて現実の季節を誤認する事態になった。

    お付き合いいただき、ありがとうございました。

  • 46二次元好きの匿名さん22/06/24(金) 22:42:44

    ひやぁ…こわいなこれ…
    推理は難しかったけどありがとうございました!

  • 47◆3A8XaxgACyvU22/06/24(金) 23:13:10

    過去回はこちら

    「カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受ける話」シリーズ

    【SS】カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受ける話|あにまん掲示板※長いですが、書き溜めてあるので一気に投下します。bbs.animanch.com
    【SS】カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受けて最終的にタキオンが泣く話|あにまん掲示板※すごい長いですが、書き溜めはしてあります。よろしければお付き合いください。bbs.animanch.com
    【SS】カフェが怪奇事件の相談を受ける話|あにまん掲示板少し長いですが、よろしければお付き合いください。https://bbs.animanch.com/img/148443/865bbs.animanch.com
    【SS】カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受けて温泉に入る話【ウマ娘×ミステリ】|あにまん掲示板※ 事件編 / 解決編 に分けて時間差投稿します。※ 9,000字 / 6000字 くらいありますがよろしければお付き合い下さい。https://bbs.animanch.com/img/243226…bbs.animanch.com
    【SS】カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受けた裏で頑張る話【ウマ娘×ミステリ】|あにまん掲示板※事件編 / 解決編 に分けて時間差投稿します。※今回から行間を空けるようにした結果、これまでより分割数が多いですがご容赦ください。bbs.animanch.com
    【SS】タキオンが怪奇事件の相談を受ける話【ウマ娘×ミステリ】|あにまん掲示板※やや長めですが、よろしければお付き合いください。※オリウマ、オリヒトが出てきます。ミステリなので、不要なときに代名詞で叙述トリックを疑わせたくない。というのが主な理由です。ご容赦ください。https…bbs.animanch.com
    【SS】カフェがタキオンの起こした怪奇事件と対決する話【ウマ娘×ミステリ】|あにまん掲示板※やや長めですが、よろしければお付き合いください。※固有名詞ありのオリウマが出てきます。ミステリなので、不要なときに代名詞で叙述トリックを疑わせたくない。というのが主な理由です。ご容赦ください。※正直…bbs.animanch.com
    【SS】カフェが合宿先で怪奇事件に巻き込まれる話【ウマ娘×ミステリ】|あにまん掲示板※あまりに長いので、連載という形で3夜に分割投稿することにしました。※固有名詞ありのオリジナル登場人物が出てきます。ミステリなので、不要なときに代名詞で叙述トリックを疑わせたくない。というのが主な理由…bbs.animanch.com

    別作者様によるスピンオフ

    【スピンオフSS】カフェとタキオンが喫茶店で小さな事件に巻き込まれる話|あにまん掲示板※こちらは北村薫「空飛ぶ馬」と下記作品様のスピンオフになっております。https://bbs.animanch.com/board/122448/bbs.animanch.com

    Pixiv版(ここで掲載したものの微修正)

    「旧理科準備室の怪奇事件簿」/「らいぎ」のシリーズ [pixiv]3年間のトゥインクル・シリーズを戦い抜いたマンハッタンカフェは、学園内にある空き教室「旧理科準備室」で後輩達の相談に乗るようになっていた。 ほとんどはレースに向けたアドバイスを求めてのことだが、たまには例外もある。 それは、彼女にしか見えないもの、感じられないものに答えを求めた相...www.pixiv.net
  • 48◆JRhSymCR4.22/06/24(金) 23:15:53

    >>44

    >>46

    読んでいただき、ありがとうございます。

    今回は多分、推理しようとすると過去一難しいです。

  • 49二次元好きの匿名さん22/06/25(土) 01:24:02

    んぐえぇ、後味悪し…でも面白かったわ、乙

  • 50二次元好きの匿名さん22/06/25(土) 12:01:01

    めっちゃ面白かったわ...

オススメ

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