【SS】スレタイ思いつかない

  • 1二次元好きの匿名さん22/06/30(木) 21:31:55

    「本日はお忙しい中取材に応じていただき、本当にありがとうございます。改めてご挨拶させていただきましょうか、月刊トゥインクルの乙名史です。本日はよろしくお願いいたします」
    「いいえ、こちらこそ」

    午後3時。本日の取材は予定通りに始まろうとしていた。
    ぺこり、と頭を下げた乙名史記者に対し、40歳くらいだろうか───本日の取材相手である男は会釈を返した。

    「どうしてなのか、という質問は色々な方と会う度にされていて。なので、いつかはっきりと形にして世間に伝える必要は感じていたんです。ですから、その機会をくださったことにお礼を言いたいくらいですよ」
    「なるほど。では、お聞かせ願えますか?───稀代の名トレーナーと呼ばれたあなたが、どうして突然レースの世界から姿を消したのか」

    来月の月刊トゥインクルに掲載予定の5ページ分のインタビュー。テーマはずばり「ターフを去る男」。
    一言一句も聞き漏らしがないように、乙名史記者は持参したボイスレコーダーの電源を入れた。

  • 2二次元好きの匿名さん22/06/30(木) 21:32:29

    男は、あるウマ娘の走りに惹かれてトレーナーを志した。
    強豪を出し抜き、初めて我が国の競走者の中で世界に手を届かせたウマ娘。
    彼女がいなければきっと今よりずっとつまらない人生を送っていた、とは彼の弁である。


    「俺ね、ウイニングライブが大好きなんです。仕事抜きでもよく見に行きます」

    そんな男へのインタビューは、予想外の言葉から始まった。
    大抵は一番印象に残っているウマ娘だとか、引退を決めた理由から話が始まるものだが───手帳にペンを走らせようとした乙名史記者の手が止まる。

    「ウイニングライブ……ですか」
    「はい。トレーナーを志した理由はご存じの通りだと思うんですけど、それを続けていくための哲学……いや、信念っていうのかな。それはウイニングライブにありまして」

    男は照れ臭そうに頬を掻く。
    確かにウイニングライブはトゥインクル・シリーズの花形だが、トレーナーが主に指導をするのはあくまでレースだ。中にはトレーニングとレースの邪魔になるからと疎ましく思うトレーナーもいるという。

    「よくトレーナーとしてどうなんだって言われるんですけど、俺は1着以外ダメだっていうのは間違いだと思うんですよ」
    「と、言いますと?」
    「1着になれないにしても、なんとか3着には入れるように鍛えてやろうと思ってました。3着までに入ればウイニングライブでメインに立てるでしょ?そうすれば、その子のファンも喜ぶでしょうから。ナイスネイチャなんかがいい例でしょう」

    なるほど、と乙名史記者は頷く。
    レースの世界は実力主義であると同時に、アイドル的な人気商売の側面もある。
    負け続けたハルウララや、G1の栄冠にはあと一歩及ばず"ブロンズコレクター"と称されたナイスネイチャは、G1を幾度も勝利したウマ娘と比較してもその人気は決して劣っていない。
    引退後に彼女が興した事業へのクラウドファンディングが数千万円に達したのは有名な話だ。

  • 3二次元好きの匿名さん22/06/30(木) 21:33:13

    もうちょっとなんか無いのか

  • 4二次元好きの匿名さん22/06/30(木) 21:33:16

    「ファンあってこそのウマ娘。応援してくれる人がいるから、レースに出られる。だったらその恩を返さないと。そう思ってずっと彼女らを鍛えてきました。周りから何を言われても、本人が弱音を吐いても。そうやって仕事をしているうちに、気づけばチームの何人かがG1を獲るようになって、俺も一流トレーナーなんて呼ばれるようになりましてね。いまいち実感は湧きませんでしたけど、部屋に並ぶトロフィーや届いたファンレターの山なんかを眺めてるとまあ、誇らしさみたいのを感じました」

    乙名史記者は辺りを見回す。
    トロフィーやレイの現物はないが、書斎だというこの部屋の中にはいくつもの写真が飾られている。レースの写真も多いが、特に多いのはやはりウイニングライブのものだった。
    額縁の中で煌びやかな衣装に身を包み、歌い踊る彼女らは、記者生活で培った語彙をもってしても言い表せないほどに美しい。

    「……そんなある日、事故に遭いまして。しょうもない事故ですよ。ただ、結構重い怪我をしてしばらく入院生活を送ることになったんです」

    そう言って男はシャツの袖を捲る。すると、痛々しい縫合の痕が現れた。
    バイクの運転中に転倒し、ガードレールに激突したのだという。

    「強制的に仕事から離れて、自分のこれからについて否が応でも考える時間ができた、そんな時でした。あいつが見舞いに来たのは」
    「あいつ?」
    「えーと、どこだったかな……あった!はいこれ、見てください」

    しばらく探し回って見つかった写真には、真ん中に子犬を抱えて微笑むウマ娘が写っていた。
    そのウマ娘には見覚えがあった。というよりは、記者であれば誰もが知っている有名人だ。

    「この子……あのダービーウマ娘ですね」
    「はい。かわいい奴でしょ。何人も今まで担当してきましたけど、あんなに懐っこかったウマ娘は初めてでした」

    男は顔をほころばせる。
    デビューから2連勝。激戦の果てにダービーを制覇し、凱旋門挑戦で多くの人々に夢を与えた彼女は、男の最後の教え子であった。

  • 5二次元好きの匿名さん22/06/30(木) 21:34:42

    「毎日頼んでもないのに病室に押し掛けては"早く退院してくださいよ~。トレーナーいないとつまんないです~。"なんて言ってね。途中からリンゴまで剥き始めましたよ」
    「素晴らしいお話ですね。まさに人バ一体、とでも言うべきでしょうか」
    「ええ。それだけ信頼してくれてるんだと思うと同時に、芽生えちゃいけない絆が芽生えたな、って感じたんです」
    「絆……ですか。本来であればそれは好ましいものだと思いますが」

    絆。一言でいうなれば、ヒトとヒトとのつながり。
    ウマ娘とトレーナーは、いわば運命共同体。志を共にし、絆を結ぶことで強くなることができる。
    そう、本来であれば好ましいものであり、必要不可欠な存在。だのに、男はそれが邪魔だと言った。

    「今まで仕事での付き合いとしか考えてなかったウマ娘たちが、急に身近な存在に思えてきてね。もし自分にこのくらいの年の娘がいたとしたら、スパルタで何本も坂路なんか走らせられるかなって考えがよぎったんです。……できるわけないでしょ?たとえ本人がやりたいって言っても止めますよ、俺は」

    だからね、と男は息を吐く。

    「この感性のまま復帰しても、もう以前の自分には戻れないと思って。だから、すっぱり辞めることにしたんです」

    その顔には、変わってしまった己への悔いや諦めはなく───ただ、純粋な微笑み。この空気を記事に残すことは絶対にできない。そう思うと、記者としては無念でならなかった。

  • 6二次元好きの匿名さん22/06/30(木) 21:35:13

    「心残りがあるとするなら、ラストランになった天皇賞……あそこで3着以内に入れてやれなかったことですかねえ。見に来たファンの方も多かったですし」
    「本当にそれだけ、ですか?」
    「本当にそれだけ、です。取りこぼしたレースとかを挙げればキリがないですけど、それは誰しもが抱えるものでしょ?自分としてはそこに拘りはないわけですから、やっぱり残念なのはライブの方です。なんならあいつ、振り付けも間違えたしね。……あ、これはオフレコで」
    「はい、承知しました。……ああ、そろそろお時間ですね。本日は本当にありがとうございました。貴重なお話が伺えて大変興奮しておりますっ!」
    「それはよかった。刷り上がったら1部くださいよ。記念に取っときますから」
    「もちろんお送りさせていただきます。もしよろしければ、"彼女"の分も」
    「あいつ読むかなぁ。あんまり雑誌の類には興味なくて……」



    勝負師として、興行師として、強い信念を持ってレースの世界に携わった男。
    その信念が揺らいで現場から退いてもなお貫禄と哀愁を漂わせる彼の背には、記者としてだけでなくひとりの人間として敬意を表したい。
    どうか、彼の第二の人生に幸あらんことを。

    刷り上がった月刊トゥインクルの特集記事は、その言葉をもって締め括られている。

  • 7二次元好きの匿名さん22/06/30(木) 21:43:52
  • 8二次元好きの匿名さん22/06/30(木) 22:28:04

    ここまできちんとした文を書けるならスレタイくらい考えられるだろ!?

  • 9二次元好きの匿名さん22/07/01(金) 00:21:00

    良かった。きっといい記事になる。

  • 10二次元好きの匿名さん22/07/01(金) 07:42:19

    読み応えのある良作だ……

  • 11二次元好きの匿名さん22/07/01(金) 07:45:49

    ねえこのダービーウマ娘、キズナって名前だったりする?

  • 12二次元好きの匿名さん22/07/01(金) 13:37:36

    めっちゃ良かった

  • 13二次元好きの匿名さん22/07/01(金) 13:48:30

    おはテツゾー
    いいSSだった

  • 14二次元好きの匿名さん22/07/01(金) 13:53:36

    佐藤って名前してそうなトレーナーさんだな
    スレタイには「絆」入れてもよかったんでは?

  • 15二次元好きの匿名さん22/07/01(金) 14:04:45

    ギャンブル要素ないからウイニングライブに変えたと

  • 16二次元好きの匿名さん22/07/01(金) 14:06:12

    このクソボケズナーーーーッ!!!!

  • 17二次元好きの匿名さん22/07/01(金) 14:07:18

    ごちそう様でした
    良いSSだった…

  • 18二次元好きの匿名さん22/07/01(金) 14:09:12

    このトレーナーにとっては最後の教え子だけど、別の天才トレーナーにとっては復活の象徴でもあるんだよな

  • 19二次元好きの匿名さん22/07/01(金) 14:57:23

    >>18

    奈瀬「僕は帰ってきました」

  • 20二次元好きの匿名さん22/07/01(金) 16:06:20

    テ、テツゾー……テツゾーじゃないか……
    ありがとう……

  • 21二次元好きの匿名さん22/07/01(金) 20:12:57

    >>11

    真ん中に犬がいるだけです 関係ありません

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