- 1二次元好きの匿名さん22/07/02(土) 23:50:34
- 2二次元好きの匿名さん22/07/02(土) 23:50:56
人でごった返す空港の中、周りよりも文字通り頭一つ抜け出た身長を持つ少女、ヒシアケボノは手鏡を見ていた。
(少し気合いれすぎちゃったかな)
普段よりも念入りにされたメイクに、ヒシアケボノの脳裏に少しの不安がよぎる。メイクはヒシアケボノの印象をやや大人びて見せるものだった。そのメイクの為に、短距離路線のライバルにして、同じウマスタグラマーのカレンチャンに教えすら請うたのだ。
しかし、そのために普段のヒシアケボノの印象とはやや異なっていた。
ヒシアケボノは、例えば相撲部屋のちゃんこの味が変わらないように、“自分のまま”が一番自分の魅力を引き立てると理解していた。実際、待ち人もそれが一番魅力的だといってくれたのだ。
メイクを教わったとき、ヒシアケボノは今と同じ不安をカレンチャンにぶつけていた。
「アケボノさんがこれが一番“カワイイ”っておもったんでしょ?」
「…うん」
「だったら絶対大丈夫!!」
カワイイの伝道師たるカレンチャンのその言葉を、ヒシアケボノは信じることにした。
手鏡をしまい、辺りを見渡す。
待ち合わせにおいて、ヒシアケボノの身長は目印にも人探しにも便利であるが、待ち人に関して言えば、そのアドバンテージはあって無いようなものだった。
「ボノ!!!!」
声のした方を向くと、「彼女」はいた。
周りよりも頭二つは抜け出た身長を持った待ち人、ミシェルマイベイビーは空中にいた。ヒシアケボノとミシェルの距離は6.6メートル―だいたいバスケのスリーポイントラインと同じ距離だ。その距離を一足飛びに詰める。
そしてそのまま、ヒシアケボノに抱き着いた。
ヒシアケボノの体を、褐色の二本の腕が万力のような力で締め上げる。
「かはっ」
肺の中の空気を全て吐き出し、ヒシアケボノはその場にへなへなと座り込んだ。
「Oh、ゴメン!」
慌てて顔を覗き込むミシェルだったが、ヒシアケボノの体には、吐き出した空気と同じかそれ以上の何かがみなぎっていた。
- 3二次元好きの匿名さん22/07/02(土) 23:51:22
トレセン学園ファン感謝祭にて、ヒシアケボノは相撲大会に参加していた。体格に恵まれ過ぎる程恵まれているヒシアケボノは、大会をどんどん勝ち進んでいき、決勝でカワカミプリンセスをぶん投げた。
ヒシアケボノの優勝が決まりそうになったその時、大会に乱入してきたのが、ジャパンカップを終え、日本のトレセンの見学という名目で感謝祭を楽しんでいたミシェルだった。
向かい合ったとき、ヒシアケボノは圧倒されていた。
大きい。とにかく大きい。
(この人になら―)
「はっけよい、のこった!」
合図とともに、ヒシアケボノは全力でぶつかっていった。
ヒシアケボノとミシェルの額と額がぶつかり、がきん、と石がぶつかり合ったような音を立てる。
そのままがっぷり四つに組み合うと、ヒシアケボノは大木に身を預けたような安心感を覚えた。
そのため、思う存分にヒシアケボノは知ってる限りの技を出すことが出来た。
(楽しい!)
相撲を知らないなりに力で耐えていたミシェルだったが、ヒシアケボノが四つ目の技を出したところで土俵外に投げ飛ばされていた。
見事優勝を勝ち取ったヒシアケボノだったが、もう彼女の興味はミシェルただ一人に向けられていた。
土俵から去ろうとするミシェルに近寄り、できる限りの英語で話しかける。
「Excuse me, is it a little good?(すいませーん、少しいいですか?)」
「What?(何?)」
「After this, I will open Chanko, so can you come?(この後、ちゃんこ大会を開くことになってるので、来てくれませんかー?)」
「What is Chanko?(ちゃんこって何?)」
ミシェルの質問にヒシアケボノは答えに窮してしまった。
(ええと、ちゃんこは鍋料理だから…海外の鍋は…ポトフとかブイヤベース?
ああ、それとちゃんこは力士さんが食べるものだから…)
「す、スモウレスラーポトフ?」
「Hahahahahahahahahahaha!!」
アメリカウマ娘特有のオーバーアクションで腹を抱えて地面を転げるミシェルにヒシアケボノは赤面した。しかし同時に、ミシェルに味でちゃんこを分からせてやると決意を固めたのだった。 - 4二次元好きの匿名さん22/07/02(土) 23:51:49
実際、ミシェルは良く食べた。
ヒシアケボノが、客が一杯で満足できるように配分した具沢山の器を、スプーンでみるみる平らげている。
「seconds!(おかわり)」
満点の笑顔でおかわりを所望されたとき、ヒシアケボノは目頭が熱くなるのを感じた。それはヒシアケボノが夢にまで見た表情だった。
ヒシアケボノが何より好きなのは、自分の作った料理を食べた人間の笑顔を見ることである。そのためトレセン学園で最も長く接するトレーナーにも、「料理を食べて笑顔になってくれる人」を求め無人島まで探したが、結局見つけることが出来なかった。
その結果ヒシアケボノは、数々の名スプリンターを育成したベテラントレーナーの担当になった。そのトレーナーの指導に不満は無かった。作った食事も、美味いとは言ってくれる。ただ、そのトレーナーは年の為に多くは食べず、食事にあまり喜びを覚えるタイプでは無かった。
「What?」
じわり、と目に涙を浮かべるヒシアケボノに、ミシェルは戸惑いを見せた。
何故ヒシアケボノが泣いているのかは分からない。しかし、どうにか慰めたい。
その結果、ミシェルは、ヒシアケボノの頭を撫でていた。
ヒシアケボノにとってその行為は、小学生の頃、少女漫画を読んで一番憧れた行為であり、そして身長が180に達した時、自分にはあり得ないものと諦めた行為だった。
「Delicious…oisii!オイシカッタ!」
「それもうれしいけど…ボーノの方がうれしいな」
「ボーノ?Italy?」
「うん!ボーノ!」
「ボーノ!」
(もっとこの人にちゃんこを食べてもらいたい!もっとボーノって言ってもらいたい!) - 5二次元好きの匿名さん22/07/02(土) 23:52:37
帰国後、ミシェルマイベイビーはヒシアケボノのことを考えていることが多くなった。別に身長に引かれたわけではない。あの程度の身長は、確かに珍しくはあるが、アメリカトレセンにはいないことも無い。
「ハイ、ミシェル!」
そうしているうちにクラスメイトに話しかけられた。彼女はベレッタというウマ娘で、身長は182cmある。
「ハイ、ベレッタ。放課後久しぶりに併走なんかどう?」
「ああ、ゴメン!今日は町に繰り出してトレーナーとデートなんだ」
「あれ、君のトレーナーはレミントンとつきあってるんじゃなかった?この間遊園地でデートしてるのを見かけたけど」
「は?あのメスブタ!!」
走り去っていくベレッタの後姿を見ながら、ミシェルはため息をついた。
この通り、体格に恵まれたアメリカウマ娘は気が強く、性に奔放。誰に頼ることもせず、己の力で道を開く、といったタイプが多い。むろん、ミシェルは自分も含まれるこのような人種を嫌っていなかった。しかし、ヒシアケボノのような体格が良く、料理上手で朗らかなウマ娘はそうはいない。
「ミシェル!」
ミシェルが我に返ると、彼女はミーティングルームの席の一つに座っていた。目の前にはチームメイトが二人、今夜のディナーについて言い争っている最中だ。 - 6二次元好きの匿名さん22/07/02(土) 23:53:02
「だから!ケンタッキー以外に無いって!」
「昨日も食ってたろ!」
「アスリートが鳥肉食って何が悪い!」
「油分が多すぎるわ!」
あらかた言い合うと、二人はミシェルに判断を仰いできた。
その答えに、ミシェルが「ちゃんこ」と答えたのは、特に考えがあったわけでは無かった。
それを聞いた二人は、一泊おいて、一斉に笑い始めた。
「「Hahahahahahahahahahahahaha!!!!」」
「最高、最高だよミシェル!」
「そうだね、これから三人でスモウレスラーでも目指そうか!」
二人の馬鹿笑いに、ミシェルの心にふつふつと怒りが湧き始めていた
別に二人に非があるわけではない。時期が違えばミシェルだって笑っていただろう。ただ、あのちゃんこを食べた身として、そしてミシェルがちゃんこを食べている間、とてもうれしそうなヒシアケボノの満点の笑顔を見た身として、それを許すわけにはいかなかった。
ミシェルは立ちあがって言った。
「よし、それじゃあレースで決めようか」
数時間後、チームメイトを引き連れて、アメリカ風にアレンジされたちゃんこに舌鼓を打ちながら、しかしどこか物足りなさを感じるミシェルであった。
- 7二次元好きの匿名さん22/07/02(土) 23:53:36
そんなわけで二人は何度かの手紙のやり取りを交わした後、ヒシアケボノがミシェルを日本に招いたのだ。
町を歩く二人の前から、一人の男が歩いてきた。男は猫背で、表情はどこか荒んでいる。
ミシェルは、何か仕掛けてくると直感した。
男と二人の距離が2mを切ったとき、ミシェルはヒシアケボノの腰に手を回し、思い切り引き寄せた。
「ふぇっ!?」
ヒシアケボノを抱えたまま、ミシェルは男をにらみつけた。
むろん、アスリートに暴力沙汰はご法度だ。その上、人間とウマ娘の喧嘩なら、例え仕掛けてきたのが人間であっても、罰則はウマ娘側が重くなる。
ただそれでも、手を出して来たら容赦はしない、という意思を相手に思い知らせてやる。
ミシェルの思いが伝わったのか、男は目を伏せ、そのまますれ違っていった。
「あのー、ミシェルさん…」
ミシェルがふと我に返ると、目の前にはヒシアケボノのまんまるな目が合った。
とっさの行動だった為に気付かなかったが、今のミシェルは例えるなら、恋人の唇でも強引に奪おうとしているようだ。慌てて顔を遠ざけ、また歩き出す。ただし、腰に回した手はそのままに。ヒシアケボノも、その手を拒絶することは無かった。
そのまま二人はレジャー用品店と食料品店に向かった。
その結果、二人の荷物は自衛隊のレンジャー部隊もかくやという様だったが、ウマ娘にとってはさほどのものでは無い。
荷物を抱えて二人が訪れたのは、山奥のキャンプ場だった。この山は山菜やきのこ、河魚が豊富なことで有名で、ヒシアケボノも良く訪れていた。 - 8二次元好きの匿名さん22/07/02(土) 23:54:03
ミシェルにテントや調理道具の用意を任せ、ヒシアケボノは食材を採りに走り始めた。たらの芽、うど、わらび、シイタケ、エリンギ、イワナ、鮎などの山の幸を、未成熟な物を除いて根こそぎ持っていく。
一方、手慣れた様子でテントや調理道具の用意を済ませたミシェルは、バーベキューの準備を始めていた。食料品店で購入した、牛肉、豚肉、羊肉、貝、玉ねぎ、ピーマンなどに、下味をつけたり、焼く一歩手前までの状態にしていく。
二人が考えている献立はそれぞれ異なるものであったが、想いは同じだった。
「彼女の笑顔を見たい!」
日が暮れる頃、二人が座った大人数用のテーブルには、これから宴会でも行われるかのような満漢全席が並べられていた。テーブルの左半分は小型の鍋が三つに、河魚や山菜のてんぷらが並べられている。右半分を占める大型の皿には、中心に1kgステーキ、その周囲に焼いた肉や野菜が盛り付けられている。
ヒシアケボノとしては、自分が作った料理について一つ一つ解説したいところではあったが、ミシェルの物欲しそうな眼に、とりあえず食べ始めることにした。
「いただきます」
「イタダキマス!」
空港からここまでほとんど何も食べてこなかったこともあって、ミシェルの食欲は目覚ましいものがあった。鍋からよそった器を手に取って、箸でカッ、カッ、カッとかきこんでいく。
その内、ミシェルはそれでも満足が出来なくなったようで、箸を持ったもう片方の手で、てんぷらを手掴みにし始めた。それにヒシアケボノは無作法を感じないわけでも無かったが、ここが他人の目が届かない場所なのと、ミシェルがたどたどしい手つきでも箸にチャレンジしてくれていること、そして何よりファン感謝祭の時と同じ満点の笑顔で、大抵のことは帳消しになるのであった。
(…好きだなぁ) - 9二次元好きの匿名さん22/07/02(土) 23:54:38
するとヒシアケボノは、まだ自分がミシェルの料理を味わっていないことに気付いた。作った料理を食べてもらえない悲しみは、ヒシアケボノが一番よくわかっている。実際、ヒシアケボノ自身も食欲が限界を迎えていた。
大型の皿のどこから手をつけていいか迷ったが、中心の1kgステーキを選んだ。肉汁滴る巨大ステーキを、一口で半分かぶりつく。ヒシアケボノの口に、ジューシーな肉のうま味と、ソースの風味が広がる。
「ボーノ…!」
そう呟いて、再びこれを作ってくれた人の顔を見ようと顔を上げたとき。
ミシェルと目が合った。
ミシェルは顔を赤く染め、熱っぽい視線でヒシアケボノを見つめていた。
初めて向けられたタイプの視線に、ヒシアケボノは戸惑い、場に気まずい沈黙が流れる。
「ボノ」
「へぇっ、何!?」
「このナベは何の肉?」
「…ああ!このお肉はねぇ!ラッコのお肉なんだ!」
ミシェルの問いに、渡りに船とヒシアケボノも答えた。他の二つの鍋がちゃんこ鍋やつみれ鍋のオーソドックスなものだったので、変化をつけるためにあえて使ったことの無い食材を選んだのだ。ラッコ鍋はもう半分まで減っており、ヒシアケボノも器によそい食べる。
(うん、ボーノ。ちょっと獣臭いけど)
次の瞬間、ヒシアケボノに変化が起こった。ヒシアケボノの目の前では、鍋物を食べて体温が上がったミシェルが、胸元をばたつかせてシャツの中に風を送っている。その胸元から覗く胸の谷間から、しなやかな肢体から、ヒシアケボノの目は離せなくなっていた。その上我慢が出来ない程体温が高くなっている。
ヒシアケボノの脳内は、自分とミシェルが裸になって抱きしめ合う妄想でいっぱいになった。
ヒシアケボノは勢いよく上着を脱ぎ棄てた。 - 10二次元好きの匿名さん22/07/02(土) 23:55:36
「ミシェルさん!お相撲取ろう!!」
半ば無理やりにミシェルを立たせ、がっぷり四つに組み合う。
両者の動きが止まった。正確に言えば、動く余裕すらなかった。
何故なら、どちらかが呼吸するたびに、どちらかの発した息、汗、体臭、熱を吸い込んでいるためだ。「いい香りがする人とは、遺伝子から相性がいい」それを裏返せば、遺伝子の相性が良ければ、体臭を心地よいと感じることになる。
(ミシェルさん♡…におい、すごぉ♡♡頭が…♡しびれて♡♡)
(ボノのバストが…♡当たって♡…でっか♡♡)
ヒシアケボノの右手がミシェルの腹筋を愛おしそうに撫でる。
「ミシェルさんの腹筋すごい…」
「ボノッ」
「今日あたしの作った鍋もミシェルさんの一部になるのかなぁ」
ミシェルがヒシアケボノを投げたのか、それともヒシアケボノが自分から転がったのか、ヒシアケボノはその場に倒れこんだ。
ミシェルは改めてヒシアケボノを見た。
ヒシアケボノは仰向けに倒れこんでおり、うるんだ瞳でミシェルを見つめている。頬は上気して、呼吸は荒い。上半身は豊かな胸が白い下着一枚に包まれていて、両手はスカートをグッと抑えている。もしミシェルが日本語に詳しければ、「まな板の上の鯉」「据え膳食わぬは男の恥」などが思い浮かんだかもしれない。
極上の美食(ボノ)を前に、ミシェルマイベイビーは―――――――――――――耐えた。
「八ッッッッッ!!!」
「!?」 - 11二次元好きの匿名さん22/07/02(土) 23:55:54
ミシェルはその場でバック転を数度してヒシアケボノから距離を取ると、水辺目掛けて走り出した。日中、ヒシアケボノが河魚を採った川を見つけると、勢いよく火照った頭を突っ込んだ。妄想したヒシアケボノのあられもない姿を洗い流すように、何度も何度も頭を冷やしていく。
続けること十分、ようやく体の火照りを抑えたミシェルがキャンプに戻ると、そこにヒシアケボノはいなかった。テーブルの上の料理はきれいに片付けられていて、傍らのクーラーボックスに入れられている。
ヒシアケボノは、テントの中にいた。脱ぎ捨てた上着は再び着込まれており、大きな体を小さく畳んで体育座りをしていた。顔を合わせたとき、二人の顔がトマトのように真っ赤に染まる。お互いに何か話そうとするも言葉にならず、その日は眠ることにした。 - 12二次元好きの匿名さん22/07/02(土) 23:56:33
旅も終わり、二人は空港に来ていた。
むろん今生の別れというわけではないが、どことなく寂しい雰囲気が二人の間に分かれる。
「ミシェルさん、最後に一つお願いいいかなぁ?」
「何?」
「頭、撫でてほしいの」
お安い御用とばかりに、ミシェルはヒシアケボノの頭を撫でた。ミシェルの手と連動するように、ヒシアケボノの尻尾がぶんぶんと振られる。
「昔から憧れてたんだぁ、誰かに頭撫でてもらうの」
そしてヒシアケボノは土産を取り出すと、ミシェルに持たせた。
機内にて、ミシェルが土産を開けると、中身は膝のサポーターとバームクーヘンだった。
ミシェルはこの土産―特にバームクーヘンを送られた意図について、小一時間は頭を悩ませる必要があった。
(終) - 13二次元好きの匿名さん22/07/03(日) 01:10:06
おっきいことは良いことだ。
- 14二次元好きの匿名さん22/07/03(日) 10:35:31
良かった
- 15二次元好きの匿名さん22/07/03(日) 12:18:12
おつです、受け身なボーノもかわいいねぇ
ミシェルのスパダリ感もドキドキする…