- 1二次元好きの匿名さん21/10/01(金) 22:48:04
ぬるりとした血腥い北風が鎧具足の
隙間から入ってくる。
9月中頃のこの平原は
例年なら薄が生い茂り、近くの領民が
中秋の名月に捧げる為にその薄を苅りに来る。
だが、今この地に満ちているのは
雅な枯尾花ではなく
毀れた具足を死に装束とした
兵達の亡骸の群れだけであった。
「…大爺殿も無くなられたか。」
その血みどろの群れの中を
歩く若武者が、一人。
あぶらっけのない傷んだ黒髪と
古傷だらけの顔。
纏った赤色の韋縅(かわおどし)は
ところどころが裂け、既に凝り固まった
血潮が張り付き
右手に携えた笹穂の槍は既に刃がこぼれ漆塗りの柄には無数の傷と血の錆が
怨嗟のようにこびりついていた。
「どこだ…
…まだ、黄泉路にはおらぬだろう…」
笹穂槍を杖代りに屍の山を踏み越える。 - 2スレ主21/10/01(金) 22:49:21
- 3スレ主21/10/01(金) 22:50:25
- 4スレ主21/10/01(金) 22:51:15
- 5スレ主21/10/01(金) 22:52:16
ギュォオッッ!!
大気を押し潰したかのような轟音。
瞬時、若武者は後方に跳び
強襲をかわした。
袈裟斬りの薙刀は着地点を
戯れに壊した雪塊のように抉り取る。
「…良い反応ですね。流石若様です。」
『受ければ致命傷は免れない、か…』
忘れてはならなかった。
彼女は獣の耳を持つ事を。
それ故の膂力は常軌を逸している事を。
『…心して懸からねば!』
構え直した薙刀が再度攻撃を開始する。
放たれる連続の刺突を
穂先で順々に体重を込めて捌き
隙を見ては突き、払う。
- 6スレ主21/10/01(金) 22:52:49
薙刀の出す風切音の数々は
肉体を穿ち抜くには過剰と言える程の
威力を有しているのだ。
圧倒的な膂力を持っている相手に対して
闇雲に突撃しても
力で以てねじ伏せられるだけという事は
数年間、少女と共に過ごした
若武者にとって当然の認識であった。
防ぎつつ、返す。
華こそ無いものの堅実な方法。
ただの人間相手であれば
有効だろう。
「…腹立たしい。」 - 7スレ主21/10/01(金) 22:53:28
だが、それは無意味だった。
薙刀の刃が槍の口金に当たった
たったその一瞬。
バキィッッ!!
『!中茎が割れただと!?』
連戦に次ぐ連戦。
闘争を重ねた事による磨耗は
槍への負担となり、加わった剛力は
ガタの来た中茎をへし折るには
十分な威力があったのだ。
折れて目釘の抜けた穂先が宙を舞う様に
瞬時、若武者の瞳が泳ぐ。
『なんという威力…!』
若武者はすぐさま石突を振り上げ
反撃に転じる。
が、少女の薙刀の一閃は
苦し紛れの打撃を巻き込みながら
若武者の脇腹を
正確に切り裂いていった。
吹き出る鮮血。
手痛い一撃に思わず呻く。
腹の切傷と槍の破損。
圧倒的な不利。
ここで出なければ殺られる。 - 8スレ主21/10/01(金) 22:54:06
「おオオォォ!!」
「!」
そう理解した若武者の行動は早かった。
突き出された薙刀を掴み
肩口を突きだしながら
突進を見舞ったのだ。
膂力に差があったとしても
体重はこちらの方に分がある。
不意の靠撃によろけた隙を
若武者は見逃さなかった。
腰に佩いた太刀を少女のがら空きの
脇目掛けて切りかかる。
具足の隙間を狙った的確な刀撃を
放ったのだ。
しかしまた少女の判断も冷静だった。
握った薙刀が邪魔になると瞬時に判断し
薙刀から手を離して腰の太刀を
抜刀し切り払ったのだ。
ギイィィィィン!
刀と刀が激しくかち合い火花が生じる。
切り払った隙を隠す為互いに後ろに
跳ぶ。 - 9スレ主21/10/01(金) 22:54:54
状況は五分五分と言った具合だった。
脇腹に傷をこさえながらも
少女から薙刀を奪った若武者。
傷こそ無いものの
太刀しか持たない少女。
力量は僅かに若武者の方が上だが
力は少女の方が圧倒的にある。
互いに暫時、相手の行動を伺った。
「…どうして…」
「…」
「どうして!」
八相に構えた少女の太刀が
弾かれたような速さでもって
襲いかかってくる。
瞬速を体現したような斬撃を
若武者は両の得物でなんとか受け止める。
「…一緒に死んでくれないのですか…」
ガチガチと狼が牙を噛み合うような音が
交差した薙刀と太刀から漏れでる。
「互いに死んだ事にして…
山奥で獣でも狩って生活すれば良いでは
無いですか…」
「……」 - 10スレ主21/10/01(金) 22:55:55
「………なぜ、私が白い縅を着ているか…
分かりますか…?」
「……」
「私の想いは…変わらないのです…
永久に…巌のように…
若様が城を出たあの日から…
…ずっと…」
「…吾とて…想う事は同じだ…
和平が来た暁には…お前と…祝言を…!」
「…なら……!それならば!」
「…だが、無理だ…我らの戦いは…既に
どちらかが引く事さえ出来なくなった…
逃げ出せば矜恃の為に探すだろう…
既に周辺の農民が山狩りもしている…
逃げられまいよ…」
「……それならば…ならば…」
軋む音が大きくなる。
太刀と太刀に挟まれた薙刀が
メリメリと悲鳴を上げ出したのだ。
少女の太刀を体さばきと共に
右に往なしつつ、若武者は薙刀を
切り上げる。 - 11スレ主21/10/01(金) 22:56:30
「ここで!」
バギィィン!!
少女が縦に放った一閃は
薙刀の身を口金ごと切り離した。
異常なまでの剛力の為せる技。
後ろに跳びながら若武者は
刃を失った薙刀を少女目掛けて擲つ。
「共に十万億土へ逝きましょう。」
投げられた薙刀を無造作に除けながら
ハッキリと少女は言ってのけた。
「そこでなら…誰にも邪魔されずに
祝言を挙げられるでしょう…」 - 12スレ主21/10/01(金) 22:57:17
既に自らを使う者も
守るべき者もいない。
いるのは、かつて男女の仲を結んだ女。
それが今、自らに愛を伝え
常世の契りを交わさんとしている。
「………そうか……ならば、承った。」
太刀を中段に構え、切っ先を想い人に向ける。
言葉を聞いた少女の顔に朱が差した。
照れた顔付きは
稽古をつけてやった頃と何も変わらない
屈託の無い幼子のような顔だった。
「…受け入れてくださるのですね……
若様。」
「…もう、二言は無い。」
「………フフ♪
婚儀の際は嘘を吐かれましたからね♪
……今度は離れないで下さいね…?」
「…何度も言わせるな。
…吾とて、恥はあるのだぞ…」
「あら♪石部金吉の貴方にも色恋の情は
あったのですね♪」
「…言うようになったな。
教えていた頃なら折檻していたぞ。」
「その折檻も家臣の方から散々甘いと
言われていましたよね?
若様♪」 - 13スレ主21/10/01(金) 22:57:57
「……全く、食えない女だな…お前は。」
「…ウフフ♪
…この続きは黄泉路でしましょう。
………参ります。」
「…参る!」
若武者の声を皮切りに
情交より艶かしい刀撃の応酬が
開始された。
少女の袈裟斬りをかわして
突きを繰り出す若武者。
それを少女が薄皮一枚でかわして
抜き胴を放つ。
特有の重い一撃が鎧を裂き
横っ腹に真一文字の傷をつけるが
即座に若武者が上段から太刀を
振り下ろし、喉輪ごと少女を切り裂いた。 - 14スレ主21/10/01(金) 22:59:07
しかし少女とて荒武者の端くれ。
この程度の傷に臆する事なく
峰を押さえながら突きを放ち
若武者の左の肩口を貫いた。
「甘いですよ…!若様!」
貫かれる激痛に呻く若武者だったが
咄嗟に鞘の小柄を抜き放ち
太刀を握る少女の右腕に突き刺すと
体勢を立て直し、太刀を少女の頭に
兜割りを仕掛ける。
しかし、小柄の不意討ちに面食らった
ものの、少女は風切音を伴って
振り下ろされるそれを自らの太刀で
受け止め
そのまま押し返すと、既に血を垂らした
若武者の脇腹に真一文字の刃を
振り下ろす。
が、若武者の太刀の柄での決死の防御で以て
刃は阻まれた。 - 15スレ主21/10/01(金) 22:59:35
「しぶといですね…!
私と逝くのは嫌ですか?」
「…とんでもない!
最期の勝負くらいは…
勝って終わりたいからだ!」
「フフ♪似た者同士です…ね!」
刃の打ち合う音は絶えない。
一進一退の攻防は
互いの傷と共に加速して行く。
切り結ぶ前から満身創痍の肉体は
この死合いで、動く度に筋骨を軋ませる程
にまで追い込まれていた。
これ程の疲労を背負ってなお
ひらめく刃が途切れる事が無いのは
互いの想いを刃に乗せて伝えているから
なのだろう。
血飛沫と太刀の金属音の奏でる越天楽は
死と骸の転がる戦場という名の舞台には
よく似合っていた。 - 16スレ主21/10/01(金) 23:00:09
だが、永遠に続くかのような闘いの
雅楽にも終わりが近づいて来ていた。
「ハァ…ハァ……ハァ…」
「コヒュー…ヒュー…」
息も絶え絶えで両者は太刀を構える。
互いの鎧具足は見るかげもなく
破損し、所々が血で染まっている。
もう、互いに長くない。
次の一太刀が、最後の一撃だ。
四尺程の間合いに流れる時間は久遠の
ように思える程に永い。
風が吹くのでさえ数刻もかかっているかのようだった。
この瞬間が、人生で一番の幸福。
少女も、若武者も、そのように
認識していた。
「そろそろ決めようか…」
「向こうで文句は言わないで下さいね…♪」
「…フフ。笑止!」 - 17スレ主21/10/01(金) 23:00:44
咆哮と同時に太刀が放たれる。
圧倒的なまでの威力を持った
互いの一撃が眼前の相手を捉えた。
肉に刃がめり込んで行く感触。
吹き出る血飛沫。
「……………見事…………だ…。」
「…………若……様…も………。」
両者の太刀は、両者を切った。
力を失った両者は抱き合うような形で
向き合う相手に倒れかかる。
「もし…別の命に
互いが…生まれたら…
また………一緒……………に……………」
「お…慕い……して…ます………若…様……」
向き合った少女の瞳に若武者が映る。
血まみれの顔は、殺しあったとは
思えない程安らかな表情をしていた。
……ス…
グラス… - 18スレ主21/10/01(金) 23:01:58
「グラス。大丈夫?そろそろ練習だよ。」
トレーナーの溌剌とした声で
グラスは目を醒ました。
「……申し訳ありません
寝てしまっていました…」
いつの間にか
トレーナー室のソファで横になっていた。
隣ではトレーナーがメニューを
持ちながら心配そうに見ている。
「最近忙しかったからねー
…練習、出来そうかな?」
「…すみません。今日は休ませて下さい…」
「分かった。しっかり休んでね。」
自らを気遣う優しい声になんともなしに
安心感を覚える。
「…ねぇ、グラス?」
「…なんでしょうか?」
「…魘されてたけど、変な夢でも見たの?」
「!……はい…とても怖い夢を…」
「そうか…なんか普通じゃないくらい
息が切れてたからさ…
…大丈夫?心当たりがあるなら
除霊とか…」
『…!』 - 19二次元好きの匿名さん21/10/01(金) 23:02:55
いいものを見たな…
- 20スレ主21/10/01(金) 23:02:58
不意に夢の中の若武者とトレーナーの姿が
重なった。
不器用で優しい、その姿に。
「……フフ♪
そんなに心配しなくて良いですよ。
トレーナーさん。」
「……そう?…でもまた見るようなら
その時はフクキタルに頼んで…」
「トレーナーさん。」
「…なに?」
「トレーナーさんは…
離れないですよね?…私の元から…」
「…?
まあ、理事長から異動を命じられない限りは…」
「…絶対にですか?」
「…俺が生きている限りは、多分、絶対…」
「なら、死んだ後では?」
「……グラス…マジで何を見たの…?」
「……冗談です♪
私のトレーナーさんなら
死んでも私のトレーナーをして下さいね♪」
「や、やめてよ!縁起でもない…」
「着いてきてくれますよね?トレーナーさん♪」
「……ブラックな会社みたいな事
言わないでよ…怖いから…
というかさ。」
「?」 - 21スレ主21/10/01(金) 23:03:10
「…君を寿命以外で死なす訳無いだろ。
君は俺の大事な人なんだから。」
「…………へ?」
「………あ。」
「…大事な人って……どのような…」
「あ、その、今のは言葉のあやだから……」
「…その…トレーニング…しましょうか…」
「あぁ……うん、そうしようか…」
互いの顔の火照りを感じながら
練習を開始した二人だったが
その練習の様子は誰がどうみても
不自然なように見えたという。
練習後、部屋に戻ったグラスには
エルの質問責めが待っていたという。
完 - 22二次元好きの匿名さん21/10/01(金) 23:03:18
なんだかんだで初めて武士読んだ気がする
- 23スレ主21/10/01(金) 23:04:39
初長編SSです。長過ぎたかな…
戦闘とかで目が滑るようなことは
なかったでしょうか? - 24二次元好きの匿名さん21/10/01(金) 23:04:48
ウマ娘の時代小説は初めてだなあ
素晴らしかった! - 25二次元好きの匿名さん21/10/01(金) 23:07:10
問題ナッシング!いいさくひんでした!
- 26二次元好きの匿名さん21/10/01(金) 23:11:35
文を読むだけで情景が頭に浮かんでくるでござる
素晴らしい物を読ませて頂き感謝! - 27二次元好きの匿名さん21/10/02(土) 08:08:03
こういうガチ戦闘あるSSって他にもあるのかね?
- 28二次元好きの匿名さん21/10/02(土) 08:25:41
剣戟の形を借りた情事は私性合
- 29二次元好きの匿名さん21/10/02(土) 09:20:21
- 30スレ主21/10/02(土) 10:39:50