主演女優マルゼンさんでウマ娘世界のペガサス伝説について序盤を捏造してみた

  • 1ウマ娘昔話「ペガサスと出会い」22/07/07(木) 22:02:37

     これは昔々のお話です。
     ペガサスという名前の変わった姿のウマ娘がいました。
     彼女は背中に大きな翼を生やしていたのです。彼女は翼を使って、空を自由に駆け回れたと言われています。

     そして、彼女は足も速く、ベレロフォンと呼ばれる人物とともに多くのレースに出ました。

     ベレロフォンは現代でいうトレーナーにあたる人物です。
     彼は古代ギリシャにあったコリントスと呼ばれる国の王子様でもありました。
     コリントスは海の神ポセイドンと縁が深い国であり、彼もまたポセイドンの血を引いていたと言われています。

     ポセイドンはウマ娘やレースの神様でもあり、ベレロフォンもトレーナーとしての強い才覚があったと伝えられています。

     2人のレースで一番有名なのは、山羊のような耳と蛇のような尻尾、そして竜のような翼を持った怪物ウマ娘「キマイラ」とのレースでしょうか。
     キマイラは通りかかった旅人にレースをしかけ、戦利品としてニンジンをはじめとした食料を奪う悪いウマ娘でした。
     そんなキマイラをレースを通して改心させたお話は絵画になったりもしていますね。

     ……しかし、ペガサス達の話はキマイラとの1件だけではありません。彼女たちの一生は波乱に満ちていましたので、現代まで多くの逸話が言い伝えられているのです。
     今回は、ペガサスとベレロフォンの出会いを見ていきましょう……。

  • 2ウマ娘昔話「ペガサスと出会い」22/07/07(木) 22:03:28

     その日、ベレロフォンは困っていました。
     ある条件を満たさないと国外に追放すると……父のグラウコスから言われていたからです。
     条件とは、父が週末に主催するレースにて、ベレロフォンが担当するウマ娘が優勝するというものでした。

     ベレロフォンはウマ娘のトレーナーを志していましたが、まだ担当はいません。それどころが、トレーナー成り立てでした。この条件は実質的に、ベレロフォンを国外に追放するために用意されたものだったのです。

     ベレロフォンはコリントスという国の王子ではありましたが、物心ついた頃には父親から疎まれていました。ベレロフォンの真の父はポセイドンだという噂が流れており、父王グラウコスもそれを信じていたようです。長兄でもなかったため、追放時に大きな問題も起こりづらく、グラウコスは理由をつけてはベレロフォンを追い出そうとしていました。

     また、グラウコスは国王であると同時に、国内レースの元締めでもありました。加えて、黒い噂もある人物でもあります。そのため、グラウコスから疎まれているベレロフォンの担当になろうと思うウマ娘は、国内では見つかりそうにありませんでした。

     そんな中、ベレロフォンはある噂を耳にしました。
     近くの山に住むと言われる不思議なウマ娘……のような「何か」の話を聞いたのです。
     「何か」と称されるのは、ウマ娘に似ているがウマ娘じゃないという話もあるからでした。少し前、近隣の国でレースを荒らした怪物の噂があったのです。駆けるように飛ぶとか、飛ぶように走る……とか、そんな噂です。

     だけど、ベレロフォンはそこに一縷の望みを抱きました。

     噂は誇張されたものだとベレロフォンは考えていました。
     規格外の走りを見せたから、疎まれたのだろうと思ったのです。

     ……この時代、レースはスポーツや娯楽以上の意味を持っていました。祭事の一種として行われたり、御前試合や神前試合が行われたり、戦争代わりに代表選手同士のレースで決着を付けたりと言ったこともあったそうです。

     そして、ウマ娘が勝てず、他のことも出来ないとあれば国外に追放するような不届きな王もいました。

     強い場合でも、他のウマ娘の嫉妬や妨害を受けて……ということもありました。今よりも政治的な側面がレースに入り込む、嫌な時代だったのです。

  • 3ウマ娘昔話「ペガサスと出会い」22/07/07(木) 22:04:26

     ……この時代、レースに勝利するため走ること以外を知らないウマ娘もいました。
     祭事や神前試合に勝利するため、過酷な訓練を受けるウマ娘がいたのです。

     有名な強国スパルタのトレーニングを聞きかじりの間違った知識で行い、担当するウマ娘を壊してしまうトレーナーもこの時代には多くいました。今よりも早く走れると思えば、辛いことには耐えられますから、無理をするウマ娘もいっぱいいたそうです。

     自国でも、ベレロフォンはそんな光景を見てきました。そして、それらの慣習に乗らなかったことで、父親との折り合いをさらに悪化させていたのです。

     ただ、これは転機でもありました。ベレロフォンの担当するウマ娘が勝利すれば、慣習を見直させることができるかもしれません。そう考えたベレロフォンは、噂になっていた「怪物」とも呼ばれるウマ娘に会えることを期待しました。

     険しい山を登り、ベレロフォンは怪物がよく現れるらしい泉へと向かいます。
     一歩一歩山道を進む中で、ベレロフォンは峠へと差し掛かりました。峠から下へと降りていけば、噂の泉へとたどり着けそうです。

     そして、そのときでした。
     ベレロフォンが生涯忘れられない光景を目にするのは。

     峠に差し掛かった瞬間、鳥の羽ばたくような音が響き渡りました。

     そして、鳥にしては大きな影がベレロフォンの上を通り過ぎていきます。その影の持ち主は滑空するように、高度を下げていき、まるで滑るように斜面に降り立つと、今度はそのまま両足で下り坂を駆けていきます。それは大きな翼を持つウマ娘でした。

     ウマ娘は風のように素早く坂を駆け下りていきました。そして、その速度を楽しんでいました。
     ……本当に楽しそうに、彼女は走っていきました。
     自由気ままに流れる風がウマ娘の形をしているのなら、あるいはそんな姿だったのかもしれません。

     ベレロフォンは立ち止まり、その様子を見続けました。
     その走りを見て、ベレロフォンの脳裏からは「スカウト」という言葉が吹き飛んでいました。

  • 4ウマ娘昔話「ペガサスと出会い」22/07/07(木) 22:05:07

    (……この子は、このままの方がいいのかもしれない)

     まるで子どもがするように、勢いよく泉へと飛び込んだ翼を持つウマ娘を見て、ベレロフォンはそう考えました。彼女を汚い人間が主催するレースに連れて行くことがはばかられたのです。一目でベレロフォンはその走りに魅了されていました。だからこそ、自分の目的のために、彼女と契約したいとは思えなくなりました。要らぬ苦労を背負わせたくなかったのです。

     しかし、ベレロフォンが彼女に気づいたのと同じように、彼女の方もベレロフォンに気付きました。

    「あら……? ハァーイ、そこの君~! お姉さんに何か用かしら? それとも、泉かしら?」

     よく響く綺麗な声でウマ娘は、ベレロフォンに向って声をかけました。それを聞いて、会話をしやすくするために、ベレロフォンもゆっくりと泉へと近づいていきます。そして「用があった」と過去形で話しました。

     翼を持ったウマ娘──ペガサスは、そんなベレロフォンの態度にびっくりしました。辺鄙な山奥まで来るからには、ベレロフォンが強いウマ娘をスカウトする目的か、もしくは「怪物」を見に来たからだと思ったからです。

    「……あらら? どういうことかしら? ちょ~っとお姉さんには分からないわ。ねぇねぇ、ちょっとお話していかない? お姉さん、君に興味持っちゃった」

     ベレロフォンは何も言わずに立ち去ろうとしましたが、ペガサスは「こら! 女の子がモーションをかけてるんだから、そんな態度はダメよ! チョベリバよ」と言いました。
     そのため、ベレロフォンは「ところどころに挟む変な言葉はなんだろう?」と思いつつ、ここに至るまでの経緯を話しました。

     父親から追放されかけてること、自分のこと、レースやトレーニングで父親と意見が合わないことについて……など、状況の説明から今までため込んでいたことまで喋ります。それは、もはやボヤキに近く、ベレロフォン自身もあまり聞かせたくなかったのですが、興味深そうに何度も尋ねられたため、結局、最後まで話してしまいました。

  • 5ウマ娘昔話「ペガサスと出会い」22/07/07(木) 22:06:23

    「お話どうもありがとう。この辺りで起きた最近の事情について詳しくないから、すっごく興味深かったわ! ……ただ、そうね。うーん、それなら、お姉さんを勧誘したくならない? 自慢になっちゃうけど、お姉さん、すっごく速いわよ。……ちょっと、翼は余計かもしれないけど」
    「楽しそうに走っていたから、それを邪魔したくないんだ」
    「変わってるわね、君。ふふっ……。けど、それだと君は追放されちゃうんじゃない?」

     対して、ベレロフォンは言いました。
     この国を追い出されること自体は特に問題ない。国を中から変えられないのは心残りだけど、こんな素敵な走りをするウマ娘を巻き込みたくない……と。

     ベレロフォンにとって、ペガサスはウマ娘として理想の姿を体現していたのです。
     だからこそ、ベレロフォンは言い切りました。続けて、ベレロフォンは真剣な顔で話をします。

    「……貴女もこの国の誰に勧誘されても乗らない方が良いよ」
    「それはなぜ?」
    「俺の父グラウコスはろくな奴じゃないから」

     身内の汚点ですから、ベレロフォンも父や国の内情について話したくはありませんでした。しかし、ここまで話しておいて、最後まで教えないのも不義理になると彼は考えたようです。

     勝てないウマ娘を国外追放する王がいると言いましたが、それはベレロフォンの父グラウコスも当てはまりました。それどころが、グラウコスは才能のありそうなウマ娘を徹底した管理下に置き、太陽が目を背けるようなひどいトレーニングも課しています。

     また、反骨心を奪うために、ウマ娘が持つ本来の名前を取り上げて「タラクシッポス」という名前を使うことを強制していました。対外的にはチーム名や称号のように捉えられていましたが、実際は何人ものタラクシッポスが消耗品のように扱われ、人知れず引退へと追い込まれていたのです。
     とはいえ、彼が王であることと、代々のタラクシッポスたちが結果を出したことから、表向きは優秀なトレーナーとして知られていました。また、真実を知っていても王を非難できる者などそうは居ません。
     仮に反抗する者が他にいたとしても、排除されたでしょう。国王はレースの主催者でもありましたから、権力で妨害するなどお手の物です。タラクシッポスにコース上で審判や観客の目が届かない場所を教えて、意図的なラフプレーを指示したりもしたそうです。

  • 6ウマ娘昔話「ペガサスと出会い」22/07/07(木) 22:07:14

     ……まぁ、とにかくグラウコスは悪い王様であり、悪徳トレーナーだったのです。

    「とにかく、ウマ娘は近づかない方がいい国だよ。レースがしたいなら他の国の方がいい」

     この国でレースは盛んに行われています。しかし、ウマ娘にとって良いものではありません。だから、ベレロフォンは忠告したのです。
     しかし、そこまで聞いた翼を持つウマ娘は言います。

    「そんな話ならますます見過ごせないわね♪」
    「……は?」
    「ちょっと待っててね。着替えてくるから、少し時間がかかっちゃうけど……。代わりに待っててもらった甲斐があったと思わせちゃうわよ。ふふっ♪」

     話している間は泉でチャプチャプしていたウマ娘でしたが、何かを決めた後は、泉の反対側へと泳いでいき、そこから陸に上がりました。そして、ルンルンとした様子で一度姿を消します。近くに住まいを設けているのでしょう。もしかしたら、ベレロフォンが思っているより昔からこの辺りに住んでいるのかもしれません。

    「お待たせ! さぁ、行きましょう」
    「いや……その……」

     いまいち話が分からないベレロフォンに対して、白い服に体に巻き付けて使うやや派手な赤い布を合わせてきたウマ娘はこう言います。

    「ウマ娘は皆あたしの後輩みたいなものだもの。悪い王さまにはギャフンと言ってもらいましょう。……あ、今更だけど、君の名前は? あたしの名前はペガサス。よろしくね!」
    「よ、よろしく……? 俺はベレロフォン」
    「うん、物分りが良くてよろしい。話が早くて助かるわ」

     ベレロフォンは翼の生えたウマ娘ペガサスと契約して、街に戻ることになりました。
     道中、ベレロフォンはペガサスから色々な話を聞きます。

    「レースのときは背中の翼は使わないわ。ちょっとずるいものね。大きめの布で隠すわ」

     窮屈じゃないのか? と、ベルレフォンは疑問に思います。

    「そうね。これだと翼は重しにしかならないわ。けど、だいじょびだいじょび! 走っていれば気にならないから。……それに、みんなと一緒に走れない方がつらいもの」

  • 7ウマ娘昔話「ペガサスと出会い」22/07/07(木) 22:07:53

     翼を隠さないといけないことに不満がないわけではないのかもしれません。けれど、ペガサスは、ウマ娘のレースは足のみで競うという不文律を理解していました。また、本人も足を使うこと自体を楽しんでいるため、受け入れられたようです。

     ベレロフォンは、ペガサスが翼を自由に使えないことに対して思うことこそありましたが、ペガサスが納得しているのならしょうがない……と思い、口には出しません。代わりに、翼について詳しく知ろうとしました。
     生まれつきなのか、それとも神々か何かから貰ったものなのか? とベレロフォンは尋ねます。

    「生まれつきかもしれないし、お母さんがくれたものかも? あたしが、あちこちフラフラしてるのは、お母さんがどんな人だったか知りたかったからかも。……父親は分かってるから、それを足がかりにしてあっちこっちに行ってるの。あの泉も父親にちょっと由来してるのよ。まぁ、君と同じで父親に関しては思うところがあるんだけど。おそろね♪」
    「あの泉ということは……ポセイドン?」
    「そうよ。うーん、やっぱりあの人有名なのね。エンガチョだわ。あっちこっちで名前が出てくるせいで、いまいちお母さんに縁がある場所が絞れないのよ。もし生まれ変わるなら、普通のお父さんがいいわね! 娘の誕生日にお祝いくらいはくれるような」

     ペガサスの父の名前はポセイドンと言いました。海の神として有名ですが、レース場やウマ娘の神でもあります。大地揺らす者という地震に関係した異名を持つなど、性格面にはやや──もとい結構な難がありましたが、身内にはモンスターペアレンツ気味で過保護だったりするので、ウマ娘からはそれなりに信仰されていました。……この時代の信仰とは、人気商売のようなもので、性格や神秘性よりも、明日ご利益が貰えそうな神さまが好かれるのです。まぁ、神さまがどんなに性格がモニョモニョ……でも、生きているうちはまず会いませんし。

    「あたし、お母さんの中にいたときの記憶があるの。たぶん、みんなよりもずっと長い間、そこにいたわ。中々外に出れなかったのよね。兄さんもいたけど、無口だったし……ちょっと、退屈だったわ。ただ、お母さんは色々と話しかけてくれてね。父親の名前もそこで知ったの。……あたしのことも心配してくれてたわ。……だから、今は元気にやってますって言うくらいはしてあげようかなって」

  • 8ウマ娘昔話「ペガサスと出会い」22/07/07(木) 22:08:36

     気づいたらペガサスは「外の世界」にいたそうです。だけど、母親の姿は近くになく、トラブルも発生したため生まれた場所から飛び去ったのです。その後は、あちこちを放浪しながらレースでお金を稼いだり、他のウマ娘に併走したり助言したりしつつ暮らしてきました。

    「お母さんの名前くらいは知っておきたいわ。そうね、君も時間ができたら探すの手伝ってくれてもいいのよ? ふふっ♪ もちろん、まずは君のお父さんをギャフンと言わせなきゃ……だけど」
    「……俺の父親は」
    「はい?」
    「グラウコスじゃなくて、ポセイドンって言われてるんだ。少なくても親父……グラウコスはそう思ってる。母さんがポセイドンとの間に作った子どもだって。だから、子どもの頃からあたりが強かった」
    「……あらまぁ。ということは、君は私の弟くんかもしれないのね。それは……ますます気合を入れないとね! そぉれレッツラゴーよ」

     ペガサスは(ポセイドン繋がりで)後輩にあたるウマ娘たちと、弟(かもしれない)ベレロフォンのために、がんばルンバするべく、ベレロフォンの住むコリントスの中心街へと向かいました。

     ちなみに、コリントスはポセイドンと縁が深いですが、愛の女神アプロディーテを崇める国でもあり、華やかな装飾品の生産がウリでした。今で言う勝負服の製作なども行われていました。派手な勝負服も多く、それを見たペガサスも「翼を隠さなくても、勝負服の一部ですって問題ナッシングかしら? ……あ、けどとっさに動かしちゃいそうだから、ナシかな」と言ったそうです。

     なお、ペガサスは折りたたんだ翼を隠すような形でケープのようなものを巻いていました。
     少し後ろが膨らんでいましたが、その膨らみを目立たせないようにケープには色鮮やかな糸や紐を垂らした飾りが多数付けられており、紐の先端には豪奢な房飾りも用意されてました。
     装飾品をたなびかせながら走る姿は、華やかでありつつ軽快で活動的な印象を与えそうです。本来だったら不自然に思える背中の膨らみも、紐飾りや房飾りのたなびき方に流れを付けるため、意図的に用意されたものに見えました。

  • 9ウマ娘昔話「ペガサスと出会い」22/07/07(木) 22:09:34

     さて、コリントスにやってきた2人は、コリントス王グラウコスが主催するレースに出場します。
     グラウコスはベレロフォンが担当にあたるウマ娘を連れてきたことに驚きました。しかし、ベレロフォンの兄たちが担当するウマ娘たちが参加するため、ベレロフォンが問題なく負けると考えます。

     しかし、当たり前のようにペガサスは勝ちました。
     圧倒的な速さで、コースを駆け抜けたのです。

     そして、周囲の驚きが冷めるのを待たず、そこから2人はコリントス国内において多くのレースに出ました。

     この頃のレースはヒッポドロームと呼ばれる競技場を使ったコースのほか、高低差ある山地を駆けるような自然の中で行うコースもありました。ペガサスはそのどちらでも勝ち続けました。

     そして、どのようなレースでもペガサスは速く、楽しそうに駆け抜けました。
     すると、そんな姿に魅了される人やウマ娘も出てきます。閉塞的な空気が漂い、勝者が固定化されつつあったコリントスのレース上で彼女の姿は鮮烈であり、多くの人の目に焼き付きました。

     また、ベレロフォンもそんな彼女を支えます。……彼がいなくても、彼女はレースに勝っていたでしょう。しかし、彼女が可能な限り楽しく走れるように……と手を尽くしました。例えば、レース場について説明するときは、距離やコースの特徴だけでなくどんな風に人々に知られてるかなど観光案内をするように語りましたし、どんなウマ娘が出場してくるのかを説明するときは得意不得意だけでなく、そのウマ娘がどんな人柄なのかも話しました。

     そして、ペガサスは他のウマ娘に対して敬意を持って接し、レース外でも気遣いを忘れませんでした。街でも笑顔を振りまき、多くの人に囲まれます。救国の英雄もかくやという人気っぷりでした。

    「ペガサスさん、素敵! これ使ってください!」

     そう言って、レース後に布を渡してくる熱心なファンと化したウマ娘もいました。
     渡す役はけっこうな倍率だったそうです。

  • 10ウマ娘昔話「ペガサスと出会い」22/07/07(木) 22:10:03

     しかし、ペガサスが人気になるのを面白く思わない人もいました。
     ベレロフォンの父であり、コリントスの王であるグラウコスです。

     グラウコスは、ベレロフォンとペガサスが勝つことを快く思いませんでした。ベレロフォンのことが気に食わない……というのもありましたが、それ以上に彼は傲慢で人の心がないトレーナーでした。今の時代だったら、トレーナーになれないような男です。

     そんな彼が担当のウマ娘たちから反抗されなかったのは、彼と彼の手法を受け継いだ息子たち(ベレロフォンの兄たち)が担当したウマ娘たちに勝利をもたらしていたからに他なりません。今よりも知識が広がりづらい時代でしたから、先祖代々が積み上げてきた育成ノウハウを持つグラウコスのような者はそれだけ貴重だったのです。

     辛くてもいつか報われる……そんな幻想がウマ娘たちを縛り付けていたのです。しかし、今その幻想は剥がれつつありました。

     後がなくなりつつあったグラウコスは、今一番速いタラクシッポスを出場させることにしました。

     グラウコスはタラクシッポスを呼び出し、次のレースに出るように命じます。加えて、最終コーナーの折り返し地点にある石像の影……観客から姿が一瞬見えなくなる場所で、ペガサスを妨害するように言いつけます。

     タラクシッポスはうつろな眼差しをしながら、グラウコスの言葉を聞きました。タラクシッポスは言いつけに従うつもりです。王に見初められ、速いウマ娘にしてやろうという言葉を喜んでいたのもはるか昔。彼女の心はすっかりくたびれていました。

     最近では自分本来の名前も思い出せなくなりつつありました。速くなるために……という言葉に従って、彼女は田舎の家族や友人たちと縁を切り、他のウマ娘と交流せず、楽しみを遠ざけてきました。最近では、自分のことを心配して田舎からやってきた両親も手ひどく追い返しました。そうしないと、王から捨てられるからです。

     結果、今のタラクシッポスに残されたのは嫉みや妬みくらいでした。楽しそうに走るウマ娘や、トレーナーと仲が良さそうなウマ娘を妬んですらいました。

     レース当日もそうでした。

  • 11ウマ娘昔話「ペガサスと出会い」22/07/07(木) 22:10:41

     ペガサスがベレロフォンや他のウマ娘と楽しそうに話す姿や、ペガサス自身が今から走れることを嬉しがっている様子を見て、強い憤りを感じていました。まるで、自分のすべてが否定されているような……そんな感覚に襲われたのです。そこで、レース開始前タラクシッポスはペガサスに言いました。

    「気に入らないわね……」
    「あら、あたし?」
    「………………」
    「うーん……。何か間違えちゃったかしら? ここでのレースは初めてなの。良かったら、教えてくれるとお姉さん嬉しいわ」

     ペガサスはタラクシッポスに対して笑顔で応じます。
     このあと競い合うとは思えないほど、朗らかな笑顔です。
     だからこそ、タラクシッポスは内心でさらに強く憤りました。ただし、それをぐっと抑えて言います。

    「……いえ、気のせいだったわ。ごめんなさい。勝ち負けはあるけど、一生懸命がんばりましょうね」

     タラクシッポスは「潰してやりたい……!」という気持ちを押し込めながら、少しだけ友好的な様子を見せました。この後のことを考えて、波風を立てないようにしようと思い直したのです。

     そんなタラクシッポスに対して、ペガサスは言います。

    「ふふっ♪ ありがとう……! あなたはいい子ね」
    「………………」

     自分のことを見透かしているような態度がまたタラクシッポスの癪に障りました。しかし、タラクシッポスは笑顔を取り繕って、スタート地点──今で言うゲートへ向かいます。笑顔を取り繕ったまま、レース中にだまし討ちしようと考えたのです。
     仕掛ける場所はグラウコスの指示通り、最終コーナー付近です。

     そして、レースが始まりました。
     ペガサスとタラクシッポスは上手くバ群に飲まれず序盤を進みます。

     ……ヒッポドロームと呼ばれる昔のレース場は、戦車走と呼ばれるウマ娘が戦車を引いて走る競技も可能なように大きめに作られており、その大きさに合わせて、通常レースの出走者も多かったようです。
     そのため、バ群に飲まれた時点で敗北が確定することもあったのですが、抜きん出た実力を持つ2人は上手くバ群を回避します。

  • 12ウマ娘昔話「ペガサスと出会い」22/07/07(木) 22:11:12

     そうして、ほぼ1対1の勝負といった様相になりました。
     逃げるペガサスをマークするように、タラクシッポスがその少し後を追います。ペガサスはグングンと速度を上げていくのに対して、タラクシッポスは必死の形相で追いすがります。タラクシッポスが支払ってきた犠牲が本当に必要なものだったのかは分かりません。しかし、タラクシッポスが重ねてきた修練そのものは彼女にとてつもない速さを与えていたのです。
     今までペガサスに伍する者はいませんでした。彼女の圧倒的な走りの前では、多くのウマ娘が文字通り「後塵を拝する」しかなかったのです。それを覆せるかもしれない走りがそこにはあったのです。

     観客は大きな声を上げました。白熱するレース展開に対して、歓声や声援を送ったのです。
     そして、その声はペガサスには届き、タラクシッポスの耳には届きませんでした。

     2人は観客からの死角となる最終コーナーに差し掛かります。
     最終コーナーまで、走る速度は互角でした。いえ、その瞬間だけなら、仕掛けるために加速したタラクシッポスの方が僅かに速くさえあったかもしれません。

     しかし、勝負は次の瞬間には着きました。

     ペガサスはゴールを見て走り、タラクシッポスはペガサスを見て走りました。
     そして、その僅かな差が大きな違いを生みました。

     目の前にいるペガサスを邪魔するため、タラクシッポスは腕を伸ばします。一瞬でも体勢を崩せば、遠心力に負ける形で大きく身体がぶれ、転倒したでしょう。
     しかし、その腕はペガサスには届きませんでした。まるで、その腕が分かっていたかのように、するりとペガサスはその腕をかわしました。外側に膨らむような形でペガサスは位置をずらします。コーナーの内側が開く形です。

     ……もし、ここでタラクシッポスが空いた内側を駆け抜ければ、話は大きく変わっていました。勝利の栄光があったかもしれません。妨害は未遂で終わったため言わなければ誰も気付かず、ただ実力で勝てた……と言えたかもしれません。
     しかし、タラクシッポスは内側に向って走らず、ペガサスの動きを目で追いました。自然と目がそちらに吸い寄せられたのです。その視線に気づいたのか、ペガサスは笑顔を浮かべました。

    「見たいのなら見せてあげる……! あたしの走りをね」

  • 13ウマ娘昔話「ペガサスと出会い」22/07/07(木) 22:11:48

     タラクシッポスは、直線でペガサスが急加速していく姿を目の当たりにします。背中の翼はしまわれていましたが、まるで空中を滑空する鳥のような速度です。このとき、タラクシッポスはペガサスが流れ星かなにかのように錯覚しました。

    「き、綺麗……」

     タラクシッポスは足の動きを鈍らせ、ただそう呟きます。勝ち目が無かったとは言いません。しかし、心の燃料が切れかけていたタラクシッポスでは、何度やっても追いつけないでしょう。勝つためには燃え盛る火のような、もっと強い何かが必要でした。

     レース結果は、ペガサスの圧勝に終わりました。
     圧倒的なバ身をつけてペガサスが勝ったのです。

     呆然とした様子でタラクシッポスはゴールに辿り着きました。
     そして、ドサリと膝から崩れ落ちます。信じていた何かが粉微塵に砕けたような感覚でした。タラクシッポスは天を仰ぎます。その日は、快晴であり雲ひとつありませんでした。太陽の光が目にしみます。じわりと涙が出そうでした。
     しかし、にじむ視界の中に、より眩しい影が入り込みます。

    「陽の光を見すぎると危ないわ。昔、あたしも太陽めがけて飛…………走ったり吠えたりしたんだけど、ちょっと目がくらくらしたの。おひさまは眩しいけど、見過ぎはダメよ。ほら、立ちましょう? あなたは速くて強いんだから。……あら、ダメよ泣いちゃ。勇気を出しましょ♪」

     優しい言葉をかけられて、タラクシッポスは泣いてしまったと言います。

     そして、そんな一連の流れに焦り、怒りを覚えた者がいます。
     グラウコスです。

     観客席からレースを見ていたグラウコスは戻ってきたタラクシッポスを口汚く罵ると、これ以上ペガサスとベレロフォンが躍進しないように、息子たちの何人かと一緒に後ろ暗い話を始めます。不幸な事故についてのお話です。

     悪い夢から覚めたタラクシッポスが、それを聞いていました。

     ……あとは簡単な話です。
     ウイニングライブが始まる前、多くの観衆を前にして、タラクシッポスは一部では公然の秘密であったものの、多くの人が知らなかったグラウコスの非道も明言します。タラクシッポスの決断と行動は急なものであり、グラウコスはもちろん、聴衆にとっても寝耳に水でした。

     グラウコスはレース場から逃げだし、周囲はざわめき、ウイニングライブどころじゃなくなりつつあります。

  • 14ウマ娘昔話「ペガサスと出会い」22/07/07(木) 22:12:12

     しかし、ペガサスだけは動揺することなく動き出しました。ベレロフォンから内情を聞いていたのもありましたが、ウイニングライブ前に見たタラクシッポスの顔つきから何かを察していたようです。だから、あっさりと次の行動が取れました。

    「ハァイ! みんなひとまず今日は盛り上がって終わりましょう♪ 不安や戸惑いはあるかもしれないけど、まずは今回のレースに一区切りを付けましょう! ……そうだ、今回は踊りたい子みんながステージに上がりましょう! 新しいスタートを祝ってね♪ ふふっ……きっと、それが楽しいわ! 明日からは、あなた達ウマ娘がこの国のレースの主役よ!! そぉれ~、レッツラゴー!」

     ペガサスの発案で行われたウイニングライブは、かつてない人数のウマ娘がステージ上で歌い踊るものになりました。ペガサスを中心として、多くのウマ娘が踊りを披露していきます。まだライブに慣れていない子は、ペガサスが社交ダンスのパートナーのようにリードしたり、サポートをしたりして、場に馴染めるようにフォローしました。ライブはかつてない時間が取られ、ペガサスは司会のようなこともして、ウマ娘たちの名前と良いところを観客に紹介したりもします。結果として、ライブ後半はみんなが笑顔で踊っており、ウマ娘たちの顔や名前は多くの人々に覚えられました。

     こうして、ペガサスは国の雰囲気を変えてしまったのです。
     ペガサスにとしては当たり前なこと──楽しく走り、他のウマ娘に対して楽しげに接するだけで。

     対して、グラウコスはライブの間に逃げようとします。配下にいる他のウマ娘に車を牽引させて、国外に逃げて、謀反や陰謀だと他の王に訴えるつもりでした。不当だと言って、他国に攻め入る大義名分を土産にするつもりだったのです。
     しかし、配下のウマ娘たちは彼の言うことを聞かず、次々とライブに参加してしまったため、逃げることはできませんでした。

     こうして、グラウコスは失脚します。また、彼の息子たちの多くも同時に失脚しました。残ったのはベレロフォンをはじめとしたウマ娘に優しく接してきた者だけです。そして、その中で最も年長の者が新しい王になりました。ベレロフォンを新しい王に……という話もありましたが、自分の父親は前王とは異なるかも知れないと言ってベルレフォン本人が断りました。

  • 15ウマ娘昔話「ペガサスと出会い」22/07/07(木) 22:13:58

     ペガサスはベレロフォンからその話を聞き、少し怒りました。

    「……君は優しいから、ポセイドンの息子じゃないと思うの。君は国にいるウマ娘たちみんなについて詳しかったじゃない? 普段から、ちゃんと関心がないと、そうはならないと思うわ」

     ペガサスは多くのウマ娘と仲良くなれました。しかし、そのとっかかりとなる情報の多くは、ベレロフォンから聞きました。最初、ベレロフォンは国内で自分の担当ウマ娘となってくれる子を探していましたから、その過程で多くのことを知ったのです。
     ただ、単純な強い・速いだけでなく、どこ出身かやレース以外だと何が好きかなども実際に会話した内容をもとに知識として覚えていました。他のトレーナーなら忘れていたかもしれないような、些細な長所も記憶していたのです。

    「……まぁ、あのときは契約してもらわなきゃって必死だったから」
    「そうだとしても、あたしは助けられたわ。ありがと、バッチグーだったわ♪」

     そうして、ペガサスは「君はとってもチョベリグな存在よ。それをいつまでも忘れないでね? 忘れなければ、きっとどこまでも行けると思うわ♪」と、ベレロフォンのこれからに対して太鼓判を押しました。

     その後しばらくの間、ペガサスはコリントス内で過ごし、町やレースの様子を見ました。併走を求められれば気軽に応じますし、多くの人に笑顔を振りまきます。しかし、不思議とレースには参加しませんでした。尋ねられても、今は調整中だと言い、かわします。

     そして、ある夜ペガサスは言葉短い置き手紙を残してコリントスを去りました。

     翼のことが多くの人へバレる前に、もう去るべきだとペガサスは感じたのです。

  • 16ウマ娘昔話「ペガサスと出会い」22/07/07(木) 22:15:06

     ──生まれたとき、ペガサスは一人ぼっちでした。

     ペガサスは誰かの血から生まれました。
     長い長い間、母親の体の中にいましたが、普通に生まれたわけではありません。
     彼女の母親は普通ではありませんでした。母親の名前を知らない彼女も、それだけは知っていました。

     ペガサス自身は知りませんでしたが、ペガサスの母親はメドゥーサと呼ばれる蛇の髪を持つ怪物でした。

     メドゥーサは女神アテナの怒りをかって、蛇の髪を持つ怪物に変えられた女性です。
     元は美しいヒトの女性だったとも、美しいウマ娘だったとも伝えられています。

     ペガサスがウマ娘であることから、母もまたウマ娘に違いないという人もいますが、メドゥーサがウマ娘であったとは断言できません。ペガサス自身が特殊な出生であったことや、双子の兄であるクリュサオルがヒトでもウマ娘でもない姿であったこと、そして、父親にあたるポセイドンがウマ娘を守護する神として知られていたからです。
     事実、ポセイドンはウマ娘ならぬウマ息子になって、人間の女性との間にウマ娘をなしたという逸話がありました。ウマ娘になって女性同士でも神の力でどうにか子どもを成した……という異説もあり、神が関わっている時点で、常識から外れていくのです。

     古来より、ペガサスの出生は神秘に包まれており、昔の人たちもどうだったかは分かっていませんでした。
     ただ、事実はどうであれ、出生の不思議さの不可思議さは、その後のペガサスの運命に関わり続けました。

     ペガサスは伸び伸びと駆けられる場所と、食べられるものを探して、生まれた場所からすぐに飛び出しました。
     背中の翼がグングンと体を押し上げつつ、足が空を叩きました。

     大きな翼は母がペガサスに与えた贈り物でした。
     ペガサスには生まれる前の記憶がうっすらとあります。
     母はまだ生まれぬ娘に対して、何度も謝っていました。

     自身が化け物になったことで、本来普通に生まれるべきタイミングを伸ばし、長い間そのままであったこと。
     女神の呪いによって、自身と同じように怪物として生まれるであろうこと。
     自分をウマ娘だと思っても、他の人からはそうと思われないであろうこと

     ……そんなことを謝っていました。

  • 17ウマ娘昔話「ペガサスと出会い」22/07/07(木) 22:15:47

     だからこそ、せめてもの慰めになればと、メドゥーサは何かしらの加護が娘に宿るようにと願いました。結果、ペガサスは母のような恐ろしい怪物の姿ではなく、美しい翼を持ったウマ娘に近い姿で生まれたのです。異形のウマ娘ではありますが、神聖さを感じさせる姿でした。本質は怪物かもしれませんが……。

     また、母は我が子が島を飛び出し、自由な世界へ飛び出せるようにと願っていました。
     そして、その願いに答えるように、ペガサスは生まれた島を離れました。

     一緒にお腹の中にいた兄は近くには既におらず、何かを聞く相手はいません。
     母と同じように怪物に変えられた2人の伯母は、姪を姪だと認識できず、ペガサスを襲おうとしました。
     幸いなことに、ペガサスは2人の伯母から逃げ切ることが出来ました。
     その頃から、ペガサスは速かったからです。

     ペガサスの生まれた島は、この世の西の果てにあり、翼がなければ到底出ることも入ることもできない場所にありました。もう戻ることはできません。帰る方法も分かりません。ただ、母も元々住んでいたわけではなく、幽閉されるような形だったと聞いていたので、母の生まれ故郷でも探してみようと思いました。

     ただ、結果としてペガサスの周りには誰もいなくなりました。
     そのことに気づいたのは、ペガサスのお腹が初めて鳴った後でした。

     ペガサスはふらふらと食べ物を求めて辺りをさ迷いました。
     すると、豪勢な料理が用意されている場所を見つけました。
     近くには競技場があります。レースも行われています。

     豊穣を祈った競技会というのは、ヒトにとってもウマ娘にとっても珍しいものではありません。
     多くのウマ娘が名誉や賞金……そして豪華な食事を狙ってレースに挑戦しようとしていました。そして、走る姿は楽しそうで、走り終わった後に踊る姿も楽しそうでした。

    「……走れて、踊れて、ご飯も食べられるなんて、外の世界って良いところなのね」

  • 18ウマ娘昔話「ペガサスと出会い」22/07/07(木) 22:16:17

     ペガサスは参加することに決めます。そして、飛び入りで参加できました。
     ペガサスの翼を見て驚く人もいましたが、勝負服の一種だと思い込みます。重そうとか邪魔そうと思う人もいましたが、咎める者はいませんでした。対するペガサスも、みんなが翼を使わず走ってるのを見て、同じように足だけで走ることにします。競技場を見た限り、ルールがあることはなんとなく察していました。足を使う競技は足だけ、手を使う競技は手だけ……使って良い部位が決まってるのを覚えたのです。

     ……ただ、翼を持っている者が1人もいないことには気付きませんでした。

     レースでは、スタート合図への反応に遅れました。しかし、誰よりも遅くスタートしたのに、飛ぶように駆け抜けたペガサスは一番速くゴールへと飛び込みました。
     一緒に走った他のウマ娘たちも唖然とするばかりです。

    「楽しかったわ♪ ……ただ、ちょ~っと力が出ないわね。お腹鳴いて厳しいかも……」

     ただ、走りの高揚感や空腹……何より経験の少なさによって、他の人たちの反応に気付かなかったペガサスは料理を管理している人のところに近づいていきます。本人も少し恥ずかしかったのですが、お腹が鳴いていることをそれ以上に気にしました。だから、踊りの前に少しだけ食べさせてもらえないかと思ったのです。ペガサスは料理番と思わしき男性に声をかけます。

    「……ねぇ、こちら少し頂いてもいいかしら? 踊りの前に少しだけお腹に入れておきたくて……」
    「あ、あぁ……」
    「ありがと♪」

     ペガサスは大量の人参の中から、数本を選び、口にしました。それは、生まれて初めて食べた食事でした。ただ、ペガサスはその味を思い出せません。その後の会話が、彼女の心を蝕みました。

    「飛ぶように速いお嬢さん? あんたはいったいどこから来たんだい?」
    「……西の方? いえ、北かも? ごめんなさい、えっと……、それがどうかしたのかしら?」
    「お嬢さんのいた場所では勝負服は動くのかい?」
    「動く……?」
    「その翼さ……」

     ペガサスは自身の大きな翼を見て、首をかしげました。
     そして、深く考えずに言いました。

    「これは服じゃないわ。あたしの体の一部よ。ほら、動くでしょ?」

  • 19ウマ娘昔話「ペガサスと出会い」22/07/07(木) 22:16:45

     ばさりばさりと翼が動きました。すると、その様子を見ていたヒトとウマ娘の両方が騒ぎ出します。
     翼はずるくないか? 彼女は本当にウマ娘か? ……そんな声が聞こえます。
     料理を用意していたヒトも言いました。

    「悪いが、次からは遠慮してくれないか?」
    「……走るときは使ってないわ。それでもダメ?」
    「競技会ってのは、ヒトの男、ヒトの女、ウマ娘でそれぞれ分けるもんなんだ。なぜかって言われたら、身体能力に差があるからさ。体の作りが違うんだから、それに合わせて参加者は用意しないとならねぇ」
    「私はウ──」

     自分はウマ娘……。そう言おうとして、ペガサスは口をつぐんでしまいました。果たして本当にそうなのか? ……自分でも疑問に思ってしまったのです。そして、そんなペガサスに対して料理番の男は言いました。

    「普通のウマ娘に翼は無いから。とりあえず、食事は取っていいが、踊りは出なくていいぞ」
    「……そう。ごめんなさい」

     遠回しにお前は走ってはいけない……と言われて、非常に悲しい気持ちになりました。
     ペガサスは食事を終えると、会場からひっそりと姿を消しました。

     そして、その後もあちこちのレース場で「ずるい」と言われたり、「本当にウマ娘なのかな?」と言われたりしました。

     翼を隠すコツを覚えるまでそれは続きました。そして、翼を隠していても、何かの拍子で翼が露見すれば、立ち去るしかありませんでした。だから、ペガサスは文字通り人の来ない山で羽根を伸ばしつつ、移動を繰り返しながら、あちこちの国を旅しました。

     長い長い間、あちこちを旅しました。

     その中で、ペガサスは自分の出自について知りたがっていました。母がどんな人だったかを知ろうとしましたし、父親とされるポセイドンが姿を現さないかと期待しました。自分はウマ娘だと誰かに言ってほしかったのかもしれません。しかし、母の手がかりは掴めず、ポセイドンが姿を現したと言われるような場所で声をかけてくる者はいませんでした。

     ペガサスはあてもない旅を続けるのに疲れていました。

  • 20ウマ娘昔話「ペガサスと出会い」22/07/07(木) 22:18:08

     ベレロフォンに出会ったときも、自身に関する噂が他の国で広がり始めていたため、引っ越しをする予定でした。そうでなければ、山の中とはいえ無警戒で空を飛んだりしません。

     仲良くなれたウマ娘や自分を慕ってくれるウマ娘もいました。
     しかし、迷惑をかけたくないという思いや、好意が反転するのが怖かったのです。

     ふらりと現れてレースに圧勝する存在。だけど、どこか不思議な存在感。
     もしかしたら、他国で現れたと言われる怪物かもしれない……そんな形で、最初の頃の失敗はどこまでも追いかけてきました。

     だから、コリントスを去るのも本質的には同じ理由です。
     今まで生きてきた中でも、コリントスで過ごした日々は特に楽しいものでした。
     しかし、だからこそ……という気持ちが募ったのです。

  • 21ウマ娘昔話「ペガサスと出会い」22/07/07(木) 22:18:23

     ──心中に様々なものをよぎらせながら、ペガサスはそっと街を出て、以前いた山へと戻ります。泉は気に入っていたので、この国を立ち去る前、最後に寄る予定でした。
     途中、ペガサスはコリントスでの出来事を思い返しました。

     ベレロフォンは不思議なヒトでした。翼のことを気にせず、野心も無く、ペガサスの走る姿をただ喜ぶヒトだったからです。最初は、同情や弟かもしれないし……くらいの気持ちで接していましたが、今では話してて安らぐヒトだと感じていました。とはいえ、翼がバレたときに迷惑がかかりますし、彼にはまだこの国でやるべきことがたくさんありました。

    (最近は、他の子もトレーナー君に教えてもらいたがったりしていたし、大丈夫よね……)

     そんなことを思っていると、ペガサスは泉近くにたどり着きます。

     そして、以前荷物が置かれていた場所に近づきます。今は使われなく鳴った祠があり、そこに荷物などを置いていたのです。ここ数日の間で必要なものは運び出していました。

     ただ、出る準備に数日をかけた結果でしょうか?
     最初に運び出した荷物の下に、ペガサス宛ての手紙が隠されていました。手紙のほかに、分厚い紙束も一緒に置かれています。
     手紙と資料には、ペガサスの興味を引くものが多数書かれていました。

  • 22ウマ娘昔話「ペガサスと出会い」22/07/07(木) 22:19:39

    「リュキアという国に行くと良いでしょう。東の海を渡ったところにある国です。海といっても船で数日かからない距離です。君ならあっという間でしょう。そちらも、レースが盛んなようです。また、国を渡れば、君のことを知る人も少ないでしょう。また、王女がウマ娘であるため、流れ者でもウマ娘なら歓迎してくれるそうです」

    「また、近くにはアマゾン族と呼ばれる女性だけの国がいるのですが、そちらはポセイドンの甥である神アレスと縁が深く、彼自身が現れることもあるそうです。ポセイドンに会えないなら、他の神に会うことを考えるのも良いと思います。アマゾン族にはウマ娘も多く、外部の女性でも速いなら敬意を払うそうです。君なら彼女らの信頼を得られるでしょう」

    「ただ、リュキアでもアマゾン族とのレースでも、騎バ戦や戦車走と呼ばれる形式を指定された場合は断ってください。前者はチーム形式の競争であり、後者は文字通り戦車を牽く競争です。こういうと失礼かもしれませんが、君に向いている形式ではありません。君は自由に走っている姿が素敵だと思います」

    「君の走る姿はかっこいいし素敵。夜の星にも負けないくらい輝いて見える」

     ……などなど、ペガサスが驚くほど細かなアドバイスや言葉が大量にかかれていたのです。地図も同封されています。ペガサスが出ていこうとしているのを予感していたベレロフォンがこまめに追加していたのかもしれません。紙を全部まとめれば、それだけで教本か旅の案内書になりそうな量でした。

    (……どこに行っても大丈夫になれそう。……ときたま挟まる口説き文句は自覚あるのかしら?)

     ペガサスは目をパチクリさせながら、それらを長い間読み続けました。自分がコリントスから出てきたのを一瞬忘れるくらい、手紙には様々なことが書かれていたからです。

     だけど、あるときハッと気づいた様子で顔を祠の外へと向けます。

    「こら、そこ! 立ち去ろうとしない!」

     祠の外にはベレロフォンがいました。
     ペガサスが手紙を読んでいるのを見て、ホッとした様子で立ち去ろうとしていたようです。
     ただ、息は切れてました。ペガサスが出立したのに気づき、慌ててここまでやってきたのでしょう。ただ、手紙と資料が無事渡ったことで、ひとまず安心したようです。渡せるものは全部渡せたというやり切った表情が浮かんでいました。

  • 23ウマ娘昔話「ペガサスと出会い」22/07/07(木) 22:20:21

    「もう! そこまでするなら、あとは行かないでって止めるところなんじゃないの!?」

     勝手に出ていこうとしたペガサスが言えるセリフではありませんが、驚きと羞恥のあまりペガサスはそんな言葉を口にしました。また、ベレロフォンに呼び止められないのは、少しもやもやした気持ちを抱かせたようです。

     すると、そんなペガサスに向かって、ベレロフォンは少しだけ困ったような顔を見せて、こう言いました。

    「……じゃあ、旅の案内役はいらないかい?」

     祠から出てきたペガサスの顔をじっと見つめながら、ベレロフォンは言います。
     
    「国を追放されたら、どこに行くかも考えていたからさ……。どこでレースが盛んかくらいは分かるはずだよ」

    「……案内役って、そこはトレーナーとしてではないのね。……少し寂しいわ」

    「最高のウマ娘である君に教えられることが思いつかなくてね……。ただ、どこにだって応援しにいくつもりだったよ。今だって、先にリュキアに行こうかな思ってた。君を応援するのは、トレーナーじゃなくてもできるからね」

    「……けど、トレーナーの枠も空いてるわよ。……ここまで言えば分かるわよね?」

    「そっか……。じゃあ、ペガサス……。あらためて君をウマ娘としてスカウトさせてほしい。そして、君が楽しく走れる手伝いをさせてくれ。……トレーナーとしてはたいしたことできないかもしれないけど、君が翼のことを気にせず走れるようになるように全力を尽くすよ。……自分がウマ娘の1人だって思えるようになるまで」

     ベレロフォンはペガサスの悩みについて気づいていました。
     ただ、それを言わずに応援し続けていたのです。普通のウマ娘に接するような態度を崩さず傍にいたのです。
     そのことに気づいたペガサスは笑みを浮かべます。

    「フフッ……じゃあ、これからはよろしくね。トレーナー君」

     こうして2人は名実ともにウマ娘とその担当トレーナーという形になったのでした。

  • 24二次元好きの匿名さん22/07/07(木) 22:21:32

    このレスは削除されています

  • 25二次元好きの匿名さん22/07/07(木) 22:23:31

    このレスは削除されています

  • 26ウマ娘昔話「ペガサスと出会い」22/07/07(木) 22:33:16

     この後も2人は、リキュアって国に行き、「キマイラ」とのレースを行ったりと活躍しました。
     大勢の人たちが2人の活躍する姿を見たとのことです。

     そして、今では空に輝く星座のひとつに彼女はなりました。
     星座の彼女は翼を隠すことなく広げています。
     そして、多くの人に「ウマ娘」として知られています。

     きっとそれはそういうことなのでしょう。



        うまぴょいうまぴょい(完)

  • 271 ◆391rvsZHE97L22/07/07(木) 22:33:40

    終わりです
    最後ちょいミスがあったので、再投稿

    元ネタは言わずとしれた伝説の馬「ペガサス」です

    話の下敷きは、
    ・ベレロフォンの主な冒険がリュキアで行われたことに対して、ペガサスとの出会いがコリントスであり、ウマ娘世界だと前日譚熱そう……ってなったこと
    ・ペガサスに人格あったらだいぶお辛い境遇なのでは?となったこと
     ※ちなみにキマイラから見るとペガサスは「叔祖母」と親戚関係になる
    ・ベレロフォンの父がだいぶアレなこと(※死後に馬に害なす悪霊タラクシッポスになったという伝説がある)
    ・ベレロフォンが優勝した競馬にて、父が人生の報いを受けたという伝説が残されていること
    あたりです

  • 28二次元好きの匿名さん22/07/07(木) 22:51:13

    良い話だった…。
    語り口といい、センスの良さが出ててよかった…。
    いや、こんな場末の掲示板じゃなくて、然るべきところに出したほうが良くないかい!?本当にさあ!

  • 29二次元好きの匿名さん22/07/07(木) 22:58:13

    スレタイから予想できない良い話だった…

  • 30二次元好きの匿名さん22/07/08(金) 00:31:45

    もっと伸びるべきSS

  • 31二次元好きの匿名さん22/07/08(金) 01:13:54

    ウマ娘の昔話好き

  • 32二次元好きの匿名さん22/07/08(金) 01:59:57

    元神話から考えるとだいぶ魔改造されてるけど嫌いじゃない

  • 33二次元好きの匿名さん22/07/08(金) 12:44:03

    良いお話だったんだけど
    感想が難しい

  • 34二次元好きの匿名さん22/07/08(金) 19:51:13

    面白かったです

    最初はなぜマルゼンさん?と思ったけど
    見終わってみると配役も合ってると思いました

  • 35二次元好きの匿名さん22/07/08(金) 21:31:21

    ええ話や…

オススメ

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