【SS】あの店この店

  • 1二次元好きの匿名さん22/07/07(木) 23:44:33

    「失礼します」

    グラウンドで練習に励んでいたウマ娘たちも大半が引き揚げて、そろそろ日も暮れようかという頃。
    トレーナー室のドアをノックして開けると、書類を睨んでいたトレーナーさんが驚いた顔でこっちを見た。

    「あれ、アヤベ?まだ約束の時間には早くないか」

    そう、今日はこの人と一緒に星を見に行く日。
    本当はオペラオーやドトウ、トップロードさんも誘うつもりだったけど、皆たまたま他の用事があったようで、私たちふたりで行くことになった。
    普段ならもっと時間ギリギリに迎えに行くところだけど、今日はそうしなかったのには理由がある。

    「忘れたりしてないかと思って」
    「いやいや、忘れるはずないだろ。楽しみにしてるんだから」
    「そう言って、前に私が迎えに行くまで仕事をしていたことがあったわね?」
    「う……」

    仕事にかまけてあやうく約束をすっぽかしかけた一件は、トレーナーさんにとっても苦い思い出だったようで、「もう忘れないから!」とアラームがいくつも設定されたウマホの画面を見せてくれた。
    別にそこまでしなくてもいいのに、と言うと、返ってきたのはやはり「約束は大事にしたいから」という堅苦しい返答だった。

    やがて約束の時間が来て、私たちは軽自動車に乗り込んで天文台へと向かう。無論夜間外出の届けは出しているし、寮長にも嫌な顔ひとつされず受理された。
    後部座席にはレジャーシートと望遠鏡、それからふたり分の水筒と夜食のサンドイッチ。
    備えあれば憂いなし、とはレースの世界に限ったことじゃない。趣味だって同じ。

    ───そう、趣味というのは人生において本業と同じくらい大切なものなのだ。
    少なくともある時期から私はそう信じているけれど、だからこそ以前から気にかかっていることがあった。


    「トレーナーさん、あなたは趣味とかないの?」

  • 2二次元好きの匿名さん22/07/07(木) 23:45:56

    この車は無機質だ。
    荷物はさっき言った後部座席の天体観測関連のものだけ。つまり、ほとんど私の荷物。
    運転席周辺にも缶コーヒーやレース場のパンフレットがあるだけで、カーオーディオなんか一度も使ったところを見たことがない。

    そう、運転手の嗜好をまるで感じられないのだ。
    そんなかねてからの疑問を尋ねてみると、トレーナーさんは前を向いたまま苦笑した。

    「藪から棒だな」
    「前から気になっていたの。スポーツとか、旅行とか、音楽とか……あなたくらいの歳の男の人なら何か趣味のひとつくらいあるものじゃない。でも、私の知る限りじゃあなたがそういうものに熱中してるのは見たことないから」
    「う~ん……あんまり音楽は聴かないし、スポーツも熱中するほど好きなものはないし、そう言われると趣味らしい趣味って今はないかもな。……ああでも、天体観測とプラネタリウムは好きだぞ!」
    「……それは私の付き合いじゃない」

    やっぱりね、とため息が出る。
    思えば、買い出しなんかを除くとトレーナーさんの主導で出かけたことは今までなかった。
    オペラオーのバカげた緊急連絡か、私の用事に付き合うのがほとんど。
    ひとりでどこかに行ったなんて話は聞かないし、何もなければどうせトレーナー室に籠って仕事をしている。

    ……これって、昔の誰かの姿に似てるんじゃないかしら。
    そう思った私は、ふと思いついた"計画"を実行に移すことにした。

  • 3二次元好きの匿名さん22/07/07(木) 23:46:27

    「トレーナーさん。来週の休日、空いてる?」
    「え、どうしたんだ急に」
    「いいから。空いてるの、空いてないの」
    「まあ特に予定はないけど……」
    「そう。ならちょっと付き合ってくれるかしら」
    「んん……?別に構わないけど、どんな用事なんだ?」

    トレーナーさんはいつになく困った顔。それがなんだか新鮮で、私は助手席のシートに深く背を預けた。

    「ほんの野暮用よ」

    そう、ほんの野暮用。
    こう言えばあなたはきっとついてくるだろうから。

  • 4二次元好きの匿名さん22/07/07(木) 23:47:31

    かくして次の休日。私たちは、駅のそばにある大きなショッピングモールに来ていた。
    平日の昼間というだけあって人は少なく、特に滞りなくあちこち回れるはず。

    「それで、今日は何をするんだ?」
    「……実は、趣味を見つけようと思って」
    「へえ、いいじゃないか。それでショッピングモールか」
    「言っておくけど私のじゃないわよ。あなたの趣味を探すの」
    「えっ、俺の?」

    トレーナーさんは間の抜けた声を出した。
    この間の話を覚えてたら察しはつくと思うけれど……まあ、この人はそういうものだ。
    人のことには余計なところまで気がつくくせに、自分のことには本当に無頓着。

    「気持ちは嬉しいけど、アヤベらしくないな。君ってそんなにお節介焼きだったか?」
    「別にあなたのためにやってるわけじゃないわ。ただ、何年経っても息抜きも知らないままで倒れられたりしても困るの。それで入院したって話も聞くし……」
    「睡眠と食事は気をつけてるよ。健康診断でも異常なしと言われたし」

    確かに、頻繁にトレーナー室で寝落ちたりしていた頃よりは随分健康的に見える。
    自分でも手がかからなくなった自覚はあるし、この人も相応に仕事に慣れてきたということ。
    ───だからこそ、いつまでも仕事人間のままでいて欲しくない。

    「そういう話はしてない。だいたいね、人にやりたいことを見つけさせたくせに、自分は趣味のひとつも持たないなんておかしいと思わない?あなたが空っぽのままじゃ釣り合わないでしょう」
    「いや、それはそうだけどさあ。今は仕事が楽しいから別にそういうのは困っていないというか」
    「くどいわね。いいから行きましょう、時間が勿体ないわ」
    「おいおい、今日の君変だぞ?」

    自分でもどこかテンションがおかしいと思いながら、トレーナーさんの背を押して歩き始める。

    かくして、今日の"お出かけ"は始まりを迎えた。

  • 5二次元好きの匿名さん22/07/07(木) 23:49:47

    とはいえ、お互いこんな場所には行ったこともなければさして興味もなかったし、広いモールの中を特に当てもなくぶらつく。
    いつもと違って今日は私がトレーナーさんの後ろについていて、少しでも何かに興味を持てばすぐ気づけるようになっている。
    時折こちらを振り返っては苦い顔をする彼を追い立てるように歩いていると、ふとその足が止まった。

    「お、あれが噂のぱかプチか」

    そこはゲームコーナー。その中にあるUFOキャッチャーの筐体には、トゥインクルシリーズで活躍しているウマ娘たちの姿を模したぬいぐるみ、通称ぱかプチが所狭しと積まれていた。

    「欲しいの?」
    「まあ、かわいいなとは思うな」
    「じゃあ取りましょう」

    あまり多く集めるのはかさばるから考え物だけど、1つか2つ部屋に置くにはちょうどいいサイズだ。
    それに、妙に再現度の高いこのぬいぐるみの表面はとってもふわふわで。
    すぐさま両替機にお札を入れようとすると───トレーナーさんにその手を掴まれて、代わりに彼が自分の財布から何枚か100円玉を差し出してきた。

    「どういうつもり?」
    「何か嫌な予感がしたから。予算の上限は決めておこう」
    「……それもそうね」

    上限500円。少々心もとない軍資金で狩りの時間が始まった。
    まずは狙うものを決める。カレンさんのは本人に揶揄われそうだし、オペラオー……のはちょっと置きたくないから、ウララさんかトップロードさん辺りを狙うことにする。

  • 6二次元好きの匿名さん22/07/08(金) 00:01:28

    「まさか、両方とも私が取れるなんて」

    そんな挑戦はまさかの結果で終わった。
    ウララさんは位置取りが悪いし、トップロードさんには根性が足りなかった。

    何が言いたいかというと、4度の挑戦では狙っていたふたつとも取ることができなかった。
    もう後がなかったから、手ぶらで帰るよりはと仕方なく穴のそばにあった私の───アドマイヤベガの大きなぱかプチを狙うと、なんとその腕には小さい私がしがみついていて。
    どうか落ちないでちょうだい。そう願いながらアームの動きを見守っていると、ぱかプチはふたつとも取り出し口に落ちていった。

    「トレーナーさん……ふたつも同じ種類はいらないわよね」
    「そうだな。じゃあ、大きい方はアヤベが貰ってくれるか?」

    そう言うと、トレーナーさんは大きい方のぱかプチを私に差し出した。

    「お金を出したのはあなたでしょう。大きい方はあなたが貰うべきだわ」
    「いやいや、小さいサイズの方が部屋に置きやすいから。大きい方が抱き心地は良さそうだけどな?」
    「っ……」

    まさか用途がバレているなんて。もっとも、自分のぬいぐるみなんて抱くものじゃないけれど。
    でもこの触感は手放すにはあまりにも惜しい。

    「……そこまで言うなら仕方ないわね」

    ───しばらく考えて、私はその提案に乗ることにした。

  • 7二次元好きの匿名さん22/07/08(金) 00:13:13

    その後もしばらく色々な店を回った。
    Tシャツ屋に入って妙な柄のシャツをトレーナーさんに試着させてみたり、まったく知らないけど流行らしいスイーツを食べてみたり。
    うだうだと何やら言っていたトレーナーさんも途中からは楽しそうな顔をしていて、何故か私を見る目が妙に生暖かかった気はするけれど───まあ、有意義な体験はできたと思う。

    最後に書店に寄って何冊か本を買った後、私たちは喫茶店に入った。
    適当に時間を潰して、星でも見ながら帰ろうという話になったから。

    ふたり分の飲み物を注文すると、トレーナーさんは本と一緒に見慣れないケースを机に広げた。

    「眼鏡?」
    「ああ、読書の時はね。字が見えないわけじゃなくて、本に集中しやすいから掛けてるんだ」
    「そう。まあ、いいけど」

    そう言って掛けたのは何の変哲もない黒縁眼鏡だけれど、随分と印象が変わったような気がする。
    どことなく知的な感じがするし、いつもより何歳か年上に見えた。

    「お待たせいたしました。カプチーノとアメリカンのレギュラーサイズです」

    やがて運ばれてきたコーヒーを啜りながら、読書の時間が始まった。
    私は例によって星の本。トレーナーさんは……とりあえず目についたものを次々カゴに入れたからか、ラインナップがバラバラ。
    野球の本に料理、ダジャレ、少女漫画とバラエティ豊かな品揃えになっている。

    「どれか読む?」
    「いえ……」

  • 8二次元好きの匿名さん22/07/08(金) 00:21:40

    いつの間にか随分私も星に詳しくなっていたらしい。かなり専門的なものを買ったつもりだったけれど、本の内容はほとんど知っていることばかりですぐに読み終えてしまった。
    まだ時間はかなり残っているし、トレーナーさんはというと野球の本に熱中していて声を掛けられる感じではない。さっき断った手前、机の上の本に手を伸ばすのも憚られる。
    仕方なく店内を見回して───やがて私の視線は正面のトレーナーさんに向けられた。
    こんなにそばにいるのだから、否応にも色々なことが目につく。

    どこで手に入れたのか、テーブルの上の眼鏡ケースが私の勝負服を模したカラーリングになっていること。
    バレてないと思ってるんだろうけど、コーヒーに角砂糖を3つか4つ入れていたから、きっと苦いのがダメなこと。
    あと、男の人にしては意外とまつ毛が長いこと。

    どうでもいい───とは言わないけど、普段だったら気にも留めていなかったことに今日はよく気がつく。

    (こうして見ると、この人もなんだか普通の人ね)

    街中で見かけても、いや、すれ違ってもきっと気づかないくらい、今の彼はどこにでもいる青年。
    でも本当の彼は違う。平凡とは程遠い、どこをどう見てもおかしな人。
    今日道ですれ違った人たちも、この店のマスターも、今私たちの席の横を通っていったウマ娘たちだってそのことを知らない。この人の内面を───本質を知っているのは私だけ。
    そう思うと、なんだか背筋がむず痒くなる。

    「どうした、アヤベ」
    「え?」

    いつの間にか物思いに耽っていたらしい。
    我に返ると、眼鏡を外したトレーナーさんが怪訝そうな顔で私を見ていた。

    「俺の顔に何かついてる?」
    「……ええ。さっき食べたパンケーキのカスが」
    「えーっ、何で早く教えてくれなかったんだよ!」

    本当は何もついてなんかいない。
    でもすることがないから顔を見ていたなんて言えなくて、私は咄嗟に嘘をついた。

  • 9二次元好きの匿名さん22/07/08(金) 00:31:32

    喫茶店を出ると、すっかり日も落ちていくつかの星が瞬いているのが見える。

    「どうだったかしら、一日誰かに振り回される気分は」
    「楽しかったよ。ひとりだったら入らなかったような場所も、誰かと一緒なら入ろうかと思えるし」

    少し当てつけのように言ってみたけれど、返ってきたのは屈託のない返答。

    「たまにはこうやって、特に当てもなくブラブラするのもいいな。……アヤベはどうだった?俺ばっかりはしゃいでたような気がするけど、そっちは楽しめたかな」
    「今日はあなたのための外出でしょう。別に私がどうだったかは気にする必要ないと思う」
    「いや気にするよぉ……それこそ釣り合いが取れないじゃないか」

    トレーナーさんが私の顔を覗き込む。すると、腕の中の私のぱかプチもこちらを見上げてきた。
    ───私に似ているということは、あの子にも似ているということ。今度こそ嘘はつけそうになかった。

    「悪くはなかったわ。新しい発見もあったし」
    「そうか。じゃあ、また今度どこか出かけようか。今度は俺から誘ってもいいかな」
    「……考えておくわ」

    彼の趣味、私の新しい趣味。それは今日見つかったのかもしれない。


    「あっ、お帰りなさいアヤベさん!」
    「ええ、ただいま。少し疲れたからもう寝るわね」
    「えーっ、色々お話聞かせてくださいよ!今日トレーナーさんとお出かけしてたんですよね?」
    「明日の朝だったら話してあげるわ。今日はもう寝かせてちょうだい」
    「約束ですよっ!……ところでアヤベさん」
    「なに?」
    「休みの日にお仕事抜きで朝から一緒に出かけるって、それデートですよね?」

    私は、頭まで布団を被った。

  • 10二次元好きの匿名さん22/07/08(金) 00:34:02
  • 11二次元好きの匿名さん22/07/08(金) 00:39:36

    やっとまともなスレタイにしやがったな

  • 12二次元好きの匿名さん22/07/08(金) 00:46:23

    デートかな?
    デートじゃない?
    やっぱりデートじゃん!
    書いたの君かぁ!?

  • 13二次元好きの匿名さん22/07/08(金) 01:04:56

    新鮮なトレアヤたすかる
    無自覚デートいいよね…

  • 14二次元好きの匿名さん22/07/08(金) 01:05:05

    あっ君かぁ!この大ボリューム好き!

  • 15二次元好きの匿名さん22/07/08(金) 02:54:41

    やっぱこれデートだよね? そうだよね???
    とにかく良いもの読ませていただきました

  • 16二次元好きの匿名さん22/07/08(金) 04:13:18

    良い……

  • 17二次元好きの匿名さん22/07/08(金) 08:29:56

    すごく良かったです!

  • 18二次元好きの匿名さん22/07/08(金) 08:37:19

    いいものを読ませていただきました…

  • 19二次元好きの匿名さん22/07/08(金) 18:59:07

    2人のデート良い!

  • 20二次元好きの匿名さん22/07/08(金) 22:31:21

    人生エンジョイアヤべさんほんとすき

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