- 1二次元好きの匿名さん21/10/02(土) 22:24:27
- 2二次元好きの匿名さん21/10/02(土) 22:32:24
「10番6枠オグリキャップ」
歓声と拍手がパドックに向けられた。
今日は年末の大一番、有馬記念だった。オグリキャップにとっては初めての有馬記念であり、タマモクロスとの3度目の勝負の舞台であった。
しかし、そのオグリキャップは少し不思議そうな顔をしている。
「どないしたんや、オグリ」
パドックから降りたオグリキャップに声をかけたのは小柄な葦毛のウマ娘のタマモクロス。
「いや、いままでのG1と比べると」
「歓声が少ないんやないかって?」
そう、歓声が小さかったのだ。有馬記念といえば、国内で最も注目されているレースの一つであり、その本命の一人であるオグリキャップに向けられた歓声は思いのほか小さかった。
「しゃーなしやで、今日の主役はうちらでも、パドックの主役はうちらやないんやから」
ほれ、みてみい。タマモクロスがそう言って、パドックと観客のほうを促すと、いつの間にか会場は静寂に包まれていた。
まるで何かを待っているかのように。奇跡を待っているかのように。 - 3二次元好きの匿名さん21/10/02(土) 22:37:27
静寂を破ったのは出走ウマ娘を知らせるアナウンスだった。
「あの悲劇から一年! あまりにも長かった!」
その紹介も普段とは違う。涙ぐむのをかき消すように力を入れたものだった。
「悲劇を超えて! 5枠8番! 『サクラスターオー』! 奇跡の凱旋です!」
そのウマ娘『サクラスターオー』の登場とともに、歓声が会場を包んだ。 - 4二次元好きの匿名さん21/10/02(土) 22:44:52
「すごい人気だな、タマ」
会場を包む歓声に驚きながらオグリキャップはいう。
「人気も何も、ウチの世代の皐月と菊花の二冠ウマ娘や。まさか知らんとかいうんじゃないやろな?」
「ん、そうなのか?」
短い付き合いだが、タマモクロスはこのオグリキャップというウマ娘が、自分が走ること以外にはほとんど無頓着であることに気がついてきていた。だが、それにしたってだ。
「ま、しらへんならええわ」
そう、知らなくていい。もし知ってしまい、ないとは思うがそれがオグリキャップの足を鈍らすことになれば、タマモクロスとしても不本意極まりない。
「む、なにかパドックでいうみたいだぞ」
「なんや、スターオーのやつ、復帰挨拶でもするんかいな」 - 5二次元好きの匿名さん21/10/02(土) 22:51:51
まさかと思ったがやはり…!
- 6二次元好きの匿名さん21/10/02(土) 22:53:37
「まずは、この一年、僕という主役不在で大変申し訳なかった」
その顔と声と態度は、けがからの復帰だとは思えないほど自信に満ちあふれており、我こそが主役であると、見るものに信じさせるだけの迫力があった。
「その間に、タマモクロス、オグリキャップという、葦毛のウマ娘は走らないという定説を覆す、素晴らしいウマ娘がトゥインクルシリーズを引っ張ってくれていたこと、誠に感謝する」
「だがもう大丈夫だ。代役ご苦労だった。主役(ボク)が帰ってきた」
それは明確な挑発だった。
先ほどまで、歓声を上げていた観客は静まりかえり、その迫力に圧倒されていた。
「代役などではない」
ただ一人、葦毛のウマ娘はパドックに上がり、否定した。 - 7二次元好きの匿名さん21/10/02(土) 22:54:59
スターオー生存ルートは少し...泣く
- 8二次元好きの匿名さん21/10/02(土) 23:01:02
「タマも私も、サクラ……」
「ボクはサクラスターオー。初めまして、オグリキャップ」
パドックに上がり、サクラスターオーをにらめつけるのはオグリキャップ。その姿にサクラスターオーは一瞬ぎょっとしたが、すぐに威厳ある態度で対応した。
「タマも私も、サクラスターオー、おまえの代役などではない」
怒るのも当然だ。これまでの激闘を、たとえ二冠ウマ娘であろうと、代役の一言で済まされていいわけがない。
「レースにも出なかったものに、そんなことを言われる筋合いはどこにもない」
オグリキャップの言葉に会場が凍り付く。それだけはだめだと、それだけはいってはいけないと。
しかし、サクラスターオーの自信に満ちあふれた笑みは崩れず、こう口を開いた。
「では、レースで示すといい。真の主役が誰なのか」 - 9二次元好きの匿名さん21/10/02(土) 23:10:52
「ほんっとうに、すまなかった!」
楽屋にてサクラスターオーがレースに出走する面々に頭を下げていた。
「あのな、オグリ、あれ本当ならウチがパドックに上がって、スターオーの挑発を買うっちゅー段取りやったんや」
そう、サクラスターオーのあの挑発はすべて台本ありのものだった。
ただその台本を知っているものは、運営とサクラスターオー、そしてタマモクロスだけだった。
ではなぜ、その台本をせめて出走ウマ娘全員に知らせなかったのかというと
「サプライズになるかなって」
パドックでみせた威厳はどこへやら、手をもじもじさせて気まずそうに目をそらす。
「だが、今日の主役はボクだ。出走枠を譲ってくれたデュレンのためにも、今日のレースは勝たせてもらう」
その目はやはり自信に満ちあふれており、ともすればすでに勝った後なのではと錯覚してしまうほどだった。
「皐月と菊花、この二つの冠を背負うものとして、敗北は許されない」 - 10二次元好きの匿名さん21/10/02(土) 23:27:12
「さあ、レースが始まりました。天候は晴れ、良馬場の状態となっております」
レースが始まった。レジェンドテイオーが逃げ、オグリキャップは5番手、スーパークリークはその後ろであり、サクラスターオーはさらにその後ろ。ディクタストライカは出遅れ、最後方のタマモクロスの一つ前であり、先頭から殿までは10バ身であり、スローペースでレースは進行していった。
(懐かしい。やはり模擬レースと本番、それもG1となると大きく違うな)
(だが、最終直線、ここで……)
「行けッ――!?」 - 11二次元好きの匿名さん21/10/02(土) 23:36:34
レース結果は、1着オグリキャップ、2着タマモクロスという本命同士のぶつかり合いだった。ここまではよかった、そうここまでは。
3着スーパークリークは斜行によって進路を妨害したとして失格となった。
「てめえ! なにしてんだ!」
レース後、人目もはばからずに鹿毛のウマ娘がスーパークリークに詰め寄っていた。
「斜行がどれだけ危険なことかわかってねえのか! ああ!?」
斜行の被害に遭い競走能力を喪失してしまうウマ娘もいる。だからこそ、斜行による進路妨害には厳しい罰が下される。
だが、今回はそれだけではすまなかった。
スーパークリークが進路妨害した相手はサクラスターオー。誰もが奇跡を祝い、感動したレースで悲劇を繰り返しかねなかった。
スーパークリークは明らかに気が動転しており、目が泳ぎ、たっているのもやっとという状態だった。
「てめえは去年の悲劇を繰り返したかったのか!?」 - 12二次元好きの匿名さん21/10/02(土) 23:50:27
「マティ、落ち着け」
マティと呼ばれた鹿毛のウマ娘とスーパークリークの間に入ったのは、渦中のサクラスターオーだった。
「これが落ち着いてられるか!」
「ボクは大丈夫だ。ほら」
そう言ってサクラスターオーはその場でバク転をした。
バク転をした。
響いたのは歓声ではなく悲鳴だった。なんならサクラスターオーのトレーナーは気絶した。
「サクラスターオー、ここに健在なり」
だがそんなことお構いなしといわんばかりに胸を張るサクラスターオー。
「てめえ! それでダービー出れなかったの忘れたのか!?」
「あれは繋靭帯炎だ。バク転に罪はない」
鹿毛のウマ娘はこめかみに血管を浮かばせながらサクラスターオーの胸ぐらをつかみあげているが、しばらくすると諦めたように手を離した。
「ところで、マティとタマに頼みがあるんだが」
鹿毛のウマ娘から解放されたサクラスターオーは、やれやれといいながらとんでもないことを言い出した。
「実はセンターの踊りの練習しかしてこなかったから、バックダンサーがさっぱりなんだ。教えてくれるだろう?」
「おい、こいついっぺんぶっ飛ばそうぜ、チビ助」
「そのほうがええな」
さも教えてもらって当然という態度に、さしもの同期ふたりも首と手をポキポキと音を鳴らせる。
だが、サクラスターオーは気にもとめず、スーパークリークの手を取った。
「君も落ち着いたらボクにダンスを教えてくれ。落ち着いたらでいい。楽屋に来てはくれないか?」 - 13二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 00:03:06
歓声とともにサクラスターオーは鹿毛のウマ娘とタマモクロスを引き連れて、地下通路に入っていく。
「なあ、ウチ、二着なんやけど、このお花畑は何着なんや」
「6着、いや、スーパークリークが失格だから5着か」
完全に毒気の抜かれた様子の鹿毛のウマ娘と、自分の扱いに不満げなタマモクロスであったが、自信に満ちあふれたサクラスターオーを見ていると、なんかもうどうでもよくなってきた。
そして少し地下通路を進むとサクラスターオーは壁にもたれかかり、足を止めた。
「おい! スターオー!?」
「なんや、大丈夫か!?」
まさか足が、と不安がよぎる。
「ああ、大丈夫だ。足は至って健在。一年もリハビリをしたんだ。万全だ」
ひどく疲れたように、サクラスターオーは言葉を紡ぐ。
そうだ、一年ぶりのレースなのだ。肉体的にも、精神的にも疲れて当然だ。
「中山、芝、2500m。長かった」
「一年と2分34.6秒。これがボクのタイムだ」 - 14二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 00:22:04
「一年ぶりの復帰レースで掲示板に乗る。できすぎだ」
あの自信に満ちあふれていたサクラスターオーとは思えない言葉だった。
「斜行による進路妨害は言い訳にならないよ」
「いや、そんなわけないやろ。生きたい進路いけへんし、減速もしなきゃならん」
「タマ、君とて今日の体調は万全ではないだろう。それを負けたいいわけにするのか?」
「するわけないやろ」
「それと一緒だ。進路妨害されようともかつ、進路妨害されない進路を選ぶ。それをしなかったボクが悪い」
それは違うと、いいたかった。だが、サクラスターオーはそれを受け付けないだろう。
「長かった。本当に長かった」
鹿毛のウマ娘はサクラスターオーに肩を貸し、楽屋まで歩く。
「勇気を与えられただろうか」
「当たり前や。出走しただけで勇気100倍や!」
「これから先、ボクと同じような怪我をしたウマ娘たちが、ボクの走りをみて、希望を持ってくれるだろうか」
「ああ」
「またレースで走りたいと、治療を、リハビリを頑張ってくれるだろうか」
「ああ、おまえはみんなの希望になったよ」
ならよかった。
楽屋には栗毛と四白流星のウマ娘とゴールドシチーが駆けつけており、泣きながらサクラスターオーに抱きついた。その二人を見て、鹿毛のウマ娘とタマモクロスは抑えていた感情が爆発し、押し倒されたサクラスターオーに泣きながら抱きついた。
四人のウマ娘に抱きつかれて、ほほえみながらサクラスターオーはいう。
「タマ、メリー、ボクの走りで勇気をもらったというなら、引退するなんていうな」
「シチー、ボクの陰を追うのはやめろ」
「マティ、君はシンボリルドルフじゃない。君は君だ」 - 15二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 00:22:35
『ウマ娘』。彼女たちは、走るために生まれてきた。
ときに数奇で、ときに輝かしい歴史を持つ別世界の名前と共に生まれ、その魂を受け継いで走る――。
それが、彼女たちの運命。
この世界に生きるウマ娘の未来のレース結果は、
まだ誰にもわからない。
彼女たちは走り続ける。
瞳の先にあるゴールだけを目指して――。 - 16二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 00:23:03
短いですが、これで終わりです。ありがとうございました。
- 17二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 00:23:43
素晴らしい作品でした
面白かったです - 18二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 00:25:48
ちなみにサクラスターオーのタイムと進路妨害はメジロデュレンのものです。なので、メジロデュレンが出走枠を与えたということになっています。
- 19二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 01:08:35
感想が少ないと悲しくて泣いちゃうぞ?
- 20二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 01:34:24
面白かった👍️
- 21二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 01:49:39
- 22二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 09:02:06