- 1二次元好きの匿名さん22/07/10(日) 18:12:24
私は負けない。この日のためにトレーナーと二人三脚で血のにじむ練習を重ねてきたのだ。前々から厳しいレースになるとは言われていた。何故なら、あのウマ娘が出走するから━━━その名は、ヒシアケボノ。180センチを超える身長を活かしたパワフルなレースで、数多くの勝ちを重ねてきた強敵。
パドックの上で、その頭ふたつも抜けた巨体を見つめる。今日の1番人気に向けられる360度の大歓声、地が揺れるようだ。
その彼女はというと笑顔で手を振り声援に応えているようだった。本当にレース前なのかと疑うような緩さ…強者の余裕と言うやつだろうか。
そうやって余裕な顔をして笑っていればいい。今に見ていろ、その顔を泣きっ面に変えてやる。
ゲートに入っても、ヒシアケボノはにこにことして、レース直前とは思えない緊張感の無さだった。
さて、もう周囲を気にする時間は終わりだ、私は視線をゲートの向こう、その一点に切り替える。
すうっと視界が狭まる、ここからは、私だけのロード。高鳴る心音にだけ耳を貸す。五感全てが私だけの世界、誰にも邪魔はさせない。他者のペースなんて知らない、ぶっちぎって全てを飲み込む、それが私のレースだ。 - 2二次元好きの匿名さん22/07/10(日) 18:12:49
一瞬の静寂…そして、ゲートが開く。針のように神経が研ぎ澄まされ、世界がスローに見える。私の世界は完全で、隙間なく完成されている、この身体が絶好調である証だ。誰よりも速く、最初の1歩を伸ばす。その先にあるまっさらな道を譲る気は無いのだから。
筋肉を伸長させ、もっと先へ!右足でようやく見えてきた芝を踏みしめようとして、
ズンッ!!!!!!
地が揺れ跳ね上がり、足場が消えた。
それは刹那の錯覚だったが、私の感覚は確かに、コース全てを揺らし、破壊しかねない地響きを感じた。次を出そうとした左足が萎縮しかけ、それを気合いで鞭打ち2歩目、3歩目…地響きによって私以外の全員がほんの僅か、出遅れる━━地を鳴らした張本人を除いて。
完璧だった私の世界にヒビが入る━━いやまだだ、想定内だけで終わるレースなどひとつも無い。幸い私の視線の先はまだ開けたままだ。これなら、行ける! - 3二次元好きの匿名さん22/07/10(日) 18:13:12
ギアを上げる。酸素をもっと速く、もっと多く…!肺を限界を超えて開き、心臓に闘志を焚べる。
これが私。逃げて逃げて逃げて、誰の足音も聞こえないくらい、引き離して1番を掴み取る。
背後の気配は直ぐに小さくなっていって━━だが、いつもと違ったのは、たったひとつ、それでいて誰よりも強大な影が、ピタっと付けて離れないこと。
振り向く余裕など無く、ただ私はアクセル全開で振り払いにかかる。影は、動じない。付かず離れず、不気味に重い足音を響かせる。第六感が叫ぶ。このままだと不味い。何故だ。今の私は過去最高の出来、影に怯えてペースを乱す必要などないはず。
そう言い聞かせても、嫌な予感が肌を伝うのが止まらない。不快感に負けて現状を崩したくない、私は、賭けに出た。
ペースを更に上げる。光速のその先を目指す。スタミナの不安は、今日の私の肉体を信じて預けることにした。筋繊維がちぎれていく感覚と、顔を切り裂く風が痛くて、気持ちいい。まどろっこしいしがらみを捨てて勢いに身を任せる…最高の気分だ。ほら、影はじわじわ遠ざかっていく。怯えは杞憂だったのだ。カーブに差し掛かり、最後の直線への準備を━━━ - 4二次元好きの匿名さん22/07/10(日) 18:13:34
━━━空気が、一変した。
私の世界を押しつぶさんとする、強烈な重力。大地が軋む音を、私は確かに聞いた。身のすくむような叫びとともに影は実態を得て、怪物となって私に襲いかかってきたのだ。絶望的な体躯の差を感じた。今やそれは身長数十センチの差を超えて、何メートル、何十メートルにも膨れ上がった。私がどれだけ差を広げても、たった1歩で全てがひっくり返る。脳が理解を拒んだ、ただひとつわかったのは、これから私は『理不尽』に喰い散らかされる、ということだけだった。怪物がその足を叩きつける。それだけで、私の世界は持ちこたえる間も無く、無惨にも粉々に砕かれた。
徐々にだが引き離していた数秒前はなんだったのか。今や私は象から逃げる1匹のアリでしかなかった。
死を覚悟した。踏み潰され、塵のように消し飛ばされるのだと。
だが、怪物は私など見向きもせず、1歩、横に並び、1歩、はるか先へ突き進んで行った。横に並ばれた瞬間、私は初めて、その怪物の姿を仰ぎ見た。
怪物は━━ヒシアケボノだった。
向こうはこちらに一瞥もくれず、先だけを見据えていた。笑っていた。レース前の緩やかな笑みではない。狩りを楽しみ、1着という獲物だけを狙う、捕食者の笑みだ。
最後の直線、彼女に追い抜かれて、私はようやく、今レースを走っているのだと思い出した。
だが、私の世界は既に無くスタミナは尽きかけ、背後からの集団に飲まれ……。 - 5二次元好きの匿名さん22/07/10(日) 18:13:58
10着だった。なけなしの闘争心を絞り尽くして、なんとか集団からも取り残される事態だけは避けることができた。
ただ、それだけだ。
ゴールを過ぎて、ふらふらとスピードを落として、立っていることもままならず倒れ込んだ。もう少しも動けない。
肺に新鮮な空気を送り込む、視界が戻ってくる。どのくらい呼吸を忘れていたのだろう。
未だぼんやりした意識の中で、直前までの出来事を思い返す。レースの中で私が感じたあれは全て夢幻なのだ。コースはヒビなんて入っている訳もなく無傷だし、山のように大きい怪物に喰われて死ぬようなことなどあるはずが無い。だが、間違いない。あの瞬間確かに怪物は、『居た』。
首を傾け、このレースの勝者、ヒシアケボノの姿を探す。レース前と同じ、無邪気な笑顔で観客に手を降っている。私のように疲労困憊な気配など微塵も出してはいなかった。それどころか、なんだあれは、自らのトレーナーを空に投げ飛ばしている。
「…ははっ」
屈辱か、諦念か…なにか言おうとして久々に口から発せられた声は、乾いた笑いにしかならなかった。 - 6二次元好きの匿名さん22/07/10(日) 18:14:16
みたいなI'M☆FULL☆SPEED!!が見たいので誰か書いてくださいお願いします
- 7二次元好きの匿名さん22/07/10(日) 18:15:33
いつもと違う雰囲気…!
こういうのもいい… - 8二次元好きの匿名さん22/07/10(日) 18:23:59
お始物って言おうとしたのに
素晴らしいね - 9二次元好きの匿名さん22/07/10(日) 18:59:21
本当にボーノが好きなんやなって伝わって来る~
- 10二次元好きの匿名さん22/07/10(日) 19:25:37
おもしろかった〜
アケボノちゃん引いたばかりなので育ててみよう - 11二次元好きの匿名さん22/07/10(日) 19:34:01
そろそろこの人のボーノSSまとめが欲しくなってくるな…
- 12二次元好きの匿名さん22/07/11(月) 00:50:56
スレ主のお陰でそろそろここのボーノのSSの総数も他に負けないくらいになって来たんじゃないか?
- 13二次元好きの匿名さん22/07/11(月) 02:40:08
良すぎるですね〜
- 14二次元好きの匿名さん22/07/11(月) 11:55:53
かっけぇ...