モルモット君!![怪文書](若干長文注意)

  • 1二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 19:42:55

    「何をしているんだ。早く起きたまえ。早くしろ。私の声が聞こえないのか。」

    目の前でベットに横たわり、一向に起き上がる気配を見せない人物に段々と語気を強めていく。傍には数名の人間が駆けつけているが彼に語り掛ける彼女の様子をただ無力を見つめている。最後に部屋に入ってきた白衣の男近づき、呟く。

    「午前2時。ご臨──」

    「何を言っている?私は昨日まで普通に会話していたんだぞ?それがこんな…非合理だ。ありえない。交通事故だかなんだか知らないが私は認めないぞ。そうだ、私に治療させてくれ。外科手術は専門外だが人体に関しては研究してきた。投薬なら…」

    「・・・辛いのはわかります。私たち一同も同じ気持ちです。」

    「君らに私の助手の何が分かるというんだ!私が一番彼を理解している!彼の体はとても丈夫だからこんなところで…」

    「すぐに認められないのは分かっています。ですが…」

    「彼と私の過ごした時間を知らないからそんなバカげた結論を出せるんだ!私に治療させてくれ…私なら…私ならきっと…」

    自身の体が彼から徐々に引き離される。離れたくないが体に力が入らない。何故だ?視界が濁る。呼吸が苦しい。どうして?

    その様子を見てその場の誰もが彼女の心情を察して押し黙る。当人だけが体に現れる症状の原因が分からずに戸惑う。頭では分かっていても心が理解を拒否する。

    「モルモット君…!!!行くな…!私を、置いて行かないでくれ…!!」

    アグネスタキオン、同世代でも最強のウマ娘。彼女に追いつけないものなどない筈だった。しかし、呼びかけるその相手はどこまで遠く、彼女の足では追いつけない場所に行ってしまった。

  • 2二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 19:43:12

    亡失としがら病院を彷徨い歩くアグネスタキオンはこの巨大な建物の中で一人だった。大抵のことは一人で出来ると普段から周りに放って置かれている彼女だが、その実は全く逆だ。

    やれといわれたなら何でもできる。でも目標、目的地、何をするのか。それらを彼女に教えて導くものがいなければ自分はきっとどこかで道を間違えていただろう。

    歩き疲れたので部屋に入った。棚には錠剤の入った瓶が並んでおり、貼られたシールにはにはありとあらゆる薬の名前が入っている。薬品の保管室だろうか。研究者の性か無意識にそれらを注視してしまう。

    それらはビタミン剤など薬局にも置いてあるような普通の薬ばかりだ。部外者も立ち入れるようなこんな場所に危険な薬が置いてあるはずもないが。

    ふと、一つの瓶を手に取って見てみる。

    「あぁ、これなら──」

    数分後、彼女は部屋のソファに寝転がった。目をつむるとそこにいたのは、生前と変わらぬ彼女のトレーナーだった。

    ──モルモット君!全く、散々探したんだぞ。ほら、早く私を案内したまえ。

    上ずる声を慎重に抑える。なんだやっぱり生きていたんじゃないか。私に心配させるなど困った男だ。

    「…さん!タキオンさん!」

    ──この声は…カフェか?君も来たのか?随分焦った声を出してるじゃないか。君も心配させた詫びの一つでも言ったらどうだ。どうした?何か言ったらどうだ。モルモット君…

  • 3二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 19:43:32

    マンハッタンカフェが病院に着いたのは、訃報が届いてからしばらくしてのことだった。友人の親しい人が事故に巻き込まれたのは知っていた。電話口の友人は命に別状はない、きっと助かると言っていた。…強がりだったのだろう。こんなことになるなんてわかってたら一人になどしなかった。

    ナース達に聞いた限り、タキオンの精神状態はかなり悪い。そんな人を一人にしておくなんてどうかしている。所詮は他人だ。いや、自分だって彼女を放っておいた一人なのだ。ナースたちを責めることはできない。タキオンを本当に理解出来る人はきっとあの人だけだったのだ。

    病院中を走り回って彼女を探す。受付の人は彼女を見ていないと言っていた。玄関からは出ていないはずだ。一つ扉を開けてまた走る、院内は走るななどというルールなど守ってられない。

    そして…見つけた。ソファに横になっている。タキオンの目頭が赤い、泣き疲れて眠っているのか…?

    足元に瓶が転がっている。嫌な予感がした。震える手でそれを拾ってみる。

    ラベルには『睡眠薬』と書いてあり、中の錠剤は一粒も残っていなかった。

    瓶を投げ捨てタキオンに駆け寄る。なんとか起こそうと渾身の力で揺さぶる。タキオンが夢うつつに何か言った。

    「モルモット君…全く、散々…私、早く…」

    亡きパートナーに語り掛けてる彼女を見て自分も泣きそうになった。タキオンはまだ現実が受け止められてないのだ。

    「タキオンさん!タキオンさん!」

    慣れない大声を出して必死に彼女を呼び戻す。

    「カ、フェ…」

    起きない。でもこのままでは死んでしまう。タキオンに薬吐き出させるしかない。服用してどれだけ時間がたったか知らないが全てが吸収される前に、一刻も早くやるしかない。彼女に寄り添えるのはもう、自分しかいないのだ。

  • 4二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 19:44:20

    死ネタいいね...

  • 5二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 19:44:51

    ──モルモット君。何かしゃべったら…

    「がふ!?…ゴホッゴボッ」

    水気を含んだ耳障りな嗚咽がタキオンを覚醒させた。ここ数日まともな食事をとってなかったので目の前にまき散らされたのは水と…溶けかけの眠剤だった。

    「がっ、げふ…」

    再び喉に異物を入れられてタキオンはえずく。しかし、腹の中にはもう何もない。

    「ん!んぅ!」

    やっとの思いで引きはがす。指を咥えさせられてたようだ。しかもその相手は…

    「カフェ・・・」

    目の前ではマンハッタンカフェが自分を睨みつけている。そうだ、状況を思い出してきた。

    「や、やぁカフェ…。いくら私が嫌いだからって今のは…いささか過激じゃ‥ない、かい…」

    カフェの睨みが鋭さを増す。その瞳は涙目だ。分かってる、自分を助けてくれたのだ。まさか彼女がこんなに必死になって自分を助けるとは計算外だ。

    「カ、カフェ…ありがとう、助かったよ。もう大丈夫だ。」

    「…『大丈夫』だなんて良く言えますね。誰がどう見てもそうじゃないのに。」

    ・・・適当に取り繕ったところでカフェは自分の本心を見抜けるらしい。

  • 6二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 19:45:00

    「モルモット君が見えたんだ…もう一度会いたいんだよ…」

    「会いにいっちゃだめです。トレーナーさんはそんなこと望んでません。」

    「君に…彼の何がわかる…彼は私といないとだめなんだ…」

    「だめなのは貴方でしょう。こんなことまでして」

    その通りだった。タキオンは、彼がいないとだめなのだ。

    「ほら、顔洗いますよ。来てください。」

    洗面所で見ると成程自分の顔は酷いものだ。誰だって去勢を張っていることを見抜けるだろう。

    「さっきの部屋の掃除もしないといけないんです。さっさと済ましてください。」

    ぶっきらぼうな言い方だが、変に気を使われるよりありがたかった。それにマンハッタンカフェなりに気を使っているはそろそろ付き合いも長いのでわかる。

    顔を洗っていると少しだけ気持ちが軽くなっている。一人のときはかなり追い込まれたが誰かといるだけでこうなるなんて自分はとても単純だなと考える。

    顔を洗ったアグネスタキオンは沈む気持ちの中にも多少の冷製さを取り戻していた。

  • 7二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 19:45:16

    ここ数日の食欲不振に加え、今のやり取りで胃が空っぽになったタキオンは強い空腹感に襲われた。この場の重い空気を読まずに腹が鳴る。…生きてる証拠だ。

    「…なにか、口に入れましょう。いきなり食べるのはまずいですよね、まず水を飲んで、その後に飲み物を挟んで…」

    「誰かが作ったものが食べたい。」

    「え?」

    「作ってくれよ、何でもいい。」

    「でも…私、珈琲くらいしか…」

    「もう、それでいい。淹れてきてくれ」

    「わかりました。でも、じっとしててくださいね?すぐ戻ってきますから。」

    「…?心配性だね、でももう大丈夫だ。私は冷静だよ。」

    駆けてくカフェを見ながら、自分にいつもの図太さが戻ってきているのに驚いた。この状況で他人にあれが欲しいこれが欲しいと要求するなんて大した精神力だ。『まぁ感情のコントロールは私の研究分野なわけで得意なのはあたりまえだ』などと考える。さっきは高ぶって血迷ってしまったがもう平気だろう。

    カフェを走らせたのはコンビニ飯や…ましてや病院食など絶対に嫌だったからだ。タキオンの食事はいつも彼が用意してくれたものだったから、その贅沢に慣れてしまったのだ。どこもかしこも彼に依存している自分の甘えっぷりに今更ながら呆れる。

    「…淹れてきました。どうぞ。」

  • 8二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 19:45:35

    大分無茶振りをしたのに差し出されたのはまぎれもなく珈琲だった。なるべく自分を一人にさせたくなかったのだろうがこの短時間でよく作ったものだ。材料の一式でも持っていたのだろうか。流石カフェ。名前に違わず珈琲には相当手慣れている。

    きっと珈琲好きからしたら素晴らしい一品なのだろうが、生憎自分は珈琲が嫌いだ。自分で頼んでおいてなんと我儘なことだろう。

    頼んだ手前、飲まないわけには行かないので砂糖を入れる。こんな苦いものそのままでは飲めない。砂糖の粉は熱い珈琲に瞬時に溶ける。色が全く変化しないので混ざったように感じない。もっと入れようと次々に砂糖を加えていく。

    「入れすぎです。」

    マンハッタンカフェにさらなる砂糖の追加を阻止される。見ると既に数えるのも面倒なほど袋の残骸が散乱している。しかし、ためらいながら口に運ぶと想像してた通りまだ苦い。

    「もう少し砂糖が欲しい。いいだろう?」

    「だめです。そんなに砂糖に頼ってたら、砂糖を飲んでるのと変わらない」

    「うぅ…」

    そこから何度か挑戦するがどうしても飲めない。こんな黒い液体を好んで飲む生物がいるのが信じられない。そこでふと気づいた。さっきまで居たカフェが消えている。催しでもしたのだろうか。きっとすぐ戻ってくるだろうが丁度いい。もう少し砂糖を加えよう。

    砂糖の袋を掴みながら思う。この珈琲は自分に似ている。単体ではとても飲めたものではない。だから砂糖を投入する。混ぜたところで傍目には何もわからない。だから好きなだけ砂糖に依存する。気付けばそれは砂糖なのか珈琲なのかわからない。そうしてようやく成立する。

  • 9二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 19:46:07

    「よし、出来た。」

    啜ってみる。

    「うぅ…入れすぎだ。今度は甘すぎる。しかも溶け切らない分がザラついて最低だ。」

    しかし、今の自分にはお似合いだ。腹を決めて飲むしかない。

    「…なにしてるんですか。」

    見るとカフェが戻ってきている。だがもう遅い。この珈琲は半分砂糖だ。

    「悪いねカフェ。砂糖を追加させてもらったよ」

    「また酷い顔になってます。」

    「え?」

    頬に触れると涙が伝っている。珈琲に自分を重ねて泣いていたのか。

  • 10二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 19:46:14

    「大丈夫です。貴方があの人のことを簡単に割り切れないことはわかってましたから…」

    自分では平静を取り戻した気分でいたがどうやらまだ自分は不安定な状態でいるようだ。それも人に指摘されるまで気付けないとは相当重症だ。

    「あ、あぁ…平気だよ。心配しなくていい。直ぐに止まる。」

    しかし意識した途端、堰を切ったようにまた涙が溢れてくる。

    「なんだ。おかしいな。私は、冷静なのに…」

    止まらない。意識的に止めようとすればするほど自分の中で燻っていた感情に気持ちが向いていく。

    「えぐ、う。聞いてくれカフェ。私は、大丈夫なんだ。さっきは冷静さを取り戻せていただろう?ちょっと波が来ているだけだ。」

    言いながら涙が全く止まる気配のない自分にいら立つ。誰かの前でこんなに感情をあらわにするなどいくら何でも節操がない。

    「感情は波なんだよ。研究してたからわかる。だからこれも直ぐ収まる。ちょっと一人にしてくれないか?」

    「無理です。タキオンさん私が来てからずっと辛そうですし、一人になんて出来ません。」

    ──ずっと。

    タキオンは一度だって冷静にはなっていなかった。
    自分ではそれもわからないほど追い詰められていただけだった。

  • 11二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 19:46:32

    自分が抑えられず泣きじゃくるアグネスタキオンの背中を優しくさする。これで直ぐに冷静になるなどよく言えたものだ。彼女ら2人の関係は傍から見てても特別だった。片方がいなくなったとなれば、その傷は一朝一夕でどうにかなるものではないだろう。

    しばらく様子を見ていたが、恐らくこの状態ではいつまでも泣き止むことはできないだろう。それじゃもたない。意を決して声をかける。

    「タキオンさん。」

    「な、なんだい。カフェ。」

    ビクっとしてタキオンがこちらを向く。せめて受け答えだけはしっかりしようとしてるのだろうがその声は掠れているし震えている。これ以上黙ってみていられない。

    「…珈琲が飲めないみたいだったのでホットミルクを持ってきたんです。砂糖は入れすぎると調和を乱しますが、これならカフェラテに出来ます。」

    「あぁ…ミルクか。い、良いんじゃないか?や、私が入れる。私にもプライドがあるからねぇ、君に頼って」(グス)

    話の途中でタキオンがえずく。

    「頼ってばかりではいられない。」

    タキオンは未だ強がりを続けている。呆れる自分をしり目にタキオンは魔法瓶を手に取る。しかし、握力が足りずに手が滑らせ転倒させる。蓋が無かったら大惨事だ。

    震える手で再び魔法瓶を掴むタキオンの手にそっと手を重ね補助をする。何も言わないのを見るにこの方法なら彼女のプライドを傷つけないようだ。零さぬように慎重にカフェラテを作る。温くなっていた珈琲がホットミルクのお蔭で再び温まっていく。

    「…どうぞ。」

    「いただくよ。」

    砂糖が散々加えられ、味の崩れた珈琲がミルクの柔らかい風味で上手くまとまっている。少し甘さが強いのもタキオンの好みには合っていた。

  • 12二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 19:46:42

    「美味しいよ。…沁みる」

    柔らかい味が、それを作ってくれたマンハッタンカフェの優しさとともにタキオンの疲弊した体とすり減った心に沁みわたる。

    「…気に入ったなら明日も淹れてあげます。」

    「そうだな。…じゃあその言葉に甘えようか。」

    トレーナーがいなくなって、アグネスタキオンはずっと辛かった。一人だったからだ。しかし、今度こそ少し楽になった気がする。甘いカフェラテがその辛さを徐々に和らげているからだ。

    暗かった外は徐々に白み始め、暗かったこの部屋もいつのまにか暖かい陽光がさしている。タキオンの長く孤独な夜は終わった。

  • 13二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 19:50:02

    悲しいなぁ…悲しいけど好き…

  • 14二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 19:53:54

    このレスは削除されています

  • 15とあるウマ娘のトレーナー21/10/03(日) 20:21:46

    せめて忘れ形見でもあればなぁ

  • 16二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 21:09:59
  • 17二次元好きの匿名さん21/10/03(日) 23:10:48

    こういうの好きだな

オススメ

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