にんじんシリシリ2

  • 1二次元好きの匿名さん22/07/18(月) 00:06:52

    どんな世界にも、落ちこぼれの存在というのは生まれる。それはトレセン学園においても例外ではない。

    本格化を迎え、選抜レースに出場し、トレーナーと契約する。
    そんな当たり前のルートを踏み外してしまった者たちには、夜間に自主トレーニングをしようにも照明やグラウンドの使用許可すら下りない。

    「よーし、今日はこの辺にしておこうか。門限も近いしな」
    「兄貴、お疲れっした!」

    ────が、少なくともここにいるウマ娘たちには救いがあった。
    ある種カリスマ的な影響力を持つアウトローウマ娘、シリウスシンボリのシンパであるということ。
    そして、そんな彼女についた担当トレーナーが相当の変わり者であったということ。

    "自分を担当したいのなら、自分の取り巻きたちのトレーニングも引き受けろ"
    そんな横暴とも言える条件をふたつ返事で呑んだ彼は、その約束に違うことなく全員分の指導を不足なくこなしている。────少なくとも、今は。

    門限を破ればまた処罰を受ける。全員が寮へ帰っていくのを見届けた後、トレーナーもまた重い足取りでトレーナー室へと向かう。
    これから明日の分のグラウンドと夜間照明の使用に関する書類を用意しなければならないのだ。煩わしいが、手続き上必要なことなので仕方ない。

  • 2二次元好きの匿名さん22/07/18(月) 00:07:37

    大きくあくびをしながら部屋の前に辿り着くと、まだ明かりがついていることに気づいた。
    最後にここを出たときに電気は消しておいた。こんな場末の部屋に誰かが勝手に入るとも思えないから────候補はひとりに絞られる。

    「よう」

    ドアを開けると、ソファにふんぞり返って部屋の主のような顔をしているウマ娘────シリウスシンボリは、こちらに向けて軽く手を挙げた。
    数時間前に彼女の分のトレーニングは終わって、解散はしたはずである。だというのにまだ部屋に残っているのは何故だろうか。

    「なんだ、まだいたのか。先に帰っててよかったのに」
    「半分は私の部屋みたいなもんだ。いちゃいけねえ道理もないだろ」
    「まあ、そりゃそうだけど。お前も門限近いし、俺はこれからやることあるから────」

    「へえ。やることってのは、この面倒な書類どものことか?」

    シリウスは机の上の書類を見せびらかすように掲げて────

    「いらねえよな、こんなモン」
    「えっ」

    ────ビリィッ!!と音を立てて破った。

    続けて念入りに2回、3回と紙片を引き裂き、紙吹雪ほどの大きさになった書類が床へと舞い散る。

    「……あーっ!!何やってんだお前!それ貰いに行くの大変なんだぞ!」
    「はっはっは!やっぱりアンタ面白え反応するな。期待通りだ!」

    紫色になった顔で拳を震わせるトレーナーとは逆に、シリウスはおかしくて仕方ないかのように腹を抱えて大笑いした。
    絶叫と高笑いが響く部屋は、きっと静まり返った学園の中で大層異様に映ったことだろう。

  • 3二次元好きの匿名さん22/07/18(月) 00:08:12

    「まあ落ち着けよ。私だってそんなつまらねえ嫌がらせはしないさ」

    ひとしきり笑った後に、シリウスはどこかから別の用紙を取り出した。

    「それは?」
    「さっき生徒会の奴が来てな、これからは申請は月イチでいいそうだ。他の奴らとの場所取りは"規則に則って柔軟な対応を求む"だとよ」

    差し出したそれを受け取って、トレーナーは文面に目を通す。
    書類の内容はいつもと変わらぬ申請書────ではあるのだが、"当日"の部分が"当月"に差し替えられていた。

    「大方皇帝サマが余計な気利かせたんだろうよ。頼んでもねえし、借りにするつもりはねえがな……」
    「お、おお……それはありがたいな。でもだからって破ることないだろ」

    "皇帝サマ"こと生徒会長シンボリルドルフは、シリウス及びその取り巻きたちの問題行動に度々手を焼かされていた。そしてそれと同時に、レールから外れていった者たちへの救済がままならない今の制度にも心を悩ませていて。
    それらの問題を一時的にとはいえ引き受けているトレーナーの存在はルドルフにとっても好都合だから、面倒な申請の手間を減らすくらいは安いものなのだろう。

    手前は相変わらずやらなくていい仕事まで引き受けているくせにな────推測の最後にそう付け加えたのは、シリウスの弁である。

  • 4二次元好きの匿名さん22/07/18(月) 00:08:40

    「さて、まだ仕事か?」
    「いや、その仕事がなくなったし今日はもう帰る。さすがに疲れた」

    ホッとすると身体が余計に重く感じて、立ち上がれなくなりそうだからソファに腰を下ろすのはやめた。
    やることがなくなった以上、早く帰って身体を休めた方がいいだろう。
    トレーナーは引き返してドアに手をかけて────


    「飯はどうすんだよ」
    「めし?」

    ────その手を掴まれた。
    振り返ると、シリウスの整った顔が間近に迫っていてうわっと飛び退く。その表情はいやに真剣だった。

    「どうせ何も食ってないんだろ。アテはあんのかよ?」
    「ま、まあ適当に済ますさ。それより、もう鍵閉めるから忘れ物するなよ」

    そう言ってシリウスの手をやんわり振りほどこうとしたが、しかしその手はしっかりと力が籠っていて簡単には剥がせそうもない。
    どうしたものかと彼女を見下ろすトレーナーに、物々し気に口を開いた。

    「カフェテリア、来いよ」

  • 5二次元好きの匿名さん22/07/18(月) 00:09:03

    ────かくして数十分後、トレーナーは薄暗い無人のカフェテリアの席に腰掛けていた。

    目の前のキッチンでは、シリウスが優雅に鍋をかき回しているのが見える。
    本来であれば使用禁止の時間ではあるが、物珍しさと確かな空腹がトレーナーから咎めるという選択肢を奪っていた。

    「どういう風の吹き回しだ?」
    「なに、たまには料理でもしようと思ってな。ちょうど何やっても食いそうな奴もいるしよ」
    「おいおい、俺は犬か」
    「どうせカップラーメンでも食うつもりだったんだろうが。だったら私に付き合えよ」

    夕飯のレシピをぴたりと言い当てられてトレーナーは閉口した。
    どうやらシリウスが料理を振舞ってくれるらしい────が、今まで彼女が料理をしたところなど見たことがない。彼女に熱っぽい目を向ける一部の生徒が渡してきた弁当を平らげているのはよく見るが。

    理由はどうあれ、またとない厚意だ。
    わざわざ出してくるというならそれなりに勝算はあるのだろうし、どんなものが出てきたとしてもとりあえずは褒めてやろう。
    期待半分、不安半分でトレーナー料理の完成を待った。

  • 6二次元好きの匿名さん22/07/18(月) 00:09:55

    「ほらよ。時間もねえから圧力鍋を使ったが、まあ煮込みは足りてるはずだ」

    そしてさらに待つことしばらく。
    エプロン姿のシリウスが盆を手にキッチンから出てきた。

    「へえ、洋風か」
    「ハッ、味噌汁と焼き魚でも出てくると思ったか?」

    テーブルに置かれたのは、カリカリに焼いたバゲットとビーフシチュー。赤黒く湯気を放つ器の中身に、コーヒーフレッシュとバジルが彩をもたらしていた。


    「じゃあ、いただきます」
    「おう」

    スプーンでシチューを一口すくって冷ますと、トレーナーはひとつ息をついてぱくり、と口に含んだ。

    「────うっま!!」

    無造作にざく切りされたように見える人参や牛肉は、その実圧力鍋での短時間調理でも味が染み込みやすいように一定の大きさに揃えられている。
    そしてその味付け自体もバゲットに合うように少し濃いめになっていて、疲れた身体にはよく染みた。

    一見すると形には拘らないようでいて、その実誰よりも気を払う。
    まさにシリウスシンボリらしい一皿だといえる。

    「いや~っ、えっ、すげえ美味い……店でも開けるレベルじゃないか?」
    「おいおい、語彙力がどっか行っちまってるぞ」

    子供のようにがっつくトレーナーを目の前に、シリウスも思わず目を細める。
    そして、ふと視線を天井に向けた。

  • 7二次元好きの匿名さん22/07/18(月) 00:10:25

    「ハッ、店……か。なあトレーナー」
    「ん?」
    「仮に私が飯屋でも開いたとしよう。だとしたらそのビーフシチューに、アンタはいくらの値をつける?」

    そう聞くと、トレーナーは齧っていたバゲットを皿に置いて苦笑いした。

    「嫌なこと聞くな」
    「別に難しく考える必要はない。タダでもいいし100万円でも構わねえ。それを食うのにアンタはいくら払おうと思う?」

    何気ない質問。そのはずなのだが、トレーナーは食べる手を止めてうんうん考え込んでしまった。
    「冷めちまうぞ」と言ってももう少し待ってくれの一点張りだ。

    大事な質問をしたつもりではなかったのに、よもやここまで考え込まれるとは。
    やがてシリウスが冗談だと引っ込みをつけようとした瞬間、トレーナーは何か思いついたように手をポンと叩いた。

    「……285万ユーロでどうだ!」
    「────は?」

    思わずシリウスの口から間抜けな声が出た。
    あまりにも突拍子のない金額。そして、円ではなくユーロ。
    だいたい日本円にすれば3億2000万円といったところだが、どうしてそんな半端な額を?

    再びシチューを食べ始めたトレーナーとは逆に、今度はシリウスが考え込み始めて────

  • 8二次元好きの匿名さん22/07/18(月) 00:10:53

    「……ククッ、ハハハハハ!」

    ────それが彼が以前から何度か口にしていたものであることに気が付いて、思わず噴き出した。
    それを見てトレーナーもニヤリと笑う。

    「なんだ、支払いまで私にやらせるつもりかアンタ!本当にブレねえな」
    「悪いがそれしかアテがないんだ。……シェフからするとこの額はどうだ?」
    「十分だ、ああ十分だよ。一瞬でも聞くんじゃねえと思った私がバカだった」

    今度はふたり揃って笑って。
    やがて食べ終えたトレーナーが食器を洗うのを見ながら、シリウスは呟く。

    「そう、か。アンタはどこまでも本気なんだな」
    「ああ。あのシチューなら────"1つ星"なら、パリのお眼鏡にも適うんじゃないか?」
    「ハッ、そこは嘘でも3つ星にしとくもんだろうがよ」

    府中に輝く一番星は、世界の空にもきっと輝く。
    培ってきた味と、誇りにかけて。



    「ところでシリウス、門限なんだが……」

  • 9二次元好きの匿名さん22/07/18(月) 00:11:48
  • 10二次元好きの匿名さん22/07/18(月) 00:13:37

    凱旋門の賞金?

  • 11二次元好きの匿名さん22/07/18(月) 00:16:47

    >>10

    当時は知らんけど今はそう

  • 12二次元好きの匿名さん22/07/18(月) 00:19:11

    (*^◯^*)👍

  • 13二次元好きの匿名さん22/07/18(月) 00:21:18

    シリシリシリーズ……完成していたの!?

  • 14二次元好きの匿名さん22/07/18(月) 00:29:20

    にんじんシリシリを作るシリウスじゃなくて良かった

  • 15二次元好きの匿名さん22/07/18(月) 08:11:22

    ビーフシチュー食いたくなってきた

  • 16二次元好きの匿名さん22/07/18(月) 08:19:23

    スレタイ見て例のアレネタかと思ったら神SSだった

  • 17二次元好きの匿名さん22/07/18(月) 15:54:49

    >>14

    にんじんシリシリバージョンも書くか……

  • 18二次元好きの匿名さん22/07/19(火) 00:16:20

    意外と家庭力の高いシリウス…良い…

  • 19二次元好きの匿名さん22/07/19(火) 09:17:03

    イッチの書くシリウス好き

  • 20二次元好きの匿名さん22/07/19(火) 09:34:58

    いわゆるツンデレではなくひねくれてるけどストレートに来るっていうのがとてもよい

  • 21二次元好きの匿名さん22/07/19(火) 21:24:09

    すげぇ助かる

オススメ

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