- 1二次元好きの匿名さん22/07/25(月) 22:54:38
「おっとと、危ないですよトレーナーさん。そんなに不用意に飛び乗っちゃいけません。テトラポットの穴は見た目以上に深くて、落ちたら骨を折って出られなくなることだってあるんだから」
そう言って担当ウマ娘のセイウンスカイが、わずかに足を滑らせた俺の腕を掴んだ。
華奢そうに見える体になのに大の大人である自分をグイッと引き寄せる、その力強さに普段とは違う彼女の魅力を発見した気がした。
「あ、ああ、ありがとう、スカイ。助かったよ」
彼女の肩筋に顔が近づいて。スカイはいたずらっぽく微笑んだ。
「おやおや〜?ちょっとドキドキしちゃいました? セイちゃんの好感度が上がっちゃいましたか?」
「……そうだな。もう、最大値だよ」
努めて真顔でそう返すと彼女はそっぽを向いて押し黙る。
「はいはい。大人なんだからしっかり一人で立ってくださーい。じゃあ私は準備するんで」
掴まれていた腕が口調とは異なりおずおずと離される。こちらを精一杯気遣うように。
「……それにしても意外だな。スカイがこういう地味な釣りもするなんて」
「地味なんてとんでもない!これはとーっても奥が深い釣りなんですよ。穴だけに。にゃはは。……それはともかく、穴釣りをなめてもらっちゃあ困りますねえ」
穴釣り。それは堤防や護岸にある消波ブロックの隙間に潜む魚を釣る釣りのことだ。
スカイをスカウトしてから釣りにも少し詳しくなって。
知識としては知っていたが、やったことは一度もなかった。 - 2二次元好きの匿名さん22/07/25(月) 22:55:26
一度堤防に戻り、彼女は短い竿と仕掛けを取り出す。
手慣れた風にブラクリ……針とオモリが一体となったものを釣り糸につけていく。
「エサはなんなんだ?」
「定番のアオイソメ。まずは基本からやっていきましょう」
そしてスカイは少し眉をしかめた後、イソメを短く切り。自分の針につけた。
「俺のはやってくれないのか」
「担当ウマ娘に甘えないでくださ〜い。にゃはは」
そう言いつつも俺の分も切ってくれていたらしい。
尻尾を振りながらテトラポットに向かう彼女を後ろで、俺は自分の竿の針にイソメを取り付ける。
「どこがオススメなんだ?」
「それを言ったら面白くないでしょ。それに……これは勝負なんだからさ?」
そう言ってスカイは逆光の中、真剣な様子で笑みを浮かべた。
テトラポットには乗らないでください。危ないですから。
そう言われたので届く範囲にある消波ブロックの穴を探して、糸を垂らす。
その行為を繰り返しながら俺はスカイの様子を伺った。
彼女の、ややぎこちなく動く左足をつい見つめてしまう。 - 3二次元好きの匿名さん22/07/25(月) 22:56:11
スカイは慎重に釣り糸を垂らしては反応を伺い、その場に長く留まることもあればすぐに離れることもあった。
と思ったらこっちにテコテコと近づいてきて。
「盗み見はNGですよ?」
と囁いてきた。
「あとそれから、私の足、見すぎ。日常生活では全然問題ないし、心配してもらわなくても大丈夫ですって」
「……そうか。すまん」
俺は彼女の足の様子を心配をしながらも、彼女をけしかけて。再び厳しい勝負の世界に送り出そうとしていた。
自分の行動の矛盾具合に嫌気が差してくる。
だが自分のトレーナーとしての勘が囁くのだ。
セイウンスカイはまだやれる、下の世代からの突き上げにも負けない、と。
迷いを振り切るように暗く、潮の匂いが濃い穴を見つめる。
この穴のどれかに獲物がいるのだろうけれど……果たしてどれにいるのか。
あるいは、どこにもいないのかもしれない。
……どこにも。
その寒々言葉の寒々しさに思わず震えそうになる。 - 4二次元好きの匿名さん22/07/25(月) 22:56:40
小さな歌声が聞こえた。
ずいぶんと前の曲のはずなのだが、なぜか未だに妙な新鮮さを感じてしまうリズムのJ-POP。
恥ずかしがり屋の彼女はウィニングライブやごくたまに行くカラオケ以外では俺に歌声を披露はしない。
それにしてもスカイがラブソングを口ずさむとは思わなかった……ここがテトラポットだらけだと言えども。
しかしよくよく聞くと歌詞が微妙に違っていて。
あいこちで釣り用語と魚の名前が出てくる。
実に彼女らしい歌に変わっていた。
一通り歌い終わったスカイは少し恥ずかしそうにこっちを見て。
「もっと楽しく、気楽にやりましょうよ」
そう言って小さなカサゴを釣り上げて見せた。 - 5二次元好きの匿名さん22/07/25(月) 22:57:03
「11匹対3匹。しかもトレーナーさんは根がかり3回!これはセイちゃんの圧勝ですね。にゃはは」
数だけでなく、魚の種類でもサイズでも負けた。
彼女の復帰を賭けた勝負だったというのに。
「それじゃあトレーナーさん、約束通り引退……は、しません!」
夕焼けに染まる海に向けてスカイが大きく左足を振りかぶって。
履いていた靴が宇宙に届かんばかり……とまでは言い難いが綺麗な放物線を描いて。
海の中に消えていった。
「おいおい……」
思わぬ行動にそんな言葉しか出ない。
「びっくりしました?引っかかりましたね。ご安心を」
彼女が足元に固定していた釣り竿を引っ張ると、靴が海中から戻ってくる。
「ちゃんと準備をしておけば、どんなことだってできちゃうんです。……そうですよね?トレーナーさん」
「!……ああ、そうだな!」
俺はスカイの言葉に強く頷いた。 - 6二次元好きの匿名さん22/07/25(月) 22:58:42
「あー……でもさすがに濡れちゃいましたね。これを履くのはもうちょっと後にしたいし……それにセイちゃんちょっと疲れました」
そう言って彼女は疲れた疲れたと俺を手招きする。
「私が勝った分、トレーナーさんには私のお願いを聞いてもらいましょうか」
そして濡れた靴を手に、彼女がニヤリと笑った。
「スカイは軽いな」
「にゃはは、どうもです」
最寄りの駅まで徒歩で10分ほど。
俺はスカイのお願いのまま、彼女をおぶって歩く。
トン、と顎が肩に乗せられる。
「スカイ? 寝るなよ?」
「寝ませんよ。ふあぁぁ」
ほおずりまであと1cmの距離のほのかな熱を感じながら。
俺たちはもっと熱い世界へと、二人で戻っていた。
おしまい
音楽でSSを書く、に触発されて書きました。
この曲がまさか20年以上も前の曲だとは思ってませんでした……。 - 7二次元好きの匿名さん22/07/25(月) 22:59:23
おおこれはいいものを見れた
- 8二次元好きの匿名さん22/07/25(月) 23:00:14
素晴らしい雰囲気で良き…
最初見た時次はテトラポットになるのか…とか思ってたオレを許してくれ - 9二次元好きの匿名さん22/07/25(月) 23:05:26
史実2000年の曲かあ…ウンスは屈腱炎で先の見えないリハビリの頃に聞いてたと考えるとまた複雑やな
- 10二次元好きの匿名さん22/07/25(月) 23:17:49
aikoだっけ
あの曲好き
良きSSでした…幸せになれ - 11二次元好きの匿名さん22/07/25(月) 23:17:51
なんというかセイちゃんらしさが詰まったSS
感謝… - 12二次元好きの匿名さん22/07/25(月) 23:19:36
セイちゃんはこのくらいの強さでいい。ありがとう…
- 13二次元好きの匿名さん22/07/26(火) 08:29:43
- 14二次元好きの匿名さん22/07/26(火) 20:05:38
素晴らしい
- 15二次元好きの匿名さん22/07/26(火) 20:24:11
- 16二次元好きの匿名さん22/07/26(火) 20:38:00
ウワーッ!明日に使える無駄知識!
へぇボタン押さなきゃ - 17二次元好きの匿名さん22/07/27(水) 07:14:37
セイちゃんらしいSSありがとうございました!
- 18二次元好きの匿名さん22/07/27(水) 18:39:56
そういえばaikoはデビュー98年だから近しい世代なんよな(ブレイクは99年以降だからちと違うけど)