【トレ♂×ファインSS】きもだめし

  • 1122/08/05(金) 22:41:22

    目を覚ますとそこには、太陽のように輝く笑顔のファインモーションがいた。
    「おはよう、トレーナー!」
    「――おはよう、ファイン」
    眠気でろくに働かない思考のまま、ぼんやりと返事をする。
    見渡せば、飾り気のない家具に見覚えのあるレイアウト。
    つまりここは俺の部屋で間違いない。
    「……? えっと――」
    疑問がそのまま口に出る。
    「どうしてここに?」
    それを聞いたファインは真顔に戻り、一言。
    「トレーナー、昨日何があったか覚えてる?」

  • 2122/08/05(金) 22:43:08

    『ラーメン、食べたいなぁ』
    彼女からその一言を聞く時の戦慄を果たして何と例えれば良いのだろう。
    この発言の後繰り出される彼女の情熱や気迫、そして溢れ出る行動力による数々の騒動には枚挙に暇がない。
    『近々"丑の日"というのがあるのでしょう?』
    殿下曰く、鰻屋では廃棄されるはずの頭や骨から出しを取ったスープを元に作られたラーメンがあるという。
    丑の日に鰻を食べるのが行事であるのなら、そのラーメンでも良いのでは?と。
    『丑の日に食べた方がいいんじゃないか?』
    『ううん。知ってしまったからには、私の舌はもうそのラーメンしか受け付けないの』
    頭を振って却下される。
    舌がその食べ物を欲してやまないという気持ちになることは正直分かる。
    ファインの場合、その対象がラーメンばかりなのはこの際目を瞑ろう。
    『付き合ってあげたいのは山々なんだけど……』
    当面レースの予定が無いファインだが、その担当トレーナーである俺には書類仕事が山のように積まれている。
    連日遅くまで取り掛かっているし、昨日もトレーナー室で夜を明かしたほどである。
    とは言え、その仕事も今日で片がつく予定なのだ。
    今日は難しいから別の日にしてほしい、とダメ元で言ってみたところ、
    『うーん、今日は駄目なのね』
    驚きの返事が返ってきた。
    ことラーメンのことに関してファインがこちらの言い分を聞いてくれるのはとても珍しい。
    てっきり"食べに行くだけだから大丈夫!"などと強引に連れて行かれるものと覚悟していたのだが。
    『――それじゃあ明日! お昼前にいつもの場所で集合すること』
    了承の意を伝えると、足に羽が生えたように跳ね回る彼女が退室していく所を見送ったのは覚えている。

  • 3122/08/05(金) 22:44:14

    「その後は――」
    思い返す。
    「たづなさんから"必達の書類が出てない"って話があって」
    無記名で出してしまったのか、あるいは何かの拍子に落としてしまったのか。今となってはもうわからない。
    結局、探すより作り直したほうが早いと判断して最優先で始末したのだ。
    「もう、駄目だよトレーナー。ちゃんと落とし物には名前を書かないとね」
    などと茶々を入れてくるファインの言葉を今は無視する。
    「元々やる仕事を終わらせて――」
    片付いたのは日付が変わった当たりだっただろうか。
    全ての仕事を終えた途端吹き出した疲れと眠気で意識が飛びかけ、慌てて帰宅した――はずだ。
    昨日の記憶を辿りながら話していると、ファインは腕を組んでじっと聴き込んでいた。
    彼女がそんなポーズをとるのは珍しい。
    昨日の今日で彼女の新しい一面が見えたことに面白みを感じていた所、
    「なるほど」
    納得がいったといった顔で、驚くべき事実を口にしたのだ。
    「それでお家に入った途端力付きて、玄関でうつ伏せに倒れてたのね」
    「えっ」

  • 4122/08/05(金) 22:46:03

    待ち合わせ時間になっても姿を見せないのはともかく、連絡に応答しないのは流石におかしいと思ったらしい。
    SPさんに依頼して付近の捜索をしてもらっていたのだと言う。
    結局、俺の部屋で靴を抜いだだけの俺が転がっていたのを発見されたそうだ。
    ファインが駆け付ける頃にはSPさん達が寝床まで運んでおり、それはそれはとても心地よさそうに寝ていたのだ、と話してくれた。
    「もう、びっくりしたんだから」
    「ごめん、ファイン。心配させてしまったね」
    「なにか私に言うことがあれば聞いてあげるよ?」
    口ぶりとは裏腹に腰に手を当ててむくれるファインに対して、
    「はい、すみません。以後気をつけます……」
    ベッドの上で正座をし、深々を頭を垂れる。
    「今回の事態につきましてはひとえに自身の分量を弁えなかったことにあります。誠に申し訳なく――」
    「まだあるであろ~。私を待たせた上にすっぽかすなんてどうやって償うつもりか~」
    「それに付きましては今後の働きぶりを見てご容赦いただきたく……」
    冗談めかした口ぶりで追及してくるファインにひたすら平謝りする。
    今回ばかりはこちらが絶対的に悪いのでその立場を甘んじて受け入れた。

  • 5122/08/05(金) 22:47:14

    「――今回は寛大な心で許してあげます」
    「ご寛恕、痛み入ります……」
    ようやく許しを貰ったことで頭を上げる。
    「うん、それじゃ今日どうするかの話をしましょう?」
    「? ラーメン屋に……って、時間か」
    時刻はお昼時を通り越してティータイムの時間を指している。
    行く予定だったお店は確か昼と夜の間で休憩時間を取っている営業タイプだったから、恐らく今から行っても間に合わないだろう。
    「それもあるけど」
    顔をしかめてこちらを睨んでくる。
    「今はトレーナーのお休みが優先だよ」
    「それを言われると何も言えないな……」
    つい先程まで倒れていた身としてはぐうの音も出ない。
    「だからほら、映画でも見てゆっくりしようよ!」
    言いつつ取り出されたパッケージには"恐竜神父"なる謎の単語が踊っていた。
    「う、うーん……まあいいか」
    「やった! それじゃあ早速――」

  • 6122/08/05(金) 22:48:30

    「面白かった!」
    「驚いた……まさかずっと付けてた"兄弟"のハチマキにあんな意味があったなんてな」
    「ね! それは私もびっくりしちゃった! 」
    総じて視聴前の不安を吹き飛ばす程度には楽しめた――と思う。
    どころか、不自然に思えた描写の数々が伏線として回収された瞬間は爽快感さえ覚えた程である。
    描写自体のチープさにはこの際目を瞑ろう。
    「うーん、次はどうしようかな。あ!持ってきた映画はまだあるよ!」
    「それもいいけど。やっぱり、行こうとしてたラーメン屋に行かないか?」
    「……トレーナー? 」
    咎めるように睨んでくるファインを手で制し、
    「今日ファインと行くために頑張って終わらせてきたんだ。ちょっとくらい俺にごほうびがあってもいいじゃないか」
    「むう」
    ファインは少し考え込んで、
    「どうしても行きたい?」
    と問うてきた。
    「行きたい」
    「それは。――私と行きたいから?」
    「もちろん」
    即答すると、観念したように、
    「ふふ。仕方ないなあトレーナーは」
    と許してくれた。

  • 7122/08/05(金) 22:49:35

    ファインはこの後少し用事があるらしい。
    俺も身支度を整える必要がある。
    ということで、
    「それじゃあ、夜にいつもの場所に集合ね」
    となった。
    寝起きの格好のまま、玄関までは見送る。
    「今度は遅れないでね?」
    と釘を刺してくるファインの顔を見て、
    「あ」
    と、気づいたことがあった。
    「なあに?」
    「少しごめん」
    そっと指で拭う。
    目元に付いた、涙の跡を。
    「――バレちゃったかぁ」
    困ったような笑みを浮かべる。
    「目ざといね、トレーナー」
    「それはもう、トレーナーだからね」
    結果熟睡していただけだったからこそ笑い話で済んだが、分かるまではさぞ肝を冷やしたのだろう。
    それこそ、彼女の目元がわずかに赤くなる程度には。
    「もしかして、事故に巻き込まれんじゃないか、って、すっごく不安になって……」
    「悪かったよ」
    今にも瞳から零れそうな雫を再び指で拭う。
    「だから、泣かないで」

  • 8122/08/05(金) 22:51:04

    ぽすり。
    頭を俺の胸に預けてきた。
    「次同じことやったら絶対に許さないからね」
    ファインは震える声で告げる。
    「キミの代わりはいないんだから」
    「わかってる」
    「わかってない」
    額を当てたまま首を振り、
    「私にとってキミがどれだけ大事なのかわかってないもの」

    そうかもしれない。
    俺の考える彼女の想いと、実際の彼女の想いには多少なりとも違いがあるのだろう。
    どれくらい大きなものなのか、計り知ることはできないが。

    「肝に銘じておく」
    見上げてくるファインのに目を合わせて、改めて約束を口にする。
    「うん、だから――」
    まだ潤む瞳をせいいっぱい見開く彼女。
    ファインモーションは静かにつぶやいた。
    「こんな怖い話はこれっきりにしてね、トレーナー」

  • 9122/08/05(金) 22:52:12
  • 10二次元好きの匿名さん22/08/05(金) 22:54:57

    マスター、こいつらにうなぎの肝吸いをご馳走してくれ

  • 11122/08/05(金) 22:57:33
  • 12二次元好きの匿名さん22/08/05(金) 23:03:59

    肝試しってそういう…
    良きSSでした

  • 13二次元好きの匿名さん22/08/05(金) 23:04:48

    簡明平易な文。わかりやすい。読みやすい。見倣いたい。ラーメンというよりソーメン、味つけは質素に見えて奥深い

    レス4-5のファインの口調の変化に細やかな愛を感じます。具体的には

    「なにか私に言うことがあれば聞いてあげるよ?」

    「まだあるであろ~。私を待たせた上にすっぽかすなんてどうやって償うつもりか~」

    「――今回は寛大な心で許してあげます」

    の流れです。あらあらあら、とついつい声が漏れるよう。てんてんてん、と転がる殿下の気持ちがすっと染みます

    肝を冷やしたのは果たしてどちらか、おそらくどちらもそうなったのでしょう

    何が言いたいのかというと、>>10にあるようにマスター、わたしからも肝吸いを

    つまりすきです

    ぐっすり眠れそうです。ありがとうございました

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています