『とあるウマ娘の独白』

  • 1とある華奢なウマ娘22/08/11(木) 23:59:12

    ※この物語フィクションです。実在の個人・団体とは一切関係ありません



    その家庭独自のルールって、だいたいどこの家にもあるじゃないですか。
    例えばお風呂の掃除は当番制だとか、ご飯は必ず家族そろって食べるだとか。
    ほとんどはその家庭で過ごすにあたってのルールが一般的だと思うんですけど、私の家の場合は少し変わっていました。
    だってそれは家族全員ではなく一部の女性、言ってしまえばウマ娘だけに必ず言い含められていたルールなんです。


    最終コーナーで大外は絶対に走るな


    私の家系にいつからこれが伝わっていたのかは詳しく知りません。
    ただ少なくとも私の母方のおばあちゃんは母親から、つまり私のひいおばあちゃんから我が家に代々伝わる家訓として聞いていたそうです。

  • 2とある華奢なウマ娘22/08/11(木) 23:59:47

    私が"それ"を初めて見たのは、小学校の運動会でした。男子の部、女子の部、ウマ娘の部、それぞれに分かれて行われたリレーでの出来事です。
    初めての運動会で私の両親と伯母夫妻、父方母方両方の祖父母まで応援に来ていたこともあり、私は出走の瞬間を今か今かと心待ちにしていました。

    前の子達が次々にスタートしていき、ついに私の順番が巡ってきた時、私は視界の端に何やら奇妙なものを捉えてしまいました。
    コーナーを曲がった先、応援に来ている保護者達がレーンの中に入らないようにと、杭と紐で区切られていたその最前列に黒い人影が立っていたんです。
    ただ黒い服装をしていたとか、日焼けで肌が黒くなっていたとかではなく、まるで影がそのまま立ち上がったかのように真っ黒な"それ"は、こちらをじっと見つめていました。
    顔のパーツすらわからないのに、私は確かに"それ"が私を見つめていたことがわかったしまったんです。

    混乱と恐怖で思考が停止してしまった私は不意に後ろからかけられた声で我に返りました。私の前の走者の娘がもうすぐそこまで走ってきていました。
    慌てて走り出したのですがそんな状態でうまくバトンを受け取れるわけもなく、落としたバトンを拾っている間に2,3人に抜かれてしまいました。
    ですけどほら、私って負けず嫌いじゃないですか?同学年のウマ娘達の中でもけっこう早い自信があったので、これくらいの距離ならまだ追いつけると私は走り始めました。

  • 3とある華奢なウマ娘22/08/12(金) 00:00:27

    最初の直線からコーナーに差し掛かる段階で差はどんどん縮まっていき、私を抜いた集団を捉えました。
    「ここで大外を回ればいっきに追い抜ける」私はそう確信して集団を迂回するようにコースを変えようとしたんです。
    そこでようやく私は思い出したんです。先ほど視界に入ったあの影が立っていたのは、たぶんこの辺りだったんじゃないかと。

    "それ"は大きく膨らんで迂回しようとした私を捕まえるかのように手を伸ばしていました。
    目一杯両手を伸ばし、まるで空中を掻き毟るかのように届かない手を動かしながらこちらを凝視していました。

    その光景を見てしまった私はあまりの恐怖に足がもつれ、体勢を崩してしまったんです。
    何とか転倒は免れたものの、けっきょく集団を抜き去ることは出来ずリレーは4着という結果に終わってしまいました。
    恐怖で泣きながら震えている私を悔しがっていると思ったのか、友達は必死に励ましてくれていたのを覚えています。

  • 4とある華奢なウマ娘22/08/12(金) 00:01:09

    その夜は母に縋りつきながらリレーでの出来事を必死に伝えました。
    「ああ、あなたもあれ見ちゃったのね」

    お母さんも伯母さんも、おばあちゃんも、うちの母方の家系のウマ娘はみんな"それ"を見るのだそうです。
    「怖いかもしれないけど大丈夫よ、大外さえ通らなければあれは何もしてこないから」
    怖がる私を慰めるように母は、私と一緒にお風呂に入り、私と一緒の布団で私が寝付くまで優しく背中を撫でてくれました。

    それ以来、私はあらゆる場面で"それ"を目にするようになりました。
    学校の体育で、友達とのちょっとした遊びで、そしてトレセン入学後のトレーニングで。
    最終コーナーに差し掛かると必ず"それ"は立っているんです。
    しかし不思議なもので、最初はあんなに恐ろしかった"それ"も長年見続けていると人間慣れてしまうものなんですね。
    今ではそこに居るのが当たり前とすら思うようになってしまったんです。

  • 5とある華奢なウマ娘22/08/12(金) 00:01:53

    私が恐怖を感じなくなったもう一つの理由におばあちゃんの存在があります。
    実は私のおばあちゃんは、現役時代にそのルールを一度だけ破ってしまったことがあるそうなんです。
    おばあちゃんはけっして凄い活躍をしたというわけではありません。しかし最後の引退レースで、当時のトレーナーにどうしても重賞初勝利をあげたかったのだそうです。
    今までの成績からは想像もできないような鬼気迫る走りでターフを駆け抜け、差し掛かった最終コーナーでおばあちゃんは一か八かの賭けに出ました。
    大外から大きく飛び出し、そこから一気にスパートをかけ他のウマ娘を抜き去ろうとしたそうです。
    当然おばあちゃんも"それ"の存在はずっと見ていましたが、もはや見慣れた"それ"に対する恐怖よりもトレーナーへの恩返しが上回った結果の賭けでした。
    覚悟を決めて一歩踏み出した瞬間、おばあちゃんの体勢が一瞬大きく崩れました。傍から見ていた人たちは転倒してしまったのかと思ったそうです。
    しかしおばあちゃんは転倒と見紛うほどの前傾姿勢で、今まで見せたこともないほどの末脚で、前方のバ郡を抜き去り見事初勝利をもぎ取ったそうです。


    それ以来もともと勝ち気でやんちゃだったおばあちゃんは、まるで人が変わったかのように大人しくなっていったそうです。
    本人曰く、「念願だった重賞レースで勝利も出来たし、もう思い残すことは無い。まるで憑き物が落ちたようだ。」とのこと。
    そして引退後から、昔からの幼馴染でずっとおばあちゃんを応援し続けてきたおじいちゃんとの交際を始め、トレセン卒業と共に結婚をしたということらしいです。
    おじいちゃんは「昔のやんちゃなおばあちゃんも、あれはあれで好きだったんだけどねぇ」と言っていますが、
    その度に「じゃあ今の私は嫌いなんですか?」と頬を膨らますおばあちゃんにゴメンゴメンと機嫌を取る日々だそうです。
    そんなこともあり、私の"それ"に対する恐怖感は年月を経るごとに薄れていきました。

    なんだルールを破っても何もないんじゃん、と

  • 6とある華奢なウマ娘22/08/12(金) 00:02:21

    しかし、そんなことを思いつつも小さな頃からの習慣ってのはなかなか抜けないものでして、
    無意識に大外避けるような走りをする私は、当然レースの結果も振るわなかったんです。
    そしてたいした成績も残せないままシニア級のとある日、私はとあるGⅢレースの舞台に立っていました。
    鳴かず飛ばずの私を信じて応援し続けてくれたトレーナーに、せめて一度だけでも重賞勝利を捧げたい。
    そんな気持ちで挑んだ私の引退レースです。

    だからでしょうか、あんなことをしてしまったのは。

  • 7とある華奢なウマ娘22/08/12(金) 00:03:22

    レースは大混戦で最終コーナーを迎えました。バ郡は大きく広がりそれぞれが最後の直線に向けて勝負を仕掛けようとしています。
    私は6着目の位置取り、ですがほぼ団子状態で先頭との差はそこまで大きくありません。ここで大外から仕掛ければ勝利も見えてくる。
    そんな考えが頭をよぎったとき、また"それ"は目に入りました。居る。ターフのすぐそばでこちらを見つめるように"それ"が立ち尽くしていました。
    ですがその時の私は勝利への執念が勝ちました。勝ってしまいました。"それ"が何かをしてくる前に駆け抜けてしまえばいいと。
    そうして私は初めてルールを破り、大外へ踏み出したんです。
    その時、"それ"は今まで見たこともないほどのスピードで反応しました。私に抱きつくように両手を伸ばしてきたんです。

  • 8とある華奢なウマ娘22/08/12(金) 00:03:50

    あ、捕まる。私はその瞬間そう思いました。そして今まで忘れてしまっていた恐怖が一気に蘇ったんです。
    走馬灯ってあるじゃないですか?死ぬ瞬間に景色がスローになるっていうあれです。

    あれってちゃんとした科学的根拠があって、死の危機に瀕したとき脳が過去の出来事から何とか現状を打破できるような体験が無いかと記憶を一気に呼び起こすんだそうです。

    あの瞬間の私はまさにそれでした。異様にゆっくりと迫ってくる"それ"の両腕、思ったように動かない身体、そしておばあちゃんがルールを破ったときの話。

  • 9とある華奢なウマ娘22/08/12(金) 00:04:17

    私は一気に上半身を沈めました。後から聞いた話では、応援していたトレーナーは私が転倒したのだと思ったそうです。
    そして私の頭上スレスレを通過する"それ"の両腕を感じた瞬間、私は全身全霊で足を前に進めました。

    "それ"の手が届かない場所へ、少しでも早く、少しでも遠く。

    私は"それ"の声を初めて聴きました。今まではただそこに立っているだけだった"それ"は、まるでこの世の終わりかのような悍ましい声で叫んでいたんです。

  • 10とある華奢なウマ娘22/08/12(金) 00:04:57

    アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

    マッテマッテカワッテカワッテカワッテカワッテマッテカワッテ

  • 11とある華奢なウマ娘22/08/12(金) 00:05:18

    あの時ほど死ぬ気で足を動かしたことは後にも先にもありません。

    あの時ほど喉が裂けるような勢いで声を出したこともありません。

    背後から響く声をかき消すように私も声を張り上げ、"それ"から逃げ惑うように足を懸命に動かし続けました。

  • 12とある華奢なウマ娘22/08/12(金) 00:05:50

    気付いた時には私はゴール板の先で大の字に転がっていました。いつの間にかゴールを駆け抜けそのまま倒れ込んだみたいです。
    こちらに駆けよって怪我の心配と、念願の重賞初勝利の興奮でぐちゃぐちゃな顔をしているトレーナーを見たとき、私はようやくもう大丈夫だと理解しました。
    そしてピンと張っていた糸が切れたのか、トレーナーに抱き着きワンワンと泣きじゃくってしまいました。
    あれは今思い出してもちょっと恥ずかしいですね。トレーナーは念願の勝利で感極まって泣いたと勘違いしていたので、そのまま勘違いし続けてもらうことにしました。

  • 13とある華奢なウマ娘22/08/12(金) 00:06:14

    それ以来私はレースを引退し、無事に学園を卒業。そして就職先で今の旦那と出会い、結婚をしたわけです。
    そして今、私のお腹には新たな命が宿っています。先週行ったエコー検査ではどうやらこの子もウマ娘のようです。
    ということは私はしっかりとこの子に伝えないといけませんね。



    絶対に最終コーナーで大外を回ってはいけないと。

  • 14とある三流記者22/08/12(金) 00:08:49

    『とある地方トレセン学園の密着取材』


    俺みたいな三流雑誌の三流記者ってのはいつ切られるのかを常に怯えながら仕事をしている。
    毎月毎月ギリギリの売り上げで、カツカツの給料で何とか暮らしている。

    雑誌ってのはインパクトが売りなんだ。そのためだったら多少の誇張表現は許されるべきだろう?
    何も1から10まで嘘を書くわけじゃない、5の真実に5の誇張さえ書けば、後は読者がかってに騒いでくれる。
    全くの嘘って訳じゃないんだ、その後どこにどんな迷惑が掛かろうが俺の知ったことじゃない。

    さあて今回も俺の飯の種を収穫させてもらおうか。

  • 15二次元好きの匿名さん22/08/12(金) 00:08:52

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  • 16とある三流記者22/08/12(金) 00:09:21

    今回の取材先はとある地方のトレセン学園だ。前に一度中央のトレーニング風景を見たことがあるが、やはりここは比べるまでも無いな。
    地方ってのはカサマツのオグリキャップみたいな怪物がたまに産まれることもあるが、あれは例外中の例外だ。
    取材もちゃっちゃと終わらせて何かゴシップネタを早いとこ探せてもらうことにしよう。

    ...っと、この後は学生食堂のスタッフにアポを取っていたんだったな、大人しく向かうことにしよう。

  • 17とある学生食堂のスタッフ22/08/12(金) 00:10:13

    ああ、もうそんな時間でしたか。すみませんもう少しで後片付けが終わるので、お好きな席でお待ちいただけますか。
    お詫びと言ってはなんですが、これ今日の日替わりメニューのデザートです。余ったので遠慮せずに。

    ────────────────────────────────────────

    お待たせいたしました。...すみません、一応学園なのでおタバコの方はちょっと。
    いえ、こちらも待たせてしまいましたので。それで本日はどのような話しを?

    なるほど、学園スタッフから見たウマ娘たちの私生活ですか。と言っても私はただの食堂スタッフですので、それこそ食堂内の雰囲気しか知りませんよ?
    それでも構わない?色々な角度から彼女たちの話を聞いて回るのが今回の目的...と。ははぁ、そういうものなんですかね?
    まあこんな私でよろしければお話しいたしますよ。

  • 18とある学生食堂のスタッフ22/08/12(金) 00:10:52

    はい、はい、そうですね。だから私は彼女たちのために、少しでもおいしい料理を食べてもらえるように頑張っているんですよ。
    あ、はい。本日はこの辺で。わかりました。いやあ話し込んでしまって申し訳ない。

    ちなみにこの後はどこに向かう予定で?...なるほど、一部のウマ娘たちにトレーニング見学の申し込みをなさってるんですね。
    授業が終わるまであと30分ほどなので、よければこちらでお待ちいただいても結構ですよ。

    え?何か暇つぶしになるような話ですか?と言ってもお話し出来るようなことはさっき全部話してしまいましたし...
    ただの雑談なのでそこまで肩肘張らなくてもいい、ですか?それでしたら一つだけ、軽いオカルトみたいなものなんですが。

  • 19とある学生食堂のスタッフ22/08/12(金) 00:11:23

    記者さんの通っていた学校に七不思議ってありましたか?
    そうですそうです。理科室の模型やら、音楽室の肖像画やらのあれです。
    ああいうのって内容はともかくどんな学校にもありますよね。
    ウマ娘たちも年頃の女学生ですから、そういった噂話に興味津々なのは今も昔も変わらないんですねぇ。
    それでですね、食堂で働いているとそういった噂話もたびたび耳に入ってくるんですよ。その名も「幸運を呼び込む席」

    あはは、「何だそれ?」って顔されてますね。まあ私も初めて聞いたときはそんな反応でしたよ。
    その噂ってのはこの食堂のとある席にまつわる話でしてね。なんでもそこに座った人には幸運な出来事が起こるのだとか。
    そしてそういった噂になっているからにはいくつかの実績もちゃんとありましてね。

    曰く、レースでなかなか勝てなかったウマ娘が勝てるようになった。
    曰く、名トレーナーからスカウトがかかった。

    といった具合ですね。

  • 20とある学生食堂のスタッフ22/08/12(金) 00:12:20

    そういった話がこの他にもいくらかありまして、そこから転じて「幸運を呼び込む席」なんて呼ばれるようになったんです。
    ですが実は私はあの噂、本質は別のものなんじゃないかと思ってるんですよ。

    因果応報ってご存じですか?人は良いことをすれば良いことが、悪いことをすれば悪いことが返ってくるっていう教訓のようなものなんですが。
    これってつまり運勢というものは総量が決まっていて、それが巡り巡って成り立っているんだと私は思うんです。
    その席に座るだけで良い出来事が転がり込んでくるのなら、もともとその娘が引き受けるはずだった悪運というのはどこへ行ったんでしょうね?
    私はそれを肩代わりする羽目になったのは、その対面に座っていた人物なんじゃないかと疑ってるんです。

  • 21とある学生食堂のスタッフ22/08/12(金) 00:13:06

    ある娘は得意距離がかぶっている強豪ウマ娘と何度もレースでぶつかり、その全てで負けてしまっていたんです。
    ですがその席に座った次の日、その強豪の相手がトレーニング中足にケガを負ってしまい、そのまま引退してしまったんです。
    そして件のある娘はその得意距離で勝利を積み重ねるようになったんですよ。


    ある娘は秘めている才能は申し分ないんですが、その担当トレーナーが少々難ありでして。
    やる気があるのは結構なんですが、そのトレーニング内容というのがえらく過酷でしてね。その娘の負担もあまり考慮せず、トレーニングやレースに送り出していたそうです。
    ですが中その席に座った次の週、担当トレーナーが突然退職することになってしまいまして。しばらくその娘は独学でトレーニングを続けていたんです。
    そうやって一人で努力を続ける姿を、たまたま目にした名トレーナーさんから声をかけ、契約を結ぶことになったんだそうです。

    だから私はあれは「幸運を呼び込む席」だけじゃない、「不運を吸い寄せる席」と対になっているのではないかと思っています。

  • 22とある学生食堂のスタッフ22/08/12(金) 00:14:00

    とまあここまで話してきてなんですが、私はこの話、そこまで信じていないんですよ。しょせん噂は噂なので。
    先ほども言ったでしょう?因果応報だって。頑張ってる娘にはそれ相応の報いが訪れるべきなんです。
    逆に言えば人を貶めるような輩には、それに相応しい報いが訪れるのもまさしく因果応報だと思いませんか?

    実力があったのを鼻に掛け、他の娘達への嫌がらせ行為やイジメ行為を繰り返す娘が足にケガを負ってしまったのも。
    担当ウマ娘に使うはずだった経費を懐へしまい込み、自分の評判を上げるために無理なトレーニングメニュー、レーススケジュールを組み続けるトレーナーの横領がバレて首になってしまったのも。

    全ては因果応報なんですよ。噂ってものの正体は得てしてこんなものなんですよねぇ。

  • 23とある学生食堂のスタッフ22/08/12(金) 00:14:28

    おや、もう丁度いい時間ですね。そろそろ生徒たちのトレーニングも始まる頃でしょう。
    記者さんも大変だと思いますが、お仕事頑張ってくださいね。

    え?けっきょくその席ってのは何処なのかって?





    今私たちが座っているこの席ですよ

  • 24とある勝ち気なウマ娘22/08/12(金) 00:15:58

    『とあるウマ娘との面談』


    ガンッガンッ
    おいトレーナー!来たぞ、開けてくれよ!

    ガチャ
    あぁ悪いな、今ちょっと手が塞がっててよ。
    あ?その両手に抱えてる資料の束は何かって?過去の菊花賞のデータだよ。図書室にあるやつ全部借りてきた。
    何でって、菊花賞までもうあと1か月だぜ?出来ることは何でもやっておくに越したことはないだろ。
    だからこの後ちょっと時間作ってくれよ。作戦会議と行こうぜ。

    ...というかこの部屋ちゃんと換気してんのか?空気淀んでんぞ。
    まだまだ残暑が厳しいのはわかるけど、たまには空気入れ替えねえとな。ほら、リフレッシュがてら窓開けろよ。

  • 25とある勝ち気なウマ娘22/08/12(金) 00:16:41

    よいしょっと...あぁさすがにこの量の紙束は重いな。ある程度は電子化してくれてもいいだろうに。
    んで?わざわざ呼び出した要件は何なんだ?...あ?アタシが?何か隠してること?

    ...ねえよ。隠す必要もねえだろ。どうしたんだよ突然。
    最近疲れ気味に見える?目元のクマもヒドい?トレーニング中も上の空で身が入ってないって?

    ...ほんとアンタそういうとこ目ざといよな...あぁそうだよ。最近ちょっと悩みがある。
    でもこれはアタシの問題だ。アンタを巻き込みたくない。というかアンタに解決出来るとも思え...

  • 26とある勝ち気なウマ娘22/08/12(金) 00:17:11

    自分に出来ることがあるなら何でもする、解決できないとしてもアタシと一緒に背負いたい...って


    ハァ
    そうだよなアンタはそういう奴だよな。わりぃ、実はけっこう限界だったんだ。
    あんまり弱音は吐きたくなかったんだけどな...ほら、言霊ってあるだろ?
    100%信じてる訳じゃねえけど自己暗示ってのもあるし、弱い言葉は言わないに越したことはないと思ってな。
    でもまあアンタがそう言うなら相談させてもらうよ。突飛な話になるけど聞いてくれるか?

  • 27とある勝ち気なウマ娘22/08/12(金) 00:17:50

    夏合宿中での話だ。アタシはいつもの3人と割り振られた4人部屋で適当に過ごしてたんだ。
    その日も1日トレーニングに励んでたからな、大浴場でさっぱりした身体は心地の良い疲労感を帯びていて、布団に横になればすぐにでも寝られそうだった。

    そんな時、1人がせっかくの夏だし怖い話でもしようって言いだしたんだ。あのお喋り好きなアイツだよ。
    ジャンケンで順番を決めて、自分が知ってる怖い話をしていくことになった。アタシは4番目だ。
    他のやつが話している、どこかで聞いたことのあるような怪談を聞きながら、アタシは途方に暮れていた。
    アンタも知っての通りアタシはその手の話はからっきしだからな。...別に怖いのが苦手な訳じゃねえぞ?

    でも1人だけ何も言わずに場を白けさせる訳にもいかないしどうすっかなぁ...って思ってた時に、ふと思いついたんだ。
    そうだよ、レパートリーが無いならでっち上げればいい。何も1から作り上げなくても先輩や友人から聞いた何でもない話を元に脚色すりゃあ、それなりにお茶を濁せる物にはなるだろう。

    アタシの順番が回ってきた。他の3人の話を聞き流しながら頭を回転させて作った、出来立てほやほやの怪談のお披露目と行こうか。

  • 28とある勝ち気なウマ娘22/08/12(金) 00:18:46

    うちのトレセン学園って毎年この合宿施設使ってるだろ?だから先輩の代から言い伝えられてる話があるんだよ。
    ほら、この宿舎の裏手にある小さな空き地。その隅っこに百葉箱があるだろ?そうそう、あのペンキもハゲてボロボロになってるやつ。

    あれっていつからあるのかわかんねえくらい古いからさ、経年劣化なのかもう扉開かなくなってるらしいんだよ。
    でも実は夜にその扉を開けようとしたとき、たまーに開くことがあるんだってよ。んで、それを開いた奴には何かが付いて来るようになるらしい。

    その何かは何だって?知らねえよ。付いてくるようになるだけで何にも害はないらしいからな。ただそれはじっと見つめてくるって話だ。
    窓の隙間から、クローゼットの中から、半開きのドアから。いつの間にか開いた隙間から、影も見えないのに視線だけを感じるようになるらしい。

    それが付いてきたらどうすればいいのかって?他のやつに渡すしかねえんだと。そのためにはいくつか手順があってな。まずは渡したい相手に引き入れてもらう。

    場所はどこでもいいんだよ。自宅の部屋とか、学生寮とか。相手がそこを自分のテリトリーだと認識して、自分から招き入れるって行為が重要らしい。

    その次に受け入れてもらう。引き受けるとか、任せろとか。言葉にしてはっきりと宣言する必要があるんだってさ。
    そこまでやった状態で、その視線の主にまつわる話を相手に聞かせることが出来れば、それは相手に移っていく。
    そうやってどんどん受け渡していくしか対処法がないって話だ。

  • 29とある勝ち気なウマ娘22/08/12(金) 00:19:19

    即興で作ったにしてはなかなかの出来栄えだろ。内心ドヤ顔をしていたアタシをよそに、他の3人はワーキャー騒いでた。

    そんな中1人がこんなことを言い出したんだ。「じゃあ実際に見に行ってみない?」
    その日はもう消灯もして全員布団に入っていたから、明日の夜に裏手の百葉箱を見に行ってみようって話でまとまった。

    アタシがその場ででっち上げた話なんだから、行ったところで何もないに決まってる。...だけどアタシはその時ちょっとしたイタズラを思いついちまったんだよ。

  • 30とある勝ち気なウマ娘22/08/12(金) 00:20:14

    次の日、トレーニングの途中で忘れ物を取りに行くと言って宿舎に戻ってきたアタシは、あるものを手に取った。
    この宿舎の近場で開催される夏祭り。その一環として開催される肝試し大会についてのチラシだ。

    何やら手が込んでいるチラシには、某有名ホラー映画の女の霊のごとく真っ白な服で長い髪、そして髪の隙間から唯一覗く血走りながら見開いた眼が大きく映っていた。
    そのチラシから顔の部分を切り取って百葉箱の奥に貼り付けておこう。アイツらが泣き叫んで逃げる様が目に浮かぶ。
    そんなことを考えながら百葉箱の元へ訪れたアタシは、小さな扉に手をかける。口から出まかせだったが、どうやらほんとに経年劣化が激しいらしい。
    左側はどうやっても開かずに、右側はそれなりに力を込めたら何とか開けることは出来た。これは好都合だな。
    百葉箱の中身は空っぽで、温度計も湿度計も入っていなかった。ここまで古いものだともう使われていないんだろう。そりゃそうか。

    半開きの状態で懐中電灯で照らすと血走った眼がハッキリ見える、そんな位置に調整しながら切り取ったチラシを貼り付けると、そっと扉を閉めてアタシはその場を後にする。

    今日の夜が楽しみだ。

  • 31とある勝ち気なウマ娘22/08/12(金) 00:20:54

    その日の夜。入浴も済ませてラフな格好に着替えたアタシたちは、それぞれ懐中電灯片手に件の百葉箱の元へとやってきた。
    ビクビクしながら百葉箱に手をかける3人にバレない様に、一歩離れた位置からアタシはニヤニヤしながら見つめる。

    ギャーーーーーーーーーーーーー


    少しだけ開いた扉を、壊れるんじゃないかと思うほど力いっぱい閉めたかと思うと突然叫び声をあげて走り出す3人。それを追いかけるようにアタシも走り出した。
    パニックになりながら部屋に帰ってきた3人は口々に喋りだす。

    どうしよう目があっちゃった
    めちゃくちゃ睨んでたよね
    ものすごい笑ってたし

    アタシもバレないように適当に話を合わせつつ、頭から布団をかぶって寝てる3人にどうやってネタ晴らしをしようかと考えながら、その日は眠りについたんだ。

  • 32とある勝ち気なウマ娘22/08/12(金) 00:21:32

    次の日、またトレーニングを抜け出したアタシは百葉箱の元へやってきた。あのチラシの切り抜きを回収しておかないとな。
    慌てて走り出したから当然なのだが、百葉箱は開け放たれたままになっていた。

    ん?その光景に違和感を覚えたアタシは首を傾げながら中を覗いた。無い。何も無い。空っぽだ。
    そもそもこの中には隠れるような物陰はない。昨日見たときも中身は空っぽだったんだから。
    一晩中両方の扉が開け放たれた状態で風にでも飛ばされたか?そう思って周辺を見渡したが、それらしきものは見当たらない。

    まあ見つからないものは仕方ないかとその場を離れたんだよ。覚えた違和感はその時にはもう頭から消えて無くなっていた。

  • 33とある勝ち気なウマ娘22/08/12(金) 00:22:14

    そして後は真面目にトレーニングを続けて夏合宿から帰ってきたんだ。
    あ?悩みの内容は何だったのかって?焦んなよ、まだ話は終わってねえんだから。
    夏合宿以降な、感じるんだよ。視線を。


    初めは寮で勉強をしてる時だった。一段落付いた息抜きにふと視線を横に向けると、部屋の入口が開いてたんだ。
    最初は相部屋のアイツが帰ってきたのかと思ったけど、入ってくる気配はない。アタシが閉め忘れたのか?と思いながら立ち上がると、何か嫌な気配を感じた。

    隙間からは何も見えない。少なくとも人間やウマ娘はいない。なのにジッと見られている。アタシはそう直感した。
    思い浮かぶのは夏合宿で語ったあの話だ。あれはあの場でのでっち上げだ。実在してる訳がない。じゃあこれは何だ?今のこの状況はなんだ?
    流れてきた冷や汗を手で拭って、アタシは少し乱暴にドアを閉めた。

  • 34とある勝ち気なウマ娘22/08/12(金) 00:23:27

    それ以降な、ずっと感じるんだよ。部屋のドアから、教室の窓から、更衣室のロッカーから。
    いつの間にか開いていた隙間から、いないはずの何かの視線を感じるんだ。

    さっきアタシは言ったよな?言霊ってやつは100%信じてはいないって。
    それでも考えちまうんだよ。あの時アタシが作ったから、声に出して話したから、アレは産まれたんじゃないかって。

    もう限界なんだ。ずっと見てくるんだ。四六時中ずっとだ。夜中に視線を感じて目が覚めることもある。
    もうこうなったらアタシに出来ることは1つしかないんだ。さっき話しただろ?これで大丈夫だよな?これでいいんだよな?





    これでもう移ったんだよな?

  • 35二次元好きの匿名さん22/08/12(金) 00:24:25

    >>10

    お前は最初のお話の一族に何の恨みがあるんだ

    怪談ではこういう細かい答え合わせはしない、っていうのがセオリーだろうがやっぱ気になる

  • 36とあるビビりなスレ主22/08/12(金) 00:28:20

    以上書き溜めていたウマ娘版の怪談3本でした。

    最近依談にハマってウマ娘でそれらしき話を書いてみようと思い立ったのですが、いざ自分で書いてみると文章を練るのって難しいですね。

    私はもうこれ以上手持ちが無いので、このスレは他に書いてみたい方や各話の感想等々ご自由にお使いください。

  • 37二次元好きの匿名さん22/08/12(金) 02:20:09

    後ろ2本がさあ!軽率に呪ってくると思ったらさあ!なるほどね!(半ギレ)
    部屋のクローゼットの扉が微妙に開いてるんだがどうしてくれるんだ

  • 38二次元好きの匿名さん22/08/12(金) 10:41:20

    1本目のおばあちゃんは避けられたのかそれとも変わっちゃったのか…

  • 39二次元好きの匿名さん22/08/12(金) 12:14:23

    >>38

    もしかして入れ替わられた奴?そうだとしたら怖すぎる

  • 40二次元好きの匿名さん22/08/12(金) 18:31:49

    まあ他はともかく記者は自業自得だから…

  • 41二次元好きの匿名さん22/08/12(金) 20:21:21

    もやもやを残したまま終わるのホラーって感じがして好きだけど嫌い(暴論)

  • 42二次元好きの匿名さん22/08/13(土) 08:03:45

    最後の娘最初から移す気満々じゃね?

  • 43二次元好きの匿名さん22/08/13(土) 08:11:30

    こいつ梨さんだろ

オススメ

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