ハルウララ、トレーナーを拾う

  • 1二次元好きの匿名さん22/08/16(火) 15:51:00

    「うっらら〜ん♪」
    声が聞こえる。
    かつて何度も聞いた声が。耳に馴染んで離れない声が。
    みんなに、自分に勇気を与えてくれた声が。

    鈍痛がする頭を持ち上げて、重いまぶたを開くやいなや。
    「あ、トレーナー、起きたんだ!もうちょっと待っててね。今、お魚さんが焼き上がるから」
    1Kのやや狭いアパートの一室。
    そのキッチンの方からかつての担当ウマ娘、ハルウララの声が聞こえてきた。

    振り返ってニコリと笑う姿は昔よりだいぶ成長していて。
    トレードマークだった赤いハチマキもなく、肩口で揃えられた緩いウェーブヘアは彼女が立派な大人になったことを示しているようだった。
    ただ……その笑う雰囲気だけが、昔のままで。
    思わず泣きたくなる。

    「俺は、どうしてここに?」
    「うーんとね。繁華街の道端で眠り込んでたよ!危ないから連れて来ちゃった!」
    焼けた焼けた〜。そう言いながら彼女はコンロの火を落とす。
    香ばしい焼き鮭の匂い。それから味噌汁の香り。
    それがささくれた自分の心に染み込んでいく。痛いくらいに。

    「ありがとう、ウララ。迷惑をかけたな……」
    「そんなことないよ。わたしはトレーナーにいっぱいお世話になったからね!これくらい当たり前だよ!」
    そう言ってウララは朝食を俺が寝ていた隣にある丸いテーブルに運んでいく。
    しっかりと二人分。
    「朝ご飯は大切だよ〜。トレーナー。ぜひ食べていってね!」
    そしてその場を辞する暇を与えず、ウララはにっこりと俺に笑いかけた。

  • 2二次元好きの匿名さん22/08/16(火) 15:51:23

    「美味いな……」
    思わずそんな言葉が溢れる。
    味としては凡庸なのかもしれないけれど、味噌汁はしっかりと出汁が取られていて手抜きがない。
    焼鮭も綺麗にムラなく焼き上がっている。
    ……炊きたてのご飯、納豆、手作りらしい漬物。冷たい麦茶。
    そのすべてが丁寧に仕上がっていた。

    「えへへ、ありがと!こうやってちゃんと作れるようになるのにすっごい時間かかったんだよ〜」
    ウララははにかみながら、やや上品に箸を進める。
    かつての彼女と比べて飛躍的に成長した姿は心を打つものがあった。
    ……今の自分が情けなく感じるくらいに。

    「……聞かないよ」
    「え?」
    「トレーナーに何があったかは、聞かないよ。トレーナーが話してくれるまで……ってこれは催促してるみたいだね。ゴメンね」
    彼女はわずかに耳を伏せた。そしてすぐさま耳を振るい立たせ。
    「そうだ、ニュースでも見ようよ!今日のフクちゃん占いは〜」
    テレビのリモコンに手を伸ばした。

    『……エコエコアザラシ……エコエコオットセイ……。今日の運勢よ〜〜〜〜テルトゥミー!』
    朝のワイドショーの名物コーナーとなった占いを二人で眺めながら、朝食を食べる。

  • 3二次元好きの匿名さん22/08/16(火) 15:51:56

    「ウララは今は郵便局員だっけ。仕事はどうだ?」
    「楽しいよ〜!商店街のおじちゃんやおばちゃんも来てくれるし、みんなすっごく良くしてくれるんだあ。それにたまにファンが来てくれてわざわざ保険の契約をしてくれたり。すごく助かってるよ」
    「そうか。良かったな」

    『ハイ!ポンと出ました!本日の星座ごとの運勢はコチラです!』
    「あぁ〜。わたし、4着だ。1着逃しちゃったな〜。トレーナーさんは?」
    「……1着だ」
    自分の星座の占い結果は燦然と1位の座に輝いていた。
    諦めずに続ければ必ず叶う。ラッキーカラーはピンク。

    ラッキーカラーは当たっているかもしれない。酔いつぶれていたところをウララに拾ってもらって。
    こうやって温かな朝食を食べさせてもらってるという点では。
    しかし。もう一つの言葉『諦めずに続ければ必ず叶う』……それは厳しいものがあった。

  • 4二次元好きの匿名さん22/08/16(火) 15:52:23

    「……ウララ。俺のチームはな。昨日解散してしまったよ」
    せめて食器でも洗おうとする俺に「トレーナーはお客様だから。わたしにまかせて。うっらら〜ん」と言って。
    シンクに立つ彼女の背中に告白をする。

    「チームのエースウマ娘の故障離脱から勝ち星が上がらなくて。そこから脱退が止まらなくてな。とうとう最後の子まで移籍してしまったよ」
    「そう、なんだ」
    きっと昔の彼女ならビックリして振り返って騒ぎ立てたかもしれない。
    しかし今の彼女は尻尾をわずかに立てて、耳を伏せただけだった。
    「人気のある君を担当してた頃のまま……ってのが良くなかったのかもしれないな。普通のトレーニングをして、普通に励まして……きっといろいろ足りなかったんだと思う」

    その点、ウララは違ったのだ。
    走る才能は乏しかったかもしれない。でも常に前向きで走ることを決して嫌いにならなかった。
    間違いなくハルウララは唯一無二のウマ娘だった。
    その彼女と同じ取り組みで成功するわけがないのに。

    「これからどうするの?」
    「どうするかな……何にせよスカウトをして新しい担当を持つしかないんだけど」
    ……あるいは、もうトレーナーを辞めるか。自分の才能のなさに愛想を尽かして。
    そんな自信喪失の悩みに溺れたまま、独りで酒を飲み明かした結果がこれである。
    自分が担当した中で唯一成功してくれた、元担当ウマ娘に助けられるだなんて。情けなさの極みだ。

  • 5二次元好きの匿名さん22/08/16(火) 15:52:50

    「わがまま言ってもいいかなあ?」
    洗い物が終わり、手を拭きながらウララがこちらを見る。
    「絶対にやめないで欲しいな。続けてほしい。ずっと」
    こちらの考えを読んだようなことを言ってくる。

    「今ならわかるけど……トレーナー、よくわたしをスカウトしたよね」
    彼女がわずかに苦笑する。そんな笑みは昔は見たことがなかった。
    「それは、君に魅力を感じて」
    「そう!それだよ、トレーナー!きっとトレーナーが魅力を感じるウマ娘がまだまだいっぱい学園いるよね」
    「それはそうだけど」
    高嶺の花から才能の塊まで。魅力を感じないウマ娘なんていないほどだ。

    「その中にはきっと、わたしみたいに走るのがすごく楽しくてしょうがないウマ娘がいると思うから。そんなウマ娘をずっとサポートしてあげてほしいかな、なんて。えへへ」
    「……」
    果たして、いるのだろうか。
    ウララのように勝ち負けを度外視しても走るのが好きなウマ娘が。
    例え負け続けても諦めず信じてくれるウマ娘が……あるいは信じ続けさせるくらいの指導をできる自分が。

    「あっ、もう時間だ。ごめん、トレーナー。わたし着替えてお仕事に行かなきゃ」
    そして彼女はバタバタと慌ててカラーボックスから郵便局員の制服であろうポロシャツを取り出した。
    そして上着に手を掛けたところでピタリと止まって。
    「トレーナー。ちょっと、家から出てて欲しいな……」
    「す、すまん」
    俺は慌てて立ち上がる。

    ウララの横を横切った時に、ふんわりと彼女の匂いがした。
    もう子供ではない、彼女の匂いが。
    「それとも、見る?えへへ」
    「……」
    俺はその言葉に返事をしないまま玄関を出た。

  • 6二次元好きの匿名さん22/08/16(火) 15:53:14

    郵便局員の制服に身を包んだウララが、ピンク色の尻尾を振りながら先をゆく。
    勤め先の郵便局までは歩いてすぐだという。

    「大人って大変だよね〜大変大変〜。今日の仕事も大変大変〜」
    そんなテンポの外れた歌を歌いながら、歩みを止めない。

    彼女のような諦めずに信じ続ける、信念が欲しかった。
    かつての自分はそれを持っていたと思う。
    それはどこに行ったのか……。

    「ねえ、トレーナー。もし辞めたくなったらすぐに言ってね。わたし、社会人リーグに所属してるから。関東エリアは激戦区なんだよ!中央のライセンスを持ったトレーナーなら引く手数多だし!」
    振り返って優しく笑う。

    「そこでもう一回わたしのトレーナーになってもらって……今度はわたしがトレーナーを支えてあげる!そんなのは、どうかな」
    様々な意味で立場が逆転している。
    ウララのそんな提案に、思わず苦笑せざるを得ない。

    「……ありがとう。でも、もう少しがんばってみるよ」
    反射的にそんな言葉が出た。
    「そっか〜残念〜。でも良かった〜!トレーナーがちょっと元気になってくれて!」
    元気。元気と言えるだろうか。
    だが少なくとも気持ちが晴れたのは事実だった。

    「じゃあ、ここだから」
    小さな郵便局の前でウララが立ち止まる。
    「ああ。今日はありがとう、ウララ。……また、話を聞いてもらってもいいかな」
    「もちろん!トレーナーはずっとわたしのトレーナーだからね!お話するのは大切だよ!」
    「……ありがとう」

  • 7二次元好きの匿名さん22/08/16(火) 15:53:43

    そして俺は学園へと帰る。
    後ろから「ウララさん、遅刻ですよ」というかすかな声が聞こえた。

    ここまでやってもらっておいて、諦めるという選択肢はない。
    次会うときはもっとまともな姿を、成長した彼女に恥じない姿を見せなくては。その気持ちがこみ上げてくる。
    例えまだ自分を信じられなくても、俺にだって意地くらいはあるのだから。

    俺はスマホを手に、電話アプリを立ち上げる。
    「……もしもし、たづなさんですか?はい、すみません。はい、はい。部室の方は今週中にも撤収しますので、はい、お願いします。トレーナー室の方はそのままで。はい。ええ。今年中にまたスカウトをします。一からやり直しますので。いえ。とんでもないです。……ありがとうございます」
    やることは山積みである。
    酒を飲んでいる暇なんてない。
    しばらくは禁酒だ禁酒。

    ……それでも、どうしても飲みたくなる日は。
    あのとても頼りになる、ピンクの尻尾の元担当ウマ娘に元気を貰いにいこう。

    そう考えながら俺は尻尾を振る気持ちで。
    わずかに見え始めた学園の建物を目指し、力を入れて歩き始めた。


    おしまい

  • 8二次元好きの匿名さん22/08/16(火) 15:54:45

    我こういうの好き!

  • 9二次元好きの匿名さん22/08/16(火) 15:55:03

    素敵だ…

  • 10二次元好きの匿名さん22/08/16(火) 15:55:14

    いいSSでござった。ありがとう……。それしか言えぬ……

  • 11二次元好きの匿名さん22/08/16(火) 15:55:19

    感動したべ…

  • 12二次元好きの匿名さん22/08/16(火) 15:55:23

    いいSSだったよ
    あれだけ頑張るウララだから精神性も立派に成長したんだなあ

  • 13二次元好きの匿名さん22/08/16(火) 16:24:45

    😭こういうの好きよ〜

  • 14二次元好きの匿名さん22/08/16(火) 18:06:38

    投下乙です
    ウララTに限った話じゃないけど、アプリトレってどいつもこいつも担当に脳を焼かれた連中ばっかりだから2人目の担当以降になるとうまくいかなさそうな人が多そうだよね

  • 15二次元好きの匿名さん22/08/16(火) 18:14:25

    いいものを読ませて貰った。ありがとうスレ主

  • 16二次元好きの匿名さん22/08/16(火) 23:45:36

    優しくて好き

  • 17二次元好きの匿名さん22/08/16(火) 23:49:45

    >>16

    描いたなコイツ!脳内の挿絵と全く同じじゃねぇかありがとうございます

  • 18二次元好きの匿名さん22/08/16(火) 23:57:04

    >>16

    うおお……イラストありがとうございます

    また多分表紙などにつかわせてもらうと思います


    他の方々もコメントなどありがとうございます!

  • 19二次元好きの匿名さん22/08/17(水) 05:34:11

    良き、良き……

  • 20二次元好きの匿名さん22/08/17(水) 05:41:45

    ありがとうございますぅぅぅ!!

  • 21二次元好きの匿名さん22/08/17(水) 06:02:36

    かわいかったですー

  • 22二次元好きの匿名さん22/08/17(水) 06:11:54

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