- 1二次元好きの匿名さん22/08/18(木) 19:39:15
「俺はいいから、スカイが飲みなよ」
「いえいえ。私はまだ大丈夫ですから。トレーナーさんが飲んだら?」
「そんなことないだろ」
トレーナーさんが手を伸ばして、私のおでこを触る。
彼の私よりも大きい手は、炎天下にも関わらずひんやりと冷たかった。
「ちょっと熱いぞ。熱が上がる前に飲むんだ。本格的な熱中症になったら手遅れだから」
「……わかりました」
そして私は二人で口をつけあった2Lのペットボトル。
そこに残っていた最後の水を飲み干した。
「それにしても……どうなってるんだこれは。喉の乾きはともかく熱中症まで再現するなんて」
「にゃはは。さすが理事長さんの作ったゲームですね」
「ゲームじゃないけどな」
そして私たちは、何度目かのため息を二人でついた。
周囲は青一面。
わずかに草木の生えた、絶海の孤島。
そこに二人きりで。 - 2二次元好きの匿名さん22/08/18(木) 19:40:15
きっかけは昨年鳴り物入りで導入されて、問題があってすぐ使用中止になったVRウマレーターがトレーニングのために再度利用可能になったことだった。
「へぇ……これ使えるのか」
学園の掲示板を見てトレーナーさんが顎に手を当てる。
「スカイ、一度あれを使ってトレーニングしてみないか?」
「えぇ~。あんまり気が進まないなあ」
VRウマレーターには一度入ったことがある。
まあまあ楽しいことができたけれど、それほど好印象というわけでもなかったのだ。
「最近はグラウンドの予約がいっぱいだしな。予約をとるのも一苦労だ。もし仮想環境でトレーニングができるなら一度試してみたい」
「ま、トレーナーさんがそう言うなら」
ウマレーター内ならやりたい放題だ。もしかしたらもっと楽にサボれるかも。
そう思って私は彼の提案を受けたのだった。 - 3二次元好きの匿名さん22/08/18(木) 19:41:19
「試しに浜辺を設定してみてもらった。スタミナトレーニングも兼ねて砂浜の走り込みをしよう……って、すごいな。本物の砂浜にいるみたいだ」
トレーナーさんが感動したように仮想環境内の砂浜で足踏みをする。
今の季節は冬なのに、まるで南国のリゾート地の写真ような綺麗なビーチが広がっていた。
気づけば服も水着に変わっていたり。
相変わらずすごい技術だと思う。すごすぎてちょっと怖いけど。
浜辺の向こう、青い海の向こうにはいくつか小さな、ちょっと不自然な島が浮かんでいた。
景色としては様になるけど、魚釣りで海に詳しい私は知っている。
こういう浜辺ができるところに、ああいう島は普通はない。
妙な違和感を感じながら、私は海に足をつけた。 - 4二次元好きの匿名さん22/08/18(木) 19:41:47
「結構ぬるいね」
私がつぶやくと。
「泳ぎもするかなと思って、温水プールなみの暖かさにしてもらったんだよ。便利なもんだな」
トレーナーさんも私の隣で海に浸かっていた。
「潮の流れはオンのままにしておいてもらったけれど、奥まで行くと……」
そう言って彼はずんずんと海の深みへ行って、途中で止まった。
「へぇ、面白いですね」
「そうだな」
私も彼の隣まで行くと、そこには透明な弾力性のある壁があった。
どれだけ押しても押し戻される。
侵入禁止エリア。まさしくゲームの世界の動きだ。
「……スカイ、何してるんだ」
「バグを探してます。グリッチ?とか?」
私は進入禁止エリアの壁をグイグイとアチコチ押してやる。
バグの多いゲームだと、こういうことをしていると空間にハマったり、行けないところに行けたり、あるいは弾き飛ばされたりするのだ。
「やめなさい。それよりもトレーニングを……」
トレーナーさんが私に手を伸ばしてきた瞬間。
視界が一面、青色に染まって。
「あ?」
「え?」
……そして、今に至る。 - 5二次元好きの匿名さん22/08/18(木) 19:42:10
「島からは出れないし、ログアウトもできないし、無限補給可能なリュックの中身は水が一本しか出てこないし。その上外部とも連絡が取れない……どうなってるんだ」
トレーナーさんが空を仰ぐ。
本来来れないはずの小さな島の上に閉じ込められた私たちは二人で食料を分け合うものの、あっという間に飲み食いを果たしてしまい。
完全に干上がっていた。
彼が口をつけたペットボトルの縁を吸って、最後の水分を舐め取る。
もう間接キスとかでドキドキしている余裕はない。
ないのだ。本当に。うん。
「トレーニングどころじゃなくなっちゃいましたねー」
「そうだな……これ、このまま死んだらどうなるんだ?」
「普通にログアウトできるかと」
前遊んだときはそうだったはず。でも直ったらしいこの世界がどうなっているのか。
そもそもバグの真っ只中にいる私たちがどうなるのか。
私にはわからなかった。
「そうか。でもそうなるまでに死ぬ苦しみを味わう必要があるのか……」
トレーナーさんがうなだれて。
不意に顔を上げた。 - 6二次元好きの匿名さん22/08/18(木) 19:44:00
「スカイ。俺を……してくれ」
「え」
「俺が亡くなったらログアウトできるだろうし、そしたら外から助けを呼ぶから。ウマ娘の力なら一発だろう」
それを聞いた後の、私の顔を見たのか。
彼は再びうなだれた。
「……すまん。無神経なことを言って」
「ほんとそれですよ。冗談でもそういうこと言っちゃダメでしょ」
「そうだな……」
私はトレーナーさんの首を見た。私よりも一回り太い。
でも彼は普通の人で。そして私はウマ娘で。
私が全力をだせばきっとあっさりそれを折ることができるのだ。
……それよりも。
さっき私の額に当てられた、血管の浮かぶゴツゴツとした手を見る。
あれが私の首に来てくれたほうが──。
「もう一回、壁押し試してみるか」
トレーナーさんが立ち上がり、私に手を差し出す。
「もう全部試しましたって」
「まだ上の方とか試してないだろ。俺がスカイを肩車するから。スカイは壁の上の方とか探ってみてくれ」
全く。往生際の悪い人である。
「しょうがないですねえ。じゃあ、もう一回、やってみますか」
そして私は彼の手を取った。 - 7二次元好きの匿名さん22/08/18(木) 19:44:23
「「ドキドキサバイバルトレーニング?」」
「左様ッ!様々な脱出不能な密室環境にてチームの結束力を高めるトレーニングである!そのテストを別の領域で行っていたはずなのだが……不測ッ!まさかその領域に二人が入ってしまうとは!」
理事長が何度も頭を下げて謝ってくる。帽子の上に乗ってる猫ちゃんも一緒に。
「いや、まあ……餓死する前に気づいてくれて良かったですよ」
思いっきり苦い顔をしながらトレーナーさんが言う。
無事現実世界に戻ってきても、ものすごい渇きを覚えてしまう。
自分の本当の体はごく普通の環境にいたはずなのに。
「トレーナーさん。セイちゃん今日は疲れました」
「俺もだよ。VRウマレーターを使ったトレーニングはしばらくやりたくないな」
「陳謝ッ!しかし、今後さらなるトレーニングメニューの実装により、ますます……あっ!?たづな!何をする!?」
そして私たちはたづなさんに引っ張られていく理事長を見送った。 - 8二次元好きの匿名さん22/08/18(木) 19:44:47
「喉、カラカラだ……」
夜中になっても喉の乾きが癒えない。
私はベッドから抜け出して、寮のキッチンへ。
冷蔵庫の中にある2Lの水のペットボトルに直接口をつける。
「あ」
本当はこんな風に飲むつもりじゃなかった。
きっと昼の、あの孤島での癖がついてしまったのかもしれない。
いまさらコップに注いでもしょうがないので、そのまま飲み続ける。
「そういえば、どんな味だっけ」
あの時のことを思い出す。
二人で求めるように飲みあった、あの水は──。
「あーもう。寝よ寝よ!」
そして私は飲みかけのペットボトルに「セイちゃんの」と大きくマジックで書いて。
寝付けないドキドキを抱えたまま、自分の部屋に戻っていった。
おしまい - 9二次元好きの匿名さん22/08/18(木) 19:45:38
明日の昼までしか書けないものを書いてみました
- 10二次元好きの匿名さん22/08/18(木) 19:53:48
- 11二次元好きの匿名さん22/08/18(木) 19:55:46
稍重ぐらいのセイちゃんすき
- 12二次元好きの匿名さん22/08/18(木) 23:25:21
- 13二次元好きの匿名さん22/08/18(木) 23:34:19
微妙に泡の部分がこんなこと考えてます的な漫画演出に見える。
- 14二次元好きの匿名さん22/08/18(木) 23:41:49
ウワーッ!貴方様は!
- 15二次元好きの匿名さん22/08/19(金) 00:28:58
- 16二次元好きの匿名さん22/08/19(金) 01:17:34
中身でこれ好き!ってなって絵を描いてるから、主のSSがよく刺さってるだけやで。いつも良い作品をありがとうね。
- 17二次元好きの匿名さん22/08/19(金) 01:20:09
なんで深夜に書いたの???守らなきゃ…
- 18二次元好きの匿名さん22/08/19(金) 02:21:33
そういう話ではないことは分かっているのに、脳裏にボノトレが浮かぶ
- 19二次元好きの匿名さん22/08/19(金) 02:32:30
ひと通り読み切って、ええわーって声出た
そこはかとなく理不尽な不思議設定が生えてるのウマ娘世界っぽくて好き