- 1二次元好きの匿名さん21/10/10(日) 00:11:45
「ふぅん……今まで世話になったねぇ。モルモットくん」
タキオンは紅茶を飲みながら、トレーナーに話しかけた。
「モルモットくんがスカウトしてきた日を思い出すよ。全く、君の瞳はどこまでも狂っていた」
「……」
「私自身、こんなにも長い間走れるとは思っていなかった。柄でもないけど、感謝は伝えておくよ。ありがとう、モルモットくん」
「……ああ、こちらこそ。ありがとう、タキオン」
「おや?モルモットくん、元気がないね」
タキオンは一つの異変に気がついた。普段のモルモット、もといトレーナーはタキオンのために甲斐甲斐しく奔走している。レース、食事、実験と手伝い、時にタキオンが過保護に感じることもあるほどだった。とはいえタキオンは自分の生活が自堕落であることは百も承知していたし、何よりその時のトレーナーの目は実に生き生きとしていたため、断る理由もなく受け入れてしまっていた。
それが目に見えて元気がないとなれば、タキオンの調子が狂うのもおかしな話ではなく。
「まあ、今日で専属契約も終わりだからな。自分でも、少ししんみりとしてるのかもしれない」
「ふぅん……そんなものかい」
専属契約が終了すると、それ以降学園で会う大義名分が無くなるのは事実。ただ、タキオンはまだトレーナーに試して欲しい薬品もあったし、卒業するその日までは毎日会うものだと思っている。
「安心したまえよモルモットくん。君が心配しなくても、実験して欲しい薬を送ってあげようじゃないか」
「ああ。どんどん送ってきてくれ」
「君、相当麻痺しているぞ」 - 2二次元好きの匿名さん21/10/10(日) 00:12:43
やはり変だ。タキオンは直感した。モルモットくんは確かに実験に協力してくれているが、果たしてここまで積極的だっただろうか?
「タキオンは今後どうするんだ?」
「おやおや、モルモットくんは私の将来まで心配してくれるのかい?」
「トレーナーだからな」
「ふふ。一体どこまで私に尽くす気なのやら」
「ウマ娘の限界を超えるまで」
タキオンは一瞬押し黙った。その言葉は冗談ではなく、本気の気配がしたから。
「は……はっはっは!モルモットくんは良くもまあ、そんな歯が浮くようなことを言ってくれるねえ!──私はどこかに研究所でも造って実験を続けるつもりだよ。君の言う、ウマ娘の限界を超えるためにね」
「なあ、タキオン」
「なんだいモルモットくん」
「それ、付いていっていいか?」
「えっ」
意外な申し出に言葉を失った。
「いや、何を言っているんだモルモットくん。君にはトレーナーという仕事があるだろう」
「それは……そうだが」
「ならば、君はそちらに専念すべきだ。実験に協力したばかりに君のトレーナー業に支障が出る様では困る」
本心を言えば、トレーナーが実験に協力することはタキオンにとっても非常に嬉しい話だった。だが、タキオンはそれを断った。それはモルモットくんの成長を妨げてしまうと考えたから。
タキオンは、スカウトされたあの日の事を思い返した。
──モルモットくんはかつて私にこう言ったのだ。 - 3二次元好きの匿名さん21/10/10(日) 00:13:36
「俺も限界のその先を見たい」
ならば、最盛期を過ぎた私に関わるより、未来ある他のウマ娘を担当するべきだ。タキオンはその考えをトレーナーに伝えた。
「君はトレーナーとして、ウマ娘の限界のその先を見るべきだ」
「……っ!」
「物事のアプローチは複数あったほうが良いからね」
「ああ……そうだな。タキオン。その通りだよ」
「ふぅん……幾分いつも通りになってきたじゃないか」
何に悩んでいたのかはわからないが、それが解決したのなら問題ない。
「さあ、そろそろ辛気臭い話は終わりにして、今日はゆっくりと語り合おうじゃないか」
タキオンは自分が飲み干したカップと、もう一つ手を付けていないカップに紅茶を淹れた。その半分の量に当たる砂糖を入れる。二人分の紅茶を入れたのは今日が初めてかもしれない。
その後、タキオンとそのトレーナーは他愛のない話をして盛り上がった。今は科学が進歩し、コミュニケーションには事欠かない時代だ。モルモットくんもそんなにセンチメンタルになる事は無いだろうに。タキオンはそう思いながらも、その束の間の会話を堪能した。
こうして、タキオンとそのトレーナーの専属契約は終わりを告げた。 - 4二次元好きの匿名さん21/10/10(日) 00:14:18
その後、タキオンが独自の研究所を設立し、実験に明け暮れていた。そして、あの契約終了から一年近くが経とうとしていた時のこと。タキオンの元に古い友人が訪ねてきた。
「お久しぶりです。タキオンさん」
「カフェ!カフェじゃないか!久しぶりだね。実験台になりにきてくれたのかい?」
「嫌です……お断りします」
「相変わらずつれないねえ。君が訪ねてくるなんて珍しい。今日は一体どうしたんだい?」
「一つ、連絡があって」
「連絡?」
「ええ。先日、久々にトレーナーさんとお会いしたんですよ」
「へえ、カフェのトレーナーにねえ。ふむふむ。それで?」
「普通に思い出話をしてたんですけど、その途中でタキオンさんのトレーナーさんの話題が上がったんです」
「おや。モルモットくんかい?彼は元気にしているかな?」
「それが……今は担当を持たず、教官をやっているそうなんです」
タキオンの紅茶を飲む手が止まった。
「モルモットくんが?こう言ってはなんだが、彼は引く手あまたではないのかい?」
タキオンは驚いた。あまり自慢することでは無いが、タキオンとそのトレーナーは十分周囲に誇れる成績を収めているはずだ。その彼に担当が付かない?
「なんでも、来た誘いを全部断っているそうで……最近は魂が抜けた様に熱意もなく、辞めてしまうのではないかと噂されているそうです」
「な、なんだって!?」
タキオンはあまりの衝撃にカップを倒してしまった。紅茶がテーブルの上に広がる。
「それは本当なのかい、カフェ!?」
「え、ええ。もしかしたらタキオンさんもご存知ないのかと、そう思って訪ねたのですが……」
「ありがとうカフェ。恩に着るよ」
タキオンはすぐ外出できる格好に着替えると、大急ぎでトレセン学園に向かった。まだ日は高い。夕方前には到着できるはずだ。
「一体何を考えているんだ。モルモットくん!!」
「はあ……客を置いて出ていってしまうなんて、本当に自分勝手な人ですね……紅茶もこぼれてますし……」
一人残されたカフェが一人ごちた。タオルを手に取り、テーブルを拭き取る。
「全く……仕方のない人……あなたも、そう思うでしょう?」
カフェは虚空に向かって話しかけ、小さく笑った。 - 5二次元好きの匿名さん21/10/10(日) 00:14:58
「面会謝絶!?どういうことなんだい!?」
「も、申し訳ございません。タキオンさん。あなたには会いたくないと、トレーナーさんが……」
学園に着いたタキオンがたづなさんに問い詰めた。どうやら、意図的に謝絶しているらしい。
「この学園には居るのだね?」
「え、ええ。でも場所を言うことは」
「なら良い。私が自分で探しに行く」
「えっ!?待ってくださいタキオンさん!タキオンさーん!!」
たづなさんの静止も無視して、タキオンは学園のあらゆる場所を駆け回った。ターフ。体育館。トレーニング場。走って走って走り続け、気がつけば夜になっていた。
「はあ……はあ……ようやく見つけたよ。モルモットくん」
「タキオン……なんでここに」
「君がトレーナーを辞めるなどと言うからさ」
トレーナーが立っていたのは観客席。そこから練習に励むウマ娘達を見下ろしていた。一年も経っていないはずなのに、随分と老けた様に見える。
「やっぱりその件か。できれば顔を合わせたくなかったんだけどな」
トレーナーは顔を逸らした。
「辞めるというのは本当なのかい?」
「ああ。本当だよ」
「その理由は?」
「……いなかったから」
「うん?」
「君を超えるウマ娘がいなかったからだよ。タキオン」 - 6二次元好きの匿名さん21/10/10(日) 00:15:52
トレーナーは自嘲するように語り出した。
「あの後、何人ものウマ娘が専属トレーナーになって欲しいと頼み込んできた。全員を見たよ。でも、タキオンのような娘は一人もいなかった。心からその走りに惚れ込むような、ウマ娘の限界を超えてくれそうな子は一人もいなかったんだ」
「……」
タキオンは黙ってその話を聞いている。
「自分から探しにも行った。それでも見つからなかった。結局、天狗になっていると思われて申し込みも来なくなって……たづなさんが気を回して教官に斡旋してくれたけど、誰一人としてタキオンの様な輝きが無いとわかるともう全部どうでも良くなった。はは。社会人失格だな」
ふう、と溜息を吐いた。トレーナーは続ける。
「だから、こんなザマをタキオンに見せたくなかった。かつての担当に心配されるなんて、こんな恥ずかしい事もないからな。まあ、敢えなく見つかってしまった訳だが……」 - 7二次元好きの匿名さん21/10/10(日) 00:16:24
そこまで聞いて、タキオンは口を開いた。失望という言葉の合う、残酷な声。
「モルモットくんは、私の何を見ていたんだい?」
「……」
「君はもっと私のことを見てくれていると思っていたのだがね。私の思い違いだったかな。今の君は可能性を追い求めていない。可能性の前で立ち止まっているだけさ」
「その可能性がありそうな娘が、誰一人としていなかったんだよ……」
「君に可能性の何がわかるというのか!」
凛とした声が響き渡る。
「いいかいモルモットくん。科学の世界というのは!一見何も関係ないようなものから意外な結果が出るものだ!君は可能性を追い求めたんじゃない。可能性を切り捨てただけだ!」
「……っ。ああ、そうだ!タキオンの言う通りだよ!だがいないんだ!俺はあの時の様な、俺を心から魅了する走りが見たいだけなんだ!!」
「君があの時魅了されたのは、本当に走りだけなのかい?」
「え……」
「もう一度初心に帰ると良い。”新人トレーナーくん”。期待しているよ。君が立ち直る可能性をね」
タキオンはそのままその場を後にした。 - 8二次元好きの匿名さん21/10/10(日) 00:17:15
「はははっ、惨めだな、俺は。教え子に説教されちまった。もう終わりだな」
そうしてトレーナーは夜風に当たる。しばらくして、後ろから声が響いた。
「あ、あのっ!」
「うん?」
「アグネスタキオンさんのトレーナーさんですよね?」
一人のウマ娘だった。手にノートとペンを握っている。
「わあ、やっぱりそうだ!あの、こんな時間にお願いするのもあれなんですけど、私の走りを見てくれないでしょうか!」
「いや、俺はそんな大した者じゃ」
「良いんです!私、まだ専属トレーナーがついていなくて……少しでも自主練して、周りに追いつきたいんです!」
「……そこまで言うなら」
どうせもうじきこの職は辞めるんだ。なら最後にこれくらいと、トレーナーは彼女の走りを見る事にした。
彼女がレースを一周走り切る。
「やっぱり……タキオンの様な輝きはないな」
お世辞にも才能があるとは言えない。とても、ウマ娘の限界を超えられるとは思えなかった。 - 9二次元好きの匿名さん21/10/10(日) 00:17:47
だが、ふとした瞬間、彼女の靴が目に入った。随分と擦り切れて、ボロボロになっている。暗くて目立たなかったが、よく見るとジャージも傷んでいる。
「その靴は何足目?」
「え?えーと、六足目です!」
「トレセン学園に来てどれくらい経った?」
「確か……四ヶ月くらいです!」
「なっ……」
四ヶ月で六足履き潰している。こんな娘は見たことがない。
不意に、タキオンの姿が浮かび上がった。
泥臭く研究を続けた日々。失敗して失敗して失敗して、ようやく成功を掴み取った、あの喜び。
もしかしたら。タキオンの走りはきっかけに過ぎなかったのかもしれない。
本当は泥臭く努力するあの姿にこそ、自分は惚れていたのだ。
「君。明日は時間があるかな?」
「え?あ、ありますけど……」
「なら、明日も来てくれないか。もう一度走りをじっくり見て、君専用の練習メニューを組もうと思う」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
この娘がどこまで行けるかはわからない。けれど、可能性を信じて見たいと思う。
自分は新人トレーナーで、アグネスタキオンのトレーナーなのだから。 - 10二次元好きの匿名さん21/10/10(日) 00:21:50
昨日のエアグルーヴと同じ方かな?
あなたの書く物語は未来に希望があふれる感じで好きです! - 11二次元好きの匿名さん21/10/10(日) 00:29:33
読んでくださりありがとうございます。今回は思い切って3人称視点に挑戦してみました。そのせいで読み辛くなっていたらすみません……
今回は専属契約最終日に話が解決していなかったり(おい)、トレーナー側が情けない感じになってしまったりと前二つとは違う感じになりましたが、楽しんで頂けたら幸いです。
ご意見、ご感想頂けると嬉しいです。 - 12二次元好きの匿名さん21/10/10(日) 00:34:40
良きなり
- 13二次元好きの匿名さん21/10/10(日) 00:40:05
そちらも読んでくださったのですね。ありがとうございます
デジたんのもあるので、もしよかったらどうぞ
【SS】今日は専属契約最終日|あにまん掲示板「トレーナーさん!次はこのイベントに参加しましょうよ!」アグネスデジタル(私はデジたんと呼んでいる)がトレーナー室に飛び込んできた。手にはウマ娘のライブ告知のポスター。二人で一緒に推しているウマドルの…bbs.animanch.com - 14二次元好きの匿名さん21/10/10(日) 07:57:19
いいっすね
- 15二次元好きの匿名さん21/10/10(日) 08:09:58
俺の性癖に合ってる
- 16二次元好きの匿名さん21/10/10(日) 08:16:51
起き抜けの朝ご飯に丁度いい長さ内容のSSだった
- 17二次元好きの匿名さん21/10/10(日) 10:58:29
- 18二次元好きの匿名さん21/10/10(日) 11:38:04
- 19二次元好きの匿名さん21/10/10(日) 11:43:49
ふむ……悪くないSSだ
とりあえず口座に1億ほど振り込んであげるよ
振り込ませてください - 20二次元好きの匿名さん21/10/10(日) 11:50:59
ありがてぇ…読み口がしみいる