タバコの代わりに

  • 1二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 01:53:58

    「アンタ……なにそれ」

    長閑な午後。カフェテリアで昼食をとった後、職員用の喫煙所でひとり、のんびりと過ごしていた時だった。
    その声が耳に届くと同時に突き刺さるような視線と、茹だるように暑い夏だというのに凍りつきそうなほどに冷たい汗が背筋を伝うのを感じた。
    「……スカーレット」
    視線をそちらへ移しながら、俺は火をつけたばかりのタバコを灰皿に押し付けた。
    俺の担当ウマ娘ダイワスカーレットの────……真紅の瞳が俺を射抜いていた。
    購買からの帰りらしく、手にはお菓子や飲み物の入ったビニール袋を提げて、口元からは何やら棒のようなものが覗いていた。
    棒付きキャンディでも舐めているのだろうか。遠目から見るとタバコを咥えてるみたいだな────……なんて、言ったら絶対怒られる。

    ああ、まずいなぁ。

    ずっとバレないようにしていたのに、ついに見られてしまった。雷が落ちるよな、これ……。
    「アンタ、タバコなんて吸ってたの?」
    本気で怒られるかと思って身構えていた俺にかけられたのは、存外優しめなひとことだった。
    「早く答えなさいよ」
    前言撤回。めちゃくちゃブチギレてた。顔、すっごく怖い……。

    くっ、やっぱりここで吸うべきじゃなかったんだ……────

    普段は生徒も近寄らない職員棟の裏手にある喫煙所で吸っていたが、今日は天気が良かったのでいつもと気分を変えようとカフェテリアからほど近い喫煙所を利用していたのだ。
    生徒たちの目のある場所ではあるが、ここを利用する教師やトレーナーも多いため、あまり気にしていなかったのが仇になったらしい。
    特にスカーレットに見つかることなんて全然考えてすらいなかった……彼女の紅く輝く視線に、自分の考えが甘かったことを自覚させられるかのようだ。
    「ぇ、えっと……たまに、吸ってるんだ」
    担当に尻に敷かれているようで情けないが、スカーレットには下手な嘘はつけない。バレたら何されるか分かったものじゃない……というか、もう決定的な場面を見られて逃げようなて大人がすることじゃないよな……。
    「でも、スカーレットの前では吸わないようにしてるよ」
    「はぁ? 当たり前でしょ。ばかじゃないの!?」
    ぴしゃりと一蹴された。取りつく島もなさそうだ。

  • 2二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 01:56:13

    「だいたいね、アタシがもっと早く知ってたらすぐに辞めさせてたわよ」
    「え……ってことは」
    「タバコ、もう絶対吸っちゃダメだから」
    「!?」
    やっぱり言われてしまった……────だからスカーレットにだけは見つかりたくなかったのだ。
    「ちょ、ちょっと待って……!」
    実際毎日多く吸うわけというではないから、1、2本しか吸わない日も少なくない。ただどうしても吸いたい時はあるし、よく吸う日は1箱まるまる吸いきってしまうことだってあるのだ。

    なんとか譲歩してもらえないかと俺は交渉を試みる。

    「スカーレット、お前がタバコを嫌いなのは分かった。だけど俺にはどうしてもタバコに逃げたくなる時だってあるんだ」
    俺の言い訳にも彼女は興味なさそうに、
    「ふぅん。例えば?」
    「一旦悩みを忘れられるっていうのもあるけど……やっぱりストレスが一番かな。書類仕事が続いて疲れてくると、急に吸いたくなるんだ。それに食後とか……飲み会の席とか、あとは色々だけど」
    「ストレス……ねぇ」
    彼女は不機嫌な表情のまま、俺の隣に座った。
    「……タバコ臭い」
    「今まで吸ってたかね。……ちょっと離れるよ」
    「別にいいから」
    立ちあがろうとする俺の袖を掴んで静止させると、スカーレットはそのまま続ける。
    「こんなに臭いのに、アンタ今までよく隠してたわね」
    「スカーレットに会う前は特に注意してたから。ミントとか、香水とか……手洗いうがいも入念にしてたし」
    「……なんでそこまでして隠してたの?」
    「スカーレット、嫌いだと思って。それに生徒の前で吸うわけにはいかないよ」
    「別に好きでも嫌いでもないけど……ま、その考えは当然ね。タバコなんて身体に悪いし、それでアタシのコンディションが悪くなるほうが大問題だもの」
    つーん、とそっぽを向きながら答えるスカーレット。そんなに臭かったら近づかなかったらいいのに……と思うけれど、それを口にするとそれはそれで怒りそうだからやめておく。
    しかし、そうは言われてもストレスからの逃げ道がタバコか酒ぐらいしかないのだから、どうか勘弁していただきたいところなのだが……────
    「大人になるってことだよ」
    「ちょっと前まで学生だったくせに何言ってるんだか」
    はは、言えてる。

  • 3二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 01:58:59

    「悩みがあるなら、アタシが聞いてあげてもいいわよ? 書類仕事が大変だって言うなら、手伝えそうなところは手伝うし。アタシってほら、優等生だから」
    食い気味に俺の言葉を遮ったスカーレットの表情からは、いつのまにか不機嫌さは消えていた。今はただ、俺を本当に心配してくれているように見える。心配だから、辞めてほしいと……────
    「だから……アンタもその、身体に悪いって分かってるのに、吸うの……やめてよ」
    アンタがアタシを心配なようにアタシもアンタが心配なのよ、とスカーレットは続けた。
    「……」
    ここまで心配されると恥ずかしいことに……少し嬉しくて、むず痒くなってくる。
    トレーナーが担当ウマ娘を管理し、心配するのは当然だ。仕事だからというのもあるけれど、二人三脚で何年もやっていくのだから、それ以上の親愛も芽生えるというものだ。
    ……あ、いや、仕事の付き合いって思ってるわけじゃないよ? 最初から大切に思ってたし、この子を一番にしてあげたいと心の底から思っている。

    だからまあ、その逆も然り────……ということだろう。

    たしかに大切なウマ娘に心配させてしまうのは……良くないよな。
    「分かったよ。完全に辞める約束はできないけど……本数を減らすようにはする」
    これが最大限の譲歩。流石に1本も吸わないなんていうのは無理だ。口寂しさで逆にストレスを感じてしまいそうに────
    「っ〜〜!! だったら!」
    「むぐっ!?」
    俺の返答に全く納得できなかったらしいスカーレットは、自分の口元から伸びていた棒を引っ張り出して、俺の口の中へ差し込んできた。
    「……悩みはアタシが聞く。疲れてるならマッサージくらいしてあげる。口寂しいなら……アタシがそれ食べさせてあげる。……ここまでしても、辞められないって言うの?」
    「…………ぁ、えと……」
    硬い感触のものに棒がついていて────唾液とそれが混ざり、甘いいちごの味わいが口の中に広がってくる。
    「スカーレット……こ、これって」
    「それ? だからキャン……ディ………………────はっ!!!?」
    ……そう、棒付きキャンディだ。

    しかも、今の今までスカーレットが舐めていた……────

    「か、返して!!」
    「ぶへっ!」

  • 4二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 02:01:26

    重大なことに気づいたスカーレットが、俺の口元からその棒を引っこ抜く。歯に当たって激痛が走るが、今はその痛みよりも……え、ええと……その、か、間接……────
    「ば、ばか!! それ以上言ったら蹴るんだから!」
    「わ……わかった! 何も言わない……い、今のは……ノーカン、ノーカンで……!」
    「そう、そう……そうよ、ノーカン……ノーカン」
    とは言いつつも、彼女の顔はその名に恥じないくらいにみるみる赤く染まっていく。
    俺も顔が熱い。自分では見えないが、絶対俺も赤くなってる……お互い赤くなるのを見て、さらに赤く……まずい循環が始まっているみたいだ。
    「……と、とにかく」
    無理やり軌道修正を図るスカーレット。その真っ赤な顔と表情が、かなり無理をしていることを物語っていた。
    普段は見せない年相応の表情が、とても可愛らしく感じる────……と、いけない。せっかく彼女が戻そうとしているのだ、俺もそれに従わないと意味がない。
    「あ、ああ……禁煙、だよな」
    「そう……そう、禁煙……できそう?」
    正直、出来る保証はない。今までしようと思ったこともないのだから────……だから、スカーレットが手伝ってくれるというのなら、頑張ってみてもいいかもしれない。
    なにより大切なヒトがタバコ臭くなってしまうのは嫌だし、それで彼女が不快に思うのは避けたい。
    それに……うん。
    「……そうだな。口寂しい時にキャンディくれるんなら、できるかも」
    先ほどスカーレットが言ってくれた。
    口寂しい時はそれをくれると────……そこまで言ってくれるのなら、頑張ると……そう言う意味を込めて伝えた、はずだったのだが。
    「は!!? な、っ……ば、ばか!!」
    「え!?」
    「こ、これはっ! ……そ、その……勢い余ってって言うか……あ、アタシのだから、あげるわけないでしょ……」
    アンタのはこれ! ……とスカーレットはビニール袋から新しい棒付きキャンディを取り出し、封を切って俺の口に差し込みながらそう言った。
    今度は誰の口にもついていない……ちゃんと新品の、キャンディだ。
    同じいちご味で、とにかく甘い────……けど、さっきのほうが甘かった……って、何考えてるんだ俺は!?
    邪な思考をかき消すようにかぶりを振って、俺を心配してくれた可愛らしい担当ウマ娘に向き直る。
    「辞める努力、するよ」
    「……ん、それでよし」

  • 5二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 02:02:33

    俺の返答に満足したらしいスカーレットは、顔は赤いままだが口元を綻ばせていた。彼女が笑ってくれるなら、なんとか頑張れそうだ。
    それに、口寂しい時は棒付きキャンディを食べさせてくれるみたいだしね?
    「あ、当たり前でしょ! 寂しくなったらすぐ言いなさい、飛んで行ってその口に突っ込んでやるんだから」
    「喉には突き刺さないでくれよ……はは」
    「するわけないでしょ! ……じゃ、箱渡して。捨てとくから」
    「うす……お願いします」
    胸ポケットから取り出したタバコを箱ごと手渡すと、スカーレットは近くのゴミ箱まで行って捨ててしまった。
    今朝買ったばかりだからまだいっぱい入ってたんだけどな……まあ、辞めるならこれくらいしないとダメだよな。
    まだ未練に引っ張られてる気もするけど……キャンディの味を感じて我慢だ。
    「フフン! これで悪魔は消え去ったわ!」
    戻ってきたスカーレットはとてもすっきりした顔をしていた。普段からそうであってほしいものだけれど、不機嫌そうな彼女もそれはそれで魅力的だから手放すのは惜しい。
    「心配してくれてありがとう」
    「トレーナーが倒れると困るし当然よ。……と、そろそろ授業だわ。それじゃあねトレーナー」
    「ああ、頑張って」
    時刻は昼休みが終わる10分前。優等生のスカーレットは5分前には席につき、次の授業の準備を済ませておかなくてはいけない。
    さて、俺もトレーナー室に戻って仕事の続きだ。タバコはもうないし……帰りに購買でキャンディでも買っていこうか……────と、思っていたら。
    視線の先でくるりとスカーレットがこちらへ振り返った。
    「ちゃ〜んとアタシが見張ってるんだから、覚悟しなさいよね。死ぬまでタバコ吸えると思わないことね♪」
    「……ああ、分かってる。頑張るよ、禁煙」
    俺から奪った棒付きキャンディを転がしながら、スカーレットは悪戯っぽくそう笑ってみせた。
    俺もキャンディの棒を揺らしながら、約束を果たすことを誓う。
    嬉しそうに頷いた彼女の背を、俺は校舎に消えるまで見送り続けた。
    姿が見えなくなると、俺も立ち上がって購買へ歩いていく。スカーレットがくれたキャンディと同じものを買うために。
    「……────と、禁煙するならコレももういらないな」

    自分に言い聞かせるように呟いて、俺はポケットに残っていたライターをゴミ箱に入れた。

  • 6二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 02:02:46

    おしまいです
    お目汚し失礼いたしました

  • 7二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 02:03:01

    >>1………………貴方は神だ

  • 8二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 02:03:47
  • 9二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 06:26:56

    ええやん…

  • 10二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 06:38:51

    いやーなんでダスカが口に突っ込んだ飴の方が甘いんでしょうかねぇ
    甘いssありがとう

  • 11二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 07:29:12

    素晴らしいSSだ。
    よくやった、誉めてつかわす。
    これからも精進するように。

  • 12二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 07:37:29

    >>11

    かなり上から目線で草

  • 13二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 08:05:30

    死ぬまでタバコ吸えると思わない事ね、ってこれ実質プロポーズ…

  • 14二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 08:37:01

    しかも一度トレーナーの口に入れた飴を舐めながら言うんだもん…

  • 15二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 09:30:10

    なんて素敵で甘いSS…
    お互いが相手を思い合ってるからこその会話ですね…

    ところで、さっきの方が甘かったの意味をもう少し具体的にご説明願えませんか?
    そろそろ内なるビッグバンを抑えきれないのでしゅゆえ

  • 16二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 09:38:41

    あま〜いあま〜いこのSSあま〜い

  • 17二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 09:53:07

    朝からいいもん見れたわ
    助かる

  • 18二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 11:45:43

    生き返った

  • 19二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 19:31:19

    ミ゜ッ(尊死)

  • 20二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 19:44:32

    仕事終わりの一服をしながらスレ開いてすぐタバコ消した

  • 21二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 19:51:01

    >>20

    よくやった!

    ところであそこにベンツが見えますね

  • 22二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 19:52:49

    >>21

    ちくわ大明神

  • 23二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 20:01:55

    >>22

    なんだ今の

  • 24二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 21:37:04

    読み手を禁煙させる巧妙なSSとはな…

  • 25二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 21:38:06

    (タバコってそんなに吸いたいもの何ですの?)

  • 26二次元好きの匿名さん22/08/20(土) 21:45:38

    さて、バージニアエスでも吸うか

  • 27二次元好きの匿名さん22/08/21(日) 00:13:39

    本当に関係ないけどタバコの代わりに七味スレだと思いこんで開いてしまった

  • 28二次元好きの匿名さん22/08/21(日) 01:15:03

    禁煙始めっか

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