スカーレット・リボン

  • 1◆bEKUwu.vpc22/08/21(日) 14:44:39

    季節は秋を通り越し、日が陰るのもかなり早くなってきた。
    そんな金曜日の夕方、いつもの通り担当ウマ娘のダイワスカーレットのトレーニングメニューを終えようとしていた。
    シニアに入ってから全く陰りを見せない走り。
    ここまでのパフォーマンスを維持できるのは、やはり彼女の向上心によるところが大きいだろう。

    「あら、もう終わりなの?まだまだ走れるんだけど。」

    「分かってるだろ?オーバーワークはなし、だ。ゆっくり休んでくれ。」

    ふふんと笑うと、言葉とは裏腹にスカーレットは大人しく引き下がる。
    特に体調がいいとその日のトレーニングメニューを増やそうとしていた彼女も、ここ数年のやり取りで自分のやり方を覚えてくれているようだ。
    体力の尽きた状態で無理をするより、明日に元気を回して頑張ったほうが怪我も少ない。
    無事之名バってことだ。
    さて、と。

    「スカーレット、後はやること、分かってるよね?」

    「クールダウンとストレッチでしょ?よく解しておくわよ。でも、なんで?」

    「いや、この後予定があってな。ちょっと準備に時間が掛かるから、今日のところは後を任せておこうかと。」

    クールダウンくらいのことなら自分がわざわざついていなくても問題ないだろう。

    「そうなの?別にいいけど、こんな時間からなんの準備をするの?」

    まあ、言うしか無いだろう。

    「ああ、実はこの後合コンに誘われていてな。汗を流したり、身だしなみを整えたり、まあいろいろだ。合コンのためにおしゃれするなんて久々だしな。」

    「―――へえ。」

  • 2◆bEKUwu.vpc22/08/21(日) 14:45:17

    途端に雰囲気が変わる。

    「どんな人達との合コンなの?」

    スカーレットがジリジリと歩み寄ってくる

    「それと、誘われたって言ってたけど、誰から?」

    耳を後ろに絞って睨まれる。
    色恋にうつつを抜かすなんて、真剣さが足りないと思われたのだろうか。
    それとも……。
    とにかく、どうにも逃してくれそうにはないし、ここは正直に話すことにしよう。

    「ああ、お相手は女性トレーナーとか、後はウマ娘って聞いてるな。勿論成人してるぞ?3対3の小規模なやつだ。誘ってくれたのはサクラバクシンオーのトレーナーだよ。先輩なんだ。あとは、同期も参加するみたいだな。」

    「ああ、あの人ね。」

    スカーレットは口元を手で覆い、何かを考えているようだ。

    「スカーレット、先輩は厚意で誘ってくれたんだし、君のトレーニングに支障が出ないようにちゃんとメニューを終えるまでは一緒にいただろ?これで、もし俺に彼女ができたとしても、それで君を蔑ろにすることはしないよ。」

    「そこの心配はしてないわ。アンタのことは……信頼してるし。」

    おや嬉しい。

  • 3◆bEKUwu.vpc22/08/21(日) 14:45:27

    「……うん、よく分かったわ。引き止めて悪かったわね。いってらっしゃい。」

    突然思い立ったように口元に添えた手をぱっと離すと、先程の不機嫌さが嘘のように耳を前に向け、笑顔で引き下がった。
    なんだか情緒が不安定だが大丈夫だろうか。

    「そ、そう?じゃあ、クールダウンとストレッチ、ちゃんとやっておくんだよ?」

    急に変わった愛バの態度に疑問を抱きつつ練習場を後にし、合コンに向けて準備を始めるのだった。

  • 4◆bEKUwu.vpc22/08/21(日) 14:45:45

    「先輩、どうしたんですか?顔色が悪いですよ?」

    所変わって合コン会場、男3人が集まっていた。
    掘りごたつ式の個室は温白色の照明に照らされ、雰囲気もいい。
    先輩、センスがいいなと思いつつそちらを見ると、やや疲れたような顔をしていた。

    「体調が悪いなら、日を改めても良かったんですよ?」

    「ああ、なんでも無い。女の子たちの到着が遅れてるだろ?ちょっと心配だっただけだよ。」

    気を取り直したように顔の前で手を振る先輩。
    そんなに心配性な人だったっけ?
    嘘はすぐに表情に出るが、大一番でも物怖じはしないのがこの先輩の特徴だと思っていた。
    まあ、久々の飲み会ではあるし、幹事としてのブランクがそうさせているんだろうか。
    そんなところで自分を納得させていると―――

    「こんばんは~!」

    女の子たちが入って来た。
    無事到着したようだが、なぜか先輩の顔は晴れない。
    緊張しているのかな?

    ……あれ?
    聞いていた人数より一人多いな。
    まぁ、減るよりは良いけども。

    上着をハンガーに掛け、女の子たちが席に着く。

  • 5◆bEKUwu.vpc22/08/21(日) 14:45:59

    「よろしくお願いしますね。」

    そう言って目の前に腰を下ろした女性を見て、驚いた。

    なんて綺麗なんだろう。
    長く艶のある栗毛の髪を下ろし、顔はややあどけないようで芯のある目をしており、意思の強さを感じる。
    そして体は女性らしさを存分に発揮しながら、筋肉の付き方や姿勢など、素晴らしいバランスを保っている。
    身のこなしを見るに、現役時はレースでも好成績を残したウマ娘なのかもしれない。
    ひょっとすると、今でも通じる実力を持っていそうな、そんな印象を受けた。
    ともかく自分のストライクゾーンのど真ん中を射抜くような完璧さだった。

    そして、何よりも。
    スカーレットも大人になって、髪をおろしたらこんな感じになるんだろうか?
    そう思わせられる程に、彼女によく似ていた。

  • 6◆bEKUwu.vpc22/08/21(日) 14:46:13

    「どうかしました?」

    ジロジロ見すぎた所為か、目の前の女性に首を傾げられた。
    いけない、いけない。
    いくら何でもデリカシーがなさ過ぎた。

    「ああ、すみません。雰囲気が担当に似ていたもので。」

    「あ!ひょっとしてダイワスカーレットのトレーナーさんですか?」

    「え?ええ、そうです。でも、よくわかりましたね?」

    やっぱり、と目の前の女性が嬉しそうに笑う。
    笑顔も、あの子そっくりだ。

    「私、あの子の従姉妹なんですよ。似てるって言われてピンときました!リボンアートって言います。よろしくお願いしますね?」

    ああ、そういうことだったのか。
    なるほどな、道理で似ているわけだ。

  • 7◆bEKUwu.vpc22/08/21(日) 14:46:32

    「こちらこそよろしくお願いします。それにしても、奇遇ですね。まさかスカーレットの……スカーレットさんの親族に出会えるなんて。」

    「ふふ。いいですよ、普段の呼び方で。担当なんですから、気にしませんよ。」

    「そう言ってもらえると助かりま―――」

    と、不意に横から同期にこづかれる。

    「おいおい、二人の世界に行く前にドリンクだけ頼んでくれよ?手が早すぎるぞ、全く。……で、何にする?」

    同期からややぶっきらぼうに渡された注文用の電子端末に、リボンアートさんと一緒に目を通す。

    「ああ悪い、俺は生ビールにしようかな。リボンアートさんは?」

    「私はウーロン茶で。すみません、お酒苦手で……。」

    「いえ、全然大丈夫ですよ。じゃあ、注文しますね。」

    そうしてみんなの注文が通った後、いよいよ合コンが始まるのだった。

  • 8◆bEKUwu.vpc22/08/21(日) 14:46:52

    「かんぱーい!」

    先輩の音頭で幕が上がる。
    しかし3対4か。
    競争率が下がって嬉しいところだが、さてどうなるやら。

    そういえば、目の前のリボンアートさんに目が行き過ぎて他の子達を見てなかったけど、美人揃いだな。
    男連中は俺、同期の△△、先輩の順に並んでおり、向かい合う形でリボンアートさん、ウマ娘のミカさん、トレーナーの□□さん、そして同じくトレーナーの◇◇さんの順で座っている。

    美女たちを目の前にしてテンションが上ったのか、先輩もようやく調子を取り戻し、会話の先陣を切っている。
    同期は先輩ほど率先してしゃべりはしないが、どうやら目の前の二人に興味があるようだ。
    女の子側もノリがよく、会話が途切れない。
    一方、自分はと言うと―――

    「あの子はどうですか?レースで勝ってるのは知ってますけど、それで慢心せずにちゃんとトレーニングしてます?」

    「ええ、勿論。直向きに頑張ってますよ。最初の担当があの子で良かったです。今日だって―――」

    共通の知人がいるからか、リボンアートさんが何かとスカーレットの話を聞きたがるからか。
    同期や先輩が他の女の子たちと休日の趣味の話で盛り上がる中、身内話に花を咲かせていた。
    合コン、というか飲み会としては間違っているかも知れないけど……まあ楽しいからいいかな。
    リボンアートさんも従姉妹の近況が聞けて嬉しいのか、ずっとこちらを見て笑ってくれている。
    するとそんな会話を聞きつけたのか、

    「あ、お仕事の話、してるんですね!ね、〇〇さんだったよね?あたしともお話してくださいよぉ~。ねえねえ、〇〇さんは結婚するならどっち派?ウマ娘?トレーナー?」

    やっぱり仕事に理解のある人のほうが良いし、どっちかだよね!と元気に話しかけてくれたのは鹿毛がきれいなウマ娘のミカさん。
    早くも回ってらっしゃるのか、かなり高いテンションだ。
    輪から外れて話し込んでいるこちらに気を遣ってくれた……のかは分からないが、もしそうだとしたら悪いことをしたかな。
    喜んで話に入るとしよう。

  • 9◆bEKUwu.vpc22/08/21(日) 14:47:11

    「うーん、そうですね。笑顔の絶えない家庭を築きたいので、それに向けて一緒に歩んでもらえるなら、ウマ娘でも人間でもどちらでもいいかなと思ってますよ。」

    「えー、真面目ぇ。」

    ミカさんが頬を膨らます。
    流石に人バ入り乱れるこの場では、当たり障りのないことを言うしかなかったのだが、お気に召さなかったようだ。
    むう、とひとしきり唸った後、やや悪戯っぽく、何かを思いついたように笑みを浮かべた。

    「えへへ、あたしとなら笑顔の絶えない家庭が築けますよぉ?」

    「そうなんです?確かに明るくて素敵だと思いますけど、他にも秘訣があるんですか?」

    「もー、素敵だなんて恥ずかしいじゃないですか~……っとと、それは置いておいて、その理由はですねぇ―――」

    したり顔でもったいぶるミカさんに、奥で話していた先輩たちも彼女に視線を向ける。

    「あたしが、いっぱい子供を産むからです!子供がたくさんいれば、誰かが笑顔で入る確率も上がりますから!えへへ~。」

    ドヤ顔でのたまうミカさんに、一瞬耳を疑う。
    かなりアルコールが入っているのだろうか、なんて事を言うんだこの子は。
    ほら、回りも真顔になったり唖然としたり口元を抑えたり様々な反応だが、皆ビックリしていることには変わりないだろう。

  • 10◆bEKUwu.vpc22/08/21(日) 14:47:29

    しかし……なんて反応するのが正解なんだろうか?
    下手に発言したら顰蹙もんだぞ?
    どう返してもセクハラまがいになりそうなんだが。

    「えっと……。」

    数秒考えても上手い言い方が見つからない。

    その間に真顔のリボンアートさんはじっとミカさんを見たまま固まっているし、やや落ち着きを取り戻した横のトレーナー連中はにやにやと意地悪くこちらの反応を伺っている。
    どうしよう。
    考えあぐねていると―――

    「11人。」

    「え?」

    その言葉に、みんなが声を揃えて目の前のリボンアートさんを見る。
    ミカさんが介入してからずっと黙っていた彼女。
    こちらに向き直ってニコニコ笑うその表情からは柔和な雰囲気ではなく、なぜか重圧を感じさせられた。

    「私ならサッカーできるくらいは産みますよ、〇〇さん。」

    どうしたのリボンアートさん!?
    シラフですよね?
    なんでそんな張り合うような真似を……!?

  • 11◆bEKUwu.vpc22/08/21(日) 14:47:48

    「そ、そうなの?それは、えっと―――」

    これまで平和に担当ウマ娘の話をしていたのに、その豹変ぶりにびっくりする。
    新たな混乱の元に脳の処理が追いつかない。
    へぇ、とミカさんがまた意地悪く笑う。

    「じゃああたしは12人産んじゃおうかな~?あたしの方が笑顔率高くてお得ですよ~?」

    リボンアートさんの瞳から光が消え、耳が後ろに倒れていく。
    それなのに表情だけはふたりとも笑顔だ。
    ただ、ミカさんはあっけらかんとしているのに対して、リボンアートさんからは目に見えない重圧が半端ない。
    流石になんとかしないとまずいだろう。
    このままでは合コンの雰囲気を壊してしまいかねない。
    同期にアイコンタクトを送る。
    頷く同期。
    よし、協力して話をそらさなければ。

    「ま、まぁ子沢山なのは賑やかでいいけど、それだけ多いと生活費も大変そうだよね!な、ほら俺たちの給料だって流石に二桁の子どもたちを育成できるほどは―――」

    「私が支えます。」

  • 12◆bEKUwu.vpc22/08/21(日) 14:48:08

    同期に話を振ろうとした直前で押圧。
    どうやら助けは呼べないらしい。

    「私、現役時代は結構稼いでますから。〇〇さんと一緒なら、それくらいは養えますよ?」

    こちらを見つめながらにっこりと微笑むリボンアートさん。
    とても綺麗で素敵な女性に見つめられるなんて嬉しいことこの上ないはずなのに、なぜだろう。
    蛇に睨まれた蛙、という言葉を思い出した。

    「あーお金かぁ。こりゃ敵わないかなぁ。」

    あたしは貯蓄ないしなぁ、とミカさんはニコニコ笑っている。
    ちょっと悲しげに見えたのは目の錯覚だろうか。

    ……それにしても冗談にしたって、初めて合った男に対して子供を産むなんて、普通は言わないよな。
    そんなに気に入ってもらえたんだろうか?
    でもなぜ?
    分からない。
    一体今までの会話の何がそんなにリボンアートさんの琴線に触れたのか。
    スカーレットの話がそんなに面白かったのかな?
    うーむ。

  • 13◆bEKUwu.vpc22/08/21(日) 14:48:27

    「お疲れ様!気をつけてな!……気をつけてな。」

    先輩が合コンを締めた後、解散の号令をかける。
    今日は楽しかったな。
    あの後は最初の様にリボンアートさんとのほぼ1対1の会話に戻り、他の参加者はというと……同期はまあ上手いこと話が盛り上がったらしく、女性トレーナーたちと連絡先を交換していた。
    この後はトレーナー業談義にもう一件飲みに行くらしい。
    先輩は解散直後、偶然担当のサクラバクシンオーに出くわし、腕を引かれて何処かへ連れて行かれた。
    ミカさんは―――

    「あたしは二次会パスかなぁ。羨ましくって、妬ましくって、奪っちゃおっかなって思ってたけど、側にお目付け役がいるんじゃ望み薄だからねー。……あたしだって―――なのになぁ。」

    合コン中の様子とは打って変わって落ち着いた様子の彼女は、この後はそのまま帰るようだ。
    あのはしゃぎっぷりは、勿論お酒の勢いもあっただろうけど、ひょっとすると彼女なりに頑張って演技をしていたのかもしれない。

  • 14◆bEKUwu.vpc22/08/21(日) 14:48:45

    しかし妬ましくて奪うとは穏やかじゃないけど、お目付け役とはなんのことだろう?
    いや、待てよ?
    ははぁ、そうか。
    ミカさんは先輩のことが気になっていて、そして先輩は、もしかしてバクシンオーと……。
    トレーナーとしてはあるまじき関係だとは思うが、ミカさんは担当に連れて行かれる先輩を見て諦めた、ってところか。
    うん、瞬時にそこに行き着くとは、アルコールが回っても今日の俺は冴えているらしい。

    しかし合コン中のミカさん、人前で本性を隠すそれは、ツインテールの誰かを思い出すな。
    リボンアートさんといい、ミカさんといい、つくづくスカーレットに縁がある日だ。
    そういえば、リボンアートさんとは色々話せたけど、連絡先を聞きそびれてしまった。
    今からでも―――

    「〇〇さん。」

    背後から声がかかる。

    「もう一件、行きませんか?私と、一緒に。」

  • 15◆bEKUwu.vpc22/08/21(日) 14:49:06

    「ふふ、トレーナーさんとこんな風に色々と話すの、私初めてで。この楽しさをもう少しだけ味わいたいなって思ったんです。」

    2件目のバーにて、またしてもノンアルコールを頼む彼女が優しく微笑む。
    うっとりとするようなその表情とウーロン茶がミスマッチのように思えるが、それでここまで絵になるのは彼女の美貌の為せる業だろう。
    しかし、確かに今日はたくさん話をしたけど、この程度の会話の量が初めてとは。
    彼女の現役時代のトレーナーは無口だったのかな。

    「リボンアートさんの現役時代のトレーナーはどんな方だったんですか?」

    「いい人ですよ、とっても。でも、こんなにくだけた話なんてなかなかできなくて。いくら私がアプローチをかけたって、全然ノってこなくて、なんだか一線引いちゃって。一歩踏み出すと一歩下がるんです。それじゃ、いつまで経ったって近づけないじゃないですか。」

    ああ、初めてなのは量じゃなくて会話の内容ってことか。
    言葉の端々から、彼女の元担当トレーナーに対する愛情が見え隠れする。
    そうか、好きだったんだな。
    でもなぁ。

    「まぁ、でもこればかりは仕方ありませんよ。教師とは違っても、トレーナーにとってはやっぱり教え子ですから。それに、ウマ娘とトレーナーは不必要に親しくなりすぎないよう、学園からも注意されてますからね。」

    「そうだったんですか?」

    「ええ、だからきっと、そのトレーナーさんも律儀に決まりと、ウマ娘の……貴女の未来を守ろうとしていたんだと思いますよ。」

    顔も知らない、そのトレーナーの気持ちは、よく分かる。
    目の前のウィスキーの入ったグラスをじっと眺める。

    「ふぅん……。」

    相槌を打つ彼女に視線を移すと、なんだか探るような瞳と視線がぶつかった。

  • 16◆bEKUwu.vpc22/08/21(日) 14:49:24

    「やけに肩を持ちますね?……ひょっとして、あなたも頑張ってスカーレットと距離を取ろうとしてます?」

    「……えーと―――」

    「もう、それは肯定と同じですよ?」

    図星を突かれて反応が遅れてしまったようだ。
    ……まあ、スカーレット本人にバレなければ問題ない。
    信頼関係を壊さず、それとなくウマ娘とトレーナーとの適切な距離感を調整する義務が、自分にはあるのだから。

    でもリボンアートさんには零してもいいだろう。
    それに彼女がトレーナーに対して恋慕の感情を抱いていたならば、少しくらい知る権利くらいあってもいいはずだ。
    自分は彼女のトレーナーではないが、それでも一般のトレーナー達がウマ娘達に対して何を考えて行動していたか、参考程度にはなるかもしれない。

    「数年間ずっと一緒だったんです。そりゃ、彼女のことは大事に思ってますよ。でも、自分は大人ですから。」

    「スカーレット、もう結婚できる年齢ですよ?彼女があなたに恋していたとしても?」

    「……それでも、担当ウマ娘であることには変わらないから。」

    「あなたはどうなんです?スカーレットのこと、どう思ってるんですか?」

  • 17◆bEKUwu.vpc22/08/21(日) 14:50:10

    「……。」

    ここ数年で、子供だと思っていた彼女がいつしか大人の女性に近づいていた。
    トレセン学園の研修で挙げられた例題のように、そしてかつてのリボンアートさんがそうだったように、そういったアプローチも増えてきている。
    でも、それに応える訳にはいかない。
    彼女を手放したくない自分も確かにいる。
    長い間一緒にやってきたんだ。
    大切じゃないわけがない。
    ……きっと自分も、彼女に惹かれているんだろう。

    自ら距離を取るのは心が張り裂けそうだが、大切な彼女のためだからこそ、そして彼女に誇れる1番のトレーナーでいるためにも、これは必要なことなんだ。
    そう伝えることにした。

    「……そっか。分かったわ。」

    「リボンアートさん?」

    どうしたのだろう。
    彼女の瞳から、レース前のスカーレットのような真剣さを感じる。

  • 18二次元好きの匿名さん22/08/21(日) 14:50:21

    支援
    軽い気持ちで覗いたら思ったより気合い入ったSSだった

  • 19◆bEKUwu.vpc22/08/21(日) 14:50:39

    「スカーレット。」

    「え?」

    「私のことは今からスカーレットって呼んで下さい。その代わり、私もあなたのことはトレーナーって呼びます。……お互い胸に想いを抱えたままじゃ、先に進めないでしょう?……だから―――」

    栗毛の彼女が身を寄せる。

    「今夜は、今夜だけは私が……アタシがアンタのスカーレット。アンタはアタシのトレーナー。お互いの想いをぶつけ合って、胸の内を全部、燃やしましょう?」

    一夜だけの倒錯した関係。
    普通じゃない。
    そんなことは分かっている。
    だけど、一人で抱え続けるのには限界を感じていたことも確かだ。
    だからこそ、思いを振り切るために新たな出会いを求めて今回の合コンにも参加したわけだし。
    今夜、今夜だけ。
    明日からはまた、スカーレットにふさわしい、理想のトレーナーに戻ろう。
    そしてもし目の前の彼女も同じ様にすべてを振り切れたのなら。
    その時こそ、自分たちは共に先に進めるようになるのかもしれない。

    そんな諦観にも怠惰にも逃げにも似た感情とともに、店を後にしたのだった。

  • 20◆bEKUwu.vpc22/08/21(日) 14:51:36

    やあ、新薬はうまく機能したようだね。
    委員長君のトレーナーも、彼の嘘を担当にバラさないことを条件に、うまく追加で席を作ってくれたようだ。
    しかし、まさか委員長君本人とばったり出くわして回収されるなんて、彼も運がなかったねぇ。
    下手に口を滑らす前に退場してもらえるのはこちらとしては有り難いが、一体どこから情報が漏れたのやら。
    ハッハッハ。

    そして、君だ。
    まったくトレーナー君、君はもう少し担当やそのライバル以外にも目を向けるべきだね。
    彼女の脚質や才能を見極めるために、血縁のウマ娘は一通り洗ったはずだろう。
    その時に目にしているはずだよ?
    ある青鹿毛のウマ娘のことを。
    だというのに思い当たる様子も見せず、警戒心すらなく普通に話し続けるなんて。
    担当一筋なのはいいことだが、だからこそ気づかなかったんだろうねぇ。


    目の前の相手が一体誰なのか。


    恋は盲目というが、いやはや。

    さて、そろそろ終わった頃かな?
    時間的に、薬の効果も切れる頃合いだ。
    改めて思い知るといい。
    私達ウマ娘の想いが、闘争心が、欲望が、並大抵ではないことを。

  • 21◆bEKUwu.vpc22/08/21(日) 14:51:46

    そして律儀な君のことだ。
    やってしまったことに対して、トレーナーとしての建前だとか、本人すら望んでいない担当の未来だとか、そんなことは脇において責任を取るだろう。
    何、もともと君達ふたりに燻っていた想いが成就するだけだ。
    何も気にせず、幸せになるといい。
    晴れて君は、スカーレット君“だけ”の1番になるわけだ。
    良かったねぇ。

    ああ、それとミカ君だったかな。
    悪いことをしたね。
    でも、スカーレット君が悲しむ顔は見たくないんだよ。
    君も同じ名を持っているかもしれないが、私が優先するのはあくまでダイワスカーレット君だからね。
    なあに、君も彼女と同じ血を引いているんだ。
    いずれいい相手が見つかって、きっと子沢山の幸せな家庭が築けるさ。
    だから、これ以上スカーレット君の邪魔はしないでくれたまえよ?

    さて、今日は急遽新薬の合成をすることになって非常に疲れたよ。
    行く末も見届けたことだし、私もモルモット君に癒してもらうとしようかな。
    スカーレット君と同じくらい、ね。
    ククククッ。

  • 22◆bEKUwu.vpc22/08/21(日) 14:52:06

    おしまい!

  • 23◆bEKUwu.vpc22/08/21(日) 14:53:12

    >>18

    支援ありがとうございます!


    そしてタキオン、いつもすまない……。

  • 24◆bEKUwu.vpc22/08/21(日) 15:55:11
  • 25二次元好きの匿名さん22/08/21(日) 18:38:29

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オススメ

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