- 1二次元好きの匿名さん22/08/23(火) 01:04:40
アンティークの棚から一冊を選ぶ。飾られた表紙を開いて、見開きには栄光の写真。優勝レイと杯を携えて、満員の観衆が背景のツーショット。エリザベス女王杯を制したのももう数年前になる。ページを進めていくと、ワクワクでいっぱいだった日々が映し出される。食堂での一コマ、トレーニング中の一枚、トレーナー室での一幕。私一人の一枚もあれば、友人やトレーナーと写っているものまで。とりとめのない、ありふれたような日常は、私にとって“特別”なものだった。
読み進めていると、いつ紛れ込んだのだろうか、めくった隙間から一枚の紙がはらり、と床に舞い落ちる。腰を屈めて目をやると、手のひらサイズのそれには見覚えがあった。黄色の下地に赤の装飾、「替え玉無料」の文字と、懐かしいお店の名前が記されていた。
「“麺屋極極”、ね……」
今思えば、きっと運命だったのだろう。道案内を頼んだ彼が、私にレースの世界を見せてくれるなんて。彼でなければきっと、どこかで怖気づいて離れていってしまっていただろう。留学条件の変更からお父様の説得、そして私を走らせるためだけに捨てたあれこれ。それだけの覚悟を持って担当を受け持ってくれる人物に出会えたなんて、運命としか言いようがない。
つまんだ紙片をめくると、細かな注意書きが書かれている。利用は一度に一枚まで、サイズは中、などなど。一通り読んだ後、脇に記された数字を見て、思わずため息をついてしまった。
有効期限の欄には、昨日の日付が記載されている。引換券はただの紙切れになってしまっていた。海外のお店に行くなんて外遊のついででくらいしかできないとはいえ、どこか寂しいものがある。それでも仕方のないことだと受け入れて、券を捨ててしまおうと思った、その時だった。
「ファイン、何してるの?」 - 2二次元好きの匿名さん22/08/23(火) 01:05:28
ひょい、と現れた彼が、肩越しに手元を覗く。開かれた一冊と小さな一枚を交互に眺めている。
「アルバムに挟まっていたのだけれど……」
単なる紙と化した一枚をひらひらと振りながら。
「昨日で期限が切れてしまっていたの。どうしよっか」
眉を傾けながら問いかけてみた。どうこうする手立てがあるなんてことはなく、処分してしまうしか道はない。
「……捨ててしまうか、またどこかに保存しておくかしかないかな」
「……そうね。ちょっともったいないことをしたかも」
尾を引かれながらも、いい加減に踏ん切りをつけようと決めた。しかし、彼は思案顔になる。今から何を考えているのか首を傾げていると、彼はふっと微笑みを浮かべて口を開いた。
「そうだ。久しぶりに“ファインスペシャル”でも作ろうか」
その一言で、心にかかっていた霧の奥から光が見えたような気がした。ぱっと振り向いた私の顔は、それまでとは一転して晴れやかなものになっていたに違いない。
「大将には敵わないけど、それなりに修業はしたんだし。まだまだ腕はなまってないと思うよ」
にやりと自信満々な顔。この顔を見せるのは、本当に自信があるときだけだ。
「なら、まずはぜーんぶ日本から材料を取り寄せないとね♪」
「そ、そこからやるの!?」
「もちろん! キミの渾身の逸品を頂きたいもの!」
ころころ変わる表情が面白くて、頬が緩んだ。「ありがとう」と礼を伝えると、彼はこれくらい当然というばかりに歯を見せた。間違いない。運命の出会いだったのだと、改めて心に思った。
引換券はもう一度アルバムに挟んでおくことにした。次に開いて見つけたとき、また彼にラーメンを作ってもらおう。懐かしの、ずっと憶えている味に思いを馳せながら、私は裏表紙を閉じた。 - 3二次元好きの匿名さん22/08/23(火) 01:12:32
- 4二次元好きの匿名さん22/08/23(火) 01:15:41
末長くお幸せに
- 5二次元好きの匿名さん22/08/23(火) 01:17:50
過去に思いを馳せて今の幸せを振り返るのって甘くていいよね……
- 6二次元好きの匿名さん22/08/23(火) 01:19:08
2人の出会いを思い出せる物があるのエモ。それが時間の流れ感じさせてさらにエモ