- 1二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 01:14:24
飲んでいたお茶を噴き出す、というのはいささかマズい行為だ。そもそも汚いし、飛び散って周りに迷惑もかかる。
それが分かっているからこそ俺は必死でこらえた。口内の烏龍茶の奔流は、固く閉ざされた唇によって行く手を阻まれ────勢いそのままに気管へと入り込んだ。
「ヴェホッ、ヴェホッ、ゲーーーホッ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて向かいの席を立ち、背中を優しく擦ってくれたのは、この優雅な昼下がりに突如としてぶちまけられた噂話の被害者仲間────グランドライブのプロデューサーことライトハローさんである。
正直こういうときはバシバシ叩いてくれた方が早く収まるものなのだが、彼女なりの気遣いなのだろう。
「ほら、咳き込んだらすぐ動いたし絶対そうだよー!共同作業ってやつ」
「んね~」
正午過ぎのカフェテリア。こちらを見るなり駆け寄ってきて先述の爆弾発言を行った鹿毛のウマ娘2人は、まるで悪びれる様子を見せない。
彼女たちは謎のネットワークを誇る、学内屈指の噂好きだ。下手なことを言いふらされては困る。
「あのね、どうしてそう思うの?」
「だってだって、昨日2人が商店街で一緒に歩いてるのを見たって友達が言ってたんです!これってデートでしょデート!」
「んね~」
「ないない、絶対ない。確かに昨日は一緒に出掛けたよ。でもあくまで仕事上の用件だから。そうですよね?」
「……ええ」
ハローさんに同意を求めると、何やら意味深な間があったが頷いてくれた。
「ホントかなあ……年頃のウマ娘とヒトミミが歩いてたら間違いなく色恋沙汰だってお婆ちゃん言ってたのに。今だって一緒にご飯食べてるし」
「ヒトミミ言うな。とにかくね、面白半分で言いふらすようなことはやめてくれよ。根も葉もない噂が広まったら俺はともかく、ライトハローさんに迷惑がかかるから」
「はいは~い……なーんだ、乙名史さんにリークしようと思ったのに、東スポのネタにもならなかったね」
「んね~」
残念そうな顔で2人組は去っていった。
何やら恐ろしい言葉が聞こえた気がするが、気を取り直して食事を再開することにする。 - 2二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 01:14:38
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- 3二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 01:15:09
「いやあ困りましたね。最近の子はこれだから……」
「迷惑……ですか」
「え?」
「いえ、なんでもありません。午後も打ち合わせですし、早く食べてしまいましょう」
少し引っかかるが、何事もなかったように数人前の食事に手を付け始めた彼女につられて自分も食べ始める。現役ウマ娘ほどではないが結構よく食べるのだ、この人は。
ライブに関する打ち合わせを終え、その後の担当のトレーニングも終わった。以前ならここから調べ物をしたりレース映像を見たりしていたのだが、今日はもう帰ることにする。
といっても、帰るのは学園のトレーナー寮ではない。人目につかないよう裏門を抜けて、最寄りの駅から電車に飛び乗った。今日は約束があるのだ。
トレセンから2駅。閑静な住宅街にあるマンションの3階の、一番奥の部屋。その選択がなんだか彼女らしいなと思う。特にこれといった理由はないのだが。
ポケットの鍵束の、一番きれいなものをドアの鍵穴に差し込む。かちゃり、と小気味いい音とドアノブの感触は、何度訪れても特別感を感じさせてくれる。
「ただいまで~す……」
玄関のハイヒール、観葉植物。ほんのり漂う甘い香り。トレーナー寮のむさ苦しい自分の部屋とは既に別世界だ。
「お帰りなさい」
来訪に気がついたのか、エプロン姿の彼女────ライトハローさんが廊下の奥からひょっこりと顔を覗かせた。
「もうすぐご飯ですから、先にシャワーを浴びてきちゃってください」 - 4二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 01:15:40
結論から言うと、昼間の噂は本当である。
グランドライブ再開のために行動しているうちにいつの間にか2人で過ごす時間が増え、あとは自然の成り行きというやつだ。
今はプライベートでは休日に一緒に出掛けたりこうやって相手の部屋に泊まるぐらいだが、プロジェクトが一段落ついたらそれよりも先に……なんて考えたりもしている。
さて、汗臭い身体で部屋の中をうろつくわけにもいかない。促されるまま浴室へ直行し、シャワーを浴びることにした。
ウマ娘は鼻がいい。同じシャンプーなんて使ったらすぐにバレてしまうから、2本のボトルのうち、"トレーナーさん用"と書かれた方で頭を洗う。
「着替えはここに置いておきますね」
「ありがとうございます」
ドアの向こうから優しい声。本当に気配りのできる人である。
着替えを済ませて脱衣所から出てくると、ちょうどハローさんが鍋からカレーをよそっているところだった。
「さっぱりしました?」
「ええ。いつもすみません」
「もう、あまり気にしないでくださいね?もう半分トレーナーさんの家みたいなものですから」
半分は俺の家、か。なんだかいい響きだ。本当は寮の部屋にも彼女を招きたいのだが、独身寮に異性の連れ込みはご法度である。そのため、今は厄介になることしかできないのが嬉しくもあり歯がゆくもある。
「さて、ちょうどご飯もできましたから食べましょうか」
カレーライスにサラダ、ミネストローネ。ご機嫌な夕食が始まった。 - 5二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 01:16:05
「この間の話がうまくまとまったんです。協賛という形で援助してくれるそうで」
「本当ですか!?難しいかもって言ってたのにすごいなあ。俺も頑張らないと」
「ふふ、トレーナーさんは逆に頑張りすぎですよ。今はうまくいってるんだから、そのままでいいんです」
帰ってきて食卓についたというのに仕事の話ばかりだが、2人とも仕事が好きなのだから何ら問題はない。
熱が入ってつい食事の手が止まり、やんわりたしなめられて慌てて食べ進めて。楽しい時間というのはあっという間に過ぎていく。
別に大金を手にしたわけでもなければ、燃えるような恋というわけでもない。なんてことのない平凡な幸せ。ただ、それ故に実感が湧くのだ。
「ご馳走様でした。後片付けは俺がやりますよ」
「お粗末様です。いつも手伝っていただいてありがとうございます」
「いやいや、食べさせてもらってるんだからそれくらいしないと」
2人分の食器をシンクに持っていき、そのまま洗い物を始める。
気分がよくなって思わず鼻歌でも歌いそうになったとき、背中をとてつもなく柔らかい感触が襲った。
「今、両手が塞がってるんで」
「分かっています。もし嫌なら引きはがしてください」
「……参ったな」 - 6二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 01:16:15
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- 7二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 01:16:37
背中に顔を擦りつけられる感覚とともに、腰に手が回される。これで逃げようにも逃げられなくなってしまった。
こうやって相手を逃がさないようにするのは、何か不満があるときにウマ娘がとりがちな行動だ。
今、彼女は拗ねているのである。
「……何かありましたっけ」
「昼間のことです。噂好きな子たちに捕まったときの……」
「ああ……」
昼間の光景が鮮明に蘇る。まったく困った奴らだ。
「あんなに必死に否定されると、少し傷ついてしまうんですよ?もしバレてしまったって、私は迷惑なんかじゃないのに」
「今はまだそういう時期じゃないですし、ごまかした方がいいかと思って……その、すみません。許してもらえませんか」
「それは……トレーナーさんのお気持ち次第です」
なんて意地悪な言葉だろうか。そう言うのなら仕方がない。洗い物は、明日にしよう。
回された手をそっとほどいて、逆に彼女の身体を強めに抱き締める。
「ハローさん、じっとしててください」
「はい……」
「本っ当に今は幸せです。仕事の合間を縫ってこうやって部屋に行ったりデートしたり、何よりも充実した時間を過ごせてると思います。本当なら周りに自慢のひとつもしたいぐらいで。でも……」
「でも?」
「独り占めしたいんですよ。大事だからこそ、こうやって2人で過ごしている時間は俺たちだけのものにしたいんです。子供みたいだとは、自分でも思うんですけど」
「うふふ……トレーナーさんはわがままなひと、ですね。でもその気持ちよく分かりました。もうしばらくはこうやって秘密の関係にしていましょうか」 - 8二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 01:17:30
「ところでトレーナーさん」
「はい?」
「その……なんだか恥ずかしいので、そろそろ離していただけると」
「何言ってるんです、自分から抱き着いてきたじゃないですか。それに、抱き心地があまりにもいいので」
ウマ娘の身体というのは、とても弾力に富んでいる。だからこそ人間には無理な前傾姿勢で走ることができるし、あれだけのスピードを操ることができる。そして、現役のウマ娘たちは鍛え上げた筋肉とその弾性が合わさり、まるでバネのような質感を生み出すのだ。
その一方、引退したウマ娘は筋肉の量が減る分、柔らかさが増す。そして年齢の経過につれて女性らしい丸みもより帯びていくようになり……要するに、ものすごくすごいことになる。
「その……体型のことは少し気にしているんですから、あまり言わないでください」
「気になるなら運動しますか。手伝いますよ」
「えっ!?」
個人的には今くらいが適性サイズだと思うのだが、本人が気にするというのなら、少し引き締めるのも悪くないかもしれない。
「あの、運動……というのはやはり……」
「ええ、もちろんです。心の準備は大丈夫ですよね?」
確認を意思を込めて尋ねると、ハローさんは少し顔を赤らめてコクリと頷いた。
そんなに期待してくれているのだろうか。まったく嬉しい限りだ。
「では、寝室を整えてきますね……」
「お願いします。今日は早く寝て、早朝から始めましょう!」
「えっ、あ、朝からですか!?」
「そうじゃないと意味がないじゃないですか。明日は休みですし夕方までみっちりやりましょう」
「トレーナーさんがそう言うのなら、私はその、構いませんけど……優しくお願いしますね?」
期待とほんの少し不安の混ざった上目遣い。なんていじらしいのだろう。これは男としてその想いに応えなければならない。
「任せてください、トレーナーとしての誇りにかけて、あなたを現役時代さながらのバ体に仕上げてみせますから!まずは早朝ランニングから始めましょう!」
「え?ああ、そういう……」 - 9二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 01:19:26
実装前の最後の幻覚ライトハロー神SSになるかな......
- 10二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 01:19:27
翌日、カフェテリア。今日も同じようにハローさんと食事を摂っていると、やはり鹿毛の2人組がやってきた。
「こんにちは~。今日もお熱いですねっ」
「だから違うというに」
「分かってますよぉ……あれ、ライトハローさん、ご飯の量減らしました?」
「ええ、まあ……色々ありまして」
プロポーション管理は運動だけでなく、食事の調整も大きな割合を占める。故に一緒に食事をすることは必要なことなのだ。俺はあくまで同僚としてその手伝いをしているに過ぎない。言い訳の準備は整った。来るなら来い、噂好きども。
「色々って?」
「まあ、栄養バランスなどを考えてです。……あらトレーナーさん、頬にお弁当が」
「あれ、本当ですか?」
じっとしててくださいね、とハローさんの指が口元に伸びてくる。────ひょいっ、ぱくっ。
そんな擬音が聞こえそうな動作で、頬についていたらしい米粒は彼女に持っていかれた。
「はい、取れました。そそっかしいですね、本当に────あ」
ハローさんの視線がゆっくりとテーブルの横の2人に向けられる。
つられてそちらを向くと、これ以上ないほど面白いものを見つけたような顔をしていた。
「やっぱり付き合ってるじゃんか~~~!!!」
「んね~!!!」
腐っても現役ウマ娘。追いかけようにもあっという間に姿が見えなくなってしまった。諦めて椅子に座り直し、彼女と顔を見合わせる。
「……どうしましょうか、トレーナーさん」
「まあ、なるようになるかと……」
トレセン中に噂が広まったのは、その日の夜のことだった。 - 11二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 01:20:36
オワリ。今日で幻覚は終わりなんだ、君たちも僕も実像に手を伸ばす日が来たんだ。
↓前の幻覚
【SS】温泉旅館にて|あにまん掲示板ライトハローさんの語った「グランドライブ再建計画」のために、担当ウマ娘と共に数多のレースとライブを駆け抜けた3年間。関係各所への根回し、PR活動、ライブの価値の周知……完全に廃れたイベントを再開させる…bbs.animanch.com - 12二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 01:24:25
- 13二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 01:28:34
素晴らしい
- 14二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 01:30:30
- 15二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 01:31:29
- 16二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 01:40:40
短編小説みたいで見やすいし話がすっと入って情景がありありと浮かんでくるのすごくいい…
- 17二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 02:21:38
良い、これは良い…
しかし他の人もそうだけど
キャラが判明していないのにイラストとかから想像してエミュ出来るのすごいわ… - 18二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 02:32:36
明日(今日)の夜には温泉旅行の噂まで広がっちまいますねえ
- 19二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 03:29:48
食器洗っていると美人のウマ娘さん(合法)が後ろからおっぱい押し当ててくれるのか…
ちょっと食器洗ってくる! - 20二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 05:50:11
まずカレーライスにサラダ、ミネストローネを作ってくれる美人のウマ娘(合法)を見つけないとな
- 21二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 06:53:34
- 22二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 07:41:52
いいですねえ!
- 23二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 07:55:12
マルおねは24前後じゃろ
- 24二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 10:53:46
待つ楽しみがあるな!