- 1二次元好きの匿名さん22/08/27(土) 20:19:13
「残念ながら、予算も時間も足りないねえ」
「そうか……いや、それはそうだろう。何せ、ロボットの開発なのだから」
生徒会長シンボリルドルフは、ビーカーに注がれた紅茶をちょっと面白そうに、しげしげと眺めた後で飲み干した。
怪しげな実験部屋、その“半分の主”たるウマ娘、アグネスタキオン……彼女にルドルフが相談を持ちかけたのは他でもない、校内の清掃についてだ。
「トレセン学園は美化委員会や掃除当番では支えきれない程に広い敷地と設備がある。風紀委員の活躍を加味しても負担が多いのも事実だ。多事多端、何かと忙しい彼女達を支える、何らかの要素を求めたかったが……」
「ルンバなどの導入は、段差の多い校内には向いていないからねえ……導入するにしても、数がいるわけだし」
「予算も手間も、およそ現実的ではないようだ……諦めてスケジュールの調整に勤しむとするよ」
「ああ、待ちたまえよ。早合点はよろしくないねえ」
まさに猫の手も借りたいという状況。そんな状況で泣きついたことであっても、ルドルフはあっさりと引き下がった。
おそらく、というよりほぼ間違いなく、ウマ娘達に余裕を与える為の穴は、ルドルフ自身の労力で埋められることだろう。
涼しい顔でやってみせ、それを恒常化した末に副会長に苦言を呈される。そんな未来は想像に難くない。
「さて……皇帝陛下にあらせられましては、弱いロボットという理論をご存知かな?」
しかしだからこそ……呼び止め、実験に付き合わせる愉しみが今の皇帝にはあると、研究者は考えた。 - 2二次元好きの匿名さん22/08/27(土) 20:19:40
階下の通路に佇むロボットを、シンボリルドルフは生徒会室から見下ろしていた。
そのロボットは、バケツの身体にキャタピラの脚、みつ目のカメラアイを備えただけ。
ルドルフからすれば失礼過ぎてとても言えないが、お粗末な出来にさえ見えるロボットだった。
しかしルドルフの優秀な頭脳は、以前トレーナーと眺めていた……彼女の数少ない余暇だ……教育番組で取り上げられていた話題を思い出し、これが狙ったものだと悟る。
「思い出した。確か豊橋技術科学大学の、岡田教授が唱えていた理論だったね」
「ご明察さ。まあ、今回の実験の為、センサーはあれより強化しているけれどねえ」
今回用意されたロボットは清掃を目的としている。
しかし彼には掃除を行う為のアームがなく、文字通り手も足も出ない状態だ。単独では空き缶だって拾い上げることはできない。
彼ができることは、ゴミをゴミと識別し、鳴き声を上げるだけ。
現に今も、意図的に捨てられたペットボトルをじっと見つめ、「プボ……」となんとも言えない声を上げている。
「実際に見ると……なんというべきか。敢えて形容するなら、罪悪感が湧くよ」
「可愛いだろう?」
「うん、可愛い。可愛いからかもしれない」
可愛い、可愛いと、ルドルフとタキオンは今流行りのカワイイカレンチャンが放つカワイイとはまた違ったニュアンスの愛で方をした。
誰か拾ってくれないか、ときょろきょろ辺りを見回すロボットに、ルドルフはキュンとくるものがあったのだ。
それは乙女心か、はたまた親心のような庇護欲か。
今すぐに拾いに行ってやりたいが、そうもいかずに階下のロボットを見つめるしかない。
そんなやきもきした感情を誤魔化すために、ルドルフは紅茶を淹れた。タキオン好みの、甘い香りがする紅茶だった。 - 3二次元好きの匿名さん22/08/27(土) 20:20:03
「……え、何これ?」
ロボットが最初に捉えたのは、百年に一度の美少女ウマ娘だった。
ゴールドシチー。モデル業とレースを兼業する優秀ながらも多忙な身であり、少し……友人のシリウスよりはだいぶマシな……気難しいウマ娘だとルドルフは記憶していた。
そんなシチーを視界に捉えたロボットは、じっと彼女の目を見つめて、次いでペットボトルをじっと見つめた。
「……ゴミ箱ロボ? え、でも腕ないじゃん。じゃ拾えなくね?」
「プボ」
「……あぁ、はいはい。アタシに拾えって?」
難色を示すかと思ったルドルフだったが、シチーは何も言わずにペットボトルを拾い上げ、ロボットの胴を作るゴミ箱に捨ててやった。
するとロボットは、のろのろとその機体を前傾させる。まるでお礼を言うようだとルドルフは感じた。
「プボ」
「ん。お礼言えてえらいねー」
まるで子どものようにあしらいながら、シチーは足早に立ち去る。
ルドルフにとっては意外な結果だが、ゴールドシチーの善良さが如実に現れた結果として考えると喜ばしいものだ。
彼女への内心の評価を更に高め、ルドルフは実験の続行を促した。
「思ったより、面白い実験になりそうだ」
「そうだろうねえ。私も楽しみだよ」
タキオンの指示によって、各々のトレーナー達が少し楽しそうにペットボトルを配置し、ウマ娘達は再び観察に戻った。 - 4二次元好きの匿名さん22/08/27(土) 20:20:37
その後もペットボトルをロボットの前に置き、ウマ娘の反応を伺うという単純な実験は続いた。
ルドルフが1番驚いたのは、道行くウマ娘達のほとんどがペットボトルを捨ててほしいと懇願するロボットに、快く協力したということだ。
協力しなかったウマ娘も校則通り静かに走り去ったが故にロボットが気づかなかったというだけで、その数も微々たるものである。
「どうだい。実験のご感想は」
「正直、心慌意乱の想いだよ」
ルドルフはそう苦笑交じりに言いながら、自らが率先して掃除した時のことを思い出す。
その時はみなルドルフの背に続いていたが、終ぞ習慣化することはなかった。
だがこのロボットはウロウロと彷徨い、ゴミと人を見つけ、そして無言で請い願うだけで清掃を成し遂げたのだ。
一日あたりの清掃量はルドルフ達が動く方が圧倒的に上である。しかしこのロボットは意識の改善を促し、ポイ捨ての量を減らせるかもしれない。
これではどちらに血が通っているか、わかったものではない。穏やかな苦笑いの裏で、ルドルフのアイデンティティが静かに刺激されていた。
「予算もこれくらいなら、捻出できる筈だ。まずは六機ほど各所に配置して経過をみたいんだが、どうかな」
「勿論だとも。こちらも何かと物入りだからね、技術料で稼がせてもらうよ」
「是非そうしてほしい」
ひとまずルドルフの方から稟議を通し、生徒会の予算でロボットを発注することにした。
「これならあの薬品が買えるねぇ」と呟くタキオンを見ると、何やらマッド・サイエンティストに餌を与えてしまったような胸騒ぎに駆られるルドルフだったが、それでも彼女がいきいきと何かをしている姿は、ルドルフにとっては見ていて楽しいものだった。 - 5二次元好きの匿名さん22/08/27(土) 20:23:44
「ところで、ひとつ聞いてもいいかい」
「好きに聞きたまえよ。都合のいいことだけを答えるからね」
「ありがとう。……どうしてこのロボットを、私に推薦してくれたんだ?
君の思想からすれば、より性能の高いガジェットを見せてくるかと思っていたんだが」
「なんだ、とっくにお気づきかと思ったんだがねえ」
タキオンは鼻で笑いながら、窓の下でウロウロと彷徨うロボットを見つめた。
次いでタキオンはルドルフの鼻をつまみ、ルドルフに目線を合わさせた。
「私はただ、あんまりにも君があわれっぽく見上げるから、ゴミを拾ってあげただけさ」
それを聞いた瞬間、ルドルフの明晰な頭脳はタキオンの意図を完全に理解した。
タキオンが本当に実験したかったのはウマ娘でもロボットでもなく、シンボリルドルフその人に対してであったということ。“弱いロボット”を通して、ルドルフが自ら努力することよりも、人に頼る方が望む結果を得られると気づくか否かの実験だったのだ。
そう気づいたルドルフは、気恥ずかしげに腕を組み、そして鼻を引っ張られるままに頭を垂れた。
「どうもありがとう、悪辣無比なる科学者・アグネスタキオン」
「どういたしまして、絶対君主の皇帝陛下・シンボリルドルフ」
そうして指を離されて、漸くルドルフはシャンと背筋を伸ばす。
タキオンに相談した頃のような迷走しきった困窮顔はなく、ルドルフは既に赤くなった鼻のまま、柔和な笑みを取り戻している。きっと恐らくは、もう大丈夫だろう。
それがなんだか可笑しくて、タキオンがにんまりと笑っていると、ルドルフは少し不服そうな顔をして、次いで茶目っ気を見せた笑みに切り替えた。
「ああいや、違うな。お礼の言い方を間違えた」
「うん?」
「……ぷぼっ」
「ブッ」
皇帝の奇行はとても効こう。
ルドルフばりのつまらない洒落を思い浮かべながら、タキオンは思いきりむせた。
(おしまい) - 6二次元好きの匿名さん22/08/27(土) 20:24:20
(おまけ)
「ところで、彼らにゴミ掃除をする機能はつけられないのかな。
本懐を果たせないまま頼り続ける運命というのは、なんとも……」
「その場合はアームとセンサーの増設、プログラムの修正があるから……
シャカール君に声をかけても、ざっと予算が三倍になるねえ」
「……頑張って彼らの本懐を遂げさせてあげられるようにするよ、うん」
【あとがき】
助けがないと何もできない〈弱いロボット〉が教えてくれた、いま私たちに足りないこと | 株式会社リクルート株式会社リクルートのVision(目指す世界観)、Mission(果たす役割)、Values(大切にする価値観)を体現する取り組みや人、アイデアを発信。リクルートが注目する社会のトレンドやアイデアも更新していきます。www.recruit.co.jp「弱いロボット」については↑こちらや岡田教授著の「弱いロボット」を御一読なさってください
SCPで有名なアイ・ロボットのネタ元などもこの弱いロボットだったりします
ロボットというとウマカテでは高性能高品質・高戦闘力のものが挙がりがちですが、ポテンシャルが高いウマ娘に対して敢えてポテンシャルの低いロボットを交える、というのも楽しい試みだと思って書きました
実際間の抜けたロボットを通して、ハラハラしたり可愛がるルドルフを書けてとても楽しかったです
まだまだ暑く、長く感じる夏の夜長ですが、少しの慰めになれば幸いです
ご覧いただき、ありがとうございました!
- 7二次元好きの匿名さん22/08/27(土) 20:27:17
おつ。面白い話だった
オチのナンセンスな会長いいな - 8二次元好きの匿名さん22/08/27(土) 20:28:27
ほえ〜面白いSSだった
組み合わせも珍しくて新鮮
感謝いたす - 9二次元好きの匿名さん22/08/27(土) 20:29:56
良かった
プボ君はかわいいなあ - 10二次元好きの匿名さん22/08/27(土) 20:30:19
名作SSだった…
少しなんかSFみたいで好き
なんかプボプボしてきたけど - 11二次元好きの匿名さん22/08/27(土) 20:30:51
俺もプボくんが切なそうな顔でゴミを見つめてたら拾っちゃうわ
- 12二次元好きの匿名さん22/08/27(土) 20:34:51
このレスは削除されています
- 13二次元好きの匿名さん22/08/27(土) 20:51:26
「プボ…」が絶妙に哀愁を誘ってるのが腹筋に悪い
- 14二次元好きの匿名さん22/08/27(土) 20:53:13
ご感想ありがとうございます!
なにか可愛い鳴き声がいいなと思ってあにまん掲示板を覗いていたら、ディープボンド号のスレッドを拝見して大変かわいいなと思ったのであやかりました
ちなみに本家は「モコ」と鳴きます
かわいいですね
- 15二次元好きの匿名さん22/08/27(土) 21:40:14
こんなロボットあるんだ、知らなかった
よちよちしててかわいい - 16二次元好きの匿名さん22/08/28(日) 02:47:23
- 17二次元好きの匿名さん22/08/28(日) 02:53:56
ウワーッ!?ロボットがいる!?
- 18二次元好きの匿名さん22/08/28(日) 02:56:05
絵師だ!囲め!
- 19二次元好きの匿名さん22/08/28(日) 02:58:11
- 20二次元好きの匿名さん22/08/28(日) 03:01:58
すんごい読みやすいしオチも面白かったです
2人のセリフも解釈一致感あってこのまま本編に持ってっても違和感無いのでは?って感じでした! - 21二次元好きの匿名さん22/08/28(日) 03:45:23
ウワーッ!? 寝耳に神絵師!!
よもや絵まで頂けるとは思っておりませんでしたが、気に入って頂ける程のものを書けたようで光栄です!
現実に存在するゴミ箱ロボットくんも丈夫かつ弛めなビニールで覆われていて、シワの加減でちょっと困ってるような顔つきをするのですが、このぷぼくんも困りきったシワがなんともいい表情を見せてますね!
おみみにしっぽ、ひし形の流星もついてちゃんとウマ……ウマ娘を模した造形になっていて、とても愛らしいです!
そんな愛くるしい姿を表す線や塗りも一見するとゆるふわながら、太枠の線で存在のゆるさを強調し、影で哀愁をかきたてるなど、微に入り細を穿つような出来で大変素晴らしいと思いました!
素晴らしい絵をありがとうございます!
- 22二次元好きの匿名さん22/08/28(日) 05:29:10
プボ君は青鹿毛だからもっと黒い方がいいかな
- 23二次元好きの匿名さん22/08/28(日) 06:08:14
ハディまえ…彼はゴミを拾ってもらうことを価値としているよ…
- 24二次元好きの匿名さん22/08/28(日) 06:49:29
プスカ君バージョンもほしい
「プス…」って鳴く - 25二次元好きの匿名さん22/08/28(日) 12:13:43
この辺境でこんな良い話が読めると思わなかった!絵もかわいい…ありがとう
- 26二次元好きの匿名さん22/08/28(日) 12:16:23
こんなん拾ってあげちゃうわ
- 27二次元好きの匿名さん22/08/28(日) 14:24:57
ゴミを散らしそうになると「ぷぼ君がまたぷぼるじゃないか!」って怒りながらゴミ箱に入れてるモブウマ娘君がいたら、これはもう大成功だねぇ!