- 1二次元好きの匿名さん22/08/27(土) 22:52:47
※一応前々作のちゃんこからの続きです
トレーナーさんの地元で過ごすのも今日が最後。学生としては最後の夏、何か特別な思い出が欲しいなあと思っていたけど、トレーナーさんの日程調整は抜かりなかった。
近くの公園で夏祭りがあるんだって!
事前にそのことを聞かされて、あたしはすぐにとびきりの浴衣を用意したんだ。
特注の一品。勝負服とは対になる、和菓子の意匠をこしらえた浴衣。
少し気合いを入れすぎてるかなあ?
けれど、今回のお泊まりはきっと特別になるから。あたしはそんな『予感』めいたものを感じていた━━━
「おまたせトレーナーさん〜!」
「そんな急がなくても━━━」
「ううん、少しでも早く、トレーナーさんに見てほしかったから。どう、かなあ……?」
「━━━あっ、ああ。ごめん、見とれてた。とても綺麗だよ」
「えへへっ♪よかった〜♪」
お化粧だって、いつもより丁寧に時間をかけてやった。トレーナーさんは恥ずかしがって口数が少なくなってたけど、とっても魅力的に思ってくれてるのは明らかだった。
「それじゃ、いこうか」
「うん!……えっと……」
「ああ……僕が案内してあげないと、はぐれてしまうからね」
所在なさげに揺れていたあたしの手と、トレーナーさんの手が繋がる。
絶対に離れないように、あたしは指を交互に絡ませた。
トレーナーさんは何も言わない。あたしも、同じ。
どうしてだか、いつもみたいにたくさんおしゃべりできなくて、ぎこちなく足を踏み出すのだった。 - 2二次元好きの匿名さん22/08/27(土) 22:53:39
「ん〜♪屋台のフランクフルトはたまらないねえ♪ジューシーでボーノ♪」
「わかる。屋台の食べ物って、普段以上に美味しく感じるよね」
「そうなんだよ!はい、トレーナーさんも食べて食べて!あーん♪」
「え、でもアケボノの分が少なくなってしまうよ?」
「今日は屋台を全部回っちゃうからねえ〜。たくさん買い食いするから、分け合いっこした方がいっぱい食べられるんだよ〜♪」
「それじゃお言葉に甘えて……」
出だしは不安だったけど、いざ会場に来てみればすごい活気。祭りの賑やかさに当てられて、緊張も解けていった。
2人並んで歩いて、美味しいものを半分こして、ボーノだねって笑い合う。
ほとんどいつも通りの空気。
でも、大事なことから目を逸らしている後ろめたさを、心の隅で感じていた。
「ふう……食った食った」
「トレーナーさん、焼きそばソースがついちゃってるよ〜?とったげるからじっとしててねえ」
「あっ……ありがとう」
背を屈め、彼の顔を近くで覗き込む。屋台の証明に照らされて、頬が赤く染まって見える。ハンカチで口元を拭い……布越しに、トレーナーさんの唇に触れた。
「あっ……」
「ん?どうかした?」
「う、ううん!なんでもないよ!はい、綺麗になったよ〜」
その柔らかさを感じた時、知らんぷりしていたあたし自身気持ちと目があってしまって……けれどすぐに振り払う。 - 3二次元好きの匿名さん22/08/27(土) 22:54:25
『それ』が欲しくないと言えば、嘘になる。
トゥインクルシリーズ最初の3年の後、あたしがどれだけ走り続けられるか。先は長くないってお医者さんは言っていた。あたしもトレーナーさんもそのつもりだったけど……トレーナーさんが色々手を尽くしてくれたおかげで、奇跡的にここまで走り続けることができた。
棚からぼたもちどころじゃない、人生でもう二度とない程の幸運。
この人があたしのトレーナーさんで、本当によかった。
だからあたしはトレーナーさんが……けれど、まだその想いは伝えられない。きちんと本当に最後まで走りきれたその時にこそ、告げられることだから。
「ラストの花火まではまだ少し時間があるけど、移動しようか」
「ん、どういうこと〜?」
「あっちの方に高台があるんだけど、そこが絶好の花火スポットなんだ。子供の頃に見つけた、僕しか知らない隠し場所だよ」
「ええっ!?ほんとにいいの……?」
「もちろん。アケボノにだけは教えたいと思ったから……今から移動すればちょうどいい時間だ。さあ行こう」 - 4二次元好きの匿名さん22/08/27(土) 22:54:51
再び手を握り直す。
祭りの喧騒を離れ、秘密の高台を目指す。街灯ほとんど無く、着慣れない浴衣と下駄のこともあって足取りはおぼつかない。
けれどトレーナーさんが強く握っててくれるおかげで、安心して歩くことができた。
掌に汗が滲んで、トレーナーさん気持ち悪くないかなと少し不安にもなるけど、たぶんトレーナーさんの方も汗だくなんだろう。
ふたりきりに戻って、またぎこちなさがぶり返してきたのがその証拠。
「……ここからは階段だから、気をつけてね」
「うん……」
ボロボロの石段はどれも不揃いで、足を踏みしめる度に下駄が軋む。恐る恐る、トレーナーさんの手を離さないように━━━
「きゃあっ!?」
「アケボノッ!」
足元で何かがちぎれる音。バランスを崩して前へつんのめり……ギリギリのところでトレーナーさんに抱きとめてもらった。
「怪我はないか!?」
「うん、大丈夫……でも鼻緒が……」
彼の肩に寄りかかりながら、片足立ちになる。まさかこんなところで下駄が壊れてしまうなんて。
「たはは……ツイてないなあ」
こういう時ってどうやって応急処置するんだろう?でも、きっと直してたら時間が過ぎちゃうよね。そろそろタイムリミットだ。
トレーナーさんの秘密の場所、きっと綺麗な花火が見れたんだろうなあ。あたしも思い出欲しかったけど、諦めるしかなさそうかなあ……。 - 5二次元好きの匿名さん22/08/27(土) 22:56:45
「下駄は後で直すから持ってて……しっかり掴まっててよ」
「え?なんのこと━━━」
突然の浮遊感。トレーナーさんの両腕が足と背の下を通り、胸板へとあたしの体が寄せられる。
「えっえっ……トレーナーさん!?」
「首に手、回しててね。いくぞっ!」
これってお姫様抱っこだよね?ことある事にトレーナーさんを持ち運んでいたあたしだけど、まさか逆の立場になるなんて思いもしなかった。
「む、無理はダメだよトレーナーさん!あたし、とっても重いよ?」
けれど、トレーナーさんの足は止まらない。あたしをがっしり抱えたまま、ずんずんと進んでいく。
「知ってるっ……けど、僕だって……ハァ……アケボノと、一緒に……鍛えてっ、来たんだっ……!ハァハァ……!」
トレーナーさんの引き締まった筋肉を感じる。食べてばかりじゃ太るからと、トレーニングに励んでいたのは知っていたけど……言われてみれば、無人島で倒れていた頃から比べると何倍も大きくなった気がする。
あたしくらいの体重の子を抱き抱えられるようになるには、相当な期間鍛え続けなきゃいけないはずで。
それくらい長く、あたしとトレーナーさんはずっと一緒にいたってこと。
「支えてあげられなきゃ……男じゃないだろっ……!」
目が慣れてきて、暗闇の中でもトレーナーさんの顔ははっきりと見えた。
ああ━━━あたしのトレーナーさんは、こんなにもかっこいい人だったんだ。
「……ん」
肩に回す手に力を込める。その激しく高鳴る鼓動を、トレーナーさんに伝えたくて。 - 6二次元好きの匿名さん22/08/27(土) 22:57:34
「ゼェ……間に……あった……」
「ありがとう、お疲れ様だよ〜」
少し開けた高台には、木のベンチがひとつ。遠くの方には、煌々と輝く祭りの会場が見えた。結構な距離を歩いてきたんだと実感する。
ベンチに腰かけほっと一息つく。トレーナーさんの息が整うのを待っていると……唐突にその瞬間は訪れた。
「わあ……!」
空気を震わす爆発音と共に、大輪の花が夜空に咲いた。
視界を埋め尽くすほどの近距離、大きな大きな花火は立て続けに何発も上がっていく。
今この瞬間、この鮮やかな夜空全ては二人だけのものだった。
「……おっきくて、綺麗だねえ」
「フゥ……だろう?どうしてもアケボノと見たかったんだ……ずっと残る思い出になるって思ったから」
「うん……あたし、絶対忘れないよ」
今、トレーナーさんは何を思っているんだろう。
どうしてそんな寂しそうに笑うの?
ううん、わかってる。ようやくこの『予感』に向き合える時が来たんだ。
この日が終われば、春まで息つく間もない。そしてその後は……。
「……トレーナーさん」
「……何かな?」
「改めて、連れてきてくれてありがとう。ほんとに嬉しくて、思い出に残る時間になったよ〜」
「うん、それならよかった」
「けどね、もっともっと忘れないように……あたしと約束、して欲しいんだ」
「約束……?」
トレーナーさんと視線が重なる。その瞳が花火の輝きを反射していた。
「うん、今は言えないことなんだ。だけどあたし、卒業まで絶対走りきるよ!トレーナーさんとここまで来たんだから!それでねえ、ちゃんと最後まで走れたらその時は……またあたしのお話、聞いてくれる?」
「……ああ」
「だけど……ね?でもずっと我慢するのも大変だから……少しだけ、前借りさせてほしいの」
ベンチの上、手が重なる。ごめんねトレーナーさん。あたし、悪い子になっちゃうね。 - 7二次元好きの匿名さん22/08/27(土) 23:18:22
「トレーナーさん━━━」
「え、今なんて━━━」
あたしの小さなつぶやきは、ちょうど打ち上がった花火にかき消されて。
その閃光が、重なったふたりを影にする。
━━━初めてのキスは、焼きそばの味がした。
「ぷは……今は……これだけね?」
「アケ、ボノ……」
「急にごめんねえ。でも、こうすればきっと忘れないから……」
「━━━……ッ!」
びっくりしたのか一瞬止まっていたトレーナーさんだったけど、はっとして掌で一発、頬を叩いた。
「ど、どうしたの……?」
気分を悪くさせたかと一緒不安になったけど、その表情は一転して固く引き締まっていた。
「うん、決めた……僕からも、約束させてほしい」
「……うん」
「僕も絶対に、君を最後のゴールまで導いてみせる。そして必ず、アケボノの気持ちに答えるから」
トレーナーさんはそう言って、あたしの手を取った。
「その時はここに、証を授けるよ━━━」
トレーナーさんの唇が触れる━━━左手の薬指に残る、湿った感触。
今は見えないけれど……世界でいちばん眩しい光が、間違いなくそこにはあった。
「僕も、今はこれだけだけど……」
「えへへっ♪……うんっ、大切にするね」
これで、もう最後が来たって怖くない。
だってレースのゴールは終わりじゃない、新しい道の始まりだから。
「もう少し、ここで一緒が……いいな」
「……そうだね」
特別な夏の余韻は、今すぐ手放すにはあまりにも惜しくて。
彼の肩にそっと寄り添う……繋がりを、失わないように。
夏が終わってレースが終わって、また季節が巡っても……あなたの隣にいられますように。
愛しい熱を感じながら、星空に願いをかけた━━━ - 8二次元好きの匿名さん22/08/27(土) 23:20:17
- 9二次元好きの匿名さん22/08/27(土) 23:20:41
- 10ちゃんこ主22/08/27(土) 23:23:27
あとお知らせという程ではありませんが
古い自作SSから順に渋の方へあげていこうと思います
もし見かけても盗作ではありませんのでよろしくお願いします