- 1二次元好きの匿名さん22/08/28(日) 22:30:45
ツクツクボウシが鳴いている。日が落ちるのが少し早くなった。あの鮮やかなオニユリたちは、いったいどこに行ってしまったのだろう。
「夏の終わりが近付いているわね」
スズカは言う。
「……そうだな」
少し間を置いてエアグルーヴが答えた。
「朝と夜は涼しくなったと思わないかしら」
「……まだ空気はじっとりと湿っているな」
「少しずつ秋晴れの爽やかな風が吹いてくるんでしょうね」
「……あっという間に時雨の季節になるだろうな」
「なんだか不思議。季節が変わっていく感覚はわかるのに、変わった瞬間はわからない。でも、私たちは夏が秋になったことを、いつだってちゃんと理解してる。そんな気がするの」
「……今日はやけに饒舌だな」
「そうかしら? きっとあなたが隣にいてくれているからね」
頬を伝う汗をスズカは指でぬぐった。気温が下がりつつある晩夏の夜、しかし全力で走ろうものなら、まだまだ汗は止まらない。体は燃えるように熱くなるし、だからこそ風を切って走る時の心地よさはひとしおで、夏の醍醐味のひとつとも言える。
「……ああ、そうだな」
傍らで身を投げ出すように仰向きに寝転がっていたエアグルーヴが、のっそりと体を起こした。
「ふふっ。とっても素敵な時間だわ」
「……貴様の門限破りに付き合わされていなければもっといい時間だったがな!」 - 2二次元好きの匿名さん22/08/28(日) 22:31:30
ここにひとつ雷が落ちる。
エアグルーヴが鬼子母神の如く四白眼に睨み目尻を吊り上げ絶叫すると、スズカはまるで見えない衝撃に打たれたように慄き両手を掲げて大きくのけ反った。
「そもそも門限ギリギリに帰ってきたかと思えば私の顔を見るなり背中を向けて逃げ出したのはどういう了見だ! あのまま寮に戻っていればよかっただろう!」
「だ、だって……」
「だってじゃない!」
「え、エアグルーヴが怒っているみたいだったから」
「怒ってない」
「怒ってたわよ」
「説教をしてやろうと考えていただけだ」
「やっぱり怒ってるじゃない」
「何か言ったか?」
「……言ってないです」
スズカの声は段々小さくなり、エアグルーヴの偉容は段々大きくなっていく。
「まったく。夏合宿でも散々走り回っただろう。なぜ戻ってきて早々門限破りをやらかすんだ」
「す、少しだけ走って帰るつもりだったのよ。でも、もう夏も終わりなんだなあって思うと、なんだか名残惜しくって……」
スズカの尻尾がしゅんと垂れ、耳がぺたりと寝る。
エアグルーヴはいつものように腕を組み、指先を額に当てるとため息を吐いた。
「……風情はわからんでもないが、規則は規則だ。きちんと守れ。ずっと言っているだろう」
声色が和らぎ、純粋な気遣いがそこに滲みはじめる。
「努力するわ」
「お前のその言葉をこれまで何度聞いたか教えてやろうか?」
「……」
「何か言え」
エアグルーヴが先に立ち上がり、スズカに手を差しのべた。二人の手はしっかりと握られる。立ち上がるスズカを引っ張って、今度はエアグルーヴが先に駆け出した。 - 3二次元好きの匿名さん22/08/28(日) 22:31:50
約一時間に及ぶ追走(逃走)劇は終わり、二人は寮への帰路をたどる。しばらくエアグルーヴが先行していると、ふいにスズカがこれを追い抜いた。悠々と前を走る背中を見て、エアグルーヴはスズカが本当に反省しているのか疑問に思った。そして反省はしているだろうという結論に至った。その上でスズカは前に出たがるのであり、この悪癖が和らぐことはあっても改められることはないことを痛感すると、妙な笑いがこみ上げてきた。頭痛の種も種には違いなく、芽吹いて花が開くこともあるだろう。花の魅力をエアグルーヴはよく知っている。
一方のスズカは、夏の星座が太陽の光に隠れて空気が澄み渡る季節のことなどを考えていた。すぐに秋が来る。紅葉の鮮やかさに目を奪われていると、たちまち冬がやって来るのだろう。オリオンの明るく輝く夜空の下を、エアグルーヴとともに走る景色を想像する。今度は外出許可を取ろう。スズカは反省していた。ただし走ることを控えるつもりは特にない。
もうじき日付が変わる。そしてその度に季節は移り変わっていく。 - 4二次元好きの匿名さん22/08/28(日) 22:32:47
夏の終わりに門限を破ったスズカを追いかけ回したエアグルーヴが書きたかったんです
そろそろ秋ですね - 5二次元好きの匿名さん22/08/28(日) 22:33:39
気温もがっつり下がってきたよねぇ
- 6二次元好きの匿名さん22/08/28(日) 22:48:23
スズカさんは春夏秋冬いつでも走ってるだろうからな
- 7二次元好きの匿名さん22/08/28(日) 22:51:06
残暑がきついこの頃、爽やかなSSの供給ありがたい
- 8二次元好きの匿名さん22/08/28(日) 23:04:56
涼しくなるまで我慢だなぁ…虫の鳴く音聞きながら夜の散歩するの楽しいんだ
- 9二次元好きの匿名さん22/08/28(日) 23:06:16
素敵だ…
季節が過ぎ行く哀愁と新しい季節がまたやってくる事への喜びが混じった気持ちが伝わってくるようでした
静かに流れていく二人の会話が涼しさを後押しするようで心地よかったです
しかし、もしかしてスレ主さんは以前いちご大福のSSを書かれていませんでしたか…?
違いましたらごめんなさい - 10二次元好きの匿名さん22/08/28(日) 23:12:00
- 11二次元好きの匿名さん22/08/28(日) 23:12:56
スズグルはこういうのでいいんだよおじさん「スズグルはこういうのでいいんだよ」