- 1二次元好きの匿名さん22/09/02(金) 08:59:07
- 2二次元好きの匿名さん22/09/02(金) 08:59:44
こんなやり取り、以前は想像もしていなかった。夏合宿の下見から…と、廊下の奥から騒がしい気配を感じ、身を隠すように別れる。まだ関係を勘ぐられたくは無い。それに正直な所、彼女らは…少し苦手だ。
──あ、◯◯のトレーナー!
──なんかいい匂いすんね?
しまった、軽率だったか。彼を困らせたかも…
──外に出た時、テスターを見つけてね
──なんてヤツ?
──うーん、忘れちゃったな。でも金木犀好きは好きでね(以下理由)
…上手くあしらってる…やはり女の子に慣れてる感が…いやいや。
──でもあんま嬉しそうじゃなくね?
──うーん、いつでも何でも手に入るのは便利で良い事なんだろうけど…今だけの物、という感じが薄れるのは少し寂しい気がしてね
──ふーん、フーリュー?じゃん
──カチカチ ちょっと漢字で書いてみて?
──ヤバ、もう行くわ☆
……気にし過ぎだと自分に言い聞かせ続けたが、その後の指導には身が入らず、担当たちを動揺させてしまった。 - 3二次元好きの匿名さん22/09/02(金) 09:00:18
彼は不在の間のメニューを担当に残し、退勤したその足で、他のトレーナー達と週末の小旅行に向かった。予定通りの事とはいえこのタイミングだ。午後の一件は余計な事だったか…彼と話せないままで、不安と焦りが募る。LANEの画面は夕方のまま。
『戻って来るまで私信は控えます 楽しんで来て下さい』…ありふれた文面に、どこか刺はなかったろうか。賑やかな生徒を避けた態度が公正を欠いてはいないか。同じ感性だと思ったのは自分だけなのでは。彼の心が私から離れはしないか。…
これが他人事なら考え過ぎだと言う他ない。だが、私の中で大きくなった彼は理屈より感情を沸き立たせる。彼に触れた指で己を抱き、夢想に浸る。 - 4二次元好きの匿名さん22/09/02(金) 09:01:06
快適とは言えない、普段より遅い目覚め。私も必要な指示は残してあるが予定など無い。練習を覗いても良いのだが…とても顔を見せる気になれない、彼女らの動揺を重ねるだけだろう。
溜まった家事を少し進めては、彼を思い返す。…本当ならこの週末はずっと一緒だったかも知れない。まだ暑いと言っても、大の男が虫探しに遠出に誘うなんて…自分達の担当とも妙な馴れ合いをしている様子だし、彼もあんな人達について行かなくても良さそうな物だ。
と、そこまで考えて自己嫌悪に陥る。同僚との付き合い位は当然だろう。たかが週末の一回を奪われた程度で…私はこんなに嫉妬深かったのだろうか…。彼と近づくほどに新たな自分を知る。が、喜ばしい事ばかりでは無かった。 - 5二次元好きの匿名さん22/09/02(金) 09:01:39
気持ちを切り替え、持ち帰った作業にかかる。担当たちの報告を元に次の計画を立てる。気付けば外は暗くなり始めていた。…想い浮かぶのはまたしても彼だ。そろそろ帰途についているでしょうか。一人になったら一報入れて欲しい。明日こそは私と…。その時、彼から丸一日ぶりのLANEが入った。
『今から突撃します』……?しばらくの後、玄関から奇妙な音。チリチリ。カシャン。鍵が開けられた。一瞬肝を冷やしたが、ドアから滑り込んで来たのは空き巣狙いではない。管理会社の人でもない。合鍵を使える、一番会いたいその人だ。 - 6二次元好きの匿名さん22/09/02(金) 09:02:14
「どうして今……?」「え、さっきLANE入れたからチェーン外してくれたんじゃ?ちょ、無用心ですよ、それは」端的に言うと、彼らは帰宅の予定を繰り上げた。現地でサウナ等を探して仮眠という、若さ任せの強行軍。加えて夕べは少々お酒が入り、みんな虫を追う気にもならず…まったり観光して今に至る、と。「解散した時思ったんですよ、会えるかなって。そしたら我慢出来なくて…すいません」
ちょっと無計画すぎるとか、追及したい事は思いついたけれども。今この場に来てくれた、それだけで言葉が出ない。隣に座る彼の胸元を掴み、顔を見上げる。「あの…理子さん、怒ってます?」「いいえ。来てくれて嬉しいんです」「僕、今汗臭いんで…シャワー使って良いですか」「私も今日はまだでした」「それじゃ、理子さん先に…えっと」なおも手を離さず見上げる私。戸惑いを見せる彼。両方にとって不意打ちとなる言葉が、私の口からこぼれた。
「……貴方は、私の意を汲んでくれると、思ってます」 - 7二次元好きの匿名さん22/09/02(金) 09:02:54
お互い一日の汗を流した後、彼のお土産を夕飯に頂く。ご当地名物の感想もそこそこに、流しに並んで洗い物。リビングで寛ぐうちに彼が口を開いた。「……その、今日は随分と積極的ですね?」「……貴方が、遠くに行ったから……淋しかったんです」自分自身全く予想外の行動。その原因は彼に押し付ける事にした。いつも新しい私を引き出すのだから、妥当な処だろう。さっきの事も、これからの事も。
「移動で疲れてるでしょう。早めに休まないと……今から帰るなんて言いませんよね」 - 8二次元好きの匿名さん22/09/02(金) 09:03:33
早朝、気配を感じて目覚めた。一旦顔を洗った彼が私を見つめている。「寝顔なんて見ないで下さい、恥ずかしい。早いですね」「出る時に"ご近所"に見られない様にしないとね、お知らせはまだ先でしょう」「……また暗くなるまで居たらどうです、疲れもあまり取れてないのでは?」
またもやの大胆発言に彼は乗ってくれた。互いに薄着のおかげで肌がよく触れ合い、ただ寄り添うのが心地よい。少し日が昇るとうっすらと汗ばんで来たため、クーラーの調整に立つ。表は朝の喧騒が増していた。「もう出られませんね。こんな時、若い子ならゲーム機持ってたり…一日中求め合ったりするんでしょうけど」ワガママで彼を縛った後ろめたさに声のトーンが落ちる。だが私に向けられた言葉は優しい。「休みに何かする決まりは無いですよ。僕はその、こうして理子さんと一緒にいるだけで、幸せなんですが」私はリモコンを枕元に置き、元の位置に戻った。 - 9二次元好きの匿名さん22/09/02(金) 09:04:29
二人で遅い朝食をとりながら、ずっと気にかかっていた事を聞く。一昨日の廊下の一件。「そんなの気にしてたんですか?うーん、もちろん限定感も大事だけど…何だって変わって行く物ですし…僕達の間だってそうでしょう。不満ですか?」そういう質問はズルい。だから私も不躾な事に踏み込む。
「楽しかったですか?」「予定とは違ったけども、楽しめましたよ。…なんか含みがありませんか?」「いいえ。男の人だけで遠出…さぞかし羽根を伸ばせたでしょうね、と」「やっぱり!僕らは誓ってそういう目的じゃ無いですよ!」「冗談です、分かってますよ」少しも不安が無かったと言えば嘘になる。が、今の態度で払拭できた。のだが。
「そりゃ、女の人がいたら出来ない話だって有りますが」「え?」「いや、大した事ではないです」「なんですか、気になるでしょう」「えー…例えば、あくまで例えばですよ?僕一人なら何も思いませんが、連れ立って歩いていて、道端に犬のうん「アッハイもう良いです」」…これは余計な事を言った罰なのでしょうか。 - 10二次元好きの匿名さん22/09/02(金) 09:05:16
二人分の洗濯を回したり(外には干せない)、他愛ない話の合間に触れ合う一日。そして遂に日曜の夜が来た。名残惜しいが明日に備えねばならない。帰り支度を終え、玄関に向かう彼の背中に抱きつく。
「理子さん…」「私…自分がこんなに嫉妬深くて、淋しがりで、面倒な人間だって知らなかった。今だって帰したくない」「僕もです。理子さんとこうなる前は思いもしない事ばかりでした」「もう会う前には戻れません。私を一人にしないで下さい」「こちらこそ。明日も明後日もその先も、僕と居て下さい」
背中に涙の跡を付けた彼が外を見渡し、来た時と同じく、静かに速やかに帰ってゆく。送り出す私はもう、少し前の私ではない。涙も流れない。ずっと一緒だと今は確信できる。ドアチェーンの音が、古い私を切り替えるように響いた。 - 11二次元好きの匿名さん22/09/02(金) 09:06:59
終了 SSスレ立てるの初めてでノリに任せて長文になってしまいました
- 12二次元好きの匿名さん22/09/02(金) 09:32:32
すごく良かった
- 13二次元好きの匿名さん22/09/02(金) 10:16:30
よかったぞ
もしまたスレ立てするならタイトルに【SS】とか入れてくれると助かる - 14二次元好きの匿名さん22/09/02(金) 11:31:08
- 15二次元好きの匿名さん22/09/02(金) 15:03:57
オトナだぁ……
良いですね! - 16二次元好きの匿名さん22/09/02(金) 15:09:03
しっとり樫本さんすごく良かった
- 17二次元好きの匿名さん22/09/02(金) 15:15:02
そっちのせいです とか続くと思いきやこれまた中々……
乙