【ss】機能しない思考

  • 1二次元好きの匿名さん21/10/12(火) 23:03:41

    商店街の南方面。煙草屋の右。コンビニの手前。見知った顔が綻んでいて、その側には知らねェ女。 
     偶々見かけた、いやに鮮明に残ってる一瞬。
     どれだけ走ろうが、頭を回そうが、ブドウ糖を飲もうが、消えない胸のつっかえ。
     じくじくと痛むような、釈然としない感触。

     ───夏合宿中だってのに気ィ抜きすぎだバ鹿

     余計な思考だ。余分な感傷だ。トレーナーの野郎がどんな顔をしようが、どんな奴と関わろうが、付き合おうが、レースに支障がない限り、オレには関係無い。
     それでも出るため息。重たい音だ。そんなものを出す自分に苛立ちを覚えつつ、トレーナーの部屋に向かう。

     早朝5時。窓から見える空は仄暗い青。雲はそれなりに多く、通り雨が来てもおかしくは無さそうだった。

     そんな空模様が写る大窓のついた廊下の先、オレのトレーナーがいる。ラフな格好で、髪を染めてなけりゃピアスもしてねぇけど、さっぱりした顔。
     あいつはこっちに気づいて、嬉しそうな顔をする。
     …それが、どうしても過日の綻んだ顔と被る。

    「おはよう、シャカール」
    「……ぉオ」

     我ながら情けねェ声だ。それでトレーナーの顔は律儀に曇る。今だけはその気配りを恨めしく思う。
     此方に駆け寄る。顔が近くなる。尚更、あの日盗み見た綻ぶ顔が強くなって、じわじわと胸が痛む。
     …考えるな、考えるな、考えるな。
     何も、気にする必要は無い。

  • 2二次元好きの匿名さん21/10/12(火) 23:04:09

    「…調子、悪いのか?」
    「別にそんなんじゃねェよ、…寝起きで喉が開いてねェだけだ」

     言葉では何だって言える。取り繕える。
     けど、身体は違う。
     足は鉛のように重くなっていた。
     頭は計画を立てる事もままならなかった。
     落ちるタイム、焦りが脳を埋め尽くす。
     がむしゃらに走り出す。頭も使わねぇ粗雑な走り。人様には間違っても見せられたもんじゃない姿。
     とうとう、真っ直ぐにも進めなくなる。
     トレーナーの声も、途中から分からなくなっていた。

    「…! ……ール! シャカール!!」
    「───ッ!!」

     ………泣けるなら泣きてェなぁ。

     見なくても分かる。今のオレは無様だった。
     何度も叫ばれて、ようやく止まった脚は、今になって律儀に脳髄へ熱を伝えに来る。
     冷やさなきゃ後がひどくなる。

     …トレーナーがアイシング用品を手に走って来る。

     実感する。気付く。理解する。
     オレはどうやら、自分の思う以上に、あいつに寄り掛かっていたらしい。
     気性難。よく言えば豪快。悪く言えば乱暴。
     封殺したノイズが、ジリジリと目の奥をなぶる。
     つん、とした痛みが鬱陶しい。

  • 3二次元好きの匿名さん21/10/12(火) 23:04:37

    「…今日はもう、休もう。
     これじゃ君の足がもたない…。
     どうしたんだ、…何があったんだ?」

     ああ。そう言うよな、オマエなら。
     自分に非があるって、考えてンだろうな。
     

    「…話せないなら、今は良いよ。
     でも、今日だけは絶対に休もう。
     どの道、脚がもう…」

     無理矢理漕いだ足が、悲鳴を上げている。

    「…問題無ェって…」

     なのに、分かってるのに。
     何を意地になってんだろう。
     何で論理的じゃ無い行動をしているのだろう。
     

  • 4二次元好きの匿名さん21/10/12(火) 23:05:04

    「…今日は休んでくれ〝エアシャカール〟」
    「───ッ…」

     わかってる。念を押すためだと。
     わかってる。ただの強い注意だと。
     わかってる。それ以外の意味は無いと。

     だけど、それでも、強く、事務的に名前で呼ばれた事が酷く喉を締めた。呼吸が本当に止まるし、体に冷や水をぶっかけられたような気さえした。

     突き放されたわけじゃない。
     そもそも他人を突き放せるほど、こいつは冷たくなれない。それは長い付き合いの中で思い知った。
     そう、知ってる筈なのに。
     不安が自分の胸中をぐるぐる回っている。

     子どもじみた迷いだと、一蹴出来れば良かった。

     …いいや、違う。
     子どもじみた、じゃない。
     実際、オレはガキなんだ。
     だから悩んでるんだ。
     
    「………あー…クソ」

     何で今気付いちまったんだか。
     これはもう、誤魔化しようが無い。

  • 5二次元好きの匿名さん21/10/12(火) 23:05:26

    突き刺すような痛みが鬱陶しいし、苦しい。
     傷口を執拗に掻き乱されたような、無いはずの痛み。
     目には見えない。有無を確かめることすら困難。見えない部分が、悲鳴をあげている。

     ……ああ、自分が自分でなくなったみたいだ。
       そしてさらに変わってしまいそう。

     どう変わってしまうのかは、呆れた事に分からない。
     だけど、明らかに今まで通りじゃいられなくなる。
     今の関係も、信頼も、崩れておかしく無い。
     そこまで分かる自分の頭を呪う。
     分かっていながら踏み出そうとする自分を呪う。
     痛みが殊更強くなる。砂糖菓子がじりじりと溶かされて、どろどろになっていくように、心が原型を失う。
     限界も、心も、じわじわと蝕まれる。
     漠然とした危機感と不安が、這うようにせまる。

     それが、どうにも耐えられなかった。

  • 6二次元好きの匿名さん21/10/12(火) 23:06:02

    「……わかった、休む。休むから、これだけ聞かせろ」

     やっと分かったし、本当は分かっていた。
     視界を滲ませるもの。体を重くするもの。
     思考に挟まる致命的なバグ。
     これは、明確な嫉妬だ。
     
     目の前の男が、トレーナーが、
     誰か一人のものになることが怖かった。
     嫌だった、何処かに行って欲しくなかった。
     手放されるんじゃないかと不安だった。
     全く論理的とは程遠い。
     我ながら笑うしか無いほど無様で滑稽だ。

  • 7二次元好きの匿名さん21/10/12(火) 23:06:32

     口を開く。もう後には引けない。
     全てを晒して、ぶち撒けてしまおう。
     もう、どうやったって抑えられない。
     恋人の有無、今日の不調の理由、あの日微笑みを向けていた誰かのこと、どうにかして欲しいと密かに思っていたこと、気性難と付き添った理由。
     気になること、不安と不満、それと好意。

     その全部を、目の前の───「自分だけの」トレーナーに知って欲しい。

    「オマエこの前───」

     …あーあ、もう取り返しつかねぇなぁ。
      オレ、こんなバ鹿だったか?

  • 8二次元好きの匿名さん21/10/12(火) 23:07:30

    このレスは削除されています

  • 9二次元好きの匿名さん21/10/12(火) 23:09:35

    最後に誤投稿しました、すまん。終わりです。
    初めてこんな長い話書いたからところどころおかしいかもしれません。解釈違いだったら素直にすいません…
    しっとりしたというか、重い感じのトレ♂シャカが書きたかったんです…

  • 10二次元好きの匿名さん21/10/12(火) 23:21:06

    ええぇぇぇぇぇぇ続きぃぃぃ………………

    夏の息が詰まりそうな湿り気が文章から滲み出ててとても好きです
    毎日トレシャカに飢えているのでとても助かりました
    ありがとうございます

  • 11二次元好きの匿名さん21/10/12(火) 23:22:31

    最高だよ
    で?続きは?

  • 12二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 08:21:12

    トレーナー依存シャカールは良いぞ…

  • 13二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 19:23:41

    続き期待…わっふるわっふる

  • 14121/10/13(水) 23:19:45

       ◆

    「───煙草屋の前で、誰かといたよな。
        アレ、誰なんだ?」
    「───え」

     先ず感じたのは衝撃。次に得たのは驚愕。
     問われた言葉、強請られた返答は、担当ウマ娘…エアシャカールのイメージから遥かにかけ離れたものだった。
     返答に窮する自分を差し置いて、シャカールは矢継ぎ早に言葉を吐き出していく。

     それが一番の衝撃だった。

     ロジカル、思考に没頭する彼女が時折呟く単語。論理的という意味を持つそれは、正に彼女に相応しい。
     凶暴に見えながら、その実思考にふける頭脳家。
     難のある気性が同居しながらも、緻密に〝走り〟を計画するウマ娘。
     そんな彼女が───今こうして感情やら何やらを吐き出していることが、自分には信じ難かった。

  • 15121/10/13(水) 23:21:46

     彼女が取り乱しながらも羅列した言葉は乱雑で、衝撃的で、何より余裕が無い。
     先日に自分と一緒にいたのは誰か。
     その〝誰か〟は自分にとって何なのか。
     その人を知ってからずっと訳の分からない不安に駆られていて、それをどうにかしたかったこと。
     そもそもどうして自分に付き添って来たのか。
     一つ一つを話す度、彼女は〝らしさ〟を失っていく。
     最後には、顔を手で覆って隠した。
     微かな隙間から見える目は、涙に滲みながらも落涙を見せることはなく、彼女の強さを現した。

    「…もう、わかんねェんだ…あたまン中、ぐちゃぐちゃで、どうしたらいいかも…」

     …トレーナーとしての未熟さを痛感する。
     夏までの長い付き合いで、自分は勘違いしていた。
     僅かな時間で、分かり合っていると思い上がった。

    「…シャカール」

     担当が苦しんでいるのに、自分は…俺は、気の利いた言葉ひとつすら思い浮かばなくて、名前を呼ぶことしか出来ないし、彼女の側に歩み寄るばかり。
     彼女の方が僅かに背が高い。
     格好つかないなと、自嘲しつつ手を伸ばす。

  • 16121/10/13(水) 23:22:08

     浅ましいことながら、今なら手が届くと思った。
     届かない壇上の人が、等身大に見えたのだ。

  • 17121/10/13(水) 23:22:42

     不恰好だけど、髪に触れる。
     労るように撫でる。きっと今まで辛かった。
     ふるり、と力が抜けたのか覆いが無くなる。
     ちょうど、鼻の近くまで手が滑る。
     すん、と空気が吸われる音。
     開いていた瞳孔が、和らいだのを見た。

    「───大丈夫、大丈夫」

     可能な限りの、優しい声。
     自分でもどうかと思うぐらい、緊張でぐらついて、頼りのない発生だったけれど、間違ってはなかったよう。

    「…ッ………」
    「うおっと…」

     肩にかかる重心。悔しげな顔を最後に、彼女は自分に寄りかかって、肩に顔を埋めて表情を隠す。
     もちろん、ここで終わりにはしない。
     トレーナーだから、いやそうでなくとも、ここまで付き添って来たのだ。担当の、相棒の言葉の全ては受け止めるつもりだし、答えるつもりだ。

    「… ちゃんと答えるから、逃げたりも誤魔化したりもしないから、だから…とりあえず、場所を変えよう」
     
     二人きりで、落ち着ける静かな所で。

  • 18121/10/13(水) 23:23:48

    書いちまったよ…取り敢えずここまで
    もしかしたらまた続き出すカモネギ

  • 19二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 23:25:37

    ありがてえ…ありがてえ…

  • 20二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 23:44:17

    >>16

    おっとシャカトレもなかなか湿っぽいな?ええやん

  • 21二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 00:10:54

    あぁぁ重いぃ好きぃぃ……

  • 22二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 00:24:38

    頭の中がグチャグチャになってるシャカールくんは私の性癖にはあっていますよ
    しゅき

  • 23二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 04:23:55

    深夜に見るもんじゃないな…続きが気になって眠れない

  • 24二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 12:33:24

    ありがてぇ
    続きわっふるわっふる

  • 25二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 12:45:31

    シャカトレはやたら細やかな心情の表現が上手な人が多いな?

  • 26121/10/14(木) 20:33:06

       ◆

     誘導されるがまま、オレはトレーナーの部屋に来た。

     …トレーナー寮の部屋とは違い、小物や写真立てが無いせいだろう。内装はほんの少しだけ味気ない。
     海原を眺められる大窓が置かれた部屋の隅には、無難な黒いボストンバッグが置かれている。
     他に目を引くものと言えば、開きっぱなしのパソコンとそこに写る計算ソフト。
     その近場に散らばるルーズリーフには、ここ最近の計測で得たタイムが汚い字で記されていた。

     トレーナーは〝汚い部屋ですまん〟とパソコンを閉じ、ルーズリーフを手早くファイルにしまう。
     その間、オレは手持ち無沙汰になる。
     いつもならない筈の緊張を、深く吐いた息で押し殺しつつ促されるままに、座布団に座った。

     からん、と氷の入ったガラスの音。
     音のする方に目をやると、そこには麦茶が注がれたいつものグラスが置かれていて、片付けを終わらせたトレーナーが机越しに、向かい合うように座っている。

  • 27121/10/14(木) 20:33:45

    「……………」

     オレは何も言えないまま、会釈して飲んだ。

     本当に子どもだと思う。時間が経って、ある程度頭は冷やせたが、喉シャッターが降りたみたいに、何も言えないままで、情けないったら無い。
     そんなオレを見ても、トレーナーはいつも通り。
     オレに何かあったら曇った顔をして、オレが嬉しそうなら一緒にヘッタクソな笑いを浮かべる。
     今日は前者。原因はオレ、自身の感情への脆さを恨みつつも、今この時間を得られた事に充足感があった。

     落ち着いたか? と苦笑い。
     こっちはそれに〝まぁ、何とか〟と掠れた声で。

    「………じゃあ、話そっか」

     肩が、どうしても跳ねる…尋ねた手前、自分勝手なことに知ることを怖がっているオレがいた。
     けど、トレーナーは決して口を止めない。
     その強引さが、今はありがたい。

    「先ずは…煙草屋の時の、あの女の人のことかな」

     同時に、恨めしくもあった。
     本当に、自分でも嫌になるくらいの二律背反。
     相反する願望に体が引かれて、そのまま捻れて仕舞えば楽になれるだろうか、とバ鹿みてェな思考をする。

     現実逃避は無駄なこと。トレーナーの唇が開く。
     何の装飾もない顔が、苦く笑った。

    「あの人は───」

  • 28121/10/14(木) 20:35:01

     自分の心臓の音が煩く聴こえる。過度な緊張。
     机の下に投げ出していた両手が咄嗟に硬い拳を作る。緊張から強張った体が固まる。
     1秒1秒が引き伸ばされた感覚。
     視界は真っ黒で、耳の感覚だけが鋭利になる。
     聞きたくない、けれど聞きたい。
     そんなわけのわからない思考を裂いたのは。

    「学生時代の同級生だ、関係はそれだけ。
     昔の事で談笑はするけど、
     友達というか、知り合い程度の仲だよ」

     自分なんかまだまだフリーの身だよ、と肩をすくめるトレーナーからもたらされた、仮初の、しかし確かな安心だった。

    「そォ…か」

     それでも、大きな安定が胸中に広がった。
     目の前の存在が、まだ誰のものでもない。
     その事実に、気の抜けたため息が出る。
     全身の筋肉と神経が僅かに緩んでいく。

     その間に、トレーナーが続けて話す。
     〝その人を知ってからずっと訳の分からない不安に駆られていて、それをどうにかしたかったこと〟
     〝そもそもどうして自分に付き添って来たのか〟
     指を二つ立てて、答えていない事項を明確にする。
     トレーナーは苦笑して、口から推論を吐く。

    「…シャカールの言う不安と、付き添って来た理由を知りたい気持ちは、多分二つで一つなんだと思う」

     思いもよらない考えに、オレは虚を突かれた。

  • 29121/10/14(木) 20:35:41

    「でも、付き添って来た理由はちゃんと話さないとな……覚えてる? 自分がシャカールの担当に立候補した時」
    「…………忘れるわけねェだろうが」

     呆然としていようが、熱や頭痛で思考が茹だろうが、どうしたってあの邂逅は忘れ難い。
     届かなかった速度、未熟なスタミナ、出しきれないパワーでどう強化してどう走るか、勝利のための式作り。
     そのことばかり考えている中で、こいつはいきなり飛び込んできた。

    「目ェキラッキラさせながら言ってたな、自分を君の作る式に加えてくれって、人混みの中、大声で」
    「シャカールがカッコ良過ぎたから」

     トレーナーは、臆面無くそう語る。
     あの時と、初めて会った時と同じ目で。
     ギラついた貪欲さと、得体の知れない健気さが混ざった目のままで、唇は止まらない。
     オレは止める理由も無く、いつもより耳を尖らせて語られていく言葉を拾おうとする。

     我ながら、必死すぎると自嘲した。

  • 30121/10/14(木) 20:36:32

    ノイズを振り切る在り方も、敗北から式を割り出す貪欲さも、俺の知らないカッコ良さだった。

    もっと見たいと、見続けたいと思った。

    だから、俺にとって、君は憧れで。

    ───何処までも遠い、壇上の人なんだ。

    憧れに、微かでも助力したい。

    あわよくば、その心に深く残りたい。

    邪だと自覚してるけど、それが俺の理由です。

  • 31121/10/14(木) 20:37:44

     …掛け値なしの本音。本人の全部を込めた告白。オレの中に安心と違和感を流し込んだ当人は、僅かに青い顔で笑ったまま此方に〝幻滅した?〟と聞いてくる。
     オレはそれに本気で言ってるのか、と直ぐに返した。幻滅する理由は何処にもないからだ。
     そもそも、それ以前に、こっちはオマエの言葉のせいで聞きたいことが出来た。今度はこっちがまるで確かめるように、いや事実確かめるようにオレは聞く。
     それはもしもの話であり、あり得ないとは一蹴できない不安な要素。

    「……オレがオマエの言う憧れから離れたら?」
    「それは、俺の憧れたエアシャカールが消えた事になる?」

     だが今度は、こっちがすぐに切り返される番だった。これに対する返答は「NO」しかない。
     過去は消えない。今それを持ち合わせてないとしても、いずれその面が再燃する場合だって、あり得ない話ではないのだから。
     だが、しかし違和感は消えず───、

    「まぁ、俺はそんなエアシャカールの中にも、きっと残りたいと思うけれど」

     この言葉を皮切りに、違和感が弾ける。

  • 32二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 20:38:53

    >>16

    ここの描写が素晴らしい

  • 33121/10/14(木) 20:38:53

    「…そんなに残りたいんだったら、壇上って何だ」

     低い声が出る。違和感の正体は、取り残されたような寂しさであり、それ故の憤りだと判明した。
     可能なら、今ここでトレーナーの胸ぐらを掴んで引き寄せたいぐらいだ。
     だって、そうだろう。
     あんな事をきっと本心で語られながら、最後に梯子を外すようにされたら、文句の一つや二つも出る。

    「勝手に観客席に行ってんじゃねェよ、離れてんじゃねェ、オマエもこっち側だろうが」

     …ここで、気付き始めた。

    「オマエは、一番近くでオレを見れンだろうが」

     ここで、やっと、分かった。

     何でトレーナーの元で笑う奴がいて、不安になるのか。それはそいつが、オレの側からこいつを引き離すかもしれなくて、そこだけが明確に分かっていて。

     だから、結局のところ、オレは───トレーナーが離れない理由が、欲しかったってことになる。

    「勝手にオレから離れんなよ…トレーナー」

  • 34121/10/14(木) 20:41:09

     こんな日が来るなんて、夢にも思わなかった。
     憧れが自分を引っ張りに来た。引っ張るつもりが、引き摺り込まれていた。
     ミイラ取りがミイラになる、どころじゃない。
     不安の取れた目で、彼女は強い独占欲の入った目で、自分を、俺を強く〝頷け〟と見つめる。
     申し訳ないけれど、オレの返答は情けない弱音だ。

    「……絶対とまでは、言えないけど」

     不慮の事故やら何やらと、一応リスクはある。絶対なんて大きなものは、不確かなまま使いたくない。
     ましてや、論理的な彼女の前では絶対に。
     だから、自分に出来ることなんて些細なこと。
     そう分かりきった事を考えてから、ボストンバッグに手を伸ばし、その中から一つの小箱を、シックな黒色で主張の弱いロゴマークが入っているそれを、取り出す。

    「その代わりに…これを」

     差し出しれた小箱を、エアシャカールは訝しげな目で見ながらも、恐る恐ると開けた。
     彼女は目を見開く。
     ああ、彼女なら分かって当然の品だから。
     
    「…ピアス…いやでも…」
    「分かる? 良いところの特注品。
     ………ホントは合宿後のご褒美に渡そうかなぁとか思ってたんだけど───今しかないって思った」

     まったく、アクセサリーとは恐ろしいものだ。
     名前を彫るにも大枚を叩かなければならない。
     けれど、驚いた顔と…自覚はないだろうけれど、嬉しげに見開いた目を見れたのだ。後悔は無い。
     そして、此方は一つの要求を。

  • 35121/10/14(木) 20:42:53

    「今付けてるピアス、もらって良い?」
    「は?」
    「あとアイブロウの穴開けってやっぱり痛い?」
    「オイ待て、まさかオマエ…」

     俺の考えていることは、きっと察してもらえた。

    「付けるに決まってるでしょ。
     ……俺は君ので、君は俺のってことで、どう?
     お互いに離れない約束の証拠って感じで」

     そんな暗喩なんかじゃ満足はできないだろうけど、目に見える形の約束なら、多少なりとも不安は和らぐだろう。
     本当、我ながらトレーナーとしてどうかと思う。
     けど、きっと俺達はこれで良いのだろう。

    「…オレもオマエも、同じ穴の狢かよ」

     顔を手で覆い隠すエアシャカール。
     口元は晒したままだが、それはひどく嬉しそうに弧を描いていて、ギラギラした歯が見える。
     ではそのまま眉元へ、手慣れた様子で彼女はこれまでのピアスを外し、一度強く握りしめる。
     自分を刻みつけるように、硬く。

    「無くすなよ、一個しか無ェんだから」

     一個しか、を念を押すように言って、そして───喜色満面の顔で、俺の憧れは銀色の光を此方へと投げつけた。

    「無くさないよ、絶対」

     俺は、届いていた銀の星を強く握りしめた。

  • 36121/10/14(木) 20:43:27

     ───合宿終了からしばらくして、トレーナー寮のとある一室の机上には、一枚の雑誌が開かれたまま放置されている。

    『ジャパンカップ大判狂わせ。
     エアシャカール、最後方からの一着』

     大きく紙面を飾るのは、凶暴な笑みを浮かべてトロフィーを抱えるウマ娘と、そのトレーナーの姿だった。

  • 37121/10/14(木) 20:45:19

    ラストまで突っ走りました
    読んでくださった方、感想を残してくださった方のおかげでここまでいけました。本当にありがとうございました。
    またトレシャカを書けそうになっなら書きます。

  • 38二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 20:45:59

    良い...

  • 39二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 20:47:10

    いぃいやったぜーーーーっ!!!
    めっちゃ気合い入ってんじゃないのさ
    わっふるした甲斐があったぜ
    ありがとう!!!

  • 40二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 21:10:42

    報われる両片想いはいいものだ

  • 41二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 21:11:47

    視点がこうね、こう交互に変わるのがね、もうね

  • 42二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 21:50:12

    最高かよ

オススメ

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