- 1二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 00:04:46
- 2121/10/13(水) 00:05:26
「突然呼び出して、どうしたんだ?」
トレーナーが呑気な調子で私に聞いてくる。
私は単刀直入に、こいつの目をしっかり見据えて、想いを告げた。
「……トレーナー。私はアンタの事が好きだ。一人の女としてアンタを愛している。だから、付き合ってくれ」
『付き合って』の部分を柄にもなく上擦らせたこの告白の返事は、知っての通りだ。
「ごめんフェスタ、君とは付き合えない」
まさか振られるなんて思ってもみなかった私は、前提が崩れ去った心の奥が一気に冷えていくのを感じて狼狽えた。
熱を持ったままの肉体を震わせて、トレーナーに詰め寄る。
「何でだよ……。私はもう学生じゃないんだぜ? 世間体なんて気にする必要はねえ。だから」
「そういう事じゃないんだ」
- 3121/10/13(水) 00:07:57
トレーナーが見せたのは、左手の薬指に嵌めた指輪だった。
小さなダイヤモンドが、陽光を反射してちらちらと輝いている。
太陽に近づきすぎたイカロスもこんな光に焼かれたのだろうかと、そう思う程に残酷な輝きを左手に宿して、この男は理不尽な現実を言語化して私に突きつける。
「俺にはもう心に決めた人がいる。だからお前とは付き合えないんだ。……ごめん」
「待て!!」
走り去るトレーナーを引き留めるべく、私は彼に手を伸ばす。
だが、その手は呆気なく振り払われた。
「あっ……」
私の手を拒んだトレーナーの顔を、今でも覚えている。
恐怖と、取り返しのつかない事をしてしまったという絶望。
その時、もう今の私は教え子でも何でもない、ただの迷惑な女なのだと肌で感じた。
走り去る彼の背中を見送る私の背中に、雫が落ちた。
それはすぐに土砂降りの雨に変わり、街中を濡らしていく。
お天道様でさえ泣けるのに、私の眼からは何故だか涙は出なかった。
それが私達の最後だった––。
––あの日までは。
- 4121/10/13(水) 00:22:26
- 5121/10/13(水) 00:39:10
元トレーナーはまず生ビールを頼んだ。
そこまでは良い。酒の一杯や二杯、誰だって飲むだろう。
だがここから、私は彼の変貌を嫌という程思い知る事になる。
「生ビールおかわり!!」
あの時より少し掠れた声で店員に注文するこの男の飲酒量は、ハッキリ言って異常の一言だった。
アルコールの海に溺死するかのような勢いで次々と酒を流し込む様はまるで死のうとしているようであり、見かねた店員がこれ以上はやめるよう諭してもまるで聞く耳を持たない。
「ふざけんな! この馬鹿野郎!!」
呂律の回らない口で、彼はこれまで私が聞いたこともないような口汚い罵倒の言葉を次々とぶち撒けた。
そして何十杯目かの生ビールを注文しようとした時、とうとう元トレーナーは昏睡して、床に倒れ込んでしまった。
「おい、救急車だ! 救急車呼べ!!」
私はどよめく人々を無視して元トレーナーの元に近寄ると、動かなくなった彼の肩を抱いて立ち上がらせる。
「こいつは私が介抱する」
そう言って居酒屋を去ろうとする私に、店員が代金を払うよう言ってきた。
そいつの顔面に全財産の入った財布を投げつけてやると、私は酔い潰れた男を抱えて自宅である安アパートの一室へと歩いていった。
- 6121/10/13(水) 00:55:15
それから一夜明けて、元トレーナーはようやく目を覚ました。
二日酔いで痛む頭を押さえて呻く彼に、バケツの水を盛大にぶち撒ける。
「ぶわっ!?」
「おはようさん。これで少しは目が覚めただろ」
「その声……フェスタか?」
「そうだ。そしてここは私の家だ」
明瞭になってきた意識で私を認識する彼に今の状況とここまでの経緯を説明すると、男はきまり悪そうに俯いた。
「俺……そんな風になってたのか。悪かったな、恥ずかしい所を見せてしまって」
「気にすんな。昔のよしみだ」
「とにかくありがとう。じゃあ俺、そろそろ帰るから」
「やめとけよ」
帰ろうとする元トレーナーを、私は酷く冷たい声で呼び止めた。
「どうせ帰ってもアンタの居場所はない。そうだろ?」
さも確信したようにそう言ってみせたが、実際はただのハッタリだ。
昨夜の罵声の中に知らない男女の名前が入っていた事から少し揺さぶりをかけてみたが、どうやら私の見立ては的中したようで、元トレーナーの顔が諦観に満ちた自嘲的な笑顔になっていく。
彼はリビングまで戻ってくると、観念したようにぽつぽつと語り始めた。
- 7121/10/13(水) 01:45:57
「……そうだよ、お前の言う通りだ。あの女は二股をかけてたんだ。それで結局は、俺より金持ちで顔のいい男を選んだ。いい世の中だよなぁ、全く」
「ああ、全くだ」
男はしばらく乾いた笑い声を上げていたが、やがて堰を切ったように泣き崩れた。
泣きたいのはこっちだ、と怒鳴りたくなった。
この恋が叶わなくても、拒絶されたとしても、その先でアンタが笑っているならそれでいい。
そう思って吹っ切れたのに。
私は、アンタの選択に賭けたのに。
「……負け犬がよ」
私の中で何かが切れた。
元トレーナーを布団に押し倒し、その細い首に歯を立てる。
酒と鉄の匂いでむせ返りそうになりながら、私は彼の耳元で囁いた。
「次はアンタの番だ。私のここに、消えない傷を付けてくれ」
「フェスタ……」
「賭けに敗れた私達は、どうしようもない負け犬さ。負け犬は負け犬らしく、傷を舐め合って生きていくしかないんだよ」
逡巡の後、元トレーナーが私の首筋に噛み付く。
痛みと同時に、これでようやく結ばれるという充足感が心の奥に湧き上がる。
消えない傷を永遠に舐め合う、歪な繋がり。
でもそれで良いのだ。
だって血の味は、あの日の棒付きキャンディーより甘美なのだから。
賭けに敗れた私達は 終
- 8二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 01:48:17
良スレ、良スレなんだけど…ウマ娘ssなら馬鹿は気をつけようね…
- 9二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 01:49:19
私は好きです!
- 10121/10/13(水) 01:50:49
- 11二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 01:52:51
スゲーいいじゃない。
狂的だが強靭な愛情がある。 - 12二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 01:53:48
やるじゃない…
- 13二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 01:55:24
仕方ないね♂良いssだったのでこれからも頑張れ
- 14二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 02:11:44
素晴らしいSSでした
乙です - 15二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 02:30:43
タイトルがいいなあ、乙