ひとりぼっちの雨宿り

  • 1二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:28:32

    「…………最悪」

    9月になって朝と夜は過ごしやすくなってきたとはいえ、日中はまだまだ最高気温36度を超える日が続く、茹だるように暑い夏。
    まだまだエアコンは手放せなくて、今すぐにでも涼しい部屋に戻ってゆっくりしたいところだけれど、秋にレースを控えているアタシにそんな暇はない。

    だから、だから────

    「こんなところで時間食ってる暇なんてないのに……」

    力強く叩きつける雨に、吹き荒ぶ風────……アタシは突然のゲリラ豪雨に、公園の片隅で雨宿りを余儀なくされていた。

    今日は午後の授業が終わってからすぐにトレーナー室でミーティングがあり、トレーナーと秋のレースのスケジュールについて改めて話し合いをしていた。

    30分ほどでミーティングが終わると、アタシは自主トレを始めた。トレーニングコースは今日は使えないから、学園から少し走った先にある公園の決まったコースをランニング。

    最初は軽く10キロくらい流すだけの予定だったけど、次のレースの距離は少し長めなこともあり、スタミナ強化のつもりでいつもと違うコースを走っていて────そしてこの雨。

    すぐ戻る予定だったから携帯も置いてきて連絡できないし。

    ……そもそも今日は自主トレの日って決めたトレーナーが悪いんじゃない!

    書類仕事があるからとかどうとか言ってたけど、トレーナーだったら担当につきっきりで見るものなんじゃないの?!

    自主トレの時だって普段は絶対見てくれてるし……そもそも自主トレ自体、滅多にないし。

    普段はタイム測ったり細かく指摘したり、ずっと一緒にいるくせに何で今日に限ってこうなのよ!

    そう考え始めたら何だかムカムカしてきた……戻ったらひとこと言ってやんなきゃ気が収まらないわ。

    雨が止んだら覚えてなさいよ……────

  • 2二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:32:26

    「……────って思い始めて、もう30分は経つんだけど」

    ゲリラ豪雨ってすぐやむものなんじゃないの?

    ……今日の天気予報は朝から夜までずっと快晴のはずだったから、完全に油断してた。

    学園を出る瞬間の空は全然暗くなかったのに、走ってるうちにみるみる空が暗くなって、雷まで鳴り始めて────……ついにはこの豪雨。目の前に東屋があったから良かったものの、立ち往生させられてしまってる。

    「……ほんと、最悪」

    何度目かの文句をこぼす。

    最初は雨に向けて。
    2度目からは、今も快適なトレーナー室で書類仕事でもしてるであろうトレーナーへ向けて。
    今のは……もう誰に向けてでもなく、ただ呟いただけ。

    せめて無駄な時間を過ごしたくなくて、休憩スペースのベンチを使って筋トレや柔軟をしていたから、もうどうでも良かったんだけど。

    心ではわかってるけど、なんだかそれを認めるのが少しだけ嫌で。
    誰が見てるでもない、ぶつける相手がいるでもないのに、なぜか怒ってますよアピール。

    目の前にトレーナーがいれば、ぶつけてしまうことができるのに。

    ……って、なに考えてるんだか。

    「こういう時って変な思考に陥りがちよね」

    頭を軽く振って思考をリセットしてから、アタシはまた筋トレを再開した。

  • 3二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:35:39

    「…………で、一時間経つんだけど?」

    雨宿り開始から一時間。

    普段の筋トレメニュー、柔軟メニュー全てをやり通して────……空を見上げても、相変わらずの豪風雨。

    少しもマシになる気配はない。

    「これ以上ここにいてもねー……」

    ここでやれることもやりきってしまったし、財布も携帯もないし、正直言って……暇。

    いつもみたいにトレーナーがいれば話し相手にはなるけど、今日に限って隣にいてくれないし。

    アタシのそばに常にいるのが仕事のくせに……ったく。

    「……なんか、寒くなってきた」

    これだけ長く雨が降れば、暑い気温もすっかり下がってむしろ寒いくらい。

    せっかく運動したっていうのに、身体が少し冷えてきちゃった……。

  • 4二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:36:47

    「……もう走って帰ろうかしら」

    1時間しっかり運動したし、本気で走ったら10分もあれば寮に着くし……────よし。

    ……どうせだったら、実際のレースをイメージしてスタートすれば練習にもなるんじゃない?

    そうと決まれば小石を拾って……目を閉じる。

    脳裏に響く、いつもの実況の声。

    ────ダイワスカーレットがゲートに収まり、各ウマ娘出走準備が整いました。

    小石を空へ投げ上げて。

    地面へ、落ちる瞬間に────

    「行くわよ……────」

    「スカーレット!!!」

    「ひゃうっ!?」

    脚に力を込めて、飛び出そうとした瞬間だった。

    力強く呼ばれたのと、目の前に急に人影が現れた驚きで────何とか踏み留まろうとしたけれど、それもできなくて。

    「わ、ちょっ……!」

    逆に無理に留まろうとしたから、つんのめってしまって……その人影を巻き込んで、前に倒れ込んでしまった。

  • 5二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:37:56

    「す、すみません……」

    起き上がりながら、その人へ声をかける。

    その人のおかげで痛みはなかったけれど、押し倒してしまった相手は怪我してるかも────

    「……怪我してない? スカーレット」

    「えっ…………トレーナー!?」

    アタシがぶつかって押し倒してしまったのは、アタシのトレーナーだった。

    二人して雨の中、地面に倒れ込んで……って、まずいまずい!

    「と、とりあえず起きなさいよ……!」

    「ああ、ごめんごめん」

    彼の手を掴んで起き上がらせて屋根の中へ連れ込む。

    立ち上がった彼は手で衣服を叩き、付着した泥や水を払っていく────

    「……どうしてここに?」

    頃合いを見計らって、アタシは疑問を口にする。

  • 6二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:39:56

    こんな傘も意味のないような大雨の中、走って探しに来るなんて……どこもかしこもびしょ濡れじゃない。

    それに書類仕事、あるんじゃないの? 忙しいから自主トレになったはずなんだけど。

    「あるけど、それよりスカーレットのことが心配だったから」

    「心配って……別に、雨が降ったからって心配されるほど子供じゃないわよ」

    「携帯もトレーナー室に置きっぱなしで出て行ったくせに何言ってんの。めちゃくちゃ心配したんだからね」

    「そ、それは……ごめん」

    「……反省したならよし。と言ってもゲリラ豪雨だし仕方ないとこはあるけどね。でも見つかってよかった」

    トレーナーはそう言いながら、ぶつかって吹き飛ばしてしまった傘を取りに行く。

    「……1時間も雨宿りしてた」

    「ごめん、すぐに見つけられなくて。雨が降り始めてすぐに出てきたんだけど……」

    アタシの文句を、傘を拾って戻りながら答えるトレーナー。せっかく服についた雨水をはたき落としたのに、また濡れちゃって。

    ばかみたい。

    「まあ……むしろよく一時間で見つけられたわね。いつもと違うコースだったのに」

    「ミーティングでもスタミナが不安だって言ってたから、違うコースなんじゃないかと思ったんだ。おかげで時間はかかったけど……見つけられてよかった」

  • 7二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:41:57

    「公園にいなかったらどうするつもりだったのよ」

    「どうするもなにも、見つかるまで探すつもりだったよ」

    「……ふーん」

    見つかるまで、なんてばかみたい。
    今だってアンタが来るのがもう少し遅かったら、走って帰って……入れ違いになるところだったんだから。
    そうしたらまたアンタはアタシを探して走り回るの?

    アタシよりも体力ないくせに。

    アタシよりも非力な人間のくせに。

    そのくせに、雨の中を走ってアタシを探しに来るなんて……ホント、ばかみたい。

    ……尻尾が勝手に動いちゃう。

    なんで今動いたりするのよ……なんか喜んでるみたいに思われるじゃない!

    「じゃあ帰るわよ!」

    「え!? う、うん……え、怒ってる? 遅くなったから……?」

    「怒ってないわよ!」

    別に怒ってなんかない。さっきまでは怒ってたけど、迎えにきてくれたからチャラにしといてあげる!

    絶対そんなこと教えてあげないけど! せいぜいアタシのご機嫌をとってもやもやするといいわ! ふんだ!

  • 8二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:43:16

    「で、傘は?」

    「ああ、これ………………、…………一本だけですね」

    「はぁ〜〜〜!!? この大雨の中を傘一本で帰るわけ!?」

    一人一本でもびしょ濡れになっちゃうくらいの豪雨なのに、ちょっと大きめだとしても一本の傘を二人で使ってまともな状態で帰れるわけないじゃない!

    「ご、ごめん! うわ、どうしよ……焦って飛び出してきたから……」

    明らかに慌てた様子のトレーナー。言っていることは嘘じゃなさそう……────ったく、しょーがないんだから。

    「仕方ないから二人で────」

    「スカーレットが使いなよ。俺、濡れて帰るから!」

    「……は?」

    「女の子が身体を濡らすのは良くないからさ! 先に走って戻ってるから、あとでトレーナー室で合流を────」

    「はあ……ばかじゃないのアンタ」

    「……え」

    「二人で使うわよ、これ」

    「え……?」

  • 9二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:44:02

    「なに? 嫌なの?」

    「い、嫌じゃないけど……というかほら、男と二人で相合傘は優等生的に……」

    「そもそもアンタが一本しか持ってこなかったのが悪いんでしょ。それにアタシが良いって言ってるんだから良いの」

    「……じゃあ、お願いします」

    渋々了承したトレーナーと共に、一本の傘をさして歩き始める。

    「もうちょいそっち寄りなさいよ……濡れちゃうでしょ」

    「ご、ごめん」

    「今度は寄りすぎ! アンタが濡れるから」

    「う……うん」

    ばちばちと傘を叩く強い雨音は落ち着くことを知らないみたいで、むしろさっきまでよりどんどん強くなっているような気すらしてくる。

    当然、周りには誰もいない。

    少し大きめの傘に、無理やり身体を割り込ませた────……二人だけの空間。

  • 10二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:44:38

    「寄っても寄らなくてもどっちかは濡れちゃうよ。スカーレット、俺は良いから」

    「も〜っ……」

    大人用の大きな傘とはいえ、それでも二人で使うにはやっぱり狭い。

    アタシが寄れば彼が濡れ、彼が寄ればアタシが濡れる……あと少しだけ広ければなんとか濡れずに歩けそうなのに。

    ────……仕方ない、か。

    そうよね、仕方ないことよ。

    これは不可抗力、濡れないための苦肉の策。

    「え、ちょっとスカーレット!?」

    「……なによ」

    「な、何ってそれはマズイだろ!」

    「マズイって……な、何がよ」

    「い、いや……う、腕組むとか……さ」

    「でもこれなら二人とも濡れないでしょ!」

  • 11二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:45:11

    そう、これは仕方がない。

    肩をぶつけ合って歩けば、濡れてしまうから……その分を詰めればいいだけ。

    彼の腕にアタシの腕を絡めて、腕一本分の距離を詰めれば、ギリギリ二人とも濡れずに済む。

    「そ、そうだとしても……」

    「雨で濡れて冷えてるの。こうすれば温まるでしょ?」

    「で、でも誰かに見られたらどうするんだよ……」

    「別に……理由があるんだから、言い訳はできるじゃない」

    「で、でも」

    「いいからこれで行くの!」

    「わ、わかったよ……」

    完全には納得いかないまでも、なんとかトレーナーに了承させることはできた。

    あとは……まあ、ゆっくり歩いて帰るだけ。

    この雨なら、誰かに見られる心配もないし────きっと学園に戻るまではこのままでいられるはず。

  • 12二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:46:12

    「……」

    ちら、と視線をあげ、トレーナーの顔を伺う。

    視線がそわそわと動いて落ち着かない様子。顔も少し赤くなってるような……────やばい、また尻尾が動いちゃう。

    ……まあ、いっか。

    少しくらい浮かれても……ね。

    雨の中を、ゆっくり歩いていく。

    「……アタシが心配なら、ちゃんと常にアタシのこと見てなさいよ?」

    「そうするよ。もう心配したくないしね」

    「こんど一人で自主トレなんてさせたら、もっと心配させてあげるんだから」

    「それは勘弁してほしいけど……まあ頑張るよ」

    「ええ、しっかり頼むわね! ……そういえば昨日の話なんだけど────」

    「へえ……商店街にそんな店が────」

    「でねでね、今度アンタも────」

  • 13二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:46:31

    一歩ずつ一歩ずつ。

    彼の温もりを感じながら。

    心の中で、少し長いコースを選んだことに喜びながら。

    少しでも、この時間が長く続くことを願いながら。

    雨と傘で区切られた二人だけの空間を楽しみながら、学園へと歩いていく。

    ゆっくりと、ゆっくりと。

  • 14二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:47:16

    おしまい
    お目汚し失礼しました

  • 15二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:47:50

    あっ…(灰化)

  • 16二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:49:18

    これはいいものだねぇ。末は芥川賞だねぇ。

  • 17二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:55:42

    死にかけていた妹が息を吹き返しました
    ありがとうございます!

  • 18二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:56:11

    好き!!!!(大声)

  • 19二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:56:45

    ダスカファンワシ、感涙

  • 20二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 23:04:57
  • 21二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 23:12:30

    >>20

    どれも素晴らしいやん……

    無理せず毎秒書いて♡

  • 22二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 23:27:12

    素晴らしいダスカのエミュ…
    難しくないのかなダスカ

  • 23二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 23:54:29

    初SSから才能に溢れすぎてる

  • 24二次元好きの匿名さん22/09/06(火) 01:15:32

    ダストレの甘酸っぱいイチャイチャは万病に効くんだなこれが
    寝る前にいいもん見れたわ 

  • 25二次元好きの匿名さん22/09/06(火) 06:35:47

    朝から元気もらいましたわ

オススメ

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