- 1二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:48:22
夕食後の空き時間、寮のキッチンにて。焼き上がりの合図でオーブンを開けると、頬がにやけたのを自覚した。飛び出してくるバターの香りをいっぱいに感じるこの瞬間は、至福のひとときと言っても過言ではない。両手にミトンをはめて、火傷をしないよう注意しながら金型を取り出す。完成品を型から外して網に載せ、熱と蒸気を逃がす。
綺麗に膨らんで、焼き目のついたマドレーヌ。これを作るのも、もう何度にもなっている。基本的な焼き菓子なのだから、レシピに従えば失敗するなんてことはない。ささやかながら、分量外の愛情を込めるのも忘れずに。
頭の中にルームメイトを思い浮かべながら、お皿に冷ました菓子を並べていく。友人に配るぶんを取り分けても、二人で食べるには十分な量。カロリーが気になるが、それも加味して食事やトレーニングメニューは調整済み。彼女のほうも問題ないと把握している。
「……ふう」
一呼吸置いてから、手帳を開いた。睡眠時間も考慮してある。密な間隔にもなっていない。機を見て切り出すだけ。
胸の奥で渦巻くのは、これから起こることへの期待とちょっとした緊張感。これまで断られたことなんて無かったのだし、今回もそんなことはないだろうとは思っている。それでも、計画立てているとはいえ、行動に移すのには勇気が必要なものだ。
マーブル模様の心を落ち着けるべく、ううんと首を振った。まだ、まだ時間はある。目の前の器具を見て、ひとまず後片付けにかかることにした。
「ただいま戻りました」
お皿を片手に自室の扉を開く。ルームメイトはお風呂上がりのようで、頭にタオルを巻いた肌着一枚でベッドに座っていた。彼女の視線は小さな画面に向けられている。何を見ているのだろうかと考えていると、彼女の耳がぴくりと動いた。
「フラッシュさん! おかえり~……」
彼女はスマートフォンを伏せて頭を上げる。すると、何かに気づいたように目を瞑って鼻先を突き出した。うーん、と首をひねって数秒。ぱちりと目を開くと口角を上げた。
「フラッシュさん、お菓子焼いてきたでしょ」
彼女の元へ歩み寄り、お皿をサイドチェストの天板に置く。向けられた眼差しには、興味以外の色も含まれているように感じた。
「やっぱり! 思った通り、マドレーヌを焼いてきたんだね☆」 - 2二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:49:12
彼女は匂いだけで何のお菓子を作ったのかを言い当てることができる。匂いはするのにお菓子そのものがないなんて日には、機嫌を損ねてしまうこともある。それも可愛らしいと思うものの、最近では他の用で作るときも彼女の分まで材料を用意するのが常になっていた。
「ええ、是非ファルコンさんに召し上がっていただきたくて」
彼女のベッドの縁に腰を下ろす。こぶし三つ分の距離。おかしなことは何もない。普段と変わらない距離感。
「わぁ~ ありがとう! じゃあ早速――」
伸ばされた手は、ぴたりと止まると引っ込められた。そのまま肩の横から顔が乗り出されて、吐息がかかる距離で口が開く。すぐそばにある顔に、息が詰まる。
「……そうだ! せっかくだから、フラッシュさんに食べさせてもらおうかな☆」
「……子どもじゃないんですから、自分で召し上がってください」
「え~? フラッシュさんのけち」
彼女はつん、と頬を膨らませる。躊躇いもあったが、彼女の頼みを断れるはずなんてなかった。逃げるように手元に意識を移して、お皿からひとつを手につまんだ。指先がわずかに震えている。目線をまた横に戻すと、彼女は「あーん」と口を開けた。手に持ったそれを、無防備な唇の隙間に差し入れた。
「んん! おいひい!!」
「……食べながら話すのはお行儀が悪いですよ」
小さなあごが上下して、喉がごくりと動く。再び口が開いたのを確認して、残った欠片を差し込む。白い歯がふわふわの生地を千切る。
「ん~ はふがふはっふはんはね!」
「ファルコンさん、お行儀が悪いと言いましたよ」
叱るような言葉は刃先が全く鈍っていて、ただの照れ隠しのようになっていた。自作のお菓子で喜んでくれるという事実が、心を波立たせる。一口大になった残りを差し出すと、彼女はよく味わうかのようにゆっくりと咀嚼して、頷きながら嚥下した。
「もうひとつ、召し上がりますか?」
わずかににじり寄って、距離を詰める。こぶし一つぶんの間合い。少し動けば肩が触れ合う位置。
じっと目を見つめながら問いかける。彼女はこちらの顔と手元を交互に見ると、口元に弧を浮かべた。 - 3二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:50:27
「じゃあ、こっちを頂こうかな☆」
「え――」
意味を理解するよりも早く、先程までお菓子を持っていた人差し指が掴まれる。指は口元に運ばれて、瞬く間に彼女の口内に捕らえられていた。
爪の先が舌でつつかれる。こそばゆいような感覚に震えていると、さらに強く吸い付かれて、奥にまで呑み込まれる。
「ファルコンさん……っ!」
熱と弾力と粘り気が絡みつく。指に残った油を舐めとるように、輪郭をなぞるように、舌が隅から隅までを塗りつぶす。ざらついた質感と甘噛みの刺激が襲いかかる。
わずかな時間のはずなのに、何時間も続いているかのように思えた。一通り満足したのか、ようやく咥えられた指が解放される。唾液が纏われて、てらてらと光っている。皮膚が少しふやけている。
「ファルコンさん! いったい何を――」
「フラッシュさん。とぼけなくていいのに」
額がぶつかりそうなくらいに肉薄される。隼の目が意識を射抜く。
「フラッシュさんがマドレーヌを焼いたときって、“そういうこと”がある日だもんね?」
顔に手を添えられて、細められた目から逃れられなくなる。こんな事態、想定なんてしていない。
「お菓子を焼いてくれた日に多い気がして、気になって調べてみたんだ。マドレーヌって、貝がモチーフになってるんだね」
頬を撫でる指が、唇にまで滑らされる。その指先が唇の縁をなぞって、歯列を撫でる。
「だからフラッシュさん自身の合図にしてたんだね。……フラッシュさんって、実は結構えっち?」 - 4二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:51:39
一瞬にして全身に熱が回った。せめてもの抵抗で手を振り払った。荒ぶる呼吸を抑え込む。
「そんなことは――」
言い終わる前に両肩を掴まれていた。視界がゆっくりと上を向く。彼女の影が世界を覆う。
「いいんだよ。ちょっとえっちなフラッシュさんも好きだもん」
「……っ」
彼女はこちらを見下ろしながら、髪をまとめていたタオルを外した。わずかに湿った栗毛が下ろされて、鼻先をかすめた。トリートメントの芳香が広がって、思考が彼女に染められていく。
「どんなフラッシュさんも、私は大好きだよ」
「ファルコン、さん……」
好き、という言葉が鼓動と同期する。ライブで歌をさえずる唇は私だけに向けられていて、私のためだけの言葉を紡いでいる。
「……どれくらい、予定してるの?」
「……いち、じかん、です」
溺れ行く意識を引き留めて、なんとか返事をした。彼女はふう、と息を吐いた。額がそれを受け止める。痺れるような感覚を覚えて、ぎゅっと瞬きをした。もう一度彼女の姿を捉えたときには、彼女は猛禽の目をしていた。
「じゃあ……もっとぐちゃぐちゃにしちゃおう☆」
その宣言とともに、一気に唇を奪われた。暖かくて、柔らかくて、とろけるようで。彼女と砂糖が混ざりあった、中毒になりそうな味がした。 - 5二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:58:16
前作
期限切れの替え玉無料券|あにまん掲示板 アンティークの棚から一冊を選ぶ。飾られた表紙を開いて、見開きには栄光の写真。優勝レイと杯を携えて、満員の観衆が背景のツーショット。エリザベス女王杯を制したのももう数年前になる。ページを進めていくと、…bbs.animanch.com以前に見たスレで「お菓子の匂いが合図になってるといいよね」とあったのがきっかけで書きました 思ったよりもねっとりしたお話になってしまった
普段はフラファル派だけどファルフラもこれはいいものですね
- 6二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 22:59:18
ちょっといきなりファルフラ村が核爆撃を食らったんだが?
ありがとう - 7二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 23:09:30
いいファルフラでした…
- 8二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 23:18:56
- 9二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 23:24:08
えっち…
- 10二次元好きの匿名さん22/09/05(月) 23:25:22
ギエッ(断末魔)
ありがとう…良いファルフラを読めた…!(遺言)