(曇SS)お兄ちゃんは──耐えられなかった。

  • 1二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 22:39:48

    ──カレンチャンは朝から少し憂鬱なカワイイだった。
     以前から決まっていた、お兄ちゃんことトレーナーの有給休暇。帰省らしい。
     今頃彼はもう実家に着いているだろうか。お兄ちゃんがいないからと言って練習の手を抜くカレンではないが、合間合間にはやはり気になってしまいカワイイに欠けていた様に思う。

     昨日の練習の後のお兄ちゃんは緊張と喜びの混ざった、初めて見る表情をしていた。その顔の示すところにカレンは薄々勘づいていた。

    (帰ってきたら...お祝いしなきゃ、だよね)
    ──カレンチャンはその夜憂鬱だった。

     そして翌日、夕方。2日早くお兄ちゃんが帰ってきた。
     練習を終えたカレンは確かに視界の端にお兄ちゃんを捉えたが、お兄ちゃんは踵を返して走り去ってしまった。
     一声もかけない事、施設内で走る事。平時では見られない姿にカレンは慌ててお兄ちゃんを追った。代理を買ってくれた桐生院トレーナーを置き去りにしてしまったが、去り際のお兄ちゃんの顔を見ては居ても立ってもいられなかった。

    「お兄ちゃん?」
     トレーナー室をそっと開けると、いつもの背中が所在なさげに立っていた。強い西日で影法師に存在感が負けて今にも消えてしまいそうだった。

  • 2二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 22:40:01

    「ああ、カレン。驚かせちゃったかな」

     どちらともなくベンチに腰かける。カレンチャンが近寄りながら、その分トレーナーは離れながら座る。カワイイを心いっぱいぶつける、いつもの距離。
    「あ、うん...お兄ちゃんどうしたの?」
    「予定が早まってね。実家でする事もないし、カレンが気になって見に来たんだ」
    「そうじゃなくって」

    「お兄ちゃん、だいじょうぶ?」
    俄にお兄ちゃんは体を硬くした。

    「なかなか酷い失敗をしてしまってね」
    「お兄ちゃん」

     少しカワイイに欠けるがお構いなし、膝立ちになってお兄ちゃんの両肩を掴んで目を合わせる。ひどい顔をしていた。

    「大したことないみたいに言わないで」
    「カレンが捻挫を誤魔化してた事に気づかなかった時も、タキオンさんのトレーナーさんと一緒に光らされた時も。そんな怖い顔、したことなかったよ?」

     そのまま強引に体ごと下を向かせて、お兄ちゃんの額はカレンチャンの肩の上に押し付けられた。
     2人の体の距離はいつものまま、カレンチャンの影法師にすっぽり収まった。

    「カギ、閉めたから。誰も来ないよ」
    「辛いこと、あったんだよね」
    「全部、秘密にするから」

    「お兄ちゃん、いいよ?」

  • 3二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 22:40:52

    ──お兄ちゃんは、耐えられなかった。

    ひどい、酷い裏切りを受けたこと。約束を破られたこと。自分を軽んじられたこと。仕事をバカにされたこと。味方する人はおらず、反論すればする程追い詰められたこと。愛バを侮辱されたこと。

     耐えかねて吐き出した。カレンが誰かを恨まないようにと、名前は出てこない断片的なもの。それでも傷の大きさにカレンチャンも打ちのめされた。

     頭の奥で邪なカワイイが囁いた。今彼の心の傷をカレンで埋めてあげれば、きっと立ち直る。そして彼はずっと私のお兄ちゃん。
     芯のカワイイはそれを拒んだ。その時私の隣にいる彼は、心に穴が空いたままの彼。それは彼を幸せにできていない。

     何よりカレンチャンは、お兄ちゃんに元気を取り戻してほしかった。
     

     だからカレンチャンは──耐えた。同じ悲しみを、少しだけ共有する味方でいたかった。

  • 4二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 22:42:01

     1ヶ月ほど過ぎて。
     一時期元気がなかったカレンチャンのトレーナーは、吹っ切れたのか元気にやっている。
     物憂げにしていたカレンチャンもすっかり元の調子を取り戻し、カワイイを振り撒いては時折お兄ちゃんをデートに引っ張っている。


     カレンチャンは既に気付いている。お兄ちゃんの視線にこれまでとは違うものが混ざっている事。少しだけ、距離のとり方が変わった事。
     お兄ちゃんも気付いている。いつもの「デート」に込められた想いに。

    でもどちらも、その事は言わない。
    あの夕焼けの日は2人だけの秘密だから。



    ────お兄ちゃんは耐えた。
    カレンチャンのやる気が上がった。

  • 5二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 22:46:09

    良い…

  • 6二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 22:46:59

    桐生院「カ、カレンチャンさん!?どうし──」
    ミーク「追うな、桐生院」

  • 7二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 22:47:25

    >>6

    ミークお前どうしちゃったんだよ

  • 8二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 22:48:57

    素晴らしい文章をありがとう。

    >>2

    2人の体の距離はいつものまま、カレンチャンの影法師にすっぽり収まった。

    →これ凄く好き。情景的で且つ情緒的。

  • 9二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 22:49:21

    最近耐えるお兄ちゃんばっかじゃねえか!カレンチャンの魅力が足りないみたいでモヤるんだよ!

    というお気持ちレスを見てインスピレーションを得て初SSに挑んでみたかっただけで無敵のお兄ちゃんの心を破壊したかった気持ちは少ししかない。

  • 10二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 22:58:40

    >>6

    すげえカッコいい

  • 11二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 23:24:07

    照り付ける強い日差しから守るために暗い影に包むので、受けた傷を癒すために後ろめたい関係になる事暗喩してるんだろうか高尚過ぎて読解力足りない自分を恨む。
    なんにせよいいカレトレを見せてもらいました感謝。

  • 12二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 23:27:17

    >>9

    いいぞいいぞ!!

    お兄ちゃんは強いからちょっとだけなら壊してもいいよね♡

  • 13二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 23:53:53

    お兄ちゃんタキトレに巻き込まれて光ってて草

  • 14二次元好きの匿名さん21/10/13(水) 23:57:45

    カレンチャンのカワイイをきちんと文章に落とし込めてるの凄い

  • 15二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 02:37:35

    >>11

    おお、深い...!そこまで思いつかなかった。

    カレンでお兄ちゃんを包み込む為に西日と影を使おうぐらいの考えでした。


    たぶんこのお兄ちゃんはお互いの気持ちを知りながら卒業まで耐えて20歳になるまで手出さないよ。

  • 16二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 07:47:46

    ブラボー……おお、ブラボー……!

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