- 1二次元好きの匿名さん22/09/07(水) 20:14:40
アタシは怒りに怒っていた。こんなに腹を立てたのはそうそうないという程である。思い返すだけでも心がキュッと音を立てて締め付けられる。今だって、その怒りに駆られ当てもなく走っている位には怒り心頭である。
事の発端は、使い魔へのインタビューを盗み聞きしたところから始まる。ここ最近のアタシの目覚しい活躍に、マスコミが目の色を変えて取材を申し込んできているというのは使い魔の口から聞いていた。大人の対応は全部使い魔に任せていたが、抜き打ちで変なこと言ってないかとドア越しに聞き耳を立てると使い魔と知らない女の人の声が聞こえて来る。
「…では、彼女と見る今後の展望についてお聞かせください」
「そうですね。今、スイープは誰かに勇気の魔法を与える存在になっているという事を自覚しつつあります。自分自身の走りが、お客さんを、関係者を、全てを…ワクワクさせる力があると。だから、私はそんな彼女の使い魔として、心の底から楽しんで魔法を追い続けられるよう、同じ目線で支えていきたいと思います」
…へえ。使い魔、ちゃんとスイーピーの魅力を理解した上で、わかりやすく宣伝するなんてやるじゃない、なんて思ってたしなんなら自然と顔もゆるゆるでだらけ切ってるのを自覚していたほどだった。やっぱり、アタシの眼に狂いはなか──
「ありがとうございます!では、これはあくまで雑談として聞いてほしいのですが…。彼女もいずれは成長するわけじゃないですか。私の見立てではとっても綺麗な女性になると思うのです。それで、ここだけの話、もし、今の彼女から付き合ってほしいと言われたらどう答えますか?オフレコにしますから、率直なご感想を!」
?何を言ってるんだろう、この女は。何故アタシが使い魔に告白する事が決まってるの?そもそも、普通逆でしょ?使い魔が、魅力溢れるスイーピーにメロメロになって思いの丈をぶちまけるのが自然な流れなのに。まあ、こっちから願い下げだけど…わかってないわねこの記者とプンプンしてると使い魔の答えが返ってくる。
「いや、キツいんじゃないですか?…」
キツい、キツい、きつい…。我が耳を疑う。そして、それが幻聴でないと理解し、我に返ると怒りが込み上げ、思っきり叫んでやった。
「使い魔のバカァアアアア!!!」
気付けば、アタシは当てもなく駆け出していたのだった。 - 2二次元好きの匿名さん22/09/07(水) 20:15:08
「使い魔のバカァアアアア!!!」
「ひゃあああ!?」
「うお、この声はスイープか!?何かあった…て、もうあんなとこいる!?…くっ、すみません。インタビューはもう打ち切りでお願いします、失礼します!」
「え!?あ、あの!さっきの質問は───」
後方で記者が何かを叫ぶ声が聞こえるが、そんな事はこの際どうでもよかった。正直、前半部分だけで終われたのなら、良い取材だったが、時折ゴシップ紙の様な質問を投げてくる記者がいる。ここから、有る事無い事を書かれて調子を崩すケースも少なくなく、多感な時期の少女を預かる上では管理すべきリスクの一つでもある。
その手の人間には、極めて現実的な返しをして醒めさせるのが1番だと教わったので、倫理面を考慮した返答をしてる時、外から爆音のような叫び声が木霊した。多分ドアが開いていたら、机にある花瓶が割れていたのではないかと思うほどだった。現に、理事長から戴き、デスクに飾っていた扇子は、音を立てて震えていた。
驚く記者を無視してドアを開けると、廊下を全力で駆けるスイープがいた。顔は見えないが、先ほどの声は怒気と少し悲しみが混じってたように感じていて、俺も思わず走り出していた。どのみち、このインタビューを続ける理由も無かったので、終了の意思だけ伝えるとあとはもう、スイープに意識の全てを向ける。彼女はグングン前を進み、その姿は徐々に小さくなっていく。
向こうはウマ娘。ヒトの俺では追いつけるわけも無く、すぐに姿を見失ってしまった。だが、こっちにだって今まで一緒にいた経験がある。それをフルに活かして、傷ついた彼女が行く可能性がある場所を考える。ゲーセンは違う、河原も傷付いた時にいた覚えがない、公園も考えにくい。はちみーの出店も食い物1つで気分転換を図れるほど単純な性格ではないので除外。と、なると。1番可能性が高いのは…。結論を頭の中で導き出し、一目散に車に向かうのだった。 - 3二次元好きの匿名さん22/09/07(水) 20:15:30
「っグスッ、すん、うぅ…」
当てもなく駆け出したアタシは、気付けばグランマの魔法の家の近くの川に来ていた。そもそも、普段は車で行くような土地に無我夢中で走ったから、着いた頃には汗だくで、疲労のあまり木にへたれ混んでしまう。そして、目から感情を抑えきれずにいた。
キツい。たったそれだけの言葉が、アタシの心をこれだけ掻き乱していた。だって、使い魔はアタシと一緒にいるのをとても楽しそうにしてたから、あの質問をどう返すのかという話は置いておくとしても、好意的な返答が来ることをトーゼンと思ってたから…。だからこそ、"キツい"という言葉の響きが、アタシの心の深い部分をチクチクと、音を立てて突いてくる。
何をしようにも、頭のもたげてくるケーケンホーフな大人の指示が嫌で、グランマの言うレースの魔法を見つけられずにいたアタシの元に転がってきたあの男。アタシの走りを一目見て、魔法のようだと表現する、初めてスイーピーの魔法をかけられた存在だった。気に入ったアタシは、その男を使い魔として認め、今日に至るまで魔法を極めるレンシューに努め、今では世界中の人々に魔法をかける為の使い魔として、共に歩んできた。
アイツだけは、アタシのやりたい事を聞いてくれた。魔法のレンシューがしたい時は、その理由を聞いた上で判断してくれるし、このトレーニングしかしないと宣言した時も、意図を汲んで納得、もしくは思う部分があればちゃんと使い魔の言葉で説明してくれる。お互い遠慮なくぶつかり合える、他の大人にはない、アタシの本心と向き合うという意志を感じたから…コーイの使い魔として扱ってきた。だからこそ、先ほどの"キツい"という発言は、アタシの心をグチャグチャにさせ、止め方もわからないアタシはひたすら泣き続けた。
気づけば空にはおひさまは沈み、お月さまが顔をのぞかせていた。もうこの時間では寮に帰る頃には門限も過ぎるし、グランマのお家に泊めてもらうにも迷惑がかかる。…こんな時、使い魔がいたらなんて─────
「やっぱここだったか!スイープ!!」
アタシの名を呼び、近寄ってくる男が見えた。その男がアタシの元に着いた時────、アタシは男の胸に飛び込んでいたのだった。 - 4二次元好きの匿名さん22/09/07(水) 20:16:10
彼女のお祖母さんの家近隣にいると断定した俺は、車を飛ばして向かった。本当は、走った行った方が格好がつくのだろうが、自分のプライドと担当の心身の安全を天秤にかけた時、そんな矮小な自尊心など無に等しかった。
車を停め、ここで行きそうな場所に向かって全速力で走ると、俺の見立て通り、以前彼女が魔法の練習をしていた時に来た、川辺の開けた位置にある木にスイープはもたれかかっていた。遠いし暗いしでよく見えないが、とても落ち込んでるように見えて、堪らず叫ぶ。
「やっぱここだったか!スイープ!!」
「…ふぇ…使い魔…?」
入り組んだ地形の為、移動するだけでも一苦労だが、そんなのお構いなしにと彼女の元に走り寄ると────、俺に向かってひしと抱きついて来た。
「うわあああああん!!使い魔、使い魔ぁ!!!」
「大丈夫、俺はここにいるから。辛いなら泣くだけ泣いちゃおう?」
この言葉を聞いて安堵したのか、何も言わずにただしゃくり上げるスイープの背中を、後頭部を優しく撫でたり、叩いたりして落ち着かせる事に徹した。ウマ娘の全力の抱擁の為、背中が軋む音が聞こえるが、こんなの気にしてる暇なんてない。一定のリズムで、安らげるよう無言でひたすらに宥め続けた。
「…ぐすん」
「落ち着いたか?」
「ん…」
一頻り泣き、落ち着きを取り戻し始めたので離そうとしたらスイープが離れてくれなかったので、妥協案で俺の膝の上にスイープが座るという形になり、道中で買ったお茶とおにぎりを手渡す。やはりというか、お腹が空いていたみたいで夢中で頬張るスイープに質問をする。
「…あのさ、もしかしてインタビュー聞いてた?」
「ふんだ!アタシはどーせキツい女よ!」
「えっ!?」
キツいなんてとんでもない、ワガママっぷりも含めて彼女の魅力なのに、そこを否定するなんて使い魔の俺に出来るわけなんてない。…だから、ちゃんと話す必要がありそうだ。
「あ、アレかあ…全部話すから聞いてくれる?」
「ふん、どんな言い訳するのか見ものね!」
彼女から許可も得たので経緯を説明する。取材中に突然関係ない質問をされたこと、リスク回避のために常識論を押し付けて躱そうとした事、その手の質問がたまに来るからこっちも辟易している事…全部話すとスイープは不服そうな顔をしつつも誤解だった事は分かってくれたようなのでこっちも安心する。 - 5二次元好きの匿名さん22/09/07(水) 20:16:44
「ふーん。ま、納得はしてあげる」
「心が広くて助かるよ」
使い魔から一連の説明を受け、納得は出来た。キツいの後の聞こえなかった部分は、一般常識や倫理観を駆使して変な事を書かれないように努めていたと。しかし、一つ疑問が生じる。
「でも、アンタ常識論押し付けて〜とか言ってたじゃない?…どうなのよ、本心は」
膝の上に乗るアタシの頭を撫でながら、使い魔は、どこか達観したように答える。
「うん、キツいんじゃないか?ああ、スイープがキツいんじゃなくて、そもそもトレーナーの俺が学生に恋慕するってのが変な話だなって。俺らは恋をする為にじゃなくて、レースの魔法を見つけるために組んだんじゃんか」
「ええ、そうね」
「なのに、未来の話を持ち出して、今告られたらなんて言われてもね。こんな話する為に君との時間を削った訳じゃないし、打算的で生半可な覚悟で君と向き合おうとした覚えはなかったから、キツいって答えた」
使い魔の言葉に、嘘がないと思ったのは付き合いが長いからか。やっぱりスイーピーの目に狂いは無かったと確信する。…でも。こんだけ振り回されたんだからちょっとだけちょっかいを出したくなる。
「ふーん…じゃあ、アタシの魅力はちゃんと理解してるのかしら?」
「えーと…負けん気が強い、天才魔法少女、おてんば、揺るがない意志がある、顔立ちも良い方だと思うし優しさもある。あとは…一緒にいて飽きないことかな!…うん。そういう意味では、君に夢中なのかな」
よくも恥ずかしげもなくポンポン言えるなあと少しだけ赤面するアタシなんてお構いなしに、魅力を言い述べる使い魔。帽子を深く被りながらアタシも伝える。
「ふっふーん、合格よ!アタシと一緒にいて、つまらないとか絶対言わせないわ♪…だから、キツいなんて今後は言わないことね!」
「いいけど何で…?」
「まあ正直?今のダメダメ使い魔から言い寄られてもこっちから願い下げだけど?アンタからキツいって言われるのもそれはそれでなんかシャクなの!だから、スイーピーといる時は禁忌の言霊に指定するわ。わかった?」
「…OK。にしても、地味にキツい制約かけてくるな…あっ」
「コラァー!なに早速禁忌を破ってんの!」
使い魔への誤解も解け、安心したらお腹が空いたので、改めてファミレスに行ってご飯を食べに行くのだった。 - 6二次元好きの匿名さん22/09/07(水) 20:20:31
元ネタは池添騎手のすぽるとのインタビューの一幕です。
アレをこっちでやるならどうなるんだろうな?となったのですが育成を見てると使い魔は多分スイープの見せる魔法のような走りに惹かれたので何となくこうなるのかなぁとか思いながら書いてました。
スイープ的には多分こっちからは願い下げではあるがかと言ってぞんざいに扱われるとそれはそれで腹立ちそうだなあと思ったので今回の解釈になりました。
長くて読みにくいのは許し亭 - 7二次元好きの匿名さん22/09/07(水) 20:25:48
いや~いいSSでしょ
- 8二次元好きの匿名さん22/09/07(水) 20:32:28
使い魔視点とスイープ視点で分けてるのいいね
- 9122/09/07(水) 20:35:01
- 10二次元好きの匿名さん22/09/07(水) 20:48:48
禁止指定された直後にあっさりキツい言っちゃう使い魔で笑った
良いSSだった! - 11二次元好きの匿名さん22/09/07(水) 21:03:10
貴方の書くスイープは解像度高いしキャラ愛あって好きよ
今日も素敵なSSをありがとう - 12二次元好きの匿名さん22/09/07(水) 21:04:50
これ現実だとネタで済むけどあっちの世界だととんでもないクソ記者だな…
- 13二次元好きの匿名さん22/09/07(水) 21:07:21
あの発言からよくぞここまで昇華させたものだ…
- 14二次元好きの匿名さん22/09/07(水) 21:12:21
- 15二次元好きの匿名さん22/09/07(水) 21:17:32
スイープSS助かる
- 16二次元好きの匿名さん22/09/07(水) 21:20:16
許し亭氏の新作助かる
解像度高くてすごい! - 17二次元好きの匿名さん22/09/07(水) 22:01:31
よきよき
使い魔の姿勢も含めて好き - 18二次元好きの匿名さん22/09/07(水) 22:41:46
地味にお腹空かせてるのを見越しておにぎりとお水持っていってあげるのスイープを理解してる感じが出てていいね
- 19二次元好きの匿名さん22/09/07(水) 22:55:14
ぐずってるスイープ見て俺の中のクリークが弾けそうなんだが?(褒め言葉)
- 20二次元好きの匿名さん22/09/07(水) 23:02:10
いやー素晴らしいでしょ
- 21二次元好きの匿名さん22/09/07(水) 23:10:01
いや〜(記者として)キツいでしょ
でもそういうの言われるんだろうな… - 22二次元好きの匿名さん22/09/07(水) 23:15:57
- 23二次元好きの匿名さん22/09/07(水) 23:53:42
使い魔もちゃんとトレーナーとして矜持があるのすこ
そうだもんな、この2人はレースの魔法からどんどん夢が広がったんだよな…て読んでてしみじみしてた - 24二次元好きの匿名さん22/09/08(木) 06:30:41
使い魔のおそらくここにいるだろうっていう予知能力って多分中央のネームドトレーナーなら標準搭載なんだろうけど食い物一つで気分転換が図れるほど単純な性格をしてないっていう推察で笑った
SS良かった、ありがとう - 25おまけ22/09/08(木) 17:57:08
「でも使い魔、アタシがあの沢に行くってよくわかったわね」
「そりゃ使い魔ですから」
スイープが落ち着いたのでご飯を食べに、寮近くのファミレスで晩飯をとっているとスイープから質問を受けた。何故わかったかと言われると、本当に使い魔として長い事接してきた経験が生きたからである。
「初めて俺がお祖母さんの家に行った時、君の姿を見て何となくご実家以上に…無意識に足が向く場所なのかなって思ったんだ。他の候補もあったけど、最後はもう直感だな」
「へえ…よく見てるのね、アタシのこと。ちょっと気持ち悪い位だわ」
「うぐっ…それは…否定出来ない…」
彼女からの指摘が思いの外心に突き刺さる。言ってる事を要約すれば俺は女子中学生の行動予測をしてる大人というわけだ。面識あっても、説明を間違えたら下手すれば不審者の類だ。
「ちょ、ちょっと…そんな落ち込まないでよ。気持ち悪くとも使い魔が来てくれなかったら、スイーピーは寮に帰れなかったし。それに、別にイヤとは言ってないでしょ?」
「気持ち悪いのは否定しないじゃんか…実際やばい奴だし…」
考えれば考えるほど、自分は少しいけないタイプの人間なのでは?と想像してしまい、すっかりヘコんでしまう。そんな俺を、スイープが一喝する。
「もうっ、そんな事でウジウジしない!アタシは悪い気しないし、使い魔がご主人様のことを考え続けるのは当たり前の事じゃない。だから…アンタは今後もスイーピーのことだけ、ちゃーんと見ておくのね!」
「…頑張ります」
「ちょっと!頑張るって何よ!はいかOKしか受け付けないわよ!返事!」
「は、はい!頑張ります!」
「だから頑張るじゃないのー!使い魔のバカバカバカ!」
今ではご主人様のソーダン相手になることが出来た俺ではあるが、彼女にもっと認められるにはまだまだ時間がかかるようだ。 - 26二次元好きの匿名さん22/09/08(木) 17:57:36
おまけです
お目汚し失礼しました - 27二次元好きの匿名さん22/09/08(木) 19:26:17
続きありがたやありがたや
- 28二次元好きの匿名さん22/09/08(木) 20:18:13
おまけ助かる
使い魔はもっと胸張って - 29二次元好きの匿名さん22/09/08(木) 21:52:20
なんか続きっぽいの来てるやん!
自分の行動を後になって立ち返ってうわああああてなるのすごいわかるぞ…!!