- 1二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 01:35:15
- 2二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 01:36:46
その日、トレセン学園の生徒会長室は緊張に包まれていた。皇帝と称されるシンボリルドルフも、側に控える女帝エアグルーヴも、何処か硬い表情をしている。その原因は、彼女達二人の目の前に座る一人のウマ娘にあった。
「久し振りね、ルドルフちゃん。前に日本に来た時以来かしら」
「ええ、その際はお世話になりました」
「随分と立派になったわね」
静かに微笑むそのウマ娘に、ルドルフは意図を計りかねていた。ウマ娘関連のニュースには目を通しているが、彼女が来日するといった話は無かった。彼女程の知名度があれば、動向一つでマスメディアが騒ぐ。つまる所お忍びでわざわざ日本に来た訳で、それだけの理由がある筈なのだ。
「世間話はここまでにして、本題に入りましょうか」
そんなルドルフの内心を察したのか、彼女は話を切り上げる。真剣な顔でルドルフの目を見据え、目的を口にした。
「ねぇ、ルドルフちゃん…私と貴女の後輩達でエキシビションレースしてみない?」
「何故です?」
「私のモットー。知っているでしょう」
『強い奴に会いに行く』
それが、彼女のモットーだったとルドルフは記憶していた。彼女は強敵と全力で競い、それを上回って勝つことを信条としている。それ故に世界中を飛び回って各国のトップウマ娘に勝負を挑んだりしていると報道されていた。
「今度は日本という訳ですか」
「えぇ、最近はウチの国でも日本を注視しててね」 - 3二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 01:38:02
日本のウマ娘レースのレベルが上がっている、と彼女は言う。確かに、近年は海外のウマ娘相手に良い結果を残す事例が増えてきている。チーム‘“リギル”のタイキシャトルによる海外G1制覇、エルコンドルパサーの凱旋門賞2着。アウェイだとはいえ、欧州若手最強との呼び声高いブロワイエを破ったスペシャルウィーク。世界ウマ娘ランクで高レートをとった者もいる。
「それ程遠くない内に日本はウマ娘レース強豪国になるというのが、フェアヒル・ペイソンパーク両トレセンの結論よ。」
「それ程評価して頂けるとは、嬉しい限りです。」
「彼等の観察眼は信頼できる。ただ…」
「ただ?」
「私は実際この目で見ないと納得しないクチでね。」
「成程。」
『一緒に走らないと分からない事もある』というのは、ルドルフ自信も感じている事だ。
足音、呼吸音、気迫、表情、勝利への執念…
そういった諸々は中継の映像では感じ取るのは難しい。実際に走ることで肌で感じとれるモノだ。
「分かりました、エキシビションレースについては我々でセッティングします。日程は…」
「あ、それは大丈夫よ?実は秋川ちゃんには事前に要件を話しててね。今週の日曜に強い娘達の日程空けてもらってるわ。」
既に根回しは終わっていたようだ。その抜け目のなさに舌を巻いていると、彼女はソファーから立ち上がり…
「レース、楽しみにしてるわ」
そう笑みを浮かべて言うと、そのウマ娘は生徒会室を後にしていった。足音が聞こえなくなると、先程まで黙っていたエアグルーヴが口を開いた。 - 4二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 01:39:11
「会長、あれが____」
「そう、ウマ娘という存在が至れる頂の一つ。ある種の極致だ。どうだった、エアグルーヴ?」
「正直、圧倒されていました。まだ共に走った訳でもないのに、ヒリつくような空気がしていましたから。」
「彼女とのレースは、実りの大きなものになるだろう」
「はい、ですが…」
「何か思うところがあるか?」
言い淀むエアグルーヴに、シンボリルドルフは発言を促す。
すると、少し間をおいて、エアグルーウは懸念を口にした。
「彼女と走る事で、折れてしまうウマ娘も出るかもしれません。」
世界のトップ層と走るということは、それだけ大きな壁を肌で感じるということと同義だ。
現状では日本と海外のレベル差はまだまだ大きい。
あまりの差に、競争意欲を削がれてしまう恐れもある。
しかし、それらのデメリットを上回るメリットが今回のエキシビションレースがあると踏んでいた。
また、ルドルフにはこれを推進せざるを得ない理由があった。
日本のウマ娘レース界にとっても重要な問題にかかわる話である。
「あの大会も近いからな」
「WRC…ですか」
WRC(ワールド・レーシング・クラシック)―――
四年に一度開かれるウマ娘レースの祭典。世界各地の100を超える国々が参加し、世界一を争う。各国のトップウマ娘による夢の対決が見られることから人気は非常に高く、オリンピックと並ぶスポーツ競技大会であるとされている。 - 5二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 01:39:50
「近年、URAが掲げているスローガンを知っているか?」
「たしか、『世界に追いつけ追い越せ』だったと記憶していますが」
「そうだ、URAのお歴々はこれにご執心でね」
十数年前、ジャパンカップが国際G1になり、国内外のレースの差が如実に感じられるようになった。現在URAの上層部にいるのはそうした状況に危機感を持った人々だ。故に、今のURAはそちらを向いているし、近年の日本ウマ娘の活躍に世論もそちらに流れつつある。事態はトレセン学園の生徒会長がどうにかできる範囲を超えてしまっていた。
「…心中お察しします」
「大丈夫だ。私はトレセン学園のトップウマ娘達は乗り越えてくれると信じている」
裏の事情に眉を顰めるエアグルーヴに、ルドルフは不安を和らげようと言葉をかける。しかし、その内心ではレースへの不安と期待がまじりあっていた。
(これで駄目になるようであれば、日本のウマ娘はそこまでだったということだ。いや、それはない。私は見てきたのだ、彼女らが如何に努力し這い上がって来たかを。信じるんだ、彼女らを。)
ルドルフは頭をよぎる嫌な予感を振り払い、己が目で見てきた日本のウマ娘を信じることにした。