- 1愛21/10/14(木) 14:18:35
- 2愛21/10/14(木) 14:19:38
……彼女には、よく呪霊が取り憑いていた。どうやら、憑かれやすい体質のようで、大抵は蠅頭や四級程度だったが、ごく稀に三級が憑いていた。
前者はその場で、後者は会社に休みを取って祓った。
三級を祓い、彼女と別れ帰路に着いた時、ふとこのようなことが浮かんだ。
『もしも私のような呪霊を祓える人間がいなくなった場合、彼女はどうなってしまうのだろう』と。
以前までの私ならば、まず考えもしなかったことだ。
ここまで考えて初めて、私は彼女が己が考えていたよりもずっと大切な存在となっていることに気がついた。 - 3二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 14:19:48
存在してほしかった記憶……
- 4愛21/10/14(木) 14:20:15
次週の休日、もはや習慣となっていた彼女とのひととき。
生地を捏ね終え、一次発酵をさせる休憩時間に、向かい合って紅茶を飲んでいた彼女に告げた。
「私と、お付き合いしていただけませんか」
彼女は目を丸くし、朱色に染めた後、短く「……はい」という返事が両手の向こう側から聞こえてきた。
そして私は証券会社を辞め、彼女のパン屋で働くようになった。
呪術界も、証券会社も肥溜めのような世界だったが、ここは違う。私は、満たされていた。
出勤し、パンを焼き、売り、明日のパンを作り、彼女と過ごし、帰宅する。
時折、目隠しをした長身銀髪の男がやってきてメロンパンやツイストドーナツをニマニマと笑いながら買いに来るが、どうでもいいことだ。
なんでもないこの日々が、私にとっては幸福だった。 - 5愛21/10/14(木) 14:21:18
そうした日々を送り始めてから、一年弱。
いよいよこの日を迎えた。
私は一張羅の襟を整え、ネクタイを締め直すと、鞄を開き、今日の予定を暗唱、そして中に小さな箱が収められていることを確認する。
何度繰り返したかはわからないが、何度繰り返しても落ち着くことはなかった。
約束の時刻には程遠いが、家を出ることにした。
玄関に出て靴を履き、下駄箱に置いた鏡を見ながら最後にもう一度髪を整える。
鏡に映った男には、頬の痩けも目の下の隈もなかった。 - 6二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 14:21:55
もうここで終わりでいいよ
- 7愛21/10/14(木) 14:22:21
とりあえずここまでです。
続きは夜か明日のこの時間にでも。 - 8二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 14:27:07
続きを待ってます
- 9二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 14:28:40
ブクマした
待ってます - 10二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 14:29:56
目隠しバカ何やってんの
- 11二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 14:32:09
- 12二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 14:34:34
高専関係者も来てそう
- 13二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 14:35:19
ここから渋谷事変かあ…………
- 14二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 14:36:04
真人の任務はナナミンの代わりに誰が請け負ったんだろう
- 15二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 15:33:09
このレスは削除されています
- 16アイ21/10/14(木) 17:39:02
新婚旅行は、マレーシアのクァンタンと決めていた。
期間は七泊八日。金ならば、証券会社で働いていた分が山とある。
海辺にある高級ホテルを取った。
泳ぐのもいいし、木陰で本を読むのもいい。
日がな一日遊んで呆けていても、誰も文句を言う者はいない。
隣には幸せそうな寝息を立てている彼女がいた。
その横顔を見つめていると、ふと気がついた。気がついてしまった。
「私は……彼女の名を、知らない……?」
そう呟くと、知っているのに知らない単語が脳裏を駆け抜けていく。
虎杖君。伏黒君。真希さん。直毘人さん。
「……ああ。そうか……」
わからないはずだ。
私は、あの日。あの時。証券会社を続けるではなく、パン屋になるわけでもなく。
「……そうだった。私は、一級術師……七海 建人だ……」
呪術師へと、戻ったのだから。 - 17哀21/10/14(木) 17:40:02
瞬間、光景が一変する。
潮の香る波は、生臭い血溜まりに。
ホテルの暖色の壁は無機質な地下道に。
愛しかった彼女は、己の得物に。
その他諸々は全て、私が斬り祓った改造人間へと置き換わる。
私は、その中心でひとり片膝を立てて座っていた。
焦げ臭い溜め息を吐き、先ほどまで見ていた幸せな夢を回想する。
ただの妄想と片付けるには些か生々しい。
恐らくアレは、限りなく遠く、また限りなく近い世界での己が送った生だったのだろう。それが今際の際となって流れ込んできたのだ。
「……我ながら、なんとも───」
そう呟きながら立ち上がる。
満身創痍ではあるが、出来ることはまだあるはずだ。
まだ、戦わねば───
とん。
胸に、掌が置かれていた。
目前には、継ぎ接ぎだらけの男……呪霊の真人がいた。
「……いたんですか」
「いたよ。ずっとね」
無為転変。その術式は既に知っていた。
この呪霊に触れられた時点で、私の死は確定してしまった。
- 18哀21/10/14(木) 17:40:45
……彼女は、どうしているのだろう。
唐突に、走馬灯のように、実際に会った彼女の顔を思い出した。
呪術師に戻ってからはカスケードも食べなくなった。あの幸せな夢のように、パンに興味を持つこともなかった。
彼女に、会いに行くことは、なかった。
名も知らない彼女は今も無事でいるのだろうか。
呪霊に取り殺されてはいないだろうか。
この渋谷に足を踏み入れてはいないだろうか。
今も、パンを作り続けているのだろうか。
今にして思えば、私は彼女を守りたかったのだろう。
私を呪術界へと引き戻すきっかけをつくってくれた彼女を、危険に晒したくはなかったのだ。
だが、その結果がこれだ。
一般人を救うやり甲斐、などという曖昧や理由の為に戻ってきて、結局なにも為すことはなかった。
こうなるのであれば、あの私のように、彼女を守ることにのみ、専念すればよかったのに。
- 19哀21/10/14(木) 17:41:23
今度は、灰原が現れた。
表情は読めない。
(なあ、灰原……私は、なにをしたかったんだろうな……)
それに応えるかのように、灰原は左手を真横に上げ、何かを指差した。
「ナナミン!!」
虎杖君だ。
そして、灰原はゆっくりと口を開く。
───かれをみちびけ。
ああ、ダメだ灰原。それは違う。言ってはいけない。それは、彼にとって〝呪い〟となる。
私は喉元まで出かけた言葉を呑み込んだ。身体が肥大化していく。もう余り時間がない。これでいい、はずだ。
───瞬間、脳裏を過ったものは、あの幸せな夢で笑っている、彼女と私。
私と、あの私の違いは何か。それは目的の有無だったはずだ。
ならば、目的を作ったほうが、いいのではないか?
そう、考えてしまった。
「虎杖君───後は頼みます」 - 20哀21/10/14(木) 17:42:10
投げっぱなし! おわり! SSむずいぜ!
- 21二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 17:42:36
途中の場面転換はびっくりしたぜ、良かったよ!
- 22哀21/10/14(木) 17:43:48
合計6時間でこのザマなクソ雑魚クオリティだけど、読んでくれた方ありがとね!!
できればハート押してってくれると嬉しいな!! - 23二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 17:44:51
ああぁぁぁぁぁ…………
途中スレ主の名前が変化してたあたりで何か察したけど……
グスッ、ヒッグッ
うん。とっても良いSSでした!!ありがとう!! - 24二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 19:16:16
いいもの読ませていただきました…!
ありがとう!! - 25二次元好きの匿名さん21/10/14(木) 19:33:57
良いものを読ませて頂きました…
- 26二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 02:46:13
このレスは削除されています
- 27二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 14:20:29
こんな素晴らしいssに出会えたことに深く感謝したい。とても面白かったです!