- 1二次元好きの匿名さん22/10/03(月) 17:30:18
「ふう、今日も疲れた〜」
「お疲れスイープ。今日も頑張ってたね…はいこれ」
あれだけ暑かった夏も過ぎ去り、10月に入り暗くなるのがとても早くなった気がする。トレーニングで走っていても、汗をかいた時に感じる風の冷たさ、周りの景色に闇が帯び始める時間、ほんの少し前とは何もかもが違っていてまるで別世界に来たようだった。使い魔から手渡された冷たいココアを口に含んで、一息つく。アタシの大好きな、とっても甘くて濃厚なココアを飲むのがトレーニング終わりの日課。
「んー!甘くて美味しい!やっぱ疲れた時はこれに限るわね!」
「スイープはそれ好きだもんなあ。まさか牛乳から厳選する事になるとは思わなかったけど」
わかってないなあ使い魔は。良質なものを使えば必ずしも良い物にはならずとも、良質かつ相性の良い物同士をかけ合わせれば様々な変化を…それこそ、魔法のような変身を遂げるのに。そんな事もわかってないダメダメな使い魔に説明しようとした時、あるものに目を奪われた。
「トーゼンでしょ?出来る魔女は素材から気を…わぁ…」
「うん?どうした?」
「ねえ使い魔、外を見てみなさい」
アタシの心を奪ったのは…とても大きなお月さま。満ちた満月で、丸々としていて、悩みすらもその前ではちっぽけに感じてしまうほどに大きくて…思わず見とれちゃった。
「うお、すごいな。今日は満月だったのか」
「キレー…ねえ使い魔、電気消してよ。お月さまの波動、浴びたいわ」
使い魔に促し、部屋の照明を消してもらう。辺りは真っ暗になり、窓から差し込む月の光だけが照明となるトレーナー室。その空間の中で、アタシは続ける。
「使い魔?お月さまの波動にはね、魔力が篭っているの」
「というと?」
「そのまんまの意味よ。魔法を使える者が満月の波動を浴びた時、普段とは別人のようになって出来ないことはなくなるのよ!」
「なるほどな、じゃあ今日の晩ごはんは青椒肉絲でいいか?」
「バカバカバカー!出来ないとやりたくないのはベツバラに決まってんでしょ!?」
相変わらず隙あらばお料理にピーマンやアタシの嫌いな野菜を入れようとしてくる使い魔を一喝する。もう、真面目な話をしてる時にすぐ話の腰を折るんだから…!もう少しお小言をボヤいてやろうとすると、今度は月を眺めながら制するように、使い魔が話し始める。 - 2二次元好きの匿名さん22/10/03(月) 17:30:36
「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも 無しと思へば…知ってる?これ」
「確か昔のスッゴク偉い人が読んだ短歌でしょ?それがどうかしたの?」
「君はこの歌をどう思う?」
使い魔からの唐突な質問に戸惑いつつも考えてみる。確か、この世界は自分のためにあり、満ちた満月のように欠ける事の無くこの世の全てが思うがままである事を表していた…ハズ。でも、それってすごく楽しそう。
「良いと思うわ!だってだって、宿題だってやらなくてもいいし、授業に出ないで魔法のレンシューだってし放題だし、アタシがアレして!て命令したらこの世界の皆がその為に頑張ってくれるんでしょ?最高じゃない!」
「ハハ、スイープらしいね」
「使い魔もそうでしょ?アンタってば失敗ばっかりだし!」
「んー…まあ、そうだったな。君と出会うまでは」
「アタシと?」
どういうことなんだろう?と首を傾げていると使い魔は続ける。
「確かに、自分の思うように進んだら楽だし、俺が至らないばっかりに君に嫌な思いをさせちゃったことも多かったから、俺にもっと力があればなんて悔やむ時もあったけど…君の【つまらない】を聞いてから、何かが変わったんだ」
「アタシの…?」
「ああ。君はとても才能に溢れたウマ娘だ。多分、レースの世界じゃなくても大成する事は…多分!出来てたと思う。でも、君はこの世界に入ってきたじゃないか。それは、レース以外が楽しくなくて、どんなに褒められてもやらされている自分が嫌だったからなのかなって思ったんだ」
「そんなの、当たり前じゃない」
使い魔が言うように、アタシは小さい頃からやりたくないのにやった方がいいからって理由で色々な習い事をやらされて、褒められてもちっとも嬉しくなかった。レースだって、グランマの話を聞いてからアタシもと思ってトレセン学園に入学したけど、教官に指示されるばっかで全然楽しくなかった。
「だろ?だからさ、完璧じゃなかったとしても、見落としてはならないもの、自分が譲れないものを包み隠さず主張出来るのならそういうのはいらないなって思うようになったんだ。何でも出来るってことは、本当にやりたい事、やらなきゃいけない事を見失ってしまう気がしたから、あの満月のような完璧な自分っていうのは、願う分にはいいけど身につけたとしても過ぎたものだしなんか退屈だなって思ったんだ」 - 3二次元好きの匿名さん22/10/03(月) 17:31:02
貧乏性かなと笑う使い魔だったけど、そう思わなかった。だって、さっきも言ったけどアタシはレースの魔法を見つける事を夢見て学園に来たのに、頭ごなしで自分の意見を押し付ける教官に嫌気が差して、止めた方がいいのか悩んだ事もあったから。
でも、使い魔は夢を手放そうとしていたアタシを見落とさなかった。コイツは、自分で言うようにダメダメな部分も多いけど、アタシを不器用ながら導こうと日夜努力を怠らなかった。だから、生意気にも天才少女を導いた名伯楽なんて呼ばれることも増えた。…でもちょっと悔しいし、意趣返しをしてやる。
「ねえ、アタシ以外から見たアンタは多分、この満月のように見えてるんじゃないかしら?」
「ええ?急に褒めるね、風邪か?」
「どういう意味よそれ!?…コホン。でもね使い魔?お月さまは遠くから見たらそりゃキレイだけどね、実際は穴ボコボコのクレーターだらけなんだから!使い魔がどんだけ取り繕っていても、クレーターみたいなアンタの欠点を知ってるスイーピーの目は欺けないわよ!ふふーん、残念でしたー!」
精一杯の変顔であっかんべーをしてやると、何故か使い魔は嬉しそうに笑いだす。
「…何よ笑っちゃって!ベーっだ」
「いやな?最近、君のトレーナーをしてるからか、結構単独取材を受ける機会が増えてさ。その中で、俺のことを大袈裟に捉える人が増えてて少し辟易してたんだけど…ああ、スイープは俺がどん臭いダメダメ使い魔って知ってるもんな」
「?使い魔は使い魔じゃない。今も昔も変わらず、スイーピーだけの使い魔でしょ?」
何を当たり前の事言ってるのかわからないけど、答えてあげると使い魔は何度もそっかと頷くばかり。変な使い魔。でも、その横顔は子供みたいに嬉しそうに緩みきっていた。
「もういいわ。ねえ、ご飯食べたらお月見しましょ!おだんご買って、月の波動を一緒に浴びるの!」
「いいけど消灯30分前までには寮に送るからな?」
「…お泊りダメ?」
「ダーメ。するならちゃんと許可貰ってからじゃないとフジ寮長に報告します」
「ふんだ、使い魔のケチ!いいもん、なら時間までめいっぱい遊んでやるんだから。時間が勿体ないわ、とっととスーパーに行くわよ!」
「はいはい」
月明かりに照らされたトレーナー室の影が2つ消え、やがて校門に向けて大小2つ、賑やかな影法師が伸びていくのだった。 - 4二次元好きの匿名さん22/10/03(月) 17:33:58
お月見って半月前じゃね?と思ったんですが昨日見た月が思いのほか綺麗だったので書きました。
セリフがいつもよりも多めで改行も多い為、読みにくいかもしれませんがどうか許し亭 - 5二次元好きの匿名さん22/10/03(月) 18:23:01
!出遅れ
でも秋なんて総じて月の季節だからヘーキヘーキ - 6二次元好きの匿名さん22/10/03(月) 19:04:26
月と使い魔を準えて綺麗じゃない部分の使い魔もちゃんと知ってるってのは2人の深い関係性が良く出てていいなってなりました(小並感)
- 7二次元好きの匿名さん22/10/03(月) 19:28:40
スイーピーはいいぞ
- 8二次元好きの匿名さん22/10/03(月) 19:32:36
許し亭氏の新作助かる
毎度素晴らしい……
青椒肉絲のくだりでワロタ - 9二次元好きの匿名さん22/10/03(月) 19:39:14
スイーピーはええぞ
スイトレもええぞ - 10二次元好きの匿名さん22/10/03(月) 19:43:24
スイーピーとトレーナーの関係性ホンマ……最高やな
- 11二次元好きの匿名さん22/10/03(月) 22:13:55
疑いようのない信頼を裏付ける気安い掛け合いがとても良いです