【SS】人馬

  • 1二次元好きの匿名さん22/10/04(火) 21:11:21

    SSを投稿します
    オリウマです。ご注意ください
    以下、5レス使います

  • 2二次元好きの匿名さん22/10/04(火) 21:11:54

     象棋を打っている。
     ボードゲームに明るい人なら常識かもしれないが、「シャンチー」と読む。知らない人は、ざっくり将棋を思い浮かべてもらえればいい。
     聞くところによると、将棋はウマ娘のトレーニングにも利用されるらしい。戦略性を身に付けるためだろう、あるいは彼女たちにとって、ボードゲームの類いは馴染み深いものなのかもしれない。たとえば「桂マ」があり、「マ」とはもちろん「二本脚のウマ」を指す。その駒に戦場を駆け回った先祖の姿を見出だしているのかもしれず、そういえば「駒」も「駆」も「うまへん」だなとぼんやり思う。
     さて、象棋である。
     7種類16枚の駒、縦横に線の走った棋盤、二人の指し手。交互に一手ずつ指していき、将棋の「王将」にあたる、「帥」または「将」を取った方が勝ちとなる。取った駒を使えなかったり、マス目ではなく交点に駒を置いたり、棋盤を横断する「河」があったりするところが、わかりやすい将棋との違いだろうか。駒は円盤形をしており、「王」が「玉」になるように、刻まれた漢字が一部異なる。
     私とこのボードゲームの出会いは、高校時代にまで遡る。同じく高校生だった友人──目の前で長考する対戦相手──が、気晴らしのために持ち出してきたのがきっかけだ。

  • 3二次元好きの匿名さん22/10/04(火) 21:12:29

     その友人というのは、ウマ娘である。
     迷っているのだろう、頭頂部から縦に伸びる二本の耳が、ぴこぴこと忙しなく揺れている。盤上を睨み付ける神妙な面持ちとは裏腹に、耳の動きはやけにコミカルである。ときおり尻尾が揺れて、筆先のように柔らかな毛をちらりと覗かせたりもする。ウマ娘はみな少なからず、感情が耳の動きに反映されるようだが、おそらく彼女はそれがわかりやすい方に属する。象棋のような抽象戦略ゲームならともかく、麻雀やトランプなど手牌手札の概念があるゲームには、当然のところ滅法弱い。これは昔から変わらぬ癖であり、見ていて飽きないので、今後も指摘するつもりはない。
     日当たりのいい縁側は暖かく、ともすれば少々暑い。暑さ寒さもなんとやら、庭先から垣根へと向けて視線を送っていくと、茂みに隠れるようにして彼岸花が咲いている。
     赤い花を見て思い出したが、象棋では先行と後攻を「紅」と「黒」に色分けする。駒に刻まれた漢字の色も塗り分けられている。
     長考の末、彼女は「馬」の駒を指した。「マー」と読む。誤植ではなく、駒には黒字で敢えてそう刻まれている。彼女は文字にこだわりがあり、文字にまつわるものにもまたこだわる。世間一般に用いられる「二本脚のウマ」に苦言を呈し、これを誤りとする。ならば何が正しいのかと訊かれて、「四本脚」、すなわち一般に部首として用いられている「馬」を単体の文字として示す。近しい者にはこれこそ真の姿だと強いたりする。よって駒から棋盤から自作したというわけであり、寡聞にして言わせてもらうなら、世界で唯一の「馬」駒を持つ象棋に私は興じている。
     指し返すと、彼女は耳をぴんと立たせた。膠着である。尻尾もまた墨に浸したあと洗わなかった筆のように固い。さてふたたび長考だろう、打つごとに弱くなっていないかと私は思う。単にこちらが慣れただけかもしれず、教わった当初は手も足も出なかったはずだと意識は懐かしの青春時代に向けて記憶を遡っていく。

  • 4二次元好きの匿名さん22/10/04(火) 21:13:05

    「指し手と駒の関係は暗示的だ」
     まだ堂々とウマ「娘」を名乗れた年頃の彼女が言う。
    「一編の小説を想定しよう。描写と演出に優れており、登場人物たちは気の向くまま思いのまま振る舞っているように見える。しかし、当然そうではない。作者がいる。脚本がある。いかにリアリティに満ちていようと、フィクションはフィクションでしかない。登場人物たちは、否応なく定められた道を進むのみだ」
     脚本とは意味深長な言葉だと当時の私は思う。「脚」の「本」とくる。彼女はウマ娘で、文字ばかりではなく、競走にも並々ならぬ興味を持っていたからだ。
    「傾向性という言葉に聞き覚えは」ない、と私は答えた。窓の向こうでは、庭に植えられた金木犀が開きはじめている。「……花の匂いを心地好く感じたとき、その判断は本当に自分の意思によって下されたものなのか。思い当たることはないかい。数日前にテレビやネットで特集が編まれていたとか。幼い頃の幸福な記憶と、花の匂いが結び付いているとか。君にとって大切な人が、金木犀の香りを好んでいたとか。『甘くていい香り』という判断は、そうした外部からの情報にまったく影響を受けていないと、果たして本当に言い切れるだろうか」
     棋盤を挟んで向かいに座る彼女が、駒を摘まみ上げた。
    「外部を想像する」
     何度も足を運んだ彼女の自室は散らかっており、本、教科書、ルーズリーフ、書道半紙、服、下着、その他諸々のまだわかる物体が、よくわからない物体に混じって転がっている。
    「わたしの行動は、わたしの意思によるものだったのだろうか。わたしの成績は、わたしの能力によるものだったのだろうか」
     しかし、唯一手入れされているものがあった。それは地域のレース大会のトロフィーと表彰状の横に、埃一つなく飾られている。
    「わたしという駒は、どのような動きを定められていたのだろうか。……わたしの指し手は、いったいどのような存在なのだろうか」
     傷ついた蹄鉄と、くたびれたレースシューズ。
     彼女がどの駒を打ったのか、私は覚えていない。

  • 5二次元好きの匿名さん22/10/04(火) 21:13:44

    「最初の文字を知る者はいない」
     意識はとうに現実へと戻り、私は縁側に腰かけ茶をすすりながら、隣で象棋の駒をもてあそぶ友人を観察している。彼女は今もランニングを日課としているが、さすがに学生時代と比べると運動量が減っているので、思い出よりもふっくらとしている。
    「指し示すものと、指し示されるものがある。指し示されるものには音と意味が、指し示すものには形が、つまり字が与えられる」
     彼女を指し示す「馬」という字があり、指し示される「彼女」という人がいる。
    「たとえばこの紅の兵だが」ホンのピン、と彼女は言う。もし黒に兵があり、二つの国の読み方を併用できるなら、なんだか陽気な感じがするだろう。ヘイヘイ。「『乓』と『乒』を巧みに並べ、脚の吹き飛ぶ兵士を表現した視覚詩がある。さて後に残るものは」
     丘、と私は答える。
    「正解」と彼女は満足げに笑む。「ともかくとして、わたしたちは漢字を読むとき、必ずしも全体のみではなく、しばしば要素に着目している」
     駒を置き、今度はボールペンとメモ用紙を持つ。ペンを握る手は紙面から浮いている。いつもながら器用なものだと感心する。
    「この字は小さなスプリンターを意味しない」
     メモ用紙には、楷書で「驊」とある。
    「同じように、『驡』は幕末の偉人を意味しないし、『龭』は君を指す字ではない。しかしながら、そのように読み取ることもできる」
     それぞれの字は、「ニシノフラワー」「サカモトリョウマ」「ヒト」とは読まない。他に正しいとされる音と意味がある。
    「生み出されこそしたものの、意味と音が伝わらなかった漢字は多い。ある地域では日常的に使われているが、他の場所では馴染みのない字というのも、数え切れないほど存在する」

  • 6二次元好きの匿名さん22/10/04(火) 21:14:26

     ふにゃりと微笑みがある。
    「文字の誕生に幻想を感じる者も少なくない。わたしもその一人だ。……で、こんな話をするのは何回目だっけ?」
     彼女が首をひねり、私は肩をすくめる。
     伝説には、黄帝に仕えた史官蒼頡が鶏の足跡にヒントを得て、漢字を生み出したとある。紀元前4600年頃の話。
     これは彼女の入れ知恵であり、伝説はあくまで伝説である。あらゆる字には最初に書いた人がいる。様々の地域で同時多発的に発生したと考えることもできるが、やはりそれらの人々は、この世にない形を生み出したことに変わりはない。そして、彼らの事情を想像することはできるが、想像はあくまで想像でしかない。
     ボールペンとメモ用紙を置き、彼女はまた駒を拾い上げる。コインを指で弾くように、くるくると宙を舞わせてみせる。落ちてきた駒をしっかり掴み、花を咲かせるようにして手を開く。
     駒は裏返しになっていた。
    「……あれっ」と、困ったような笑顔がある。
     思わず私も苦笑し、駒をひっくり返した。彼女が本来望んだであろう形に整える。象棋の駒は成ることがない。「兵」が河を越えて動きを変えるのみである。
     彼岸とはどこだろうか。いつかの彼女は、そんな風に考えたに違いない。その幻想は死後の世界といった一般的な理解から離れ、内側ではなく外側へ、つまり無限のスケールを持つ神々の領域に向けて駆けていったのではあるまいか。
     手のひらを見てみれば、彼女が選んだのは「傌」だった。視界の隅で、彼岸花と金木犀が咲いている。この字をウマ娘に寄り添うヒト、あるいはヒトに寄り添うウマ娘と捉えるのは誤りである。しかしそう読み取れる。あるいはこんな風にも考えられる。彼岸の誰かが見る私と彼女は、ひょっとしたら「傌」の形をしているかもしれない。指し手が駒を眺めるように。

  • 7二次元好きの匿名さん22/10/04(火) 21:16:42

    以上です
    象棋というボードゲームがあり、将棋に似たそれは「傌」の駒があるとされます
    「人」と「馬」で、面白いなと思いました
    環境依存字を用いているかもしれないので、正しく表示されなかった場合は申し訳ありません

  • 8二次元好きの匿名さん22/10/04(火) 21:19:22

    前に「馬」という漢字についてのSS書いてた方?
    あれも面白かったしこちらも好きだ

  • 9二次元好きの匿名さん22/10/04(火) 21:52:52

    >>8

    読んでくださってありがとうございます

    【SS】馬字|あにまん掲示板SSを投稿しますオリウマです。ご注意ください以下、6レス使いますbbs.animanch.com

    【SS】馬の骨|あにまん掲示板SSを投稿しますオリウマです。ご注意ください登場人物が没しています。ご注意ください以下、5レス使いますbbs.animanch.com

    上に挙げた二つに関してなら、わたしが書きました

    「馬」と「ウマ」の関係は面白いですよね。コードとして広く使える形に登録してくれたらなあ、と思います

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