- 1◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 19:53:22
調子に乗って立てました
書き溜めとかないので完結できなかったらすまねェ!
ホグバックがモリア様の船に乗るまでの妄想
このスレの1です
ホグバックってさ|あにまん掲示板いうほどシンドリーちゃんの外見だけに執着してたわけじゃないよねbbs.animanch.com - 2◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 19:54:05
「あら先生、ボタンがとれかかってますよ」
「ん? おっと」
今日の経過観察を終え、立ち去ろうとした俺をシンドリーちゃんが引き留める。
彼女の言う通り白衣のボタンが一つ、取れかけて心もとなくぶら下がっていた。
医務室に替えはある、少し面倒だが一度戻ろうとかと考えていたところ、彼女はちょっと待って貰えますか、と枕元の裁縫箱を探った。
その隣には途中まで刺繍の施された、ハンカチがそっと置かれている。
父親の誕生日プレゼントに送るつもりなのだと以前話してくれた。
自身が闘病中であるにも関わらず、家族を気遣う彼女は楽しそうだったのを覚えている。
「動かないでくださいね」
「えっ?」
形がよくほっそりとした、けれど何処か力強さを感じる指先が白衣に触れた。
年甲斐もなく心臓が跳ね、鼓動が早くなるのがわかる。
つややかな金髪は病床にあっても美しい。 - 3二次元好きの匿名さん22/10/16(日) 20:01:26
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- 4◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 20:03:36
※誤字
彼女が針仕事をする間、俺はどこか夢見心地でぼうっとただ突っ立っていた。
傍目には見ていられない程だらしのない顔を晒していたことだろう。
けれどそんなことはどうでもよくなるほど、幸せな瞬間。
「できましたよ」
涼やかな声にぽんっと弾かれるように正気に戻り、どもりながらも何とか言葉を紡ぐ。
「す……! すまねェ、患者にボタンをつけて貰っちまうとは」
「ウフフ、いいんです」
このくらいの事は当然だとばかりに、気取らずに向けられたその笑顔の優しいこと!
医者と患者として接するうち、彼女についてはっきりとわかったことがある。
貴族ビクトリア家の生まれで押しも押されぬ大女優、とんでもない人気者だというのに、彼女は本当に誰にでも優しい。
べつに俺が主治医で天才外科医だから、こんな親切をしたわけじゃない。
これが例えば隣の病室で寝ている見ず知らずの老いぼれジジイだったとしても、彼女は同じ事をしただろう。
俗っぽい言い方になるが、本当のいい女というのはシンドリーちゃんのような人のことに違いない。 - 5二次元好きの匿名さん22/10/16(日) 20:04:53
すでに泣きそう……
- 6◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 20:10:28
「先生のおかげで、また元気に舞台に立つことができます」
退院のその日、彼女は俺の手を取って丁寧に礼を述べた。
握り返す勇気も、引き留める意気地もない。
医者だというのに俺は、病院から去っていく彼女を何処か呆然と眺めていた。
離れた手が行き場をなくし、マヌケに宙をさまよっている。
「ありがとうございました」
しゃんと立って、頭を下げるその仕草すら美しい。
何か言おうとして、喉と舌が緊張で凝り固まってしまう。
そうやって俺が立ち尽くしているうちに、シンドリーちゃんは背を向けて両親のもとへかけて行った。
まるで少女のように、朗らかに元気よく。
数えきれないほど迎えた、患者が俺の手を離れていく瞬間。
医者としてはあり得ないことに、その日はほんの少し、ほんのちょっぴりだけ、名残惜しさを感じていた。 - 7◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 20:22:39
「先生、またシンドリーちゃんの記事ですか?」
「ひょぇっ!?」
短い休憩中看護師にそう声をかけられ、慌てて新聞を隠す。
いや、隠すほどの事など何もない。
別にやましい記事ではなく、彼女の演技と人気を称える、言ってしまえば当たり障りのないものだ。
どうやら今回の講演も大盛況らしく、批評家たちは手放しの誉め言葉で埋め尽くしていた。
デカい体であわてて紙束を覆い隠した俺を、看護師はくすくすと笑う。
嫌味な感じはないが、頬が破裂しそうなほど赤くなるのが自分でもわかる。
ガキじゃあるまいし、天才外科医が聞いてあきれる。 - 8◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 20:35:25
シンドリーちゃんが退院してから既に数年が経っていた。
にもかかわらず俺の気持ちは薄れるどころか高まるばかり。
今では看護師たちどころか、患者たちですらシンドリーちゃんの記事を見つけると俺に見せてくる。
中には劇場で買ったブロマイドを、お土産だと渡してくる奴すらいた。
断れない自分が心底恨めしい。
今や俺の自室の壁はシンドリーちゃんの写真で埋め尽くされ、彼女の記事を集めるスクラップは本棚一つを満たしてもなお溢れそうになっている。
流石に恥ずかしいし引かれることも分かっているので、こんなことは誰にも言えないのだが。
「でも先生、今度の講演に呼ばれてるんでしょう?」 - 9◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 20:48:07
ガタン、とけたたましくイスが震える。
飛び上がりそうなほど驚いて俺は看護師の方を見た。
「な、何故それを!?」
「チケット、病院(ここ)あてに届いてましたし、開封した時ひっくり返りそうになってたじゃないですか」
「う、うぐ」
「ウフフ、しかも悲鳴まで上げて」
「ぐぎぎぎぎ」
応援してますよ、みんな。
と、その声に耐え切れなくなり白衣をひっつかんで医務室を出た。
ドスドスとうるさい足音が響き渡るのが分かっていてもやめられない。
ああそうとも、しかたがない、この際だからはっきり言ってやろう。 - 10◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 20:49:02
40に片足を突っ込んだこの歳で、俺は恋をしている。
相手は大女優ビクトリア・シンドリー。貴族ビクトリア家のご令嬢で、この国一番の人気者。
しかも思いは数年越しだ、我ながら拗らせに拗らせたものである。
人気者という点なら勿論、俺だって負けてはいない。
何せ自他ともに認める天才外科医であり、世界一の名医の評判をほしいままにしている。
医者としては全てを手にしたと言えるだろう。
だが、だがしかしだ。
まずもって年齢という強烈な壁が立ちはだかり、そこから身分の差という深い崖が横たわって、さらに自分で言っていて悲しくなるが、容姿という問題が行く手を阻む。
ついでに言うと、性格の面でもシンドリーちゃんには釣り合わない。
神か聖人のように崇める奴も勿論いるが、俗っぽい性格は自覚している。
――でも - 11◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 20:58:07
それでも、という小さな望みを捨てきれなかった。
年齢も容姿も、きっとシンドリーちゃんなら気にしないだろう。
問題はない面だが、まあ医師として数えきれない程多くの患者を救っているのは事実なわけだ。
貴族と平民という身分の差もありはするが、世界一の外科医という称号はそれを埋めて余りある。
と、思う。
みんな応援してますよ
看護師の言葉がやまびこのように頭で繰り返した。
この皆、というのは病院のスタッフと入院している患者たちのことだ。
部外者は気楽なもので、口々に気やすめの言葉をかけてくる。 - 12◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 21:05:58
「先生ならいけるって、なんせグランドラインからも患者がやって来るんだぜ?」
「俺もシンドリーちゃんの大ファンだけど、先生になら譲ってやるよ」
「先生のいいところ、私達も知ってますから。シンドリーさんならきっとわかってくれますよ」
身内びいき主治医びいきとわかっちゃいる、わかっちゃいるが。
送られてきたチケットに書かれていたその日。
出来る限り上等のスーツを着て両手に抱える程のバラを買った俺を。
笑いたくば、笑え。 - 13◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 21:13:45
舞台は本当に素晴らしかった。
一流のセット、一流の演出、一流の脚本。
うっかり告白の事を忘れる程、演目にのめり込んでしまった。
その中にあっても、ひときわ輝いていたのは勿論彼女だった。
舞台に現れただけで誰もが釘付けになる。
ビクトリア・シンドリー。
彼女に夢中にならない男なんて、いや女でもいないんじゃなかろうか。
特別に、と引き入れられた舞台袖で花束を抱え、彼女を待つ。
スポットライトの下でしなやかに踊る、その姿に数年前の病の影は見当たらない。
まあ、俺が治療したんだから当然だが。
最後の1音が鳴り、両腕を大きく広げた彼女に万雷の拍手が降り注ぐ。
この瞬間の微笑みにすら得意げな色は少しもなくて、ただ本当に楽しそうで、本当にうれしそうで。
彼女の笑顔に、俺はきっと何度でも恋に落ちてしまう事だろう。
ああ、彼女が、駆け寄ってく―― - 14◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 21:21:35
「来てたのね!」
俺に気付かなかったのか、彼女は男の腕の中に飛び込むと、今まで見たことのない顔をしていた。
それがどれだけ幸せそうなものなのか、一目見ただけで嫌でもわかってしまう。
ガラガラと足元が崩れ落ちる音が聞こえる。
か細い悲鳴が唇の隙間から漏れて、視界がかすんでいくのを感じた。
頬を流れる雫は冷たい。
打ちのめされた、苦しかった、人目もはばからず泣き叫んで、崩れ落ちてしまいたかった。
そうしなかったのは彼女を気遣ったわけではなくて、ただちっぽけな俺のプライドだ。
分かっていて、それでも俺はその日彼女に言葉を告げた。
相変わらずか細い希望を抱いたまま。
答えは予想通りだったのに、改めて傷ついた自分に、驚いてしまう。
「ごめんなさい先生。気持ちは嬉しいんですが、私、もう婚約者がいるんです」
彼女はどこまでも誠実で、受け取れないと一度断られた花束を、1人のファンとしてだからと、無理やりに押し付けて俺は帰路についた。 - 15◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 21:29:29
そこから数日は我ながら酷いものだった。
抜け殻のようになりながらもどうにか病院に顔を出し、看護師に慰められ、叱られながら仕事をこなす。
こんな状態でも完璧にやれてしまう自分の天才さがいっそ恨めしい。
仕方がない。患者はそれこそ世界中から引っ切り無しにやってくる。
そんじょそこらのバカ医者共が救えないせいで、グランドラインからでも最後の望みと俺を訪ねる。
山ほどの金を抱えて、俺に縋りついてくる。
救える命だ。だが俺にしか救えない。
その日も手術したばかりの患者の経過観察に顔を出し、ついでに失恋を慰められて背中を叩かれた。
「世界中には数えきれないぐらいの人がいるのよ、また新しい恋を探せばいいわ」
「バカ言うんじゃねぇ。シンドリーちゃんほどいい女が他にいるもんか」
「あ~あ、こりゃ重症だねぇ」 - 16二次元好きの匿名さん22/10/16(日) 21:33:20
めっちゃ好きです…
- 17◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 21:39:25
明るい笑い声が病室に響き、けれど不思議と怒る気にはならない。
婚約者の男は少なくとも俺よりも若く、逞しく、顔がよく、これは認めがたい事だが、ついでに言うと性格もよさそうで誠実そうだった。
俺の気持ちを察しながらシンドリーちゃんと二人きりにしてくれた時点で、器の大きさでも正直分が悪い。
笑うなよ、とふてくされながら病院を後にし、昼からの仕事に備えてまた短い休憩を取る。
悲しいかな、週刊となってしまったシンドリーちゃんの記事チェックのため、看護師から新聞を受け取ろうとして。
「おい、どうした! 顔が真っ青だぞ!?」
「せ、先生……」
がたがたと手を震わせながら、彼女が一枚の紙を手渡す。
号外とうたれたそれには、大きく印刷されたビクトリア・シンドリーの写真と。 - 18◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 21:49:59
「…………し、きょ?」
――本日劇場で行われていた舞台の午前の部にて、上映中に舞台から転落し
――その場で死亡が確認され
「ぁ……」
「先生、大丈夫ですか!?先生!!」
嘘だ、と思う前に口からこぼれた。
「ッ、おい、今すぐありったけの種類の新聞を買ってこい!雑誌もだ!この件について書いてあるやつを全部!」
「先生、でも」
「いいから今すぐ行けっつってんだよ!!」
怯えるようにして部屋を飛び出した看護師を、見送ることも出来ず俺は床にしゃがみ込んだ。
頭を抱え込み、膝を震わせ、親指の爪を噛んでただ知らせを待つ。 - 19二次元好きの匿名さん22/10/16(日) 21:53:30
>その場で死亡が確認され
治すチャンスすらねえ…もし搬送されてたらもないじゃん…
- 20二次元好きの匿名さん22/10/16(日) 21:54:54
ああ歯車が狂い始めた…
ただの失恋で終わってた筈なのにな… - 21◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 21:58:15
そんなはずがない。何かの間違いだ。嘘に決まってる。
あんなにいい女(ひと)が、あんなに優しい人が、あんなに素晴らしい女優が。
あんなに、元気だったじゃないか。
そうとも、誤報だとも。
けれど戻って来た看護師が両手いっぱいに抱えていたのは。
どれも彼女の死を悼むものだった。 - 22◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 21:59:18
「ッ、ふざけるなァ!!」
「先生! 先生!!」
「誤報だ!!こんなもんは誤報に決まってる!!嘘っぱちだでまかせ野郎め!!」
「落ち着いてください、先生!!」
「あのビクトリア・シンドリーだぞ!? この国の宝だぞ!!」
「やめてください! そんなに頭をかきむしって!」
「俺の患者だぞ!!数年前も前に送り出した、完璧に治療して!!」
「先生……!血が出てます、せんせぇ……!」
「……うそだ……こんなのは……」
. - 23◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 22:09:33
その日の記憶はそこでぷっつりと途切れている。
どうやら午後の仕事を投げだして、俺は家に帰されたらしい。
だからと言って食事をとることも、寝ることも出来ず、ただ呆然とイスに座っていた。
そうしているうちに陽が落ちて、昇って。
俺は、一歩も動けなかった。
最初に呼び鈴を鳴らしたのは看護師だった。
病院に来いとは一言も言わず、ただ俺の体調を気遣う。
それどころか、あまりの姿見かねたのか、簡単なスープを作って食わせすらした。
促される事数回目でようやく、俺はそれを口に運んだ。
多分、美味かったんだろうと思う。
けれどその時はうまいのかマズいのかも、塩辛いのか甘いのかも、熱いのか冷たいのかも分からなかった。
コップ一杯分のそれを飲み干すのに、どれだけの時間がかかったものか。
そのうちにもう一度呼び鈴が鳴る。 - 24◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 22:52:16
次に来たのは患者の息子だった。
昨日の昼一番に手術をするはずだったのに、どうして今日になってもまだやってくれないのかと、彼はまくし立てた。
看護師が止めようとするのを振り払って、怒鳴り散らし泣きわめいて、最後には床に頭を擦り付けて懇願した。
「もう希望は貴方だけなんです。ドクトル・ホグバック」
「貴方にしか救えないんです」
答えるより先に、呼び鈴が鳴る。
それは昨日の夕方、手術を予定していた患者の姉だった。
先ほど聞いたものと同じようなことを並べ立てて、彼女もまた俺にすがりついた。
「お願いです、ドクトル・ホグバック」
「私の妹の命を救ってください」
答えるより先に、呼び鈴が鳴る。 - 25◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 22:53:52
「お願いですドクトル・ホグバック」
「どうしてこんなところで呆けてるんですか!?」
「見殺しにするっていうのね、この人殺し!」
「貴方を頼ってここまできたのに、どうして助けてくれないの?」
「このまま何もせずに死なせるつもりか!」
「お願いします、お金ならいくらでも!」
「助けてください!」
「私の兄が」「僕の父親が」「僕の弟が」「私の叔母が」
「いとこが」「親友が」「妹が」「恩人なんです」「たった一人の娘なんです」
「助けてください」「救ってください」「ドクトル・ホグバック」
「お願いです」「どうか」「お願い」「助けて」「救って」「助けて」「助けて」
「恋人なんです」
「僕たち、結婚するんです」
. - 26◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 23:01:48
俺はもう二度と手術着を着ることはなかった。
二度と診察もしなかった。
そもそも、病院に立ち入ることすら二度となかった。
ひっきりなしに患者たちはやってきて、好き勝手なことを喚いては去っていった。
憎しみの罵倒や、失望の呪いを吐いていった。
けれど、そのどれにも答える気にはならなかった。
この頃になっても俺はまだ、諦めずにビクトリア・シンドリーの記事を集めていた。
本当はどこかで生きているんじゃないかと。
顔に重傷を負っていたようだから、それを気にして隠れているんじゃないかと。
淡い希望を何度も抱いては、その度に何度も打ち砕かれる。 - 27◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 23:05:07
そもそもの話、だ。
仮に彼女が生きていたとして、その知らせが俺の耳に届かないのはおかしい。
なんたって俺は天下のドクトル・ホグバック。
世界一の天才外科医、他のだれに救えない命でも、俺は救って見せる。
ましてや、一度は彼女の主治医だったのだ。知らない仲でもない。
その俺のところに話が来ないということは、だ。
つまり、彼女が治療を必要としていない。
わずかに胃に入れたスープを床にぶちまけてしまったことは。
こんな事になってもまだ入れ替わり訪ねてくれる病院のスタッフたちに。
本当に、申し訳ないと思う。 - 28◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 23:13:31
その朝は酷く静かだった。
いつもは何人もが列を作って順繰りにドアを叩き、大声で怒鳴って、おれを呼び出すというのに。
控えめに一度だけ、呼び鈴が鳴る。
これもここ暫くの間では、本当に珍しいことだった。
扉を開けて、すぐにその理由を悟る。
見るからに尋常ではない、悪魔のようなその大男を前に、足が震えるのがわかった。
どこか冷静な部分が冷笑する。
この期に及んで俺はまだ、自分の命が惜しいらしい。
「あんたは、だれだ?」
多分、ある意味で男は本当に悪魔だった。
「お前のファンだ、ドクトル・ホグバック」
彼は海賊で、名をゲッコー・モリアと名乗った。 - 29◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 23:18:44
俺の家はあまりに小さすぎたので、促されるまま彼の船に向かう。
外をじっくりと見るのは久々だった。
石の一つでも投げられるのを覚悟していたが、子犬一匹見当たらない。
海賊を恐れたのか、通りは静まり返っている。
カーテンすらピッタリと閉ざして、まるで街ごと死んだようだった。
船の中では小さな少女がぬいぐるみを抱え、男の足元にまとわりついていた。
まだ幼さの残る顔立ちの青年が、訝しげにおれを見る。
気にする様子もなく椅子にけだるげにくつろいで、男は囁いた。
「ビクトリア・シンドリーを、生き返らせたいんだろ?」
考えるより先にその提案に飛びついた。
理性も、倫理も、良心も、地位も、名誉も金も同僚も友人もこの故郷も。
比べるまでもない、ゴミみたいなもんだ。 - 30二次元好きの匿名さん22/10/16(日) 23:21:06
某Dグレの千年伯爵みてぇな台詞回しだなモリア様…
- 31◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 23:23:53
雨がびっしょりと体にまとわりついて、喉の奥まで濡らすような日だった。
シャベルをもって墓地へ行き、一心不乱に土を掘り返す。
人に見られたら間違いなく狂っていると通報されただろう。
息が荒れる。こんなに全身を使ったのは何年、いや何十年ぶりだった。
頭が焼けるような興奮と期待に取り憑かれて、疲れなど少しも感じなかった。
先が硬いものにあたり、あわてて放り出して土をかき分ける。
ほんの少しの傷でも、彼女に負わせるわけにはいかない。
ドロドロと手の中でとろけて、爪の間にまでみっちりと土が入り込む。
雨に霞んで前がよく見えない。多分、指には血が滲んでいた。
破傷風の危険だとか、細菌がどうだとか、いつもなら考えるより先に思いつくことが、かけらも浮かんでこない。
また彼女にあえるというだけで、それ以外の全てがくだらないことに思えた。
彼女の声が、仕草が、笑顔が、そればかりが目の前を埋め尽くして。
棺の蓋を開けて初めて、俺はビクトリア・シンドリーが死んだことを理解した。
でもそれは、ほんの少しの間だけのことだ。
だってもう間もなく、彼女は蘇るのだから。 - 32◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 23:28:51
汚い手で触れることはためらわれたが、やむを得ず俺はそっと抱き上げる。
もうずっとこの瞬間が来ることを夢見ていたにも関わらず。
思っていたより、彼女は冷たかった。
. - 33◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 23:30:55
その後に起きたことは、もうわざわざ語るまでもない。
ビクトリア・シンドリーは再び動き出し、俺は彼女を使用人とした。
彼女に入れられた影がもともと使用人であり、そうしたほうが無理がなかったからだ。
他の理由なんてない。
今では二人、我が主人ゲッコー・モリアのもとで働き、実に充実した日々を送っている。
ゾンビの改造は今まで考えもしなかった実験的な分野で、実に好奇心を刺激された。
うるさい患者たちからも開放され、清々しい気分だ。
「シンドリーちゃん、白衣取ってくれるか?」
「はい」
「ありがとう……ん?おっと」
白衣のボタンが一つ、取れかけて心もとなくぶら下がっていた。
そのことに俺も気づいたし、視線の動きからシンドリーちゃんも気づいたのだろう。
しかし、彼女がなにか言うことはなかった。 - 34◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 23:34:32
凍りつくような浮遊感に似た寒気を覚え、吐きそうになる。
よろめいた俺に、やはりシンドリーちゃんは手を伸ばさなかった。
なんとかその場に踏みとどまって、彼女に笑顔を向ける。
いいじゃないか。
どうせ、俺はフラれたんだし。
俺をフッた中身の方なんて。
ビクトリア・シンドリーが目の前で動いている。
それ以上に大事なことなんてあるか?
その日から俺は白衣を着るのをやめた。
別に深い理由なんて、ない。
『シンドリーちゃんが死んだ』 終 - 35二次元好きの匿名さん22/10/16(日) 23:38:59
止まれホグバック
こんなのビクトリアじゃねぇシンドリーじゃねぇ
お前が誰よりもわかってんだろ!!! - 36二次元好きの匿名さん22/10/16(日) 23:39:49
- 37二次元好きの匿名さん22/10/16(日) 23:41:26
- 38◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 23:41:27
ハート、感想ありがとうございます!
ホグバック本当に大好きなので書き上げられて嬉しい!!
あと冒頭と後ろが繋がる話が性癖なので、その形に寄せられたのもうれしかったです!!
感想本当にうれしい!!
ありがとうございます!! - 39二次元好きの匿名さん22/10/16(日) 23:41:48
>>1のスレで解像度を深めてもらった人間だが
昨日の今日でこんなSSまで見れてとても感謝している
- 40二次元好きの匿名さん22/10/16(日) 23:42:49
ホグバックのファンになりました
頼むからモリア様やペローナと無事に再会して欲しい - 41二次元好きの匿名さん22/10/16(日) 23:44:09
めちゃくちゃお辛い…………でもめちゃくちゃ面白かったし好き…………!!!!!!!!!!!
- 42二次元好きの匿名さん22/10/16(日) 23:45:34
やって来た事は許されない、でも仲間を失い続けてるのを自業自得で済ませるにはちょっと違うな
なんて元々そう思っていた所へ解像度が挙がった上での過去SSを見たもんだからもう心が… - 43◆tsGpSwX8mo22/10/16(日) 23:47:55
自分の解釈や作品でキャラを好きになってもらえるのが一番うれしいので本当にありがとうございます
ホグバックはいいぞ! - 44二次元好きの匿名さん22/10/16(日) 23:49:05
解像度上がったところにこのssは効く……つらい…めちゃくちゃ良いssをありがとう、スレ主のホグバック愛に感謝
- 45二次元好きの匿名さん22/10/16(日) 23:50:18
べしゃべしゃに泣いた
スレ主さんありがとう!!! - 46二次元好きの匿名さん22/10/17(月) 00:17:46
見事…!
- 47二次元好きの匿名さん22/10/17(月) 07:22:39
- 48二次元好きの匿名さん22/10/17(月) 17:00:59
よかった…すごいよかった…読めてよかった
- 49二次元好きの匿名さん22/10/17(月) 17:48:31
過去に魅力的すぎる人に恋をして周りからも応援されて叶わなかったからぶち刺さった
ワンピース読んでるだけだったら見逃してたわ - 50二次元好きの匿名さん22/10/17(月) 22:47:19
語り継がれる……🍢
シンドリーちゃんがもう死んでるのもだけど、患者の描写がえぐい
そりゃ本編であんな悪態もつく……でも彼らも必死だったんだよな…… - 51二次元好きの匿名さん22/10/18(火) 07:26:27
面白かった
- 52二次元好きの匿名さん22/10/18(火) 18:10:38
後追いだけどSS後にボグバックってさスレも読んだ
なるほど…尾田先生ここまで考えてるかは置いといて
この言動やこの設定ならこういうことになるな…! - 53二次元好きの匿名さん22/10/19(水) 03:04:50
よいSSでした
ありがとう